本作の主人公は、BT適性の低い人間でも扱えるBTシステムの開発を研究している。
つまり、“コレ”が登場するのは、自然な成り行きなのである。
「引き算の発想が必要だ」
「引き算、ですか?」
クラス代表対抗戦の三日前、窓から差し込む夕日がやたらと目に沁みるIS整備室で、鬼頭智之は唸り声とともに呟いた。
機械系の学校らしく、いかにも頑丈そうな見た目をしている作業机にラップトップを置いて作業する彼のかたわらには、同じくモバイル・パソコンの画面とにらめっこをするセシリアの姿がある。父と慕う男の呟きに反応して顔を上げた彼女に、鬼頭はパソコンの画面を指で軽く叩きながら言った。
「思うに、イギリスの技術者たちはブルー・ティアーズに搭載されているBTシステムを、足し算的に構築していったと思うんだ」
「はあ」
「もともとBTシステムは、とあるIS操縦者が発現させた唯一仕様を、誰でも使えるように機械的に再現したものだと聞いている。偏向射撃を再現するために、まずBTエネルギーを開発し、その次に、流動性エネルギーの性質を活かせる攻撃端末を、その次に制御用のOSを、といった具合に、システムを造り込んでいったんだろう。
問題は、そうやって足し算をするうちに、システムの最終的な構造がとんでもなく複雑化、そして多機能化しすぎてしまったことだよ」
一般に機械というものは、複雑化、多機能化が進むほどに、信頼性は低下し、扱える人間が限られてくる。たとえば自転車は、練習さえすれば大抵の人間が乗りこなせるようになるだろうし、油をさしたり、走行中にはずれてしまったチェーンを直すなど、簡単な整備や修理だってこなせるだろう。しかし、これに原動機がついたらどうか。運転出来る人間は、途端に減ってしまうはずだ。整備についても、たとえば洗車などの日常的なものくらいは一般人でも可能だろうが、故障したエンジンの修理などは難しい。自動二輪ともなれば、扱える人間はさらに絞られてしまうだろう。
鬼頭は現行のBTシステムについても、同じことが言える、と考えていた。
特別な才能がなくとも、偏向射撃技術の恩恵を誰もが得られるように、と開発されたBT兵器が、その運用に際して、BT適性なんて特別な才能を必要としてしまうのは、まさにこの複雑化がもたらした結果だろう、と。
「足し算が操縦系の複雑化を招き、BT兵器を、扱いづらい武器にしてしまった。それなら今度は、引き算の発想でいくべきだと思うんだ」
BTシステムを、今度こそ誰でも扱えるように再設計する。そのために必要な稼働データを集めるため、自分の打鉄にも、BTシステムを搭載する。
鬼頭はラップトップ・パソコンのキーボードを軽快に打ち鳴らした。セシリアの位置からは見えないが、画面の中で、どんどんと新しいBTエネルギー制御用OSのプログラムが構築されていく。
「多機能化のあまり複雑化した現行のBTシステムから、不要と思われるものを取り除いていくんだ。そうやってシンプルな構造にしてしまえば、制御するOSも、簡素なものでよくなる。第二世代機の打鉄でも、十分、運用可能なシステムに仕上げられるはずだ」
「なるほど……。具体的には、どうするのですか?」
「まず、無人攻撃端末にテコ入れをしよう」
鬼頭は右手の中指に嵌めた金色の指輪を、左手の人差し指で、トントン、と二回、軽く叩いた。待機状態の打鉄のISコアが反応し、マスターの求めに応じて、空間投影式ディスプレイを出力する。画面には、先のクラス代表決定戦のときに、その動きをじっくり観察させてもらった《ブルー・ティアーズ》六機の3Dモデルが表示されていた。一番機から四番機までがレーザー・タイプ、五番機と六番機がミサイル・タイプという陣容だ。
「最初に、攻撃手段をレーザー一本に絞る」
呟きながら、ディスプレイと併せて出力した空間投影式のキーボードを叩いた。画面に表示されている六機のうち、五番機と六番機から、誘導弾の発射管が取り外され、代わりに、一番機から四番機までが装備するBTレーザー発振器が取り付けられた。BTエネルギーをレーザー光線に変換して発射する装置だ。
「あら? ミサイルは不要だと?」
「攻撃手段が二種類あるというのは、戦い方の幅が広がる、という意味では有用だとは思うがね。レーザーと、ミサイルとでは、武器としての特性が違いすぎるよ」
基本的に真っ直ぐにしか飛んでいかないレーザービームと、ロックオンした相手に向かって縦横無尽に機動し追尾するミサイルとでは、攻撃を当てるために求められる技術が違いすぎる。その訓練は、レーザー・タイプを操るためのものと、ミサイル・タイプを使いこなすためのものを両方行った上で、さらにそれらを同時に運用するためのものを実施しなければならないだろう。鬼頭は二種類の武器の特性の違いが、《ブルー・ティアーズ》の操作を複雑にし、訓練の手間を増やしている、と考えていた。レーザー・タイプ一本に武器を絞れば、訓練内容を簡略化し、単位時間あたりの質を高められるはずだ。
「勿論、武装をレーザー・タイプのみに揃えてしまうと、対戦相手のISのレーザー対策が万全だった場合にどうするのか、という問題が生じてしまうが、それは後付け兵装でどうとでもなることだ」
少なくとも、BT攻撃端末の武器が二種類でなければならない理由としては弱い、と考えられた。
「次に、以前にも言ったことだが、《ブルー・ティアーズ》の機数を二機に減らす」
鬼頭がキーボードを叩くと、ディスプレイに映じる《ブルー・ティアーズ》の3Dモデルに、また変化が生じた。画面上の六機のうち四機の姿がたちまち消えていく。
「私のように、BT適性の低い人間は、これくらいが限界だろうからね」
無人攻撃端末を六機同時に運用するなんて曲芸みたいなことは、BT適性に優れるセシリアだからこそ可能な芸当だ。そして、そのセシリアでさえ、BT攻撃端末を四機以上、同時に操作するためには極限の集中力を必要とし、その間はそれ以外の行動をとることが難しいという弱点を抱えている。
鬼頭のBT適性は、セシリアと比べれば圧倒的に低い。そんな自分が操る打鉄に、BTシステムを搭載するとなれば、攻撃端末を減らすなどのデチューンは必須と考えられた。
「どんどんやっていこう」
鬼頭の口調は軽やかだった。
「次は操作方式について手を加えたい」
「ということは、無線式から、有線式に?」
「そういうことだね」
一般に有線式の通信装置と無線式の通信装置とでは、前者の方が通信強度に優れ、技術的なハードルも低いことから、製造コストや生産性の面でも有利とされる。これはBT兵装にもいえることで、現に《ブルー・ティアーズ》は、無線式を採用したことによって、自由度の高さや軽快な運動性といった強みを手に入れた反面、不安定な通信強度という問題を抱えることになってしまった。
