この小さな世界で愛を語ろう   作:3号機

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伝説のインタビューが書けたので満足です。ハイ。




Chapter35「きみとの付き合い方」

 

 全国紙か、地方紙か。スポーツ新聞か、経済新聞か。分類の違いはあるが、新聞という情報媒体の誌面構成に、大きな違いはない。すなわち、第一面にてその号におけるトップニュースを大きく紹介し、第二面以降の総合面にて、一面に載せきれなかった重要なニュースや、一面記事についてのより詳細な解説をする、という構成だ。

 

 IS学園新聞部発行の学内新聞もまた、基本的な造りはその形を踏襲していた。

 

 新たな赴任地の情報収集にと、生協にてバックナンバーを手に取った転校生のラウラ・ボーデヴィッヒは、第三アリーナ整備室の休憩所に到着するなり、早速、新聞を広げた。

 

 IS学園の各アリーナに併設されているIS整備室には、総じて、飲食や仮眠をとるための休憩スペースが設けられている。部屋の広さはアリーナごとにまちまちだが、大抵の場合、八人用の長テーブルが四つ並んだ飲食用スペースと、寝袋や布団を敷くための座敷スペースからなる。

 

 当初の予定より二名増えて計五人となった鬼頭らの一団は、テーブルの一つを占拠すると揃って昼食を開始した。休憩所には鬼頭ら以外の利用者の姿はなく、食事中の無作法にも、目くじらを立てる者はいない。唯一、鬼頭一人だけがラウラの行儀の悪さに眉をひそめたものの、それも束の間のことだった。そういえばと、過去の自分を省みて何も言えなくなってしまう。名古屋で暮らしていた頃、自分も食事中に新聞を広げて陽子に怒られた記憶が蘇った。

 

 学内新聞の記事はすべて日本語で書かれているが、そのためにラウラが読解に手間取ることはなかった。日本への留学にあたって、そのあたりの学習は一通りすませているらしい。

 

 ラウラが第一面を精読する隣の席では、鬼頭が面はゆそうに生協で買ったサンドイッチを頬張っていた。なんとなれば、学内新聞の第一面には、ソファに腰かけた鬼頭の写真がでかでかと掲載されていたためだ。

 

 鬼頭が新聞部部長の黛薫子から特別取材を受けたのは二週間前のことだ。過日の暮らす代表就任パーティの際に行われた、男性操縦者たちに対するインタビュー記事が好評を博したらしく、追加の取材を申し込まれたのだった。依頼に対し、一夏は忙しさを理由に断ったが、鬼頭は承諾した。取材の対価として提示された報酬のいちごタルトが、彼の目にはとても魅力的に映じたからだ。

 

 『独占取材! 男性操縦者の知られざる素顔!』という、安っぽい見出しで飾られた記事は、一面だけでなく、三~五面までをも贅沢に費やしていた。一面にはインタビュアーの薫子自身によって、記事の概要と見所、感想がしたためられ、三面からは取材の全文が記載されている。

 

 記事の目玉は、第五面にプリントされたQRコードだ。インタビューの様子を撮影した動画ファイルにアクセス出来るコードで、文章からは伝わりにくいその場の雰囲気や、表情のなどを知ることが出来る。

 

 もとより情報収集目的で学内新聞を購入したラウラだ。情報量は多いほど良いとして、早速、第五面へと新聞をめくった。目当てのQRコードを見つけると、待機状態のISを使って走査する。空間投影式ディスプレイがテーブルの上で起ち上がり、過日行われたインタビューの様子を映し出した。白い壁。ブラインドカーテンが閉められた、やや暗がりな室内。妙に、てらてら、とした茶色のビニールソファに、鬼頭が腰かけている。

 

『じゃあ、まず年齢を教えてくれますか?』

 

 姿は見えないが、薫子の声が響いた。問いに対して、ディスプレイの中の鬼頭が応じる。

 

『四五歳です』

 

『四五歳? もう働いているんですよね? じゃあ』

 

『高校生です』

 

『高校生? あっ…(察し)。ふうん……。え、身長、体重はどれくらいあるんですか?』

 

『えぇ……身長は一七六センチで、』

 

『はい』

 

『体重は六四キロです』

 

『六四キロ? いま何かやっています? スポーツ……体重のわりに、すごくガッチリしていますよね?』

 

『スポーツと言ってよいのか分かりませんが……居合を少々、たしなんでいます。あとはドライブが趣味なので。スポーツ走行にも耐えられるよう、トレーニングはなるべくするようにしています』

 

『ドライブ……愛車は何です?』

 

『いまはないです』

 

『いまはない? いつぐらいまで持っていたんです?』

 

『こ……三月くらいまでですね』

 

『はい。三月?』

 

『はい。いや、正確に言えばいまも所有はしているのですが、名古屋に置いてきたままなので。IS学園に来て以来、ずっと乗っていませんしね。愛車と呼んで、よいものかと思いまして』

 

『ふうん。レンタカーとかは?』

 

『よく利用します』

 

『どういう系統のクルマが好きなんですか?』

 

『そうですね……』

 

『はい』

 

『やっぱり私は、王道を征く、ホットハッチ系、ですか』

 

『うん。あ、ホットハッチ? 高いでしょ、でもホットハッチ』

 

『ピンキリですよね。でもね』

 

『ははあ』

 

『はい』

 

『じゃあ、公道アタック……とかっていうのは?』

 

『やりますねぇ!(大声)』

 

『やるんですね』

 

『やります、やります』

 

『ふうん。週何回とか、そういうのはあります?』

 

『週……ううん。何回という感じではないのですが、しかし頻繁にやっていますね』

 

『やっている?』

 

『はい』

 

『じゃあ、最近はいつ走ったんです?』

 

『最近は……三……日前』

 

『三日前?』

 

『はい。島内の連絡用道路をね。連絡車の、ホンダeを借りて……』

 

「……私、前にもこの動画を見たことがあるんっスが」

 

 代表候補生らしく、女性のわりに大きめの弁当箱にフォークを刺すフォルテが、ディスプレイを見上げながら呟いた。

 

「こんなインタビューまでしておいて、ミスタ・トモユキが“例のアレ”を知らないって設定には、無理があると思うんスよ」

 

「フォルテちゃん。メタ発言はやめましょうね」

 

 第四の壁を越えようとするフォルテの企てを、すかさず楯無が掣肘した。

 

 他方、話題の主役たる鬼頭はというと、二人の間で繰り広げられる会話の意味するところが分からず、怪訝な表情を浮かべている。ちょうど真向かいの席に座るダリルに訊ねるが、返答は彼の望むものではなかった。

 

「お二人は、いったい何を言っているんでしょう?」

 

「……悪ぃ。私にもわかんねぇ」

 

『――というわけで、アルトバンや、ミニカライラあたりの軽商用車は、実質軽スポーツカー……ホットハッチと呼んでも、過言ではないと思うんだよ(真顔)。私は』

 

『はえ^~、すっごい暴論(呆れ)』

 

 インタビューは進み、ディスプレイには軽商用車の魅力について熱く語る鬼頭の姿が映じている。

 

 そういえば、最近軽自動車は楽しんでいない。給油所設置の問題からガソリン車の導入が難しいのは分かるが、IS学園も島内移動用に一台ぐらい都合してくれないかなあ、などと考えていると、隣の席に座るラウラが、感心した様子でしきりに頷いているのに気がついた。

 

「ふんふん。ヘア・キトーはホットハッチという車が好きなのか。……ホットハッチとは何だ? いかん。ヘア・キトーを懐柔するためにも、至急、クラリッサに確認しなければ」

 

 ドイツ軍の上層部より自分とは友誼を結ぶよう指示されているらしい少女は、新しい世界の扉を開こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニット・ストラトス二次創作

 

「この小さな世界で愛を語ろう」

 

Chapter35「きみとの付き合い方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうことよ?」

 

 昼休みの屋上。季節の花々が咲き誇る花壇に囲まれた休憩スペースの一画で、凰鈴音は不機嫌そうに呟いた。

 

 円テーブルを囲んで左隣に座る一夏は、幼馴染みの刺々しい視線を浴びてにんまりと微笑み、即座に頭を垂れる。

 

「おう、素直に謝るぞ。ごめんなさい。智之さんを連れてくるのは失敗した」

 

「それはまあ、いいのよ。いや、よくはないんだけども。出来れば連れてきてほしかったんだけれども!」

 

「おう」

 

「あたしが聞きたいのは、なんで箒とか、新顔の転校生とか……、イギリスの代表候補生に、その……、よ、陽子までいるのかってことよ」

 

 鈴は同卓している顔ぶれを見回した。彼女から見て左に一夏、シャルル、セシリア、陽子、箒の順に座っている。円テーブルだから、セシリアが真向かいに位置し、一夏と箒に挟まれる形だ。

 

 鬼頭への過日の暴言をいまだに謝罪できていない鈴にとって、辛い席順だといえた。主に右側から襲いくる眼光圧力が、臓腑を切々と叩いてくる。鬼頭とは親密な間柄の陽子やセシリアは無論のこと、箒までもが、柳眉を逆立ててこちらを睨みつけてきていた。

 

 鈴は知らぬことだが、箒は鬼頭自身の口から、親子の身に起きたかつての悲劇について聞かされている。彼女は鬼頭に対する鈴の態度に憤りを感じていた。なんとなれば、箒には鬼頭の苦しみが我がことのように理解出来たからだ。

 

 相手の事情をよく知りもせず。また、知ろうともせず。自分の気持ちを納得させる上ではその方が都合がよいからと、噂話や雑誌由来の信憑性不確かな情報ばかりを鵜呑みにする。しかも、それらの情報を論理的に正しいか否かではなく、自身にとって快か不快かという判断基準で分析し、糾弾のためのロジックを組み上げる。そうして作り上げた感情論の棍棒で、過去の決断についていまだ悩み苦しむ――本当にあれでよかったのか? もっと上手い方法があったのではないか? 自分も、陽子も。智也も、そして晶子すらも、誰もが傷つき、悲しまずにすむ方法があったのではないか? そうやって、答えのない問いで、いまなお自らを責め続けている――男を、躊躇なく、殴打する。そうした鈴の行いは、箒に過去の嫌な記憶を思い起こさせた。

