この小さな世界で愛を語ろう   作:3号機

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顔見せ程度ですが、オリジナルIS登場回です。


あと、桜坂の過去説明回その1。

なお、作者の自己満足1145141919%なオナニー展開なので、読み飛ばして、どうぞ。






Chapter33「演習」

 

 

 

 教員用更衣室での密談の後、鬼頭智之が足早に第二アリーナの更衣室に向かうと、すでにそこはもぬけの殻であった。左手首のボーム&メルシェに目線を落とせば、一限目の開始まであと五分弱。一夏とシャルルは、とうに着替えを終えて第二グラウンドへ出発したらしい。

 

 自分も急がねばな、と鬼頭は手近なロッカーの扉を開け、制服を脱いで突っ込んだ。今朝の起動実験以来、ISスーツは着たきりでいたから、着替えはあっという間に終わる。電子錠に静脈パターンを登録してロックをかけた後、彼はこの部屋にやって来たときと同様、駆け足気味に実習場所のグラウンドへと急いだ。

 

 鬼頭が第二グラウンドに到着したのは、始業まであと二分というタイミングでのことだった。

 

 グラウンドにはすでに、彼を除いた一年一組の全員と、合同で授業を受ける二組の面々が揃っていた。学級ごとに前後にかたまって、それぞれ八人からの横列を四~五段作っている。前が一組、後ろが二組という配置だ。一団の前ではジャージ姿の千冬が仁王立ちし、出欠状況を確認している。

 

 鬼頭は到着順から一組の最後列に並ぼうとして、途端、足行きを鈍らせた。一組の最後列に並ぶ一夏と、二組の最前列に並ぶ鈴とが、ひそひそと会話している姿が視界に映じたためだ。このまま隊伍の後ろにつけば、あの空間に身を置くことになってしまう。

 

 可能ならば避けたい事態であった。

 

 鬼頭は鈴の一夏に対する想いを知っている。始業前の寸暇とはいえ、二人の時間を邪魔するのははばかられる。

 

 ――いや、それは建前だ。

 

 鈴の顔に、ちら、と目線を向けた瞬間だった。心臓が、どっどっどっ、跳ね馬のように暴れ出したのを自覚する。急な血圧の上昇に、四十半ばの中年の肉体は、頭痛と、軽い目眩という形で悲鳴をあげた。苦悶から、くぐもった呻き声が唇の隙間より漏れ出る。

 

 凰鈴音に対する苦手意識は、鬼頭の中でいまだ消化しきれていない。それどころか、日を追うごとに悪化している感すらある。最近では彼女の顔を見る度に、あるいは、名前の通り鈴の音色のような声を聞く度に、陽子や智也のことで責められたときのことを思い出し、猛烈な嘔吐感と、心臓を締めつける痛みに襲われるようになってしまった。どうやら自分の脳と身体は、鈴のことをすっかりトラウマと認識してしまったらしい。

 

 クラス代表対抗戦での一件以来、鈴が一組の教室を訪ねてくる姿は珍しいものではなくなっていた。大抵の場合、一夏目当ての訪問であるが、そのうちの何割かは、自分や陽子との会話を目的としていた。しかし、鬼頭親子はフレンドリーな雰囲気を精一杯演出しながら話しかけてくる彼女を、毎回袖にしていた。あるときは用があるからと言って、鈴が本題を口にする前に会話を切り上げ彼女の前から立ち去り、またあるときは、その姿を出入口に認めるや、反対側の戸から急いで出て行くなどして、中国からやって来た代表候補生との接触を徹底的に避け続けた。理由は先述の通りだ。彼女の顔を見る度に、辛い記憶が蘇る。辛い想いをしたくないから、彼女から逃げ続けている。

 

 ――自分の娘と同じ年齢の少女にこうも怯えるなど、情けない限りだが。

 

 自分で自分が、嫌になる。情けないのは勿論だが、大人げないという自覚からも、気持ちが消沈してしまう。

 

 鈴の訪問の目的が、過日の自分たち親子に対する発言についての謝罪だろうとは、鬼頭らも気がついていた。気づいていながら、彼女と向かい合う勇気が持てないでいる。自分の娘と同じ年齢の少女が、自らの非を認め、勇気を振り絞って謝罪しようとしているのに、大人の自分はこの体たらく。まったく、情けない。

 

 それはそれとして、これからどうするか。いまから最後列に並べば、ほぼ確実に鈴から話しかけられることになるだろう。ただでさえ今朝の起動実験で疲れているこの身だ。いまのコンディションを鑑みるに、不整脈症状に耐えきれる自信はない。

 

 いっそ二組の最後列にでもしれっと紛れ込んでやろうか、と考えたところで、一組の集団最前列に立つラウラが、何かの拍子に顔をこちらに傾けた。真紅の隻眼と目線が合う。先方の顔が、ぱぁっ、と輝いた。可憐だ。

 

 目の前に立つ千冬と数言交わした後、隊列から離れてこちらに向かってくる。

 

「ヘア・キトー」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できず、返す言葉を見つけられなかった。大急ぎで頭の中の各国敬称辞典を引っ張り出し、英語でいうミスターのことだと思い出す。

 

「フラウ・ボーデヴィッヒ、どうされました?」

 

「お待ちしていました。場所はもうとってあります。さあ、こちらへ」

 

「場所?」

 

 ラウラが示した先に目線をやれば、なるほど、一年一組の最前列に二人分のスペースが空いている。……もしかして、自分のための?

 

「来日に際して、こちらの文化のことは勉強すみです。たしか、場所取りは新入りの仕事だとか」

 

「……はい?」

 

「日本では場所取りのことをHANAMIと言って、新人の大切な仕事だと、クラリッサから聞いています。その務め、しかと果たしてみせましょう」

 

 鼻息も勇ましく、ふんす、と胸を張ってみせる。

 

 察するに、ルフトヴァッフェでの同僚だろうか。いまだ日本人の多くが髷を結っていると思い込んでいるような、日本のことを勘違いしている外国人像の典型例と思われた。今日日フィクションの世界でも珍しいタイプの人間だが、そうでなければ、この素直な少女の反応を面白がって、誤った知識をわざと仕込むような性悪な人物ということになってしまう。想像して気持ちのよいことではない。できればそうであってほしくはなかった。

 

 ラウラは鬼頭の手を取ると、一組グループの最前列へと引っ張った。幼げな容姿の彼女が自分の手を引く姿は、鬼頭の大脳新皮質を大いに刺激した。まだ小さかった頃の智也や陽子が、お菓子や玩具をねだって売り場へ自分を連れて行こうとした日々の記憶が蘇る。あのとき掌に感じた幼い握力を思い出し、男の唇は懐かしさに綻んだ。

 

 最前列に加わると、すぐ手前に立つ千冬と目が合った。

 

 付き合ってくれてありがとうございます。いえいえ、実はこちらも助かりました。

 

 目礼のみでやりとりし合い、互いに苦笑する。彼女が手を引いてくれたおかげで、鈴と向き合わずにすんだ。

 

 かたわらに目線を向ければ、自分の右隣に立つラウラは一仕事終えた達成感からか、むふー、と満足げに微笑んでいた。職員用更衣室で千冬が語ったように、やはり礼儀知らずなだけで、本質的に悪い人間ではないのだろう。対面早々一夏の頬をいきなり張ったことについても、何か事情を抱えていると思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニット・ストラトス二次創作

 

「この小さな世界で愛を語ろう」

 

Chapter33「演習」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

 一限目の開始を知らせるチャイムの残響を遮るように、千冬は凜然とした口調で言い放った。整列する二クラスの顔ぶれを、じろり、と見回し、セシリアと、鈴の名前を呼ぶ。

 

「今日ははじめに戦闘の実演をしてもらう。凰とオルコットは前に出ろ」

 

 名前を呼ばれた二人は顔を見合わせた。鬼頭や陽子のことを挟んで微妙な関係性にある両者だ。セシリアは好戦的に微笑み、鈴は気まずそうに面差しを伏せた。

 

「お相手は鈴さんですか。相手にとって不足はありませんわ」

 

 過日、鬼頭や陽子に暴言を叩きつけ、いまだそのことに対する謝罪がないと聞いている。そんな彼女を公の場でたたきのめしてやろう、とイギリスからやって来た代表候補生の少女はやる気に満ち満ちていた。そんなセシリアを、千冬は、ぴしゃり、とたしなめる。

 

「慌てるな。対戦相手は別にいる」

 

 そのとき、集まった一同の耳膜を、空気の悲鳴が殴打した。ロケット推進機関に特有の、高音・高圧で噴射されたガスが、大気を無理矢理に引き千切る音だ。急激に、大きくなっていく。何か高速で移動する物体が、こちらに近づいてきている……?

