この小さな世界で愛を語ろう   作:3号機

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第二話です。
最後に本編キャラが顔見せ程度に登場。
本格的な活躍は次話以降の予定です。


2019/4/26 修正。
現在執筆中のChapter3の内容と整合性を取るため、最後のシーンを 一ヶ月と一週間前 → 一ヶ月前 に変更しました。



Chapter2「眼差しの先に」

 一ヶ月と三週間前――

 

 愛知県名古屋市。

 

 

 

 

 

 

 

 左手首のボーム&メルシェが、午前六時の到来を知らせた。

 

 二月の早朝にも拘らず、新幹線のホームには多くの人の姿があった。ほとんどはビジネスコートを着込んだ企業戦士たちだが、学生服を着た少女らの姿も目立っている。彼女たちのかたわらには、例外なく何人かの大人が立っており、親しげに言葉を交わしていた。頑張ってきなさいよ。大丈夫、きみならきっと受かる。そんな声を耳にする。

 

 ――彼女たちも、そうなんだろうな。

 

 中学校三年間の総決算。高校受験最後の戦い。そんな一世一代の大勝負に挑むに少女たちと、その見送りに駆けつけた大人たちだろう。

 

 鬼頭智之はそんな彼らを微笑ましい気持ちで眺めた後、さて自分も親の務めを果たさねばな、と自身のかたわらに寄り添う少女を見た。

 

 学校指定の紺色コートにオレンジ色のマフラー、毛糸の手袋と完全防備の陽子は、険しい面持ちでホームの電光掲示板を睨んでいた。

 

 東海道新幹線ひかり500号の到着まで、あと二十分ほどもある。いくら睨んだところで新幹線の発着時刻が縮まるわけもないが、まだかまだか、という急く気持ちから、そうせずにはいられないのだろう。

 

「緊張しているか?」

 

「少し……。ううん、ごめん、嘘。かなり緊張してる」

 

 鬼頭のほうを向かぬまま、陽子は応じた。

 

 震えの理由は寒さばかりではあるまいと思っていたが、やはりそうだったか。よく見れば、顔色も優れない。

 

 無理からぬことだ。陽子がこれから挑む相手は、凡百の学校ではない。最強兵器ISの操縦者の育成を主目的とする、世界で唯一の教育機関……特殊国立高等学校〈IS学園〉の入学試験なのだ。

 

 十年前に篠ノ之束がISを発表し、その一ヶ月後に白騎士事件が起こって以降、世界のあり方は急速に、そして大きく変わった。ISの発表時に開発者が口にした、「ISは現行兵器全てを凌駕する」ことが証明され、世界の軍事バランスは崩壊した。それに伴い、人々の価値観・思想さえもが変革を余儀なくされた。

 

 最強兵器ISは、女性にしか扱えない。すなわち、女性こそが明日の世界を牽引する主体となるべき存在である。現在の女尊男卑社会は、ISの存在があってこそ成り立っている、と評しても過言ではない。それだけに、IS操縦者は現代社会において他のどんな職業よりも崇敬されている。

 

 IS学園は、そんなISを扱うための知識と技術を専門的に学べる、世界で唯一の教育機関だ。世界中の才媛が我も我もと殺到する上に、国立ときている。その運営費は日本国民から巻き上げられた税金によって賄われており、それゆえ、教育に妥協は一切許されない。ちょっとでも資質に欠ける者、僅かでも努力を怠る者のために、国民の血税を無駄遣いするわけにはいかない。

 

 当然、入学すること自体が狭き門であった。その倍率は、記念受験を除いてなお、二百倍といわれている。安易な励ましの言葉は、口にするのも憚られるほどの、強大すぎる相手といえた。

 

「正直、吐きそう。すっごく、逃げたい」

 

 受験生とは孤独な生き物だ。周りがどんなに手厚くサポートしたところで、結局、試験当日は我が身一つをもって、未知なる敵に立ち向かわなければならない。

 

 はたして自分は勝つことが出来るだろうか。もしも相手に、これまでの積み重ねが一切通用しなかったとしたら……。

 

 恐怖から身がすくんでしまう彼女を、いったい誰が咎められようか。

 

「……懐かしいな」

 

 無責任な励ましの言葉は、いまの彼女には何の慰めにもならない。

 

 そう考えた鬼頭は、自分の経験を語ることにした。かつて自分も同種の問題と対峙し、苦しんだこと。それをどう乗り越えたかを語ることで、ちょっとでも彼女の気が楽になれば、と思った。

 

「もう二十年以上昔のことだ。父さんも、入学試験の当日の朝は、同じだったよ。もっとも、父さんの場合は大学受験のときだったが……」

 

 ISの登場は学問の世界にも大きな影響を及ぼした。大学ランキングの上位陣の顔ぶれは軒並み変更され、文系の分野では女性解放運動の研究に熱心な大学が、理数系の分野ではISに関連する技術の研究・開発に力を入れている学校の名前が常連となった。

 

 そんな時勢の中でも、鬼頭の母校は、高名かつ難関校という評価を堅持することに成功していた。

 

 MITはいまでも世界屈指の理工系の大学であり、倍率は十三倍という高水準を維持し続けている。海外からの留学生のみに限っていえば、倍率は二六倍超。毎年四千人が受験して、合格するのは僅かに一五〇人以下。

 

 勿論、高校受験と大学受験とでは状況が異なるし、IS学園とMITとでは、学校としての色が違いすぎる。とはいえ、父もまた自分と同様難関校に挑んだという事実は伝わっただろうし、その姿もぼんやりとイメージ出来たはずだ。

 

「当時の俺は若く、血気盛んで、自分は万能の存在である……みたいな、何の根拠もない自信を抱いていた。よせばいいのに、どうせこれから通う大学だ。ちょっくら学友になるかもしれない奴らの顔を見てやろう。なんて浅はかに考えて、入試は現地で受けることを選んでしまったんだ」

 

 試験当日、鬼頭の顔面は蒼白に彩られた。

 

 世界最高峰の大学。その狭き門をくぐらんと、アメリカ中から、そして世界中から集まった数千からの若者たちが隊伍をなしていた。

 

 ――俺はこいつらと戦い、勝たねばならないのか!

 

 数の暴力という圧倒的なビジュアル・インパクトに頭を殴られた。

 

 前日までの自信は一瞬で消失し、全身の血流が乱れ狂うのを自覚した。

 

 急に気分が悪くなり、何度もトイレに駆け込むはめになった。

 

 糞尿のへばりついた便器に向かって嘔吐しながら、鬼頭はこの上ない惨めさを感じた。

 

「それでどうしたの?」

 

 自分と同様、体調を崩してしまうほどの不安と恐怖に襲われた過日の父。けれど、目の前に立つこの人はそれらに打ち勝ち、見事、世界屈指の難関校の校門をくぐる権利を手に入れた。いったい、どうやって恐怖を克服したのか。荒れ狂う心の手綱を、どう制御したのか。

 

 期待の篭もる眼差しに見つめられた鬼頭は、しかし、ゆっくりとかぶりを振った。

 

「べつに何も。恐い気持ちは抱えたまま、試験に挑んだよ」

 

 恐怖を克服するための裏技なんてものは存在しない。薬物やアルコールの力を借りて、一時的に忘れることは出来ようが、そんなのはただの誤魔化しだ。本当の意味で勝ったとは言いがたい。

 

 自分の中の恐怖という怪物を真に殺しうるのは、唯一、勇気という剣だけだ。

 

 そして勇気は、恐怖を認め、素直な気持ちでそれと向き合うことの出来た者だけが手にできる宝物だ。自らの恐いという感情を否定し、目をそむけ、逃げようとする者には、決して手に入らない。

 

「人は苦境に立ったとき、恐怖や不安を感じてしまうが、だからこそ生き抜こうと力を発揮するんだ」

 

 だから、と鬼頭は陽子の頭に手を置いた。優しい手つきで撫でさする。八歳から十二歳までの間、満足に食事を得られなかった後遺症からか、彼女の身長は同年代の平均と比べてもうんと低い。一七五センチの鬼頭とは、三五センチもの差がある。

 

「いま感じているその恐いという気持ちを、恥と思わないことだ。その緊張の震えが、お前に力になってくれるさ」

 

 強がる必要はないし、無理に緊張を殺そうと努力する必要もない。恐いという感情を認めた上で、自然体でぶつかっていけばいい。鬼頭はそう呟いて、微笑んだ。陽子は「ん……」と、小さく頷いて、鬼頭の手をしばらく受け入れていた。

 

 左手首のボーム&メルシェが、午前六時十分を示した。あと十分ほどで、新幹線がやって来る。列車に乗り込んで二時間後には東京駅だ。そこからIS学園の試験会場までは、バスに揺られて十分程度とのこと。

 

 そのとき、鬼頭たちが立つホームに、六尺豊かな大男が慌てた様子で飛び込んできた。鬼頭の親友の桜坂だ。二人の姿を見つけるや、ぱあっ、と破顔し、近づいてくる。

 

 彼の笑顔がたまさか視界に映じてしまったか、新幹線を待つ女子中学生たちの何人かが、怯えた表情を浮かべるのが見て取れた。

 

 これまた無理からぬことだな、と鬼頭は苦笑した。親友の顔の造作は、精悍なれどかなりの強面だ。本人曰く、一族のルーツは薩摩隼人にあるそうで、日本人としてはかなり彫りの深い顔立ちをしている。そんな彼の笑顔とは、まるで仁王様が無理矢理笑っているかのよう。気の弱い者や見慣れていない人間の目には、とんでもなく恐ろしいものと映じてしまう。

 

「いやあ、遅くなって申し訳ない」

 

「桜坂さん、来てくれたんですね!」

 

 強面の桜坂を陽子は満面の笑みをもって歓迎した。親友の父親との付き合いは、それこそ彼女自身が産まれて間もない頃からのこと。仁王様の笑顔など、とっくに見慣れていた。

 

「勿論」

 

 桜坂は小さくウィンクしてみせた。鬼頭と同様、海外留学の経験がある彼は、こういった仕草を一切の照れなくこなせてしまう。

 

「赤ん坊の頃から知っている陽子ちゃんが、一世一代の大勝負に挑むって日だ。応援せにゃな」

 

「ありがとうございます」

 

「本当に来てくれたんだな」

 

 陽子がIS学園を受験することはずっと以前に彼に話していた。試験の会場は東京なんだ、と伝えたところ、ならば自分も見送ろう、と。そのときはリップサービスの類いかと考えたが、まさか本当に来てくれたとは。ありがたいことだ。

 

「まあな。本当は、こんなギリギリじゃなく、もうちょっと早めに来るつもりだったんだが」

 

 桜坂はそこで顔面を硬化させた。苦々しい表情の彼に、陽子が訝しげに訊ねる。

 

「何かあったんですか?」

 

「うん、まあ……。前提条件の共有から始めようか。俺はいま、東区にある十二階建てのマンションで、一人で暮らしているんだ」

 

 今年で四五歳になる桜坂は、いまだに独り身だ。鬼頭とは違い、結婚歴そのものがない。

 

「玄関はオートロック式で、部屋も十階にあるから、外部の人間が忍び込むのは難しい」

 

「はあ、それは知ってますけど」

 

 いまいち得心のいかぬ様子で陽子は頷いた。桜坂の部屋には、父親と一緒に彼女も何度か足を運んだことがある。

 

「今朝のことさ。五時半ぐらいだったかな。目覚ましのアラームで目を覚ますと、なんでか、味噌汁の良い匂いがしたんだ」

 

「……一人暮らし、ですよね?」

 

「うん」

 

「……ああ、そっか。昨日の晩ご飯の残りとかですね? 鍋の中に入れたまま、うっかりコンロの火をつけっ放しにしちゃったとか? もう、気をつけてくださいよ~」

 

