この小さな世界で愛を語ろう   作:3号機

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 結局、筆が乗りすぎて墓参りのシーンまで辿り着けなかった……。







Chapter28「男たちの思惑」

 

 

 

 鬼頭智之たちを乗せた黒塗りのアルファードが、名古屋市名東区のアローズ製作所本社ビルに到着したのは、午前十時半のことだった。

 

 ゴールデンウィークの初日、社屋内は閑散と静まりかえっていた。国民の祝日の上、会社も正式な休業日と定めている日だけに、好んで出社している人間はほとんどいない。平日も休日もない警備員を除くと、何か特別な事情を抱えている、ごく少数がやって来ているのみだった。

 

 平日ほど利用者のいない正面ゲートの自動式引き戸は、閉ざされた状態を基本形としていた。ゲートの脇には警備員たちが詰め所として利用している小屋があり、アクリル製の窓の向こう側では、くたくたの制服を着た若い男が暇そうに欠伸をしている。鬼頭たちのアルファードが正面ゲートのすぐ手前で停車すると、彼は、待っていました、とばかりに嬉しそうな表情を浮かべた。詰め所の外に出ると、うきうきした様子で不審車両のもとに近寄ってくる。

 

 アルファードの運転手はパワーウィンドーを開けると、彼にIDパスカードを呈示した。今日のためにあらかじめ取り寄せておいた物だ。カードにはバーコードが印字されており、ハンディターミナル端末で読み取って情報を照会。許可された車両のみが、ゲートを通れる仕組みだった。

 

 若い警備員は首からぶら下げたハンディターミナルで、カードのバーコードを赤外線スキャンした。端末の液晶パネルに、正式に許可されたバーコードであることの証明をはじめ、情報が次々と表示される。その一つ一つにしっかりと目を通した後、彼は顔を上げ、「はい、OKです」と、運転手に笑いかけた。同じく、首から提げていたリモコンを手に取り、自動扉を操作する。大柄なアルファードが余裕をもって通れるだけのスペースを確保したところでストップボタンを押し、「どうぞ」と、言った。

 

 正面ゲートを通り抜けた後、アルファードは本社ビルの地下駐車場を目指した。正門から向こうは、幅が二十メートルになんなんとする広々とした道路がのびていた。六十メートルほど進んだところで左右に別れており、運転手はステアリングを右へと切った。ここで左に切ると、アローズ製作所の最重要施設である工場の管理棟に辿り着ける。

 

 本社ビルへと向かう途中、ドーム型実験場の前を通り過ぎ、二列目シートに座る鬼頭は表情を曇らせた。松村から事前に伝え聞いていた通り、出入口の扉がチェーンで封印されている。目線を上へとやれば、屋根の一部をブルーシートが覆い隠している様子が視界に映じ、件の隕石による被害の凄まじさを実感させた。

 

 やがて到着した地下駐車場では、懐かしい顔ぶれが鬼頭の帰りを待ち構えていた。桐野社長と、パワードスーツ開発室の酒井仁だ。鬼頭たちがどんな車両でやって来るのかあらかじめ聞かされていたらしく、アルファードの姿を見るなり、顔を見合わせ話し出す。

 

 出迎えにやって来たのは、二人だけではなかった。背後に、鬼頭がはじめて見る顔を二人、引き連れている。察するに、彼らも内調の職員だろう。

 

 黒塗りのアルファードは彼らの目の前で停車してみせた。運転手の男が頭上の操作パネルに指を伸ばし、スライドドアを起動させる。まず助手席の男と、鬼頭の隣に座る楯無が降りて周囲の様子をうかがった。危険物の有無や、事前に伝えられた人数以外の人影がいないか調べていく。地下駐車場はこの日のために、内調の職員が何度もチェックしているが、こういった警戒は幾度重ねても無駄にはならない。

 

 しばし車内で待たされた後、二人はアルファードの方へ戻ってきた。問題なし、と認めた彼女たちは、次いで鬼頭と、三列目シートの二人にも下車するよう促した。

 

 鬼頭は変装用のサングラスの位置を調整しながら、ステップから地上に降り立った。すかさず、助手席の男と楯無が前後をがっちり挟んでガードする。彼女たちはその陣形のまま、桐野社長達に腕を伸ばし、掌を向けた。その場で待っているよう、ジェスチャーで伝える。万が一、桐野と酒井が武器を隠し持ち、鬼頭に襲いかかってこないかを警戒しての措置だった。

 

 二人に前後を挟まれながら、鬼頭は桐野社長たちの前に立った。酒井が、「鬼頭主任、ですか?」と、怪訝そうに訊ねた。

 

 顔を変えている鬼頭は苦笑しながら、「そうですよ」と、応じた。

 

「お久しぶりです、桐野社長。酒井さん」

 

 鬼頭は彼らの前で一瞬だけサングラスをはずしてみせた。顔に張り付いていた偽装映像が剥がれ落ち、二人もよく知る、切れ長の双眸が露わとなる。

 

 彼らはそれを見てようやく破顔した。桐野社長が一歩前に踏み出し、右手を差し出す。サングラスの位置を元に戻し、鬼頭も応じて右手を出し、握手を交わした。

 

「お帰り、鬼頭君」

 

「桐野社長、わざわざのお出迎え、ありがとうございます」

 

「久しぶりの名古屋の街はどうだったかな?」

 

「車内から外の様子を見ただけですが、相変わらず、楽しい街ですよ。ここに来るまでの間に、色々なクルマとすれ違いました」

 

「相変わらずだな、きみは」

 

 車好きを自称してはばからない部下のらしい発言に、桐野利也は苦笑した。握手をほどくと、今度はIS学園での日々について訊ねる。

 

「IS学園はどうだった? 年頃のお嬢さんばかりに囲まれている環境というのは?」

 

「……若い女性の匂いで窒息しそうですよ」

 

 学園の生徒会長である楯無の手前、鬼頭は言葉を選びながらも、諧謔を孕んだ口調で応じた。

 

「思春期の少女というのは、心身ともにとかく繊細ですから。気を遣ってばかりで、肩が凝って仕方ない」

 

「大変そうだねえ」

 

「ええ。……ですが、楽しくもあります」

 

「ほう?」

 

「陽子と……娘と、常に一緒にいられますから。それに、久しぶりの学生気分もなかなかに心地良い。女性ばかりの環境という点を除けば、学びの多い場でもありますしね」

 

「その知識は、今後の製品作りに活かせそうかい?」

 

「活かしてみせます」

 

「楽しみにしているよ」

 

 桐野さが下がり、今度は酒井が前に出た。「ご無沙汰しております、鬼頭主任」と、挨拶してきた彼に、鬼頭も応じる。

 

「私のいない間に、大変なことが起こったそうで」

 

「ええ」

 

 酒井は感慨深そうに頷いた。

 

「心臓が止まるかと思いましたよ」

 

「でしょうねえ」

 

 その瞬間の地獄絵図を想像し、鬼頭は溜め息をつきながら同意した。隕石が自分たちの勤め先に落下しただけでも背筋が凍るような出来事なのに、よりにもよって、自分たちが試験をしている最中の建物にぶつかるなんて……! 往時の彼らは、さぞや生きた心地がしなかったことだろう。

 

「それより、損傷したパワードスーツの修理のことで、早速、主任の力をお借りしたいのですが」

 

「勿論ですよ」

 

 鬼頭は力強く頷いてみせた。車内で松村より事情を聞かされたときから、今日の自分の仕事は二つと思い定めていた。一つは勿論、会社にIS学園で新たに得た知識を披露し、そこから自分たちのパワードスーツ開発に活かせそうなものを取捨選別することだ。そしていま一つは、XI-01と02について、復旧の筋道を作ること。

 

「早速、我々の仕事場に向かいましょう」

 

 社長室に向かう桐野と別れて、鬼頭は楯無たちとともに、懐かしのオフィスへと向かった。エレベータを使って三階へと上がり、災害用ロボット部門のメイン・オフィスの前を横切る。ほどなくして辿り着いた部屋の扉を開くと、開発室に与えられた八十坪の広大なスペースには、自分や酒井たちを除いたメンバー全員が揃っていた。見慣れぬ顔も一つある。やはり商社マン風にスーツを着込んだ男性だ。彼も、内調の職員なのだろう。

 

「おっ、ようやく来やがったな!」

 

 鬼頭たちの存在に最初に気がついたのはグレイスーツをりゅうと着こなす桜坂だった。戸の開く音に鋭敏に反応し、席を発って彼らのもとに歩み寄る。楯無が慌てて制止の声をかけるが、彼は構わず鬼頭の前に立った。顔の変わった親友の手を取る。

 

「待っていたぜ、兄弟」

 

「……お前、よく俺だと分かったな」

 

「うん? ……ああ、顔のことか」

 

 仁王の顔の桜坂は微笑した。

 

「大方、一部のISに搭載されている光学迷彩の応用、ってところだろう? お前の顔に、別人の顔を貼り付けて、違う人間に見せかけている」

 

「そう聞いているよ」

 

「見た目が変わっただけで、体重までは変わらない」

 

 どういうわけか、桜坂は目の前の鬼頭ではなく、彼のかたわらに立つ楯無や、高品の顔を、ちらり、と一瞥した。

 

「筋肉の量や手足の長さ。骨の形に体つき。そいつの本質自体は、何も変わっていないんだ」

 

「その心は?」

 

「足音は変わらない。お前だってことはすぐに分かったよ」

 

「相変わらず、人間離れしているなあ」

 

 親友の目線の置き方に違和感を覚えながらも、鬼頭は苦笑した。それから楯無を見て、サングラスを示しながら「もういいでしょうか?」と、訊ねる。楯無は、「……まあ、この室内なら良いでしょう」と、頷いた。

 

「でも、絶対に窓際には立たないでくださいね」

 

「ええ、分かっていますよ」

 