 

 少女たちは等しく目線をそちらに向け、思わず絶句した。西の空に小さな黒点が見えたかと思うと、それが急速にISの姿をとる。『ラファール・リヴァイブ』だ。ロケットの噴射炎の尾を引きずりながら、こちらに突っ込んでくる。

 

「ああああーっ! ど、どいてください~っ!」

 

 反射的に、鬼頭は前へと踏み出した。

 

 頭の中に思い浮かべたイグニッション・キーをひねり、電撃的速さで『打鉄』を展開する。地面を蹴り、宙へと躍り出た。紫紺のストライプも鮮烈な両の腕を広げ、高速で迫り来る運動体に、自ら向かっていく。受け止めるつもりだ。相手の運動量に負けないよう、こちらもスカート・アーマーにマウントされたロケット・モーターを猛然と噴かして肉迫した。

 

 直後に、衝突。

 

 高エネルギー体同士のぶつかり合いは轟音を生み、大気を激しく揺さぶった。地上から僅かに十メートルという、超々低高度での出来事だ。突風は地上の少女たちまで行き届き、舞い上がった砂埃から身を守るべく、彼女たちは一様に目をつむるか、手を目の前にかざすか行動をとった。

 

 最初に歓声を口にしたのは、風の勢いが最も弱くすんだ二組最後列の誰かだった。

 

 黄色い声に反応し、それより前の列に立つ少女たちも徐々に瞼を開けていく。はたして鬼頭はどうなってしまったのか。頭上を仰いだ彼女たちは、やはり、ほとんど者が、きゃあきゃあ、と歓呼の声をあげた。

 

 すでにスピードが乗っていたラファールと、ロケットを噴かしたとはいえ起ち上げてすぐの状態の打鉄だ。ぶつかり合いに押し負けてしまった鬼頭は、それでも、子どもたちだけはなんとしても守らねば、と、地上三メートルの高度でなんとか踏みとどまっていた。暴走するISを抱きかかえながら、PICで形成した力場で自らの三次元座標を固定、空中で静止している。

 

 ラファールを纏って突入してきたのは、一組副担任の山田真耶だった。胴鎧に覆われた男の上半身に密着し、顔を真っ赤にしている。

 

 はじめ両の掌で突進を受け止めた鬼頭は、手応えからロボットアームの膂力だけでは運動エネルギーを殺しきれぬと即断。すぐに腕を引き寄せて相手の体を抱えこむと、体全体で運動量を受け止める作戦へと移行したのだ。それでもかなり押し込まれてしまったが、墜落だけはなんとか防ぐことに成功した。正面から抱え込んだ真耶の背中と腰に優しく腕を回しながら、二番目の男は安堵の溜め息をこぼす。自分たちが乙女の憧れのシュチュエーションを披露している自覚はなかった。

 

「あ、あああああの、き、鬼頭さん、もう、大丈夫ですからっ。その、離していただけると!」

 

 鬼頭の頬を、慌てた口調がくすぐった。感触がないため気がつかなかったが、真耶は打鉄の胴鎧にたわわな双丘を押しつけざるをえない状況に陥っていた。背中と腰の後ろに、自分の腕が回されているためだ。あっ、と口を開けた鬼頭は、するり、とロボットアームのトルクを弱めた。真耶の体が、ゆっくりと離れていく。地上の女子生徒たちの口から、残念そうに溜め息がこぼれた。

 

「あの、その……、ご迷惑をおかけしまして」

 

 空中で腰を折り、謝られた。

 

 異性とああも密着したのは初めてだったか、体を離した後も頬は赤いままだ。

 

 両腕で乳房を抱えながら、震える声で言う。

 

「それと、粗末なものを押しつけてしまいまして……」

 

 気が動転しているのか、小鹿のように大振りな双眸を潤ませながら、言う必要のないことまで口にした。気にしていない、ということを表明するため、微笑みながら、「困ったときはお互い様ですよ」と、応じる鬼頭だったが、内心では呆れていた。生徒たちの注目が集まるこの状況で、セックスを連想させかねない話題は避けるべきではないか。

 

 それに、と鬼頭は真耶の胸元に目線をやった。水着同然のISスーツに身を包んだ真耶の乳房は、はっきり言って大きい。スーツのサポーター機能もあるだろうが、形や張りも見事なものだ。あれで粗末だなどと称されては、うちの娘はどうなるのか。事実、ハイパーセンサーが補足した愛娘の顔は、暗くやさぐれていた。

 

「……けっ」

 

「ひっ!」

 

 地上から恨めしげな視線を感じて、真耶の肩が、びくり、と震えた。

 

 先に地面に降り立った鬼頭は、ISの展開を解除すると、一組グループの中ほどにてセシリアと並ぶ陽子を見る。目線で、やめなさい、とたしなめた。愛娘はやはり恨めしげな眼差しで、さぞ心地の良い感触でしたでしょうね、と応じた。ブレスト・アーマー越しだったから何も感じなかったのだが、という弁解は、聞き入れてくれそうになかった。

 

「お見事です」

 

 真耶の突進を察して前に踏み出した鬼頭とは対照的に、身を守るべく後ろに退いていたラウラが声をかけてきた。

 

「他の者たちがただ立ち尽くしているしか出来なかったあの状況で、あなただけはすぐに行動を起こした。どうやらあなたは、他の連中とは違うようだ」

 

「……どうも」

 

 褒めてくれてはいるのだろう。ただ、言葉知らずで、礼儀知らずだ。他者を称賛する際に、別の他者をおとしめるやり方は、スマートとは言い難い。

 

 それに、と鬼頭はまた胸の内で呟く。

 

 真耶を受け止め周囲への被害を抑えたことは自分でも上首尾だったと自負しているが、それとはまた別な問題への気づきから、称賛の言葉を向けられても、素直に喜べなかった。

 

 ――さっき展開した打鉄の装甲に、紫色のストライプが入っていた。

 

 BT・OS《オデッセイ》の、レベル1を解放してはじめてなれる仕様。全身を駆け巡るBTエネルギーを、運動性や、操作に対する応答性に重きを置いて配分したモード。

 

 こちらに向かってくる真耶の姿を視認したとき、鬼頭は普通に打鉄を展開したつもりだった。今朝の稼働実験の失敗からBT・OSは起ち上げず、学園に配備されている他の打鉄と同様の、通常の機体制御用OSでもって機体を展開したはずだった。

 

 しかし、実際に起ち上がったOSは。そして仕様は。

 

 ――BT・OSが、俺の意思とは関係なしに、勝手に起ち上がりやがった。

 

 機械が、こちらの操作を無視して、意図しない動作を勝手に行った。思い当たる原因は、一つだ。第三アリーナのピットルームでダリルらと交わした会話の内容が思い起こされる。

 

 ――ISコアが、またお節介を焼いたのか……!