「昨晩は取引先との付き合いで外食だったんだよなあ」

 

「あ、分かりました。きっと、目覚ましが鳴る前に一回起きて、そのときに無意識に作ったけど、その後すぐまた寝ちゃったんですよ。寝ぼけてて、忘れちゃったんですね、きっと。この、うっかりさんめ」

 

「キッチンからは、味噌汁の匂いと一緒に、楽しげな鼻歌が聞こえてきた」

 

「ええと、桜坂さんって、たしかご家族は……」

 

「うん。両親はとうの昔に亡くなっているし、俺が寝ている間に部屋に入って朝ご飯を用意してくれるような、奇特な親戚もいない」

 

「……もしかして、桐野さんか?」

 

「ははは、鬼頭、ご名答」

 

 三年前に〈アローズ製作所〉へ新卒入社を果たした桐野美久の顔を想像し、鬼頭は溜め息をついた。入社当初こそ、物静かな性格だが仕事ぶりが丁寧で、よくぞ採用してくれた! と、みな人事部の判断を絶賛したものだったが。半年ほど経った頃から、目の前の男に対する態度が、ちょっとおかしな方向に進み始めた。

 

「台所にさ、桐野さんが立っていたの。当然、何をやっているんです? って、訊ねたのね。そしたら、にっこり笑って、『朝ご飯出来ていますよ』って。重ねてさ、どうやって入ったんです? って訊いたの。微笑むだけで、何も答えてくれなかった。……勿論、俺は彼女に合鍵なんて渡してないぞ。玄関のオートロックの暗証番号だって教えていない」

 

 付け加えれば、二人は恋仲にある、とか、そういう事実もない。

 

「ソファの方を見るとさ、クローゼットから引っ張り出した覚えのない着替えが、すでに用意されているのよ。皺一つないのよ。袖を通すと、すんごい良い香りがするの。うん。知らない洗剤の匂いがしたの。よく嗅いでみると、桐野さんの服と同じ匂いがしたのよね。これどうしたの? って、訊いたらね、『もうたくさん使わせてもらったので、お返ししに来ました。あ、ちゃんと洗っているので、安心してくださいね』って。どうやらね、以前、ウチのクローゼットからくすねていたらしいのね。うん。いったい、何に使ったんだろうね? その後、顔洗って、髭剃って、とりあえずご飯食べたんだ。うん。すんごい、美味しかった。俺好みの味だった」

 

「……彼女がやって来るのは、今週、何回目だったか?」

 

「三回目」

 

 ちなみに今日は火曜日だ。

 

「ところでさ、話は変わるけど、昨日、鍵を取り替えたばかりなんだ」

 

 鬼頭親子は気の毒そうに彼を見つめた。

 

 桜坂は遠い目で空の彼方を見つめた。奇っ怪な容姿のスパイラルタワーが、こちらを見下ろしている。

 

「なんとか言い聞かせて帰ってもらったが……たぶん、明日も来るな、これ」

 

 べつに桐野美久のことが嫌いというわけではない。好きか嫌いかで言えば、むしろ好感を抱いている相手だ。とはいえ、それはあくまで仕事上の付き合いに限ったときの話、恋愛感情に由来する好意ではない。二十歳近い年齢差もある。桜坂の好意は、会社の先輩が有能な後輩に向けるものでしかないし、それ以上にもなりえない。

 

 そしてそのことについては、桜坂自身の口から、何度も彼女に言い聞かせていた。にも拘らず、桐野美久は変わらぬ慕情を桜坂に寄せ続けていた。

 

 そんな不屈の人物によるストーカー行為と不法侵入、おまけに窃盗。被害者側の心労はいかばかりか。本来なら警察などに相談し、早期に解決するべき事案だが。

 

「会社のことを考えると、あまり大事にも出来ないしなあ」

 

 この場合、被害者も加害者も同じ会社の人間ということが、問題をややこしくさせていた。実は警察沙汰にしたくない理由がもう一つあるのだが、いまはあえて伏せておこう。

 

 また、何よりも厄介なのが、桜坂自身が桐野美久を憎みきれないということだ。桐野美久という女性は不思議な人物で、やっていることはどう斜め見ても犯罪なのに、それを深く追求させない雰囲気を身に纏っている。

 

「わたしの応援なんてしている場合じゃないんじゃ……」

 

 陽子が呟いたとき、ホームにひかり500号の到着を予告するアナウンスが鳴り響いた。

 

 少女の顔が、緊張で引き締まる。

 

 かつてMITに合格した大人たちはそんな彼女に笑いかけ、

 

「まあ、色々言いはしたが……思いっきりぶつかってきなさい」

 

「ファイト、だよ」

 

 ホームに、新幹線が滑り込んできた。

 

 陽子は二人の顔を交互に見て頷くと、可憐に微笑み、腰を折って言った。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏の名前がテレビやネットニュースのヘッドラインを飾るのは、その六時間後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニット・ストラトス二次創作

 

「この小さな世界で愛を語ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊賀上野の伊藤家で陽子と再会を果たしたあの日――、

 

 智也の墓前で晶子たちへの復讐を誓った鬼頭は、改めて陽子の親権を取得するべく、墓参りの後、すぐに行動を開始した。

 

 四年前の離婚の際に世話になった堂島弁護士に電話をかけると、すでに桜坂から連絡がいっていたらしく、応答する声は暗く沈んでいた。

 

「鬼頭さん……このたびは、なんと申し上げたらよいのか……」

 

「堂島さん、もうこれ以上、あいつらに陽子を任せておけません。フェミニスト団体が何を言おうと、構うものか。陽子を取り戻したいんです。力を貸してください」

 

「……私で、よろしいのですか?」

 

 堂島弁護士の声からは深い懊悩が感じられた。四年前、自分の力が及ばなかったせいで、電話の相手は家族を奪われ、挙げ句、一つの小さな命がこの世界から失われてしまった。そんな非力な自分を、あなたはまた頼ってくれるのか。

 

「あなたでなければいけません。四年前、妻とのことで一緒に立ち向かってくれたあなたを、私は勝手ながら、戦友のように思っておりました。もう一度、私とともに、戦っていただけませんか?」

 

「……分かりました」

 

 四年前の裁判の結果について悔しい思いをしたのは、鬼頭だけではない。リベンジ・マッチの機会を与えられて、弁護士歴十九年の男の語気に闘争本能の火が灯った。

 

「その依頼、お引き受けしましょう」

 

 堂島弁護士と電話にて今後の打ち合わせを終えると、鬼頭はカムリを走らせ、伊藤家に戻った。陽子はすでに目を覚ましていた。鬼頭の姿を見るなり、大粒の涙をこぼして抱きついてきた。

 

 腰に回された両腕の細さと力のなさに、強い衝撃を受けた。あいつらめ……! と、怒りの感情が噴出しそうになるのを、なんとか堪える。いけない。ここで憤怒の感情を表に出せば、ただでさえ恐い思いをしてきた陽子を、余計に怯えさせてしまう。唇の端から血の糸が滴るほどに奥歯を噛みしめながら、鬼頭は愛娘の背中を優しく抱き、そして撫でさすった。

 

 やがて陽子が泣き止んだところで、鬼頭は、「お父さんと一緒に暮らさないか?」と、訊ねた。陽子は目を赤く腫らしながら、うん、と頷いてくれた。その晩、彼はおよそ四年ぶりに、娘と手をつなぎながら床についた。

 

 翌日、鬼頭は有給を取り、その日の夕方まで伊藤家で陽子と一緒に過ごした。彼は伊藤夫妻も交えた席で、今後の予定について説明した。

 

「陽子の親権を取り戻したいと思います。再審の裁判が終わるまで、陽子を預かっていていただけませんか?」

 

 四年前の裁判で下された接触禁止命令のことを考えると、いまはまだ陽子と一緒には暮らせない。緊急事態かつ本人の要請があったとはいえ、こうして伊賀上野に足を運んだことさえ鬼頭の立場を危うくする行為なのだ。かといって、晶子のもとに送り返すなど論外である。

 

 児童相談所での一時保護は陽子が嫌がった。お父さんと一緒に暮らすのがまだ無理なら、お爺ちゃんたちの家がいい。謙介は快く応じてくれた。四年前は鬼頭のことを非人のごとく扱った彼だが、孫の死をきっかけに、娘夫婦の異常性にようやく気づいたか。絶対に二人には渡さない、と力強い口調で鬼頭に宣誓した。

 

 伊藤家で夕食をご馳走になった後、鬼頭は謙介夫婦に、地元の児相と警察に相談実績を残すよう伝えてから名古屋へと戻った。翌日、出社した彼は部長に、「家族のことで、少し慌ただしくなるかもしれません」と、これからしばらくの間、休みがちになってしまうかもしれないことを謝罪した。部長の返答は、「ゴタゴタが片付いたら、目一杯こき使ってやるからな!」と、諧謔を孕んだ口調で鬼頭を応援してくれた。

 

 名古屋に戻った鬼頭は早速、堂島弁護士の事務所を訪ねた。親権を取り戻すにあたって具体的にどんな手続きをすればよいか。その詳細の確認と、今後の方針を決めるためだ。

 

 戦略会議には桜坂も同席した。四年前、自分は親友の異変に気づくことが出来なかった。一番辛いときに、側にいてやれなかった。力になってやれなかった。この四年間、悔恨の念に苦しみ続けた彼は、今度こそは、と意気込み十分。「俺に出来ることなら、何だってするからよ」と、協力を申し出てくれた。

 

「四年前、我々は戦略を誤りました」

 

 会議の席上、堂島弁護士は鬼頭の顔を見て言った。

 

「お二人の問題を夫婦間のものと位置づけたために、フェミニスト団体が介入する余地を与えてしまいました」

 

 権利団体の構成員の大部分は勿論、女性だ。彼女たちが離婚というテーマに対し、同じ女である“妻”の側に立ったのは、当然の帰結といえる。

 

「今度は、そうはさせません。あくまでも鬼頭さんと陽子さん……親子の問題として捉え、裁判もその方向で進めましょう」

 

 権利団体の構成員の大部分は女性である。すなわち、これから母となる、あるいはすでに母である存在だ。彼女たちにとって、子どもを害する行為とは、他のどんな行いよりも邪悪で、卑劣な、許しがたい悪行である。

 

 陽子や謙介の話によれば、晶子たちはわが子に対して日常的に暴力を振るっていたという。これだけでも、権利団体からすれば怒髪天を衝くような事案だが、間男にいたっては、虐待の末に智也の命を奪い、陽子に対してレイプまでしている。女尊男卑社会の風潮にすっかり染まり、冷静な判断力を失って久しい権利団体の連中も、さすがに今回は晶子らの味方にはつけまい。彼らは子どもを傷つけた。権利団体の“母親”たちが許すはずもない。

 

「さすがに男性である我々の味方にはなってくれないでしょうが……最悪、介入を防げるだけでも、上出来でしょう」

 

「……四年前の裁判って、そんなに酷かったんですか?」

 

「ええ。そりゃあ、もう、酷いものでした」

 

 司法の現場で法律が無視される。白騎士事件以後、女性絡みの裁判ではこうした事態が急激に増加しているが、その中でも、四年前の裁判は特に酷いものだった、と堂島弁護士は語った。

 

「裁判についてですが、陽子のことを考えると、あまり長引かせたくありません」

 

「そうだな。いま、陽子ちゃんはとても傷ついているはずだ。一日でも早く、鬼頭と一緒にいられるようにしてあげないと」

 

「それなら、まずは智也君の死や、虐待のことで刑事裁判に持ち込みましょう。然る後に、改めて民事で裁判を起こし、親権を取り返すのです」

 

 二方向から攻め立てて疲弊させ、早期のギブアップを狙うのです。鬼頭はこの考えに賛意を示した。

 

