たぶん、isバトルってこんな単純なものじゃないだろうけど、俺にはこれが限界だった。
クラス代表対抗戦より、二日前の放課後。
IS学園の第四アリーナでは、一夏、箒、セシリアの三人が、明後日の試合に向けて話し合いをしていた。作戦会議の最初の議題は勿論、第一回戦の相手である、鈴への対抗策についてだ。まずセシリアが、ブルー・ティアーズのISコアをコア・ネットワークへとつなぎ、情報を収集する。
「調べてみたのですが、織斑さんのご友人が中国の代表候補生に選ばれたのは、つい最近のことのようですわね」
「そうなのか?」
「はい。公開されている情報によれば、代表候補生への正式な就任は、今年の一月ということになっています」
セシリアの返答に箒は驚いた。一夏の言によれば、凰鈴音が祖国へ帰っていったのは、中学二年生の終わり頃のこと。当時の鈴はまだ、ISとの関わりはほとんどなかったというから、それから僅か一年足らずで、代表候補生の栄誉をつかんだ、ということになる。
単一の国家としては、中国はいまだ世界最大の人口を誇る国だ。人材難は考えにくい。並み居るライバルたちを、僅かな期間で押し退けてその座にある鈴の能力は、相当なものと察せられた。
そんな強敵と、幼馴染みは戦わねばならないのか。一夏の横顔をうかがう箒の表情は不安げだった。
「IS操縦者として、天与の才があったのでしょう。勿論、代表候補生の座は、それだけで得られるものではありません。才能を磨くための努力も、相当なものだったと思います」
「昔から、負けん気の強いやつだったからなあ」
一夏は昔を懐かしんだ。自然と、中学時代によくつるんだ、五反田弾や、御手洗数馬といった友人たちの顔が思い浮かぶ。
「テストの点数とか、俺や弾のやつよりも低かったりすると、すごく悔しがってさ。次は負けないぞ、って猛勉強していたよ」
言いながら、はて、と一夏は怪訝な表情を浮かべた。
そういえば、鈴が何か一つのことに打ち込むときは、いつも何かと戦っているときだった。いま口にした例でいえば、その相手は自分や弾だ。そんな彼女が、代表候補生の座を目指すほどの努力。当時の彼女は、いったい何と戦っていたのか。
「話を戻しますわね」
セシリアの言葉に、一夏は、はっ、として頷いた。
「最近、代表候補生に就任したばかりの鈴さんには、公式試合の記録がほとんどありません。得意な戦法や、戦い方のクセなどから対抗策を練るのは、難しいでしょう」
「つまり、鈴の対策というよりは……」
「ええ。鈴さんのIS《甲龍》への対策を練る、ということになりますわ」
セシリアは空間投影式のディスプレイを呼び出すと、そこに中国製最新鋭機の詳細なデータを出力した。イギリスの情報機関が、公開情報を主な情報源として分析し、弾き出したデータだ。勿論、世界屈指の情報収集能力を誇る英国のスパイ機関のこと、非合法な手段を用いて入手した情報をベースとした分析結果もブルー・ティアーズのISコアには保存されているが、さすがにそちらは、二人には見せられない。
「第三世代機《甲龍》か……」
「クラスのみんなが集めてくれた情報と同じだな。近・中距離両用型と分類されているが、どちらかといえば、近接戦闘の方が得意なようだ」
箒は円筒形のロボットアームのトルクの数値に注目した。ほっそりとした見た目に反して、ラファールの倍近いパワーだ。こんな怪力で大質量の棍棒でも振り回されたら、直撃時の大ダメージは必至だろう。
しかし、それ以上に警戒しなければならないのが――、
「特殊兵装《衝撃砲》か」
一夏は顔中の筋肉を強張らせながら呟いた。
空間に圧力をかけることで目には見えない砲身を形成し、その際に発生した余剰エネルギーを、やはり目には見えない砲弾へと変えて発射する。白式のような近接戦闘に特化したISとは、相性最悪の武器だ。白式が効果的な一打を叩き込むには、見えない砲撃をかわしながら、間合いを詰める必要がある。
しかも、鈴の甲龍は、この衝撃砲を二種類四門も装備している。威力と射程に優れる大型の衝撃砲《龍砲》が二門と、速射性に優れる小型の衝撃砲《崩拳》が二門だ。これら性能の異なる二種類の衝撃砲を撃ち分けることで、機関銃のように濃密な弾幕の形成を可能にしているという。
さて、この武器をどう攻略するか。眉間に皺をよせる一夏に、セシリアが話しかける。
「見えない砲撃とはいっても、ハイパーセンサーの機能を駆使すれば、空間の歪み値や大気の流れから、砲弾の軌道を算出することは可能です。ですが、それだけでは、砲撃を凌ぐことは困難でしょう」
セシリアの指摘に、一夏は頷いた。
ハイパーセンサーがそれらの情報を捉え、弾道計算を弾き出すまでには、僅かに時間がかかってしまう。見えない砲弾の弾道や速度を知ったときにはもう、攻撃は目前まで迫っていることだろう。
すでに発射された砲弾を防いだり、かわしたりするのは難しい。最低でも、砲弾発射の直前にはもう、動き始めていなければ。
「しかし、そんなことが可能なのか?」
セシリアの言葉に、箒が疑問を呈した。
箒の学ぶ剣道には、目線の動きから相手の行動を先読みするテクニックがある。しかしこれは、厳格に規定されたルールのもと、行動の種類やその幅が狭い剣道だから可能なこと。空を飛ぶことに始まり、銃火器や光学兵器の使用など、行動のオプションが豊富なISバトルという競技で、そんなことが可能なのか? 予知能力でもなければ、難しいのでは。
「ポイントは、衝撃砲が空間圧を利用した兵器だということです」
はたして、セシリアは箒の不安を払拭するかのように優しい声で答えた。
「空気を圧縮するためには、相応の力が必要です。たとえば、気体を半分の体積にするためには、二・六気圧の力が必要です。このときに投入されたエネルギーの大部分は、熱力学の第一法則によって、熱へと変換されます」