 

 天才・篠ノ之束の実妹。その一事によって、彼女はこれまで幾度となく謂われのない暴言に曝されてきた。女尊男卑時代の到来によって大小様々な不利益を被った者たちからの恨み節が、彼女と、彼女の家族に襲いかかったのだ。お前の姉のせいで。お前たちの家族のせいで。お前たちのせいで。お前のせいで……。日に日に兇暴さを増していく怨嗟の声に、箒は抗弁した。あれは姉が勝手にやったことだ。私たちは関係ないし、私たちも迷惑に思っている。お前たちの境遇には同情するが、その怒りはただの八つ当たりだ。筋違いなものだ。私たちにぶつけられても、困る……。幼い箒の訴えは、しかし、彼らには許しがたいことだった。篠ノ之束本人が行方知れずな現状、彼らは怒りのぶつけどころをその家族に求めた。

 

 彼らの論理では、篠ノ之家の人間は全員が、篠ノ之束の共犯者であった。いや、共犯者でなければいけなかった。悪人でなければ。そうでなければ、この怒りをぶつける場所を失ってしまう。感情の行き場を失ってしまえば、そのエネルギーは身の内でくすぶり続け、暴れ続け、延々と、地獄の苦しみを味わうことになる。彼らは、それを嫌がった。

 

 人間は、自分にとって都合のよいもの、自分の信じたいものだけを信じようとする生き物だ。彼らは、自分たちの心を守るために、不快情動を喚起しかねない、真実を訴える言葉から耳を塞いだ。姉のために苦しむ家族の姿から、顔をそむけた。明後日の方を向きながら、「家族の暴走を止められなかった。それこそがお前達の最大の罪だ」などと、普通なら失笑ものの論理を必殺の武器とばかりに振りかざし、彼らはよってたかって、箒たちを責め立てた。

 

 幼い少女の目に、その姿はとても醜悪なものと映じた。耳膜を殴打する声は、とても恐ろしいものに聞こえた。鈴の鬼頭に対する態度は、あの醜い人々の姿と重なって、箒の目に映じていた。嫌悪感がものすごい。

 

 これに加えて、彼女の場合は一夏を挟んでの恋敵との意識もある。思い人の少年を取り合う相手がこんな女だったとは、という失望感は、その眼差しをいっそう険しいものにしていた。

 

 鈴は気づいていないが、この座席配置はセシリアと箒による陽子への気遣いの結果だ。陽子が男性を苦手に思っていることを知るセシリアは、一夏やシャルルと隣り合うのは辛いだろうと考え、彼女を男性操縦者たちから遠ざけるべく自分が間に座ることにした。箒はというと、こちらも鈴と隣の席は気まずいはずと考え、彼女との間に割って入ったのである。結果、鈴に対する剣呑な目線は彼女から見て右側に集中し、自然とその面差しは左側へ向きがちになった。そしてそのことが、セシリアたちの目には男性操縦者に媚びているように映じてしまい、さらなる敵愾心を煽り立てる。女尊男卑時代において、男性に過剰に頼る女は自立していないとされ、軽蔑の対象とされた。

 

「ちゃんと説明して」

 

 右頬に突き刺さる視線がますます険しくなるのを感じながら、鈴は小さな声で言った。普段は負けん気の強い彼女も、さすがにこの重苦しい空気感は耐えがたいか、あんただけはいつも通りでいてちょうだい。あたしの味方でいてちょうだいと、幼馴染みの少年に、すがるような口調だ。

 

 おいおい、それは不味いだろ。そんな声音じゃあ……ああ、やっぱり! 陽子たちからの圧が、また強さを増してしまった。一夏は口の中でひっそり呟くと、こちらも、ぼそぼそ、とした声で答える。

 

「俺だって、鬼頭さんたちまでついてくるとは思わなかったんだよ。最初に誘ったのは、シャルルだけだ」

 

「まず、それがどうして? なんであの人じゃなく、転校生を誘ってんのよ」

 

「今日は別の人たちと一緒に食べる予定があるから、って、智之さんに断られた後、一旦、教室に戻ったんだよ。そしたらシャルルが、困っているように見えたからさ。ほら、シャルルって、この見た目だろ? 昼休みになった途端、クラスの女子とか、他所のクラスの女子とか、はては上級生まで教室に押しかけて、『デュノア君! 一緒にご飯どう? どう? どう!?』って」

 

 そのときの光景を思い出し、一夏はげんなりと溜め息をついた。歪んだ恋愛欲の発露なのか、それとも国からそういう指示でも受けたのか、三人目の男子争奪戦とばかりに大挙して押し寄せる女子、女子、女子の姿。一年一組の教室はあっという間にすし詰め状態となり、シャルルは、ぎらぎら、とした熱い眼差しに取り囲まれた。彼女たちが口々に語るラブ・コールの内容は、等しく、昼食を一緒に摂らないか、というもの。フランスからやって来た美貌の少年は、はじめこそ彼女たちからの誘いをひとりひとり丁寧に断っていたが、八人目あたりから、表情に疲れが見え始めた。そんな姿が見ていられなくなり、一夏は口を挟んだのである。

 

「まずこの学園さぁ、屋上あんだけど、焼いていかない?」

 

「ちょっと待ってくれ。実はさ、シャルルにはもう、先約があるんだよ」

 

 誰からの誘いも断り続けていることから、昼食をともにしたくない事情があるのは明らかだった。それでもなお、しつこく訊ねてくる女子たちを諦めさせるには、すでに別な誰かとの約束があるからと、義理堅い姿を見せつけるのが効果的だろう。そう考えた一夏は、背後からシャルルの肩を叩いた。見上げてくる彼に、「な?」と、小さくウィンク。こちらの意図を察したシャルルは、「う、うん。実は、一夏とね」と、周りの女子たちに申し訳なさそうに言った。

 

 これが一夏以外の他の女子からの言であれば、発言の内容そのものに疑念を抱かれていただろう。抜け駆けへの懸念から、じゃあ私も、私も、と、いっそうややこしい事態に陥っていたかもしれない。

 

 しかし、発言者が同じ男性操縦者であったことが、発言内容の信憑性を高めていた。広い世界にたった三人しか見つかっていない、特別な立場の者同士だ。周りは女性ばかりというストレッサーな環境で、同性同士という仲間意識がはたらくのは、自然な流れと考えられた。一夏の思惑通り、詰め寄る女子たちは渋々身を引いていった。

 

 予想外だったのは、方便のつもりで口にした内容が現実化したことだ。

 

 気落ちする背中を見送った後、さて、自分も鈴のもとへ謝りに向かうかと、その場から立ち去ろうとした一夏の制服の袖を、つい、と引っ張る者がいた。シャルルだ。紫水晶の瞳をしっとり潤ませながら、彼を見上げて言う。

 

「あの、また女の子たちから誘われると困るからさ。……一夏がよければ、本当に、ご一緒させてくれないかな?」

 

 一夏はふたつ返事で彼の願いを聞き入れた。同性ゆえ、同じ状況に陥ったときの精神的苦痛が理解出来る、とは建前だ。実際は、シャルルの色気にやられてしまった。美少年の彼が上目遣いに見上げてくる姿からは、同性にも拘らず、妙な艶っぽさを感じてしまう。ましてや、それが小動物じみた所作を取ってきたがために、庇護欲をかき立てることこの上なかった。気がつくと、応、と頷いていたのである。無論、これは鈴には言えぬ理由だが。

 

「シャルルについては分かったけど……じゃあ、陽子たちはなんで?」

 

「悪うございましたね。ここにいて」

 

 意識して顔をそむけている方向から、刺々しい声。びくり、と肩を震わせそちらを見やると、半眼でこちらを睨む少女と目線がかち合った。童顔の陽子だが、鈴自身が彼女に負い目を感じているからだろう、威圧感がものすごい。両隣から挟む二人の怒気が、かすんで気にならないほどだ。

 

 鈴は臍下丹田に力を篭め、こちらも睨むように陽子を見た。謝りたい相手の一人にも拘らず、攻撃的な態度をとるのは、そうでもしないと気持ちが折れてしまいそうだからだ。虚勢でも張っていないと、相手の顔をまともに見ることも出来なくなってしまう。事実、陽子を見据える鈴の眼差しは、険しいながらも、明確に怯えの感情を孕んでいた。

 

 鈴は、陽子のことが恐かった。クラス対抗戦の際に一夏に看破された通り、鈴はいまでも離婚した父のことを愛している。それゆえに、大好きな父親を目の前で侮辱された陽子の怒りが、我がことのように理解出来る。出来てしまう。

 

 自分に対する彼女の怒りはいかほどのものか。想像するのが恐ろしかった。なんとなれば、自分が同じことをされたなら、目の前の女をぼこぼこに殴っているだろう確信があるからだ。自分には、それを可能にする力と手段がある。陽子にはそれがない。その違いしかなかった。

 

「い、いちゃいけないなんて、そんなこと、一言も、言っていないでしょ!?」

 

「そう言っているも同然の発言だったと思うけどな。いまの」

 

 剣呑な反駁が、下っ腹に突き刺さる。返す言葉を見失った鈴に、陽子はしかめっ面のまま言った。

 

「織斑君は悪くないよ。私たちが勝手についてきただけ。ほら、男性操縦者二人が一緒に行動してる姿なんて、肉食系女子のお姉様方からしたら、鴨が葱しょって、鍋とカセットコンロまで抱えているようなもんでしょ?」

 