 

 第二世代機のベストセラーとされる打鉄の性能は、カタログ上の理論値では第二世代最後発のラファールと比べても決して負けていない。しかしそれは、高いIS適性や長い稼働時間、一流の技術があってはじめて発揮できるもの。平素の鬼頭では絞り出すことの難しいスペックだ。

 

 そして先ほどはまさに、その最高値が求められる状況だった。

 

 真耶のラファールはPICだけでなく、ロケット・モーターの推進力まで上乗せしてこちらに向かってきていた。音速にこそ達していなかったが、自分が受け止めた瞬間など、時速九〇〇キロメートルまで加速していただろう。こんな猛スピードで接近されては、以前千冬が授業中に語った、脱初心者の基準である〇・五秒での展開でも間に合わない。より短いタイムでの展開――入力に対する反応――が求められた。

 

 現状、鬼頭がISを展開するタイムの自己ベストは〇・五秒ジャストだ。しかし、BT・OSで操縦応答性を底上げした状態であれば、このタイムは〇・一秒を切る。これは打鉄に搭載されているイメージ・インターフェースの、最高速に迫るレスポンス・タイムだ。普段の鬼頭と機体制御用OSの組み合わせでは展開が間に合わないと判断したISコアが、勝手にBT・OSを展開したものと考えられた。

 

 ――今回は、その判断に助けられたが……。

 

 今朝の稼働実験で自分の身を襲った、苦悶の時間を思い出す。今回はISコアの判断に結果として助けられた。しかし、今朝はそのISコアの判断によって、自分は苦しめられた。斯様に不安定なようでは、ISコアの判断に信を寄せることは難しい。

 

 ISコアは善かれと思ってやっているのだろうが、やはり、ユーザーが入力した通りに動作してくれない機械など、欠陥品と評するほかない。今回のケースは、自動車に例えれば、ギアを一速から二速に上げたつもりが、車載コンピュータの判断でいきなり四速に入れられたようなものだ。すぐにそのギア領域の動作と速度感覚に対応出来れば良いが、普段とは異なる感覚に戸惑ってしまうと、最悪の場合、命にかかわる大事故につながりかねない。

 

 ――こいつは、早急になんとかせねばな。

 

 技術者としての危機感から硬い面持ちの鬼頭は、右手の中指で輝く黄金の指輪を睨みつけた。

 

 

 

「――ほら、小娘ども。授業を再開するぞ。口を閉じろ」

 

 鬼頭の両腕から解放された真耶が落ち着くのを待った後、千冬は、いまだ、きゃあきゃあ、とやかましい生徒たちに向けて、ドスをきかせた口調で言い放った。右手で掴んだ出席簿を大袈裟な動作で振り回し、体罰の気配を匂わせてやると、打突の重みを知る彼女らは一斉に口をつぐんだ。世界最強の女傑は満足そうに頷き、改めてセシリアと鈴の名を呼ぶ。

 

「オルコット、凰。時間が勿体ない。すぐにISを展開して、試合の準備をしろ」

 

 淡々と告げられた指示に、セシリアの双眸は困惑で揺れた。

 

 前後の流れから、真耶と戦う姿を他の生徒たちに見せろ、ということだと察せられるが、なぜ二人もの指名なのか。戦闘の実演だけなら、自分一人で十分では? 順番に行え、ということなのか?

 

 セシリアは後ろの方に並ぶ鈴を振り返った。自分と同じ推論、同じ疑問に直面したらしい彼女は、「どうする? ジャンケンでもする?」と、訊ねてきた。

 

 すると、そんな二人のやり取りを見た千冬が、「何を勘違いしている」と、言い放つ。

 

「時間が勿体ない、と、言っただろう。二対一でやれ」

 

 セシリアは怪訝な表情を浮かべた。発言の内容自体は勿論理解出来るが、その意図するところが分からない。

 

 千冬は先ほど、戦闘の実演をせよ、と言った。自分たちの戦いぶりを、授業での教本代わりに使うつもりだろう。しかし、二対一というシュチュエーションは、パースペクティブとして相応しいと思えない。わが方はどちらも最新鋭の第三世代機。対して、相手方は訓練機として学園に配備されている――つまり、複数人での共用が前提で特別なチューンなどが施されていない――第二世代機。しかも、操縦者の山田真耶は、入学試験のときに一度倒した相手だ。機体の性能だけでなく、操縦者としての技量も自分の方が勝っていると考えてよいだろう。性能差に加えて、数の上でもこちらが有利。試合展開が一方的なものになるのは必至だ。はたしてそんな塩試合から、授業に使えるデータが取得できるだろうか。

 

「安心しろ、オルコット」

 

 面差しから考えていることを察したか、千冬はセシリアを見てにやりと笑った。

 

「お前が心配しているような試合運びにはならんさ。山田先生はこう見えて、元代表候補生だ。ラファールが訓練機仕様なのは、むしろちょうど良いハンデだろう。……一方的に、やられずすむぞ」

 

 セシリアと鈴は顔を見合わせた。両者の瞳に、好戦的な輝きが宿る。

 

「織斑先生は、私たちが負けると?」

 

「そう言ったつもりだが?」

 

 冷笑しながら答える千冬に、代表候補生の少女らは苛立った眼差しを叩きつけた。ともに十五歳という若さで専用機を任された二人だ。才能は勿論、人の何倍もの努力を重ねてきたという自負がある。その研鑽の日々をこうも軽んじられては、腹を立てるのは当然だった。

 

 ぴりぴり、とした緊張感を際限なく高めていく師弟の顔を、山田真耶は、あわあわ、と交互に見つめる。

 

「お、織斑先生、そんなにお二人を煽らないで……」

 

「山田先生、上手に遊んであげなさい」

 

「織斑先生!」

 

「ムッカ! いまのはカチンと来た!」

 

 悲鳴をあげる真耶に、鈴が吠えた。瞬時に愛機『甲龍』を身に纏い、青竜刀《双天牙月》を両手に展開する。切っ先を真耶の方へと向け、好戦的な眼差しとともに威嚇した。

 

「セシリア・オルコット、いける!?」

 

「勿論です」

 

 応じるセシリアも、すでに『ブルー・ティアーズ』を展開していた。レーザー・ライフル《スターライトmk-Ⅲ》を右手に抱え、プライベート・チャネル回線で鈴に話しかける。

 

『お父様たちと鈴さんとの間にあった出来事は、いまは脇に置きましょう。私が援護しますので、鈴さんは前衛をお願いします』

 

『わかった』

 

 千冬の指名により突然結成された、即席のタッグ・チームだ。その上、連携のための訓練を日常的に行う間柄でもない。自分たちに高度なチーム・プレイが求められる作戦を遂行する能力はない、と判断した鈴は、セシリアの提案に応じた。自分が前衛で、彼女が後衛。これぐらいシンプルな作戦でなければ、いまの自分たちには難しい。

 

「では、はじめ!」

 

 千冬の号令に応じて、セシリアと鈴が飛翔した。二人が地上一〇〇メートルの高度に達し静止したのを見て、真耶も空中へと躍り出る。ラファールを同高度に移動させると、闘争心に燃える若者たちと睨み合った。

 

「手加減はしませんわ!」

 

「時間が勿体ない、って話だからね。五分で終わらせてやろうじゃない!」

 

「い、行きます!」

 

 威勢猛々しい雄叫びに続いて、聞く者に気弱な印象を抱かせる声が、蒼空へと吸い込まれた。

 

 先手を取ったのはセシリアと鈴のタッグ・チームだ。《スターライトmk-Ⅲ》の牽制射撃の支援を受けながら、《双天牙月》を振りかぶった鈴の甲龍が突撃する。それを冷静に、ひょい、と避けた真耶は、なおも接近戦を挑もうとする鈴との間合いをとりながら、五一口径アサルト・ライフル《レッドバレッド》を展開、反撃の応射を開始した。自身の未来位置に向けて精確に放たれる火線から逃れるべく、鈴は甲龍を縦横無尽にランダム機動させる。被弾は目に見えて減り始めたが、背後を守るパートナーへの配慮に欠けた動きだった。鈴が次にどう動くか読めないセシリアは、フレンドリー・ファイアへの警戒から、援護射撃を躊躇せざるをえない。二人の連携は、早くも崩れつつあった。

 

「……まさか二人とも、あんな安い挑発に乗るとは」

 

 開始早々に形勢がかたまりつつある空中での戦闘を仰ぎ見ながら、千冬は呆れた口調で呟いた。

 

「あの二人の短気さは、そのうち治してやらないといけないな」

 

「ISに限らず、機械を操作する上で短気さは悪い結果しか生みませんからね」

 

 日除けに掌をかざしながら、鬼頭は千冬のかたわらに立った。クルマ好きの彼は、運転手の短気さが原因で起こった交通事故の事例をいくつも知っている。

 

