普段より接触二割増しで仕事していたら、次話投稿が遅くなってしまいました。
非力な私を許してくれ……。
二〇一三年五月二五日、桐野美久は、天使と出会った。
そして二〇一三年の六月八日、彼女は、父の経営する会社で、彼との再会を果たした。
父親への用事から、母親と一緒にアローズ製作所の本社ビルを訪ねたときのことだった。要件をすませ、せっかくだから三人でどこか食べに行こう、という父の誘いに乗って親子三人、会社の長い廊下を歩き、正面玄関のエントランスホールに辿り着いたところで、ちょうど自動ドアをくぐって社屋に入ってきた彼と鉢合わせたのだ。仁王象のように厳めしい面魂を視界にとらえるや、美久の顔は薔薇色の笑みで彩られた。
「あなたは……!」
「ゲェーッ! き、きみはぁ……ッ!?」
取引先への営業から帰ってきたばかりの桜坂も、ビル内に一歩足を踏み入れたタイミングで美久の存在に気がついた。六尺豊かな体躯が驚きからわななき、その場に茫然と立ち尽くしてしまう。
「どうした、桜坂? なぜ、マンモスマンを見て驚く正義超人のような顔を?」
隣に立つ鬼頭が、訝しげな表情で親友を訊ねた。本日の営業は、彼と二人で行ってきたのだ。
当時の彼らは、建設事業部で主に重作業用のロボットの開発を担当していた。
二日前、岐阜県に本社を置く建設会社が、二年後に稼働を開始する予定だという風力発電所の建設計画を請け負うことになった、との情報をキャッチした彼らは、早速その会社に、高所での作業用ロボットの売り込みに向かった。先方の担当者のプレゼン終了後の反応は上々で、好感触から意気揚々と帰社した直後の事件だった。
恩人との再会に嬉々とした表情を浮かべる美久とは対照的に、桜坂の顔色は悪かった。
――こ、この娘はたしか……。
二週間ほど前に、銀城学園のそばで暴走車輌に轢かれそうになっていたところを助けた、あのときの少女ではないか。なぜ、こんな場所に? それに、彼女の背後に立っているのは……桐野社長に、その細君!? この二人と親密そうに寄り添っているということは、まさか彼女は――、
桜坂は桐野社長の顔を見て、おっかなびっくり訊ねる。
「……桐野社長の、ご息女であられますか?」
「そうだよ」
目つきの鋭い桐野利也は怪訝な表情を浮かべながら頷いた。彼は桜坂たちが入社一年目の新入社員だった頃の直接の上司の一人だ。互いに顔はよく知っていた。
桐野社長は愛娘と昔からよく知る部下の顔を交互に見て、
「桜坂君たちと顔を合わせるのは、これがはじめてのはずだが、知り合いだったのかい?」
と、訊ねた。娘の態度から察するに、どうやら初対面ではないようだが、だとすれば、どんな経緯を経て出会ったのか。中学二年生の美久と、三二歳の桜坂。普通に考えて、日常生活中に接点があるとは思えないが。
前年、アローズ製作所の総売上は八千億円に達し、従業員も五千人を超えた。彼らを束ねる立場にある五六歳の総帥の声は太く、堂々としており、聞く者によってはドスを孕んでいるようにさえ聞こえた。六尺豊かな大男、仁王の如き面魂の桜坂も、この男の前では、容姿の押し出しが強いだけの若造にすぎない。
桐野社長の問いに対し、桜坂は、さてどう返すのが自分にとってモア・ベターな回答だろうか、と思い悩んだ。
過日、出来町通で起きたかもしれない交通事故を、未然に防いだ一件を知られることそれ事態はべつにいい。立派な人助けだ。誇ることでこそあれ、人には聞かせたくない、と恥じるような行いではない。
問題は、そのために、普段はひた隠しにしている自分の能力について、桐野社長に知られてしまうかもしれない危険がある、ということだ。
桜坂は己の肉体に宿る脅威の身体能力について、世界のあり方を危うくするものと定義していた。この能力のことを世間に知られたら最後、たいへんな混乱を世に招きかねない、と危惧している。ゆえに、平素は普通人よりもやや優れている、という程度の運動能力をよそおうよう努めていたが、先日の一件では、それに失敗してしまった。
あの日、桜坂が出来町通に面している東郵便局に立ち寄ったのは、まったくの偶然だった。取引先との商談を終え、会社へと帰るその道すがら、そういえば郵便局に用があるんだった、と思い出し、その時点で最も近くにあった店舗を目指したにすぎない。取引先が市営地下鉄今池駅の周辺にあれば、最寄りの千種郵便局を利用していただろうし、先方がナゴヤドームの周辺に会合の場を設けていたならば、やはり最寄りの茅場郵便局を使っていただろう。
当時、酩酊状態にあったという運転手を乗せたホンダのアクティバンが、出来町通に突っ込んできたのは、用件をすませた桜坂が、郵便局の正面出入口から外に出た直後のことだった。目の前の道路を、一台の白い車が物凄い速さで走り抜けていったのだ。
思わず後ろ姿を追いかけてしまった目線は、不快感も露わな険しいものだった。一般に運転マナーが悪いとされる名古屋人とはいえ、いくらなんでもスピードの出し過ぎだ。いまは昼間で、交通量だってそれなりにある時間だというのに。走りの良さが自慢のホンダ車には似合わない、左右にぶれぶれの走行ラインも見ていて腹が立つ。それに、暴走車輌が通過した直後に鼻腔を刺激した、ほのかなアルコール臭。酒を飲んだ上で、運転しているのか!?
――せっかくのホンダ車も、ドライバーがアレじゃあなあ……クルマが可哀相だ。
もし、飲酒運転が日常的に行われていることだとすれば、あのクルマのドライバーは遠からず、たいへんな事故を起こすことになるだろう。憂鬱な溜め息をこぼし、桜坂は目線をアクティバンの尻から、その行き先へと向けた。頬の筋肉が痙攣し、引きつった。白い車の進路上にある横断歩道のど真ん中で、銀城学院中学のセーラー服を着た少女が両手を地面についた状態で蹲っていた。どうやら、暴走車輌の存在に気がつき、避けようとしたところで、転んでしまったらしい。
――いかんッ!
アクティバンのテールランプが点灯する気配はない。ステアリングを左右に切る素振りもない。酒に酔いながらハンドルを握る運転手は、おそらく、少女の存在を認識出来ていない!
桜坂がその事実に気がついた時点で、少女と、アクティバンとの距離はあと十メートルまで迫っていた。これに対し、彼の立つ位置からは直線距離でさえ八十メートル弱もあった。常人よりほんの少し秀でている程度の運動能力では、救出は不可能だ。このままでは、彼女が轢かれてしまう!
「ああっ、くそ!」
反射的に地面を蹴った桜坂は、直後、舌打ちした。
たった一歩を踏み出しただけなのに、視界の変転がめまぐるしい。それに全身を苛む、空気流の重い抵抗感。完全に、無意識の行動だった。気がつけば、肉体のポテンシャルを解放していた。八十メートル近い隔たりをコンマ二秒のうちに詰めると、少女を抱え上げ、咄嗟の判断でジャンプした。暴走車輌が、先ほどまで少女のいた場所を通過し、そのまま第二車線を左側に大きく逸脱。ガードレールにぶつかり、耳障りな悲鳴を上げながら走ること数十メートル、ようやく事態に気がついたか、ブレーキランプが点灯し始めた。それを見て、桜坂は安堵の溜め息をつく。しかし、すぐに表情を強張らせた。
――しまった。知られてしまった。
この場に、たまさか居合わせてしまった通行人程度であれば、いくらでも誤魔化しようがあった。
しかし、腕の中のこの少女については、どうしようもない。さて、どうやって口を塞ぐか。せっかく助けた小さな命、我が身の可愛さから害するなどしたくはないが。
結局、その場では良案が思いつかず、どうせこの先会うはずもない相手と簡単な口止めをして別れたが、嗚呼、なんたることか!
――まさかあのときの因果がこういった形で巡ってこようとは……!