「……つまり、衝撃砲を起動させると、相手の周囲の空気の温度が急上昇する?」
「そういうことですわ」
「なるほど!」
一夏は得心した表情で頷いた。
「ハイパーセンサーの、赤外線探知機能を使えば、衝撃砲が発射されるタイミングの先読みが出来る、ってことか!」
もともと宇宙空間で重作業に従事することを前提として開発されたISだ。そのハイパーセンサーには、可視光線以外にも、様々な電磁波を捉える機能が備わっている。勿論、物体から発せられる熱……赤外線を補足する機能もある。
一夏の言葉に、セシリアは頷いた。
「少なくとも、衝撃砲を使おうとする気配と、発射の予兆は読めるはずです」
空間に圧力をかけて砲身を形成する瞬間と、砲身内に圧力をかけて砲弾を生成する瞬間には、赤外線の急激な放出が伴うと予想された。
発射のタイミングが先読み出来れば、その分だけ、防御行動に避ける時間も増える。発射の予兆をとらえ次第、とにかく動き回って、狙いを定めさせない、といった作戦も可能だろう。
難敵と思われた特殊兵装について、攻略の糸口が見えたことに、一夏はほっと安堵の表情を浮かべた。
しかし、彼に解決策を提示したとうのセシリアは、むしろ、と口調を改める。
「私個人の印象ですが、衝撃砲は、ツボさえ押さえることが出来れば、攻略はそう難しいことではないと思います。むしろ、気になるのは、衝撃砲を攻略した、その後のことです」
「その後?」
「首尾よく、衝撃砲を攻略出来たとして、織斑さんの白式がダメージを与えるためには、相手に近づかなければなりません。そうなると、鈴さんの機動戦や格闘戦の技量が未知数なことと、甲龍がパワー型のISということが、ネックになってきますわ」
どうやって近づくか、と、近づいた後どうするか。
相手は代表候補生だ。衝撃砲の有無に関わらず、間合いを詰めることは困難だろう。また、運良く懐に肉迫出来たとして、無策のまま挑めば、その脅威の膂力により返り討ちに遭う公算が高い。
「……それについては、俺も考えているさ」
一夏は神妙な面持ちで頷いた。
「ほら、前に、俺と、オルコットさんと、智之さんの三人でやっただろ? 鬼ごっこ」
BTシステムの研究が本格化する以前、鬼頭に、みんなとの訓練に付き合う時間的な余裕がまだあった頃のことだ。白式最大の武器は機動性、とにらんだ彼は、一夏に、まずはその活かし方を学んではどうか、とISを身に纏った状態での鬼ごっこを提案したのだった。鬼役のときは相手との距離を詰めるための訓練に、子役のときは相手の追跡から逃れるための訓練になるはず、との考えだった。そのときは、十ゲームやって、一夏の全敗という散々な結果に終わったが、
「あの後、ずっと考えていたんだ。どうして俺は、二人に一勝も出来なかったのか、って。前に、千冬姉も言っていたけど、白式の機動性は三機の中でもダントツだ。それなのに、なんで追いつくことも、逃げ切ることも出来なかったのか。色々考えてみて、たぶん、こういうことなんじゃないか、って思うんだけど」
一夏はセシリアに、過日の訓練における敗因についての分析と、それを踏まえた上での作戦を聞かせた。やがて、彼女の顔がほころんだのを見て、安堵から彼もまた微笑む。
「……近づくまでの作戦は分かったが」
想い人の少年が自分以外の異性と通じ合い、微笑み合う姿が気にくわないか、箒が険を帯びた口調で言った。
「近づいた後はどうするつもりだ? 甲龍とやらのパワーは、かなりのものだぞ」
「まあ、なんとかなるだろう」
楽観的な返答に、箒は訝しげな表情を浮かべた。いったい、どこからそんな自信がくるのか。
一夏は好戦的に冷笑を浮かべ、言った。
「忘れたか、箒? 俺も、もとは篠ノ之流の剣士だぜ?」
柔よく剛を制してみせるさ、と一夏は、からから、と笑ってみせた。
インフィニット・ストラトス二次創作
「この小さな世界で愛を語ろう」
Chapter20「この小さな世界で、大切な幼馴染みに愛の言葉を贈ろう」
時計の針は戻って、現在。
IS学園、第二アリーナ。
見えない砲弾によって地上に叩きつけられた後、なんとか立ち上がった一夏は、相棒刀の《雪片弐型》を正眼にとると、頭上はるか彼方に浮かぶ鈴を睨みつけた。
特殊兵装《衝撃砲》。一昨日の作戦会議でも話し合った通り、なるほど、厄介な武器だ。しかし、
――オルコットさんが言っていたように、戦いようはあるはずだ。
一夏は無言のうちに、ハイパーセンサーの機能を切り替えた。
可視光線のほかに、物体から放出される赤外線を探知するサーモグラフィー・モード。基準となる温度を設定し、それよりも高い熱源から発せられる赤外線を、オレンジ色や黄色といった光として視界に出力されるようにする。走査を開始。鈴の左右の肩のすぐそばの空間が、黄色く燃えていた。東洋の龍の顎をモチーフにしたと思しきアンロック・ユニット……大型衝撃砲《龍砲》の上顎と下顎が、何か筒のような形をした熱源を咥えている。
――あの黄色の光っている筒が、衝撃砲か……!
警戒心から身を硬くした瞬間だった。
黄色い光の筒の内側が、一瞬、赤く色づいたかと思うと、次の瞬間、物凄い衝撃が一夏の右肩を揺さぶった。見えない砲弾のクリーン・ヒット。肩アーマーが吹き飛ぶ。
「ぐぅ……っ」
たまらず、苦悶の声が迸った。
一箇所にとどまっているのは不味い、と一夏は低空ホバー移動を開始。ときにNの字、ときにSの字といった具合に、基本的な回避機動を複雑に組み合わせることで、相手の照準が定まらないよう努める。
――黄色の筒が赤く光ったら、見えない砲弾が襲ってきた。赤い光が、発射のサインか!
赤い光は、黄色い光よりも強力な熱エネルギーの放出を意味している。黄色い筒の内側で、一瞬、それが生じたということは、さらなる空間圧がかかったということだろう。すなわち、赤い光の出現は、砲弾の生成を意味する……?