「あと、素人了見ですが」

 

「はい」

 

「怒りのせいか、凰さんは視野狭窄に陥っているように思います」

 

「……もっとざっくばらんに、自分本意すぎる、と言ってもいいですよ」

 

 千冬は苦笑しながら、空を見上げる生徒たちに目線をやった。

 

「三人の戦いぶりをよく見ておけ。いま、凰がやっていることは、手本となる悪い例だ」

 

 自分が避けることしか考えていない動きだ。なるほど、あれだけ激しいランダム機動をとれば、真耶の射撃もかわしやすいだろう。その代わり、セシリアからの援護射撃を自ら封じてしまった。これでは、二対一と言いつつも、一対一で戦っているのと変わらない。

 

「タッグ戦の基本は、自分と敵、そして味方の位置を常に意識して行動することだ。特に今回のような、相手の実力が自分を大きく上回っているようなケースではな」

 

 自分一人では到底敵わない相手だ。頼れるのは味方だけなのに、その相方への配慮に欠けていては、タッグで挑む意味がない。

 

「ちなみに、だが。この中には入学試験のとき実技試験で山田先生と戦った者もいると思う」

 

 千冬は一組、二組の少女たちの顔を見回した。

 

「そのときの経験で、山田先生はそれほど強くない、と思っている者がいるかもしれないが……その認識は誤りだ。彼女は人見知りをする性格だからな。きみたちが、弱い、と感じたのは、初対面の相手に対して緊張し、実力を出し切れなかったから。本来の力量は、IS学園の教員の中でも十本の指に入る実力者だと言っておく」

 

 《衝撃砲》による牽制射撃を叩き込みながら、鈴は独り真耶のラファールに挑みかかっていった。

 

 目には見えない砲撃を、しかし、真耶は相手の目線の置き方からおおよそどこを狙っているのか目算し、回避運動をとる。予想は見事的中した。真耶のラファールは被弾がほとんどないまま上昇すると、さらなる回避の動作と見せかけて、機体を、くるり、と反転。反撃の銃火を浴びせかけた。

 

 高位置より降り注ぐ銃撃の雨から逃れるべく、鈴は機体を急降下させる。それは真耶の作戦だった。高位置に比べて逃げ場の少ない地表付近に誘導された鈴に向けて、練習用のグレネード弾が連続して投射された。磁気検知式の近接信管が次々に作動し、ぼっ、ぼっ、と、榴弾が花を咲かせる。至近距離で連続する爆風に全身を揉みほぐされた『甲龍』のISコアは素早くダメージ判定。仮想シールド・エネルギーがエンプティとなったことをアラームで知らせた。

 

「鈴さんっ!」

 

 悲鳴をあげたセシリアに、真耶は間髪入れずに襲いかかった。鈴との戦闘で消耗した箱型弾倉を素早く交換し、アサルト・ライフルを撃ちながら飛びかかる。それに対し、接近を許すまじ、と、応射する『ブルー・ティアーズ』。BT兵器も四基射出して、相手の突進を封じ込めようとする。

 

「悪手だ」

 

 地上の千冬が、みなに言い聞かせるように言った。

 

「BT兵器は、操縦にものすごい集中力を必要とする。いまのオルコットの技量では、四基を同時に操りつつ、自分も複雑な動作をする、というのは難しい。突進を回避するために放った四基のせいで、かえって自分は回避運動がとりにくくなってしまった。山田先生ほどの実力者を前に、その隙は致命的だ」

 

 BT兵器《ブルー・ティアーズ》の操作のために、空中にあって棒立ち状態のセシリアは、懸命にレーザービームによる撃退を試みる。真耶のラファールは、外部推進器の出力は全開で突進しながら、PICを駆使して左右に横滑り移動。銃撃のことごとくを回避する。セシリアから見て左側方へと回り込むや、アサルト・ライフルの引き金を引き絞った。練習用のショック弾が左肩、そして左足に被弾。仮想シールド・エネルギーにダメージ。

 

「ついでだ。デュノア」

 

「あっ、はい」

 

「転校生のお前にISの知識がどの程度あるのかを知りたい。山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

 

 一夏のかたわらに立つシャルルは頷くと、よどみのない口調で説明を始めた。

 

「山田先生の使用しているISはデュノア社製の『ラファール・リヴァイブ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付け武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では、最後発ながら世界第三位のシェアを持っていて、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されています。特筆するべきは操縦の簡易性で、操縦者を選ばないことと、マルチロール・チェンジを高い次元で両立させています。装備によって、格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティが多いことでも知られています」

 

「ああ、いったんそこまででいい」

 

 なおも説明を続けようとするシャルルを、千冬が制した。

 

「よく勉強しているな。その調子で励むように。……試合が終わるぞ」

 

 ラファールの特徴の一つである腰部スラスター・ベースの拡張コネクタに、四連装式のロケット・ランチャーが出現した。間髪置かずに発射されたロケット弾を撃墜せんと、四基の《ブルー・ティアーズ》がレーザー光線の雄叫びをあげる。その操作に集中するために、動きを止めたセシリアに向かって、真耶は猛然と肉迫した。量子拡張領域から対戦車用のバトルナイフを展開するや、逆手に構え、袈裟に振り抜く。怯んだところでアサルト・ライフルを胴体に接射。たまらず後退したところに、再びグレネード弾を投射した。仮想シールド・エネルギー残量ゼロのアラームが鳴り響く。

 

「……凰は四分三五秒、オルコットは八分と二十秒か。意外にもったな」

 

 千冬が呟いたところで、悄然とした様子の鈴とセシリアが地面に着地した。

 

「くっ、うう……。まさかこの私が……」

 

「あ、アンタねえ……ちゃんと援護しなさいよ……。それに、あそこはビットじゃなくてライフルで迎撃するべき場面でしょうが」

 

「り、鈴さんこそ! こっちの気も知らないであんな滅茶苦茶な機動を! ……い、いえ、あなたの言う通りですわね。あなたを援護しきれなかったこと、一対一になってからの立ち回り方、自分の未熟さを、反省しなければなりません」

 

 売り言葉に買い言葉。悔しさから、敗戦の責はパートナーの側にあると思わず口走る鈴に、一瞬、怒りのボルテージを上昇させたセシリアは、すぐに思い直して溜め息をついた。色々と言いたいことはあるが、鈴の動きについていけず、援護射撃をたたき込めなかったのは事実。射撃戦特化型のISを愛機としている以上、パートナーの動き云々は言い訳でしかない。また、一対一の状況に陥ってからの試合運びのつたなさにいたっては、言い訳のしようすらない。

 

「もっと精進しませんと」

 

 自らに向けて呟き、唇を真一文字に結ぶ。反論が襲ってくるだろうと予想していた鈴は、そんなセシリアの態度に肩透かしを食らい、居心地悪そうに目線をそらした。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解出来ただろう」

 

 ぱんぱん、と千冬が手を叩き、みなの注目を集めた。

 

「以後は敬意を持って接するように。……さて、それでは実習を始める」

 

 千冬は三人の男性操縦者を含む専用機持ちたちの名前を呼んだ。

 

「二クラス合わせて六十人、専用機持ちは六人だ。十人ずつのグループを作れ。各グループのリーダーは専用機持ちが務めろ。……なんです、鬼頭さん?」

 

「組分けはどうしましょう?」

 

 挙手をしながら鬼頭が訊ねた。ちら、と一夏に目線を送り、言う。

 

「各人の自由にさせてしまうと、特定の誰かに人気が集中してしまい、その選定だけで時間がかかってしまいそうですが」

 

「む」

 

「それから、私が担当するグループについても、陽子とは別の班にした方がよいでしょう。身内贔屓をしない自信がありません」

 

「……出席番号順にしましょう。お嬢様については特例で――、オルコット、お前のグループに入れてやれ」

 

 千冬は鬼頭親子の過去を知っている。陽子を男性操縦者がリーダーを務めるグループに入れるのは不味い、と判断した彼女は、クラスメイトたちの中でも特に親密なセシリアを指名した。

 

「よろしく、セシリア」

 

「こちらこそ、陽子さん」

 