ここで下手なことを口にすれば、彼女の口から、自分の秘密を明かされてしまうかもしれない。
「知り合いというほどではないのですが……」と、かろうじて呟いた後、返答に窮していると、腹部に、衝撃を感じた。両腕を広げた少女が飛び込み、抱きついてきたためだ。
「天使様!」
ほとんど跳躍と呼んで差し支えのない勢いだった。学校からの帰りだったのか、清楚なデザインのプリーツスカートの裾が翻るのも気にしない。反射的に抱き留めた桜坂の胸板に、頬をすり寄せてくる。
「お会いしたかったです、天使様!」
「……天使様?」
桜坂自身よりも、かたわらに立つ鬼頭の方が怪訝な顔をした。心なしか冷然とした眼差しを、親友の横顔に向ける。
「桜坂、お前……普段、熟女がどうとか、トイレ清掃のおばさんがしゃがんで作業をしているときのうなじにこの上ない萌えを感じるとか言っていながら、まさか、中学せ……JCを相手にそんな特殊なプレイを……!?」
「ちっげぇよ! 俺だって何が起きてんのかわかんねぇよ! あと、最近覚えた言葉だからって、そんな嬉々としてJC言うな!」
天才と評される彼らの頭脳をもってしても、事態の推移についていくことが出来なかった。この場にあっては、桐野美久という人間のことを誰よりもよく知っているはずの彼女の両親たちでさえ、茫然としている。
とにかく、場を落ち着けてやらねば。
桜坂は少女の肩にそっと手を置いた。ゆっくりと押し剥がすと、再会の喜びに涙ぐむ眼差しと目線がかち合う。
「え、ええと……」
「はい!」
「と、とりあえず、一旦、場所、変えようか?」
二人きりで話したいことがあるので、五分ほど時間が欲しい。
親友や社長夫妻からの胡乱な眼差しに、しくしく、と痛む胃をなだめすかしながら、桜坂は少女の手を取り、その場から離れた。
やって来たのは、エレベーターホールを抜けたところにある階段の踊り場だ。自分たち以外に耳目のないことを確認した桜坂は、げっそり、と溜め息をつくと、頭を抱えながら少女の顔を見下ろした。
「……色々、訊ねたいことはあるけれども」
「はい、天使様」
「その、天使様って、何よ?」
「天使様は、天使様ですよ」
強面の桜坂に睨まれながら、美久は可憐に微笑んだ。
「はじめてお会いしたとき、神様なんですか、って訊いたら、そうじゃない、って、おっしゃっていたじゃないですか?」
「……うん。そうだったね」
地面をほんのひと蹴りしただけで、四十メートルもの高さへと舞い上がってみせた。
時速七五キロメートルの速さで暴走する軽自動車よりも速く、地面を駆け抜けてみせた。
これら超常の身体能力を指して、過日、彼女は己のことを神様と呼び、その言を、自分は否定した。そのことはよく覚えている。
「なら、神様ご本人じゃなければ天使様かな、って。神様が、わたしたちのためにこの地上に遣わしてくれた天使様かな、って。そう思いまして」
「神様じゃないなら天使様って……短絡的すぎるぞ、きみ」
桜坂はまた重たそうな溜め息をついた。桐野社長の令嬢に、あまりきつい言葉は使いたくないが、そうと評さざるをえない。その理屈で言えば、自分とは別ベクトルで超人的な能力を持っている親友もまた、天使様、ということになってしまう。勿論、そんなことはないが。
「……桐野美久さん、で、よかったかな?」
「はい」
「いいかい、桐野さん。まずはっきりさせておくが、俺は神様じゃない」
「はい」
「そして、天使様でもないんだ」
あえて突き放すような口調で言ってやった。
自分の言葉に対し、少女は案の定、表情を暗くして、しかし、でも、と口にした。
「……それなら」
「うん?」
「それなら、あなたは何なのですか?」
「……むぅ」
返す言葉を、見失ってしまった。
神様でもないし、勿論、天使様でもない。しかし、普通の人間とは到底、胸を張れぬ。普通人を自称するには、自分の頭脳と肉体は逸脱しすぎている。
そうかといって、超人、と称するのも違うような気がする。
長い……、気が遠くなるほどに長い生物の歴史においては、まれに、現われることがある。歴史に名高き偉人や、その種の動植物では本来ありえないパフォーマンスを発揮する特異な個体。人は彼らを指して、天才や超人、突然変異種などと数多の形容詞を口にするが、己の存在は、そうした者たちとも決定的に異なっている。彼らの持つ形質や能力は、生まれ持って備わったものだ。もともとあった才能が、周りの環境や、本人の研鑽によって花開いた結果である。しかし、自分は違う。自分の持つ、この能力は、彼らが持つ偉大な形質とは、まったく違う。後天的に、それも、およそすべての生き物のあり方を侮辱するような手段でもって、得た能力だ。これを指して、天才である、超人である、などと自称することは憚られた。
――“そういう”意味では、天使と呼べるのか、俺は……。
その事実に思い至り、愕然としてしまう。
唇を真一文字に結んで唸り声に喉を鳴らすことたっぷり四秒、桜坂は、諦観の表情で肩を落とした。
「……まいったな。そうやって言われると、天使以外の適語が思いつかない」
「……やっぱり!」
美久は嬉しそうに手を叩いた。
「やっぱり、あなたは天使様なんですね!」
「違う! ……違うけど、もう、それでいいです、はい」
桜坂は悄然と呟くと、階段に腰を下ろした。他方、美久は立ったままで仁王の顔に熱い眼差しを注いだ。身長差が縮まったことで、二人の目線の高さは揃う。
「天使様」
「はい、なんざんしょ?」
「わたし、この再会はきっと運命だと思うんです」
少女の小さな手が、そっと、男の頬に添えられた。まるで寝台の上で睦言を囁くかのように、熱っぽい口調で言う。
「天使様が、人には内緒にしておきたいお力をお見せしてまで、わたしを救ってくれたこと。天使様の秘密を知るわたしが、こうしてまたお会い出来たこと。これには、きっと意味があると思うんです」
熱病にうなされているかのように炯々と輝く瞳を、じっと見つめ返した。ぷっくり、と愛らしい唇が、粛、と動く。
「ねえ、天使様。お願いがあるんですけど」
「……なんだい? 聞くだけは、聞いておこう」
「わたしを、天使様の従僕にしていただけませんか?」
現代日本にあっては聞く機会に乏しい単語が少女の口から飛び出したことで、桜坂は仰天した。大振りな双眸をいっぱいに見開いて、美久の顔を見る。
「わたしと、天使様との出会いは、きっと、そのためのものだと思うんです。炊事とか、洗濯とか、そういう日常の煩わしいお仕事を、天使様に代わってわたしがやる。そうやって、天使様がこの地上で思う存分はたらける環境作りのお手伝いをすることが、神様がわたしに与えた、役割だと思うんです」
「そ、そんなわけが……」
「いいえ! きっと、そうに決まっています」
美久はかぶりを振ると、きっぱり断言した。力強い語気に押し切られ、桜坂も思わず口を閉ざしてしまう。
「家事だけじゃありません。いまは子どもで、それぐらいしか出来ないわたしですけど、大人になったら、もっといろんなことで天使様のお役に立てると思うんです。だから、どうか、天使様」
わたしを、おそばに置いていただけませんか。
十三歳の少女が、口ずさんだ言葉に、桜坂は深々と溜め息をついた。この再会が本当に運命だというのなら、それを用意した神様とやらを、恨まずにはいられない。
「……好きにしてくれ」
きっと、この年頃にはつきものの、例の麻疹のような病気の類いだろう。
あと数ヶ月もしたら、自分のことも、こんな口約束のことも忘れてくれるさ。
そう思いながら、桜坂は苦い表情で頷いた。
◇
たった一グラムの質量でも、秒速一万四千キロメートルもの速さで射出されれば、荷電粒子砲の運動量は十四トンにも達する。
異形のISの左腕より発射された粒子ビームの一撃は、プロフィア・トラックのエンジンルームの内部メカニズムを破壊し尽くすと同時に、その車体を激しく揺さぶった。