 戦略についての基本方針は決まった。次にやるべきは、戦いに必要な武器を集めることだ。

 

「あとは証拠集めです。鬼頭さん、失礼ですが、陽子さんは……」

 

「……陽子とは、昨日、病院に行って、診断書を作成してもらいました」

 

 鬼頭はなるべく感情を表に出すまいと、腹に力を篭め、平坦な口調で応じた。

 

「病院の医師が、気を利かせてくれました。体中のアザの診断書と、レイプ痕跡の診断書を分けて作ってくれました。勿論、本人からは、どちらも好きに使ってくれ、と承諾を得ています。……親としては、アザの診断書はともかく、レイプのほうは裁判の証拠として挙げたくありませんが」

 

「分かりますよ」

 

 堂島弁護士は悲壮な面持ちで頷いた。

 

「私にも、十五歳の娘がいます。お気持ちは、よく分かります。ですが……」

 

「分かっています。少しでも勝率を上げるために。早期解決のためには必要なもの、とは、分かっているんです」

 

「鬼頭、智也君については?」

 

 桜坂が鬼頭の態度の変化に気づかないふりをして訊ねた。二人と違って、彼は四年前の裁判には直接関係していない。感情移入の余地が狭い分、彼らよりも冷静にこの問題を見ることが出来た。

 

「俺に智也の死を知らせなかったのは養育費の減額を恐れてのこと。智也が死んだのは間男の暴力のせい。この二点について、伊藤さんに証言を頼んである。念のため、録音も取らせてもらった。その際、カムリに積んであったドライブレコーダーを使わせてもらったんだが……」

 

「おう。そういうことなら、じゃんじゃん使ってくれ。あと問題なのは、間男夫婦がいまどんな暮らしをしているのか、と、陽子ちゃんはどんな環境に置かれていたか、を証明出来る、客観的な証拠を得ることだな」

 

「ある程度は伊藤さんの証言で立証出来るだろうが……」

 

「松村さんにお願いしてはいかがでしょう?」

 

 堂島弁護士が獰猛な冷笑を浮かべながら提案した。四年前にも世話になった興信所のオーナーの名前だ。警察OBという経歴の持ち主で、探偵としての腕前は抜群。四年前の騒動の際には、何の手がかりもない状況から僅か一ヶ月で、間男についての詳細を突き止めてしまった。鬼頭は迷わず頷いた。

 

 松村探偵の調査は一週間でほぼ終了した。

 

 調査結果についての報告書を精読した後、鬼頭は堪えきれずに落涙した。読み進めるにつれてどんどん気分が落ち込んでいく。

 

 鬼頭との離婚後、晶子はすぐ間男と再婚し、彼の実家のある三重県四日市市へと引っ越した。

 

 親子四人による新生活の始まりは、しかし、順風とは言いがたかった。再婚後間もなく、間男は勤めていた会社から依願退職を強いられた。

 

 四年前、鬼頭は妻と間男に対する先制打として、各所に二人の不貞を示す内容証明を送った。その中には、当時間男が勤めていた建築会社も含まれており、晶子との不適切な関係はすぐ社内に知れ渡ってしまった。

 

 不倫の末の略奪婚など、世間体は最悪だ。いくら裁判に勝利したとはいえ、社内での白眼視は避けられない。会社内でどんどん立場を失っていった間男は、やがて居心地の悪さに耐えかね、自ら辞表を提出した。会社の上役たちは、笑顔でそれを受け取ったという。

 

 間男はすぐに再就職先を探したが、その就職活動は失敗に終わった。元いた会社からのリークにより、彼の非道な行いについては、地元の建築業界では有名な話となっていた。業界での再就職を諦めた間男は、他業種に目を向けるも、こちらもことごとく失敗。なんとか地元のファミレスで契約社員として雇ってもらうも、当然、収入は激減した。この頃から、彼は子どもたちに暴力を振るうようになった、と近隣住民からの証言を得ている。

 

 新たな夫を支えるべく、晶子も働きに出た。しかし、社会人経験の浅い彼女に高給を支払ってくれる職場はなかった。

 

 白騎士事件の後、日本は国策として女性優遇制度を推進しているが、それでまず優先されるのは有能な女性だ。能力はあるのに、女性というただ一点をもって、従来の男性社会では光り輝くことを許されなかった女性たちを救うことが最優先。晶子のような女は後回しにされた。彼女もまた、パートとしての採用がせいぜいで、四人家族を支えられるほどの稼ぎは生めなかった。

 

 勝者の愉悦から一転、苦境に立たされた晶子たちにとって、頼みの綱は鬼頭からの慰謝料五〇〇万円と、毎月十六万円の養育費だった。やがてその五〇〇万円を使い潰すと、いよいよ養育費頼みとなった。寝取られた側からの施しが生命線という現状を惨めに思ったか、苛立つ間男の暴力はどんどんエスカレートしていった。仕事で疲れた、というふざけた理由から、晶子はその光景を前にしても何も言わず、子どもたちをかばおうともしなかった。

 

 智也が亡くなった後、間男の不満はすべて陽子にぶつけられた。彼女が成長するにつれて、彼の虐待行為は性暴力の匂いも孕んでいった。間男が陽子の性器に初めて触れたのは、彼女が十一歳になって間もなくのことだったという。そのあたりまで読んで、鬼頭は嘔吐した。かたわらにいた桜坂は、大振りの双眸に怒りの炎を灯しながら報告書を睨みつけた。

 

「反吐が出る」

 

 陽子が十二歳になったある日、間男は晶子がパートで留守にする日を狙って、一線を越えた。学校の保健体育の授業や少女漫画などで得た知識から、自分のされていることの意味を知っていた陽子は、どうしよう、どうしよう、と激しく動揺しながら、母親に父親からレイプされたことを相談した。晶子は、身も心も傷つけられた愛娘の頬を張った。「この泥棒猫!」と、怒声一喝。陽子は絶叫し、泣きながら家を飛び出した。

 

「よう、こっ……」

 

 報告書を読み終え、澎湃と涙する鬼頭の背を、桜坂は優しく撫でさすった。彼もまた、そのときの陽子の心情をおもんばかり、泣いていた。

 

「桜坂、俺はやるぞ! 絶対に、今度こそ陽子をこの手に……」

 

「ああ、ああ! 勝とう、鬼頭!」

 

 証拠は出揃った、と判断した鬼頭たちは、三重県の警察と児童相談所に連絡、告訴した。伊賀上野の謙介氏が、地元の両機関にあらかじめ相談実績を残してくれていたおかげで、彼らの対応はとてもスピーディだった。晶子と間男は児童虐待の容疑で拘束された。

 

 鬼頭たちは三重県警への協力を惜しまなかった。事前に用意していた証拠のうち、すべて提出した。あまりの用意周到さに警察ははじめ鬼頭たちにも疑いの目を向けたが、彼らの抱える事情を知って納得した。「速やかに検察へ送ってみせる」。その力強い言葉通り、二人が留置場に押し込まれた僅十二時間後には書類送検がなされ、ほどなくして、検察からは逮捕状が送られてきた。

 

 晶子が逮捕されたことを知って、四年前に鬼頭の敵に回った女性権利団体は、警察・検察の動きを後押しした。彼女たちの意外な行動に、はじめは鬼頭らも戸惑った。男性である自分たちをなぜ援護してくれるのか。堂島弁護士を代理人に立てて訊ねたところ、回答は、「お嬢様の心情を思えばこそ」とのこと。なるほど、と得心した。男性の鬼頭の味方になったわけではない。女性の陽子の味方になってくれたわけか。こうした動きもあり、裁判は異例の速さで開廷した。

 

 刑事裁判は検察側の圧勝だった。児童虐待に強姦罪、智也の死を事故と偽証したこと、そしてその事実を鬼頭に伝えず、養育費を不正に騙し取っていたこと。それを裏付ける証拠の数々……。これらが形作ったポーカーハンドを見て、二人の側についた国選弁護人はゲームへの意欲を失った。なにより彼らのやる気を削いだのは、法廷に立った晶子の言い分だった。

 

「あの娘はわたしから夫を奪おうとした。いなくなってせいせいするわ」

 

 傍聴席に座す鬼頭は膝の上で拳を強く握りしめた。閉廷後、開いて掌を確認すると、血まみれだった。

 

 刑事裁判の結果が出てすぐ、陽子の親権を取り返すための民事裁判が開かれた。心の傷を刺激しかねない、と陽子不在のまま行われた裁判の結果はこちらも圧勝。智也の死後、彼の分の養育費を不正受給していたことも問題となった。鬼頭は無事、愛娘の親権を取り返し、二年分の養育費の返還も決定。ほんの少しだけ、溜飲を下げることに成功した。

 

「あんな淫売を押しつけるなんて……こっちが慰謝料を欲しいぐらいよ」

 

 こともあろうに、法廷の場でそんな暴言をのたまった晶子を、鬼頭は冷ややかな眼差しで見つめた。やはり陽子を連れてこなくて正解だった、とこっそり安堵の溜め息をついた。

 

 

 裁判の後、再び一緒に暮らせるようになった鬼頭親子は、名古屋市千種区に新たな住まいを求めた。従前、鬼頭は守山区に部屋を借りていたが、家族の新しい再スタートということで心機一転、環境を、がらり、と変えようと考えたためだ。首尾よくマンションの一部屋を手に入れた彼は、伊賀上野の伊藤家より譲ってもらった智也の仏壇を運び入れ、陽子と二人、新しい生活を始めた。

 

 陽子が、「IS学園を受験したい」と、鬼頭に告げたのは、彼女が中学二年生に進級してまだ間もない頃のことだった。自らの意思を告げる際、彼女の口調は、おそるおそる、といった感じだった。父のISに対する嫌悪感とその理由を知っていたためだ。

 

 反対されるかもしれない、という彼女の懸念は、すぐに否定された。鬼頭は優しく微笑んで「応援するよ」と、言ってくれた。

 

「……反対しないの?」

 

「どうしてそう思ったんだい?」

 

「だって、父さんってIS、嫌いじゃない」

 

「ううん、たしかにその通りなんだが……」

 

 鬼頭は思わず苦笑した。彼がISを嫌う理由は、自分や桜坂の目指すパワードスーツの理想形と比べたときに限っての話だ。陽子はそのあたりを誤解している。

 

 災害用パワードスーツの話が絡まない領域では、むしろ好感さえ抱いていた。実際、ISに使われている技術はどれも素晴らしい。特に、日本の倉持技研が開発した第二世代機・打鉄。あれを設計した人物とは是非一度、夜通し語り合いたいと思っている。

 

「父さんがIS嫌いかどうかはともかく、自分がそれを嫌っているからといって、そんなことを理由に、娘が進みたいという路を否定するなんてしないさ」

 

「でも、お母さんは……」

 

 この時点で、親権を取り戻して一年以上が経過していた。にも拘らず、陽子にとって晶子の存在はいまだ大きい。どれほど過酷な環境に置かれれば、こんな従順さを身につけてしまえるのか。

 

 不安そうな彼女の顔を見ていると、鬼頭まで悲しい気持ちになってくる。彼は娘の肩を抱くと優しい声音で囁いた。

 

「いいんだよ。お前は、自分のやりたいと思うことをやれば。それが人道にもとるものであったり、自分自身をないがしろにするようなものだったりしない限り、父さんは、お前の夢を全力で応援するから」

 

 その日から、陽子の受験勉強が始まった。まだ中学二年生の一学期。ちょっと早すぎるんじゃないか、という意見は其処彼処より寄せられたが、志望校の名前を告げると、みな納得して押し黙った。IS学園は世界一の難関校だ。受験者の中には、小学校の頃より対策を始めている者もいるという。それを考えれば、むしろ遅いぐらいだった。

 