「よし、グループを作れ」

 

 少女たちは自分の出席番号を確認しながら、それぞれ受け持ちの専用機持ちのもとへと集まった。国際色豊かなIS学園だが、出席番号の割り振りは日本人姓をあいうえお順で並べることが優先され、留学生たちはその後にファミリーネームをアルファベット順で並べて割り振られる。鬼頭のもとには、た行の谷本癒子から、や行の夜竹さゆかまでが集まった。鬼教官・織斑千冬の目にとまらぬよう注意を払いながら、彼女らは、ぼそぼそ、と班長に話しかける。

 

「鬼頭さん、よろしくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 幸いにして、鬼頭の班に彼に悪感情を向けてくる者は見られなかった。もしかすると胸の内に秘めているのかもしれないが、とりあえずいまは授業の進行に差し支えない範囲で隠してくれればよい。

 

「ええと、いですかー、みなさん。これから訓練機を一班一機取りに来てください。好きな機体を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 『ラファール・リヴァイブ』を展開したままの真耶が、ISを載せたカートを六台運んできた。それぞれに『打鉄』と『ラファール・リヴァイブ』、そして米国製第二世代機の『スプリット・クロー』が二機ずつ鎮座している。

 

 スプリット・クローはアメリカの国防総省が主導するIS部隊拡充計画のもとで開発された、第二世代型のISだ。和名を『裂爪』と言い、IS学園には訓練機として四機が配備されている。真耶が運んできた三機種の中では設計が最も古いISだが、数次にわたるアップグレードにより、基本性能は他の二機と比べても遜色ない。

 

 その開発計画の発端は、八年前の二〇一八年年に遡る。それよりさらに二年前の二〇一六年に起きた“白騎士事件“にて、アメリカはたった一機の――それも最初期に開発された第一世代型の――ISによって太平洋艦隊を壊滅させられた。このことは、我らこそ世界最強のアメリカ合衆国である、と自負するアメリカ人に強い衝撃をもたらし、アメリカの世論は、この新時代の超兵器を一刻も早く軍に導入するよう政府に求めた。かくして合衆国政府は、新兵器の開発・調達・配備・運用までを包括した一大プロジェクトをスタートさせたが、彼らはその実行役にNASAではなくペンタゴンを選んだ。この事実は、当時のアメリカ政府がISをどう定義していたのかを物語っている。

 

 すなわち、アメリカはISを、いずれ到来するだろう宇宙時代に向けた『可能性の翼』ではなく、これからの時代に欠かせない軍事力の一つ、と、みなしたのだ。そしてこの決断は、後に誕生するスプリット・クローのあらゆるデザインに反映されることとなった。

 

 建国当初の工業力が未熟な時代や、高い専門性が求められる一部の特殊部隊といった例外を除くと、アメリカ軍の制式装備は伝統的に国産品から調達される。外国製の装備が採用された場合でも、多くはライセンス生産という形で国産化がなされる。その先例に倣い、自国のIS部隊には国産ISの導入を、と企図したペンタゴンは、早速、国内のほぼすべての軍需産業に声をかけた。説明会に集まった各社からの代表者たちに、国防省の幹部らはこう告げたという。

 

「我々が求めるISは、スポーツの試合で勝てる機体ではない。宇宙の過酷な環境でも問題なく動ける、そんな堅牢さも不要だ。我々が欲するのは、戦争に勝てるISである」

 

 二週間以内に八社から草案が出され、そのうちの一つが幹部らの目に留まった。後に『スプリット・クロー』と名付けられる機体は、当時の米軍が採用していた戦略ドクトリンに則った運用――既存の戦力との連携など――を前提に、外見・機能・性能が造り込まれていった。

 

 鬼頭はカートの上で操縦者の搭乗を待つ軍用ISを観察した。彼が『スプリット・クロー』の実物を見るのは、これが初めてのことだ。

 

 全体的に平面から構成された見た目の、大柄なISだ。時速九〇〇キロメートルの速さで飛行しながらでも一二〇ミリ対戦車砲を抱えて撃ち、かつ連射しても安定した命中率を叩き出せるように、とこしらえられた手足は、『打鉄』の四肢と比べてひと回り大きい。まだシールド・バリアーの技術への信頼が薄い時代に設計されたISらしく、随所が分厚い装甲に覆われており、それがいっそう機体を巨大に見せていた。

 

 腰部を守るミニ・サイズのスカート・アーマーの背面部からは、僅かに“く“の字に湾曲したモジュールベースの板が左右に伸びている。『スプリット・クロー』を第二世代機たらしめている要素の一つで、ここに後付武装を搭載したモジュール・ユニットを接続し、様々な状況に対応する、という装備だ。今回の授業では、ビール樽のような形をした円筒型の後付けスラスター・ユニットが二基マウントされている。機動性重視のセッティングだ。

 

 ――外板に平面が多用されているのは、生産性を向上させるためだろう。ボディが大型なのは当時の技術的問題で、装置の小型化ができなかったからだろうが……見たところ、高度にモジュール化されているように見える。整備性を高めるために、わざと大きくしている部分もあるのかもしれないな。

 

 同じ米国製品で軍用機のF15イーグル戦闘機は、モジュール化によって高い整備性を獲得しているという。故障や損傷した箇所をモジュール単位で新品と交換することで、経験の浅い整備士でも容易に作業でき、かつ迅速な戦線復帰を可能にしているそうだ。兵器として設計されたISならではの機構だといえよう。近年では自動車にも使われている手法である。

 

 自動車といえば、『スプリット・クロー』の外見は、鬼頭に古いアメリカ車の姿を連想させる。平面的で角張った見た目をした大型のボディに、高出力のモーターを仕込んだ手足というデザイン・コンセプトなど、車体・排気量・馬力のどれもが大きかった、古き良きマッスルカーの特徴にそっくりだ。個人的には、好みのデザインだが。

 

 ――問題は、マッスルカー然としたこのデザインに、十代女子の美的感性に訴求する力があるかどうかだが。

 

 自分が気に入っているからといって、他の者たちまでそうとは限らない。

 

 先述の通り、三機の間に目立った性能差はない。となると、操縦特性の違いや見た目が気に入るかどうかといった点が、選定の基準となろう。鬼頭は居並ぶ少女たちを見回して、訊ねた。

 

「希望の機体はありますか?」

 

「わたしはラファールがいいです。放課後の自主練のときとかも、ラファールの方が多いですし」

 

 谷本癒子の発言を口火に、少女たちの口からは次々と意見が飛び出す。そのいずれもが、『打鉄』か、『ラファール・リヴァイブ』を希求する内容だった。『スプリット・クロー』を求める声は、ひとつもない。残念。

 

 結局、十代女子たちはアメリカン・マッスルカーや、あらゆる機能や性能がちょうど良い国産車よりも、おフランス車の瀟洒なデザインがお好みのようだった。九人中の六人が、『ラファール・リヴァイブ』を志向したのだ。

 

 『スプリット・クロー』が選ばれなかったことは残念だが、良い選択だと思う。初心者でも扱いやすいマイルドな操縦特性は、練度が不揃いな複数人が短時間共用する機体として好適だろう。

 

 自分が思いつくことは、他の人間も考えつく。ぼやぼやしていると、他の班に機体を押さえられてしまう。鬼頭は『打鉄』希望の三名を見ながら、

 

「今日はラファールにしましょう。またこの顔ぶれで班を組むことがあれば、その時は『打鉄』優先で」

 

 一年生一学期のうちは、基本動作の確認・修得・徹底がIS実習授業の基本形となる。次の機会の到来は、そう遠い未来ではないはずだ。次回の約束をこの時点で交わすことで反対意見の不満を和らげつつ、鬼頭は足早に真耶たちの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィーク最終日。

 

 午前十一時半。

 

 海の駅九十九里は、九十九里浜のほぼ中央、九十九里町の片貝漁港の目の前で営業している商業施設だ。海の駅を名乗ってはいるものの、国土交通省が管轄する、いわゆる海の駅事業とは関わりのない施設で、船舶係留所としての機能は限られている。最大で一三〇台を収容する駐車場の存在からも、陸からのビジターにフォーカスを当てた施設だといえよう。