 一夏の言を受けて引き下がってくれた者たちは、比較的モラルの高い人たちだ。相手にも事情があると、他者を慮る気持ちを持っている。しかし、ここはIS学園。背後にいる国家や企業から、相手の立場や気持ち、事情などは関係ない。どんな手段を使ってもいいから、とにかく男性操縦者にアプローチせよ、という乱暴な指示を受けている者も少なくないだろう。また、これから女子校で灰色の三年間を送る気構えでいたところ、突如として降って湧いた男子との接触機会に、恋愛欲求をすこぶる刺激され、周りが見えなくなっている者もいるかもしれない。そうした連中に対し、「他の女子がそばにいれば牽制になるのでは?」というセシリアからの提言に、箒とともに乗った結果が、この相席だった。

 

「鈴が待っているなんて、知らなかったんだよ。もしそうだと知っていたら、さすがに遠慮してた」

 

 二つの理由から、陽子は遠慮という言葉を選んだ。一つは、自分もそうだが、いまのセシリアや箒が鈴と顔を合わせれば、一触即発の空気感が形成されてしまうのが容易に想像出来るためだ。困ったことに、四人とも気の短い性格な上、そのうち二人は専用機持ち。ちょっとの刺激が原因で、血みどろの大喧嘩が始まりかねない。

 

 自分たちは会うべきではない。少なくとも、このわだかまりが解消されるまでは。事実、この場はいま実際に、そういう雰囲気に支配されてしまっているわけだから、この考えは正しいだろう。

 

 もう一つの理由は、鈴が一夏に寄せる恋慕の気持ちを知っているためだ。シャルルも同席しているとはいえ、長年の片想い相手と一緒にいられる時間を邪魔しては悪い、と考えてのことである。いまや互いに気まずい間柄の自分と鈴だが、それと彼女の幸せは切り離して考えるべきだろう。

 

「……今度はこっちからの質問だけど」

 

 陽子は、ちら、とシャルルを見た。鈴と鬼頭親子との間に生じた諍いを知らぬ彼の前で、ストレートな物言いは避けるべきか。彼女は慎重に言葉を選んで訊ねる。

 

「さっき、父さんのこと話してたよね? 織斑君に、父さんを呼んでもらうつもりだった云々」

 

「う、うん」

 

 鈴もまた言葉の選定に苦慮しながら応じる。もともと、鬼頭親子との関係が悪化したのは、彼女の迂闊な発言が原因だ。シャルルの存在がなくとも、これ以上の失言は避けなければ、という思いがあった。いつもの声量で、いつものように。自分の思うままに言葉を紡いで、それが、自分にそういう意図はないにも拘らず、彼女らの怒りの導火線に火をつけてしまう。それだけは、避けなければ。

 

「この間のことを、謝りたくて」

 

「それで父さんを呼びつけようとした、と」

 

 この間のこと、が何を指しているかは明白だ。

 

 クラス対抗戦以来の、鈴の様子を思い出す。休み時間や放課後の度に一年一組の教室に足を運び、あるいはアリーナで訓練中の自分たちのもとへやって来ては、父と話そうとする彼女。その意図は何なのか。こうして言葉にされる以前から、薄々は察していた。

 

 しかし、鬼頭は鈴からの接触をことごとく拒んだ。その姿が視界に映るや早々にその場から立ち去り、それが叶わず捕まってしまったときも、用事がある、約束がある、などと言を左右に彼女の追及から逃げ続けた。父は学園でも数少ない、クラスBのパスカードの所持者だ。解析室など入室制限のある部屋に立て籠もってしまえば、それ以上追いかけることは出来ない。

 

「なるほどね。それで、父さんの警戒心が薄いだろう織斑君を使って、ここに釣り出そうとしたわけだ。……残念だったね」

 

 皮肉と、運が悪かったな、という同情を篭めて、陽子は言った。

 

 本日、鬼頭が昼食をともに出来ない理由は、いつものように鈴の企みを察して逃げたから、ではない。本当に、先約があってのことだ。それも、今朝方急遽決まった約束だと聞いている。今朝偶然知り合った上級生たちと、ISコアのことで相談したい事案が生じたために、昼食がてらその話し合いをするつもりだという。この出会いさえなければ、鈴の作戦が成功していた公算は高いと考えられた。

 

「ね、もう一個訊いていい?」

 

「なによ?」

 

「鈴はさ、最終的に、父さんに謝ってどうなりたいのさ?」

 

「どう、って……許してほしいに、決まって」

 

「うん。それは分かってる。私が聞きたいのは、その後の話よ。最終的に、って言ったでしょ? 謝って、許してもらって、その後、鈴はうちのお父さんと、どうなりたいのさ?」

 

 問いをぶつけられた鈴は瞠目し、それから、茫然と黙り込んでしまった。

 

 指摘を受けて、はじめて気がついた。そういえば、とにもかくにも謝らなければ、という気持ちに焦るばかりで、その後のことをまったく考えていなかった。

 

 謝罪と、それに対する許し。これは、過去の行いを精算し、新たな関係性を築くための、予備動作だ。スタートラインに立つために必要な、準備だといえる。謝罪をした後に、鬼頭とどんな関係を築きたいのか。この考えなしには、謝罪という行為は成立しないし、いっそしない方がいいだろう。

 

 自分の浅はかさが嫌になる。鈴は悄然と肩を落として溜め息をこぼし、改めて鬼頭との理想の未来像を思い浮かべようとして、すぐに、愕然とした。

 

 ――……え? 嘘……、え?

 

 何も、思い浮かばない。想像することが出来ない。自分と鬼頭が一緒にいる未来が、何一つ、想像出来ない。

 

 原因は明白だ。想像できるほど、自分は鬼頭智之という人間のことを、よく知らない。ほとんど情報を持たない人物との未来図を、どうやって思い浮かべろというのか。しかし、自分は、そんな彼のことを、

 

 ――そんな、よく知りもしない相手を、あたしは……。

 

 言葉の暴力で、傷つけた。

 

 いや、傷つけた、らしい。

 

 らしい、というのは、知らないからだ。

 

 自分が放った言葉のどこに彼が傷ついたのか。

 

 鬼頭のことをよく知らない鈴には、当然分からない。想像さえ出来ない。

 

「ははあ……その様子だと、やっぱり、考えてなかったか」

 

 急速に顔色が悪くなっていく鈴を見て、陽子は、ああやっぱり、と口の中でひっそり溜め息をついた。クラス対抗戦以来の、何か強迫意識に囚われているような態度から、おそらくは、と予想していたが、やはりそうだったか。……その程度にしか、考えていなかったか。

 

「よ、陽子、その……あたしは!」

 

「うん。とりあえず、先にこの件について、私のスタンスを伝えておくね」

 

 震える声を制止して、陽子はあえて淡泊な口調を努めながら言った。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、私はべつに、鈴のことが嫌いなわけじゃない。ただ、父さんへの態度や発言が、許せないってだけ」

 

「……それ、嫌いと何が違うのよ」

 

「全然違うよ。鈴が誠心誠意の謝罪をして、父さんがそれを受け入れたなら、私からはもう、何も言いません」

 

 暴言を直接ぶつけられたのは鬼頭だ。当事者の父が許すと判断したならば、自分はそれ以上、この問題について何か言うつもりはない。……内心、むかっ腹ぐらいは立てるだろうが。

 

「でもそれまでは、私は、鈴のことを許さない。そしていまの鈴を、父さんに会わせたくない」

 

 謝って、許されて、それで終わり。父とのことを、そんな程度にしか考えていないいまの鈴では、会わせたいと思えない。関係を改善したい、とかではなく、ただ自分の心の屈託をなくしたいだけ、というように、陽子の目には映じてしまう。そんな精神状態から生じる謝罪の言葉では、父の心をかえって傷つけるだけだ。

 

「正直言うとね、鈴に対するいまの父さんの態度は、情けなく思うよ。十代半ばの小娘が勇気を振り絞って頭を下げようとしているのに、大の大人である父さんは逃げてばかり。うん。情けない。情けない、けど……」

 

 大の大人が、十代半ばの小娘を怖がっている。怖がるほどの、傷を負わせた。許せない。許せるわけがない。しかも、とうの本人は、それほどの傷を負わせた相手への謝罪を、かくも軽々しく考えている!

 

「自覚しろよ、凰鈴音。私のお父さんをどれだけ傷つけたのか。自覚して、反省しろ。その上で、これからどうなりたいのかを考えろ。それだけ傷つけた相手と、どうなりたいのかを、考えろ。謝罪って言うのなら、まずは、それからだ」

 

 語気も荒々しい傳法な口調に、心臓を鷲づかみにされた気分に陥った。

 

 父親譲りの形の良い双眸が眦を吊り上げ、こちらを真っ向見据えてくる。

 

 怒れる眼差しと対峙していると、急激に、呼吸が難しくなるのを自覚した。血中酸素濃度の低下から、視界がくらみ、思考がまとまりづらくなっていく。奇しくもそれは、鈴を見る度に鬼頭を苦しめる拒否反応と同様の症状だった。たまらず俯き、正視を避ける鈴を、陽子は震える瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、一夏。何か僕に、言うことはないかな?」

 

「ごめん。本当にごめん……!」

 

 転校早々、ぎすぎすした雰囲気が支配する食卓へと放り込まれ、昼食とともに気まずい思いを噛みしめているシャルルは、自分をこの場に誘った一夏に恨み節をぶつけた。

 

 まさかここまでの事態になるとは想像出来なかった一夏は、自分の浅はかさを恥じ、平謝りするほかなかった。

 

 

 

 

 昼食を終えると、鬼頭たちは早速、『打鉄』に搭載されているISコアの動作履歴の精査を開始した。目的は勿論、今朝の《オロチ・システム》の暴走の原因を突き止めることだ。システムが予想外の動作をとったのは、ISコアによるいらぬお節介のせいではないか、というダリルの仮説を検証するために、黄金の指輪を解析装置にかける。使用するのは、水槽のような透明な四角いケースだ。中央部に台座があり、そこに待機状態のISを置くと、四隅から解析用のレーザーが浴びせられ、空間投影式ディスプレイにログ・データが表示される、という仕組み。鬼頭が慣れた手つきで装置を動かすと、畳ほどもあろうサイズの空間投影式ディスプレイが出力され、そこに動作履歴が次々と表示されていった。