英国がBT兵装用に開発した専用のイメージ・インターフェースは、本来、微弱な生体電流に過ぎない脳波、思考波といった波動が持つミクロなエネルギーを増幅し、出力することによって、BT攻撃端末の無線操作を可能にした。実に素晴らしい技術ではあるが、出来上がった装置の稼働にはBT適性という特殊な才能が必要なうえ、攻撃端末の操作も難しいなど、洗練されているとは言いがたい代物だった。やはりこれも、打鉄への導入に際しては引き算……デチューンをしてやる必要があるだろう。
鬼頭は右手一本で空間投影式のキーボードを操作した。ディスプレイに映じている3Dモデルの尾部に、直径二センチメートルのケーブルが取り付けられる。併せて、左手でラップトップ・パソコンのメカニカル・キーボードを叩いた。こちらの画面上では、攻撃端末を有線式とした場合、OSの造りをどこまで単純化出来るか、その試算を開始した。
「ケーブルの中に、イメージ・インターフェースの操縦索を仕込んでおくんだ。この操縦索は、BTシステム用に開発された特別な物ではなく、既存の規格品を使用する。その方が製造コストを抑えられるし、予備部品の調達も簡単だからね」
「……なにより、規格品の操縦索なら、BT適性の低い方でも、普通にISを動かすのと同じ感覚で、攻撃端末の操作が可能になるでしょうしね」
「そういうことだね。あとは、壊れた際の保守部品の調達が簡単だ」
鬼頭は完爾と微笑んだ。ケーブルというリードを与えられた《ブルー・ティアーズ》の3Dモデルに、さらにパラメータを付け加える。
「ケーブルの長さは、まずは五十メートルから試作してみようと思う」
一般的なISアリーナの大きさは直径がおよそ二〇〇メートル。五十メートルの長さでも、かなりの範囲をカヴァー出来ると考えられるが、実際に動かしてみなければ、使い心地は分からない。五十メートルの長さでは不足を感じたり、逆に長すぎて持て余してしまう場合も考えられる。ケーブルの長さについては、その都度、調整していくつもりだった。
「有線式ですと、この大きさや形状にこだわる必要もなくなりますわね」
有線式を採用することによって得られるメリットは、操作系の単純化というだけにとどまらない。
真っ先に挙げるべきは、BT攻撃端末を現行の物よりもずっと小型に仕上げられる、ということだろう。
BT攻撃端末《ブルー・ティアーズ》は、はっきり言って大きい。ミサイル・タイプの全長はおよそ一・三メートル、長大なレーザー発振器を装備するレーザー・タイプにいたっては、二・二メートルもある。横幅はそれぞれいちばん長いところで一四〇センチと、五五センチメートルほど。ともにIS本体と比べても、かなりの大きさと評せるだろう。
BT攻撃端末が大きいということは、無線式によって得られた運動性の高さというせっかくの強みが活かしにくい、ということを意味する。事実、先のクラス代表決定戦において初心者の陽子は《ブルー・ティアーズ》をかなりの数を撃墜していた。ISの高度な射撃管制システムにとって、大きい、ということは、的にしかならない、ということなのだ。
なぜ、《ブルー・ティアーズ》は斯様に大型の装置として完成したのか。
最大の原因は、無線方式を採用してしまったことに由来する、二つの理由が挙げられる。
一つは、無線操縦用の通信装置が大型化してしまったことだ。ISは超音速域での空戦機動を当たり前のようにこなす驚異の飛行パワードスーツ。当然、これを追いかけるBT攻撃端末にも、最低でもこれに匹敵する機動性と運動性が求められる。超音速の速さで激しく動き回る《ブルー・ティアーズ》に対し確実に、そして遅滞なく思考波を送り届けるための装置は、結果としてかなり大がかりな物になってしまった。必然、これを収める筐体も大型化してしまった、というわけだ。
二つ目の理由は、BTエネルギーをプールするためのタンクにあった。BT攻撃端末《ブルー・ティアーズ》の動力源は、IS本体から供給されるBTエネルギーだ。BT攻撃端末の内部にはエネルギー・タンクが収められており、IS本体と接続している間に流動性エネルギーを充填、切り離した後はそれを消費して空中を運動したり、ビームを撃ったりする、という仕組みだった。
英国の技術者たちは、本体から切り離された後もある程度の稼働時間を確保出来なければ、と《ブルー・ティアーズ》のために大容量のエネルギー・タンクをこしらえた。この大きなタンクの存在が、装置全体の大型化をも招いてしまったのである。
大型の通信装置と、大型のエネルギー・タンクを収容した《ブルー・ティアーズ》の大きなボディを浮かせるために、英国の技術者たちは強力なPICをその筐体に積み込んだ。強力……すなわち、大型の装置だ。ここにさらに武装を積んだ結果、《ブルー・ティアーズ》はこれほどの大きさになってしまったのだった。無線方式にこだわった結果だった。
「ですが、有線式ならそれらの問題を解決することが出来ます」
通信装置については、思考波はケーブル内の操縦索を伝って直接届けられるため、攻撃端末側には、断線時などの非常事態用の最低限の大きさの物が搭載されていればよい。
エネルギー・タンクの問題については、ケーブル内に操縦索と併せて、BTエネルギー供給用の特殊バイパスも通してやれば解決する。本体から常にBTエネルギーが供給されているため、これまたタンクは非常用の小さな物ですむ。また、供給バイパスを通すことによって、レーザーの出力向上も期待出来た。
「私個人といたしては、いまの《ブルー・ティアーズ》のデザインは好みなのですが、実用面を考えると、いささか不都合な点の多い形状だと思うのです」
「そうだね」
セシリアの意見に、鬼頭も首肯した。
「大きさや形状は、いっそ大胆に簡略化してしまおう」
存外、その方がスタイリッシュになるかもしれないぞ。諧謔めいた口調で呟きながら、3Dモデルをいじった。粘土細工をこね回すように3Dポリゴンが崩れ、変形し、新たな姿へと再構築される。生まれ変わった《ブルー・ティアーズ》たちの姿を見て、セシリアは、眉をひそめた。
「……よく言えばスタイリッシュ。悪く言えば、あまり面白味のないデザインですわね」
「《ブルー・ティアーズ》のデザインがとがりすぎなだけだと思うんだがね」
鬼頭は思わず苦笑した。
「ただ、実用上は問題ないはずだ。むしろ、私の計算ではこれが最適解のはずだ」
「……この見た目では、もう、《ブルー・ティアーズ》とは呼べませんわね」
セシリアは小さく溜め息をついた。
「私、お父様が無事にBT兵装を開発されたときには、《ブルー・ティアーズⅡ》とか、そんな感じの名前で、登録してもらうつもりでしたのよ?」