 素顔をさらした状態で窓際には立つな。ここに来るまでの車中で、何度も言われたことだ。鬼頭智之が名古屋にいることが第三者に知られれば、大変な騒ぎとなるのは必至。その騒動を聞きつけて、自分に害意を抱いている者どもの攻撃を誘うことにもなりかねない。

 

 狙撃の危険もある。人目につく可能性がちょっとでもあるような場所は避けるように、と楯無たちから厳命されていた。

 

 鬼頭が変装用のサングラスをはずすと、桜坂以外の者たちも彼のもとに駆け寄ってきた。事前に今日の服装など聞かされていたはずだが、やはり、まことの顔を確認するまでは、この人物が本当に鬼頭智之なのか、確信を得られなかったようだ。自分を取り囲むや、口々に「お久しぶりです」とか、「お帰りなさい」とか、話しかけてくる。

 

 それら一つ一つに応じながら、鬼頭は自分のデスクへと向かった。不在の間も、誰か掃除してくれていたのか、埃の類いは見られない。

 

「主任がいつ帰ってきても存分に働けるように、って桐野さんがやってくれたんですよ」

 

 開発室最年少の土居昭が言った。

 

 鬼頭は桜坂のかたわらでにこにこ笑っている美久を見た。礼を述べると、「いいえ、気にしないでください」と、できた回答。このやり取りだけ見れば、嫁として最高の優良物件だと思うのだが。

 

「……ところで桐野さん、そのう、いま羽織っているジャケットですが」

 

「はい?」

 

「ずいぶんと、袖が余っていますね?」

 

 美久はグレイのジャケットを着ていた。明らかに体のサイズに合っておらず、袖口から中指の先端が僅かに覗いているその様子は、IS学園の布仏本音を連想させた。彼女も、やたら、だぼっ、とした袖を余らせたファッションを常としている。

 

「肩幅も、だいぶ足りていないみたいですが?」

 

「ああ、それは当然ですよ。だってこれ、室長のジャケットですから」

 

 美久はお気に入りの洋服を披露するかのように、袖余り、肩余りのジャケットを示した。

 

 鬼頭は隣に立つ桜坂を見た。長身で胸板も分厚い体つきに、ダブルのスーツがよく似合っている。今日、この場で剥ぎ取った物でないことは明らかだ。また、しかめっ面の仁王様の態度から察するに、了解を得てのことでもないだろう。大方いつものように、気がついたらクローゼットの中から姿を消し、気がついたら美久が我が物顔で着ていた、といったところか。

 

「……似合っていますよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 美久は嬉しそうにはしゃいでみせた。可憐な笑顔を微笑ましく思う開発室一同(一名除く)だったが、その眼差しは深い水底のように昏く、意志の光が消沈していた。

 

 美久のことは一旦置いて、鬼頭は開発室のメンバーとともに自分のことを待っていた、内調職員と思しき男の顔を見た。

 

「あなたは……」

 

「申し遅れました」

 

 男は人懐っこい笑みを浮かべながら、鬼頭の前に立った。

 

「内調職員の城山悟です。例の隕石の後処理のことで、アローズ製作所と内調とをつなぐ連絡要員として、御社に派遣されました」

 

「城山さんは、今回の主任の名古屋行きについても便宜を図ってくれたんです」

 

 開発室ではパワーユニットを担当する滑川技師が言った。聞けば、アローズ製作所側の受け入れ態勢を整えてくれたのは彼だという。

 

「それは……お手数をおかけしてしまい」

 

「礼には及びません。お役に立てたみたいで、何よりです」

 

 城山はそう言って微笑んだ。おもむろに両手を打ち鳴らしてみなの注目を集めると、開発室一同を見回して言う。

 

「さあ、時間はいくらあっても足りません。そちらの仕事を進めてください」

 

「そうですね」

 

 鬼頭は首肯した。青いジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、スマートフォンくらいの大きさの、四角いビニールケースを取り出した。みなの前でファスナーを開け、中から黒いアルミ製の筐体を出してみせる。外付け用のHDDだ。

 

「それが、例の?」

 

「そうだ」

 

 桜坂の問いに、鬼頭は頷いた。

 

「この中に、俺がIS学園で学んだことのデータが収められている」

 

 パワードスーツ開発に使えそうなもの、明らかにそうでないもの問わず、目についたデータは片っ端から、容量の許す限り、ぶち込んできた。自分たちのような技術者にとっては、サンタクロースのプレゼント袋も同然の代物だ。

 

「島の外に持ち出すにあたって、IS学園のチェックは終わっている」

 

「つまり、この中のデータは好きなように使ってよい、と、IS学園のお墨付きなわけだ」

 

「そういうことだ」

 

 鬼頭は桜坂にHDDを差し出した。ヤスデの葉を思わせる大きな掌が、恭しくそれを受け取る。桜坂は小さな宝の山を大切そうに持ち抱えた。

 

「確かに、受け取ったよ」

 

「扱いに気をつけてくれ。持ち出し許可が下りたデータばかりとはいえ、最強兵器に使われている、最新技術のデータだ。流出すれば、たいへんなことになる」

 

「データの確認は、スタンド・アローン状態の端末に限るようにするよ」

 

「その方がいいだろうな」

 

「早速、目を通したいんだが」

 

「分かった。……ところで桜坂」

 

「んう?」

 

「松村さんから聞いたんだが、時計を新調したそうだな」

 

 鬼頭は桜坂の左手に目線をやった。時計業界の絶対的王者……ロレックスのサブマリーナが、堂々たる存在感を主張している。いまやコスモグラフ・デイトナと並んで、同ブランドを象徴する時計の一つだ。一九五三年の登場以来、場所を選ばぬ使いやすいデザインは世界中でファンを生み出し続けている。鬼頭も一九八二年式のRef.5513を一本所有しており、往時は、ここぞという商談のときなどに身につける勝負時計として愛用していた。

 

 桜坂が左手に巻いているサブマリーナも、現行型や最近のモデルではなく、アンティーク・モデルのようだった。

 

 時計好きの習性から、鬼頭は自身の脳内に収蔵されている時計カタログを引っ張り出して、あれはいつ頃のなんという型式だったか、と、ページをめくり始めた。よく使いこまれたケースの具合から察するに、かなり古いモデルに相違ないはずだが。

 

 鬼頭の指摘に、桜坂は嬉しそうに笑ってみせた。

 

「ああ、そうだぜ」

 

「サブマリーナか。奮発したな」

 

「まあな。大須の中古ショップで偶然見つけて、一目惚れしたんだよ」

 

 桜坂は左腕を掲げてみせた。眺めているうちに知らずうっとりしてしまう、素晴らしいデザインと造り込みだ。マッシブなダイバーズウォッチだが、日本人離れした桜坂の手首にはよく似合っている。

 

 ――松村さんが言っていたのとは、まるで正反対の印象だ。

 

 やはり、車内で彼が口ずさんだのは暗号メッセージか。だとすれば、この時計のどこに、第二のメッセージが……? しげしげと眺める鬼頭は、やがてあることに気がついた。このサブマリーナ、アンティーク・モデルとしては、リューズがかなり大きい。

 

 ――これは……Ref.6538か!

 

 一九五六年~一九六四年にかけて製造された、サブマリーナとしては第二世代にあたるモデルだ。ムーブメントに世界初の両方巻き上げ式のキャリバー1030を搭載しており、防水機能も二〇〇メートルと、この時代のダイバーズウォッチとしてはかなりの性能を誇る。外見上の特徴としては、やはりリューズの大きさが挙げられ、直径八ミリの突起には、フランス語で特許を意味するBREVETという文字が刻印されているはずだった。

 

 鬼頭は、ちら、とケースの右側にひっそりとたたずむ竜頭に目線をやった。お馴染みの王冠マークを、文字列の半円が下から受け止めるように支えている。アルファベットの並びはBREVET 。間違いない。やはりこれは、Ref.6538だ。

 

 二つの理由から、鬼頭の心臓は高鳴った。

 

 一つは、いまや直接この目で見る機会なんて滅多に得られない、歴史的名機と出会えたことに対する純粋な喜びゆえ。鬼頭がRef.6538を実際に目にするのはこれが初めてのことだ。半世紀以上も昔の時計とあって、Ref.6538は中古市場での流通本数が少なく、またある理由から、希少価値とは別なプレミアが付いているため、一般庶民には手の出しづらい価格で取引されていることが多い。知り合いの好事家達も持っていない者ばかりなため、鬼頭にとってRef.6538は、長らく幻の存在だった。

 

 もう一つの理由は、腕時計に篭められたメッセージの内容に気がついたがゆえのことだ。内閣情報調査室という、スパイ機関に属する者たちの耳目があるこの場で、Ref.6538を身につけているその意味。時計好きの鬼頭は瞬時に理解し、自身の考えが正しいか実証するべく、桜坂に声をかけた。

 

「手にとって見ても?」

 

「……そう言うだろうと思っていたぜ」

 

 桜坂は不敵に笑ってみせると、バックルをはずして手首を抜き、親友に時計を差し出した。

 

 鬼頭は右手をジャケットのポケットに突っ込んだ。グレイのハンカチーフを取り出すと左の掌に広げ、サブマリーナを、そうっ、と受け取る。しげしげ、と眺めた。うむ。やはり良い時計だ。もっと色々な角度で見てみよう、とケースの裏に右手を回す。

 

 切れ長の双眸が、一瞬、ぴくり、と揺れた。ケース裏に、ぺたぺた、と指の腹にくっつく感触。次いで、プラスチッキーな硬質感。両面テープの接着面に、プラスチックか、樹脂製の薄いチップのような物がくっついている。やはりな、と鬼頭ははにかんだ。

 

「主任の時計好きも相変わらずですね」

 