 陽子は、もともと勉強のできる娘だった。背が低い上に小柄な体格なため体育だけは苦手としていたが、その分、他の分野で頑張りを見せた。IS学園を目指すと決めてからはいっそう勉学に打ち込むようになり、通信簿の評価はほとんどオール5、全国模試でも、上位ベスト50の常連となった。

 

 彼女の努力は学問だけにとどまらなかった。

 

 IS学園では、一般教養よりもISに関する授業での成績のほうが優先して評価される。ISについて学ぶ場所なのだから当然だ。ゆえに、受験者はみなISについての予備知識をある程度叩き込んだ上で試験に臨む。合否判定が出てから学んだのでは遅すぎる。ISは誕生してわずか十年の兵器だが、それだけに知識は体系化されておらず、雑然としていた。

 

 ISは人類が宇宙へと進出するのを促す目的で誕生し、白騎士事件で兵器としての強さを見せつけ、現在は競技スポーツで使うユニフォームと位置づけられている。ISの予備知識とはすなわち、宇宙開発の歴史であり、兵器開発の歴史であり、競技スポーツの歴史だ。陽子は、これらの知識の修得にも果敢に立ち向かった。

 

 そして――、

 

 

 夕方、東京から帰ってきた彼女は、鬼頭に向かってVサインをした。

 

 手応えあり。

 

 あとは結果を待つばかり。

 

 鬼頭は優しく微笑んで、「お疲れ様」と、彼女をねぎらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月と二週間前――

 

 

 

 

 

 〈アローズ製作所〉は名古屋市名東区に本社を置く、ロボットの総合メーカーだ。八階建ての本社ビルはフロアごとに、重作業用ロボット部門、介護用ロボット部門といった具合に棲み分けがなされており、鬼頭と桜坂のデスクは現在、三階の災害用ロボット部門の一室に揃って置かれていた。部屋の名前は、災害用パワードスーツ開発室。各々の肩書きは、鬼頭が設計主任で、桜坂が室長だ。

 

 二人が災害用ロボット部門に配属されたのは、〈アローズ製作所〉に就職して十年目の春のことだった。それまでの献身が認められた結果のご褒美人事で、異動の辞令が下ったその日の晩、彼らは馴染みの居酒屋で祝杯を傾けた。これでまた一歩、夢の実現に近づくことが出来たと、充足感から、いつものビールをやけに美味しく感じた。

 

 部内に災害用パワードスーツ開発室が発足したのは、さらに十年後のことだ。

 

 部署を移った後も会社に献身的に尽くす二人を長年見続けてきた社長は、ある日、彼らを三階の空き部屋へと案内した。ゆうに八十坪はたっぷりあろう、がらん、とした部屋を示しながら、社長は完爾と微笑み、こう言った。

 

「今日まで会社のためにありがとうございます。これからは、会社が、あなたたちの夢を応援する番です」

 

 パワードスーツ開発室は、二人のために設けられたセクションだった。

 

 災害用パワードスーツの開発と量産化を成功させ、世界中に普及させて一人でも多くの人命を救う。二人の長年の夢を叶えるための部屋だ。

 

「開発室はあなたたちの物と考えてもらって構いません。チームの人選や役割分担、予算や機材など、すべてあなたたちに一任します」

 

「ようし、鬼頭、室長は俺にやらせてくれ」

 

 社長の背中を見送ってすぐ、桜坂が言った。

 

「その代わり、設計主任はお前に任せる。技術者としての腕や知識は、俺よりもお前のほうがずっと上だからな。開発に必要なものがあれば、じゃんじゃん、言ってくれ。予算だろうが機材だろうが、どんな手を使ってでも用意してみせる」

 

「それならまずは人だな」

 

 鬼頭は力強い口調で断言した。どんなに高性能の機材に恵まれたところで、使いこなせる人間がいなければにっちもさっちもいくまい。

 

「俺たちの夢を、一緒に手伝ってくれる人を探そう」

 

 桜坂は有能なプロデューサーだった。開発室が発足してまず一ヶ月ほどで、若手を中心に十人の精鋭を集めた。次の一ヶ月間は、パワードスーツの研究・開発に必要な機材や資料の手配に奔走した。三ヶ月が経つ頃には、八十坪の空間に最新の機材が機能的に並べられ始めた。

 

「とりあえず、これでスタートが切れるな」

 

 本格的に稼働を始めた開発室の様子を示して、桜坂は得意気に笑った。しかし、その笑顔は翌日すぐに凍りついた。開発室に、桐野美久のデスクが置かれたためだ。

 

「なんで? 桐野さん、なんで?」

 

「あ、ありのまま起こったことを話すぞ。朝、出社したら、桐野さんが社長の承諾印が押印済みの異動嘆願書を持って、桜坂室長がやって来るのを待っていた!」

 

「今日からお願いしますね、桜坂室長」

 

 ちなみにアローズ製作所の社長の姓は、桐野、である。桜坂はこの頃からすでに、かなり追いつめられていた。

 

 ともあれ、新たに桐野美久を加えた十三人をもって、開発室の活動は本格化した。

 

 その目的は、最高の災害用パワードスーツを完成させ、世界中に普及させること。そして当面の目標は、試作機を完成させ、様々なテストを行い、その度に改良を加え、徐々に洗練させて、最高のパワードスーツを世に生み出すことだ。

 

 開発室が発足して半年が経ったある日、鬼頭はチームのみなを集めると、段階を踏むべきだ、と提案した。

 

「アローズ製作所はこれまで様々なロボット開発・製品化してきました。しかし、パワードスーツを作るのは初めてのことです。いきなり完成品に近い物を作ろうとしても、上手くいくはずがありません。まず、試作一号機では、どんな性能でもいいからパワードスーツを完成させることから目指しましょう」

 

 学生時代にパワードスーツ製作の経験がある二人は別として、スタッフの大半はパワードスーツの実物を見たことすらない。まずは一着、開発を通して、基礎技術の習得から始めよう、と鬼頭は唱えた。

 

 早速、チーム内で活発な意見交換が行われた。

 

 どんな性能でも、と鬼頭は口にしたが、部下の技術者たちはそれを許さなかった。彼らは、「出来るだけ次につながる物を作ろう!」を合い言葉に、試作一号スーツの開発にいそしんだ。

 

「最終的なスーツの形がどうあれ、オートフィット機能の搭載ははずせないでしょう」

 

 滑川雄太郎の提案に、鬼頭と桜坂は同意した。当時、中途採用二年目の三一歳。以前いた会社では、自動車のエンジン回りの開発と製造に携わっていた逸材だ。

 

 開発室の最終目標は、自分たちのパワードスーツを世界中に普及させることだ。現時点で想定しているエンドユーザーは、世界中の消防士やレスキュー隊員たち。身長、体重、体格みな異なる彼らが、大がかりなフィッティング作業なしにすぐ着用出来るスーツが望ましい。装着者の体格に合わせてサイズを自動調整するオートフィット機能の搭載は必須だった。

 

「我々の目指す災害用パワードスーツは……」

 

 滑川に続いて有用な意見を口にしたのは金髪の田中・W・トムだった。日本人の父と、アメリカ人の母を持つ当時二六歳。鬼頭たちと同様、MITの卒業生で、その縁からアローズ製作所に就職した経緯がある。

 

「すでに実用化がなされている介護用や、重作業用の物と異なり、過酷な環境での連続した運用が想定されます」

 

 地震の現場では瓦礫が散乱し、いつ倒壊するやも知れぬ建物の中に身を投じねばならないだろう。火災現場では高熱が総身を襲うだろうし、付近に工場があれば人体に有害な化学物質にも立ち向かわねばならない。

 

「身体の一部が露出するような造りは危険です。全身を覆う、フル・アーマーと呼べるような物が望ましい」

 

 トムは、インナー・スーツとアウターのフル・アーマーからなる二重構造を基本形にしてはどうか、と提案した。

 

 構想しているのは、インナー・スーツには繊維にマイクロ・センサーを編み込み、装着者の生体パルスを読み取って、アウターに組み込んだアクチュエータなどを動かすというシステムだ。

 

「そうなると、アウター・スーツの素材に何を使うかが問題だな」

 

 桜坂はトムの言葉に賛意を示しながら呟いた。

 

「ケブラーはどうでしょう?」

 

 それに素早く反応したのは、チーム最年長の酒井仁だった。当時すでに勤続三十年の大ベテラン、部材や素材のエキスパートだ。

 

 ケブラーはアメリカのデュポン社が開発した特殊なポリマーだ。引っ張り強度と耐熱姓に優れており、防弾ベストや消防服、溶接工のエプロンなどに採用実績がある。

 

「良いアイディアですね」

 

 酒井の提案に鬼頭も同意した。高強度・高耐熱性という点は勿論だが、すでに多分野で応用されているケブラーは、費用面での優位性も魅力的だ。世界中での普及を目指すなら、コストの問題は避けられない。予算を管理する桜坂も、安くはないが、高すぎるといこともあるまい、と太鼓判を押した。

 

 パワーユニットをどうするかについては、主に鬼頭と桜坂の間で話し合われた。

 

 人間が身に纏って動かす、という形態を取る都合上、パワードスーツにエンジンを積むのは難しい。エンジンそのものもそうだが、燃料タンクや冷却システムなどを積み込むだけのスペースの確保が出来ない。必然、バッテリー駆動方式を採用せざるをえないが、問題は、どの程度のサイズの物をどこに配置するか、だ。

 

 鬼頭はMIT時代の記憶を頼りに口を開く。

 

「ベターなのは、背中に大型の物を一個背負わせる形だろう。いちばん、スペースの確保が容易だし、活動の邪魔になりにくい」

 

「しかし、一個だけだと、その一個に何か問題が生じたとき、パワードスーツの全機能が失われることになってしまう。サブは必須だ」

 

「予備のサイズとレイアウトは……」

 

「こう考えるのはどうだろう? 予備ではなく、補助バッテリーと考えて、小型の物を各部に分散配置するのは?」

 

「なるほど。それなら、普段はメイン・バッテリーの電力が不足するような局面に陥ったとき用の補助として、緊急時には予備としても使えるな」

 

「その代わり、エネルギー・マネジメントのシステム構築がたいへんだが」

 

「そこは、プログラマーの腕の見せ所だな。配置はどうしようか?」

 

「小型とはいえ、当然、場所は喰うからなあ」

 

「……多少、本体重量が増えることになるが」

 

「んう?」

 

「外装部分の一部を装甲化して、その内側に収めるのは?」

 

「……そのやり方なら、生命維持装置や各種センサーをどう内蔵するかの問題も解決出来るな!」

 

 それらの機器をどう内蔵するかについては、本来は試作二号機以降の課題とする予定だったが。

 

「バッテリーの数と配置はどうする?」

 

「とりあえず、背中に大型一つ、胸部を装甲化して小型を一つから始めてみよう」

 

 試作一号機を開発する目的は、パワードスーツの開発に必要な基礎技術を、製作を通じて習得することにある。まずは最低限の数だけを積んで様子見し、最適な個数を探っていこう、と鬼頭は提案した。

 

 パワーアシスト装置とその機構にいては、高分子素材を使った人工筋肉で作ることにした。

 

 モーターや空圧ないし油圧式のシリンダーを積んだロボットアームも考えなかったわけではない。すでにある程度完成された技術だから、システムをフレキシブルにデザイン出来るし、コスト面でも優れている。その一方で、動力装置を複雑に組み合わせる必要性から大型化を招きやすく、消費電力も多いという短所もある。これらの点が、バッテリー駆動式で、また大きさに制限を課さねばならないパワードスーツには採用しにくい、と判断された。

 

 人工筋肉には、高分子素材を使う方式の他に、圧電式や空圧式などいくつかのタイプがある。いずれの方式も一長一短を孕んでいるが、その中でも長所が特に目立ち、短所に目をつむることが出来るのが、高分子方式だった。他の方式に比べ耐久性に優れ、装着者の動きに対する応答性に秀で、システムのコンパクト化が容易で、コスト面でも優位だった。