 

 データの分析という点でいえば、IS学園にはより専門性の高い機器を多く取り揃えた解析室がある。一般生徒の入室を厳しく制限している部屋だが、日本政府のはからいでクラスBのパスカードを渡されている鬼頭は、自由に出入りすることが出来る。それでもあえて整備室を選んだ理由は、ダリルらの意見を聞きたいがためだ。自分よりもずっと長い時間、ISと触れ合ってきた彼女らの知見は、大いに参考になるだろう。

 

「ドイツ軍では、どのような時計が人気なんです?」

 

 ISコアが単位時間あたりに取り扱う情報量は膨大だ。今朝の簡易的な作業と違い、仔細にいたるまでしっかりテキストデータに起こすにはかなりの時間を要する。鬼頭はその待ち時間を利用して、ラウラとのコミュニケーションをはかった。とはいえ、自分と彼女は今日はじめて会ったばかりの間柄。共通の話題を探すとなると、彼女がこの若さで軍人という点に見出すほかない。

 

 時計好きで、クルマ好きの鬼頭が軍隊というフレーズからまず思い浮かべるのはミリタリー・ウォッチだ。次点で軍用車両。頭の中で両者を天秤にかけ、彼はまず前者を採ることにした。これで話が盛り上がらない場合は、メルセデス・ベンツのウニグモ・トラックあたりにご登場いただくとしよう。

 

 腕時計の歴史において、ミリタリー・ウォッチはとても重要な存在だ。実用腕時計の始祖と呼ばれるタイムピースたちが産声を上げたのは、十九世紀末の戦場でのこと。従前、貴族たちが身を飾る装身具を除くと、一般人が携帯可能な時計の主流は懐中時計だった。しかし、戦場で懐中時計を見るという行為は、出し入れの際にタイムラグが生じたり、見ている間は片手がふさがってしまったりと、不便なことも多い。そこで、懐中時計のケースにラグを溶接し、そこにベルトをくくりつけて腕に巻いたことが、実用腕時計の起源だといわれる。一八七九年にはジラール・ペルゴがドイツ海軍将校用に、史上“初”の量産腕時計を製作。そして一九〇四年に、はじめて腕時計として専用に設計された腕時計、カルティエ・サントスの誕生をもって、腕時計の歴史は始まった。

 

 一口にミリタリー・ウォッチといっても、陸海空軍のどの部隊の人間がどういう目的で、またどんな環境で使用するかによって、求められる機能・性能は異なる。ラウラが所属するドイツ連邦軍の場合、IS部隊は空軍に属しているらしいが、みながみなパイロットというわけでもあるまい。地上勤務の者とているはず。さて、どんな時計の話が聞けるか。ドイツのミリタリー・ウォッチというと、チュチマのパイロット・ウォッチやハンハルトのクロノグラフ、ジンのダイバーズなどが有名だが。

 

「……私はあまり、時計には詳しくありませんが」

 

 ラウラはそう前置きした上で、同僚たちの左手首へ思いを馳せた。

 

「部隊の者たちが普段使いしていたのは、比較的シンプルな物が多かったように思います」

 

「シンプルというと?」

 

「見た目も機能もです。クロノグラフやデイト表示は敬遠されていました。シンプルな三針や、デジタル表示の、小柄な時計が好まれていたように思います」

 

「ははあ、なるほど」

 

 小柄な時計と聞いて、鬼頭は得心した様子で深々と頷いた。IS部隊の隊員ということは、操縦者以外の後方支援要員なども多くは女性だろう。一般にミリタリー・ウォッチというと、多機能で頑丈な、大柄なデザインの物が思い浮かぶが、彼女らの細い手首に、なるほど、それらは似合うまい。

 

 ラウラの言によると、ケースだけでなく、ブレスレットも軽快な物が好まれる傾向にあるらしい。樹脂製や革製、ナイロン素材のNATOベルトの愛用者が多いという。

 

 NATOベルトが似合う軍用時計といえば、真っ先にハミルトンのカーキが思い浮かぶ。一八九二年設立のアメリカの時計メーカー。世界初の電池式腕時計ベンチュラや、同じく世界で初めてLED発光文字盤を採用した腕時計パルサーなどが有名だが、実は軍用時計メーカーとしての歴史も長い。第二次世界大戦の際には、米陸軍向けに百万本ものハックウォッチを納品している。カーキシリーズはこのハックウォッチの後継と評せる時計だ。陸海空それぞれに向けたモデルがラインナップされている。基本的には男性用の時計だが、ケース長三八ミリ、厚み十ミリの、陸軍向けモデルのフィールドなどもあり、女性兵士の左手にあっても違和感は薄いだろう。

 

 他方、樹脂ベルトの軍用時計で思い浮かぶのは、やはり、CASIO のG-SHOCK だ。いまより四十年以上も昔に、十メートルの高さからの落下に耐え、十気圧防水を備え、電池寿命は十年という、『トリプル10』のコンセプトを実現するべく開発された、最強の国産時計。強化プラスチック製のケースとウレタン素材のベルトは、軽いのは勿論、肌へのあたりが優しいことで知られる。軍隊生活では必須の、腕立て伏せなどのトレーニング時にも肌に食い込まず、邪魔をしない。いまや二十気圧まで高められた防水性能は、入浴時間さえ一分単位で管理されることの多い軍隊において、非常に重宝される機能だろう。電波ソーラー機能搭載モデルであれば、海外派兵の際にも頼もしい。そしてなにより、タフだ。ちょっとやそっとの衝撃では壊れない。またこの場合は、女性向けモデルのBABY-G や、ダウンサイズグレードのG-SHOCK “MINI”存在感も大きい。

 

 実際、ラウラとの会話をかたわらで聞いていたダリル曰く、アメリカ軍では小型のG-SHOCK が大流行しているという。もとより、G-SHOCK は世界中の軍隊で愛用されている時計だ。しかし、小型モデルにまで注目が集まるようになったのは、IS登場後のここ数年のうちのことらしい。

 

「最近はどこの軍隊も女性軍人の増加が著しいっすけど、人数比ではまだ圧倒的に男性の方が多いっスからね。時計に限らず、女性に向けた軍用品の開発は、ほとんど進んでいないのが現状っス。そうなると、男性向けの物か、少ししかない女性向けの中から、自分に合った物を選ぶわけっスが」

 

「その数少ない女向けの軍用時計を生産しているメーカーだ。人気が出ないわけがない」

 

「よく、ISが登場して女が強くなった、っていうけれど、実際に、私たちの体格や体力が男性並みに向上したわけではありませんから」

 

「小さくて、軽いことの方が、性能や機能性よりも優先される、というわけですか」

 

 部材技術の向上により、いまや軽い軍用時計は珍しい物ではない。米国はルミノックスのダイバーズウォッチなど、ファイバーグラス製のケース、ウレタン素材のベルト、クォーツ式ムーブメントの組み合わせで五十グラムを切るモデルさえある。しかし、小さい時計というのは珍しい。ミリタリー・ウォッチに求められる性能を維持したまま小型化を達成するというのは、至難の業なのだ。G-SHOCK の場合も、通常モデルでは二十気圧防水なのが、小型版では十気圧まで性能を落とされていることが多い。

 

 勿論、コストをかければそれも可能だろうが、それをしてしまうと、今度は販売価格が跳ね上がることになってしまう。趣味の時計と異なり、軍用時計は数を揃えやすいことも重要だから、調達価格は抑える必要がある。

 

「あの《トール》の開発者にそれを言われると……」

 

「いやあ、言葉の重みがエグいっス」

 

 楯無が苦笑混じりに呟き、フォルテが溜め息をつく。最強兵器ISに有効打をたたき込めるレーザー・ピストルを、およそ三百万円という破格の安さで開発した男は肩をすくめてみせた。

 

 そうこうしているうちに、ログ・データの書き出しが終わった。ディスプレイのサイズを拡大し、打ち出されたデータ群を全員で覗き込む。

 

 画面には、ISコアが《オロチ・システム》の動作に介入したときの記録にだけなく、なぜそんなことをしたのか、という、そのロジックまでもが詳述されていた。あのとき、『打鉄』に積まれたISコアは何を考えていたのか。状況を表わす文字を追うにつれて、鬼頭の切れ長の双眸は、自然、険しさを増していく。

 

 結論から言えば、ISコアがいらぬお節介を焼いた、というダリルの仮説は、半分正しく、半分間違っていた。ISコアが鬼頭のことを思って暴走したのは、間違いない。しかしその理由は、BT・OSの作用で下駄を履いた鬼頭の技量を勘違いしたからではなかった。問題は、いっそう複雑で、対処しづらいところにあったのだ。

 

「……《オロチ・システム》の導入によって、ISコアの内部に、新たな変化が生じた」

 

 ISに新しい武器や新機能を実装させるとき、まずはISコアによる仕様の精査が行われる。そのソフトウェアがいまの機体との組み合わせで正常に稼働するかどうか、むしろ不具合を生じさせやしないか、チェックするためだ。たとえば、通常仕様の『打鉄』には、機体から動力を供給する方式のビーム兵器を動かすためのエネルギー・バイパスがない。その『打鉄』にビーム兵器を持たせようとすると、ISコアがエラーを発し、量子格納空間へのインストールを拒む、というセーフティが作動する。

 

 《オロチ・システム》の場合も、BT・OSに新機能として組み込んだ昨晩、このチェックを受けている。そしてこのとき、『打鉄』のISコアは、《オロチ・システム》の仕様から人間の思考の意識領域と、無意識領域にアクセスする方法を学んでしまった。ここに、今回の暴走事故の原因があった。

 

「『この人の望むことは、私がすべて叶える』……っスか。ほんのり、地雷臭のするコアっスね」

 