追試の必要がある、と一夏は肩部の大型スラスターを噴かした。
上昇を試みた瞬間、鈴の両肩で、またも赤い光が発生した。すかさず、スラスターをカットし、地上へと戻る。ISバトルでは一般的に、より高高度に位置した方が優位生を得られるとされる。上昇など許すものか、と発射された見えない砲弾が、頭上を通過していった直後、白式の弾道予測システムが、いまの砲撃について計算が完了したとの知らせをよこしてきた。
――遅ぇよ……。
一夏は胸の内で嘆息した。それから、闘志に燃える眼差しを、幼馴染みの少女へと叩きつける。
――これではっきりした。赤く光ったら、防御か回避だ!
鈴の両肩が、連続して八回、赤く輝いた。見えない砲弾のひとりつるべ撃ち。白式に搭載されている高性能コンピュータですら、弾道予測に際してオーバーフローを起こす。やはり、セシリアの言う通りだった。弾道予測システムは、もはやあてにならない。
とにかく、動き回った。一発、二発と、地面を叩き、土煙が舞い上がる。三発、四発、五発……、六発目が、僅かにウィング・スラスターをかすめたが、気にするほどのダメージではない。七発目、八発目は空振りに終わった。
『どういう理屈かは知らないけど……』
頭の中に、鈴の声が響いた。
お互い、プライベート・チャネルの回線は開いたままだ。
彼女にはまだ、話しておきたいこと、投げかけたい言葉がある。
『《龍砲》の発射タイミングが、分かっているみたいね!?』
『言っただろ!』
直径二百メートルの闘技場を、スケートリンクさながらにホバー疾走しながら、一夏は吼えた。
『お前を倒すために、練習してきた、って』
『そう。だったら……!』
両肩のそばで浮遊するアンロック・ユニットが、砲口部を閉じた。代わって、鈴は両腕のロボットアームを、一夏のいる方へ向けて伸ばす。手の甲のあたりを中心に、黄色い光!
――小型の衝撃砲……!
『こっちはどう!?』
ロボットアームに固定された、小型の衝撃砲《崩拳》。砲弾一発あたりの威力や射程は《龍砲》に劣るが、その分、マシンガンのような発射速度に優れるタイプの衝撃砲だ。
発射のサインが分かったところで関係ない。サインを認めた瞬間にはもう、見えない攻撃は、何十発と発射されているのだ。黄色い光が赤く変色し、見えない銃撃の嵐が、一夏のもとに殺到する。
まずは足下に着弾。土煙。応じて、遮二無二動き回って照準をかき乱そうと試みるも、鈴は両腕を振り回しながら《崩拳》を連射することで弾幕を形成。狙い澄ました一発ではなく、銃弾を大量にばら撒く確率論に頼った銃撃をもって、一夏の企みの上をいった。
地上を疾駆する幼馴染みに向けて、鈴は右腕を一文字に振り抜いた。腰部に二発被弾。シールドエネルギーが、僅かに減じた。やはり小型の衝撃砲、その一発には、ISのエネルギーバリアーを突き破るほどの威力はない。
しかし、塵も積もれば、だ。しかも、一夏が身に纏う白式は、大型スラスターによる高機動性と、バリアー無効化攻撃という、どちらも強力だがシールドネルギーを大量に喰う高燃費の武器が戦力の要となる機体。被弾が積み重なれば、いざというときに、これらの機能が使えないかもしれない。そうなってしまえば、挽回は難しいだろう。
――シールドエネルギーが、取り返しのつかないところまで減らされる前に、状況を打開しないとな。
じりじりと目減りしていくシールドエネルギーの残量を気にしながらも、一夏の胸中に、焦りの気持ちは薄かった。
むしろ、焦っているのは鈴の方だ、と考える余裕さえ、いまの彼にはあった。
そうだ。鈴はいま、精神的に動揺している。試合開始の直前に交わした会話を引きずっているというだけでなく、初心者のはずの自分が、思わぬ試合運びを披露したことで、冷静さと判断力を失いつつある、と感じられた。《崩拳》ではなく、あのまま《龍砲》で攻め立てるべきだった。
《崩拳》はたしかに速射性能に優れ、ディフェンスの難しい、厄介な武器だ。しかし、弱点も多い。特に目立つのは二つ。
まず一つは、やはり一発々々のダメージが軽微なことだ。《龍砲》の一発は重く、直撃弾をもらった暁には、シールドエネルギーを一気に一割近くも削り取られてしまう。そのため、こいつを喰らうわけにはいかない、と警戒心から、行動を大幅に制限されてしまう。
しかし、《崩拳》は違う。二、三発程度の被弾なら大したダメージでもないから、大胆に行動することが出来る。
そう、例えば、
――上昇だ!
繰り返しになるが、ISバトルでは一般に、より高高度に位置した者がエッジを得るとされる。射撃を例に考えてみよう。地上から上空を自在に舞う相手を狙うよりも、上空から地べたに這いつくばっている相手を狙った方が、攻撃をあてやすい。
ましてや、白式は機動性の高さが強みというISだ。迎え撃つ鈴の側からすれば、飛行ルートが限定される低高度にいてもらった方が制圧しやすい。ゆえに、彼女は試合開始早々に一夏を地上へとたたき落とし、以後は上昇を許さなかったのだ。ちょっとでも高度を上げようとする素振りを見せれば《龍砲》をぶっ放し、その牽制に努めたのだった。
しかし、いまならば、
《龍砲》ではなく、《崩拳》での射撃に集中している、いまならば――!
「おおおっ!」
裂帛の気合いを発しながら、一夏は今一度、両肩のウィング・スラスターを翩翻とひるがえした。より道なしの直線コース。フル・パワーで、一気に加速し、駆け上る。当然、鈴は一夏の未来位置に向けて弾幕を展開するが、被弾などお構いなしに、パワーを振り絞った。秒とかけずに鈴と同じ高度に到達し、直後、さらにその上をいく。雪片弐型を脇に取り、降下の勢いも上乗せしながら、鈴のもとへと突き進んだ。
自身の失策に気がついた鈴は、そこでようやく、《龍砲》を再起動した。
両肩まわりの空間に、再び黄色い光が集束し、砲身を形成していくが、遅い。白式のスピードなら、砲弾が発射されるよりも先に、相手に肉迫出来るはず!