IS用の兵装は原則として、ISバトルのレギュレーションに適合しているかどうかのテストをクリアした後、ISコア・ネットワークに登録する義務がある。その際の登録名は、開発者の権利として、ある程度自由に決めてよいことになっていた。
「私が《ブルー・ティアーズ》を、お父様が《ブルー・ティアーズⅡ》を使って連携することが、ひそかな夢でしたのに……!」
「そいつはすまないことをしたな……」
鬼頭は苦笑した。切れ長の双眸に優しい輝きをたたえながら、セシリアの顔と、空間投影ディスプレイ、そしてラップトップ・パソコンの画面を交互に見回す。
「しかし、登録名か。……しまったな。どんな名前にしようか、すっかり失念していた。どんな名前がいいだろうか?」
「以前の《トール》は、どのようにして決めたのですか?」
「日本の自動車会社で、ダイハツというメーカーがある。そこが製造している、トールという車から取ったんだ」
鬼頭はTHOR と、アルファベットを空間投影ディスプレイに表示してみせた。
「日本人はこれで、トールと発音するが、英語圏でこれは、ソー、と発音する」
「ソー……北欧の、雷の神の名前ですわね」
北欧神話に登場する主要な神の一柱だ。北欧神話では、神々と敵対する巨人たちとの戦いで勇戦した戦の神としてのイメージが強いが、雷神や農耕神としての顔も持っている。
「ダブル・ネーミングってやつさ。北欧の神ソーは、雷を自在に操る金槌を持っている。レーザー・ピストル《トール》は、二・六メガワットのレーザー光線を発射する。なんとなく、似ているだろう?」
「なるほど……では、今度も車の名前から、取ってみてはどうですか?」
「ふむ……」
鬼頭は顎先を撫でながらしばし黙考した。やがて良いアイディアが浮かんだか、ぱっ、と表情を綻ばせる。
「そうだな。この新しいBT攻撃端末には、《ミニ・ティアーズ》と、名づけよう」
「《ミニ》……BMWですか?」
「そうだけど、そうじゃない」
鬼頭はやんわりとかぶりを振った。
いまでこそミニはドイツのBMWのブランドだが、もとはイギリスのブリティッシュ・モーター・コーポレーション……後のMGローバーが製造する車だった。一九九四年に当時のローバー・グループが、BMWに身売りをした際、その販売権を譲り渡したのだ。BMWは二〇〇〇年にローバーを売却した後も、すでにプレミアム・ブランドとしての地位を確立していたミニだけは手放さず、現在もイギリスデザインのドイツ車として世界中で販売をしている。わが国においても、唯一無二のデザイン性から人気は高く、クーパーやクラブマンといった車種が販売されている。
「いまでこそプレミアムスモールカーの印象が強いブランドだが、かつてのミニは、イギリスの大衆文化の象徴だった。国民車だったんだ」
アメリカにはT型フォードがあった。ドイツにはビートルが。フランスにはシトロエン2CVが。イタリアではフィアット500があのハイヒールのような形の国土を我が物顔で駆け回り、日本ではカローラがその地位を得ていた。そしてイギリスには、ミニがあった。安くて、シンプルで、小型だけど中は広々としていて、手軽で、扱いやすく、そして身近な、イギリス人の相棒だった。
「私はね、セシリア。ミニという車のことを、いまでもイギリスの車だと思っているんだ。そして私の作ったこの有線式BT攻撃端末を、きみたちイギリス人が、ミニのように扱ってくれることを望んでいるんだよ」
相棒のように扱ってほしい、と思う。押し入れの奥の方に大切にしまっておくのではなく、がしがし使ってほしい。多少、荒っぽい扱いだったとしても構わない。使う度に汚れ、傷つき、すり減らし、ぼろぼろになった姿を見せてほしい。技術者として、心からそう思う。
だからこそ、イギリス人にとって最も身近な車の名前をつけようと思った。イギリス国のすべてのIS操縦者たちが、この有線式BT攻撃端末を使って、使って、使い潰す光景を見たい、と思った。
「それは……素敵なお考えですわね」
完爾と微笑む鬼頭に、セシリアも可憐に微笑んでみせた。
「では、攻撃端末についてはそれでいいとして……」
「うん」
「OSの方の名前は、どういたしましょう?」
アラスカ条約の規定では、そちらについても登録名を決めねばならないことになっている。運用協定の最重要条項の一つである、IS技術の情報開示と共有をする上で、登録名の設定がないと何かと不便だからだ。
「これも、車の名前にしますか?」
「そうだね」
鬼頭は頷いた。《ミニ》の名づけの際に同時に考えていたらしく、間髪入れずに言う。
「《オデッセイ》というのはどうだろう?」
「オデッセイ……どこの車ですか?」
「ホンダのミニバンだよ」
ホンダの現行ラインナップの中では、上級ミニバンに分類される車だ。パワーユニットは、二・四リッターの直四エンジンと、二リッター+モーターのハイブリッド車が用意されている。前者は実用域でのトルクに厚みがあり、多人数の乗車でも余裕たっぷり。後者はホンダ車らしい、上質な走りを味わうことが出来る。
「きみたちアングロ・サクソンにぴったりの名前だと思わないかい?」
《オデッセイ》の名前は、勿論、冒険を意味する英単語Odysseyに由来する。
一般に冒険心にあふれるとされるイギリス人に相応しい名前と考えて、鬼頭はその名を選んだのだった。
インフィニット・ストラトス二次創作
「この小さな世界で愛を語ろう」
Chapter22「冒険者」
BTシステム管制用OS《オデッセイ》。
このOSを設計するにあたって、鬼頭は、かつて桜坂と二人でさんざん頭を悩ませながら作った介護ベッドの構造を採り入れた。すなわち、BTシステムの機能の一部を制限する、四段階のリミッターを設定したのだ。
二人が新入社員の頃に作った介護ベッドは、いまでこそアローズ製作所介護事業部の定番商品の一つになっているが、開発当初は高性能がすぎて、かえって扱いづらい、と不評を買っていた。たとえば、二人がデザインしたベッドのいちばんの目玉は、寝たきりの状態でも、ユーザーの詳細な生体情報を迅速に診断出来るバイタル・チェック・ロボットを搭載していたことだが、診断項目が細かすぎて、一般人の知識では活かすことが出来ない、といったクレームだ。
そこで彼らは、ベッドのシステムを管制するコントロール・ロボットにリミッターを追加した。一般顧客向け、介護職向け、医療従事者向けといった具合に、ユーザーごとの知識や技術に応じて、あえて機能を制限したモードを設定することで、利便性の向上を図ったのだ。二人のねらいは見事にはまり、寝心地の良さや、リクライニング用モーターのパワフルかつ静かな動きなども評価されて、介護ベッドは急速に売上を伸ばしていった。