ウィングコンテナの中に、パワードスーツを運用するための装置一式を積み込んだ改造プロフィアの車両重量は、およそ十六トン。車を構成する部品のうち、最も重いエンジンをコクピットの下部に置くという、重心がどっしり据わった構造と重なって、横殴りの衝撃にも、吹き飛んだり、転倒する、といった被害は免れられた。その代わり、粒子ビームに篭められた運動エネルギーは車両全体を揺さぶり、とりわけ、エンジンルームの直上に配されたコクピットに襲いかかった。
センターコンソールに増設された各種の計器で、謎のISの様子をモニターしていた桐野美久は、シートから臀部へ、骨盤から背骨へと疾走する突然の突き上げに、思わず苦悶の悲鳴を上げた。反射的にステアリングを握る手に力を篭め、倒れぬように、とその場で踏ん張ろうとするも、足元からの震動がその邪魔をする。直後には、荷電粒子砲に蹂躙されたエンジンルーム内で小爆発が発生。強烈な横揺れが美久の頸椎を襲った。がっくん、がっくん、と頭部が前後に揺れ、やがて、ハンドルに額を打ちつけてしまう。「うう……っ」と、くぐもった悲鳴を最後に、美久の意識は消沈した。シートベルトで留められたままの身体が、くたり、とハンドルに突っ伏し、動かなくなってしまう。クラクションが押し込まれ、ぷあーん、と大型トラックの悲鳴が試験場内にこだました。
その一部始終を観客席から見ていた桜坂は、はじめ茫然とし、しかし、すぐに顔の筋肉を禍々しく硬化させた。
異形のISを睨む双眸が、烈火の怒りから、爛々と光芒をたたえている。
試験場の様子を、身を乗り出してうかがうべく、最も手近なところにあった椅子の背もたれに手をかけていたが、ぶるぶる、と震える右手は、プラスチック製の背もたれをあっさりと握り砕いてしまった。飛び散った細かな破片が、掌の皮膚を引き裂く。ぐっ、と握った拳からは、細い筋のような血が滴っていた。
桜坂の背後では、見学にやって来た名古屋市消防局の面々が突然の事態に同様し、狼狽えていた。いまのは、ビーム攻撃じゃないか? ビームを発射出来るパワードスーツということは、やはりあれはISか! 攻撃してきたぞ!? いったい、何が目的なんだ? いやそれよりも、トラックの運転手は無事なのか!? ……ハイパーレスキューNAGOYAの隊員、田神忠昌の呟きが耳朶を撫でさすり、桜坂は、かたわらに立つ酒井仁を見た。
「酒井さん」
「室長、こ、これは……」
突然、試験場の天井を突き破って現われたISが、同僚の乗っている車輌に向けてビーム攻撃をしかけてきた。
チームの最年長で、経験豊富な酒井も、さすがに斯様な事態と遭遇したことはない。土気色の顔をした彼は、狼狽した口調で応じた。
「酒井さん、見学団の皆さんの、避難誘導をお願いします」
「……室長は、どうなさるおつもりで?」
「私は、桐野さんを助けに向かいます」
決然と言い放つや、一団に対し、背中を向けた。
酒井の口から迸った制止の言葉を無視して、ひな壇を、一息のうちに駆け下りていく。
酒井たちに対し、酷いことをしている、という自覚はあった。室長という、この場にいる全員の身の安全について責任を負わねばならない立場にありながら、通信指令室に向かうならばまだしも、特定の同僚のことを優先して、現場を放棄しようというのだから。見捨てられた、と思われても無理からぬことだ。背中に突き刺さる声が険しく、そして厳しいのも当然のことだろう。
しかし、
――あのISは、明らかにプロフィアのコクピットを狙っていた!
相手の目的は、依然として分からないが。殺人や、この施設の破壊を目論んでの襲来であれば、プロフィア以外にも、狙うべき標的はたくさんあった。すぐそばで茫然と突っ立っていた二着のパワードスーツや、観客席の自分たちに襲いかかってもよかったはずだ。だが、あのISは粒子ビーム砲の筒先を真っ先にプロフィアのコクピットへと向けた。幸い、異変に気づいたトムが飛びかかってくれたおかげで、その射線はすぐ真下のエンジンルームへと逸らされたが。あれは、間違いなく、プロフィアの運転席に座る美久のことを狙っていた。
――やつの狙いが桐野さんにあるのだとすれば、再度の攻撃の危険がある!
それでなくても、粒子ビームにエンジンルームを撃ち抜かれた状態のプロフィアだ。いつ、爆発・炎上してもおかしくない。
一刻も早く、無事を確認しなければ。そして、その身をコクピットから引きずり出さねば。
焦燥感と、なにより、自分のよく知る人物の命が、目の前で失われてしまうかもしれない恐怖心に突き動かされて、桜坂はひな壇のいちばん下まで到達した。疾走の勢いそのままに、安全柵を跳び越える。四メートルの高さから、軽やかに着地。三〇〇キログラムの衝撃が、両足に襲いかかる。普通の人間であれば、その場で前転をしたり、膝のサスペンションを駆使するなどして衝撃時間を長引かせ、ダメージを少しでも減らそうとするところだろうが、この男は、即座に立ち上がって、プロフィアへと走り出した。
インフィニット・ストラトス二次創作
「この小さな世界で愛を語ろう」
Chapter23「怒れる天使」
異形のISの右腕から発射された荷電粒子砲がプロフィアのエンジンルームに炸裂したとき、まさにその腕に飛びついていたトムは、背筋の凍る思いから絶句した。
もし、自分が飛びかかるのが半秒遅かったなら。もし、自分がXI-01を着ておらず、生身のままであったなら。粒子ビームの奔流は、当初の目論見通り、プロフィアのコクピットを焼き尽くしていただろう。当然、運転席に座る美久も、たいへんなことになっていたに違いない。
よかった……。本当によかった……。しかし、彼に安堵の溜め息をつく猶予は許されなかった。
異形のISが、プロフィアのコクピットを狙って、また動き出した。
八〇〇キログラムものパワーを誇るXI-01に引っ掴まれたままの右腕を、ぐぐぐ、
と強引に動かして、照準を、今一度プロフィアのコクピットに定める。トムはXI-01の全体重、全膂力を篭めて、必死に押さえ込もうとしたが、不意打が成功した先ほどと違い、ロボットアームはびくともしなかった。
「ぐっ……このっ!」
それならば、とトムは自らの危険を承知で、右腕に抱きついたままの姿勢で蹴りを放った。右足の甲の部分で、異形のISの左脛を狙う。
XI-01はアローズ製作所がパワードスーツ開発に必要な基礎技術を習得するために設計された強化服だ。殴る蹴る、投げたり、受け身を取ったり、といった格闘戦を想定した造りをしていない。ほとんどすり足同然のローキックでさえ、軸足をよほど安定させた上でなければ、簡単にバランスを崩し、転倒してしまうことになるだろう。XI-01は、スーツだけでも重量が一五〇キログラムもある。装着者自身を含めた全備重量は、二〇〇キログラムを軽く超える。それだけの重量が転べば、大きな事故となりかねない。
いま、トムや謎のISが立っている場所は、実際の災害現場を意識して作った、瓦礫の丘の頂上付近だ。案の定、軸足とした左脚は、接地圧の急激な上昇から沈み込み、XI-01の巨体が斜めに傾く。相手の右腕を掴む両腕からは力が抜け、向こう脛を狙って放ったはずの蹴りも、空振りに終わってしまった。XI-01は完全にバランス感覚を喪失し、背中から瓦礫の地面へとダイヴした。
トムにとっても、そしておそらくは、謎のISにとっても予想外の事態が起こった。
二〇〇キログラム超の巨体が転んだ衝撃で、瓦礫の丘に激震が走った。異形のISの立つ足場が崩れ、伴って、照準が乱れる。咄嗟に腰を落とし、踏ん張った。荷電粒子砲の再チャージが、ほんの一瞬だけ、遅れた。
そして、その一瞬のうちに、XI-02を着込んだ土居昭は、謎のISへと接近した。
瓦礫の道を猛スピードで駆け抜けるや、正面から、最強兵器ISに向かって躍りかかる!
