あ、あとマウス買い換えました。超快適です。
入学式翌日の放課後――、
「IS整備室の使用許可ですか?」
「はい」
本日最後の授業が終わって、すぐのことだ。
一年一組の教室から職員室へ戻ろうとする真耶を呼び止めた鬼頭は、IS整備室を利用するためには、どんな手続きが必要なのか、彼女に訊ねた。
IS整備室は各アリーナに隣接する施設で、文字通り、ISを整備するための設備が整った場所だ。工作機械の類いも置かれているそうで、生徒たちの若々しいアイディアによる新兵装や、場合によっては、機体そのものの設計・製造さえ可能だという。本来は二年生から始まる“整備科”コースの生徒たちのための施設だが、手続きさえ踏めば、一年生や“パイロット科”の者でも利用は可能と、生徒手帳に書いてあった。
「ええと、職員室で申請書の書式をお渡ししますので、そちらに利用目的などを書いて学年主任の先生に提出してもらえれば、空き状況を見て案内しますけど」
「なるほど。それなら、いまからその書類を取りにお伺いしても?」
「ええ、大丈夫ですよ。わたしも職員室へ戻るつもりでしたし」
二人は廊下に出ると、肩を並べて歩き始めた。
鬼頭も真耶も、一ヶ月にもこうやって並んで歩いていたな、と思い出し、苦笑した。
あのときは互いに、この出会いはこの場限りのものだろうな、と信じて疑わなかった。それがいまや教師と生徒。まさかこんな関係になるとは……。
「利用目的について、いまのうちにお窺いしても?」
道すがら、真耶が訊ねてきた。
べつに隠すようなことではないので、鬼頭は饒舌に答える。
「来週のクラス代表決定戦に向けて、陽子に協力するためです。私は技術者です。技術屋としての視点を活かして、何か出来ることはないかと思いまして。
……世界にたった二人しかいない男性操縦者という立場を考えると、特定の級友に肩入れをするのは不味いのかもしれません。ですが、クラスメイトという以前に、私はあの娘の、父親なので。出来る限りのことはしてやりたいのです」
それにはIS整備室の使用許可が必要だ、と鬼頭は語った。
なるほど、整備室には歴代の整備科生徒たちの努力の結晶……ISに関する様々なデータが蓄積されている。技術者の彼にとってはまさに宝の山だろう。初心者の陽子でも扱いやすい武器や、来週の試合に使えそうなデータがないか探すつもりか。
真耶は優しく微笑みかけた。
「素敵なお父さんですね」
ISが登場し、女尊男卑の考え方が世に蔓延するようになって以来、家庭内で娘への接し方が分からず困っている父親が増えているという。そうした事例があると踏まえた上で、鬼頭親子の関係に目を向けると、とても温かい気持ちにさせられた。昨日、陽子が口にした、父への愛。そしていま、目の前の男が見せた、娘への愛情。お互いがお互いを想い合っている。理想的な親子だな、と思った。
「よしてください」
鬼頭は照れくさそうに笑った。
「今年で十六歳にもなる娘から、いまだに子離れの出来ない、困った父親ですよ」
職員室に到着すると、真耶は自身のデスクの引き出しから白紙の整備室利用申請書を取り出し、鬼頭に手渡した。早速、どんな記入項目があるかその場でチェックする。申請者名、申請者の学年とクラス、利用目的、利用内容、利用期間……、他にも、たくさんの記入欄がある。
特に多いのは安全管理にまつわる項目だ。これはISという兵器の扱いを一般生徒に任せる以上、当然の配慮だろう。爆薬や推進剤といった危険物の取り扱いをしくじれば、本人は勿論、周りの人間をも傷つけかねない。
紙面の隅々まで目を通した鬼頭は、これならばすぐに書けるな、と小さく頷いた。
さすがにこの場で机を借りるのは図々しすぎると、真耶に一言ことわってから一旦退室する。
三十分後に戻ってきた彼は、六限分の日報を書き終えてほっと一息つく真耶に、記入済みの申請書を手渡した。実直な性格を表しているかのような角張った字体が、びっしりと並んでいる。
真耶は無言で精読を始めた。毎年この時期は、訓練機の貸出や整備室の利用などを求めて、たくさん新入生が各種の申請書を提出してくる。しかし大抵の場合、必要事項の記入漏れといった内容の不備が原因で、一度目は弾かれてしまうことが多い。
せっかく頑張って書いた書類が、推敲不足のせいで無駄になってしまうのは悲しいことだ。学年主任の千冬へ提出する前に、自分がチェックしてやらねば。
文字を読み進めていくうちに、ある項目で、真耶の表情が硬化した。銀縁眼鏡の向こう側で、子鹿のような瞳が険しさを宿す。
これは……本気か?
本気で、こんなことが出来ると思っているのか?