――BTシステムも同じだ。俺はただでさえBT適性が低い上、ISの稼働時間も短い。いくらデチューンを重ねて使い勝手を向上させたとっても、そんな男が、はじめからBTシステムの性能を十全に引き出せるわけがない。
不慣れなうちは機能を制限し、習熟とともに、段階的にリミッターの封印を解いていく。
この考えのもと、彼は《オデッセイ》をデザインし、プログラムを組み上げていった。
先述の通り、鬼頭が《オデッセイ》に設定したリミッターの数は全部で四つ。フル・リミッター状態をレベル1とし、一つ解除するごとにレベル2、レベル3といったふうに、数字が上がっていく仕組みだ。これは車好きの鬼頭ならではの発想で、勿論、自動車の変速比の数え方に由来している。
突如としてアリーナ内に現われた謎のISを前にした鬼頭は、いまのままの打鉄では太刀打ち出来ぬ、と、機体を制御するOSを、《オデッセイ》へと切り替えることを決意した。
現在、彼の打鉄には、通常の機体制御用OSと、BTシステム用OSの二基が積まれており、後者の方は普段、眠らせている状態だ。《オデッセイ》が《ミニ》とともに完成したのは昨夕のことであり、当然、試運転はまだ終えていない。しかし、昨晩、一夏の白式の整備に取りかかる前に行ったコンピュータ・シミュレーションの通りのパフォーマンスを、実戦でも発揮してくれたなら、この恐るべき敵ISとも、互角以上に戦えるはずだった。
「BT・OS《オデッセイ》、レベル1、アクティブ!」
音声入力式のコマンドをもって、封印状態にある冒険心を揺さぶり起こした。BTシステムの運用を前提に最適化された、新たなOSプログラムが起ち上がり、それまで機体の制御を担当していたOSと、バトンリレーを開始する。
起ち上がり直後のモードは、当然、フル・リミッター状態のレベル1。BT攻撃端末の運用こそ出来ないが、流動性エネルギーの基本的な取り扱いを可能とするモードだ。OSの切り替えが完了すると、鬼頭は、手ずからこしらえた管制ソフトウェアに、最初の命令コマンドを入力する。
――BTエネルギーを、解放しろ。
胴鎧の背面に増設された、三連の箱型モジュール。そのうち真ん中に設置したエナジー・タンクから、昨晩のうちに充填しておいたBTエネルギーを解放する。このときのために、とあらかじめ増設しておいたエネルギー供給用バイパスを通って、流動性エネルギーが打鉄の全身、隅々にまで行き渡っていった。急なエネルギーの上昇から、灰色の装甲が光り輝く。
繰り返しになるが、《オデッセイ》はBTシステムを運用するために最適化された代物だ。BT攻撃端末だけでなく、IS本体の駆動系にも流動性エネルギーを伝達させることで、操縦応答性を飛躍的に高めることが出来るはずだった。
やがて、発光現象がおさまっていった。
BTエネルギーを解放したことで、機体に異常が生じていないか、機体情報を速やかにチェックする。思わず、おっ、と声を上がった。
――これは、予想外の結果だな。
BTエネルギーが全身に満ち満ちたことによる副反応か、薄墨色に近かった機体色が白みを増して、シルバーグレイへと変わっていた。機体各所に施されているストライプの色も、すみれ色へと変色している。これはいったい……? 検めた限りでは、性能に影響を及ぼす現象ではないようだが。
――……まあ、いいさ。
いまは、機体色の変化に気を取られている場合ではない。
小さくかぶりを振って意識を改めた鬼頭は、地上から荷電粒子砲の砲口をこちらに向けている謎のISを鋭く睨んだ。
コンディション・チェックの結果によれば、機体の異常は、見た目の変化以外には見当たらない。BT・OS《オデッセイ》も、正常に稼働してくれている。これならば。この、打鉄ならば、きっと……!
鬼頭は好戦的に微笑んだ。闘争心から炯々と輝く眼光で相手を見下ろしながら、声高に言い放つ。
「さあ、オジサンと遊んでおくれ」
言い終えるや、打鉄のハイパーセンサーが、敵ISの右腕内部で異様な高熱が発生するのを捉えた。荷電粒子砲発射の前兆サイン。鬼頭は反射的に、機体を左へと傾けようとして、
「う、おおおっ!?」
次の瞬間、アリーナの壁が目前まで迫っていた。慌てて急制動をかけ、激突の寸前で空中に待機制止。突然の視界変転に戸惑う心臓をなだめすかしながら、敵ISの姿を探す。見つけて、唖然とした。先ほどまでは高低差を含めて三十メートルほどの距離を隔てていたはずの敵ISが、はるか百メートルの彼方にいる。荷電粒子砲の閃光が、たったいましがたまで身を置いていた空間を、鋭く焼き払っていった。
視覚情報から判断するに、敵ISが移動したとは考えにくい。自分の方が、荷電粒子砲が発射されるまでの刹那のうちに、七十メートルの距離を移動したのだ。
――……すごいな。
我ながら、良い仕事が出来た、と感動を禁じえない。
BT・OS《オデッセイ》。左方向に向けて、こう回避運動をとる、と、動作のイメージがしっかりかたまらないうちから、自分の潜在思考を読み取って、BTエネルギーによる運動制御を即座に開始していた。いちいち命令コマンドを入力せずとも、操縦者の危機意識の高まりだけで、機体を反応させてくれたのだ。
流動性エネルギーは鬼頭の意思を精確に、そして素早く、機体各部に伝導してくれた。従前の打鉄では考えがたい、素晴らしい反応速度だ。それでいて、操縦者自身が戸惑いを感じてしまうほど突然だった回避運動にも拘わらず、機体へのストレスはほとんど検知されない。OSによるコントロールが完璧だった証左だ。
性能向上著しいのは、機体のレスポンス・タイムだけではない。操縦者のイメージに敏感に反応する特性を持つBTエネルギーと、専用OSの組み合わせは、機体からパワーを引き出しやすくしていた。自動車に例えれば、エンジンの馬力そのものには手を加えていないが、ギアの変速比の設定をいじることで、必要なときに、必要なだけの加速力を引き出しやすくするイメージだ。あの一瞬で七十メートルもの距離を詰める猛加速を得られたのも、その賜物だった。
――第二世代機の打鉄で、この反応速度に、このパワー……。
いま自分のやったことを、機械の性能に頼らず、操縦者の技量のみをもって再現しようと思ったら、パイロットには相当な経験値が求められるだろう。IS操縦者の世界では、一般に操縦時間がものを言う。その考え方に当てはめれば、最低でも二〇〇時間程度の経験が必要なのではないか。BT・OSは、操縦者としては素人同然の自分を、たちまち経験豊富なベテラン・パイロットに変えてしまったのだ。
――……いける。これなら、いける!