それならば、と鈴は向かってくる幼馴染みを正面にとらえた状態で後退しつつ、一夏に向けて《崩拳》をぶっ放す。与えるダメージは少なくとも、少しくらいは前進の勢いを削げるはず。そうして稼いだ時間で、《龍砲》のチャージを終わらせる作戦だった。
そのとき、向かってくる一夏の上体が、急に前後に揺れ動いた。
さらなる猛加速のための予備動作か。
それとも、上下左右へ方向を転身するつもりか。
警戒心から、鈴は身を強張らせる。
一夏がどの方向へ動いても追えるように、と身構えるための予備動作から、《崩拳》の照準が、僅かに乱れた。
その隙を、一夏は衝いた。
一夏が選んだのは、そのまま真っ直ぐ前進。加速も、減速もしない、スピードを維持したままでの、馬鹿正直な突貫。上体を前後に揺らしたのは、鈴の心をかき乱し、迎撃の構えを崩すための、フェイントだったのだ。
――あの鬼ごっこで、なんで俺が負け続けたのか。
過日の鬼ごっこ訓練に参加した三機のうち、白式の機動性は、他の二機を大きく上回っていた。それなのに、一夏は二人を捕まえることも、二人から逃げ切ることも出来なかった。なぜか? 悩み抜いた末に、彼が出した答えが、フェイントだった。
超音速域での空戦機動を可能とするIS同士の戦いにおいて、相手の機動の先読み……未来位置の予測は、重要な技術だ。たとえば、銃口初速が秒速一〇〇〇メートルという銃をもって、一〇〇メートル先のISを狙い撃ちしたとしよう。空気抵抗を考えない場合、銃弾が相手に届くまでの時間は〇・一秒。仮に件のISがマッハ一のスピードで機動していた場合、それだけの時間があれば、その場から三十メートル以上も移動することが出来る。射撃側は、〇・一秒後の敵の位置を予測して銃を撃たなければ、攻撃を命中させることは出来ない。
このことは同時に、先読みを乱すフェイントの技術の有効性も証明している。右に飛ぶと見せかけて左に飛べば、引っかかった相手は対応が遅れ、隙が生じる。その瞬間を攻め立てる、といった作戦がこの上なく有効となる。
鬼ごっこ訓練では、それをやられた。代表候補生のセシリアは勿論、その技術を習得していたし、自分と同様初心者のはずの鬼頭も、子どもの頃、さんざん鬼ごっこで遊んだ経験則から、その技術の有効性を知っていたのだ。
――俺の白式は、近接戦闘に特化したISだ。攻撃を叩き込むためには、相手に近づかなきゃならない。その際に、フェイントはかなり有効なはず……!
目論見通り、一夏は鈴との間合いを詰めることに成功した。
あっという間に相手の眼前へと迫るや、大刀《雪片弐型》を鋭く刷り上げた。
慌てて鈴も、ダブルセイバー《双天牙月》を振りかぶり、迎え撃とうとするが、その動作は、一夏と比べても、遅い!
――《崩拳》の弱点、その二!
小型の衝撃砲《崩拳》は、ロボットアームに固定されている武装だ。すなわち、これを使用している間は、腕の動きに大きな制限がかかってしまう。
ある意味では衝撃砲以上に厄介な武装……《双天牙月》を振り回す動きが、制限される!
一条の光線が、地から天へと躍り上がった。
ロボットアームの膂力によって振り抜かれた、超音速の斬り上げが、鈴の内股を襲う。
これを上から圧殺せん、と異形の青竜刀が打ち込まれるも、勢いがのりきらぬうちに、刀勢十分なる白刃と激突し、両の腕ごと、押し返されてしまった。
がら空きとなる、鈴の胴。
《双天牙月》を払い上げた《雪片弐型》の物打ちが、さらに上方へと伸びていった。
頭上高くで円弧を描くや、切っ先を、下へと返した。
「《零落白夜》!」
念だけでなく、発声をも駆使して、相棒刀の秘められた機能を奮い起こした。刃渡り一・五メートルもの刀身が、鎬の部分より放出された白色光に包まれる。白式のシールドエネルギーが、急速に減っていく。
返す刀を、袈裟懸けに振り抜いた。
たしかな手応え。
鈴の体が吹き飛ばされ、地上へと墜ちていった。
◇
「やった!」
第二アリーナのピットルーム。
一夏と鈴の試合を大型モニターで観戦する陽子は、光り輝く白刃が対戦相手の胴に叩き込まれたのを見て思わず歓声を上げた。
一夏の訓練には、自分も少なからず協力している。彼が試合で活躍すると、自分も嬉しい。
また、このクラス対抗戦で優勝したクラスには、賞品として、学生食堂のデザートのフリーパスが半年分配られることになっている。うら若き乙女たちにとって、これはたいへん魅力的な賞品だ。いま、一夏が繰り出したのは一撃必殺の威力を誇る『零落白夜』。これでこの試合は決まりだろう。フリーパス獲得に、一歩近づけた。
「これでこの試合は織斑君の……」
「いいえ、陽子さん。まだですわ」
喜色満面の陽子の隣に立つセシリアは、険しい面持ちでかぶりを振った。
「まだ、試合は終わっていません」
セシリアが呟いた直後、モニターの中で、鈴の体が地上に激突した。もうもうとあがる土煙。仰向けに倒れた鈴は、やがて、のろのろとした動作で起き上がると、《双天牙月》を支えに立ち上がった。モニターの左脇に表示されている相手のシールドエネルギーの残量に目線をやると、まだ一割弱残っている。