 

 海の駅とは、いわゆる道の駅事業の水上版といえる船舶係留施設だ。もともとは、大型のヨットやモーターボートなどの利用環境の整備と、情報のネットワーク化と提供を目的に整備が始まった。近年では国民の“海離れ“を背景に、国民が気軽に海に親しめるようマリンレジャーの拠点としての活躍が期待されている。二〇二二年の時点で全国に一七七駅が国交省に登録されているが、それとは関係なしに、海の駅を称する施設が国内にはいくつかあった。

 

 海の駅九十九里もそうした非登録施設の一つだ。九十九里浜で水揚げされた鰯や蛤、地元でとれた新鮮な野菜などが楽しめる、観光スポットとして機能している。施設内にはフードコートや直売所のほか、鰯漁の文化を学べる『いわし資料館』や展望設備などがあり、都心から車で一時間少々という好立地から、平日・休日問わず多くの客で賑わっていた。

 

 メインの建物は二階建てで、一階部分は主に直売所といわし資料館からなる。フードコートは二階部分にあり、屋内だけでなく、ウッドデッキのテラス席をも備えていた。テラス席はペットを連れての利用が可能で、犬好きの観光客からの人気も高い。

 

 東金ジャンクションで合流した青いカムリに先導され、海の駅九十九里に到着したパワードスーツ開発室一行は、マイクロバスを下車するや、カムリの運転手から「色々と訊きたいことはあるでしょうが、話をするにしても、何か食べながらにしませんか?」と、提案された。大振りな双眸。仁王象を思わせる顔の造作。見慣れているはずの顔を前にした彼らは、しかし一様に茫然とし、声もなく立ち尽くしてしまう。返答がないのを怪訝に思いながら、カムリの運転手は、かたわらに立つ、自分とまったく同じ顔をした、異世界からやって来た男に話しかける。

 

「おい、これ、俺たちのことを、どこまで話しているんだ?」

 

「まだほんの少しだけだ。並行世界のこととか、俺が異世界からやって来た人間だってことぐらい」

 

「お前、もう少し事情を説明してから引き合わせろよ。この後の話が大変になるだけだろうが」

 

 同じ顔、というだけではない。表情や仕草、声までもが、まったくの相似形。いち早く、正体を取り戻した桐野美久が、震える声で問う。

 

「ええと、双子、なんですか?」

 

「いいえ」

 

 カムリの運転手がかぶりを振った。見知った顔の、見知らぬ眼差しが美久を真っ直ぐに見つめてくる。

 

「双子や、親戚の類いではありません。……彼からどこまで聞いているのか分かりませんので、最初から説明しますが」

 

 カムリの運転手はパワードスーツ開発室の面々を見回して、最後に、桜坂の顔を見た。

 

「仮に、いま我々が暮らしているこの世界を、アース1と呼びましょう。あなた方の上司の生まれ故郷をアース2、直前までいた並行世界を、アース3とします。彼がアース3からやって来た桜坂なら、私は、このアース1で生まれた桜坂です」

 

 それ以降の話は、昼食を摂りながら。驚く一同に再度提案し、了承を得たアース1の桜坂は、みなを二階のフードコートに案内した。黄金週間の最終日とあって、フードコートはランチ・タイムからはずれた時間にも拘わらず混み合っていた。十一人もがかたまって座れる席を確保するのは困難かと思われたが、アース3からやって来た桜坂が「場所取りは任せてくださいよ」と、みなの返事を待たずに、ふらり、と赴くと、なんとしたことか、客たちが彼のそばを避け、広大なスペースが築かれ始めた。

 

「こ、これは、いったい……」

 

 困惑する酒井に解答をもたらしたのは、アース1の桜坂だった。

 

「人払いの結界を張ったんですよ。といっても、魔法の類いじゃない。いや、出来ないわけじゃないらしいが、本人曰く、そういう魔法は、あまり得意じゃないそうで。今回のは、いわゆる、フェロモンってやつです」

 

 主に昆虫などが生成し、分泌する、生理活性物質だ。同種の他の個体に一定の行動や発育の変化を促す、眼や耳に頼らない情報伝達手段だといえる。

 

「これから、余人には聞かれたくない話をしよう、ってんだ。密談できるスペースを確保するために、あいつを中心に、なんとなくこの場にいたくない、と周りに思わせる、密度調節フェロモンと警報フェロモンを分泌したんですよ」

 

「……あなた方は、そんなことまで?」

 

「俺たち、ではありません。あいつだけですよ、ここまで出来るのは」

 

 フードコートに出店している店は三種類。各々思い思いの料理を注文し、出来上がり次第、ひとり待つ桜坂のほうへと向かう。彼の分は、アース1の桜坂が用意した。九十九里浜自慢の鰯をたっぷりトッピングしたピザ。

 

 全員が着席したのを確認し、アース3の桜坂が言った。

 

「まずは俺たちをどう呼べばいいか、から話しましょうか。アース1の俺、アース3の俺、っていうのは、どうにも呼びにくいでしょう?」

 

「そうしていただけると、助かります」

 

 滑川技師の言葉に、全員が同意を示した。二人の桜坂は、うむ、と頷き、

 

「まず、アース1の俺の方は、リュウヤと呼んでください」

 

「リュウヤ?」

 

「俺の下の名前ですよ」

 

 アース1の桜坂が言った。

 

「並行世界の、同一人物ですから。こいつも、俺も、同じ名前なんです」

 

「それなら、室長の方を下の名前で呼べばいいのでは? りゅ、りゅ、り…………あ、あれ?」

 

 アース3からやって来た桜坂を見ながら呼ぼうとして、口の動きが、急に鈍くなった。喉を震わせて音を生み出そうとするが、どうしても、上手く動いてくれない。まるで、発声器官だけが突然、自分の身体の一部ではなくなってしまったかのようだ。何度試しても、駄目だった。リュウヤ。たったそれだけを口にすることが、どうしても出来ない。

 

 見回せば、他の者も同様の障害に直面しているらしかった。アース1の桜坂を見ながらだと普通に口に出せるのに、アース3の桜坂を見ながらでは、途端、同じ音を発することが出来なくなってしまう。

 

「フェロモンですよ」

 

 動揺する滑川たちに、リュウヤが言った。

 

「その名前を口にしたり、文字に書いたり、思い起こしたり出来ないよう、本能の部分にはたらきかけるセーフティ・ロックを、警報フェロモンでかけているんです。その名前を口にしたり、文字に起こしたりしたら、大変なことになる。無意識に、そう思うように仕向けられているんです、皆さん」

 

「……そういえば」

 

 開発室の最年長、桜坂たちとの付き合いも長い酒井が呟いた。

 

「桜坂君とはもう二十年近い付き合いになるのに、一度も下の名前を呼んだことはなかった。いや、呼ぼうという気持ちが起こらなかったんだ。社内文書でフルネームが書かれているのを見ても、下の名前を意識したことは一度もなかった。そうか、フェロモンの仕業だったのか!」

 

「色々と差し支えがありましてね」

 

 アース3からやって来た桜坂は険を帯びた表情を浮かべた。

 

「皆さんに下の名前を意識されると、俺にとって、非常に不都合な事態が起こりかねない。それを予防するための措置として、悪いとは思いましたが、フェロモンを吸引してもらいました」

 

「……その、不都合な事態というのを、話してもらうわけには?」

 

「それはご勘弁を」

 

 鰯ピザを頬張り、桜坂は言った。

 

「たぶん、皆さんにとっても、知らない方が良い情報だ」

 

「なるほど。では、きみのことは何と呼べば?」

 

「いままで通り、室長と、役職名で呼んでください。それか名字で」

 

 呼び名の問題については、ひとまず解決した。話題はいよいよ、異世界からやって来た男の来歴へと移る。

 