 

 不測の事態が頻発するであろう災害の現場においては、パワーアシスト機構にはどんな状況でも安定して稼働し続けられる信頼性(=耐久性、機械としての寿命)がなによりも求められる。出力などの性能はその次。コストについては、優先順位の三番目といったところか。

 

 

 こうして、試作一号機の基本仕様がまとまった。

 

 特に重要視された項目を整理すると、次のようになる。

 

● 身長一六〇~一九〇センチメートル、体重五十~一二〇キログラムまでのどんな体型にも対応したオートフィット機能を備えること

 

● 頭部や手足のつま先をも含む、全身を被服するフル・アーマーであること

 

● 外装には引っ張り強度と耐熱姓に優れるケブラー繊維を使うこと

 

● 装甲部分にはアルミ合金を使うこと

 

● 動力装置はバッテリー方式とし、大型一個、小型一個を搭載すること

 

● パワーアシスト機構は高分子素材を用いた人工筋肉で作ること

 

● パワーアシスト装置は最大稼働時でベンチプレス八〇〇キログラム、時速五十キロでの走行を可能とすること

 

● スーツの重量は一五〇キログラム以内にとどめること

 

 

 装甲材質をアルミ合金としたのは桜坂の考えだ。求めたのは軽くて丈夫で安価な素材だが、それらの条件をバランスよく満たしていたのがアルミニウムだった。ここでいう強度とは、単純な硬さや引っ張り強度だけでなく、耐熱性や、化学的に安定しているかどうかなども含まれる。

 

 出来上がった仕様書に目を通して、いきなり欲張りすぎじゃないか、と鬼頭は不安に思った。しかし、技術者たちの炯々と輝く眼差しを見て、彼の懸念は即座に霧散した。一流の知識と技術を持つ彼らが、やる気に満ち満ちているのだ。鬼頭はかたわらに立つ親友を見つめた。桜坂は無言で頷くと、数日のうちに、必要なモノをすべてかき集めた。

 

 およそ二ヶ月の後、パワードスーツの試作一号機が完成した。

 

 頭頂高二・五メートル、スーツ総重量一四八キログラム。まるでハインラインの小説から飛び出してきたかのような大柄で、野暮ったいデザインを見た彼らは、むしろこれぐらいのほうが洗練のしがいがあると喜んだ。

 

「いずれはソルブレイバーのようにしよう」

 

「そこはまずクラステクターだろ?」

 

 鬼頭が子どもの頃に好きだった特撮ヒーローの主人公の名前を呟くと、同世代の桜坂もその前番組に登場したレスキュー用の強化スーツの名前を口にした。マニアックすぎて、開発室の誰もコメント出来なかった。

 

 パワードスーツの試作機に、鬼頭たちはXI-01のコードネームを与えた。XIはExperiment Ironman の略だ。勿論、有名なアメコミヒーローを意識したネーミングである。アメリカ留学時代は鬼頭たちも、かの雑誌を愛読したものだ。

 

 XI-01が完成した時点で、開発の目的であった技術の修得については、半分は達成されたと評してよいだろう。残る目標は、テストを行ってデータを採り、改良を加えてまたテストを実施……これを繰り返して、技術の完成度を高めることだ。

 

 早速、XI-01を使ったテストが始まった。

 

 テストの項目は多岐に渡った。単純な歩行などの動作確認に始まり、実際の災害現場を再現した環境下での運用試験も行われた。そうした数々のテストによって得られたデータは、鬼頭たちの研究を飛躍的に進歩させた。単に技術の完成度を高めるというだけでなく、災害用パワードスーツに必要な性能とは何か、何があると便利か、その基準値を見定める上でも役に立った。

 

 XI-01の運用試験が始まって半年ほど経った頃、鬼頭の頭の中では、早くも試作二号機……XI-02の姿が、ぼんやりとだが形をなし始めた。

 

 目指すコンセプトは、現在の技術で開発可能な最高値の性能を備えたスーツだ。XI-01の運用データを基に弾き出した理想値を、現在の技術でどれだけ実現出来るか。それを見極めたい。鬼頭はXI-01の運用試験と並行して、試作二号機開発計画の提案書を書き進めた。

 

 二週間後、設計主任から手渡された提案書を精読した桜坂室長の表情は硬かった。

 

「現在の技術で開発可能な最高のスーツを作る……これ自体は俺も賛成だ」

 

「じゃあ……」

 

「けど、これだけじゃあゴー・サインは下せない」

 

 桜坂は計画の中に、パワードスーツを効果的に運用するための仕組み作りを盛り込むよう注文した。

 

「いくら高性能でも、パワードスーツ単体じゃ出来ることは限られている。パワードスーツの性能を一〇〇パーセント発揮するためには、それを可能とするシステムが必要だ」

 

 桜坂は一つの例として、中型ないし大型トラクタ&トレーラのトレーラ部に、指揮所やバッテリーの充電器など、パワードスーツを運用する上で必要不可欠な各種の設備を搭載した移動基地を開発してはどうか、と提案した。

 

 やけに具体的な内容に、鬼頭は怪訝な表情を浮かべた。

 

 桜坂は苦笑しながら、「地元の友人が運送業をやっているんだが……」と、口を開いた。

 

「この間、車輌の保有数を整理したとかで、いらなくなった車輌の処分に困っている、って話を聞かされたんだよ。それで、もしかしたらパワードスーツ開発に使えるんじゃないかと」

 

「車種は?」

 

「プロフィア」

 

 『とんとん、とんとん、日野の二トン』のテレビCMでおなじみの、日野自動車の大型トラクタだ。燃費性能に優れる九リッター・エンジンを搭載し、その積載量は十三トン超。

 

「走行距離はまだ一万五千キロちょいって話だから、状態に問題はないはずだ。むしろ、部品が馴染みきった、ベストな状態じゃないかと思う」

 

「そんな良い状態の車輌を、よく譲ってくれる気になったな」

 

「それはアレだ。昔、ジャンボ機がJALの財政を圧迫していただろ? それと同じ」

 

 一度に大量の荷物を運べる大型車輌は便利だが、その輸送力を十全に活かせるような注文が殺到してくれなければ、収益性は低い。小型ないし中型の車輌に比べて、運用・維持コストともに高く、免許取得というハードルの高さからドライバーの確保も困難だ。必要以上の保有は、会社の財務体質の悪化へとつながりかねない。

 

「そいつの会社も、最近は業績がちょっと苦しいらしくてな。いまは耐え忍ぶときと、まだ体力のあるうちに車輌を整理したいんだと」

 

「なるほど。それで大型なら状態問わず、というわけか」

 

「いや、さすがに古い車輌から優先してはいるよ」

 

 桜坂はかぶりを振った。

 

「一万五千キロは、完璧、向こうの厚意だ」

 

 移動基地の必要性は鬼頭も考えていたことだ。このまま開発を進めていけば、いずれ必要になるだろう、と。ただ、そのスケジュールが少し早まっただけのこと。唯一懸念されるのはプロフィアの購入と改造にかかる費用だが、そのあたりの悩みは、目の前の男に任せておけばよい。桜坂の提案を、鬼頭は二つ返事で受け入れた。

 

 早速、鬼頭たちはXI-02の開発に取りかかった。二〇二五年は七月のことだ。XI-01のテストで得られたデータを基に仕様を決め、どう実現していくか頭を悩ませる日々は、苦しいが楽しい時間でもあった。

 

「今度こそソルブレイバーを目指そう」

 

「いやだからそこはまずクラステクターだろう、って」

 

 鬼頭も桜坂も、XI-02はより人間に近いシルエットでの完成を目指そう、という方向で意見は一致していた。その際、課題となるのは、各種システムを、性能を低下させることなく、かつコストを抑えながら、いかに小型化・軽量化するか、だ。

 

 特に問題となったのはパワーアシスト機構だった。単純に小型化するだけでは、大幅なパワーダウンを招いてしまう。出来れば、XI-01で達成した、ベンチプレス八〇〇キログラム・オーバーという数値は維持したいが。

 

 悩む鬼頭らのもとに、革新的な技術をもたらしてくれたのは、〈アローズ製作所〉の介護用ロボット部門だ。

 

 鬼頭たちが入社時に提供した介護ベッドは、いまや介護部門の事業の柱の一つとなっていた。さらなる高性能化・利便性の向上を目指して日夜研究を続ける彼らが、強力な合成繊維の開発に成功した、という情報を耳にした。早速、件の研究者たちのもとを訪ねて、彼は大いに驚いた。

 

 介護部門が開発した新素材は、XI-01に採用した合成繊維と比べて、五分の一の太さで八倍もの引っ張り強度を持ち、五〇〇度までの熱に耐えられるという、画期的な代物だった。それでいて、その精製は既存の生産ラインの仕組みをほんの少し変更するだけで対応可能という、驚きの生産性をも併せ持っていた。いまは誕生して日が浅く、製造原価には研究開発費が上乗せされてしまうが、それも量産体制が整えば次第に落ち着くだろう。

 

 見学にやって来た鬼頭と桜坂は顔を見合わせ頷き合った。この新素材なら、性能を落とすことなく、人工筋肉の小型化・軽量化が出来るはずだ。その場で介護部門の部長に頭を下げ、新素材の使用許可を請うた。鬼頭たちより五つ年上の部長は、快く首肯してくれた。

 

 早速、XI-01の人工筋肉を新素材で作り直した。結果は驚くべきものだった。ボディサイズの大きな変更なしに四倍ものパワーアップを果たしたばかりか、システム総重量で五キログラムもの軽量化を達成したのだ。これならばいける、と鬼頭たちは確信した。

 

 最大の難問に解決の目処を見出したことで勢いづく開発チームは、その後も襲いくる数々の問題を次々と捌いていった。

 

 スーツの基本設計は、パワーユニットとパワーアシスト機構のレイアウトをはじめに決め、次いでその他の装備の搭載箇所を決めていく、というふうにデザインしていった。

 

 基本的な機能はXI-01と変わらないが、XI-02ではより実戦向けの装備の数々の搭載を目指した。有毒ガスや化学物質に対する防御機構、低酸素空間での重作業を可能とするための酸素ボンベ、要救助者をいち早く発見するための各種センサーに、連携行動には必須の無線通信装置などだ。装備を増やすと、その分だけバッテリーのエネルギー管理が難しくなるが、そこは滑川技師が頑張ってくれた。彼は以前勤めていた自動車会社で、ハイブリッド・システムの設計にも携わっていた。有限のエネルギーをどう分配すれば最高率に到達しうるか、その探求にかけては社内の誰よりも優れているという自負が、彼にはあった。

 

 優れた部材に優れた技術、そして有能なスタッフという武器をもって、XI-02の開発は進められた。

 

 開発計画が始動して一ヶ月後には例のプロフィアが納車されたが、まずはパワードスーツ本体の完成を目指した。これは桜坂の提案だ。

 

「旧海軍の九六式艦上戦闘機は傑作機と評判高いが、あれは先に戦闘機のほうを作って、その後に九六式を運用する上で最適化された空母を作ったからこその評だと思う。俺たちもそれを範としよう」

 

 プロフィアで運用するためのXI-02であってはならない。XI-02のためのプロフィアでなければ。結局、プロフィアはその後四ヶ月もの間、倉庫で埃と戯れる日々を過ごした。

 

 二〇二五年十二月、XI-02は完成した。頭長高二・一メートル、スーツ総重量九十キログラム。装甲部分にミルク色のコーティング塗装を施した、フル・アーマー仕様のパワードスーツだ。四角い箱をいくつも組み合わせたようなのっぺりとした見た目で、幼い頃に憧れた特撮ヒーローほどに洗練された姿には仕上げられなかった。しかし、隣に置いた宇宙時代の機動兵士……XI-01と比べれば、ずっと人間に近いサイズとシルエットを達成している。