標的の姿が突如として視界から消えたことで戸惑いを隠せないのは、敵ISも同じだった。
鬼頭と同様、きょろきょろ、と辺りを見回して、ようやく銀色に輝く打鉄の姿を認めた相手は、今度は両の掌をこちらに向けてきた。下腕内部の粒子加速器で、百万ボルトの電流がスパーク! 打鉄のハイパーセンサーが、またも荷電粒子砲発射のサインを捉えた。
強力な火器を積んでいる敵に対し、こちらの保有する火力は、イコライザのアサルト・ライフルが予備を含めて二挺と、いまは封印状態のBT攻撃端末が二基のみ。必要以上に距離をとるのはかえって危険だ、と判断した鬼頭は、地上の敵に向かって、突進することにした。スカートアーマー背面のロケット・モーターに、意思の力を託されたBTエネルギーが流入する。いきなりのフル・パワー。弾かれるような加速で、敵ISに向かって真っ直ぐ、流星のように突っ込んでいった。
敵ISが荷電粒子砲を二発、連続してぶっ放した。
鬼頭は左に、右にと、機体を連続して傾けることで、熱線による迎撃を回避した。
お返しだ、と、五一口径アサルト・ライフル《焔備》を、拡張領域から引っ張り出し、接近しながら銃撃を叩き込む。ISバトルという超高速の戦いに対応するため、一分間におよそ一千発の発射速度を与えられた機関部が、ロボットアームの掌の中で激しく振動した。重機関銃弾の嵐が敵ISの電磁バリアーを殴打し、再チャージを企てる相手の動きを遅速させる。
そのために生じた一瞬の隙を、鬼頭は勿論、見逃さない。間合いを一気に詰めると、左側方をすり抜けた。相手の背後に回り込み、地上に着地。振り返るや、僅か二間半先の敵の背中へと銃弾をお見舞いしてやった。すかさずシールドバリアーが発動し、攻撃のショックを受け止める。鬼頭の薄い唇から、小さな舌打ちが漏れた。
――この近距離から叩き込んでも、本体にダメージはないか!
やはり、ISのシールドバリアーの技術は素晴らしい。五十口径オーバーという、人体に炸裂すればたちまち挽肉に変えてしまうほどの威力を持った銃弾を、至近距離から撃たれたにも拘らず、運動エネルギーを完璧にブロックしている。
敵ISが、後ろを振り返った。PICとパワーアシスト機能を上手く連動させた滑らかな動作ではなく、全身の姿勢制御スラスターを噴かせての強引な回転運動。いかにも鈍重そうな見た目の通り、運動性はあまり高くないらしい。
鬼頭の姿を再び正面にとらえた敵ISは、四・五メートル先の敵に向かって突進した。
自身の身の丈ほどもある長大な両腕を振り回し、前進の勢いをも上乗せした強烈な打撃を放ってくる。
BT・OSの補助を得ている鬼頭は、連続で襲いくる打ち下ろしを、上体のみを傾ける最小限の動きで回避。地面を蹴って宙へと飛び出すと、相手の頭上を飛び越えながら、腰だめに構えた《焔備》を発射した。雷鳴のような銃声が、敵ISの頭蓋へと降り注ぐ。またしてもシールドバリアーが発動し、これを防いだ。
――アリーナの遮断シールドを突き破るほどの火力を持った相手だ。長期戦になれば、こちらが不利……!
シールドエネルギーをちまちまと削り取る戦法は、相性が悪い。一気に畳みかけなければ、長引かせた時間の分だけ、こちらの被弾リスクが高まってしまう。
そのまま空中で身を翻し、さらなる上空へと逃れた鬼頭は、網膜投影されたステータス・ウィンドウに、一瞬だけ意識を傾けた。BT・OS《オデッセイ》のレベル1は、正常に稼働している。よし、と頷き、彼はOSに追加の音声コマンドを入力した。
「第一リミッターを解除。モード・レベル2に、シフトアップ!」
OSを切り替えたときのような、見た目の劇的な変化はなかった。
その代わり、内部では驚くべき速さで、情報の更新が行われていった。
異形のISが、地面を蹴って飛び立った。
逃げる打鉄の背中を追いかけながら、両腕の荷電粒子砲を繰り返し発射した。電圧の充填に時間をかけない、初速や威力と引き換えに、発射速度を高めたビームの連続発射だ。ノー・ロック射撃は苦手なのか、鬼頭の耳膜を、ロック・オン・アラートの悲鳴がひっきりなしに殴打した。
警報装置を切りたい欲求と格闘しながら、鬼頭は脅威の火線を避けつつ、背中に意識を傾けた。ブレスト・アーマー背面に並んだ三連の箱型モジュールのうち、両端の二つが、ぱかっ、と、くの字に開いた。
姿を現したのは、直径三十センチメートルほどの円盤だった。厚みがあり、傍目には巨大な缶詰のようにも見える。
――行けッ、《ミニ・ティアーズ!》
念を篭めると、箱の中から、二基の円盤が勢いよく飛び出していった。ケーブルの尾を引きながら、鬼頭の背後に位置取る敵ISの、さらに後ろへと回り込む。未知の装備に戸惑う敵の様子を嘲笑いながら、鬼頭は静かに、「やれ」と、呟いた。ケーブル内に仕込まれた特殊バイパスを通って供給されたBTエネルギーが、円盤内部の発振器でレーザー光線へと変換され、直径十四ミリの銃口より発射された。白銀に輝く一・八メガワットの光の矢が、異形のISの背中に襲いかかる。
突然の攻撃に、敵ISは回避も、防御も間に合わない。二条のレーザー光線はシールドバリアーをいとも容易く貫通し、その背中を突き刺した。荷電粒子砲のような“面”ではなく、“点”にエネルギーを集中させた攻撃だ。
戦闘が始まって以来のまともなダメージに、敵ISの巨躯が動揺した。BTレーザー光線によって姿勢制御スラスターの一基を破壊されたことで、それまでは安定していた飛行姿勢が、僅かに乱れた。
この好機を逃しはしない、と鬼頭は、くるり、と身を翻し、反転した。《焔備》で牽制射を叩き込みながら、念の力をもってBT攻撃端末のケーブルをたぐり寄せる。牽制射撃により動きの鈍ったところを、左右からレーザー光線で挟み撃った。射撃は狙い通りの箇所を穿ち、相手の右肩と、左腰で火花が散った。ともに姿勢制御スラスターの噴出口が設けられている場所だ。自分の作った武器が有効打を与える光景に、鬼頭は内心快哉を叫んだ。
ことここに至って、敵ISも、自分にまとわりつく円盤が、どういう性能を持った武器か理解したらしい。まずはこの目障りな武器どもを潰してやる、と相手は足を止め、荷電粒子砲の砲口を、鬼頭から《ミニ・ティアーズ》たちへと向けた。
しかし、《ミニ・ティアーズ》は小さい。加えて、BT・OSの制御により、その動きは機敏だ。敵ISの頭部センサーより発射された不可視の照準用ビームは、そのことごとくが、するり、とかわされ、ロック・オンの定まらぬ敵ISは、砲口を、まごまご、と揺らすばかりで、粒子ビームを発射することが出来ず、困っていた。当然、鬼頭がそんな隙を見逃すはずもなく、二基の《ミニ・ティアーズ》の銃撃は、敵ISの総身を容赦なく撃ち貫いた。姿勢制御用スラスターを一つ々々、丁寧に潰していく。
BT攻撃端末への対処に苦慮する敵ISの姿を眺めながら、鬼頭は、
――やはり……。
と、一夏たちと戦っていたときから薄らと感じていた疑念について、確信を深めていた。
プライベート・チャネルの回線を、Aピットルームへとつなげる。
『織斑先生』
『鬼頭さん、どうしました?』
『アリーナの観測機器は、あのISに向けられておりますでしょうか?』