「お前っ、ここをどこだと思っていやがる!」
右腕を引き、拳と固め、脇を締めた。
地面を蹴って跳躍。
前進運動の勢いさえも上乗せし、回転させながら、中腰の姿勢をとる相手の顔面めがけて拳を突き出した。
「なっ!?」
驚愕の悲鳴が、土居の口から、そして仰向けに倒れるトムの口から迸った。
センサー・レンズの配置が昆虫を思わせる異形の面覆いまで、あと五センチメートル。
渾身の力を篭めて繰り出した右ストレートが、見えない壁に阻まれ、止まっていた。
XI-02の温感センサーが、右拳表面の、急激な温度上昇を補足する。
「熱を持った、見えない壁!」
「シールドバリアーか!?」
ISを、最強兵器たらしめる要素の一つ。戦車砲の直撃をもブロックする、強力なエネルギーバリアー。土居は舌打ちし、拳を引き戻す。着地し、どっしりと腰を据えた上で、今度は左右の拳による連続ラッシュ。どこか防御の薄い部分はないか、と狙いを一点に絞らず、様々に打ち込むも、そのことごとくが、見えない壁に弾かれてしまった。
鬱陶しい、とばかりに、異形のISが、右腕を振りかぶった。右斜め上から、打ち下ろし気味に、XI-02の頭蓋へと叩き込む。土居は咄嗟に両腕をクロスし、ガードした。十文字受けごと、物凄い速さで吹っ飛ばされる。
――……ッ! 嘘だろ!?
ヘッド・マウント・ディスプレイに表示された速度計の数字を見て、土居は、ぎょっ、とした。
秒速七十メートル・オーバー。XI-01に比べれば軽量な02スーツだが、それでも、装着者込みのシステム総重量は一六〇キログラムはある。この質量を、斯様な速度で射出するほどの一撃……あの巨腕は、最低でも十一トンの威力があるということか!? いやそれより、こんな速さで地面に叩きつけられたら……!
「ぐっ、があああっ!」
XI-02は、突風に吹き飛ばされる枯れ葉のごとく、地面を、ごろごろ、と転がった。接地の度に、十トン超の衝撃が、装着者の土居の身を襲う。すかさず、衝撃吸収装置が作動するも、それでも殺しきれない強烈な痛みから、彼は苦悶の悲鳴を上げた。
「土居く……ッ!?」
異形のISの腕が、今度は後輩の身を案じるトムに炸裂した。全長二メートルになんなんとする豪腕が、地面すれすれで弧を描き、仰向けに倒れている彼の身を打ち上げた。鋭いアッパーカット。二〇〇キログラム超の巨体が、試験場の天井へと激突! そして、二十メートルの高さから、落下した。XI-01にも衝撃吸収装置は搭載されているが、その性能は02スーツに劣る。土居のものとは比較にならない、凄絶な絶叫が、ドーム内に鳴り響いた。
――トム先輩ッ! くそッ!
スタジアムの壁に激突し、ようやく横転の止まった土居が、よろよろ、と立ち上がった。XI-01の落下地点へと目線をやり、歯噛みする。ヘッド・マウント・ディスプレイに表示される、アラート・サイン。XI-01の装着者の生体反応が、急速に、消沈していく……。
フルフェイスの仮面の下、烈火の怒りに瞳を燃やす土居は、モニタールームへと通信をつなげた。
「滑川さん! エネルギー・ブラストの使用許可を!」
このままでは、プロフィアの美久も、自分たちも全滅だ。起死回生の手があるとしたら、いまはこの場にいない設計主任が、非常時の備えにと用意した、ガラス・レーザーしかない。
『土居君、分かった。エネルギー・ブラスト・システムの安全装置を解除する』
通信室でも、事態の緊急性を認識していたか、使用に際しては慎重に慎重を重ねる必要のある装備だが、使用の許可はあっさりと降りた。ヘッド・マウント・ディスプレイに、レーザー発振器のパフォーマンス・ゲージが表示される。
「エネルギー・ブラスト、アクティブ! 出力は百パーセント!」
最強兵器ISに、出し惜しみや、様子見をしていられる余裕はない。土居はエネルギー・ブラスト・システムを、最大出力で叩き起こした。右の掌に穿たれたビーム発射口から、強烈な光芒があふれ出す。
土居の視界の端で、異形のISが、右腕をプロフィアに向けた。やはり、やつの狙いはコクピットの美久か。いったい、なぜ……?!
――って、いまはそんなことを気にしている場合じゃないよな!
ヘッド・マウント・ディスプレイに、パワーアシスト機能のコンディションを表示した。一瞥した限り、問題なし。やはり、XI-02は優秀なスーツだ。十一トン超の殴打は痛かったし、超々ジュラルミン装甲のダメージも酷いが、災害用パワードスーツとしてのシステムに、異常はまったく見られない。
「ブラスト、モード・ストレート!」
土居は敵に向かって走り出した。
XI-02に搭載されているガラス・レーザー発振器は、最大で二メガワットの出力を誇るが、この威力でさえ、ISのシールドバリアーに通用するかは未知数だ。威力の減衰を少しでも抑えるため、相手に近づく必要があった。
XI-02の大腿部に内蔵された人工筋肉が、激しく躍動した。あっという間に最高速、時速一〇四キロメートルに到達。異形のISとの隔たりを、十メートルの距離まで一気に詰める。
異形のISが、XI-02の動きに反応した。荷電粒子砲のチャージを中断し、向かってくる災害用パワードスーツのプロトタイプと正対する。また殴りかかってくるつもりだろう。さっきと同じように、返り討ちにしてやる。振りかぶった右腕が、無言のうちにそう語っていた。
五メートルの間合いで、XI-02が足を止めた。予想外の行動に戸惑ったか、異形のISの動きが一瞬、遅速する。
土居は照準が乱れぬようにと、真っ直ぐ突き出した右腕を、左手で支え持った。掌を、乳房の高さへと向ける。
異形のISのハイパーセンサーが、XI-02の掌に穿たれた小さな穴の奥で、急激な熱量の発生の気配を捉えた。不味い、と思ったか、胴体各所に設けられた姿勢制御用の小型スラスターが一斉に火を噴いた。
「ブラスト!」
直径五ミリメートルの穴の奥に仕込まれた、レーザー発振器が身を震わせた。黄色い光線が、左に避けようとするISの左腕に命中! 推進剤に引火したか、小型スラスターの一つが、小爆発を起こした。
『おおッ! バリアーを突破したぞ!』
通信室の滑川が歓声を上げた。
土居も、よし、と仮面の下でほくそ笑んだ。
立ち止まった敵ISが、茫然とした様子で自身の破損箇所を眺める。しかしすぐに、きっ、とこちらを睨んできた。睨んだように、思えた。
「……そうだ」
土居は、最強のパワードスーツを相手に、臆せず言い放った。
「そんな動かない的なんてやめてよ、俺と遊ぼうぜ、お嬢さん」
ISのシールドバリアーを突破するほどの兵器を積んでいるのか。だとすれば、お前は油断のならない相手だ。あのトラックに乗っている女よりも先に、お前を、潰す。
敵ISの背中で、小型スラスターが炎の尾を噴出した。
XI-02に猛然と接近するや、恐るべき巨大ロボットアームを振りかぶる。
豪腕が、上から下へ、相手を押し潰すよう放たれた。
◇