 アメリカ人の父を持つ田中・W・トムがにやにやと笑いながら言った。鬼頭の微笑の所以を、珍しい時計を間近で見ることが出来た歓呼から、と、周囲に誤認させるためのアシストだろう。「いやお恥ずかしい」と、鬼頭も笑いながら応じた。

 

 鬼頭はかたわらの楯無たちから見えないよう注意を払いながら、ケースの裏側で人差し指の第一関節と、第二関節を起こした。もっと顔に近づけて見てみたい、と、左手を顔に近づけようとする動きに合わせて、指の腹でケース裏の粘着面をこする。右の掌に、黒い物が滑り落ちるのが見えた。リューズを押さえる親指の運動に追従する形で起き上がった母指球が、小さな板をはさみ取る。マイクロSDカードだ。

 

 鬼頭はSDカードを挟んだ状態のまま、右手をもう一度ジャケットのポケットに差し入れた。掌を広げ、カードを中に揺さぶり落とす。然る後、ポケットの内側にいつも忍ばせている小型ルーペを握ると、取り出して時計にあてがった。年代物のサブマリーナの仔細を、じっくりと、舐め回すように見て楽しむ。

 

「……うん。眼福だった」

 

 サブマリーナのデザインの素晴らしさを堪能することおよそ五分、鬼頭は満足げに微笑むと、桜坂に腕時計を返却した。時計を受け取る際、ケース裏を右手の人差し指でひと撫でした親友は、にやり、と微笑んだ。

 

「楽しんでもらえたみたいで何よりだ」

 

「松村さんにはすっかり騙されたよ」

 

「うん?」

 

「いや、ここに来るまでの車内でな。お前の新しい時計のことをさんざんこき下ろしていたものだから。どんな酷いセンスが出てくるかと身構えていたんだ。そしたら、これだからな。……やられたよ」

 

「主任を驚かせてやろう、と思いましてね」

 

 イタズラを成功させた松村は冷笑を浮かべてみせた。それに対し、鬼頭は「本当に驚かされたよ」と、呟いて、肩をすくめてみせる。

 

 腹の底からの発言だった。時計好きの自分であればこそ気づくことの出来た暗号メッセージ。よくぞ考えついたものだ、と驚嘆せずにはいられない。

 

 Ref.6538は、世に言うボンド・ウォッチの一つだ。イギリス製作のスパイ・アクション映画『007』シリーズにおいて、主人公のジェームズ・ボンドが劇中で身につけていた腕時計。その記念すべき初代が、ロレックスのサブマリーナ、Ref.6538だったといわれている。

 

 ジェームズ・ボンドは劇中で、イギリスの情報組織……MI6に所属している。すなわち、スパイ機関の人間だ。ボンド・ウォッチは、スパイの時計と言い換えることが出来る。そしてこの場には、内閣情報調査室という、スパイ組織の人間が数多くいた。

 

 スパイたちの耳目があるこの空間で、スパイの時計を見せびらかす。この意味するところは――、

 

 ――現在、アローズ製作所は、内調の監視下にある……!

 

 それこそが、暗号という迂遠な手段を用いてまで、桜坂たちが伝えようとしたメッセージだろう。サブマリーナのケース裏にテープで留められていたマイクロSDカードには、なぜそんな事態に陥ったかの経緯や、その仔細についてのデータが収められているに違いない。

 

 ――何かが起きている。俺の知らないところで、この会社に何かが……!

 

 松村たちに合せてひょうきんな態度をとる鬼頭だったが、ちら、と内調の者たちを一瞥するその眼差しは険しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニット・ストラトス二次創作

 

「この小さな世界で愛を語ろう」

 

Chapter28「男たちの思惑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼頭が持ってきたHDDは、早速、桜坂室長のパソコンにつなげられた。三年前に発売された、当時としては最新のモデルで、通常の周辺機器は勿論、IS由来の空間投影技術を搭載したデバイスにも対応している優れものだ。桜坂の場合、普段はメカニカル・キーボードと筐体型のディスプレイにつなげているが、小さな画面を開発室のメンバー全員で身を寄せ合って見るのは効率が悪い、として、今回は映像出力のモードを空間投影式に設定した。カーテンを閉め切った暗い室内に、五十インチの大画面が出現する。

 

 入れられるだけ入れてきた、という無精な発言のわりに、HDDの中身はよく整理されていた。まず、鬼頭の判断で使えそうなデータと、そうでないデータとにフォルダ分けがなされ、次に、具体的にどういうことに使えそうか、カテゴリー毎に分けられている。桜坂はメカニカル・キーボードを叩いて、『操作系』と名前のついたフォルダを開いた。ISのあらゆる動作の要たる、イメージ・インターフェース制御システムについてのデータを開示する。

 

「早速メイン・ディッシュか」

 

 次々に表示されるデータを眺め見て、滑川技師が興奮した様子で呟いた。ISを最強兵器たらしめる重要素の一つ。パワードスーツとしては大柄なあの躯体に、驚くべき柔軟性と汎用性、操作に対する追従性を与えている、システムの要。その秘密に迫れるとあって、彼の頬は紅潮していた。

 

「人間のイメージなんて曖昧模糊なものを信号に変換して機械を動かす。ファジー制御の究極形だ」

 

「パワーアシスト機能だけじゃなく、武器や飛行制御システムなんかもすべて、この技術で動かしているんですもんね」

 

 滑川の言葉を継ぐ形で、土居昭が言った。認知バイアスが容易に起こりうる未熟な五感でもって世界を認識し、そこで得た情報をもとに思考する人間のイメージとは、機械を動作させるための信号としては非常に扱いづらいものだ。そんなイメージを、ISの場合は正確に解釈し、動作に反映させることが出来る。開発室の面々にとって、これは驚異的なことだった。

 

 ほんの少し体を傾ける、という言語表現について考えてみると分かりやすいだろう。“ほんの”、“少し”、という単語はそれぞれ、具体的に何度というような数字を表す語句ではない。“ほんの”が、どの程度の角度を意味するかは、その言葉を口にした人物がによって異なり、しかもその感覚は、そのとき置かれていた状況の影響を大きく受ける。狭い通路で誰かとすれ違う際の“ほんの”と、落下物から身をかわす際の“ほんの”では、同じ単語でも意味する角度は大きく異なる。“少し”もまた同様だ。そんな単語を二つくっつけた上での、この表現である。このイメージを機械の動作に反映させることの難しさが、なんとなく理解出来るのではないかと思う。

 

 人間のこうした曖昧な認識をコンピュータ処理する技術をファジー理論、ファジー制御などと呼ぶが、ISに採用されている技術はまさにその最先端、究極に位置していると評しても過言ではないだろう。しかもISの場合は、このイメージ・インターフェースを武器の運用や飛行装置の制御にまで採り入れているのだから呆れてしまう。

 

「ISコアには人間の心に似たものが宿っているというが……」

 

「その心が、人間の心を理解して、動作に必要な信号を生み出している……っていう感じだな。このデータを見ると」

 

「気持ちの通じ合いが、イメージ・インターフェースの核となる機能、というわけか」

 

「しかし、実際にそんなことが可能なのか? 人間同士だって、互いの気持ちを百パーセントは理解出来ないのに。機械に組み込んだ、擬似的な心なんかに、それが……」

 

「それがIS適性ということなんじゃないか? ISコアの心と、操縦者の心の同調しやすさ、みたいなものが、Aランクとか、Bランクというふうに、位置づけられるのでは?」

 

「ISコアも万能じゃない。操縦者との相性がある、ということか」

 

「なるほど。そう考えると、稼働時間が長い者ほどISの性能を引き出せるようになる、という現象の説明が出来ますね」

 

「というと?」

 

「人間だって、付き合いの長い方が、互いの気持ち通じるものでしょう?」

 

「ははあ、なるほど」

 

「……俺たち人類は、」

 

 部下たちの間で繰り広げられる闊達な議論の俎上に、それまで黙然とディスプレイを見つめていた桜坂が参加した。

 

「いまだに鉄腕アトムやドラえもんを生み出せてはいない。それは人間サイズのボディに搭載可能な原子炉や、秘密道具を作れないからというのは勿論だが、いちばんの理由は、“心”というものを人工的に生み出すことが難しいからだと思っている」

 

 どちらも日本の漫画に登場するロボット・キャラクターだ。フィクションの登場人物らしく、たくさんのスーパーパワーを持っているが、桜坂が特にファンタスティックだと思う設定は、両者がともに人間の持つ喜怒哀楽の感情を理解し、人と同じような“心”を持っていることだ。

 

 機械の中に“心”を再現する。人類の科学はいまだこれを可能としてないが、これは人の“心”、“魂”、そのもととなる、脳をはじめとする肉体の諸器官について、完璧には理解出来ていないためだ。

 

 分析哲学の大家、ウィトゲンシュタインは、その自著『論理哲学論考』において、『語りえぬものについては、沈黙しなければならない』と、世の真理を看破した。人間にとって“心”の存在は、いまだ語りえぬものの一つだ。“心”とはいったい何なのか。それを理解しない限り、人工の“心”なんて夢のまた夢。

 

「しかし、篠ノ之束はそれを成し遂げた。彼女は“心”とは何なのかを完璧に理解し、ISコアという機械に、それを宿してみせたんだ。まさしく天才だよ、彼女は」

 

「そのわりには……」

 

 滑川雄太郎は苦笑しながら呟いた。

 

「噂に聞くその為人は、人付き合いを苦手とし、人の心の機微に疎い、と聞いていますが」

 

「そういうところも含めて天才、ってことだろう。かのアイザック・ニュートンもステレオタイプな天才で、人付き合いは苦手だった、って伝記で読んだことがある」

 

「エドモンド・ハレーという男が数少ない友人の一人でなかったら……」

 

「万有引力の法則も、積分法も、世に広まるのはもっと遅かっただろう」

 

「そういう意味では、篠ノ之束はやはりニュートンに似ているな。彼女のそばにも、織斑千冬がいたわけだし」

 