「織斑さんの攻撃を避けられないと悟った瞬間、体の力を抜くことで、わざと吹き飛ばされたのです。そうやって、『零落白夜』との接触時間を、可能な限り、短くしてみせた。シールドエネルギーを、一割残してみせたのです。さすがは、中国の代表候補生ですわ」
セシリアは次いで、モニターの右脇に表示されている一夏のシールドエネルギー残量を見た。
「対する一夏さんも、いまの『零落白夜』の発動で、シールドエネルギーを大幅に消耗してしまいました」
「残り、五割……」
「シールドエネルギーの残量だけでいえば、どちらが優勢で、どちらが劣勢なのかは明らかです」
ですが、とセシリアは表情を暗くした。
「織斑さんは、やはりまだ初心者なのです。それに対して、鈴さんは代表候補生。シールドエネルギーが一割も残っていれば、十分、挽回は可能でしょう。勝負はまだ、これからです」
セシリアの言葉に、陽子の表情からも楽観が消えた。彼女は再び、真剣な眼差しをモニターに向けた。
◇
『……さすがだな』
《双天牙月》を支えに立ち上がってみせた鈴を見下ろしながら、一夏は硬い声音で呟いた。
ひっそりとした言の葉は、プライベート・チャネルによって拾い上げられ、こちらを睨む少女の顔にいっそうの険が宿る。
『俺は、いまの一撃で決めたつもりだった』
『……はっ』
《双天牙月》をゆっくりと振りかぶり、その切っ先を、地上三十メートルの位置に浮かぶ一夏へと向けた。口元に、不敵な微笑をたたえながら、彼女は言う。
『これでも、代表候補生だからね。ついこの間、ISに乗り始めたばっかりのルーキーに、負けるわけにはいかないのよ』
『……そうか』
『あんたこそ……』
『うん?』
『あんたこそ、初心者のくせに、よく動くじゃない』
『……何度も言わせるなよ』
鈴の両肩で、また黄色い光の筒が形成されていく。今日、見てきた中でも、特大に大きな砲身。フル・パワーの衝撃砲で、起死回生を狙うつもりか。チャージ・タイムを稼ぐためと承知の上で、一夏は会話を続けることにした。
『お前を倒すために、かなりの練習をしてきたんだ。オルコットさんや智之さんたち……みんなにも、協力してもらった』
『……また、あの男の! あんな大人の名前を!』
鬼頭の名前を口にした直後、鈴は表情が怒りに歪んだ。
胸の内で生じた激情が、イメージ・インターフェースに影響を及ぼしたか。黄色い光の収束スピードが、僅かに遅速する。
『……なあ、鈴』
他方、怒れる鈴とは対照的に、一夏は、哀れみの篭もった眼差しを幼馴染みの少女に向けながら、粛、とした声で呟いた。
『中国に帰国した後、お前、いったい何があったんだよ?』
『はあ?』
『智之さんに、酷い言葉をぶつけた、って聞いたとき、最初は、智之さん個人に、何か思うところがあるのかと思った。でも、いまの発言や、試合開始前の、お前の口ぶりからは、別な気持ちが感じられるぞ』
鬼頭のような大人のために、自分は、変わらざるをえなかった。
試合開始の直前、彼女は、そんなようなことを口にした。
この発言からは、鬼頭個人に対する憎しみの感情は見受けられない。むしろ、鬼頭のような、と形容された、別な大人たちに対する恨み辛みが感じられる。もしかすると、彼女の鬼頭への悪感情は、そういった連中に対する代替的なものなのではないか。
では、それはいったい誰なのか。過日、鈴はこうも口にしていた。
『子どもの気持ちを考えない。自分たちの都合ばかりで、子どものことを振り回す、そんな大人。……お前、そんな大人と、関わったことがあるのか? 中国に帰った後、そんな大人に、何かされたのかよ?』
『……ええ、そうよ』
一瞬、鈴の表情が悲しげに歪んだのを、白式のハイパーセンサーは見逃さなかった。
首肯の後、彼女はわざとらしげに猛々しい態度で、言い放った。
『あたしの両親よ』
『……なに?』
『あたしの両親が、そんな大人だった』
『り、鈴……お前、何を……』
鈴の口にしたことが信じられなくて、また信じたくなくて、一夏の声は動揺した。
《雪片弐型》を取る手の内が、ほんの僅かに、乱れる。
その隙を、代表候補生の炯眼は見逃さなかった。
両肩で光り輝く黄色い大筒の中で、莫大な熱量が生じた。赤白い光が、鮮烈に輝く。
「っ!」
咄嗟に、左へと飛んだ。
真っ直ぐに撃ち放たれた、特大の衝撃砲弾が、コンマ二秒、直前までいた位置を通過していく。ハイパーセンサーに頼らずとも見て取れる、空間の歪み。相当な威力だ。
鈴の両肩で、赤い閃光が何度も爆ぜた。《龍砲》の連続射撃。一発とてもらうわけにはいかぬ、と一夏は回避運動に努める。
――鈴のやつ、この局面で……!
シールドエネルギーが残り一割を切った、この圧倒的不利な状況にあって、空間圧作用兵器を連発してくるとは!
白式の『零落白夜』ほどではないだろうが、衝撃砲も、シールドエネルギーを消費して発射する武器のはずなのに……!