助手席のある左側からプロフィアのもとに辿り着いた桜坂は、早速、乗降用のステップに右足を引っかけると、ドアのウィンドーに張りついた。風防越しに中の様子をうかがい、ステアリングにもたれかかっている美久の胸が上下していることを確認する。よかった。生きている。だが、危険な状態には違いない。彼はドアノブに手をかけた。硬い手応え。鍵がかかっている。
それならば、と桜坂は右手で拳を作った。ウィンドーに向けて、ハンマーのように振り下ろす。
風防ガラスは一撃のもとに粉砕された。強烈な一撃により、粉微塵に砕け散ったガラス片が助手席側のシートに散らばる。穿たれた穴に腕を突っ込み、解錠ボタンを探した。指先に伝わる感触から、これだ、と睨み、操作する。カシャッ、というお馴染みの音。もう一度ドアノブを引くと、重い扉が開かれた。
「桐野さん!」
声をかけながら、車内に足を踏み入れた。ハンドルに突っ伏する上体をそっと起こしてやると、クラクションの悲鳴が止まった。全身を、素早くチェック。ほっとした。額に腫れがある以外は、目立った外傷はなさそうだ。
ふと目線を運転席側の窓の向こうにやると、異形のISに、XI-02が殴りかかる姿が見えた。
敵ISの動作から、直前までまたプロフィアに荷電粒子砲の照準を合わせていたのだろう。
――やはり、ここに長く留まっているのは危険だ。
桜坂は美久の身体を保持するシートベルトのロックを解除した。ベルトの拘束を引き剥がすと、右腕を背中に、左腕を両の膝の裏へと回して、そっと持ち上げる。狭い空間の中、四苦八苦しながら助手席側へと連れ込み、開けっ放しのままにしておいたドアから外へと飛び出した。いつぞやのときと同様、彼女を抱えた状態で着地する。
桜坂は美久を抱いたまま、いつ爆発するとも知れぬプロフィアから離れ、入場ゲートへと急いだ。
このあたりならばよいだろう、と美久の身体を下ろし、仰向けに寝かせてやる。上体を起こし、その肩を優しく揺さぶった。
「桐野さん……桐野さん、しっかり!」
「……ぁ……ぅ……」
何度目かの呼びかけと、揺さぶり。やがて小さな呻き声が、その唇からこぼれた。睫毛が震え、閉じられていた瞼がゆっくりと開く。黒い宝石のような瞳が、仁王の顔を映し出した。
「ぁ……天使、様……」
「桐野さん! ……よかった、気がついてくれたか」
男の唇から、安堵の熱い溜め息がこぼれた。
美久は桜坂の腕の中で、小さくかぶりを振った。自分のいまいる場所が、プロフィアのコクピットでないことを認めて、訊ねる。
「わたし、どうして……?」
「分からない。突然、あのISがきみの乗っているプロフィアを攻撃してきたんだ」
桜坂は異形のISを顎でしゃくった。右腕を突き出したXI-02の掌から、一条の光線が放たれ、敵ISの左腕に命中。小さな爆発が、遠目にもはっきりと確認出来た。
ISの姿を見て、ようやく意識を失う直前までの記憶を思い出したか、美久は怯えた表情で身震いした。涙に濡れた眼差しが、桜坂の顔を見る。
「……室長が、助けてくれたんですね」
「ああ」
「……ごめんなさい」
「……何を謝る?」
突如として飛び出した謝罪の言葉が、どんな気持ちに由来するものなのか理解出来ず、桜坂は、こんな危機的状況にも拘わらず、戸惑った声を発した。
「室長に、またご迷惑をおかけしてしまいました」
「そんなこと……」
「わたしは、天使様の従者なのに! あなたの、お役に立たなきゃいけないのに……! それなのに、また……、こうやって、あなたの足を、引っ張って……!」
涙ながらに口にされた言の葉に、愕然としてしまった。
彼女は、何を言っているのだ。
そんな、
そんな、十年以上も昔に交わした口約束を、いまだに、そんな……!
ぞくり、と背筋が震えた。
自分のことをこうも想ってくれている、彼女の狂気に。怯えずにはいられなかった。
「室長!」
入場ゲートの奥から、聞き慣れた声が響いてきた。
はっ、として顔を上げると、見学団の避難を任せたはずの酒井がこちらに向かって駆け寄ってくる。
「酒井さん! なぜ!? 消防局の皆さんは……!」
背後へと目線をやれば、酒井は見学団一同を引き連れていた。避難誘導はどうしたのか。なぜ、自分の命令を聞いてくれなかったのか。
「我々が、ここに連れてくるよう、酒井さんにお願いしたのです」
柳眉を逆立てた桜坂が何か言うよりも早く、酒井の前に歩み出た青山邦彦が口を開いた。
「我々は消防隊員です。人の命を救うことが仕事で、そのための訓練を受けています。そちらの桐野さんや……」
青山は十五メートルの高さから落下して動けないでいるXI-01を見た。
「あちらの田中さんに、出来ることがあるのではないかと」
「それは、ありがたい申し出ですが、しかし……!」
「室長」
桜坂の言葉を、酒井が遮った。
美久の上体を抱く彼に合わせて、自らも膝を折り、目線の高さを揃える。
「桐野さんを、彼らに渡してください。青山さんたちは救急・救命・救助の専門家です。彼女のことを任せるのなら、室長よりも、ずっと適役でしょう」
「……いや」
桜坂は、小さくかぶりを振った。
自分のことを天使と呼ぶ彼女の身を、たとえそうであったとしても、余人には任せたくないと思った。
「いいや! 彼女は、俺が、病院へ……!」
「冷静になれ、桜坂くん!」
怒声一喝。なおも反論しようとする桜坂の胸ぐらを掴み、ぐいっ、と顔を引き寄せた酒井が言い放った。
「あのMITをナンバー2の成績で卒業したきみの頭脳ならば、当然、分かっているはずだ! いま、自分が何をするべきなのか!」
「さ、酒井さん……」
「いま、きみがするべきことは、桐野さんを病院に連れて行くことなんかじゃない! パワードスーツ開発室の室長として、見学団の避難誘導や、通信室に行って指示を出すことでもない!」
酒井はそこで言葉を区切ると、一転してひっそりとした口調で、耳元で囁いた。
「……超人として、あのISに立ち向かうことのはずだ」
「なッ!?」
思わず、目を剥いた。反射的に腕を払いのけ、茫然とした眼差しで、彼の顔を見る。
「酒井さん、あ、あなたは……」
「私だけではありません。開発室の者はみな、とっくに、あなたが、普通の人間ではないことに気づいていました。……桐野社長や、先代の社長もです。それ以外にも、結構な数の社員が、あなたが普段隠している力の存在に、気がついています」
「そんな……」
衝撃的な告白に、返す言葉を見失う。酒井は構わずに続けた。
「みんな、理解していました。あなたがその事実を知られたくないと考えていること。自分の本来の能力を、普段は隠そうとしていること。そういったことにも、気がついていました。気がついていたからこそ、みんな、そのことをあなたには伝えないできました」
「ですが」と、酒井は口調を改めた。XI-02と戦う異形のISを睨みながら、切々と、訴えかける。
「それを承知の上で……、いまこの場に、名古屋市消防局からの皆さんの耳目があることを承知の上で! あえてお願いします。戦ってください、室長」
「酒井さん……」
「相手は最強兵器です。XI-02は素晴らしい性能を持ったパワードスーツですが、本格的な戦闘を想定した造りをしていません。XI-02では、あいつを倒すことは出来ない!