 人類の科学史上最も偉大な書籍の一つである『自然哲学の数学的諸原理』は、ニュートンの友人で、自身もまた物理学、天文学の求道者であったエドモンド・ハレーが資金を供出して出版された。

 

 同様に、ISも篠ノ之束のかたわらに織斑千冬という女傑の存在がいなければ、これほど早く世に広まることはなかっただろう。天才の作ったISを、やはり天才が身に纏い、活躍することで、世界は驚異の飛行パワードスーツの存在を急速に受け入れていったのである。

 

 閑話休題。

 

 イメージ・インターフェースの機能と、それを下支えするISコアの性能に賞賛の言葉を口ずさんでいた開発室の面々は、しかし、その技術を自分たちのパワードスーツにどう採り入れるか、という段になって、揃って渋面を作った。

 

 イメージ・インターフェースを災害用パワードスーツの操縦装置と出来れば、性能の飛躍的な向上が望めるが、それを可能とするためには、ISコアに宿る“心”の存在が不可欠。しかしISコアはブラック・ボックスの塊であり、その製法を知る者はいまだ篠ノ之束のみ、ときている。

 

「ISコア以外のコンピュータで、ISレベルのファジー制御を成し遂げようと思ったら、スーパーコンピュータが何台必要になることか」

 

「体育館一杯分くらいは必要なんじゃ?」

 

「我々には遼子化技術があるから、そこまでのスペースはいらないと思うが……」

 

「それでも、プロフィアのコンテナいっぱいに敷き詰める必要がありそうだ」

 

「現実的じゃないなあ。それを動かすための電力だって、馬鹿にならない」

 

「となると、性能を落とす必要があるわけですが……」

 

「問題は、どこまで許容出来るか、だな。スーツに搭載出来るサイズのコンピュータの処理能力で、どれくらいの性能をキープ出来るか」

 

「性能の低下は、存外、心配するほどではないかと思います」

 

 みなの顔を見回しながら、鬼頭が言った。右手の中指に嵌めた金色の指輪を軽く撫で、空間投影式ディスプレイをもう一枚、かたわらに出力する。

 

 表示されたのは、先頃『打鉄』に積み込んだばかりの試作型BTシステムに関するデータだ。「肝要なのは、性能よりも機能を絞ることだと思います」と、前置きし、鬼頭は自らの考えを説明した。

 

「私がイギリスの第三世代機の開発の手伝いをしていることは、皆さんも承知のことだと思います」

 

 鬼頭はそう言ってみなの顔を見回した。自分のIS学園での行動については、桜坂の口から聞かされているはずだ。誰からも疑問の声が上がらぬことを認めて、鬼頭は続けた。

 

「第三世代機の定義について念のため説明しますが、ISは操縦者との相性が良いと、まれに、ワン・オフ・アビリティーという特殊な能力を発現させることがあるそうです。これはそのISコアと操縦者の組み合わせ固有のもので、同じISコアでも操縦者が違えば使えませんし、逆もまた同様です。第三世代機は、このワン・オフ・アビリティーを兵装化し、誰にでも使えるようにすることを目指して開発されています。

 

 イギリスの第三世代機の場合は、偏向射撃という技術の再現を目指しています。簡単に言えば、発射後の銃弾の軌道を自由自在に曲げる技術で、この再現のために開発されたのが、BTシステムという特殊兵装です。思考波によって形態が変わる特性を持った流動性エネルギーBTを、イメージ・インターフェースで制御しています」

 

 鬼頭は空間投影式ディスプレイに、クラス代表決定戦のときにひそかに撮影していた映像を出力した。セシリアの操る四基の《ブルー・ティアーズ》が、陽子の『打鉄』を追いつめていく。

 

「しかし、イギリスが開発したこのBTシステムは、偏向射撃を誰でも使えるようにする、という目的に反して、使い手を選ぶ兵装として完成してしまいました。多くの機能を追求するあまりシステムの複雑化を招いてしまい、これを操るためには、BT適性という特別な才能が必要となってしまったのです。しかも、このBT適性が高い者でさえ、偏向射撃の再現にはいたっていません。

 

 そこで私が考えたのは、BTシステムの簡素化でした。攻撃端末の数を減らし、誘導方式を無線から有線式とし、機能を絞ることで、構造の簡略化と、扱いやすさの向上を目指したのです」

 

 金色の指輪をまた撫でて、鬼頭は映像を切り替えた。世界で二番目に発見された男性操縦者が、愛機の『打鉄』を駆って、イギリスの第三世代機と激しい模擬戦を演じている様子が映じた。

 

 先ほどまで映じていた陽子の『打鉄』と違い、鬼頭に与えられた改修機は、胸部を覆うブレスト・アーマーを装備していた。その背面部には、縦長で箱型のモジュールが三つ横に並んでいる。

 

『《オデッセイ・システム》レベル2、シフト・アップ!』

 

 かけ声とともに、背中の箱型モジュールのうち、外側の二つが小爆発した。電磁ボルトによるロックが解除され、カバーが脱落する。中から現われたのは、ボビンのような形をした、円筒形の独立攻撃端末だ。有線式BT攻撃端末《ミニ・ティアーズ》。回転しながら射出され、操縦索とエネルギー供給バイパスを内蔵したコードの尾を引きながら、相手の背後に回り込む。

 

「その際、私はBTシステムに、イメージ・インターフェースの動作効率を高めるための、補助用のAIを搭載しました。いかにISコアの処理能力が優れているといっても、機体の動作や飛行制御、通常の武器の取り扱いに加えて、BTシステムまで同時に、となると、負担は大きいと考えたためです。搭載した人工知能は、BT攻撃端末――それも構造をシンプル化して扱いやすくした物――の制御にのみ用い、これにより、ISコアに頼らないイメージ・インターフェースの動作を実現させました」

 

 映像の中で、《ミニ・ティアーズ》はこまねずみのように、くるくる、と機敏に踊ってみせた。これほどの動きを、ISコアに頼らず実現したのか!? そしてそれほどの装置を作っておきながら、この平然とした態度……。こういうところも相変わらずだな、と開発室のみなは呆れた。

 

「この一事からも、重要なのは性能ではなく、機能の絞り込みだということが分かります。災害用パワードスーツに、ISほどの多機能は不要ですから。そこさえしっかりわきまえれば、イメージ・インターフェースの実用レベルでの搭載は、十分、可能なことだと思います」

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに過ごす社屋での時間はあっという間に過ぎていった。

 

 IS学園から持ち出したデータの精査、XI-01、02両スーツのダメージ・チェック、溜まっていた書類の片付けなどこなしているうちに、時刻はいつの間にか午後五時を回っていた。

 

「鬼頭さん、そろそろ……」

 

 XI-01の損傷具合のあまりの酷さに、本当に隕石が原因なのか? と、首を傾げていると、楯無が声がけをしてきた。反射的に左手のボーム&メルシェに目線を落とし、もうこんな時間か、と残念に思う。

 

「桜坂、作業の途中で申し訳ないんだが……」

 

「うん? ああ、もうそんな時間なのか」

 

 桜坂もサブマリーナのクラシック・モデルを見て残念そうに呟いた。親友に許された今回の島外活動が、名古屋での行動のすべては内調がスケジュール管理をする、という約束の上に成り立つものであることは、城山の口から聞かされて彼も知っていた。仁王の男は束の間、表情を硬化させ、しかしすぐに破顔した。

 

「久しぶりにお前と一緒に仕事が出来て、楽しかったぜ」

 

「俺もだよ」

 

 鬼頭は完爾と微笑んだ。

 

「皆さんと一緒に仕事が出来て本当によかった」

 

「お前、この後の予定は?」

 

「詳しくは俺も聞かされていないんだが、なんでも、広報用の写真を撮るらしい」

 

「広報?」

 

「今回の名古屋行きは、俺の身柄を狙っている各国に対する牽制の意味もあるんだそうだ。日本政府には男性操縦者の島外活動を保障するだけの力がある、ということを誇示するために、内調の支援を受けた俺がプライベートを満喫している、というふうな写真を撮影するんだとさ。どうだ、お前たちにこれと同じことが出来るか? という感じの」

 

「なるほど」

 

「鬼頭さんにはこの後、今夜宿泊するホテルに移動してもらいます」

 

 鬼頭のかたわらに寄り添う楯無が言った。その横顔を見下ろして、鬼頭は、おや? と、首を傾げる。桜坂を見る彼女の目つきに、若干の険しさを見出したがためだ。相当な強面の彼を前にして、いささかも怯まぬこの力強い眼光。ほんの少しだけつり上がった眉尻から感じられる攻撃的な、しかし敵意とまでは呼べない、この感情は――警戒心?