 

「こりゃあメタルヒーローっていうよりも、モビルスーツに近い見た目だなぁ」

 

「まるでヘビーガンのようです」

 

「あぁ……たしかに、似ているかも」

 

 桜坂が苦笑し、アニメ好きだというトムも頷いた。モビルスーツとは、日本のロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』シリーズに登場する人型ロボットのカテゴリーだ。ヘビーガンはそのうちの一つだが、二人ほどにアニメに詳しくない鬼頭は、首を傾げるばかりだった。

 

 試作一号機のときと同様、完成したXI-02は早速、性能テストに用いられた。と同時に、プロフィアの改造もスタートした。改造は発電装置の搭載から始まり、次いでXI-02のバッテリーを充電するための設備の取り付け、その後は、性能テストの結果をフィードバックしながら進めていくこととなった。

 

 立ったり座ったり、歩いたりジャンプしたり、といった基本的な運動の動作や、搭載した装備がちゃんと動くかどうかを確認するためのテストは、十二月中にほぼ完了した。

 

 翌年一月からはより高次の性能テストが始まった。例えば、パワーアシスト機構を最大出力で稼働した際にバッテリーにどれだけの負担がかかるか。その負担を減らすことは可能か。負担を減らすためには何が出来るか…………といった具合に、XI-02のその時点における性能限界をテストで探り、その打破を目指して討議を重ね、改良を加え、またテストを行ってデータを採り、分析する。この工程を繰り返して、完成度を高めていくのだ。

 

 素晴らしいアイディアが降りてきたのは、一月半ばのことだった。鬼頭は桜坂に、「災害用パワードスーツにも武器が必要だと思うんだ」と、言った。

 

「勿論、戦うための兵装じゃない。俺たちが作りたいのは災害用であって、軍事や、警察用じゃないからな」

 

「それは分かっているが……」

 

「災害の現場において、緊急事態というものは必ずやって来る。洪水で流される車の中に取り残された人を救い出すいちばん手っ取り早い手段は、窓ガラスをぶち破ることだ」

 

「ネタはあるのか? XI-02のテストはすでに進行中なんだ。その兵装を搭載するためだけに、改修作業に一ヶ月も二ヶ月もかかるようじゃさすがに許可出来ないぞ。それに、計画外の新装備を取り付けるとなると、かなりの重量増につながるんじゃ……」

 

「重量増については、ない、と断言出来る。改修期間についても、〈アローズ製作所〉の設備なら、そう時間はかからないと踏んでいる。材料さえ揃えることが出来れば、三週間で完成させてみせる。だから、開発の許可をくれ」

 

「いったい、何を作る気なんだ?」

 

「エネルギー・ブラスト」

 

「ビーム兵器か!」

 

 鬼頭の言に、桜坂は思わず唸った。いまから二十年以上前、MITでの記憶がよみがえる。実は当時も、二人はパワードスーツにビーム兵器を搭載出来ないか考えたことがあった。そのときは資金不足に加えて、機材の性能不足を理由に断念したが、いまの自分たちにはその両方がある。予算は勿論、工作機械などの設備についても、国内屈指のロボット・メーカーが保有する最新の物が使える。

 

「ガラス・レーザーなら、システムをコンパクトに、そしてフレキシブルにデザインすることが可能だ」

 

「重量増大にもならないか。よし、分かった」

 

 桜坂は鬼頭の提案を快諾した。ただ、ビーム兵器の開発・製造にはかなりの資金が必要となるだろう。「出来る限り安く作ってね(震え)」と釘を刺すことだけは忘れなかった。

 

 二月に入り、エネルギー・ブラスト・システムが完成した。すでに人工筋肉が集中している腕部に搭載可能なほどコンパクトなシステムで、改修作業に要した日数は僅か二日に過ぎなかった。エネルギー・ブラストを搭載したことによる重量増は、三キログラム以内に抑えられた。

 

 エネルギー・ブラストの最終調整は、IS学園の入学試験の日に行われた。

 

 

 

 

 

 

 IS学園の入試があった日から、一週間が経った。

 

 鬼頭たちパワードスーツ開発室のメンバーは、〈アローズ製作所〉本社ビルの隣に建てられたドーム型の試験場に集まっていた。どのような悪天候に見舞われてもテストを遅滞なく行えるようにと、およそ三十年前、東京ドームを参考に建てられた施設だ。大型のロボットや、小さくとも可動部位の多いロボットなどは、みな例外なくここでのテストを経て製品化されていた。

 

 東京ドームを参考にしているだけあって、試験場の造りは万事が広く、大きい。基本的な構造は野球場と大差なく、主には運動場と観客席に相当するエリアから構成されている。勿論、この場合の観客とは、開発したスタッフたちのことだ。観客席に相当する部分は、実際には椅子はほとんどなく、モニター用の機材をつなぐための電源ポイントが配されている。

 

 選手たちの待機所に相当する場所は、最新の監視装置と分析用の機材が集積されたモニタールームだ。いまは勿論、鬼頭たち開発室の面々が詰めている。

 

 モニタールームは二十坪ほどもある広々とした部屋だった。しかし、床面積のほとんどを機材が占拠している上、壁面には薄型ディスプレイが何十枚とタイルのようにはめ込まれているため、数字ほど間取りに余裕は感じられない。機械の排熱により、室内はサウナもかくやというほどに暑く、鬼頭たちに季節感というものを忘れさせた。部屋のエアコンの設定は、まだ二月だというのに冷房に切り替えられている。

 

 それでも額に浮かぶ玉の汗を拭いながら、部屋の中央に置かれたデスクに腰掛ける鬼頭は、左手首のボーム&メルシェを見て、

 

「時間です。今日のテストを始めましょう」

 

と、室内を見回した。

 

 モニタールームには現在、鬼頭の他に開発室のメンバー六人が詰めている。滑川技師やトムたちだ。残る六名のうち四名は、観客席で記録用カメラの動きを監督しているはずだった。そして、あとの二人は……、

 

 机の上に置いていたヘッドセットを装着し、手元のラップトップパソコンとの接続を確認した鬼頭は、ゆっくりと口を開いた。

 

「桐野さん、お願いします」

 

『はい』

 

 部屋の四隅に設けられたスピーカーから、桐野美久の声が奏でられた。

 

 一同の目線が、壁面ディスプレイのうちの一つ……グラウンドへの入場ゲートの様子を映している画面へと集中する。

 

 試験場のゲートは、大型の作業機械の出入りも容易いようにと、本物の東京ドームよりもたっぷり余裕をとって築かれている。チーム最年長の酒井曰く、当時の社長が業者に発注した内容は、「戦車が並んで入れるゲートを作れ」だったそうな。

 

 入場ゲートから、ゆっくり、とプロフィアが進入する姿が映じた。勿論、桜坂の知人が譲ってくれた、例の車輌だ。アルミ製のウイングコンテナを積載したトレーラを牽引している。

 

 ハンドルを握るのは、なんと桐野美久だ。XI-02の開発計画がスタートして間もない頃に、プロフィア導入の件を伝えたところ、僅か一ヶ月で免許を取得してしまった。

 

 改造プロフィアはモニタールームのすぐ近く……野球でいう、ホームベースのあたりで停車した。エンジンはまだかかったままの状態だ。

 

「ウイングを展開してください」

 

 ヘッドセット越しに指示を出す。運転席の美久は頷くと、コンテナの開閉スイッチを操作した。改造プロフィアではコンテナは勿論、トレーラ部の動作すべてをコクピットで行うことが出来る。アルミ・コンテナの右側壁が、静かに傾き、開いていった。

 

 ホームベースに向けられた六台のモニター・カメラが、白亜の機動戦士の姿を捉えた。XI-02だ。メインの大型バッテリーが搭載された背面ユニットが、ケーブルで給電装置とつながっている。

 

 ラップトップのキーボードを叩き、ヘッドセット・マイクの送信先を変更。冷笑を浮かべる鬼頭は、「気分はどうだ?」と、囁いた。

 

『最高だ』

 

 室内に、この場にはいない桜坂の声が響いた。本日のテスト・パイロットだ。

 

 鬼頭たちの最終目標は、自分たちの作ったパワードスーツを世界中に普及させることだ。性能やコストは勿論、適切な訓練さえ受けていればどんな人間でも扱える簡便さが求められる。そういう事情から、テスト・パイロットは開発室のメンバーが持ち回りで務めていた。

 

『前回のテストで課題とされた、防塵フィルターの性能が上がっているんだな。綺麗な空気が美味い! この先の人生、ずっと着ていたいぐらいだ』

 

『あら、それは困ります』

 

 諧謔を口にすると、美久が通信に割り込んできた。こちらも声が笑っていたが、不思議と、悪寒を禁じえない口調だった。

 

『桜坂室長のお顔が二度と見られないなんて……私、寂しくてどうにかなってしまいます』

 

『……ずっと着ていたいぐらいだ』

 

 XI-02を着用している限り、少なくとも物理的にどうにかされることはあるまい。

 

 美久の言葉を聞いた親友がいまどんな表情になっているのか想像して、鬼頭は彼を気の毒に思った。

 

「それでは、テストを始める。準備はいいか、桜坂?」

 

『ああ』

 

「よし。桐野さん、バッテリーとの接続を解除してください」

 

 プロフィアの移動基地への改造はまだ完了していない。いずれはコンテナ内部に管制コンピュータを置き、オペレーターに操作をしてもらう予定だが、いまはすべての操作を運転手が行う必要があった。

 

『はい』

 

 美久が応答し、給電装置とバッテリーの接続が解除される。ラップトップの画面に、携帯電話などでおなじみのバッテリー残量を示すアイコンが大きく表示された。XI-02の動力が、内蔵バッテリーに切り替わったサインだ。現在の残量は当然、一〇〇パーセント。

 

 コンテナのXI-02が、静かに歩き出す。インタースーツに縫い付けられたセンサーが、筋肉が動き出す前兆運動を拾い、ヘルメットに搭載された高性能AIが最適なエネルギー配分を算出、パワーアシスト機構を駆動させた。スーツの重さをまったく感じさせない軽やかな、そして自然な足取りでコンテナの縁まで進むと、小さく跳躍。すかさず、足首、膝、大腿部に搭載されたショック・アブソーバーが駆動し、見事な着地でグラウンドに降り立った。幼少より古武術をたしなんでいる桜坂は、身長一八四センチ、体重八十キログラムという堂々たる体躯の持ち主だ。スーツを着込んだときの自重は一七十キログラム・オーバー。これだけの質量が一メートル近い高さから跳び降りるとはちょっとした事件だが、見守る鬼頭らの表情から動揺は見出せない。

 

 大地に立ったXI-02は一塁側二五メートル先に顔を向けた。防護用のアイ・シールドの下で高感度カメラがピントを素早く自動調整。装着者のヘッド・マウント・ディスプレイに、最適な視野と精度の映像を提供する。

 

 一塁のあたりで、黒い山が出来ていた。長短厚みも様々なH型の鉄骨が、うずたかく積み上げられている。その総数、きっかり百本。今日のテストのために、XI-01まで動員して用意した物だ。

 

『目標を確認した。いまからテスト項目一番を開始する』

 

「わかった。皆さん、モニターを」

 

 室内を見回し、みな等しく頷いたのを見て、鬼頭は桜坂にスタートの合図を送った。白亜のXI-02が、軽快な足取りで鉄骨の山へと歩み寄っていく。人間の手と同様、五本の指に範をとったマニュピレータが手近な鉄骨を掴み、軽々と持ち上げ、放り捨てた。二本、三本と、どんどん持ち上げては、放り投げていく。その間、鬼頭らの目は壁面ディスプレイに映じるXI-02の姿、そして手元のラップトップに表示される各ステータスの変動に釘付けとなった。