「俺自身のことと、俺が生まれた世界、そして戦いに生きた世界のことを、少し話しましょう。あなた方の世界である、このアース1を基準に考えます。俺が生まれたアース2が、ここアース1と枝分かれしたのは、かなり早い段階でのことだったのだろうと思います。アース2は一見、アース1とほとんど大差のない世界です。この世界と同様、太陽系には一つの恒星と、八個の惑星があり、そのうち生命の誕生という幸運に恵まれたのは、太陽に三番目に近い惑星……地球のみでした。地球はアース1のそれとほぼ同じ歴史を辿り、何度かの生物大量絶滅を経て、猿から進化した、我々ホモ・サピエンス種が支配する星となりました。その過程で育まれた文化や言語、固有名詞の発音なんかも、ほぼ同じです」

 

 サブカルに詳しいトムが、おや、と首を傾げた。並行世界は、枝分かれした時機が早いほど、最終的な姿形が違ってくる。桜坂は、アース1とアース2は、かなり早くに枝分かれした、と言った。それなのに、大差がないとは、どういうことなのか。

 

「アース2にいた頃、私は世界を隅々まで巡ったわけでも、すべての叡智を手にしたわけでもない。だから、この世界との違いについて論ずるとき、それは、私が知っている限りの、ということになります。アース2と、ここアース1の違いで、私がぱっと思いつくのは一つだけです。他にも違いはあるかもしれませんが、私が知っているのは、一つだけだ。

 

 アース2にはあったあるものが、このアース1にはない。単純に、あるなし、ではなく、存在していない、という意味で、ない。そして“それ”はアース2世界の成り立ちの、根幹部分に関わるものです。したがって、“それ”が存在しないこのアース1は、アース2とは見かけ上の差異は少なくとも、根本的に似ても似つかぬ世界、ということが言えます」

 

「それは……例えるならば、天然のダイヤモンドと、キュービックジルコニアの違いのような?」

 

 素材のエキスパートならではの例えを提示し、酒井は訊ねた。人工ダイヤモンドの代表格であるキュービックジルコニアは、見た目こそ天然のダイヤモンドとほとんど変わらないが、その組成や分子の構造式はまったく異なる。耐熱性セラミックの材料として使われる二酸化ジルコニウムに、酸化カルシウムや酸化マグネシウム、酸化イットリウムなどを混合し結晶化させたものが、キュービックジルコニアだ。見た目は似ていても、炭素のみからなるダイヤモンドとは、本質的に違う物質だといえる。

 

 酒井の言葉に、桜坂は頷いた。

 

「私の持つ超人としての能力のほとんどは、“それ”に由来するものです。したがって、まずは“それ”がどういうものなのかを説明しなければならない。……繰り返しになりますが、このアース1には“それ”が存在しません。当然、“それ”の見た目や本質を適切に、かつ一言で表現できる語彙というものが、この世界には存在しない。耳馴染みのない言葉で、呑み込むのが大変だと思いますが、今後の説明をやりやすくするためでも、ぜひ、この言葉を憶えておいてもらいたい。私の生まれ故郷のアース2、そしてアース3では、それを、《シミハオ・ラスレス・カウート》と呼んでいました。日本語を無理矢理あてるとしたら、《永遠神剣》と、なりますか」

 

 永遠を生きる、神々のためにこしらえられた特別な剣。

 

 ファンタジー小説の世界から飛び出してきたかのような言葉を、開発室の面々はゆっくりと噛みしめる。

 

「まさしくファンタジー小説に登場する、不思議な力を持ったアーティファクトのようなものですよ。

 

 《永遠神剣》は、私が知っているだけでも実に様々な属性を持っていますが、本質的には、武器にカテゴライズされるものです。その姿形は、文字通り剣の姿だったり、槍の形だったりと色々あります。機能も様々ですが、共通して、その性能は絶大。たとえば剣の姿をしている物は、剣術や剣道の心得のない者が無造作に振るった打ち込みでさえ、巨岩を断ち割ることが可能でした。ある程度剣の扱いを学んだ者が手に取れば、最新の戦車の分厚い装甲さえ、熱したナイフでバターを切るかのごとく。達人級の使い手ともなれば、富士山級の山をも斬割しうる。そういう、恐るべき性能を持った武器です。アース2やアース3における、最強兵器と呼んでも過言ではないでしょう」

 

 発言したのが目の前の彼でなければ、にわかには信じられなかっただろう。山を砕くなんて、戦略核の破壊力ではないか。いかに平行進化を遂げた別世界での出来事とはいえ、それほどの破壊力を、剣や槍といったコンパクトな武器に封入できるものなのか。

 

 しかし、いまの自分たちは知っている。アース1における最強兵器を、素手でもって破壊する。そんな非現実の極みを、軽々にやってしまえる、目の前の彼。その力の理由が、件の《永遠神剣》だとしたら、納得せざるをえない。

 

「それほどの力を持つ《永遠神剣》ですが、扱える人間は限られています。《永遠神剣》は道具であると同時に、それぞれが一個の人格を持った、生き物でもあるためです。《永遠神剣》には、我々人間のような高度な知能と感情があり、それが、使い手との相性を生む。神剣が好ましいと思う使い手、使い手が好ましいと思う神剣。その相性が良くなければ、《永遠神剣》から力を取り出すことは出来ない」

 

「……なんだか、ISみたいですね」

 

 ここまでの説明に対する感想を、桐野美久が述べた。他の者たちも、同意するように頷く。

 

 競技用、宇宙開発用と様々な属性を持っているが、現在のところ、世界はそれを、兵器としてカテゴライズしている。

 

 メーカーや仕様の違いによって様々な形態、様々な機能を持つが、共通してその性能はすさまじく、最強兵器の名をほしいままにしている。

 

 その中枢装置たるISコアには人間でいう心が宿っているとされ、それがために、操縦者との間には相性が生じている。その相性が良くなければ機体の性能を引き出すことは出来ず、逆に高相性の関係を築くことができれば、唯一仕様の特殊能力(ワン・オフ・アビリティー)の発現や、第二形態(セカンド・シフト)への移行といった、超現象さえ可能とする。

 

 なるほど、桜坂の語る《永遠神剣》の特性は、アース1世界の住人がよく知るISに特徴に非常に酷似しているといえた。

 

「それは言えますね」

 

 美久の発言に、桜坂も首肯した。

 

「あるいは、アース2やアース3世界におけるISの代わりが、《永遠神剣》なのかもしれません。アース1におけるISが、人間の社会構造の根幹部分に関わっているように、向こう……とりわけアース3では、《永遠神剣》の存在を前提とした社会を築いていましたから」

 

「アース2や3には、ISは存在しないのですか?」

 

 桜坂の回答に酒井が、おや? と、驚いた様子で訊ねた。

 

「室長のいまの口ぶりからは、そのように聞こえましたが」

 

 もしそうだとすれば、アース1と2に大した違いはない、とした先の発言は口に出来まい。いったい、どういうことなのか。

 

「その問いに対する答えは、分からない、というのが、正直なところです」

 

 対する桜坂の口調は重たげだった。

 

「分からない?」

 

「こちらの世界で篠ノ之束博士がISを発表したのが、いまから十年前……二〇一六年のことです。アース2でも世界の共通年号には西暦を採用していて、数え方に違いはありません。アース2における二〇一六年、私はすでに生まれ故郷の宇宙を離れて久しく、以降はずっと戻っていません。そのため、アース2でもこちらと同様に、ISが発明されたのかどうか、私は知らないんですよ」

 

 冷水の入ったコップを口元に寄せ、喋りっぱなしの喉と唇を潤した。

 

 いよいよここからが本題だ、と前置きし、異世界からやって来た男は再度口を開いた。

 

「アース2における、二〇〇八年のことです。私はある事件に巻き込まれ、その過程で、《永遠神剣》を手に入れました」

 

 彼が手にしたのは、《永遠神剣》たちの中でもとりわけ特殊な形態と機能を持った一振だった。個でありながら集団、全であると同時に一。マイクロメートルに満たない超極小サイズの単細胞生物が、数千数万と集まってコロニーを形成している群体生物型の永遠神剣。桜坂の肉体の其処彼処に寄生し、その血肉を超常の物質へと変貌させることで、この男の身体を超人のそれへと作り替えた。拳を握れば大地が揺れ、足を振りぬけば、圧倒的な空間圧により大気は絶叫する。いまの自分であれば、最新の装備で身を包んだ陸軍の一個軍団とも互角に戦えるだろう、とは本人の弁だ。