 

「ホテルでの休憩の後、少し早いですが、夕食を摂っていただく予定です。撮影はそのときに」

 

「ははあ、なるほど」

 

 桜坂が困惑した目線を楯無に向けていた時間は短かった。黙考の末、彼女の態度についてはひとまず考えないことにした彼は、次いで羨ましそうな表情を浮かべて頷いた。

 

 話を聞く限り、今回の島外活動には日本政府の面子が懸かっていると考えてよいだろう。となれば、さぞや上等なホテルの、上等な一室が用意されているに違いない。名古屋市内のホテルでは、名古屋駅のマリオットホテルか、伏見の名古屋観光ホテルあたりだろうか。いずれにしても、僅か半日程度の滞在場所としては贅沢な話だ。

 

 もっとも、それでもって親友の笑顔を引き出せるかというと、疑問ではあったが。

 

「お前の場合、高級ホテルでのディナーよりも、レンタカー屋で面白そうな車を借りて、峠にでも連れて行った方が、よっぽど楽しそうな写真が撮れると思うけどなあ」

 

 桜坂はにやにや笑いながら鬼頭を見た。

 

「……何て会社だったっけ? たしか、名古屋駅をちょいと北上したところに、古いスポーツカーをレンタル出来る店があったよな?」

 

「ああ、あそこか」

 

「アルファのスパイダーとか、あれでワインディングを走ったらさぞや楽しいだろうに」

 

「まったく同感だが、更識さんたちの考えは正しいさ。レンタカー屋は不特定多数の人間が利用する施設だから、要人警護には向かない。ホテルなら、人の出入りもチェックしやすいだろうしな」

 

「峠でのお楽しみは、また次の機会に、ということで」

 

 はずんだ声音から、発言に比して意外と乗り気なのでは、と考えた楯無が、慌ててたしなめた。

 

「とりあえず今日だけは、こちらの指示に従ってください」

 

 名残を惜しむ開発室の面々に別れを告げ、鬼頭は再び地下駐車場のアルファードに乗り込んだ。正面ゲートから公道に出ると、来たときと同様、尾行を警戒した走行ルートで、しばしの間、市内をぐるぐると走る。やがて左手のボーム&メルシェが午後五時半を指し示したとき、隣に座る楯無が、運転席の男に向かって言った。

 

「そろそろ、ホテルの方へ向かいましょう」

 

 名古屋市から隣接する長久手市に向かって、県道六十号線を西進するアルファードが左にウィンカーを出した。アピタ長久手店の前を左折し、住宅街に進入すると、今度は名古屋市中心部に向けて針路を取る。県道六号線を使って猪高台へ至ると、そのまま直進して、よもぎ台、平和ヶ丘、平和公園、猫洞通、市営地下鉄本山駅を目指した。そうして広小路通りに入ると、改めて名古屋市中心部へと迫っていく。新栄、栄を抜けて、伏見へ。

 

 栄を通り抜けたあたりから、鬼頭はアルファードの目指す場所について、見当をつけていた。栄から名古屋駅にかけては数多くのホテルが軒を連ねているが、この中で、海外の諸勢力に対する牽制として使えそうな場所は、一軒しか思い浮かばない。

 

 やがて広小路中ノ町の交差点を右折したとき、鬼頭の自らの考えに確信を得た。一九三六年創業、名古屋観光ホテルの、古めかしくも趣を感じさせる建物が、一行を静かに待っていた。

 

 名古屋市内で最も長い歴史と伝統を誇るホテルだ。中部地方の迎賓館として創業し、これまでに国内外の賓客やVIPを多数迎えてきた。昭和、平成の両天皇陛下の宿泊や、国際会議の主会場としての利用実績も数多い、本当の意味での一級ホテルといえる。現在の館は一九七二年に建てられたもので、その見た目からはさすがに古さを感じてしまうが、創業六十周年を迎えた一九九六年に館内の大改装が実施されており、内側の設備は現代の基準で見ても上質ととれるクオリティを維持している。

 

 ――まさか観光ホテルで寝泊まり出来るとはなあ。

 

 最も安い部屋でさえ、一泊二万円以上は当たり前という高級宿だ。名古屋在住者にとっては、近くて遠い存在といえる。ひそかな感動に胸を震わせる鬼頭は、わくわくした気持ちでホテルの外観を眺めた。

 

 アルファードは観光ホテルの地下駐車場へと潜っていった。大柄なアルファードにとって、地下駐車場の通路は狭く、窮屈に感じられ、左折の際には、恐い、とさえ思った。観光ホテルの新築建て替えが決定した一九七〇年当時の乗用車といえば、七〇年一月デビューのダットサン・サニークーペの二代目の全幅一五一五ミリ、六八年九月デビューのトヨペット・コロナマークⅡで、全幅一六〇五ミリという時代だ。その頃の基準で設計されている地下駐車場は、全幅が一八五〇ミリもある三代目アルファードには狭すぎた。四苦八苦しながら、なんとか駐車スペースを探して駐車する。アローズ製作所本社ビルのときと同様、まずは楯無たちが降りて安全を確かめた。然る後、鬼頭は変装用のサングラスを一撫でしてから、硬いアスファルトの感触を靴底で確かめた。

 

 鬼頭と楯無、高品と、前席の二人。五人も乗ると窮屈な印象のエレベータのゴンドラに乗り込み、一階へと向かう。エレベータの扉が開くと、高級ホテルらしい、ラグジュアリーな雰囲気の漂う空間が一行を迎えた。世界各国主要都市の現時刻を表す壁時計の前を横切り、フロント・カウンターを目指す。カウンターで待機していた若い男性スタッフが、一同を見て笑顔で腰を折った。一流コンシェルジュならではの、見ていて気持ちの良い、洗練された所作だ。

 

 一行を代表して、高品が前に出た。「予約していた更品ですが」と、偽名を口にすると、男ははっとした表情を浮かべ、奥へと引っ込んでいった。代わって出てきたのは、総支配人を名乗る壮年の男だった。見るからにオーダーメイドと分かる、小粋なデザインのスーツを着ている。後で確認したところ、ホテルには国家にとっての要人がやって来ると伝えていたらしく、ために、失礼があってはならぬ、と、支配人が応対するよう、あらかじめ決めていたらしい。

 

「お待ちしておりました。ささ、こちらに」

 

 スーツの男は一行をエレベータへと先導した。地下駐車場から続いていた物と違い、ホテルの奥まった場所にある、人気の少ない場所に案内された。まさかな……と、嫌な予感がした。

 

「ご予約いただいておりましたのは、スイートが二部屋でしたね」

 

 げぇっ、と口から飛び出しかけた悲鳴を、なんとかこらえた。名古屋観光ホテルにはスイートの名を与えられた特別な部屋が全七室、三種類ある。これらの部屋は、国内外の賓客が利用することも多いことから、テロなどへの警戒のため、何階にあるのか、といった情報は一般には非公開となっている。

 

 スイートルームは三種類ある部屋の中でも最も下位の部屋だ。この上には八五平米のプレジデンシャルスイートがあり、さらにその上には、一七六平米のロイヤルスイートがある。いちばん下のランクとはいえ、広さは六二平米もあり、設備も充実している。宿泊費用は一泊およそ八万円。

 

 二部屋とっているのは、片方に護衛対象の鬼頭が、もう片方に高品たち内調職員が寝泊まりするためだろう。プレジデンシャルスイート以上の部屋にしなかったのも、何かあったときにすぐ駆けつけられるよう、同じフロアの隣の部屋に待機したいがために違いない。それでも、かかる費用は約十六万円。恐ろしい話だ、と鬼頭は内心呆れてしまった。

 

「部屋割りは、更品様親子で一部屋と、SPのお三方が隣室の一部屋の合計二部屋の希望でおうかがいしておりますが」

 

 鬼頭は、ぎょっ、とした眼差しでかたわらの楯無を見た。はたして、暗部組織の女は、悪戯を成功させた子どものように笑ってみせた。

 

「どうしたの、パ~パ♪」

 

「……いえ、なんでも」

 

 なるほど、そういう脚本か。日本国にとっての重要人物、更品某と、その娘によるお忍びの観光。連れの三人は、警護のSP。なんて頭の悪い設定なのか、と目眩がした。いや、それよりも、

 

「……娘よ、きみはそれでいいのかね?」

 

 年頃の娘だ。自分のような中年男と、たった一晩とはいえ寝所をともにして平気なのか。支配人の耳目がある手前で、鬼頭は言葉を選びながら訊ねた。

 

「うん? 何が?」

 

 他方、楯無はにやにやと笑って、偽りの父からの質問を受け流した。聞く耳持たぬ、という態度に、鬼頭は深々と溜め息をつく。

 

 一夏と箒を同室と定めたのも、存外、この娘ではないだろうか、と彼は疑念を抱いた。

 

 

 

 

 

 

「いや、わたしの父さんだぎゃあね!?」

 

 同時刻、IS学園第三アリーナに併設された更衣室にて、鬼頭陽子は突如として奇声を発した。両の足を肩幅に開いて踏ん張りながら、胸の前で拳を握って空へと吠える。

 

 更衣室に備え付けの簡易シャワールームで訓練の疲れを洗い流し、さあこれから着替えるぞ、というタイミングでのことだった。当然、胸から下をバスタオル一枚で隠している他には、衣類など何一つ身につけていない、裸同然の姿。そんなあられもない格好での突然の奇行に、彼女のすぐかたわらで着替えていたセシリアと箒は目を丸くした。

 

「陽子さん、どうされました?」

 

「うん!? ……ああ、いや、なんか、変な怪電波を受信して」

 

「はあ。……電波?」

 

「気にしないで。シックス・センス的なやつだから」

 

 訝しげな表情を浮かべるセシリアに言い、陽子は改めて着替えを始めた。体にバスタオルを巻いたまま下履きを手に取り、両の足を通して引っ張りあげる。その様子を見て、いまのは何だったのか、と怪訝に思いながらも、二人も自身の着替えを再開した。といっても、セシリアと箒の場合は、陽子と違って髪を長く伸ばしているため、まずはそちらの水分をよく拭き取るのに時間をかけなければならない。結果、二人の着替えの進捗は陽子と比べて遅れがちで、そのために、陽子は憂鬱な気持ちを抱えるはめになった。

 

 ――おおう、たゆんたゆん、揺れてらっしゃる……。

 

 愛用のブラトップを手にしながら盗み見るのは、左右に立つ同級生の胸元だ。自身の平坦な荒れ野に比べて、二人の胸元からはたわわな実りの存在が見て取れる。ちょっとした身じろぎでさえ、ゆさゆさ、揺れている双丘の躍動感に、羨望の眼差しを向けずにはいられない。

 

 陽子は膝を軽く曲げては伸ばす屈伸運動を、おもむろに始めた。平野は、ぴくり、とも波打たない。やらなきゃよかった、と虚しい気持ちに襲われた。と同時に、左右の揺れに対する羨望が、嫉妬へと変じていく。二人とも、十五、六歳にしては実りすぎじゃありゃしませんか!? と、目線に険が帯び出した。

 

 全体としては素晴らしい造形美なのに、一度ある部分が気になり出すと、他の部分にもケチをつけたくなるのは人間の性だ。左右の二人を見る目つきは、急激に鋭さを増していった。セシリアにしろ、箒にせよ、胸だけでなく、尻の張り出し方や、ウェストのくびれ具合など、幼児体型の我が身とは比べ物にならない、“良いもの”を持っている。うん。妬ましい。

 

 ――特に篠ノ之さんのそれは何だァッ!?