ですが、あなたならそれが可能なはずだ。超人である、あなたなら……!」
不意に、古い記憶がよみがえった。
天使様。
当時十三歳の少女が嬉しそうに口にした言葉。
悲しみや、苦しみに満ち満ちたこの地上世界から、それらを少しでも取り除くために、神様が遣わした使徒である、と、彼女は自分をかつてそう定義した。
「お願いします、桜坂室長。戦って、そして勝ってください」
桜坂は無言で酒井の顔、腕の中の美久の顔、そして、XI-02と戦うISの、不気味な面魂を見回した。
己は、勿論、美久の言う、天使ではない。
たしかに、考えようによっては神様と呼べるかもしれない存在から、この呪われた力を与えられた。そういう意味では、天使と呼べるかもしれないが、彼女が夢想するような、五徳を尊び、博愛精神にあふれる存在ではない。
しかし、
――俺が戦うことで、彼らの痛みや、苦しみを、遠ざけることが出来るのであれば……。
いま、この場に限っては、彼女の望む、天使然と振る舞っても、いいかもしれない。
桜坂は、束の間、瞑目した。
次に瞼を開けたとき、そこには、まさしく金剛力士そのものの、闘争心荒ぶる顔があった。
普段、彼の強面を見慣れているはずの酒井でさえ、思わず息を呑んでしまう。人間とは、これほどの怒りを顔に表せるのか、そう思わずにはいられない顔だった。
桜坂は美久の身体をそっと地面に横たえた。片膝を立て、ゆっくりと立ち上がる。スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずした。次いで白いワイシャツの第一ボタンをはずすと、首回りの筋肉の凝りをほぐすように、二、三度かぶりを振る。
「酒井さん」
「はい」
「桐野さんのことを、お願いします」
「はい」
自分のことを、新入社員の時代からよく知っている年上の部下に後を託して、桜坂は、また、彼らに背中を向けた。
猛然と走り出した彼を見て、青山たちの口から悲鳴が上がる。
「桜坂さん!? ま、待ってください!」
「青山課長」
慌てて追いかけようとする彼らを、酒井が両腕を広げて制した。
「申し訳ありませんが、少しの間、この場でお待ちください」
「何を言っているのですか!? 早く、桜坂さんを止めないと!」
「……いまから、皆さんにお見せするのは……」
酒井は信じられない速さで異形のISとの隔たりを詰める桜坂の背中を示して言った。
「我々パワードスーツ開発室の……いえ、アローズ製作所の、最大の秘密です。どうか、他言無用でお願いします」
「……いったい、何を?」
「スーパーマンですよ」
酒井は、実直な性格の彼にしては珍しく、諧謔めいた口調で呟いた。
「スーパーマンの、出番です」
◇
XI-02の右腕に搭載されたエネルギー・ブラスト・システムは、ISのシールドバリアーにも有効打を叩き込める、極めて強力な武装ではあるが、その一つをもって、敵ISとの圧倒的性能差をゼロに出来るほどの装備でもなかった。
たとえば、ISはPICや各種のスラスターを駆使することによって、高高度では超音速飛行が、地上であっても、時速数百キロメートルでの機動を可能としている。他方、XI-02には、これほどの速さで動き回る相手に対し、攻撃を当てるためのシステムが組み込まれていない。
災害救助用パワードスーツにとって、武装は、あくまでも非常時の備えでしかない。ガラス・レーザーを効率よく運用するための管制装置……FCS(Fire Control System)の類いは、当然、非搭載だ。最初の一発目が命中したのは、敵にとっては未知の兵装であり、結果として、不意打ちの効果を得られたことに起因する、奇跡のような出来事だった。
そして、奇跡は二度も三度も、立て続けに起こるものではない。
標的をXI-02に改めた敵ISが、土居に対して採った戦法は、とにかく動き回ることだった。
全身に配置された姿勢制御スラスターとPICを駆使することで、XI-02のセンサーでは対処困難な速度に到達。土居が、ヘッド・マウント・ディスプレイに表示された敵の映像を見て狙いを定め、ガラス・レーザーを発射したときにはもう、背後に回り込んでいるなど、翻弄しながら接近し、これを叩くということを繰り返した。
殴られる度、土居はそちらを振り向き、反撃のレーザーを撃ったが、そのときにはもう、相手は射程外へと逃れている。そんな、出来の悪いコメディ・ショーのようなことを四度、五度と繰り返しているうち、ダメージの蓄積が、XI-02から俊敏な動作を急速に奪っていった。
超々ジュラルミン製の堅牢な装甲も、防弾・防刃性に優れるケブラー製のインナースーツも、ISのパワーが相手では、長くはもたなかった。殴打の衝撃が装甲を突き破るようになると、最初に衝撃吸収装置が白旗を掲げた。次いでパワーアシスト機構が、通信機が、次々に機能を停止させていく。
パワーアシスト機構の停止により、高性能パワードスーツはただの重たい鎧となった。
九二キログラムが、元器械体操の選手、土居の身体を押し潰そうとする。
背後から、敵ISの襲撃。丸太のように太い腕による、ウェスタン・ラリアットが、首の後ろに炸裂した。頭と、胴体とが引き千切られるような痛み。絶叫とともに、土居の身体が吹っ飛んだ。もんどり打って地面を転がり、何かにぶつかり、止まった。先ほど、見学団へのパフォーマンスに使用したプロボックスだ。バンパーに手をかけ、車を支えに、よろよろ、と立ち上がる。ただ立とうとするだけの動作なのに、鎧の重みがありとあらゆる関節を苛んだ。
異形のISが、両膝が震えている土居の前に降り立った。相手の性能低下は著しい。もはや、スピードで翻弄する必要はない、と踏んだか。
――この野郎!
渾身の力を振り絞り、右腕を、前に伸ばした。「ブラスト!」と、音声入力式トリガーを引き絞る。しかし、何も起こらなかった。何度目かの殴打の際、咄嗟に右腕を盾に頭部をかばったときに、エネルギー・ブラスト・システムをやられてしまったのだ。
それならば、と拳を握り、殴りかかる。
よろよろ、とした、鈍い動き。
当然、シールドバリアーに阻まれ、攻撃は届かない。
それでも、と万に一つの可能性を信じて、押しつけ続けていると、異形のISが、その手首を掴んだ。一六〇キログラム超の身体を、まるで玩具の人形を扱うかのように上へと引き上げ、空中で振り回す。
「おお、おおおおお……があッ」
プロボックスのボンネットに叩きつけた。衝撃と重みでボディが凹み、エンジンルームが崩れる。陥没に腰を飲まれ、XI-02は身動きが取れなくなってしまった。
「うぅ……っ!?」
苦悶の呻きを発した後、息を呑んだ。
顔に、右手の掌を押しつけられていた。荷電粒子砲の砲口からは、淡い光が漏れ出ている。
開いた指の向こうで、不気味な能面が、これで終わりだ、と無言のうちに語ってきた。
頬に押しつけられた死の恐怖に、背筋が震えた。
「……へへっ」
それなのに、自然と、苦笑がこみ上げてきた。
“死”という存在を、こんなにも間近に感じるのに、そうなる未来が、まるで見えてこなかった。
「一分だ」
傷つき、痛めつけられ、疲弊しきった声が、唇をついて出た。
まだ喋る余力があったのか、と、ISの指先が僅かに動揺する。
「一分、もたせてやったぞ。へへへっ。……これで、お前は終わりだよ」
まるでアニメ映画の世界から飛び出してきたかのようなデザインの仮面の下、相手からは見えぬと承知の上で、土居は、にやりと笑ってみせた。
「俺たちのボスは、ガキ大将気質だからよぉ。部下が、目の前で痛めつけられている光景なんて目にしたら、必ず、立ち上がってくれる。一分もあれば、準備を終えて、必ず、駆けつけてくれる!」
異形のISに備わるハイパーセンサーが、背後からの、強襲の気配を捉えた。
三十メートル後方で、地面を蹴る音。
振り返り、音のした方に向けて右腕を突き出した瞬間、目の前に、鉄拳が迫っていた。
「うちのボスは、最強なんだ。お前は、終わりだよ」
シールドバリアーを、突破された。
顔面を殴られ、そのエネルギーが、五体を吹き飛ばした。
姿勢制御スラスターを噴かす暇もない。
PICで、慣性力を相殺する間もない。
音速を凌駕する速さで吹き飛ばされ、気がつけば、スタジアムの壁に激突していた。
凄まじい運動量の衝突に、分厚いコンクリートの壁に亀裂が走り、ひび割れ、崩落する。あまりの衝撃に、スタジアム全体が動揺した。コンクリート片と一緒に、ISの身体も地面へと落下する。
もうもう、と土煙が上がった。
姿勢制御スラスターを噴かして、機敏に立ち上がる。
いったい何が起こったのか、と、プロボックスが駐車している方へと視線をやった。
仁王のごとき面魂をした、六尺豊かな大男が立っていた。プロボックスの沈んだボンネットから、一六〇キログラム超のXI-02を救出している。
「待たせたな」
「来てくれる、って、信じていましたよ、室長」
男は、XI-02のアルミ合金製の仮面に完爾と微笑みかけた。肩を支えながら立ち上がらせると、その姿が消えた。
「!!!??」
慌てて、異形のISは頭部を振り回した。ハイパーセンサーの機能を総動員して、彼らの姿を探す。
いた。入場ゲートのすぐそばに、何人もの男たちが集まっている。仁王の顔の男は、XI-02を彼らに任せると、ゆっくりとした所作で、こちらを振り返った。地面を蹴る。姿が、また消えた。直後、顎先に衝撃! 下方より、鋭いアッパーカットが炸裂! 頭と、胴体が、力尽くで引き千切られた。
異形のISの頭部が、くるくる、と宙を舞う。
天井にぶつかり、天井を支える支柱と、支柱の間で何度かバウンドし、男の背後に落着した。
「……思った通りだ」
仁王の顔の大男……桜坂の唇から、呆れた声が漏れた。
頭部を失ったISが、スラスターを噴かせながら、彼に向かって体当たり!
