夕暮れ時のシャットダウン   作:沖合なせ

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それは、やっぱり四十五秒に満ちた邂逅

「ぅん、んんっ……」

 

 瞼がピクピクと痙攣してから、目が開く。

 

「ようやくのお目覚めか。全く寝すぎだ。お天道様もとっくに地面に隠れたぞ」

 

 目の前の彼は、惚けた表情で目をこすった。それから二、三度まばたきをしたと思えば、今度は突然体を起こす。

 

「……暗い?」

 

 そうつぶやいた。

 

「あぁ、お前は夜まで寝ていたんだ。……そうそう。太陽よろしく女の子が隠れているのだけれど、知り合いか?」

 

 奥の影を指差す。隅でバレないように体を縮めながら隠れていた少女は、ばれたことに気づくと早々に隠れ続けるのを諦めて姿を現わした。

 

「……シオン?」

 

 どうやら本当に知り合いらしい。

 どいつもこいつも勝手に人様──いや悪魔様の家に入り込まないでほしいものだ。

 話を合わせてくれ、となんとか聞こえるほどの小声を残して、彼は少女へ近づいていく。

 

「なんでいるんだ、シオン?」

「どうだっていいでしょう。そんなことより、です。こんな美人さんを薄暗い洞窟に連れ込むなんて、どういう了見ですか、勇者様。私という者がありながら……っ!」

 

 怒号が洞窟内に響いた。そしてしばらくの間、沈黙が場を包む。

なんというか、まだまだ若い少女とそういう関係を結ぶのは、倫理的にアウトだろ。そう思って彼にジト目を向けたのだが、その視線は気づかれない。

が、しかし……

 

「いやいやいや。いつからそういう関係になったんだよ、俺たち」

 

 さすがに冗談らしかった。

 そんな冗談に半ば呆れながら、少し話題を転換させる。

 

「おい、ちょっといいか? 勇者様ってのはなんなんだ? そいつはそんな大層なものなのか?」

 

 勇者様なんてとんでもないあだ名。それこそ彼がそこまで大層な人間なのか。

にっこりと笑みを零した少女は、やがて語りだす。

 

「昔、助けてもらったことがあるんです。いろいろと大変で困っていた時に、さながら勇者のように駆けつけて、助けてもらったんです。だから勇者様は私にとって唯一の勇者様なんですよ」

 

 まるで自分自身に問いかけているようなその説明はいささか抽象的過ぎたが、追及するのはやめておく。

 過去の話を掘り下げるのは柄じゃない。

 

「ではそろそろ、今の状況について教えていただけませんか? 冗談は抜きで」

 

 少女は今まで浮かべていたあどけない笑みを消すと、真顔に戻る。

そうやって真顔になることで、なおのこと、少女の顔に残る幼さは際立った。

 

「一応突っ込んどくと、冗談を言いだしたのはシオンのほうだけどな」

「……で?」

 

 彼の律儀な突っ込みを華麗にスルーして、少女は先を促す。

 

「あぁ、じゃあまずは紹介からか。……彼女は遠くに住んでる俺の親戚な」

 

……話を合わせろとは、そういうことか。

 

「へぇ。で、それがどう出入り禁止のこの洞窟へやってくることにつながるのでしょうか。ここは危険なんですよ」

 

 それで一旦、少女は言葉を途切る。

その瞬間、今まで少女がまとっていた明るい雰囲気が一転、陰ったような気がした。

 

「……勇者様も、ボクを置いていくのですか?」

 

 はて。“勇者様も私を置いていく”というのはどういうことだろうか。

 

「置いてなんか行かねーって言ってんだろ。……彼女は悪魔学の研究者なんだよ」

「悪魔学の研究者……?」

 

 その言葉の響きを確かめるように、少女は聞き返す。

 

「そ、研究者。そういう関係で、悪魔が住んでるって噂のこの洞窟を話したら、是非来たいって言ったからな。しゃあないし、俺もついてきたの。勝手に死なれても後味悪いし。……ってことで、オーケイ?」

 

 よくもまぁここまで口が回るものだ。

 

「オーケイ!」

 