 

 セシリアはまだ良い。彼女の場合は人種の違いに由来する長身や肩幅の広さゆえ、胸の大きさがそこまで目立っていない。

 

 しかし、箒の場合は違う。

 

 身の丈は同年代の日本人女子の平均身長と大差ない。それなのに、胸元の突き出し具合がたいへんなことになっている。それでいて、剣道を通じて長年鍛えられた体つきはほどよく引き締まっており、小柄な見た目に比して、女性的なラインが作り出す全体のシルエットはモデルのように洗練されていた。俗に巨乳や、爆乳と形容されている者にありがちな、その部分だけが悪目立ちしているような、トータル・バランスの不気味さが感じられない。乳房のボリュームは圧倒的なのに、その部分がまったく浮いて見えない。卑怯だと思う。

 

「あ、あの……鬼頭? そうやって見られていると、着替えにくいのだが?」

 

 同性とはいえ、自身の裸体を、じぃっ、と凝視されるのは、居心地が悪いものだ。女尊男卑の考え方が支配的な現代では、“そういう”生き方の者が増えているとも聞く。陽子がそちら側の人間とも限らない。

 

 同級生の視線から逃れるように自らを抱く箒に、陽子は喉を引き締めた低い声音で言った。

 

「……篠ノ之さん、いったい何食べたら、そんなふうに育つのさ?」

 

「いや、寮生活なんだから、お前ともさして変わらないと思うのだが」

 

「じゃあ運動習慣か? 運動習慣がこの差を生んでいるのかあっ!?」

 

「陽子さん、落ち着いてくださいまし。……というより、気にしていたんですわね、胸」

 

「そりゃあ、気にするよ!」

 

 女性にとっての胸の大きさは、男性にとっての身長の高さと同じようなもの、という考え方がある。持つ者は持たざる者の渇望する気持ちを理解出来ないし、逆に持たざる者もまた、持つ者ならではの苦悩を理解出来ない。

 

 陽子から恨めしげな眼差しを向けられても、いまいちその心情を理解出来ないセシリアは、呆れた表情で彼女を見た。

 

「でしたら、どうしてブラを身につけないのですか?」

 

 セシリアは陽子が手に持つブラトップを見て言った。

 

「ああん!? 嫌みか!? こちとら、ブラを身につけるほど実がないんじゃコラ!」

 

「いえ、そういう意味ではなく」

 

 セシリアは故郷から遠く離れたこの地で得た姉妹に向けて、諭すように優しく語りかけた。

 

「いいですか、陽子さん。この地球上で暮らす私たちには、常に重力が上からのしかかっているわけです」

 

「うん? そうだ、ね……?」

 

 なぜこの会話の流れでニュートン物理学の話になるか。陽子は訝しげな表情でセシリアを見上げた。

 

「重力は全身にかかっています。当然、私たちの乳房にも上から下に、のしかかっています」

 

「……まあ、そうだね」

 

「ブラジャーというのは、究極的には乳房を下から支えるための物です。ブラトップは圧迫感がない分、たしかに気楽でしょうが、下支えの機能はありません」

 

「…………あっ(察し)」

 

「ブラを身につけないということは、重力に対する備えを怠るということです。乳房は脂肪の塊です。筋肉などと違って、それ自体に、重力に抗う力はありません。つまり、下から何かで支えてあげなければ、上からの力に負ける一方……どんどん垂れていきます」

 

 陽子は青い顔で自らの胸元を見つめた。ただでさえ肉付きが薄いのに、その上、垂れ下がるとなれば、つまむほども残らないのではないか。

 

「育ち方については、遺伝的な個人差が大きいので軽々しく言えませんが、いまあるものをどう守っていくかについては、努力の余地は十分にあるかと……」

 

「ひょえぇぇ……」

 

 陽子がブラトップを愛用しているのは、セシリアが言及した通り、その気楽さを気に入ってのことだったが、まさかそんな落とし穴があったとは……!

 

 相変わらず裸同然の姿で珍妙な悲鳴を口にする陽子を、箒が呆れた眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 総支配人直々の案内のもと辿り着いたスイートルームは、リビングと寝室がドアで隔てられている、ゆったりとした洋室だった。清潔感と気品に満ち満ちた内装でまとめられており、家具も、全般的に重厚感のある意匠の物が多い。

 

 鬼頭は早速、支配人の勧めに従って入室しようとした。しかしその寸前、かたわらの楯無にジャケットの裾をつままれ、無言の制止をかけられる。何事か、と振り返ると、彼女は可憐な微笑を口元にたたえながら、背後に控える内調職員たちを示した。それを受けて、鬼頭も、「ああ……」と、得心した様子で頷く。道を空け、彼らに先に入室するよう促した。高品たち三人は部屋の中に入ると、射るような眼差しで室内を見回した。浴室やベッドの下、クローゼットの中など、盗聴器や爆発物といった危険物がないか、丹念に調べていく。

 

 支配人の男は高品たちの行動はじめむっとした様子で見つめていた。しかし、賓客の利用も多い一流ホテルにおいては、こうした警戒行動を取る客は珍しくない。すぐににこにこと微笑を浮かべ、室内に異常がないことを確認して戻ってきた三人に、「どうでした?」と、訊ねた。

 

「異常は見当たりません。入室しても大丈夫です、更品様」

 

 三人を代表して高品が応じた。鬼頭は頷くと、娘の楯無を連れ、改めて部屋の中へと入った。支配人の男もそれに続く。

 

 ツイン・ベッドの二人部屋にも拘わらず、スイートルームは大人六人が入室しても狭さを感じさせない、広々とした間取りをしていた。実際、ちょっとした会議室としての利用も想定しているのだろう。リビングには二人掛け用のソファも含めると、椅子が八脚もある。

 

 支配人の男は室内の設備やホテル側の提供するサービスについて、事細かに説明していった。その間にも、SPという名目で付き従っている内調の男たちは、設備の点検をてきぱきこなしていく。

 

「お食事は午後七時に部屋に持ってくるよう、うかがっておりますが?」

 

「それでお願いします」

 

「料理は二階の『呉竹』のシェフたちが、腕を振るってご用意いたします。存分にお楽しみください」

 

 支配人は更品親子に向かって深々と腰を折った。それから、今度はSPの一人に向かって、「皆様の部屋にご案内します」と、声をかける。アルファードを運転していた男がその言葉に頷き、鬼頭を見て、

 

「高品をこちらに残しておきます。我々もすぐに戻りますので」

 

と、助手席の男を連れて退室していった。

 

 部屋のドアが静かに閉まり、室内にいるのはこの三人だけと認めて、鬼頭はようやく、深々と溜め息をついてみせた。恨めしげな目線を、楯無と高品に、交互に向ける。

 

「……せめて、事前の説明は欲しかったところですが」

 

 勿論、更品親子という設定についてだ。親子ほども年齢差のある楯無が護衛役だなんて説明したところで、信じてくれる公算は、なるほど低いだろう。それを嫌っての設定だとはすぐに分かったが、それでも、事前の説明は欲しかった。楯無の口から“パパ”と呼ばれた瞬間など、驚きのあまり、心臓が止まるかと思ったほどだ。

 

「申し訳ありません」

 

 謝罪の言葉を口にしたのは高品だった。彼は苦々しげに表情を歪めながら、総支配人の耳目がなくなったがために、スイートルームのふかふかソファに腰を下ろして心地よさそうにしている、更識家現当主の顔を見つめた。

 

「楯無様より、鬼頭さんには黙っているように仰せつかっていたもので」

 

 高品は、どうやら更識家の従僕らしい。勤め人の立場が弱いのはどこも一緒か、と鬼頭は暗部組織の男に同情した眼差しを注いだ。

 

「……ちなみになぜでしょう?」

 

「楯無様曰く、その方が面白い反応が引き出せそうだから、とのことです」

 

 苦虫を奥歯でぎしぎし噛みしめながら、鬼頭は楯無を見つめた。学園最強を誇る生徒会長は、「あら、どうしました、パパ?」と、諧謔心あふれるにたにた笑いでこちらを見つめ返した。

 

「……なにやら、胃腸が痛くなってきましたよ」

 

「心中、お察しします」

 

「トイレに行っても?」

 

「どうぞ」

 

 鬼頭はげんなり溜め息をついてから、二人に対し背中を向けた。

 

 名古屋観光ホテルのスイートルームには、洗面台とトイレルームが二つずつ設置されている。鬼頭はそのうち、寝室とバスルームから遠い方に足を運んだ。ドアを閉め、鍵を施錠して、便座蓋を下ろしたままの便器に腰を下ろす。陶器造りの便器が、ぎしり、と鳴いた。 ジャケットのポケットに手を差し入れ、中から、マイクロSDカードを取り出す。つい先ほど、桜坂からひそかに渡された記録媒体だ。左手の指先でもてあそびながら、鬼頭は右手に嵌めた金色の指輪に、意識を篭めた。部分展開。愛機『打鉄』の籠手の部分のみが出現し、鬼頭の右腕を鎧った。

 

 マイクロSDカードを、右手に持ち替える。五本指タイプのマニピュレータ先端部に搭載されたセンサーが、SDカード内に収められているデータを素早く走査した。ウィルスの類いが仕込まれていないことを確認すると、空間投影式のディスプレイを展開。中のデータを次々に表示させる。ほとんどはテキストファイルだ。そのうちの一つには、『最初に読んでくれ』というタイトル名が、丁寧にもつけられている。