「《オロチ・システム》の実装によってBTエネルギーの新しい使い方を学んだ『打鉄』のISコアは、鬼頭さんの無意識の思考にアクセスした。この新機能を、最終的には災害の現場で役立てたい。早く完成させたい。その思いを、汲み取ろうとした」

 

 科学の実験は、まず簡単なものから始め、徐々に難易度を上げていく、というのが基本であり、大原則だ。鬼頭もそれに倣い、今朝の実験では、ちゃんとBTビームが発射されるかどうか。命中したビームのエネルギーが仕様書通りに変態し、命中者の思考波をこちらに伝えてくれるかどうか。その機能が正常に動いてくれるかどうかだけを調べるつもりだった。

 

 ところが、『打鉄』のISコアは、早く完成させたい、という、主人の無意識の声に注目した。サンプル・データは多い方が完成を早めるはず、と考えたISコアは、主の役に立ちたい一心で、《オロチ・システム》の動作に介入した。その結果が、鬼頭の技量では制御困難な全身からのビーム発射、無意識領域の声まで拾うという効果だった。

 

「原因は分かったっスけど……」

 

 ともに解析データを眺めるフォルテが、呆れた口調で呟いた。

 

「これ、どうやって対処するっスか?」

 

 暴走の原因は分かった。ISコアが何を考えているのかも分かった。しかし、どうすればよいのかだけが分からない。

 

 純粋な善意からの行為である。ISコア自身に悪気はなく、悪いことをしたという自覚さえない。そんな相手の考えを、どうすれば改めることが出来るか。具体的手段は、容易には思いつかない。

 

「いちばんの手段は、ISコアに直接、暴走を抑止するためのプログラムを打ち込むことだけどな」

 

「ええ。……ですが、それは不可能だ」

 

 互いの顔を見つめながら、鬼頭とダリルは小さく頷き合った。彼が篠ノ之束博士が独自に開発した暗号プログラミング言語を解読出来るかもしれないことは、余人の耳に入れば大騒ぎになるだろうからと、当面は三人だけの秘密にしておこうと事前に話し合っている。楯無とラウラの目線を気にした二人は、IS関係者にとっては常識とされることを、あえて口にしてみせた。

 

 それに、読めるかもしれないだけで、使いこなせるかどうかは分からない。篠ノ之博士独創のプログラミング言語は、文字の形といい、使い方といい、かつて親友から聞かされた異世界の言語に非常によく似ている。読み解き方もそのとき教わりはしたが、第二の母国語同然の彼と違い、自分は知っているというだけ。自在に扱えるわけではない。解読には時間がかかるだろうし、そもそも本当に、ISコアに使われているプログラミング言語が、あの異世界語をベースに組み上げられたものかどうかもいまの時点では分からない。仮に本当だったとしても、自分が新しい命令コマンドを打ち込めるかどうか……。プログラミング言語の解読を前提にした手段は、選択肢の外に置くべきだろう。

 

 しかしそうすると、どんな対処法を取ればよいのか。そもそも対処法なんてものが、存在する問題なのか。悩む鬼頭に、楯無が声をかける。

 

「これは、あれですね。鬼頭さんがISコアに、ご自分の考えを言って聞かせて、説得するしかありません」

 

「ははあ。……言い聞かせる?」

 

 鬼頭は訝しげな眼差しを生徒会長に向けた。コアを説得とは、ISコアに宿る心を説き伏せて、勝手なことをするなと言い聞かせろ、ということなのだろうが。具体的には、どうやって?

 

「勿論、言って聞かせる、というのは比喩ですが」

 

「というと?」

 

「プログラミングだけが、ISコアに自分の考えや気持ちを伝える方法ではない、ということです」

 

「ま、普通に考えたら、それしかないわな」

 

「ミス・ケイシー?」

 

 胸の前で腕を組むダリルが、得心した表情で言った。見れば、フォルテやラウラも、楯無生徒会長が言う比喩表現の意味を理解しているらしい。怪訝な面持ちなのは、己一人のみ。

 

「つまりさ、オレたちIS操縦者が普段当たり前にやっていて、あんたが今日まで避けてきたことを、あんたもやりな、ってことさ」

 

「それは――」

 

「ISの訓練。その過程における、ISとの対話」

 

 ダリルたちのようなIS操縦者であれば、誰もが目指す、一つの到達点。セカンド・シフト。そして、ワン・オフ・アビリティーの発現。これらの現象は、IS操縦者とISコアの相性が最高に高まったときで起こるという。そのISコアと操縦者がともに歩んできた経験の蓄積から、両者にとっての最適解……最高の姿、最高の技を導き出すのだそうな。

 

 このとき肝要なのは、ISコアと心を通わせることだ。愛機に組み込まれているISコアがどんな性格をしていて、何を好み、何を嫌っているのか。何がしたくて、何がしたくないか。自分に何を求めているのか。自分は何を求めてよいのか。言語による意思疎通が出来ないISコアと、そういった相互理解を深めるには、日々の訓練、毎日をどう一緒に過ごすかが重要となる。

 

 ダリルは、「それと同じことだ」と、言った。

 

「《BT・OS》とか、そういう機械に頼るんじゃなく、あんた自身の操縦技術で、ISコアに言うことを聞かせる。コアの挙動を、あんたの意思でコントロールするんだ。そのために、あんたは自分のISと、もっとコミュニケーションを取るべきなんだよ」

 

 ISコアに言うことを聞かせたいなら、まず、相手からの信用を得る必要がある。この男の発言ならば信を置ける、と。この男の指示には、耳を傾けるべき価値がある、と。ISコアに、そう思ってもらえるようにならなければ。

 

 そのためには、ISコアと操縦者間の相互理解が必要だ。なぜならば、信頼とは相手を理解しようとする姿勢より生じる気持ちだからだ。

 

 ISコアのことを知る。そして、ISコアに自分のことを知ってもらう。この『打鉄』に組み込まれたISコアに、自分という人間のことを理解させる。

 

 鬼頭智之とはこういう男なのだ。一足跳びの飛躍より、一歩々々、しかと地面を踏み固めながら進んでいくことを大切にしたい。そういう価値観を持った男なのだ。それを、日々の訓練の中で示す。この身を覆う鎧に、見せつける。

 

「鬼頭さんはこれまで、技術者ならでは手法で、ISにアプローチしてきました」

 

 ダリルの提言に、楯無も首肯した。

 

「今度は、操縦者としてISに触れてみてはいかがでしょうか?」

 

「私も更識生徒会長の意見に賛成です」

 

 鬼頭の顔を見上げて、ラウラも言った。

 

「私はまだ少ししかヘア・キトーの操縦ぶりを見ていませんが、補助OSの力を借りているとはいえ、その技量は素晴らしい、の一言でした。そのあなたが、IS操縦者として本格的な訓練を始める。なんとも胸躍る話ではありませんか!」

 

「ミス・サファイアも、同意見ですか?」

 

「まあ、そうっスね」

 

 鬼頭の問いかけに、フォルテは間髪入れずに首肯した。迷いのない所作からは、IS訓練に精を出すことこそが、あなたが採るべき最良の選択である、という強い確信がうかがえる。

 

 鬼頭は改めて自分を見つめる少女たちの顔を見回した。いずれも、ISコアとの相性が重要な特殊兵装を装備する第三世代機のパイロットたちだ。その言を疑う理由はない。

 

 期待の篭もる眼差しに、鬼頭は、応、と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter35「きみとの付き合い方」了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィーク最終日の午後八時四十分。

 

 名古屋市中村区名駅にそびえ立つ、JR名古屋駅の新幹線乗り場のホームに降り立った滑川雄太郎は、半日ぶりに吸い込む住み慣れた街の匂いに、自然、安堵の表情を浮かべた。と同時に、長旅の疲れを思い出し、途端、膝の痛みに顔をしかめる。今日は本当に色々なことがあった。東京駅からの二時間近い新幹線の移動は勿論のこと、九十九里浜の海の駅では異世界云々の話までされ、肉体的にも、精神的にもたいへんな疲労を強いられた。今夜はこのまま真っ直ぐ帰って強めのウィスキーを一杯あおり、疲労感と手をつないでやって来た睡魔に身を任せてベッド・インしたい気分だが、生憎、そういうわけにはいかない。今日はまだ、桜坂室長たちとは別に、会わねばならない人がいるのだ。

 

 名古屋駅はJR東海こと東海旅客鉄道、JR貨物こと日本貨物鉄道、あおなみ線こと名古屋臨海高速鉄道、名古屋市営地下鉄の駅機能を一箇所に集約した、中部地方最大のターミナル駅だ。東海道新幹線の全列車が停車し、在来線は当駅を中心に各方面へと特急列車が発着している。市内各所を結ぶあおなみ線、直也市営地下鉄の東山線と桜通線も乗り入れているほか、名鉄名古屋駅、近鉄名古屋駅とも近接しているため、まさに東海・中部地方の交通の要といえよう。

 

 その歴史は明治十九年の名護屋駅開設に端を発する。当時の駅舎は現在よりも二〇〇メートルほど南方の湿地帯に置かれ、日本の東西の両京を結ぶ鉄道路線計画……中山道幹線建設のための資材搬入用路線が通る一駅という立ち位置にすぎなかった。転機となったのは、計画の見直しによって東海道幹線の敷設が決まったことで、路線の誘致に成功した名古屋駅は、以降、中部地方の鉄道交通の要衝として着々と成長していく。

 

 昭和十二年には高架化工事が竣工し、駅は現在の位置へと移転。このとき建てられた新駅舎は、当時の日本ではまだ珍しい鉄筋コンクリート造り。地上五階、地下一階、延べ床面積七万平方メートルという、国内最大級を誇る規模で、現在の駅舎であるJRセントラルタワーズの建設工事が始まる平成五年まで使用された。

 