 

 パワーアシスト機構にまつわる、エネルギー・マネジメントの精度を高めるためのテストだ。

 

 介護部門開発の新素材の採用により、XI-02はこの大きさ、この重量で、ベンチプレス二トンを達成した。しかし、常に二トンものパワーを発揮し続けては、バッテリーがあっという間に干上がってしまう。五十キログラムの力でも必要十分なとき、百キログラムの力が必要とされるときという具合に、状況に応じた適切な出力の管理、エネルギー供給の管理が重要だ。

 

 そこで考案されたのが、鉄骨の山を崩していくこのテストだ。長短に加えて太さもまちまちな鉄骨は、同じ重量の物は二つと存在しない。五十キログラムの鉄骨を持ち上げるのに必要なパワー、百キログラムの鉄骨を持ち上げるのに必要なパワー、といったふうに、エネルギー供給の弁をせわしなく動かす必要がある。

 

 二週間前に同様のテストを行ったときは、百本の鉄骨をすべて放り投げるのにかかった時間は十五分三四秒。バッテリーの残量は八十パーセントを切っていた。たった十五分程度の全力稼働で二割以上のエネルギーを消耗したことは、鬼頭たちに衝撃を与えた。これでは商品となりえない。

 

 鬼頭たちはただちに改良を加えた。エネルギー・マネジメント・システムの洗練を目指すとともに、バッテリー容量の改善にも努めた。大活躍を果たしてくれたのは滑川技師で、彼は以前勤めていた自動会社で学んだハイブリッド・システムを参考に、非常にクレバーなプログラミングを成功させてくれた。机上の計算では、いまのXI-02なら鉄骨の山を崩すのに十分未満、バッテリーの消耗は十パーセント以内に抑えられるはずだが、はたして……、

 

「五十本目の鉄骨をクリアしました。タイムは三分五四秒!」

 

 室内に、歓呼の声と、膝を叩く音が響く。滑川技師だ。机上計算よりも圧倒的に短いタイムだった。鬼頭は手元のラップトップを見る。バッテリー残量は、なんと九六・二パーセント。勿論、桜坂は軽い鉄骨ばかりではなく、ちゃんと重い鉄骨も運んでいる。それなのに、ほとんど減っていない。鬼頭の唇が、自然、微笑を作る。

 

 勿論、装着者のバイタル・チェックは怠らない。いかな好成績も、装着者や機体に無理を強いての結果では意味がない。鬼頭たちが作りたいのは、人を救う機械なのだ。室長の体調管理を任されているトムに訊ねると、「呼吸、脈拍、血圧、体温、すべて安定しています」との返答。彼らはそこでようやく笑い合った。

 

 XI-02が、百本目の鉄骨を移動させた。黒い山は跡形もない。時計のカウントが停止し、八分二三秒という好成績を示す。バッテリー残量は、九三パーセントちょうど。改修の結果は、成功と評してよいだろう。鬼頭はヘッドセットのマイクに向かって言う。

 

「お疲れ様。いいデータが採れたよ」

 

『そいつは何より』

 

「次のテストの前に休憩を……」

 

『挟む必要はない。このままやろう』

 

「しかし、」

 

『実際の災害現場では、休憩なんて取る時間はないぞ』

 

「分かった。項目その二……エネルギー・ブラストのテストを始める」

 

 XI-02は二塁側へと身体の向きを変えた。年季の入った様子のマネキン人形が、仰向けに横たわっている姿をカメラが捉えた。右足の上に、鉄骨が乗っている。

 

「見ての通りだ。要救助者は右足を鉄骨の下敷きにされていて、自力での脱出は困難だ。しかも鉄骨は他の建材と複雑に絡まっていて、下手に動かすと一気に崩れてしまいかねない」

 

『了解した。ビーム・カッターで鉄骨を切断し、対象者を救出する』

 

 XI-02はマネキン人形のそばに駆け寄った。カメラの映像をモニタールームの鬼頭たちに転送、兵装の使用許可を求める。

 

『対象者に接近した。エネルギー・ブラストの使用が必要だ。使用許可を』

 

 エネルギー・ブラストは使い方を誤れば重篤な事故につながりかねない強力な兵装だ。安全装置の解除キーは、装着者ではなく後方の指揮所に委ねるようにしていた。今回のテストでは、鬼頭たちモニタールームがそれにあたる。

 

「分かった。エネルギー・ブラスト・システムの安全装置を解除する」

 

 手元のラップトップを操作し、装置への通電を妨げていたブロック・プログラムを解除する。桜坂の目元を覆うディスプレイに、緑色の蛍光色でunlockの文字が表示された。

 

『エネルギー・ブラスト、アクティブ』

 

 音声操作で、右腕に内蔵されたブラスト・ユニットを起動させる。背部のメイン・バッテリーだけでなく、胸部及び大腿部の装甲板の下で眠っていた計四個のサブ・バッテリーも叩き起こして、システムへの給電が開始された。

 

 ビームの発射口は、掌に穿たれた直径五ミリメートルの穴の中だ。普段は、カメラの絞りを最高にした保護壁で覆われているが、桜坂の発言に応じて、いまは開口している。これも例のアメコミヒーローに敬意を表してのレイアウトだ。

 

『リパルサー、出力四十パーセント』

 

「……おい」

 

『冗談だよ。ブラスト、出力四十パーセント』

 

 リパルサーの意味が分からずに困っている音声認識機能を一旦キャンセルし、改めて指示を口にする。ヘッド・マウント・ディスプレイに、エネルギー・ブラストの出力ゲージが表示され、四割の位置まで満たした。掌の穴から、ぼんやり、と黄色い光芒が漏れる。

 

 一九六〇年代に始まったレーザービームの研究は、今日、様々な方式が実用化されている。鬼頭たちがXI-02に採用したのは、ガラス・レーザーだ。ケイ酸ガラスの結晶を母体に、ネオジムなどを溶解して光線を生み出す技術だ。最大の利点は、システムをコンパクトかつフレキシブルにデザイン出来ることだが、高出力化が容易というのも、採用した理由の一つ。欠点は屈折率の高さだが、鬼頭はリン酸ガラスを母体とすることで、その増加を抑えることに成功した。

 

『モード・ストレート』

 

 鬼頭はエネルギー・ブラストに、三つの発射モードを組み込んでいた。ストレートはレーザー光線を絶え間なく発射し続けるモードだ。

 

 人形の足を圧迫している鉄骨に、掌を向ける。ビーム発振器そのものの発射試験はすでに実施し、良好な結果を得ているが、パワードスーツに搭載してから発射するのは、これが初めてだ。はたして、

 

『ブラスト』

 

 直径五ミリの穴から、黄色い光線が飛び出した。壁面ディスプレイに映じた光景を見て、鬼頭は、無事に作動してくれたか、と安堵の吐息を漏らす。次いでラップトップを見て、頬の筋肉を強張らせた。

 

「桜坂!」

 

『……ああ。想定よりもバッテリーの減りが早い』

 

 のみならず、機体の温度も上がり始めている。冷却機構が追いついていない。

 

『こいつは早いところすませたほうがよさそうだ』

 

 用意したH型鉄骨の寸法は、縦二〇〇ミリ、横二〇〇ミリ、Hのつなぎの部分の太さは、一二ミリだ。一メートルあたりの重さは五十キログラム近い。

 

 光の糸ノコギリは、分厚い鉄骨を、すすすっ、と抵抗感なく溶断していった。二十センチを焼き切るのに要した時間は二秒未満。XI-02に搭載されたレーザー・ユニットは、小型・軽量でありながら、最大で二メガワット級の出力を誇った。

 

 鉄骨を切断すると、桜坂は即座にエネルギー・ブラストの発射を止めた。装置が稼働していた総時間は四秒二一。メイン・バッテリーのエネルギー残量は八五パーセントだが、サブのほうはすべて五割を切っている。

 

『……だいぶ減ったな』

 

 呟きながら、桜坂は短くなった鉄骨を放り捨てた。マネキン人形を抱き上げ、プロフィアへと戻っていく。要救助者の救出に成功。しかし、モニタールームでその様子を眺める鬼頭たちの表情に、喜色は薄い。

 

「たった四秒間の稼働で、しかも四割の出力で、この消耗とは……」

 

『最大出力で発射したときの消費電力は、単純計算で二・五倍か。フル充電状態でも、十秒撃てればよいほうか』

 

「俺たちが作りたいのは、災害用のパワードスーツだ」

 

『ああ。高出力レーザーを長時間照射し続けられる必要はない。だがよ、緊急時に備えての装備が、燃費の悪さのせいで、そのいざという時に使えないのはさすがに不味いぞ』

 

 XI-02が、マネキン人形をプロフィアにそっと載せた。自らもへりに両手をついて力を篭め、地面を蹴ってコンテナに乗り込む。本日のテストは終了だ。アームチェアの形をした充電器に背中を沈め、背面バッテリーと接続、給電を開始する。

 

「サブ・バッテリーの数を増やしたり、メインをより大きな容量の物に取り替えるのはどうでしょう?」

 

 滑川技師が口を開いた。パワーユニットの管制は主に彼の担当だから、その顔は真剣だ。

 

『ナイス・アイディア! ……と、言いたいところですが』

 

「多少の拡張や、一、二個程度の増設では、大した効果は得られないでしょう。その案でいくなら、もっと本格的にやる必要があります」

 

『だな。バッテリーの大きさは最低でもいまの二倍以上、サブ・バッテリーの増設数も七個、八個と必要でしょう』

 

「しかし、それだけの規模になると……」

 

『うん。XI-02のキャパシティじゃ、とても対応出来ない』

 

 より人間に近いシルエットを目指して開発されたXI-02だ。XI-01よりも小型な分、拡張性には限界がある。バッテリーの大きさを二倍にしたり、サブの数を三倍に増やしたり……とは、バケツに容量以上の水を注ごうとするようなもの。改修はまず不可能だ。もしそれをやるとしたら、バケツをより大きな物に交換する……すなわち、スーツのデザインを根本的に変える必要がある。

 

「しかしそれは、まったく新しいスーツを、一から設計するのと変わりません」

 

「では、XI-01にエネルギー・ブラストを搭載してテストしては? XI-01の大きさなら、バッテリーの大型化や増設も容易なはずです」

 

「たしかに、その通りです。ですが私としては、このままXI-02でのテストを続けたい」

 

 鬼頭は、災害用パワードスーツの量産モデルはXI-02の大きさを基準として設計したい、と考えていた。大型機はたしかに高性能化しやすいが、調達・運用・維持すべての面でコスト的な不利を抱えてしまう。自分たちの作るパワードスーツは、売れる商品でなければならない。顧客に、買いたい、という衝動を催させる性能と価格のバランスを提示しなければならない。

 

 エネルギー・ブラストも、XI-02の大きさで運用可能かつ実用的な装備として完成しなければ意味がない。XI-01への先祖返りは出来るだけ避けたかった。

 

「それに、機体の大型化は燃費問題の根本的な解決とはなり得ません。機体が大きいということは、重い、ということです。重いスーツを動かすためには、より強力なアクチュエータが必要となります。当然、電力の消耗も増えてしまう。そうなると、さらに大きなバッテリーが必要に……という具合に、悪循環に陥りかねない」

 

「レーザーの出力を下げるわけにもいけませんしね」

 

 エネルギー・ブラストについて、現在、使用を想定している状況は、先ほどのテストのような場面だ。すなわち、鉄骨などの障害物を短時間で数百、あるいは数千度まで温度を上昇させる必要がある。本来ならばギガワット級の出力が仕事だ。これ以上、パワーは下げられない。

 

 この燃費問題、さてどう解決したものか、と鬼頭は険しい面持ちで考え込む。せっかく作ったエネルギー・ブラストだが、どうしても良策を見出せなかった場合、取り外すことも考えねば。