 

 そして、それほどの戦力を有する《永遠神剣》が持ち出される事態とは、やはり、《永遠神剣》が猛威を振るう惨事だった。

 

「事件の詳細については割愛しますが、当時、私の前に立ちはだかったのは、《永遠神剣》の中でも特に強力な一振を持つ男でした。私はそいつと戦い、敗れた」

 

 当時の自分は《永遠神剣》を手に入れたばかりで、その本領を引き出すことが出来なかった、というのは、敗因の一つにすぎない。

 

 黒き刃を自称する大男の強さは、当時の自分には……いや、あれから幾千の時を重ね、研鑽を積んだいまなお、手に余る。巨大な牛刀のような形をした《永遠神剣》に、惑星級のエネルギーを篭め、大上段に振りかぶり、真っ向振り下ろす。迎撃のために振り抜いたこちらの大刀はあっさり弾かれ、己は五体を、素粒子のレベルで分解破断させられた。

 

 桜坂が平行世界間の移動をはじめて経験したのは、その直後のことだったという。

 

「……“あれ”がどういう現象なのかは、私もよく分かりません。あの日から長い年月が経ちますが、何が原因で起こった現象なのかも、いまだにはっきりとしない。《永遠神剣》同士のぶつかり合いによって発生した莫大なエネルギーの爆発がそれを起こしたのか。それとも、私たちが知らないだけで、宇宙規模のスケールではありふれた自然現象にすぎず、我々がそれに巻き込まれたのはたまたまのことだったのか。とにかく、です。私はあの日、光に包まれた。そして気が付くと、時空の壁の境目を越えて、アース2からアース3へと、ジャンプしていたんです」

 

 荒波が踊り狂う大海に、突然、放り出されたかのような感覚だったという。すさまじい圧力に全身を揉みしだかれ、指一本々々の自由さえ奪われた状態で、延々と、光の洪水の押し寄せるままに、どこかへ流されていく。そうしているうちに、天地の感覚は失われ、自分がいま立っているのか、寝転がった状態で光の奔流に身をさらしているのか、はては逆さでいるのかさえ分からなくなった。

 

 光のトンネルの出口は、唐突に現れた。気が付くと、この身は夜の空に放り出され、眼下には鬱蒼と茂る黒い森。慌てた彼は神剣の力を開放し、落下速度の減速をはかりながら、着地の姿勢をとった。なんとか無傷で大地を踏みしめることに成功した彼は、次いで周囲の様子を注意深く観察。自分の身に、尋常ならざる事態が起きたことを悟った。

 

「その場所こそが、アース3だったんです」

 

「つまり、室長は異世界転生を?」

 

 ネット小説をよく読むというトムが興奮した口調で訊ねた。ネット小説には、現代地球人が突然異世界に召喚されて活躍する、という筋書きの一大ジャンルがある。古くは、エドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』に代表される展開だ。

 

「さあて、それはどうでしょうねえ」

 

 はずんだ声のトムとは対照的に、応じる桜坂の声は硬質的だった。

 

「あれがいわゆる異世界転生と呼ばれる現象だったのか、という問いには、正直、分からない、というのが答えになります。というのも、アース3というのは、私が勝手にそう呼んでいるだけですからね。実際には異世界なんかじゃなく、同じアース2宇宙に存在する、別の銀河、別の地球型惑星だったのかもしれません。まあ、いまとなって異世界だろうと、同じ平行宇宙の他天体であろうと、大した違いではありませんが」

 

 重要なのは、そこが桜坂の生まれたアース2の地球ではなかった、ということだ。

 

「広義の意味での環境そのものに、大きな違いはありません。その場所にはまず空気があり、大気や土壌の組成は、アース1や2の地球とほぼ一緒。地球には存在しない未知の元素のせいで体調が悪くなる、ということもなく、我々地球人が非常に過ごしやすい環境だったと評していいでしょう。

 

 環境がそういう感じですから、そこに生息する動植物の生態も、目につく範囲では大差ありません。勿論、角の生えたウサギのような動物だとか、我々の地球でいう、ドラゴンのような生き物がいるなどの細かな違いはありましたが」

 

「は、ドラゴン?」

 

 滑川雄太郎が茫然と呟いた。その反応を未知の情報に対する不可解と解釈した桜坂は、両手を使ったジェスチャーを交えながら言う。

 

「あれ? ご存知ありません? こう、体の大きなトカゲというか、昔いた恐竜みたいな、地球では空想上の存在なんですが」

 

「あ、いや、それは知っていますが……え? ほんとに、いたんですか?」

 

「はい。実際に、目にしたこともありますよ」

 

 個体ごとに大きさはまちまちであったが、総じて、巨大な生物だった、と桜坂は語った。あくまでも自分が見聞きした範囲内でのことですが、と冠をかぶせた上で、両手を使ったジェスチュアもまじえて説明する。

 

「最も小さな個体でさえ、アフリカゾウの何倍も大きかった。単に大きいだけじゃなくて、鎧みたいな見た目の硬い表皮の下に、太い骨と、発達した筋肉を持っていました。運動に適した体つきをしていていましてね。力は強く、動きも素早い。おまけに背中にはコウモリみたいな膜状の羽根まで生やしていた。うん。飛ぶんですよ、向こうのドラゴン」

 

 頭部は、一般によく知られているティラノサウルスの復元図を細面にしたような見た目をしていた。顎は牛を一頭丸呑みできそうなくらい大きく、歯茎には分厚いナイフを思わせる鋭い牙が整然と並んでいた。一度、体長だけで三十メートルはあろう個体に、その口で思いっきり噛みつかれたことがあるが、そのときは皮膚の強度を鋼鉄の八倍、骨にいたっては鋼鉄の十五倍まで高めていたにも拘わらず、たったひと噛みで胴体を寸断されてしまった。間違いなく、アース3生態系の上位に位置する生き物だろう。

 

「上位、ですか?」

 

 松岡が訝しげな口調で訊ねた。鋼鉄の数倍の強度云々や、目の前の男の胴体が過去に物別れを起こしていた事実など、驚きの感情を喚起する情報は数多いが、特に衝撃的だったのがその一事だ。上位。すなわち、頂点ではないということ。それほどの力を持った生物をして生態系の頂点に君臨できぬとは、アース3とはどんな魔境なのか。そしてその頂点存在とはいったい……? はたして、桜坂はほろ苦く笑ってみせた。

 

「こっちと同じですよ」

 

「同じ、とは?」

 

「人間です」

 

 人間。そう呟いた男の顔を、正面から見つめる松岡らは、どきり、と心臓を鷲掴まれる感覚に襲われた。往時を思い出してか、仁王の面魂は忌々しげに歪んでいた。

 

「アース3にも、いたんですよ。二本の足で地面に立ち、二本の腕を器用に使って道具を操り、発達した大脳から様々な文化文明を生み出し、地上を征服していた。……少なくとも、そういうつもりになっていた。我らこそこの地上の支配者である、と。我々はこの大地を好き勝手していいんだ、と。そうやって調子に乗る、我々とまったく同じ見た目をした、くそったれな生き物がね。アース3にも、いたんです」

 

 

 

 






スプリット・クローを登場させたのは、今後、専用機持ち以外の生徒のISバトルを描写する際に、試合展開に幅を持たせるため。

テメェの力量だと、『打鉄』と『ラファール』の2機種だけじゃ遠からずネタ切れすると思われるので……。

再登場の機会を作れるかどうか分かりませんが、とりあえず、こういうのがあるよ、と設定しておくだけしておこうと思いました。

スペック等は次回登場時にでも。




桜坂の過去については、彼はもともと作者が別名義で活動していたときにエタらせてしまった作品の主人公で、その頃の設定を流用して、本作でのキャラクタを造形しています。

永遠神剣シリーズをご存知ない方には、なんだこりゃ!? な、設定ですが、桜坂が超人であるという以外に、このあたりの要素が活きることはほとんどないかと思いますので、「わあ、この作者キメェ」と、笑ってやっていただけますと幸いです。



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