 そのセントラルタワーズは、それぞれが地上二〇〇メートル超という二棟の高層タワーからなるツインタワー・タイプの駅ビルだ。中部地方で二番目に背の高いオフィス棟と、三番目に高いホテル棟、隣接するJRゲートタワーと接続している低階層部分から構成される。百貨店の高島屋やマリオットホテルなどを擁する複合商業施設で、従前は良くも悪くもターミナル駅としての位置づけでしかなかった名古屋駅周辺を、瞬く間に全国有数の商業エリアへと作り替えてしまった。勿論、食事処も多く、プロレタリア向けの懐に優しい店から、ビジネスシーンに好適な高級店まで様々な店が暖簾を掲げている。

 

 滑川は駅ビル北側にある新幹線乗り場の改札口を出ると、一階の太閤通口側に位置するレストラン街『名古屋うまいもん通り』へと靴のつま先を向けた。老舗のあんかけスパゲティ専門店に入るや、店内を、ぐるり、と見回す。

 

 待ち合わせ場所に大衆向けの店を指定したのは、滑川自身だ。技術屋としての腕っ節ひとつを武器に今日まで生きてきた自分は、腹芸が苦手だ。交渉事を進める上で、少しでも心理的なアドバンテージが得られればと、地の利を期待して使い慣れた店を選んだのだった。

 

 はたして、目当ての人物はすでにテーブル席に腰かけていた。内閣情報調査室の高品だ。謎の無人ISの襲撃以来、警護の名目でパワードスーツ開発室に頻繁に出入りするようになった内調職員の一人。滑川の目には、ゴールデンウィーク初日に鬼頭の護衛を務めていた姿が印象に残る人物だ。また、彼は知らぬことだが、暗部機関『更識』に仕える身でもある。

 

 滑川が相手の存在に気づいたのと同時に、高品もこちらの姿を認めた。軽く会釈し、手招きする彼のもとへ向かう。

 

 目線をテーブルの上に向けると、ボリューミーで知られる名古屋めしはすでにぺろりと平らげられていた。滑川が対面の席に座ったのを見届けて、すぐにやって来た店員がお冷やとおしぼりを彼の前に置く。

 

「ご注文が決まりましたらお呼びください。空いたお皿をお下げしますね」

 

と、滑川と高品を交互に見て、店員はあんかけパスタが盛られていただろう空の皿を持って厨房の方へ向かった。

 

 夜遅くにも拘わらず、がやがや、とやかましい店内の喧噪をむしろ心地よく思いながら、滑川は、まずは一口、コップに注がれた水で唇を濡らした。それから、熱いおしぼりで指先を清め、次いで額に浮かぶ脂汗を拭う。静かな口調で、彼は言った。

 

「いきなりお呼び立てしてすみません」

 

 滑川が高品に向けて軽く頭を垂れた。彼が目の前の人物に向けてメッセージ・アプリを起ち上げたのは、帰りの新幹線のぞみ59号の車内でのことだ。ちょうど、品川駅を出立した直後のタイミングで、『内調職員のあなたと、二人だけでお話ししたいことがあります。名古屋駅のうまいもん通りにある店のどこかで会えませんか?』とのメッセージを送った。『二人分の席を押さえました』という返信が送られてきたのは、その僅か三十秒後のこと。いきなりの誘いに応じ、また舞台のセッティングまでしてくれた彼に、滑川はまず謝罪と、感謝の言葉を述べた。

 

 対する高品は、愛想の良い微笑を口元にたたえながら、かぶりを振ってみせる。

 

「お気になさらず。私もちょうど、今夜は何を食べようか考えていたところでしたから」

 

 こちらの心的負担を軽減させるための方便だろうか。いや、先ほどまでテーブルの上にあった皿の様子から、本当に腹が空いていたタイミングでの連絡だったのかもしれない。スパイ機関の人間の発言をどこまで額面通りに受け取ってよいのか判断つかぬ滑川は、ひそかに、ごくり、と喉を鳴らした。

 

「旅行はどうでした? 楽しめましたか?」

 

 本題の前に軽い世間話から会話を始めるのは、スパイに限らず、交渉や営業といった会話術の基本だ。相手との雰囲気を和らげ、言葉を引き出しやすい状況を作り出すことがいちばんの目的だが、情報収集というねらいもある。当たり障りのない話題というのは、誰もが話しやすい。ために、相手の為人や趣味嗜好を知るためのとっかかりが得やすく、以降の話し合いで武器となりうる材料が豊富に見られると考えられた。

 

「ええ」

 

「差し支えなければ、どちらへ?」

 

 滑川は首肯すると、あらかじめ用意していた回答を口にした。

 

「下呂の温泉に入りに。寄り道で関の刃物会館も訪ねました」

 

 これからやろうとしている交渉の内容を考えると、桜坂の正体について九十九里浜で聞かされた内容を高品にも正直に告げるのは、不利益が大きい、と考えられた。異世界からやって来た云々なんて話、普通は信じてもらえない。それどころか、そんな法螺話を真顔で語る自分の正気を疑われかねない。そうなってしまえば、以降の発言すべてに対する信用度が著しく損なわれてしまう。狂人の言うことなど信用出来ない。狂人とは取引出来ない。そんなふうに思われることだけは、避けなければ。この男の言は信用出来る。この男が相手なら、交渉のテーブルに臨んでもよい。相手にそう思ってもらわねば。

 

 都合の良いことに、目の前の男は桜坂が自分たちを乗せたマイクロバスを念力でもって空に浮かせ、岐阜県を目指して北へと飛び立った姿を目撃している。

 

 政府からの追跡を撒くために、最初はひたすら北上したのが幸いした。滑川が口にした岐阜県下呂市という地名は、強い説得力を伴って高品の耳膜を刺激したはずだった。

 

 

 

 実際のところ、高品は滑川が嘘をついていることにすでに気がついていた。

 

 というのも、駅構内の各所に配置した内調のスタッフたちからの連絡で、彼が大阪行き方向の新幹線用の改札口から出てきたことをすでに知らされていたからだ。

 

マイクロバスで岐阜県へ向かった人間が、帰りの際は違う手段を用いた。それだけでも不自然なのに、まるで違う方向からの新幹線を利用してきた。行き先が下呂温泉でなかったことは明白だ。のぞみ59号の停車駅から察するに、横浜以東に赴いていたと考えられた。

 

 二人きりで話がしたい、という滑川の願いを、高品はふたつ返事で快諾した。本当に二人きりである必要はない。要は、話し合いの場には自分と高品の二人きりしかいない、と滑川に思い込ませればよいのだ。高品は駅構内に人員を配し、待ち合わせ場所の店内にも客として内調職員を紛れ込ませた。現在店内には、彼自身の他に二名が、マイクロカメラと小型の集音装置を懐に忍ばせている。

 

 知らぬうちに窮地へと自ら足を踏み入れたしまった滑川だが、無警戒ぶりを理由に責めることは出来ない。従前、諜報機関のごとしダーティな組織とは無縁の、基本的に善良な一般市民だった男だ。内調という組織が、自分一人のためにそこまでの監視体制を敷くという発想自体思い浮かばぬのも、無理からぬことといえよう。仮にそうした想像にいたったところで、ひそかに見張られている、という不慣れな状況へのストレスから、正常な判断力を失っていただろうことは想像にかたくなかった。

 

「ゆっくり羽根を伸ばせたようで、なによりです」

 

 あえてわざとらしさが見え隠れする口調を意識しながら、皮肉を口にした。こちらは岐阜県行きを疑っていないと、滑川に思わせるための作戦だ。結果は上々。特に怪訝な様子は見受けられない。

 

「行きはバスでしたが……」

 

 少しは追及しないと、かえって怪しまれる恐れがある。高品は相手の警戒心をいたずらに刺激しないよう、慎重に言葉を選びながら訊ねた。

 

「待ち合わせ場所にここを選んだのは、帰りが電車だったからで?」

 

「ええ」

 

 相手はこちらの虚言を信じていると思い込んでいる滑川は、ここで言葉を濁すのはかえって不自然だと言う。

 

「今朝、室長がバスを飛ばしたのをご覧になったでしょう? 向こうで少々、長居しすぎました。このままでは翌日の仕事に差し支えると、またバスを飛ばそうとしたので、それだけはやめてくれ、と」

 

 半分本当で、残りの半分は嘘で構成された説明だ。九十九里での話の後、帰りはどうするつもりだと問うアース1の桜坂ことリュウヤに、アース3からやって来た超人は「いや、こいつで帰るよ」と、コースターのボディを軽く叩いてみせた。重ねて、「陸路で?」と、問われ、「いいや、空路で」と、答える。途端、桜坂に心酔している美久を除いた開発室の面々は荒れた。また、あの地獄のような旅路を強制されてはたまらぬと、懸命なる抵抗が室長の身を襲った。

 

 呆れた表情でその様子を眺めるリュウヤが、各人に三万円ずつを握らせたのは直後のことだった。さすがは並行世界の同一存在。桜坂がどんな帰宅プランを腹中に抱えているのかを予想し、あらかじめ人数分の資金を用意していたらしい。

 

「もう一人の俺が本当に申し訳ない。とりあえずこれで、美味いモンでも食べてから、皆さんが快適だと思う手段でお帰りください」

 

 結局、美久を除いた全員がリュウヤからお金を受け取ることとなった。最初は金額が多すぎるとして、受け取りを拒んでいた者も、「こちらの懐は気にしないでください。後ほど、アレに請求しますので」と、桜坂を示され、まあ、それなら、と納得した。

 

「室長は文字通りの意味での超人です。素晴らしい能力の持ち主だとは思いますが、我々、普通人の気持ちが分かっていないときがままある」

 

 これから高品に話そうと考えている内容を思い、滑川は重たい溜め息をついた。彼がもっと自分たちの心に寄り添ってくれる人物であれば、こんなことをしなくてもすむのに、と他責思考が脳を支配する。

 

 そんな自身への嫌悪感から、滑川は話題の転換を急いだ。

 