『勿論です』
戦闘中ということを意識してか、ピットルームの千冬からの返答は短かった。
『いまもあのISについての情報を取得中です』
『なら、一つおうかがいしたい』
『なんでしょう?』
『あのISから、生体反応は検知出来ているでしょうか?』
『……鬼頭さんも、お気づきでしたか』
『では、やはり』
『はい』
通信回線の向こう側で、千冬が頷いたのが分かった。
『あのISは、無人機です』
このままでは埒が明かぬ、と判断したか、敵ISはターゲットを変えてきた。BT攻撃端末そのものではなく、端末とIS本体とをつなぐケーブルを狙って突っ込んでいく。最も手近な位置に浮かぶ、右手側のケーブルに向かって、二メートルになんなんとする豪腕を振りかぶりながら襲いかかる姿はなんとも勇ましげだが、むしろ鬼頭は、そんな彼女に対し、侮蔑の感情を孕んだ眼差しを叩きつけた。
――短絡的すぎるぞ。
《ミニ・ティアーズ》に限らず、有線方式の誘導兵器の最大の弱点が、ケーブルの寸断だ。中の操縦索を切断することで無力化を図る、という作戦それ自体は悪くない。
しかし、ケーブルが弱点というのはこちらも重々承知のこと。当然、対策は講じてあるし、向こうとしても、こちらの対応策について十分な警戒を払いつつ、いかにしてケーブルを寸断可能な状況に持ち込むか、というような、高度な心理戦に打ち勝つことが、作戦成功の鍵となるはずなのに。あんな単純な、目についた標的に向かって、とりあえず向かっていく、というような戦術では。
「誘われたものとも知らずに!」
《ミニ・ティアーズ》を機動させる際、ケーブルの動きにわざと隙を作って、相手の攻撃をそちらに誘導する。敵の未来位置をこちらでコントロール出来るため、あとはその位置に向けて、ありったけの火力を叩き込めばよい。
鬼頭は拡張領域から予備の《焔備》を展開した。二挺の突撃銃を左右の手に持ち、銃床を脇でしっかりと挟んで固定した射撃姿勢で、敵ISを迎え撃った。銃口から叩き出された十二・八ミリ弾が、嘶きとともに異形のISの身に殺到する。二挺の突撃銃がばらまく猛烈な火線を浴びせられ、たまらず、動きの止まった背中を、今度は回り込んだ《ミニ・ティアーズ》が襲った。発射されたレーザー光線は、シールドバリアーを貫通して、背面部の構造物を次々に焼き払っていった。そのうち、PICの制御に関わるユニットを破壊したか、がくん、という動揺の直後、敵ISは、ゆるゆる、と高度を下げていった。
――こんな単純な罠に引っかかるなんて……やはり、所詮は機械人形ということか。
一夏たちとの戦いぶりを観察していたときから、薄々、そうではないか、と感じていた。
実際に戦ってみて、おそらくそうだろう、と確信を抱いた。
その上で、千冬から観測的事実に基づく判断を聞かされた。
やはりそうだった。信じがたいことだが、あのISには、人間が搭乗していない。
『……はじめて知りましたよ』
地上に着地した敵ISに銃撃を浴びせながら、鬼頭は、小さく溜め息をついた。反撃の荷電粒子砲を避けつつ、硬い声音で言う。
『ISコアは、人間の接触がなくとも起動するのですね』
鬼頭がこの学園で学んだ知識によれば、ISの中枢装置であるISコアの起動と稼働には、人間の感情が不可欠なのだという。なんでも、ISコアにも哲学的概念としての意識のようなものがあり、操縦者の意識とのシンクロが重要なのだとか。そしてこのことは同時に、ISという兵器の無人機化は不可能である、ということも意味している。
『……普通は、ありえないことです』
だからなのか、ピットルームの千冬の声は、どこか呆れた様子だった。
『ですが、現実の問題として、いま、我々の目の前に、それはいます』
『世界初の無人機のISですか。……こんなときに口にする言葉としては、不謹慎かもしれませんが』
『はい』
『どんな技術が使われているのか、ぜひとも、分解して調べたいところですね』
『……そのためには、まず、あれを無力化し、捕縛しなければなりません』
楽しげに呟いた鬼頭に、千冬はまた、呆れた口調で言った。
いかんいかん、とかぶりを振って、鬼頭は頬の筋肉を引き締める。
『では、そうするようにしましょう』
『……出来るのですか?』
『相手が無人機ならば。有人機と違って、思いきった作戦がとれますから』
『プランをおうかがいしても?』
『奴の武器を潰します』
鬼頭の見たところ、敵の武器はあの長大な二本の腕に集中している。打鉄の物理シールドをたった一発で破壊しつくすほどの威力を誇る荷電粒子砲。全長二メートルという、リーチが長く、鞭のように振り回すことで重く、鋭い打撃をお見舞いしてくる豪腕。これらは恐るべき武器だが、裏返せば、腕さえ潰せば、脅威の戦闘力を半減させられることを意味するはずだ。
鬼頭は二基の《ミニ・ティアーズ》に念を送った。見えない手の力でケーブルをたぐり寄せ、背中に設けた特等席へと着座させる。
『鬼頭さん?』
ピットルームの千冬から、怪訝そうな声。鬼頭の放つ攻撃のうち、いまのところ敵に最も有効打を与えているのが、二基のBT攻撃端末より発射されるレーザー攻撃だ。それを、なぜ呼び戻したのか。有線式の攻撃端末に、再チャージの必要はないはずだが。
はたして、鬼頭は不敵な冷笑を浮かべた。
『言いましたでしょう? 新兵装の、実験台になってもらう、と』
BT・OS《オデッセイ》、モード・レベル3。こいつはまだ、コンピュータ・シミュレーションでも試していない。一応、シフトアップに伴い解放される新機能については、BT攻撃端末との同時運用も可能なよう設定しているが、本当に両立出来るかどうかは、実際に試してみるまでは分からない。
念のためにBT攻撃端末を格納した鬼頭は、両手に携える二挺の《焔備》も拡張領域へと収納した。
代わって取り出したのは、刀身長一・三メートルの近接ブレード、《葵》だ。近接格闘戦で、決着をつける腹積もりか。
鬼頭は刃渡り四尺超という大刀の柄尻を、左手一本で掴み支えると、刀身を水平に傾けた状態で、胸の高さまで持ち上げた。
「第二リミッターを解除」
背面部のエナジー・タンクから、BTエネルギーを絞り出す。流動性エネルギー伝達のため、特別に設けられた特殊バイパスを通じて、右の掌に、パワーを集めた。BTエエルギーのさらなる励起から、打鉄の右手が青白く輝いた。
「モード・レベル3、シフトアップ!」
BTエネルギーを宿した右手で、水平に掲げた刀身を掴んだ。バチバチ、と電流迸る蒼光が、ロボットアームからブレードへと、伝達されていく。やがて右手の光は消沈し、代わって、刃渡り四尺超の豪剣が光り輝いた。
「レーザーブレード!」
昂然と言い放つや、鬼頭は光り輝く大刀を天高く掲げた。
◇
「あれは……『零落白夜』!?」
Aピットルームの大型モニターで鬼頭の勇戦ぶりを見つめていた一夏は、彼が光り輝く大刀を手にしたのを見て、思わず叫んでしまった。
なるほど、たしかにいまの《葵》の姿は、彼の愛機、白式最大の武器である、『零落白夜』によく似ている。《葵》も、《雪片弐型》も、日本刀に範をとった形状をしているだけに、刀身が光り輝く様子はうり二つだ。
だとすればあの《葵》にもバリアー無効化攻撃が!?