 

「……ふむ」

 

 用足しを偽ることで確保した、プライベートな時間だ。あまり長々と読みふけっていると、体調不良を疑われ、今後の行動に制限を受けかねない。詳細はまた時間のあるときにじっくり読み込むとして、アローズ製作所に何が起こっているのか、そのアウトラインだけでも、と鬼頭は、件のタイトル名を指定した。

 

 空間投影式ディスプレイに表示された文面に目を通して、鬼頭の表情はみるみる硬化していった。「……なんということだ」と、重苦しい呻き声を漏らす。

 

 テキストファイルには、過日、アローズ製作所が謎の無人ISに襲われたこと、迎撃のためXI-01と02、そして桜坂が戦ったこと、その様子を内閣情報調査室の人間に見られていたことなどが、簡潔に記されていた。詳細については別のファイルに記述されているとのことだが、概要にさっと目を通しただけでも、読み取れた問題点は多い。

 

 ――この事件によって生じた問題は、大きなもので三つある。

 

 一つは、自分たちの開発したパワードスーツが、最強兵器ISを相手に善戦してしまったこと。設計主任として、パワードスーツが素晴らしい性能を発揮したそのこと自体は誇らしく思うが、よりにもよって内閣情報調査室という政府側の人間に、その様子を見られてしまった。これは、軍事兵器としての有望性を披露してしまった、と言い換えられる。

 

 第二の問題は、桜坂という超人の存在を、やはり政府の人間に知られてしまったことだろう。もとより、自らの持つ力の存在が世間に知られれば、たいへんな混乱が生じることになる、と嫌っていた男だ。その心の動揺はいかほどだったか。いやそれよりも、政府の人間が真なる超人の存在を知って、どんなリアクションを起こすかだろうか。下手に戦力化を狙って懐柔工作をしようものなら、あの男の性格を考えると、パンドラの箱を開けるよりもよっぽど恐ろしい事態を招きかねないが。

 

 三つ目の問題点は、アローズ製作所を襲った無人ISの存在だ。桜坂たちは知らぬことだが、アローズ製作所が襲撃を受けた時間は、IS学園が謎の無人ISに襲われた時間とまったく一緒。添付されていた画像データを見ても、同型の機体であることは間違いないだろう。すなわち、これらの無人ISを送り込んだ何者かは、同一人物、あるいは同一の組織である可能性が非常に高い。

 

 いったい何者なのか。この世界のどこかで、誰にも知られることなく、世界初の無人ISを完成させたばかりか、二機も量産し、高度なステルス能力まで付与するほどの技術力と、開発力を持った存在。IS学園のみならず、アローズ製作所まで襲ったその意図は何なのか。

 

 ――技術のみに的を絞れば、思い当たる節はあるが……。

 

 無人ISを生み出すほどの技術力と聞いて、思い浮かぶのは一つの顔だ。しかし、彼女が犯人だとすれば、動機が分からない。IS学園のみならばまだしも、アローズ製作所を襲った、その理由が分からない。あの会社と彼女に、接点などないはずだが。

 

 ――桜坂は、会社の外からの援護を求めて、俺にこの事実を知らせたようだが。

 

 自分も、近いうちに桜坂たちと連絡をとる必要がある。あの無人ISを送り込んできた何者かの正体については、自分一人の知恵だけでは辿り着けそうにない。

 

 ――そのためには、なんとしても今回の島外活動を無事に終えねばな。

 

 今回の島外活動を大過なく終わらせることが出来れば、次の機会も得やすいだろう。そのときにまた、情報交換の場を設けられるかもしれない。

 

 決然と頷いた鬼頭は、便器から腰を上げた。洗浄ハンドルを回して、水を流す。洗面台で両の手を濡らし、備え付けのハンドタオルで拭ってドアを開けた。

 

 二人の姿を探して、ぎょっとする。マホガニー製の丸テーブルを挟んで対面に向かい合い、机の上で、がちゃがちゃ、と作業をしていた。スライド、バレル、ハンマー、トリガー、メインフレーム……元々組み立ててあった物を分解し、清掃し、また元通りに組み合わす。自動拳銃の分解清掃だ。警官出身らしい高品はまだしも、娘とさして変わらぬ楯無が拳銃をひそかに携帯していたことに、衝撃を受けずにはいられなかった。

 

 つい先ほどまでかたわらで寄り添っていた楯無の存在を、鬼頭は遠い存在に感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter28「男たちの思惑」了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次世界大戦の後、国際社会はアメリカを中心とする西側陣営と、ソ連を中心とする東側陣営に分かれた。九一年にソヴィエト連邦が崩壊するまでの間、両陣営は、冷戦と揶揄された長い戦争期間を過ごしたが、この時期に、フランスは西側陣営に一応は身を置きながらも、ときにソ連と提携したり、NATO軍事機構からは脱退し距離を取ったり、といった、独自路線の外交戦略を展開していた。これは、同国が二度の世界大戦で壊滅的な被害を被ったこと、また第二次欧州大戦が起こった際に、国際連盟という組織が開戦を止められなかったことと無縁ではあるまい。あの悲劇を二度と起こさぬために。自らの国は、自らの手で守る。そういった意識が、東西どちらの陣営にも過度な肩入れはしない。フランスは、フランスの国益の追求を第一に行動する。資本主義陣営の一員として西側社会に身を置きはするが、アメリカには頼らない……といった、方針の根底を支えていた公算は高いだろう。

 

 さて、東西陣営のどちらにも頼らない独自路線を貫くためには、国を守るための実際手段である軍備もまた、独力で用意せねばならないことを意味する。フランス国軍は陸海空の三軍と憲兵隊からなるが、その装備の多くを、国産兵器でかためていた。陸軍のルクレール戦車や、空軍のラファール戦闘機などはその代表格だ。この傾向は、冷戦構造が崩壊し、二〇〇九年にNATOに復帰した後も、基本的には変わらない。

 

 国産兵器を採用することのメリットはいくつも挙げられる。自国の軍需産業の育成や、兵器開発のノウハウを蓄積出来ること。エンドユーザーたる国軍の意見や要望を仕様に反映させやすいこと。兵器単体の性能だけでなく、兵站などの後方支援も含む全体の運用をデザインしやすいこと。導入に際して、他国の顔色をいちいちうかがわずにすむこと、などがそうだ。

 

 一方、デメリットとしては、完成品を輸入する他国製兵器の採用と違い、開発失敗のリスクを背負わなければならないこと。兵器の開発には時間や、莫大な資金が必要になること。その分が調達費に上乗せされてしまうこと。他国製兵器と一緒に運用する場合、規格の統一などが難しいこと、などが挙げられるだろうか。

 

 特に開発コストの問題は、科学技術が進歩し、兵器の性能が向上するほど、軍の上層部や、政権財務を担当する政治家や官僚たちの頭を悩ませるタネとなっている。先述のルクレール戦車やラファール戦闘機にしても、はじめは国際共同開発でもって調達を試みた。はじめから複数の国で機材を共用する前提で開発を進めることで、最終的な調達費用を少しでも抑えようと考えたのだ。独自路線を貫きたいフランスではあったが、新兵器の開発にかかるコストの高騰ぶりは、この誇り高き国に、方針の転換を余儀なくさせるほどの重石となっていた。もっともこのときは、いずれの開発計画においても参加国同士の調整が上手くいかなかった-―偏った見方で表すとフランスのわがまま――がために、どちらもフランスが単独で作り上げることになってしまったが。

 

 

 篠ノ之束博士がISを発表し、その驚異の性能に全世界がおののいたあの日、フランス軍では、この新時代の兵器を導入するにあたって、国産とするか、海外製品を輸入するかで、大激論が巻き起こった。

 

 白騎士事件によって明らかとなったISの戦闘力を鑑みるに、これを国軍に配備しないことは、国際社会を舞台にしたパワーゲームへの参加権を自ら手放すことに等しい。導入は必須だが、どうやって調達するべきか。フランス伝統の独自路線を堅守するためには、国産化した方が都合は良い。しかし、戦車や戦闘機でさえ、複数国での開発を目指したのだ。戦車も戦闘機も圧倒するISの開発費が、従来の兵器の比でないことは明らか。その負担に、フランスは耐えられるのか。議会は割れ、世論は揺れた。

 

 最終的に、国産化する方向で方針はまとまった。しかし、反対派の意見は方針策定後も影響力を持ち続けた。予算について厳しい制約が課せられ、メーカーの選定作業においても、彼らの発言を無視出来なくなってしまった。

 

 もとより、近年の仏軍の財政は非常に苦しい状況にあった。国防予算のおよそ半分が人件費に費やされ、残る半分も、そのほとんどが主力兵器の導入と運用のために投じられており、新兵器の開発や組織構造の見直しといった、未来のための投資に割ける余力に乏しかった。仏国のIS開発は、こうした財務状況のもと、さらに厳しい予算の中でスタートした。

 

 そうして完成した国産第一世代機は、大方の予想通り、凡作に留まる出来栄えだった。カタログ値こそ当時の他国製ISと比べても遜色なかったが、実際の運用現場からは数々の不満意見がもたらされた。IS競技の世界でも成績はふるわず、最大のビッグ・イベント……第一回モンド・グロッソ世界大会にいたっては予選敗退という最悪の結果に終わってしまった。続く第二世代機の導入にあたって、輸入派の勢力が拡大したのは、当然の成り行きといえよう。

 