自棄を起こしたのか。
いや、違う。
自分を睨む鈴の眼差しには、まだ力強さがある。
あの瞳は、試合を諦めた目ではない。
特大の衝撃砲による、一発逆転を狙う目だ。
『ねえ、一夏。あたしの両親さあ……』
衝撃砲弾の嵐をかいくぐりながら、なんとか接近を試みる。
左右に大きなN字を描きながら、地上の鈴に近づこうとする最中、一発の砲弾が、左脚をかすめていった。物凄い衝撃。シールドエネルギーも、五十以上のダメージ! かすっただけでこの威力……やはり、直撃弾を喰らうわけにはいかない。
『離婚しちゃった』
『……なに!?』
残酷な告白とともに、連結状態の《双天牙月》を投擲してきた。くるくる、と回転しながら迫りくる暴力の塊を、高度を僅かに上げることで回避する。直後、逃げた先の高さに向けて、特大の衝撃砲弾が放たれた。猛然と向かってくる赤い光の塊。咄嗟に、両腕をクロスして受け止める。
「ぐっ、あああっ!」
苦悶の絶叫。エネルギーバリアーを突破するほどの威力! 実体ダメージにより、ロボットアームの装甲が砕け散り、内部のメカニズムが火花を迸らせた。
痛みが、集中力をかき乱す。集中の乱れを敏感に感じ取ったイメージ・インターフェースが、PIC、そしてスラスターの動作を不安定なものとした。
相手の動きが鈍ったいまこそ好機とばかりに、鈴は再び空中へと躍り出た。
予備の《双天牙月》を展開するや、白式に急接近。二刀流で振り回し、攻め立てる。
一夏も必死の形相で《雪片弐型》を振り回した。
上下左右に斜め方向と、あらゆる方向から殺到する打ち込みを、ときに受け、ときに流す。
乱打の嵐を懸命に凌ぎながら、叫ぶ。
『離婚って、なんで!?』
『知らないわよ!』
『はあっ!? 知らない、ってどういうことだよ!?』
『教えてくれなかった! 父さんも、母さんも、あたしには何も、教えてくれなかった!』
プライベート・チャネルを介して、鈴の声が、悲鳴が、悲しみの感情が、一夏へと伝わり、彼の脳幹を揺さぶった。
『あたしは当然、訊いたわ。なんで離婚するの? って。あたしは当然嫌がったわ。三人一緒がいい、って。でも、二人とも、何も教えてくれなかった。何も応えてくれなかった! あたしの……子どもの意見なんて無視してっ、勝手に離婚して! 勝手に、親権を母さんのものにして! 勝手に、帰国しなきゃならなくなった、って! 勝手に、勝手に……!』
打ち込みの嵐が、不意に、やんだ。
プライベート・チャネルとはいえ、さんざん喚き散らしたことで疲れたのか、二振の《双天牙月》を、だらり、と提げ、俯き、荒々しく胸を上下させている。
同じく荒い息づかいの一夏は、いったいどうしたのか、と訝しげな眼差しを幼馴染みの少女に向けた。
やがて彼女が顔を上げると、一夏は、ぎょっ、とした。
鈴は、
一夏の幼馴染みは、目尻に大粒の涙を浮かべていた。
『ねえ、一夏ぁ……』
『り、鈴……』
『なんで、父さんは理由を教えてくれないの? なんで、母さんは、何も話してくれないの? あたしは、二人の子どもじゃっ……家族じゃなかったの!?』
『……』
『寂しいよ、一夏ぁ。あたし、あたし……!』
ようやく、腑に落ちた。鈴が変わってしまった理由。鬼頭に対し、悪感情を向ける理由。
鈴は、寂しい、と口にした。
自分の気持ちをまったく無視して。自分の意見をまったく聞き入れず。自分たちの都合ばかりで離婚したという、彼女の両親。彼らへの、憎しみ。けれども、鈴はそれでも……。そんな彼らのことを……。
――鈴は、親父さんたちのことを、それでも愛しているんだ……!
子どもの気持ちを無視して、自分たちの都合で振り回す、大人。
そんな両親を憎む一方で、彼女はまた、彼らのことをいまなお愛しているのだ。
そして、その愛ゆえに、両親に対する憎悪の念を、けれども、彼らには向けたくないという、そんな複雑な感情を、抱くはめになった。そんな複雑な感情が、彼女を変えてしまった。
本来、彼女の両親に向けられたはずの憎しみは、その両親を愛するがゆえに、別の存在へと向けられた。感情のはけ口……何の気兼ねもなく、憎しみをぶつけられる相手、ぶつけていい相手を、彼女は求めた。
それが、週刊ゲンダイで離婚の事実を報じられた鬼頭だった。
彼女の両親と同様、子どもを不幸にした親。離婚という、大人たちの事情で、子どもを振り回したと思われる男。しかし鈴は、彼の……いや彼らの事情を知るのを拒んだ。
知ってしまえば……。鬼頭智之がどんな人物なのか。離婚という決断を下した背景には、どんな想いがあったのか。そのとき、子どもは何を想っていたのか。それらの事情を知ってしまえば、彼のことを、憎めなくなってしまうかもしれない。彼が優しい父親で、離婚のことや、一度は譲った親権を再び奪い返したのはすべて子どものためだったりしたら、きっと、憎めなくなる。彼女はおそらく、それを恐れた。だから、興味がない、なんて口ずさみ、知ろうとしなかった。詳しい事情を知ろうとせず、きっとこうに違いない、とその為人を決めつけた。
両親へぶつけるはずの憎しみを、鬼頭に向け続けるために、彼のことを、知ろうとしなかったのだ。
「鈴……」
まるで両親に捨てられた幼子のように泣きじゃくる鈴を、一夏は、悲しげに見つめた。
◇
第二アリーナ、Aピットルーム。
打鉄を身に纏った状態で大型モニターを見つめる鬼頭は、険しい面持ちで拳を強く握っていた。
彼は怒っていた。
鈴に対する怒りではない。
自分自身に対し、憤怒の激情を感じていた。
――あれは……彼女は、陽子や、智也だ。
自分たち大人のせいで、不幸を抱え込むことになった子どもたち。
鈴が口にした怒りと嘆きの悲鳴は、死んだ智也、そして陽子が普段は口にしてくれない、心の声だ。
二人の意識が彼女に乗り移って恨み節を自分に聞かせている。
そうとしか、思えない。
――私は……俺は……!
晶子との離婚を決意したとき、あれは、本当に子どもたちのためを思ってのことだったか? 本当は、彼女への憎しみゆえの決断ではなかったか!?
陽子の親権を改めて取り返したときもそうだ。本当は、己の自尊心を満たすための決断ではなかったのか!?