「……本題に入りますが」

 

「はい」

 

 緊張した面持ちの滑川とは対照的に、高品の表情筋はリラックスしている。食後のコーヒーを舌で舐め、「どうぞ」と、話を促した。

 

「今日、お呼び立てしたのは」

 

「はい」

 

「あなた方を窓口に、日本政府と、取引をしたいからなのです」

 

 滑川を見る高品の双眸が、ぎらり、と剣呑に輝いた。コーヒーのカップで口元を隠し、表情を整えた上で言う。

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「日本政府に、私たち、パワードスーツ開発室に務める全職員と、その家族の安全を保障していただきたい」

 

「……それは、いま、すでにやっていることですが」

 

「そうではない。私が言っているのは、そういう意味ではありません」

 

 滑川はかぶりを振った。どう言葉を操れば自分の考えを相手に伝えられるか、懸命に、頭と舌を働かせる。

 

「具体的には、我々に護衛をつけてもらいたいのです。いまのような、あなた方内調による護衛を建前にした監視なんかじゃなく、警察や、自衛隊といった、明確に、戦うための力と形を持った組織から、警護の人を派遣してほしいのです」

 

「いまの我々だけの態勢では不満だと?」

 

「はい」

 

「はっきりおっしゃる」

 

 高品は苦笑したが、腹立たしいとは思わなかった。むしろ、監視されている立場を自覚していながら、変におべっかを使ったりせず、はっきりと不満を口にした滑川の正直さに好感さえ覚える。

 

「そちらの要望はわかりました。それで、そちらが提供するものは?」

 

 滑川は取引という言葉を使った。一方的に要求を告げるのではなく、こちらからもそれに見合う対価を提供する。自分には、日本政府が特別な庇護をするだけの価値があると示してみせる。そんな意思が感じられる発言だ。

 

 はたして、滑川は硬い口調で言った。

 

「我々パワードスーツ開発室が研究中の、災害用パワードスーツの設計データを、あなた方に流しましょう」

 

「……それは、」

 

 高品は、たっぷりと一秒間黙考した末に、ゆっくりと口を開いた。心臓が早鐘を打ち始めたのを自覚する。脳裏で、最強兵器ISに果敢に挑みかかるXI-02の勇姿が思い浮かぶ。

 

「あの、XI-02のデータを、ということですか?」

 

「XI-02と、その前身であるXI-01。そして、この先に我々が生み出す、新たなるパワードスーツ。そのすべてのデータです」

 

 お前たちが我々につきまとっているのは、室長の監視が最大の理由だろうが、それも目的の一つなのだろう?

 

 目線で問いかける滑川を、高品はこちらも硬化した表情で見つめた。考えるための時間を長くとるべく、努めてゆっくりとした口調で言う。

 

「これは……たしかに、我々現場の一存では、判断しかねる内容ですね」

 

「はい。なので、ぜひともあなた方の上役に――それが直接の上司なのか、最終的なトップである司馬首相本人なのかは分かりませんが――お伝えしてください」

 

「かしこまりました」

 

 言いながら、司馬首相がこの申し出を聞けば否とは言うまい、と高品は予想した。

 

 現在の監視態勢を構築する際に、目の前の男の家族構成は七代前にいたるまで調べ尽くしてある。本人は結婚しておらず、子どももいない。一人息子であり、父方・母方含めて、親類縁者の総数は二十人を切る。その全員に警護の者をつけるのは、難しいことではあるが、日本警察や自衛隊、内調という組織の規模を鑑みれば、やれないことでもない。

 

 それに対し、得られる成果は莫大だ。災害用パワードスーツという、戦闘を主目的としていない機体――しかも、まだ試作の段階――にも拘わらず、最強兵器ISと一分以上渡り合うほどの高性能強化服の設計図を、その開発者の一人から入手することが出来る。

 

 高品たち末端の情報員が知るところによれば、内閣は現在、アローズ製作所に防衛産業入りをしてもらい、政府として正式にその開発を支援。その上で、商取引として自衛隊へのパワードスーツ納入を考えているという。

 

 しかし、設計データの入手が叶えば、他の選択肢を採ることが出来る。すなわち、防衛省が自らパワードスーツを作る。もしくは、日本政府とのつながりが深い他の企業に、製作を依頼する、といったオプションだ。それを考えると、滑川が提示した取引の内容は、政府にとって費用対効果に優れる、破格の商談といえよう。

 

 勿論、手放しには喜べない。

 

 パワードスーツ開発室は、アローズ製作所の持ち物だ。当然、スーツの開発を通じて得られた数々の知見は、会社の財産だといえる。そのデータを取引相手でもない他組織に横流しすることは、業務上の横領と考えられる。組織人の滑川にとって、その罪を背負うのはかなり重いことのはずだ。斯様なリスクを取ってまで、保身に走る理由は何だ? いったい、何を考えている……?

 

 美味しい話には何か裏があるのが世の常だ。滑川の二心がどこにあるのかを知るまでは、安易に取引のテーブルに着くわけにはいかない。

 

「……この話を上へ持っていくために、二つ、確認したいことがあります」

 

「はい」

 

「なぜ、私を呼んだのでしょう? 開発室に出入りしている内調職員は、城山さんなど、他にもいますが」

 

「ゴールデンウィークの初日に、」

 

「はい」

 

「鬼頭主任の警護についていましたよね? あのときに、あなたの立ち振る舞いを見て主任が言っていたんです。警察からの出向者じゃないかと」

 

 現在の監視態勢が敷かれて以来、自分なりに、内調という組織について調べてみた。主力を担うのは自衛隊か、警察からの出向者たちだという。

 

「あの人の目利きは信頼出来ますから」

 

「私の元いた組織については、置いておくとして」

 

 天才と呼ばれる男の眼力の凄まじさに内心肝を冷やしながら、平静を装う高品は言った。

 

「なぜ、警察関係者を呼ぼうと?」

 

「日本政府が、我々のパワードスーツに、軍用戦闘服としての潜在的可能性を見出していることは、薄々察しがついています。

 

 鬼頭主任は、自分の技術が軍事目的に使われるのをひどく嫌うんですよ。おそらくはあの9・11を、アメリカで経験したことが、関係しているんでしょう。

 

 私は一人の技術者として、あの人のことを尊敬しています。私のやろうとしていることは、仲間たちへの裏切りです。それなのにこんなことを言うと、偽善者ぶっているように……いや、実際に偽善者なんですが――」

 

「はい」

 

「それでも、あの人の気持ちだけは裏切りたくない。自衛隊の方には、この話を持ちかけたくなかった」

 

 空虚な言葉だった。高品のことを警察関係者だと信じ、この場には自分と彼の二人しかいないという前提を信じきっているがゆえの、無邪気な発言だ。

 

 ――いや、それ以前にそもそも……。

 

 高品は、ちら、と、他の二人に目線をやった。そのうち片方は、陸上自衛隊から派遣された軍人だ。彼は滑川の顔を一瞥し、嘲笑を口元に浮かべた。

 

「内調の最終的なトップは、当代の内閣総理大臣です。設計図データをどう扱うかは、最終的に司馬総理がお決めになることです」

 

「はい」

 

「あの方はおそらく、あなたたちのパワードスーツを軍用に再設計し、自衛隊に配備するよう命令するでしょう」

 

「ですがそれは、私があの人を裏切ったことにはならないはずです」

 

 怯えと焦りが同棲する動揺した眼差しが、高品を見つめた。

 

「私は弱い人間です。小心者で、卑怯者なんです。

 

 言い訳が欲しいんです。俺が裏切ったんじゃない、という言い訳が。本当はデータの横流しなんてしたくはない。でも、そうしなければ俺自身の身が危なかった。だから、裏切った。本当は裏切りたくなんてなかったが、仕方なく、裏切った。仕方のないことだった。そうやって自分を慰める言い訳が、欲しいんです。

 

 鬼頭主任のこともそうです。設計図のデータをあなた方に渡せば、どんな未来が待っているか。子どもでもわかることだ。だから、俺に出来る範囲のことで、なんとかしようとした。警察出身の内調職員にデータを渡すことで、軍事利用に対する警戒のポーズを示した。俺はあなたのことを信用してデータを渡した。でも、あなたはその情報を自衛隊でも使えるものとして総理に渡した。裏切ったのは、俺ではなくあなた。俺が鬼頭主任の気持ちを裏切ったんじゃなく、あなたが俺の信じる気持ちを裏切った。そういう形に、持っていきたいんです」

 

 胸の内に抱える懊悩をすべて吐き出すかのように、滑川は口早に言の葉を継ぎに継いだ。言葉を紡ぎ出すほどに、自分を見つめる高品の眼差しが、どんどん冷ややかなものになっていることには気がつかなかった。

 

 ――醜い。その一言に尽きる。

 

 自分の言動に対し、責任を背負おうという覚悟がまるで感じられない。

 

 自分で判断し、決断したことにも拘わらず、その理由を平気で外に求め、他人に押しつける。他責思考の強い人間だ。職場では嫌われるタイプだろう。斯様な人物がパワードスーツ開発室では重用されているとは。よほど、技術屋としての腕っ節に優れているのだろうか。

 

「……いま、あなたの身が危ないと、おっしゃいましたね?」

 

 滑川の弁はまだ続いていたが、高品はそれを遮り訊ねた。

 

「二つ目の質問です。どうして、このような取引を?」

 

 現状の警護態勢に不満があると、彼は言った。たしかに、前言の通り内調は直接的な武力を奮って戦うための組織ではない。人員も、装備も限られているし、法が許す活動の範囲も異なる。警護の他に、パワードスーツ開発室や超人・桜坂の監視も目的の一つだから、二つの目的が競合した場合に、どこまでのことが出来るか、してやれるか、という問題もある。

 

 とはいえ、仮想的が一般人であれば十分、強力といえる布陣だ。

 