 

『なあ、鬼頭……皆さんも……』

 

 モニタールーム内に、桜坂の声が響く。口ぶりから察するに、プロフィアの運転席に座る美久や、観客席のみんなにも聞こえるように、通信マイクを操作したか。語られる言葉に、落胆や諦観は感じられない。

 

『一つ、提案がある』

 

「何だ?」

 

『ああ。上手くいくかどうかは未知数だが……どうだろう? IS学園に技術協力の要請をする、というのは?』

 

 桜坂の提案に、モニタールームは騒然となった。なるほど、その手があったか! と、滑川技師が膝を叩く。

 

 IS学園はIS操縦者や整備士の育成だけでなく、ISについての技術研究も行っている。ここで得られた研究データは、ISの運用制限を定める“IS運用協定”に参加している国々の共有財産と扱われ、原則、無償での公開と提供が、学園には義務づけられていた。勿論、日本もIS運用協定の加盟国だから、〈アローズ製作所〉にも、データの開示と提供を要請する権利がある。

 

『荷電粒子砲を含む強力な兵装をいくつも搭載し、かつ同時に運用することが出来る。戦闘時は超音速飛行が当たり前で、防御面はエネルギーシールドを常に展開可能。ISが最強兵器と呼ばれる所以はパワーユニットにある、というのが、俺の持論だ』

 

 ISのパワーユニットは、動力源、伝達装置、管制システムの、主に三つの要素から構成されているという。その中でも特に重要なのが、動力源たるコアの存在だ。ISにはエンジンがなく、機体を駆動させるためのパワーはこの機関が生み出している。ISに使われている技術の中でも特に機密性の高い部分で、勿論、鬼頭らは現物を見たことがない。しかし、巷間出回っているISの写真などから、かなり小さな装置と推測された。このコアに使われている技術を入手することが出来れば、バッテリーを大型化せずに大容量化出来るかもしれない。

 

 また、コアの生み出したエネルギーを、各部に効率よく分配する管制システムの技術も大いに参考となろう。いくらバッテリーの大容量化に成功したところで、有限のエネルギーだ。上手く差配しなければ、あっという間に枯渇してしまう。

 

『パワーユニットだけじゃない。ISの操縦系はイメージ・インターフェースといって、なんでも、思考だけで機体や兵装の操作が可能らしい』

 

「……それなんてネオ・サイコミュ?」

 

 トムの呟きに、桜坂の声が苦笑を孕む。

 

『イメージ・インターフェースの技術をフィードバックすることが出来れば、機体の応答性を向上させられるはずだ。ISの技術を学ぶことで得られる成果は多いと思う』

 

「なるほど」

 

 IS学園を頼る、とは盲点だった。鬼頭は壁面ディスプレイに映じた、二十年以上の付き合いになる親友に、尊敬の眼差しを向ける。

 

『勿論、せっかくデータの提供を受けても、肝心の俺たちが理解出来ない、アローズ製作所の設備では再現出来ない、という可能性はある。それにIS学園側だって忙しい。俺たちみたいに技術提供を求める声は、様々な組織が連日行っているだろうからな。IS学園が俺たちの要請に応じてくれるまで、どれくらいの時間がかかるか分からない。けれど、そういう問題は、やってみなければ分からないことだ』

 

「そうだな。なら、まずはやってみることが肝要だ。……桜坂室長」

 

『おう』

 

「早速、IS学園にコンタクトを取ってください」

 

 鬼頭の立場はあくまで設計主任、開発チームのリーダーは桜坂だ。どのような手段で連絡を取るにせよ、責任者たる彼にやってもらったほうが効果的だろう。

 

 桜坂は、『任せろ』と、応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月前――

 

 

 午前十時二十分。

 

 三月第一週の日曜日、グレイスーツをりゅうと着こなす鬼頭智之は、IS学園の正面ゲート前で茫然と立ち尽くしていた。

 

 飛行パワードスーツであるISを思う存分動かせる場として、IS学園は横浜市沖の人工島に築かれている。防犯上の問題から、島へのアクセス手段は限られており、今回鬼頭は、唯一、一般人にも開放されているモノレールに乗ってやって来た。

 

「……噂には聞いていたが」

 

 モノレールの駅からIS学園の学び舎までは徒歩で十分ほどかった。遠くから眺めていたときにも思ったことだが、だんだんと近づくにつれて、その偉容に圧倒された。なんて巨大な校舎なのだ。学校というよりも、東京都庁や名古屋駅のツインタワー、アベノハルカスといった複合施設を思わせる大きさだ。これが自分たちの納める税金が形を変えた姿と思うと、なんとも言えない気分にさせられた。

 

 IS学園のカリキュラムは三期制を採用している。

 

 三月頭のいま時分はまだ三学期の途中。日曜日とはいえ、校舎に足を運ぶ生徒も多いらしく、正面ゲートは開放状態だ。しかし、ゲート脇の監視所には警備員が待機しており、鬼頭の様子を訝しげに睨んでいる。一応、入館許可証は事前にもらっているが、一人きりで門をくぐることは許してくれそうにない。大人しくエスコート役を待つとしよう。

 

 左手首のボーム&メルシェが、十時半を示した。

 

 事前に交わした約束の刻限きっかりに、校舎のほうから、ぱたぱた、とせわしない足取りで、カナリア色のワンピースをだぼっと着た女性がやって来た。背が低く、肩幅も狭い。全体的に華奢なシルエットをしているが、バストの部分だけが豊かなラインを描いている。髪は、ゆるり、ふわり、といった印象の、くせのあるショート。黒縁眼鏡の向こう側で、子鹿のように大振りな瞳が申し訳なさそうにしていた。まだあどけなさを残す顔立ちから察するに、二十歳そこそこか。

 

 鬼頭の前までやって来た彼女は、「遅れてすみません!」と、腰を折った。「いえ……」と、応じて、彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。弾む胸を押さえながら、眼鏡の女性は顔を上げた。

 

「この学園で教員をしている、山田真耶です。本日は、アローズ製作所の皆さんの案内役を務めさせていただきます」

 

「鬼頭智之です」

 

 鬼頭は会釈すると、右手を差し出した。

 

「本日は私たちの要請に応えていただき、ありがとうございます」

 

 二週間前に送ったラブレターに対するIS学園側の返答は、三月の第一日曜日に学園まで来てほしい、という好意的なものだった。これには、鬼頭をはじめ、開発チームの全員が驚いた。これまで、アローズ製作所がIS学園と関わりを持ったことは一度としていない。そんな相手からの申し出に、これほどスピーディに対応してくれるなんて……。

 

 はじめ、IS学園側の意図が不思議でしょうがなかった彼らだったが、すぐに桜坂が一つの答えを導き出した。曰く、「織斑一夏くんのことがあったからではないか」と。

 

 世界で初めてISを動かした男性の名前が、新聞や報道番組のヘッドラインを飾るようになって、まだ日が浅い。各国の政府、様々な組織の思惑から、件の少年は来年度よりIS学園に通うこととなった。当然、IS学園には織斑少年に関する問い合わせが、連日寄せられていることだろう。

 

 とはいえ、IS学園側もいまはまだ、世界初の男性IS操縦者をどう扱うべきか、答えを出せずにいるだろう。学園側がそんな状況では、各国からの情報請求に応じられるはずもない。しかし、まったく応じないのも不味い。IS運用協定違反になってしまうからだ。

 

 そこでIS学園が目をつけたのが、アローズ製作所からの技術提供の打診だったのではないか、と桜坂は考えた。IS運用協定参加国である日本の企業からの要請だ。しかも、提供してほしいと打診されたデータは、織斑一夏の“お”の字もない内容。IS運用協定違反という糾弾を封じたい学園にとって、これほど魅力的な案件はなかったのではないか、と桜坂は推理した。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 差し出された右手を、真耶はおずおずと握った。思いのほかやわらかい感触。兵器とはいえ、ISは手足の先まで被服するタイプのパワードスーツだ。銃を直接手に取るわけではないからだろう。

 

「事前の連絡では、今日、見学に来るのは二人とおうかがいしていましたが?」

 

 握手を交わしながら、真耶が訊ねてきた。鬼頭は苦い表情で溜め息をつく。

 

「実は、今日になって急に来られなくなってしまいまして……」

 

 今日の見学は桜坂室長と二人で見て回る予定だった。ところが、とある事情から桜坂が急に来られなくなってしまった。

 

 具体的には、今朝、桐野美久との間で以下のようなやりとりがあったらしい。

 

「桜坂室長……」

 

「……うん。もう、ナチュラルに俺の部屋にいて、朝食を作っていることについては、突っ込むのをやめるよ。うん。それで、なんだい、桐野さん?」

 

「今日のIS学園への見学についてなんですが……」

 

「うん。なんだい、どうしたんだい?」

 

「IS学園ということは、女子校じゃないですか」

 

「そうだね、女子校だね」

 

「年頃の女の子しかいない空間じゃないですか。そんなところに行くんですよね」

 

「うん。何を言いたいかは、だいだい想像がつくよ、うん。でも安心してほしい。JKは俺の守備範囲外だから。そんなロリコンじゃないから。うん。俺のストライクゾーンはむしろ四十~六十前後の熟女だから。鼻の下を伸ばすなんてことはありえないから! だから、その包丁を下ろして! 下ろして!」

 

 桐野さんを落ち着かせないといけないので、今日は行けない。そう力なく口にした親友に、鬼頭は、「そのう、頑張れ」と、気休め程度の言葉しかかけられなかった。

 

「そういうわけで、今日は私一人だけになってしまいました。連絡が遅れてしまい、申し訳ありません」

 

 一応、見学者が一人欠席せざるをえなくなってしまったことは、IS学園にも事前に伝えようと努力した。しかし、何度電話をかけてもつながらなかった。やはり織斑一夏少年絡みの問い合わせで、回線はパンク状態なのか。

 

 真耶は「いいえ」と呟いて、かぶりを振った。

 

「こちらこそ、鬼頭さんたちにはご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんし……」

 

 何のことを言っているかはすぐに分かった。やはり、桜坂の推理は正しかったらしい。

 

 今回、IS学園は、各国政府や名だたる軍需産業からの熱烈なラブコールをすべて蹴って、アローズ製作所からの依頼にのみ応じた。いったい、この会社はいかなる組織なのか、と邪推する者も出てこよう。最悪の場合、冷戦時代にダーティな手ぐちと活躍で名を馳せた諜報機関などから、痛くもない腹を探られることになるやもしれない。

 

 ――とはいえ、悪いことばかりじゃない。会社の名前を売る、良い機会かもしれないな。

 

 いまは日本の一企業にすぎぬアローズ製作所だが、ロボット産業の分野でさらなる高みを目指すならば、いずれは世界に打って出なければならないだろう。災害用パワードスーツのこともある。様々な国、様々な組織から注目を集めるこの状況だが、むしろ前向きに捉えようと、鬼頭は努めた。

 

「この先、何が起こるのかについては、いまは一旦、考えないようにしましょう。今日は、一技術者として、ISを存分に楽しみたいと思います」

 

 ISのあり方は自分たちの理想とはかけ離れている、としながらも、使われている技術に対する興味は尽きない。鬼頭の双眸は好奇と探究心から、炯々と燃えていた。

 

 ISは女尊男卑社会を生み出した元凶として、世のほとんどの男性から複雑な眼差しを向けられている。ISの名を楽しげに口ずさむ鬼頭のような人間は珍しい。

 

 ――私たちのISを、そんなふうに言ってくれる男の人がいるなんて……。

 

 真耶は楚々とはにかんだ。

 

「満足していただけるよう、しっかりエスコートします。ようこそ、IS学園へ。私たちはあなたを歓迎します」

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter2「眼差しの先に」 了

 

 

 

 

 

 


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