しかし、興奮する一夏の隣で、セシリアはゆっくりとかぶりを振った。
「いいえ、織斑さん。あれは『零落白夜』ではありません」
セシリアはイヤー・カフスを指で軽く弾いて、待機状態のブルー・ティアーズのISコアを揺さぶり起こした。空間投影式ディスプレイを出力し、そこに、BT・OS《オデッセイ》の詳細なデータを表示する。
「あれは《オデッセイ》のレベル3の機能です。流動性エネルギーを、専用に設計された装備以外の武器に宿し、性能の向上を図る、という機能です」
「……そんなことが、可能なのか?」
専用機持ちたちの一歩後ろからモニターを眺めていた箒が、驚愕の表情を浮かべた。
「BTシステムのことはよく分からないが、その機能は要するに、《葵》や、《焔備》といった、本来、BTエネルギーの運用を考えていない武装で、それを扱うということだろう? 元々、そういう機能のない武器で、そんなことが……」
「……普通ならば、不可能なことです」
セシリアは呆れた口調で応じた。
「実弾を発射する《焔備》で、BTエネルギーのビームを発射する。究極、ただの金属の塊にすぎない《葵》の刀身に、高温状態のBTエネルギーを纏わせることで、熱による溶断の効果を持たせる。普通なら、不可能なことですし、考えもしないことです」
セシリアは深々と溜め息をついた。
「ですが、お父様は普通の技術者ではありませんでした。普通の技術者では考えつかないことを思いつき、それを実現してみせました」
セシリアは大型モニターに映じる鬼頭の勇姿を睨んだ。
「ISのシールドバリアーを切り裂くほどの温度です。そういう設計で作られていない《葵》のブレードが、本来、耐えられるような温度ではありません。それなのに、ブレードはその形状を保ち、かといって、BTエネルギーも低出力というわけではない。矛盾しています。その矛盾を解消するような、繊細で、複雑なエネルギーの制御を可能とするOSを、お父様は作ったのです」
天才・鬼頭智之。
そんな形容詞を口の中で呟いて、一夏は思わず息を飲んだ。
◇
摂氏二万度の高温から輝く大刀を、鬼頭は八相に構えた。
柄尻に左手を、鍔元に右手を添えて、手の内を練る。
切れ長の双眸が、眼光鋭く敵ISを睨みつけた。
地上に着地し、じりじり、とすり足で間合いを詰めていく。敵との距離は、およそ八間。
男の五体から漂う、尋常ならざる剣気に気圧されたか、異形のISは、恐慌状態に陥ったかのように、荷電粒子砲を連続発射した。
鬼頭の眦が凄絶につり上がり、白銀の鎧武者の巨体が、大きく左右に揺れ動く。
荷電粒子の奔流を立て続けに避けてみせるや、鬼頭は一気に加速した。
BT・OSの作用により、レスポンス速度の向上著しいロケット・モーターが、最大推力でその身を前進させる。荷電粒子砲の再チャージを許さない、疾風怒濤の突進だった。一瞬で、間合いが詰まっていく。
無人ISが、右腕を大きく振りかぶった。
荷電粒子砲のチャージが間に合わぬ、と判じて、あの鞭のような打撃で鬼頭を迎え撃つ腹積もりだ。
そのとき、鬼頭の上体が大きく前後に揺れ動いた。
鬼ごっこの達人、タイミングずらしの、フェイントだ。
来る、と思った瞬間に後ずさるような素振りを見せつけられ、敵ISの右腕が、一瞬、動揺し、遅速する。
その隙を衝いて、鬼頭は鋭く前に踏み込んだ。相手の内懐へと、潜り込む。
慌てて、姿勢制御スラスターを噴かす敵IS。しかしその多くは、すでに《ミニ・ティアーズ》によって潰されてしまっている。運動性の落ち込みは明らかで、離脱は、叶わない!
「しゃああッ!」
裂帛の気合いが、鬼頭の唇から迸った。
目の前で、子どもたちを傷つけられた。
その怒りから、阿修羅の形相の鬼頭が、吼えた。
咆哮とともに放たれた打ち込みが、敵ISの右肩口へと振り落とされた。
金属を打つ、確かな手応え。一気に、引き斬る。斬割。切断された肩口から、まるで血飛沫のように火花が散った。
隻腕となった敵は、ようやくスラスターの力で半歩後退。残された左腕を、真っ直ぐに突き出す。ストレート・パンチ。
対する鬼頭は腰を落とし、姿勢を低くしてこれを避けた。
全長二メートルの豪腕が頭上を通過していったのを見届けた後、返す刀を擦り上げた。
敵ISの左腕が、肘のあたりで弾け飛んだ。
両腕を失った敵ISが、恐れをなして後ずさる。
超高温のプラズマ光に燃える豪剣を大上段に振りかぶり、鬼面般若の鬼頭は、異形のISに向けて冷笑を浮かべた。
「ギャバンダイナミック、と言ってやろうか?」
真っ向振り下ろし。
二万度に光り輝く大刀が、機械仕掛けの女の乳房を打ち割り、敵ISは、くたり、とその場に倒れ伏した。
Chapter22「冒険者」了
名古屋市名東区。
アローズ製作所本社ビルの隣に建つ、全天候型試験場。
最初に異変に気がついたのは、超人の感覚野を持つ桜坂だった。
常人の識閾では感じ取ることも難しい、大気のかすかな流れから、球場型の試験場の外で、何かただならぬ事態が起こっていることを察した彼は、直後に感じた嫌な予感に、表情を強張らせた。
――このドームの外……直上か? 局所的にだが、急に気流が乱れ始めた?