 今回の警護任務では、内調職員たちの中でもとりわけ屈強な男たちが選抜され、参加している。目の前の人物は以前に、男性操縦者の存在を認められぬ女権団体の人間から理不尽な怒りのはけ口に利用された経験があるというが、その程度の脅威であれば、現状の態勢でも対処は可能だ。

 

 いやそもそも、パワードスーツ開発室の面々のかたわらには、あの超人がいるのだ。最強兵器を素手で打倒せしめるほどの男の庇護の下に身を置きながら、いったい何に怯えねばならぬというのか。

 

 はたして、滑川は、その最強の男にこそ原因がある、と強調した。

 

「あの無人ISを撃退し、あなた方の監視が始まった頃に、室長は、我々に言ってくれました。自分の持つすべての力を駆使して、我々を守ってくれる、と。超人の言葉です。非常に力強く、頼もしい発言です。だからこそ、失望せずにはいられませんでした」

 

「というと?」

 

「室長は超人です。人を超えた存在です。だから、我々普通の人間の気持ちが、理解出来ない。我々の気持ちに、寄り添ってくれない」

 

 桜坂は、強い。しかし、一人しかいない。この世界にただ一人きりの、本当の意味での超人だ。ゆえに、彼には限界がある。目の前の大敵を打ち払うことは出来ても、視界の外で起こる悲劇を防ぐことは出来ない。現に自分は、彼の目が届かぬ場所で襲われ、怪我を負った。

 

「強い室長には、分からないんです。会社からの帰り道、なんの備えも、気構えもしていないところに、突然、襲いかかられる……、あの恐怖が!」

 

 当時のことを思い出し、滑川は、ぶるり、と胴震いした。見通しの利かぬ夜間、突如として何かの液体が入った瓶が視界に現われ、放物線を描きながら向かってくる。咄嗟に右手を伸ばしたおかげで、軽い火傷程度の負傷ですんだが、後で警察から中身は強酸性の薬品だったと聞かされてぞっとした。もし、顔にかかっていたら。もし、目の中に入っていたら。もし、口の中に侵入し、呼吸器をずたずたに焼かれていたら……。

 

 滑川は独身者だ。妻子はいない。しかし、自分をこの年齢まで育ててくれた、年老いた両親はいる。自分がいま職を失えば、残された彼らはどうなる? 万が一、命を落としてしまったりしたら、彼らはどうなる……?

 

「ましてや、今回現われたのは、女権団体なんてちんけな相手じゃない。ISです。最強兵器です。もしまたあいつが……あいつを、送り込んだ誰かが! 二正面作戦を展開して、室長が、片方の相手しか対処出来ないときに、もう片方のが、俺たちに襲いかかってきたら……!」

 

 とてもじゃないが、安心など出来ない。桜坂の力強い言葉は、なんとも頼りない。

 

「だから、あなた方に守ってほしいのです。私を。開発室の皆さんを」

 

 滑川は立ち上がると、高品に向けてゆっくりと頭を垂れた。

 

「お願いします。なんとか、政府につないでください」

 

「滑川さん」

 

 彼を見つめる高品の双眸からは、いつの間にか険しさが抜け落ちていた。

 

 卑怯者には違いない。仲間たちを裏切ることに対する罪悪感を、他人に責任を押しつけることで誤魔化そうとしている男だ。しかし、裏切りの理由は、他ならぬ仲間たちを守るため。異世界からやって来た超人に心酔するあまり、彼はただ一人きりの存在である、という事実を見落としてしまっている、開発室の仲間たちを、守るため。

 

 仲間たちの身を想うがゆえに、仲間たちを裏切る。その決断には、共感できた。

 

 高品は。内調の職員であり、更識の諜報員でもある男は、「まずは上司に伝えてみます」と、滑川の肩を叩きながら言った。

 

 

 





今回、唐突にミリタリー・ウォッチの話題があがったのは、作者が最近、g-shockを買ったからです。
フルメタルのB5000D、いいゾ^~これ!





 以下は原作の描写から作者が考えた、本作独自の設定である。

「インフィニット・ストラトス」本編で明言されているわけではないので、混同しないよう注意を。


<ISコアとの相性とISの性能、IS適性について>

 ISコアには人間でいう心のような存在が宿っている。原作における白い少女や、操縦者を守ろうと行動した福音の意思などが、それである。この、ISコアに宿る心と、操縦者の性格的な相性の善し悪しを表わすスケールのことを、本作ではIS適性だと解釈する。

 IS適性はS、A、B、C、Dランクの五段階尺度で評定される。Dランクに近づくほど相性が悪い状態。Sランク、Aランクに近づくほど好相性な状態と評価される。IS適性が高いほど、ISコアからの協力を得やすい=機体の性能を引き出しやすい状態だといえる。

 個別のチューニングを別にして、ISメーカーは機体を開発する際、Aランクを基準に性能を造り込む。理論上、Aランクで百パーセントの性能が発揮でき、Bランクでは七割程度、Cランクでは本来の性能の半分も引き出せない、というふうなイメージ。たとえば、機体は同じ『打鉄』でも、機体AのISコアとの相性は良いが、機体Bのコアとの相性が悪い場合は、戦績に大きな差が生じてしまう(この際、操縦者には、『今日は調子が悪い』、『セッティングがかみ合わなかった』などの感覚として、手応えがフィードバックされることが多い)。

 適性Sランクの操縦者がISに搭乗すると、メーカーが想定する機体の限界を、大幅に超過した性能を引き出すことが出来る。また、Sランク適性者や、Aランク適性者の中でも特に好相性な一部の者たちは、経験の蓄積や、何らかのきっかけによって、機体形状の変化や新たな機能の発現といった現象を引き起こすことがある。これが、セカンド・シフト、ワン・オフ・アビリティーと呼ばれる事象である。

 また、IS適性は変化する。人間関係が付き合い方によって変化するように、IS適性も、最初(第一印象)は低かったのに、一緒に行動するうちに相互理解が進んで高くなったり、逆に低下したりする。DランクからSランクへの成長も、不可能ではない。

 なお、IS学園入学時に行われる適性検査は、それ専用に調整されたISコアを用いて行う。その手法も、コアごとの性格の違いによらない、一般的にISコアから好かれやすいか否かを問うような質問を行うことで、適正ランクを算定するというもの。この質問は、我々人間社会において、人の物を盗むのは悪いことだと思うか否か、というものに近い。一般に盗みは悪い行為とされるが、中にはそれを善行として評価する者もいるかもしれない。

 よって、入試で高い適正値を出したからといって、すべてのISコアに受け入れてもらえるわけではない。あくまでも、受け入れてもらいやすい、というだけ。入試では適性Aランクだった娘が、いざ専用機持ちとなった際に、あてがわれたISコアとの相性が悪く伸び悩む、というのはよくある話……と、本作ではする。



〈オリジナルIS〉
スプリット・クロー

和名:裂爪
型式:FFF-01
世代:第二世代
国家:アメリカ合衆国
分類:全距離対応強襲型
装備(基本仕様):対戦車装甲バトルナイフ《G-bar》 × 2
五一口径アサルト・ライフル《レッド・バレット》 × 1
一番径ライオット・ショットガン《コメディアン》 × 1
M134《ミニガン》 × 2
ドラム型スラスター・ユニット《ホーク》 × 2
装甲:熱衝撃吸収分散式装甲マークⅤ
仕様:ハードポイント付きモジュール・ベース
容姿:第二世代機としては大柄なIS。身体各部を直線的な平面で構成された装甲が覆っており、その見た目は六~七十年代のマッスルカーを彷彿とさせる。腰部を守る小型のスカート・アーマー背面部からは半月状のモジュールベースが伸びており、ここに後付け兵装をマウント可能。

 米国MD社製の量産型第二世代。第二世代機の中でも初期に開発された機体で、当時の技術的な洗練不足から、各部装置の大型化・総体としての機体の大型化を招いている。その巨体は同世代の『打鉄』や『ラファール』を圧倒し、同じく技術力の問題で大型化しやすい第三世代機と並べても違和感がないほど。もっとも、機体が大きいということはそれだけ内部容積に余裕があるということでもあり、結果として内部機器の更新が容易という長所にもなっている。

 その開発コンセプトは「戦争に勝つためのIS」というもの。競技用でも、宇宙開発用でもない、当時の米軍の軍事ドクトリンの中で運用して最大限に活きる機体として設計されている。IS用の装備は勿論、既存の米軍の装備を使用可能。

 ミニ・スカート・アーマー背部のモジュールベースには四箇所のハードポイントがあり、ここに後付け兵装をマウントすることが出来る。モジュールベースに搭載した兵装は同時運用が可能で、たとえば対テロ拠点強襲用装備では、ロケット発射筒二門による砲撃を叩き込みつつ、M134ガトリングガン二挺の猛烈な火線で敵兵を薙ぎ倒し、万が一生き延びた兵が玉砕覚悟で突っ込んできたときには《コメディアン》散弾銃で迎撃する、というような戦法が採れる。


 既存の米国製兵器の多くが運用可能なことから、IS開発能力を持たない親米国家での採用例が多い。商業的にも成功した機体で、異なる環境での運用実績のフィードバックにより、絶えず改修と改良型の研究が行われている。現在、米軍に配備されている現行主力機はA5型で、これは米国が新たに開発中の第三世代機『ファング・クエイク』のテストヘッド機にも用いられている。最新型のA6型は、このときの試験データを応用した、第二・五世代機とでもいうべき機体である。

 IS学園には研究用に導入した初期型が二機、機体としてはほぼ完成の域に達したA2型が四機、第三世界向けに色々と装備を省いた結果、ダウングレード版にも拘らず競技用ベースとして高い評価を得ているA3型が二機の計八機が配備されている。ただし、いずれも一般生徒からの貸出申請の人気は今ひとつで、ISコアを搭載した、常時稼働状態にある機体は三機のみ。そのうち一機は研究専用という扱い。世界的ベストセラー機も、IS学園においては不遇機だった。

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