左に跳び、難なく避けると、桜坂はその背中に向けて呟いた。
「なんでわざわざ全身を装甲で覆っているかと思えば……無人機であることを、悟られないためだったか」
頭部を失い、異形っぷりにますます磨きをかけたISが振り向いた。右腕を前に突き出し、粒子加速器がスパーク! 荷電粒子砲が、生身の人間向けて発射された。
桜坂は、動かなかった。
いや、動けなかった。
さしもの超人も、秒速一万四千キロメートルもの速さで射出された荷電粒子の奔流を避けることは出来なかった。
出来なかった、が――、
「……温い」
荷電粒子砲は、桜坂の胸板へと叩き込まれた。
微動だに、しなかった。
十四トンの運動量も、九八ギガジュールの熱量も、彼の生命活動に終止符を打つにはいたらなかった。
白いワイシャツが、燃える。
あっという間に燃え尽きて、男の上半身が露わとなる。
ロダン彫刻のような肉体だった。
勿論、脂肪が沈着して太った筋肉ではない。鍛え上げられた無数の筋肉の糸が束になって出来た、屈強なる肉体美だ。特に、肩と腕の付け根の筋肉の発達が著しい。
荷電粒子砲の直撃を受けながら、平然とこちらを睨む男の姿に恐れを抱いたか、異形のISがたじろいだ。
「ぬるま湯のように、心地よい!」
右肩の筋肉が隆起した。男が、拳を握ったのだ。
彼の姿が、視界から消えた。これで三度目だ。今度の衝撃は、腹部。コンマ・ゼロ数秒のうちに間合いを詰めた桜坂は、腰を沈め、脇を締め、まるで武術の教科書にでも載っていそうな、お手本のような逆突きを、相手の胴体にお見舞いしていた。シールドバリアーを貫通し、装甲を突き破り、中のメカニズムをズタズタに破壊し、反対側の装甲さえも突き抜ける。腕を引き抜くと、女の下腹部に、大穴が穿たれていた。
左脚を軸に、右足を、体をひねりながら、腰の高さで鞭のように振るった。
回し蹴りが機械仕掛けの女の腰を砕き、その身をまた吹き飛ば――、
「……いちいち追いかけるのは、面倒だ」
――さない。蹴りと放つと同時に地面を滑るように動き、先回りした桜坂の左右の拳が、連続して女の右肩を襲撃した。血煙のように、火花が散る。打撃の衝撃で千切れた右腕が、プロボックスのボンネットの凹みへと吸い込まれた。落下の衝撃がガソリンを怒らせたらしく、爆発とともに、炎に飲み込まれる。
「社用車二台に、開発中のスーツ二着。そしてなにより、俺の可愛い部下を、三人! ……傷つけられた!」
右腕を失った相手にも、桜坂は容赦しなかった。
頭上で両手を結び、拳のハンマーを首の位置に、連続で叩き込む。
一撃、打ち込むその度に、彼女の身体が悲鳴に悶えた。
「そう簡単には終わらせねえぞ! たっぷり、痛めつけてから、スクラップにしてやる!」
女が、長大なる左腕を振るった。
首を狙ったフックの一撃を、桜坂は手刀と変えた右手で弾き飛ばした。
そちらに気をとられたその一瞬の隙を、敵ISは衝いた。
胴体前面のスラスターをすべて、一斉に噴かすことで、離脱を図る。
炎の奔流が桜坂を襲い、その視界を真っ赤に染め上げた。
「わっ、ぷっ」
全精力を振り絞っての後退だった。
思わず噴射炎を飲み込んでしまい、怯んでいるうちに、二十メートルのアドバンテージを得た。左腕を前に突き出し、粒子加速器にエネルギーをチャージ。マックス・パワーの一発でもって、起死回生を目論んだ。
桜坂が炎に顔をしかめた時間は短かった。
手団扇を振るって火の粉を吹き飛ばした彼は、左腕を構える敵の姿を認めて、好戦的に笑ってみせた。
「いままでより強力な一撃を撃ち込むつもりか。……いいぜ? 待ってやるよ」
桜坂は、両腕を広げてみせた。ここに撃ち込んでこい、と芝居かかった所作で、心臓の糸を示す。
時が、じりじり、と流れた。
やがて、本社ビルの方でも試験場の異変に気づいたか、緊急事態を告げる、火災報知器の音が超人の耳膜を叩いた。
異形のISの左手が、流れるように動いた。
桜坂ではなく、入場ゲート付近の一団のもとへと、荷電粒子砲の砲口を向けた。
「……そう来るだろうと、」
銃口を向けた先に、桜坂がいた。
いったい、いつの間に移動したのか。
ISのハイパーセンサーをもってしても、その動きを捉えられなかった
「思っていたぜ!」
構わず、荷電粒子砲を撃った。
異形のIS……ゴーレムⅠの発揮しうる、最大の火力。
十グラムもの陽子を、光速の十パーセント……秒速三万キロメートルもの速さで、射出する!
先ほどと同様、胸板で受け止めた。
力の強さは、先ほど喰らった荷電粒子砲の二十倍。エネルギーの総量にいたっては、およそ四六倍の威力。それを、
それを――、
男は、平然と受け止めていた。
ダメージは、見られない。
攻撃を受け止めている部分の皮膚が、僅かに、赤く変色しているぐらいだ。
「……こんなものかよ、最強兵器」
思わず、溜め息がこぼれた。
荷電粒子砲の照射を受け止めたまま、一歩、二歩と、くろがねの女を目指し、前進する。
応じて、異形のISも、一歩、二歩と後ずさった。
七歩、八歩……十三歩目で、壁にぶつかる。逃げ場がないことを、悟る。
恐慌状態に陥ったか、敵ISは荷電粒子砲の照射をやめ、一転して前へと躍り出た。
左腕を振り回しながら、空中から桜坂に襲いかかる。
桜坂の鉄拳が、一条の光へと変じた。
襲いくる巨大な拳を、拳をもって迎撃した。
拳骨と、拳骨とが正面からぶつかり合う。
片方が、砕けた。
破損箇所から亀裂が走り、女の左腕を、肩の付け根の部分まで、完全に破壊した。
両腕を失った女に、桜坂は飛びかかった。
鉄拳が、今度は乳房を打った。
音の速さを置き去りにしながら繰り出された、脅威の左ジャブ。
次いで、右ストレート。その繰り返し。
一瞬、遅れて生じた衝撃波が、スタジアム内の空気をかき乱す。
ボディを打つ度、女の体表で、オレンジ色の光芒が輝いた。
やがて、女の体が、くたり、と地面に突っ伏し、そのまま動かなくなった。
最強兵器ISが、生身の男に敗北した瞬間だった。
Chapter23「怒れる天使」了
同じ頃。
IS学園、第二アリーナ。
渾身の力で振るった一太刀のもと、胴を斬割され、その場に倒れ伏し、動かなくなった謎のISの骸を、鬼頭は油断のない眼差しで見つめていた。
相手はこちらの常識の外の存在……世界で初めて確認された、無人なのに稼働するISだ。普通のISであれば、行動不能となるダメージであったとしても、再起動の懸念は捨てられない。
ために、鬼頭は敵を切り斃した後も、教員部隊が到着するまでは、と、レーザー光に輝く《葵》を握ったまま、警戒の姿勢を取っていた。
【――敵ISの再起動を確認】
やがて、案の定、異形のISは突然、その身を、ぶるり、と震わせた。
鬼頭はすかさず《葵》を正眼に取った。中段の構えとも呼ばれる、攻防自在の、基本の構えだ。敵の次なる行動に身構える。
はたして、謎のISの取った次の手は、鬼頭はおろか、アリーナをモニターする千冬たちでさえ、予想だにせぬものだった。
異形のISは、倒れた状態のまま首を、ぐるり、と回して天を仰ぐと、不規則に並んだセンサー・レンズから、空間投影式のディスプレイを出力した。ディスプレイには、日本語の文字列が表示されている。単なる単語の羅列ではなく、きちんと文法に則った、意味ある文章だった。
「……なんだ、これは?」
敵の思わぬ行動に困惑しながらも、鬼頭はディスプレイを読み、思わず目を見開いて茫然とした。
ピットルームの千冬たちも、同様の顔で息を呑む。
そこには、
そこには――、
◇
一方、名古屋市名東区にあるアローズ製作所の実験用ドームでも、IS学園第二アリーナと同様の光景が繰り広げられていた。
先の一戦で桜坂が殴り千切った敵ISの頭部から、突如として、やはり空間投影式のディスプレイが出力されたのだ。勿論、そこに日本語からなる文章が表示されているのも同様。桜坂は近づいてそれを読み、忌々しげに、表情を硬化させた。
そこには、執筆者の性格をうかがわせるポップな文体で、驚くべき内容が記されていた。
『この文章を読んでいるということは、あのゴーレムを倒したんですね。流石です! そんなあなたに、気前の良いわたしから出血大サービスのプッレッゼント♪ このISに使っているコアをあげちゃいます! このコアを使って、あなたたちの思う未来を、実現しちゃってください!』
「…………」
これは、メッセージだ。
この無人機を送り込んだ相手は、はじめから自分と戦わせるつもりで、かつ、自分の勝利を疑わなかった……己のこの能力のことを、知っていたということか。
いったい、何者なのか?