 嘘八百の話に、少女はサムズアップで答えた。

 こういう動作一つ一つに小動物のような可愛らしさが兼ね備わっていて、あどけない顔と相まり本当に男受けの良さそうな少女だった。

 

「……あ」

 

 そんな中、勇者……じゃなくて彼は、何を思いついたのか突然声をあげた。

 

「なぁ、シオン。確か今週末ってイス村主催の剣術大会だろ? そこに彼女と応援に行ってもいいか? ほら、応援する人はたくさんいた方がいいし」

 

 脈絡のない提案で、洞窟の中にはしばらく静寂が訪れる。

 数秒後、それを破ったのはシオンと呼ばれる少女だった。

 

「……いいんですか?」

「だめ」

 

 上目遣いでやってきたお願いを、一瞬の間すら置かず、にべもなく断った。

 剣術大会なんて、面倒くさい。行きたくない。

 

「そんな、取り付く胸もないっ!」

 

 頬を膨らませ、いかにもな格好で不満を表す。ただし台詞はまったくもって“いかにも”でない。そもそも──

 

「胸ならそれなりにはあるだろ。ほら……」

 

左右から寄せて、女の子特有の膨らみを見せつけてみた。

もちろん、普段からこういうことをする私ではない。いつもなら“それを言うなら胸でなく島だ”くらいで済ませていただろうし。

 ならばなぜこんなことをするかといえば、それはひとえに私を面倒ごとに巻き込もうとした彼への仕返しだった。

 

「あのー、すみませーん。俺もいるんですけどー」

 

 案の定視線を逸らした彼は、上擦った声で指摘した。

 それを聞いた少女が笑顔になる。その笑みは、今まさに悪戯を仕掛けんとする子供のそれによく似ていた。

 

「あれ、勇者様。もしかして、興奮しちゃいましたか?」

 

 ふふふ、と口の前に手をかざして上品に笑うと、少女はそういった。

 

「んなわけねーだろ」

 

 頑として視線を逸らしながら反論するあたり、彼らしいな、と思った。

 閑話休題。

 

「それより、なんで私を応援に誘うんだ? ……今日出会ったばかりの私を。そこの彼か、あるいは……親にでも応援して貰えばいいだろうに」

 

 先ほどから気になっていた疑問をぶつけると、少女は目を大きく見開いて俯く。

 それから、今にも壊れそうな自虐的な笑みを口元に浮かべた。

 

「そう……ですよね。やっぱり、よく知りもしない人を応援に誘うなんて、どうかしていますよね。……すいませんでした」

 

 その雰囲気が、またもや暗いそれへと戻る。

 

「別にどうかしている、なんて言ってないだろう? ただ理由を聞いただけだ」

 

 それでも少女は、依然下を俯いて、目元は陰ったままだ。

 はぁ、まったく面倒くさい。けれど仕方がない、か。

 

「応援さ、行くから。だから、顔、あげろよ」

 

 そういえば彼へは、私の正体を隠してもらったという恩が、ないわけでもなかった。そしてこれは、彼の頼みごとでもあるわけで。

 だから、そういうことにしておこう。

 

「……え、いいんですか?」

 

 その段になってようやく、少女はその顔を上げる。

 首を横に振りたい衝動に駆られたが、なんとかそれを抑える。

 はぁ、とため息をひとつ入れた。

 

 なんというか、全く。本当に──

「仕方がないな……」

 

 

          ✳

 

 

 柔らかい緋。優しい緋。そんな夕日に照らされ映し出された姿は、それこそまるで天使を象徴しているかのように神々しかった。

 

 影にいる俺には、到底手すら届きそうにない相手で、それでもつい手を差し伸べてしまうのだ。ただ一言“はじめまして“といってもらうため、日向にいる彼女が日陰の俺に気付くはずもないというのに。

伸ばした手は、宙を切って力なく地面へと垂れた。

……

…………

………………

 夢を見た。

 それは悲しくて切なくて、胸が苦しくなるほどいとおしい夢だった。

 

 その夢の内容はうまく思い出せなくて、それでも胸には息苦しいほどの不安がただひたすら残っている。

 目を閉じた。……今しばらくはこの余韻に浸っていたかったから。

 