子どものため、子どものためと口ずさみながら、本当は、自分の都合しか考えていなかったのではないか。子どもの気持ちを考えず、自分の感情ばかりを優先して、不幸にさせただけではないのか。現に、そのために、彼は――、
――智也、俺は……。
『……馬鹿野郎っ』
そのとき、頭の中に、一夏の声が響いた。
怒りに震えた、これまでに聞いたことのない声。
思わず、千冬の方を向くと、彼女も意外さからか、表情からは戸惑いがうかがえた。
『この、馬鹿野郎がぁっ』
モニターの中で、一夏は《雪片弐型》を八相に取った。
猛然と打ち込まれたその一撃を、鈴は分割状態の《双天牙月》を十文字に結んで受け止める。
『なっ、一夏! アンタ……!』
『親父さんたちのことで、悲しい思いをした!』
『っ!』
大刀を引き戻し、今度は一文字に振り抜いた。
左手の《双天牙月》を垂直に立てて受け止めるも、あまりの刀勢に押し込まれ、思わず、得物を取り落としてしまう。残された一振を両手で握り、今度は、鈴が一夏の打ち込みの嵐を受け止める側となった。
『親父さんたちのことで、苦しい思いをしている! そのことは同情する! けど……けどっ』
『くっ……ああっ!』
『それで、他人に当たり散らしているんじゃねぇよっ!』
飛び込みと同時に、必殺の胴斬りを放った。鈴は《双天牙月》で受け、反対に、一夏の懐に入り込もうとする。しかし、一夏はその動きを読んでいた。存分に腰を沈めるや、地擦りから険を跳ね上げた。青竜刀も呼応して、肩先へと振り下ろされる。
一瞬の遅速。
先に相手の右腕へと打ち込まれたのは、《雪片弐型》の一撃だった。
円筒形のロボットアームは先端部の五本指のマニュピレータを、手首こと切り落とされた。
左腕一本で支えることになった《双天牙月》の打ち込みは、虚しく空を打つ結果に終わった。
追撃を恐れた鈴は、大きく後ろへと飛び退いた。
一夏も、それを追う。追いながら、叫ぶ。
『みんな同じだ! 誰だって、大なり小なり、悲しい経験をしていて、苦しい思いを抱えていて! それでも、他人に当たり散らしたい気持ちを必死に我慢して!』
甲龍と白式とでは、単純な機動力の勝負では、後者の側に軍配が挙がる。
あっという間に最接近を果たした一夏は、大刀を大上段に取った。
『自分の中の辛い気持ちと戦って、生きているんだ!』
真っ向、振り抜く。
防御のために水平にとった《双天牙月》ごと押し込まれ、地上へと叩き落とされた。
背中を打つ。
鈴の唇から、悲鳴が迸った。
甲龍、残りシールドエネルギーは、僅かに二ポイント。もう、一発の衝撃砲も撃てまい。
『いまのお前は、そういう人たちを馬鹿にしている。智之さんや、千冬姉たちを……』
「織斑、君……」
モニターの中で、一夏はゆるゆると高度を下げていった。
鈴のそばに降下すると、仰向きに倒れる彼女の顎先に、《雪片弐型》の切っ先を突き立てる。
悲しげに自分を見下ろす一夏に、鈴は、激昂し、叫んだ。
『じゃあ……じゃあ、どうしろっていうのよ!? こんな……こんな辛い気持ちと、八つ当たりもなしに、どう向き合っていけばいいっていうのよ……』
『……そんなのわかんねえよ』
『はあ!?』
『みんな抱えている事情は違うんだ。辛い気持ちとの向き合い方に、模範解答なんてあるわけない。……けど、一緒に考えることは出来るはずだ』
鈴を見下ろす一夏は、完爾と微笑んだ。
『鈴、俺はさ、お前のことを、大切な幼馴染みだと思っている。お前がそんな辛い気持ちを抱えているなんて知って、俺も悲しい』
『一夏、アンタ……』
『力にならせてくれよ。一人で抱え込まないでくれ』
既視感。
どこかで聞いたことのある言葉だな、と考えて、ああ、と鬼頭は得心した表情で頷いた。
同じだ。
晶子との裁判に敗北し、絶望のどん底にいた自分に、桜坂が話しかけてくれたときと、まったく同じ言葉だ。
「……織斑先生」
「はい」
モニターを見つめたまま、かたわらに立つ千冬に話しかけた。
「あなたのことを尊敬します。よくぞ、お一人で織斑君を育てましたね。あんな素晴らしい子に……」
「私にも、愚弟にも、過ぎた褒め言葉です。……それに、その言葉は、そちらにそっくりお返ししますよ」
二人のやり取りを眺めていた真耶が、小さく微笑んだ。
◇
『力にならせてくれよ。一人で抱え込まないでくれ』
第二アリーナの闘技場。
地面に倒れる鈴に優しく笑いかけた後、一夏は《雪片弐型》を懐へと引き寄せた。
二人の関係がこれからどうなるにせよ、まずはこの試合を、終わらせねばなるまい。
一夏は最後の一撃を繰り出そうとして、
“ズドオオオオンッ!!!”
天上より振ってきた嘶きに、驚愕の表情を浮かべた。
「な、なんだ!?」
すさまじい衝撃が、アリーナ全体を揺さぶった。巨大な質量を持った何かが、高速でこのアリーナのステージ中央部に降ってきた、と白式のコンピュータが分析の結果を伝えてくる。思わずそちらに目線をやれば、なるほど、土煙がもくもくと上がっていた。
――……って、ちょっと待てよ! アリーナに降ってきたってことは、遮断シールドを突き破ったってことか!?
ISバトルの際、競技空間を限定するため、一見、吹き抜けに見えるアリーナの天井部には、透明な遮断シールドが展開される。ISのエネルギーバリアーと同出力のもので、当然、通常の兵器が突破出来るものではない。それを、突き破っただと!?
大質量の隕石か。いや、それだったら、もっと早くにISのハイパーセンサーがその存在を探知して、警報を鳴らしていたはずだ。そもそも、そんな巨大な隕石が落下してくる兆候を、日本政府やIS学園が見逃すはずがない。今日の試合は、中止となっていたはずだ。ということは……、
『一夏、そこ、早くどいて!』
プライベート・チャネルで、鈴の悲鳴。
反射的に跳び退くと、鈴は素早く立ち上がった。
と同時に、白式の警報装置が、緊急通告を発する。
――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。
その声に、背筋が凍った。
アリーナの遮断シールドを貫通するほどの攻撃力を持った機体が侵入、こちらをロックしているだって!?