さしもの超人も、乱気流の原因が、秒速一万四千キロメートルの速さで移動する、荷電粒子が原因で発生した線状の真空空間に、周りの空気が一気に流入したため、とは予想出来なかった。
彼に出来たのは、試験場の外で起こっている異変に気づくことだけであり、その結果、自分たちの身に何が降りかかるのかまでは、想像することが出来なかった。
不意に、球場ドームの形をした試験場の天井から、異音が聞こえてきた。
一同、揃って上を向き、唖然としてしまった。
試験場中央部の天井の一部がたちまち赤黒く変色を始めたかと思うと、突然、穴が開いた。超高熱物質の集中による融解現象。天井の構成部材だったものが液化し、どろっ、と滴ったかと思うと、轟音とともに、何か、が天井の穴を圧し拡げながら落ちてきた。地上に激突! 試験場のコンクリート仕立ての地面が断末魔の悲鳴を上げた。地面が揺れ、次いで、衝撃波に試験場内の空気が動揺する。グラウンドでパワードスーツを稼働させている二人はもとより、観客席側の見学団も、揺れへの備えから一様に身を低くした。
「な、なんだ? 何が起こった!?」
ハイパーレスキューNAGOYAの隊員、田神忠昌が叫んだ。低い姿勢を保ったまま、グラウンドの方へと目線をやる。驚きから、瞠目した。グラウンドの中央……先ほどまで、二着のパワードスーツが素晴らしいパフォーマンスを演じていた瓦礫の山の頂上に、異形の女が立っていた。
全身装甲型のパワードスーツだ。深い灰色のボディ。二メートルもあろうかという長い腕。首がなく、肩と頭が一体化したような見た目は、子どもの頃にテレビで見た、古い特撮作品に登場する怪獣の容姿を彷彿とさせる。剥き出しのセンサーレンズが不規則に並んだ頭部の下には、大きく突き出した乳房があり、装着者の性別をうかがわせた。女性が身に纏うパワードスーツ……。田神だけでなく、その場に居合わせた全員の顔が、硬化した。
「まさか……、IS、なのか?」
田神は茫然と呟いた。そうであってくれるな、という願望が見え隠れする口調だった。
同様の思いを抱いていた千種消防署署長の室井隆が、たまらず叫んだ。
「しかし、あんなISは見たことがないぞ!?」
たしかに、地上に降り立ったパワードスーツは、室井たち一般の男性がテレビや新聞といったメディアでよく見かける、打鉄や、ラファール・リヴァイブといったISとは、かけ離れたシルエットをしていた。彼がISと思えぬのも、無理からぬことだろう。
しかし、とかぶりを振ったのは桜坂だ。
「いえ、あれはISです」
あんなISは、戦史マニアで、軍事マニアの自分も見たことがない。しかし、それでも、はっきりと言い切れる。あれは、ISだ。
「この試験場は各種の危険物を使った実験も行われることから、壁も天井も、かなり頑強に設計されています。その天井を、あれは突き破ってきました。そんな攻撃力を持っているパワードスーツは、IS以外に考えられません!」
現在、国連で開発中だというEOSでも難しいだろう。以前、国連の広報部が公開したテストの様子を見てみたが、ISに比べてパワーアシスト機構も、PICの質も明らかに劣っていた。この試験場の天井をぶち抜こうと思ったら、戦車砲くらいの威力が必要なはずだが、あの様子では、運用出来そうにない。
「しかし、あれがISだとすると……」
総務省職員の城山悟が、異形のISを睨んだ。
「いったい、なぜ、ここに?」
「機体に国籍マークがない。自衛隊機でも、米軍機でもない」
城山に続いて、田神が言った。この日本国で、ISを保有し、運用している組織は限られている。
「ということは、IS学園の機体か?」
「テスト中の新型機が、事故か何かで、墜落してきたとか?」
「それにしては状況がおかしいです」
城山の疑問に、田神はかぶりを振った。
「あれが落ちてくる直前、天井が赤熱化して、溶けて落ちるのが見えました。あのISは、この施設に攻撃を加えてから、落ちてきたということです」
害意があってのこととしか思えない。いったい、いかなる意図による暴挙なのか。やつはいったい、何者なのか?
「……まさか、ファントム・タスクか?」
ひっそりとした呟きが、城山の口から漏れた。
あまりにもか細い声から、桜坂以外に、その声を聞き取れた者はいなかった。
「ファントム・タスク?」
いったい、何のことかと訊ねようとして、次の瞬間、桜坂の顔は慄然と硬化した。
瓦礫の山の上に立つ異形のISが、ゆっくりと、右腕を胸の高さまで掲げた。
五本の指をめいっぱいに開いた掌を、駐車中の、プロフィアへと向ける。掌には、小さな穴が二つ、開いていた。超人の視力をもって穴の向こう側をのぞくと、ぼんやりと発光している様子が見て取れた。
そのとき、頬に、嫌な感覚を覚えた。
空気中の荷電粒子たちが、通常ではありえない動きを始めた。
猛烈に、嫌な予感がした。
ヘッドセットのマイクに向かって、切羽詰まった声で叫ぶ。
「滑川さん! 桐野さんにプロフィアを発進させるよう指示を!」
『な、何をするつもりだ!?』
桜坂と同様、悪寒にかられたか、XI-01を纏ったトムが、正体不明のISに向かって飛びかかった。右腕へと体当たりをかまし、掌の向きを変えようとする。
謎のISにとって、おそらくそれは、予想外の事態だったのだろう。
全備重量二百キログラム超のパワードスーツによる突然の体当たりにより、ISの掌が五センチほど、右へと移動した。
その直後、ISの掌から、光の奔流が発射された。
秒速一万四千メートルの速さで射出された、荷電粒子のなれの果てだ。
プロフィアのコクピットのすぐ前方、エンジンルームへと着弾する。
積載量十三・九トンを誇る大柄なシャシーが激しく震え、運転席に座る桐野美久が、くたり、とセンターパネルに突っ伏した。
「…………」
その光景を、観客席から、仁王の顔の超人が怒りの形相で見つめていた。
イメージインターフェース・コントロール・モジュール、略して I.N.C.O.M.!
……レーザーブレードといい、やっちまった感がすごい。
設定解説は次話の後書きに、色々なものとまとめて。