 瞼の裏には、自然と彼女の後ろ姿が浮かんでくる。

 悪魔である彼女はやはり、俺とは敵対するべき存在だ。どこまでいっても悪魔と人間であることに変わりはない。ならば、なればこそ。

 

 俺はもう逃げたりはしない。決めたくないものから逃げるのは、もうおしまいにしよう。

 目をこすって起き上がったところで、部屋のドアが客の来訪を告げる。

 ドアを開くと、赤い髪の彼女が顔をあらわした。

 

「起きてたか?」

 

 顔だけをドアと壁の間から出して、彼女はそう問いかける。

 彼女は俺の親戚として、ここしばらく俺の家に泊まっているのだ。

 

「あぁ、起きてた。何か用か?」

 

 ドアの隙間から、今度は刀が出てくる。

 

「戦わないか?」

 

 

          ✳

 

 

 お姫様を助ける勇者様。

 遠い昔、私はいつか勇者様が現れて、薄暗い洞窟から救い出してくれると信じていた。だから、それまでは一人で生きようと。

 そんな“夢”を見ていた。

 六年前、その“夢”通りに彼はやってきた。迷い込んだ彼は、首をかしげていうのだ。

 

 俺と一緒に遊ばないか、と──

 

 彼といると、今までの孤独や不安が消えていく。それも“夢”通りで、だから彼をその勇者様だと信じ込むのも、無理はなかったのだと思う。

 

 ひとつ誤算があったとすれば、それは私が悪魔で、ゆえにお姫様たりえないということだ。たとえ彼が本当に勇者様だったとしても、私は悪魔なのだ。悪魔である私と関わると、彼が不幸になる。それに気づいた時にはすでに遅かった。彼は大事なものを失っていて、だからこれ以上彼から大切なものを奪わないよう、魔法で私に関する記憶を右腕に隠したのだ。

 

 そんなことをすれば普通、記憶に齟齬が出てしまう。それを防ぐため、記憶を奪うのではなく右腕に隠したのだ。本来の記憶が隠されているだけならば、無意識にそれを駆使させて齟齬のない記憶の再構築ができる。

 そうして私は洞窟に引きこもった。もう“夢”なんて見ない。

 

 そこにあるのはありふれた現実と人がどう動いたかの結果のみで、運命や夢なんてものは存在しない。あるいはあるとしても、それは人がうまく立ち回った結果なのだ。洞窟に引きこもるだけの私が奇跡を起こすことなどできない。

……わかっていたことだ、何も悲しくはない。

 

 だというのに、彼はまたしてもやってきた。

 よくよく考えると、勇者様というのは、何もお姫様だけを助けるわけではない。すべての民衆を助け、それでいてお姫様さえも助けるのだからすごいのだ。

 ともすれば私は、悪魔でありながらその民衆に入ってしまったらしい。

 

「……どうすればいいのやら」

 

 つい独り言が口をついて出た。

 

「おい。お前から誘ってきたんだから、しっかりやれよな。さっきから考えごとやら独り言やら、全然集中してねぇじゃんか」

 

 口を尖らせて抗議する彼を見、ついでうつむいてから、やはり私は考えごとをしていた。

 再会したあの日、彼は涙を流した。それは記憶を隠したことを考えるとありえないことだ。もしも私と関わることで記憶が戻るというのなら、それこそ私は姿を消すべきだ。

 

 兎に角、彼に記憶を取り戻させてはいけない。

 そう決めてからようやく視線を上げると、刀を振り下ろそうとする彼の姿が映った。

 反射的に目を瞑る。

 首に刀を突き付けられた。

 

「だから考えごとをするなっていったろ」

「あぁ、悪い。だから、もう一回だけやらないか?」

 

 彼を見るとつい、いろいろと考え出してしまう。そして何が何だかよくわからなくなるのだ。だけどあと少しで、すべてに踏ん切りがつきそうだった。

 

「いや、これで終わりだ」

 

 しかし彼は、きっぱりとその申し出を断る。

 そこまではっきりと断られると、気分が悪かった。

 

「それは、なぜ?」

「そろそろシオンが来る時間だからだよ」

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