「まずいっ!」
シールドエネルギーが残り少ない鈴を、咄嗟に抱えて、ジャンプした。
直後、いまだもうもうと立ちこめる土煙の中から、一条の光線が飛び出し、先ほどまで一夏たちが立っていた空間を焼き払った。
熱線。白式のコンピュータが、荷電粒子砲と分析結果を知らせる。
陽子や電子に高電圧を加えることで、秒速数千キロメートルといった超々スピードで撃ち出すビーム兵器の一種だ。白式が弾き出した計算によれば、いまの一発は秒速一万四千キロメートルの速度で撃ち出された陽子一グラムとのこと。射出されたエネルギーの総量は九八ギガジュールと、TNT火薬二十トン超をぶん投げられたようなものだ。ぞっとした。
――こんな高出力のビームを、いったい、どんなISが!?
いまのビームによって、土煙が晴れていく。
発射された荷電粒子は粉塵とぶつかり合い、威力を大いに落としながらも、射手の姿を露わにしていった。
「……なんなんだ、こいつ」
一夏は思わず呟いた。
異形。まさにそんな形容がしっくりくる見た目をしている。深い灰色のボディ。二メートルもあろうかという長い腕。首がなく、肩と頭が一体化したような見た目は、まるで古い特撮作品に登場する怪獣のようだ。
しかし、それ以上に一夏が特異と感じたのは、件のISが全身装甲(フル・スキン)の機体だということだった。
通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。鈴の甲龍などが、その典型だろう。なぜかというと、必要がないからだ。防御はほとんどエネルギーバリアーによって賄われるため、見た目上の装甲というのはあまり意味をなさない。せいぜいが、内蔵メカニックを保護するカバーとしての役割でしかない。
勿論、打鉄のような防御特化型のISというのもあるが、それにしたって、肌が一ミリも露出していないISというのは存在しない。
尋常なISではない。
そのことは、巨体からも見て取れる。白式や甲龍と比べて二回り以上も大きな体を支えるためか、全身に姿勢制御用の小型バーニアの噴出口が見受けられた。頭部には剥き出しのセンサーレンズが複数輝いており、まるで昆虫のようだ。ロボットアームは前腕部が太い造りで、先端部のマニュピレータは、掌の部分にビームの発射口が四つのぞいていた。あの腕の太さは、粒子加速器を内蔵しているためか。
「……お前、何者だよ?」
《雪片弐型》を正眼に構えながら誰何した。
相手からの返答はなかった。
代わりに、右腕をゆっくりと持ち上げて、荷電粒子砲の発射口をこちらに向けてきた。白式のハイパーセンサーが、相手の前腕部で莫大な熱量が発生したことを感知。ビームに対する、警報を鳴らす。
「鈴っ!」
「分かってる!」
もはや試合どころではない。
一夏と鈴は反対方向へと飛んだ。
その直後、秒速一万四千キロメートルという超スピードで、およそ六千垓個もの荷電粒子が発射された。
Chapter20「この小さな世界で、大切な幼馴染みに愛の言葉を贈ろう」了
同日、朝。
名古屋市名東区、アローズ製作所本社ビルの来客用の駐車場に、一台のマイクロバスがゆっくりと滑り込んできた。トヨタ自動車の新型コースターだ。シルバーの車体側面部に、“名古屋市消防局”と、緑の文字でペイントがされている。どうやら公用車らしく、開放的なフロント・ウィンドーの向こう側では、運転手を含め、厳つい顔の男たちが座していた。全員がスーツを着ている。
やがて、大型車両用の駐車スペースへと移動し、停止すると、プーッ、というお馴染みの警告音を鳴らした後、戸が開いた。
ぞろぞろ、と降りてきたのは、十一人の男たちからなる一団だ。年齢にばらつきがあり、いちばん若い者でも二十代後半、最年長は五十代はじめといったところか。それほど長時間の移動ではなかったらしく、ストレッチなどで体の凝りをほぐそうとする者の姿はない。
「ここがアローズ製作所の本社か」
三十代半ばと思しき男が、駐車場のわきにそびえ立つ八階建てのビルを仰ぎながら呟いた。事前に会社のホームページなどでその偉容は知っていたが、こうして間近に立つと、その大きさに圧倒されてしまう。
「業界内でも一流の企業というのは、本当らしいな」
その呟きに一同頷いていると、彼らのもとに、本社ビルの方から、一人の男が駆け寄ってきた。
グレイスーツを、りゅう、と着こなした、六尺豊かな大男だ。仁王のように厳つい顔立ちに、彼らは思わず息を呑んだ。
「いやあ、お待たせしました」
男の声は明るく、にこやかだった。年齢は、四十半ばといったところか。男たちの顔を見回して、訊ねる。
「名古屋市消防署からの、見学団の皆さんですね?」
「ええ。そうです」
四十手前と思しき男が、代表して応じた。
「私は名古屋市消防局総務部総務課の、青山と申します」
青山邦彦、三九歳。名古屋市消防局総務部総務課の課長職だ。過日、アローズ製作所パワードスーツ開発室に、見学についての問い合わせを行った当人だった。
青山の返答を聞くと、男は完爾と微笑んだ。ははあ、と一同揃って溜め息をこぼす。金剛力士のような顔の造作に比して、優しく笑う男だ。思わず見惚れてしまった。
「お待ち申し上げておりました。私はアローズ製作所パワードスーツ開発室の、桜坂と申します。開発室では、室長職を任されております」
互いに名刺を取り出し、交換する。
名刺交換の後、桜坂はヤスデの葉のように大きな右手を相手に向かって差し出した。青山が握手に応じると、力強く握り返す。
「アローズ製作所にようこそ。我々は、みなさんを歓迎しますよ」
地上二万メートルの上空から、男たちが結んだ固い握手の様子を、見つめる者がいた。
彼女は、
いや、彼女に搭載されたハイパーセンサーをもって、その光景を遠方より眺める彼女は、陶然と微笑んだ。
『……いよいよですよ、桜坂さん。わたしが、あなたを陽の当たる場所へ、連れて行ってあげますからね』
原作12巻だとあっさり流されていたけど、たぶん、鈴は両親のことで相当苦しんだし、悩んだと思うのです。