――……いいや。
桜坂は、小さくかぶりを振った。
そうだ。
何者であるかなど、もはや関係ない。
このISを送り込んできた相手は、自分の可愛い部下を傷つけた。
――絶対に、許してやるものか……!
かたく拳を握りしめながら、桜坂は、このメッセージの向こう側にいるであろう誰かに向けて、胸の内で、怒りの炎を燃やしていた。
オリジナルIS
打鉄 Ki ver.1.10
型式 強化外装・六一式 鬼頭智之仕様
世代 第二世代
国家 日本
分類 近接両用型
装甲 耐貫通性スライド・レイヤー装甲
仕様 防御シールド高速修復およびBT試作型
主な兵装 近接ブレード《葵》
アサルト・ライフル《焔備》
有線式BT攻撃端末《ミニ・ティアーズ》×2
その他、後付兵装
イギリス国からの依頼によりBT兵器の研究開発をすることになった鬼頭が、自身の打鉄にもそのシステムの試作型を搭載した機体。
有線式BT攻撃端末と、BT兵装用の専用OSを搭載し、機体にはその運用のための改修が施されている。
主な改修点は
● 機体全身にBTエネルギー供給用の特殊バイパスを増設
● 機体背部に有線式BT攻撃端末《ミニ・ティアーズ》二基と、そのためのウェポン・ラックを増設
● 機体背部にBTエネルギー貯蔵用のタンクを増設
● BT用OS《オデッセイ》の搭載
● 上記改修による、量子格納領域(=搭載可能な後付兵装)のさらなる減少
これらの改修により、以前と比べて戦闘力が強化されている。
オリジナル兵装
鬼頭智之製作 有線式BT攻撃端末《ミニ・ティアーズ》
出力 1.8MW
直径 300mm
重量 4,000g
動力 IS本体からのエネルギー供給方式
イギリス国からの依頼を受けて鬼頭智之が製作した、有線式のBT攻撃端末。
強力ではあるものの、複雑な構造がために取り扱いの難しい《ブルー・ティアーズ》の欠点を克服するべく、構造の簡略化による扱いやすさの向上を目指して設計された。武装はレーザービーム砲のみ。
《ブルー・ティアーズ》との最大の相違点は、誘導方式を有線式としたことで、これにより、BT適性の低い鬼頭でも俊敏な動きを可能とするほど、操縦性はマイルドになっている。また、有線式としたことで、ケーブル内にエネルギー供給用のバイパスを通せるようになったため、搭載しているレーザー砲の出力も、《ブルー・ティアーズ》より若干向上している。
その形状は直径三十センチメートルの円盤型で、誘導用のケーブルはボビンのよう収納されている。ケーブルの長さは五十メートルだが、まだ試作段階とあって、今後延長するかもしれないことを見越して、最大で百メートルが収容可能な造りとなっている。
ちなみに、これを見た陽子の第一声は「インコム!?」だったそうな。
部材のほとんどを専用部品ではなく、規格品とすることで、生産性・整備性も《ブルー
・ティアーズ》より向上している。こうした、専用機械・専用部品よりも、汎用器械・共通部品を多用するやり方は、GMを手本としたもの。この男、車好きが過ぎる……!
名前の由来は、イギリスの国民車“ミニ”から。
オリジナル・パワードスーツ
XI-01(最新ver)
型式 災害用パワードスーツ・プロトタイプ第一号
開発元 アローズ製作所・パワードスーツ開発室
装甲 超々ジュラルミン、ケブラー繊維
頭頂高 250cm
スーツ本体重量 148kg
全備重量 210kg ~ 280kg
膂力 800kgをリフトアップ可能
パンチ力 1.5t ~ 2.1t
キック力 1.7t ~ 2.2t
走力 50.2km/h(整地走行)
ジャンプ力 1.2m
連続最大稼働時間 12時間
アローズ製作所が開発した災害用パワードスーツのプロトタイプ第一号。
同社がはじめて作るパワードスーツとあって、後継機のXI-02と比べれば低性能だが、それでも、パワードスーツとして基本的な性能は有している。最大の特徴はオートフィット機構を標準装備していることで、これにより身長160~190cm、体重50~120kgの範囲内であれば、特別な調整なしに誰でも装着することが出来る。
その見た目は、ロバート・ハインラインのSF小説に登場する機動歩兵そのもの。
戦闘目的で作られていないのはもとより、災害用パワードスーツとして見ても運動性は低く、格闘戦には向かない。
XI-02(最新ver)
型式 災害用パワードスーツ・プロトタイプ第二号
開発元 アローズ製作所・パワードスーツ開発室
装甲 超々ジュラルミン、ケブラー繊維
頭頂高 200cm
スーツ本体重量 92kg
全備重量 155kg ~ 225kg
膂力 2,000kgをリフトアップ可能
パンチ力 2.8t ~ 4.2t
キック力 6.0t ~ 9.0t
走力 104km/h(整地走行)
ジャンプ力 13.5m
特殊兵装 エネルギー・ブラスト・システム(最大2.0MW)
連続最大稼働時間 10時間
アローズ製作所が開発した災害用パワードスーツのプロトタイプ第二号。
XI-01の運用データを基に算出した、理想の災害用パワードスーツの性能に、現在の技術力でどこまで近づけるのか、を追求する目的で開発された。いわゆる性能実証試験機だが、量産化も視野に入れて設計されており、災害用パワードスーツとして実戦を想定した装備が搭載されている。
XI-01と比べてかなり小型だが、アローズ製作所の介護事業部が開発した新素材を人工筋肉に採用することで、むしろパワーは増している。
最大の特徴は、右腕にガラス・レーザー発振器を搭載していることで、これは最大出力二・〇メガワットと、ISのシールドバリアーにも有効打を与えうるほどの威力を誇る。
開発当初はこれらの新装備や高性能ぶりから稼働時間に問題を抱えていたが、後に鬼頭智之がISの量子化技術を参考に開発した遼子化技術により、バッテリーの小型化・大容量化に成功。問題は解決されている。
唯一の決定は装甲部材。超々ジュラルミンは強度に優れるが、他の金属素材と比べて耐熱性が低い。このままでは火災現場での運用に難あり、と評されており、現在は新たな装甲材を装備した二号機の開発が検討されている。
見た目は某機動戦士シリーズに登場する量産機のよう。
超人
桜坂
身長 180cm
体重 80kg
膂力 800tをリフトアップ可能
パンチ力 1,000t
キック力 2,000t
走力 5,000km/h(整地走行)
ジャンプ力 最大5,000m
超人。
彼の全力を知っているのは、この世界に一人しかいない……。