 その風向きを変えるきっかけとなったのは、パリ郊外に本社を置くある中堅の企業が、イメージ・インターフェースについて、画期的な新発明に成功したことだった。フランス最大の複合企業体、ラッソー・グループ傘下の会社で、かつてラファール戦闘機の開発に携わった技術者たちが、独立後に起業したデザインワークスだった。代表取締役のファミリーネームを取って、デュノア社を名乗っている彼らは、従来の国産イメージ・インターフェースよりも優れた柔軟性と圧倒的なレスポンス・タイムを実現しながら、製造コストはおよそ三分の二という、驚異の発明品を特許出願した。

 

 フランス政府は、デュノアの技術力に希望を見出した。コストを抑えつつ、高性能なISを開発出来るのではないか、と考えたのだ。仏軍はデュノア社に、次期主力機の開発計画を委託した。開発に際して、彼らが求めた要求は一つだ。モンド・グロッソで優勝を狙える機体を作るように、である。

 

 従前、ラッソー・グループの中でも下から数えた方が早い売上規模でしかなかったデュノア社に、フランス政府は、ヒト・モノ・カネを、一気に投下した。デュノア社はあらゆる意味で指数関数的に巨大化していった。急激な規模の拡大により、社の方針を巡る権力闘争などの諸問題を抱え込むことになったものの、第二世代機の開発自体は、順調に進んだ。

 

 かくして、第二世代の傑作機ラファール・リヴァイブは完成した。先代が世界大会の舞台で屈辱的な敗北を喫したことへの報仇の念がそうさせたのだろう、その機体性能はカタログ値でも、実測値でも、世界のトップ水準を満たしていた。登場後は欧州における様々な国際大会で大活躍を果たし、リベンジ・マッチとなった第二回モンド・グロッソでも悲願のベスト八入り。仏国は雪辱を晴らしたのである。

 

 

 

 ラファール・リヴァイブを開発させた後、デュノア社は本社をパリに移した。フランス政府からの要請で、その方が連絡を取り合う上で都合が良い、との理由からだ。新社屋は凱旋門やシャルル・ド・ゴール広場で有名な第八行政区画に置かれ、これは勿論、セーヌ川を挟んで隣接する第七行政区画の陸軍士官学校などとの連絡を考えてのことだった。

 

 パリ都心部の高層建築物は、第十五地区のトゥール・モンパルナス五九階建てが竣工した一九七二年の二年後に、条例によって建設自体が禁じられている。必然、パリ市内に建てられたデュノア社の本社ビルは、現代の一流企業の社屋としては少々小ぶりな七階建ての建築物として竣工した。

 

 その最上階、会社の代表のためにしつらえられた社長専用のオフィスルームで、顎髭をたぷりたくわえた壮年の男が、空間投影式ディスプレイと向かい合っていた。デュノア社の社長、アルベール・デュノアだ。部屋の照明をすべて落とし、カーテンを閉めきった暗闇の中、スクリーンライトの光が煌々とその頬を照らしている。

 

 ディスプレイには、IS同士の激しい戦闘の様子が映じていた。かたや、鬼頭智之の駆る打鉄。かたや、IS学園を襲った、フル・スキン・タイプの謎のIS。言うまでもなく、過日IS学園内で行われた、クラス対抗戦を中断させた戦いの記録だ。IS学園に留学中の、フランス人の二年生よりもたらされた映像だった。

 

 件の少女は、IS学園の生徒として日夜操縦技術を磨くかたわら、フランス政府からの密命により、スパイ活動に従事していた。彼女はIS学園を襲った大事件の様子を、まず仏軍上層部に報告。そのとき資料として提出された十四分三二秒間の映像が、軍との関わりを持つデュノアのところにも送られてきたのだった。

 

 アルベールがこの記録映像を見るのは、これがはじめてのことではない。動画を取得して以来、彼は社長室の大型ディスプレイでもって、記録映像を繰り返し何度も視聴していた。今日はこれで三回目の上映だ。映像は謎のISがアリーナの天井シールドをぶち破って場内に侵入したところから始まり、鬼頭智之の振り抜いた上段からの打ち込みが、相手の体を斬割するところで終わっている。今回も見事な真っ向打ちの完結を見届けると、アルベールは空間投影された操作パネルに手を伸ばした。もう一度最初から、四度目の再生を開始する。

 

「今日はこれで何度目かしら?」

 

 背後から、声をかけられた。耳によく馴染んだ、女の声。アルベールはディスプレイに目線を向けたまま呟く。

 

「四度目だ」

 

「そんなに気に入ったの? 彼のこと」

 

「ああ」

 

『この鬼頭智之の目の前で、子どもを傷つけたんだ!』

 

 応じるアルベールの声は穏やかであった。映像の中の鬼頭の怒声に、かき消されてしまう。

 

「ISの登場以来、この世界は変わってしまった。最強兵器ISを動かせるのは女性のみ。その操縦者は、運動神経や適応力の高い若い娘ほど適している。このために、大人が、大人としての役割を果たせなくなってしまった。そんな時代に彼は……トモユキ・キトーは、子どもばかりのあのIS学園で、ただ一人、大人としての役目を果たそうとしている」

 

 子どもを守るのは、大人の義務だ。

 

 映像の中で、彼はそう言い切った。

 

 最強兵器ISを身に纏う子どもたちに、言って聞かせた。

 

「子を持つ一人の親として、尊敬の念を抱かずにはいられないさ」

 

 いまや大企業となったデュノア社の、全社員の生活を背負う立場にある男だ。アルベールの容貌はいつの頃からか強面を常とするようになっていたが、この瞬間、彼は相好を崩し、朗らかに微笑んでいた。

 

「ロゼンダ」

 

「はい」

 

 名を呼ばれ、女が応じた。アルベールは相変わらずディスプレイに目線を向けたまま言う。

 

「私は、決めたよ」

 

「……あの子のことね?」

 

「シャルロットは、IS学園に送る」

 

 アルベールは決然と言い放った。

 

「勿論、最善手とは言い難い。あの子の秘密がばれたとき、IS学園側がどう動くかも分からない。しかし、いまのIS学園には彼がいる。彼ならば、これから先、あの子の身に何があろうとも、きっとあの子のことを守ってくれる。私はこの映像から、それを確信した。

 

 ……彼にとっては迷惑この上ないことだろう。自分のあずかり知らぬところで、勝手に好意を向けられ、勝手に期待されて……。しかし、それでも、私は信じたい」

 

 二度と失うものか。二度と、間違えるものか!

 

 悲憤の咆哮を迸らせる鬼頭の横顔に、アルベールは熱い眼差しを注いだ。

 

「彼は、きっと私の娘の力になってくれる。そう信じたい」

 

 同じ子を持つ親として。

 

 子どもばかりのIS学園にいる、数少ない大人の男として。

 

 ディスプレイの中の男に熱視線を向ける夫の背中を、ロゼンダは優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 




 基本的に名古屋を舞台にしたお話しでは、フィールドワークというか、なるべく現地に赴いてその状況を確かめるようにしているんですが、さすがに今回の名古屋観光ホテルは敷居が高すぎて、足を運べていません。

 ただ、地下駐車場の描写については、ちょっと前に当時の愛車のカローラアクシオで利用する機会があり、そのときに狭くて恐いな、と感じたときの気持ちをぶつけてみました。

 念のために書いておくと、カローラアクシオは5ナンバー車。全幅は1,695mm。それでも狭く感じたのです。

 ちょっとでもリアリティを感じていただければな、と思います。






 前回のあとがきの続き。

 なぜ、ドイツについて勉強をしたのか。



 原作2巻の内容について、さあ書くぞ! となってすぐ、筆が止まってしまったため。

 原作未読の方がいるかもしれませんので、一応、名前を伏せておきますが、原作二巻登場の新ヒロインが……書けねえ!



 原作第2巻には新ヒロインが二人登場するのですが、そのうちの片方……ドイツからやって来た彼女について、俺、書けねえじゃん、となってしまったのです。

 というのも、彼女はそのキャラクター造形において、“ドイツ軍”という要素をはずせないため。

 彼女を書くには、あの世界のドイツ軍がどういう組織なのかを考えねばならない。これは転じて、あの世界のドイツがどんな国なのかを考えねばならない、ということでもある。そして国とは、そこに生きる人間のことでもあるわけだから、あの世界のドイツ人について考える必要も出てくる。

 IS世界のドイツ軍、ドイツ国、現ドイツ政権、ドイツ人ついて考えるためには、そも現実のドイツのそういったものについての知識が必要不可欠。

 しかしながら自分は、ドイツという国の歴史や、ドイツ人の気質、ドイツ的なもの、といったことについて、あまりにも無知!

 なんせ私がドイツについて知っている知識といえば、カール大帝と赤髭バルバロッサ、フリードリヒ大王、ビスマルク、大小のモルトケ、ナチス、シュトロハイム、スコルピオン、バルクホルンお姉ちゃんくらいのもの。

 これはアカン! となり、勉強を始めたわけです。




 さて、こう書くと、もう一人の新ヒロインについて、フランスのことを勉強しなくてよいのか、という疑問を抱かれるかもしれません。

 これについて、私の答えは、基本、必要ない。

 というのも、フランスからやって来た彼女の場合、フランス人である、という要素が活きてくる場面が、原作にあまりにないんですよ。

 それどころか、彼女の心理描写を読んでいると、どう読んでも日本人的なメンタリティで動いているなあ、と。

 彼女の場合、キャラクター造形で重要なのは、家族についてのことだと思うので、そこさえしっかりしていれば、フランス要素はあまり考えなくても書けるな、と判断しました。

 フランスについての知識が必要となる場面でも、すでに持っているミリタリー関連の本や高校時代の世界史の教科書、Wikipedia レベル――つまり、容易に調べられる範囲――の知識で十分だろう、と。


 こういう理由から、ドイツについての勉強を始めたわけです。

 おかげでなんとか、ドイツ娘を書けそうな自信が湧いてきました。

 おふざけ回は次回で終了です。

 彼女たちの登場を、楽しみにしていただければ幸いです。



























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