もしそうなのだとしたら、正気の沙汰とは思えない。この内容を、たった一人で、しかもこんな短い期間でなんて……。
真耶は顔を上げ、鬼頭の顔を睨んだ。
「鬼頭さん、この、利用目的と、具体的な内容についてなんですが……ええと、本気ですか?」
「はい」
自信に満ち満ちた表情で、鬼頭は真耶の問いかけに対し頷いた。
「先ほども言いましたが、私は技術者です。技術者の私が、陽子に対してしてやれるいちばんの協力は、それ以外にない、と考えています」
「で、ですが、この利用期間のところを見ると、たった五日間で、それもお一人だけで、だなんて……」
「大丈夫です」
鬼頭は力強い口調で応じた。
「実を申しますと、アローズ製作所ですでに経験済みのことなんです。そのときは三週間ほどかかりましたが、IS学園の最新の設備を使わせていただければ、大幅に時間を短縮出来る自信があります」
真耶は目線を申請書へと戻した。終始にわたって、読み手のことを気遣った、非常に読みやすい文章で書かれている。利用内容について気になる点がある以外は、特に不備は見当たらない。この完成度であれば、自分の赤入れなど加えずとも、千冬も受け付けてくれるだろう。
真耶は深々と溜め息をついた。申請書を鬼頭に突き返す。
「あまり無茶なことはしないでくださいね」
「勿論です」
鬼頭は微笑した。
「扱う人間のことを考えてデザインするのも技術者の仕事です。陽子を危険にさらすような物は用意しませんよ」
いまのは陽子さんではなく、あなたに向けた言葉だったんだけどなあ。
真耶はもう一度溜め息をこぼし、彼に千冬の居場所を伝えた。
◇
同じ頃、第三アリーナ近くの射撃場では、鬼頭陽子とセシリア・オルコットが隣り合うブースで拳銃射撃にいそしんでいた。
陽子が握る拳銃は、射撃場を管理する教師より薦められた、イタリア製のベレッタM85。かたやセシリアが握るのは、オーストリア製のシュタイアーM9ピストルだ。同じオーストリアの銃器メーカー、グロック社の製品に対するカウンターとして設計された大型自動拳銃で、最大の特徴として、グリップとフレームの素材に、新世代のポリマー系プラスチックを採用している。全金属製の拳銃よりも軽く、携帯に便利な拳銃だ。トリガーはダブル・アクション・オンリーで、口径は九ミリ。九ミリ・ショート弾よりも強力な九ミリ・パラベラム弾を、十四発も装填出来る。
陽子もセシリアも、イヤー・プロテクターは装着していない。安全装備は防塵ゴーグルをはめているのみだ。互いに会話を成立させるためとはいえ、テーブルの上に置かれたスマートフォンの中の桜坂の胸中ははらはらだ。不意の排莢が耳元をかすったりしないか、冷や冷やしながら二人を眺めていた。
「ここには何をしに?」
ベレッタを撃ちながら、陽子は隣のブースのセシリアに訊ねた。口を開きながらも、目線は真っ直ぐ、前方のマン・ターゲットへと向けられている。トリガー・プルの感覚、ハンマーの落ちるタイミング、反動の受け流し方など、急速に射撃の腕を上げていく彼女の次なる目標は、狙ったところに当てていく、射撃精度の向上だ。いまや十点圏、九点圏への命中は珍しくないが、まだまだ集弾性が悪い。
「あなたと同じですわ。射撃の練習をするためです」
セシリアも目線を前に向けたまま応じた。M85よりも迫力ある銃声が、ドスドスドス、とリズミカルに鳴り響く。ちら、とそちらに目線をやれば、マン・ターゲットは十点ゾーンに大穴を開けていた。複数の銃弾によって穿たれた穴がつながっている。
『トリガー・プルの難しいダブル・アクション・オンリーの拳銃で、しかも反動のきつい九ミリ・パラベラム弾で十点ゾーンを百発百中とは……さすがは代表候補生といったところか』
「…………」
くそう。
負けるものか、と陽子はM85を撃った。射撃の神様は、そういう邪念を持った人間から好成績を奪うのが常だ。九点、八点、八点、九点と、十点を逃すことが続いた。
「専用機持ちなんだから、ISの練習をしていればいいじゃない」
なんでわざわざ射撃場で、しかもこちらに自分との実力差を見せつけるようなことをするのか。なんて性格の悪い女なのだ! ……いいや、違う。見せつけられている、とは自分の勝手な思い込みだ。
代表候補生たるセシリアと自分との力量差は、戦う前から歴然としている。彼女にとって自分ごときは、歯牙にもかけぬ相手という認識だろう。射撃場に足を運ぶという手間をかけてまで、示威に明け暮れる必要性は薄い。
セシリアとの技量差を、標的に穿たれた穴という動かぬ形で思い知らされ、卑屈になっていた。彼女に対して抱かずにはいられない劣等感が、わが目を曇らせている。歩き方、話し方といった所作の一つ一つまでもが嫌みと映じ、セシリアに対する心象を酷いものにしていた。
そして、そうと自覚しながらも、セシリアに向ける口調が険しいままなことに、陽子は気づいていた。隣に立つ女は、衆目の前で父を辱めた。嫉妬や羨望の感情とは関係なしに、憤りを感じずにはいられない。
「専用機持ちだからこそ、生身での射撃訓練が重要なのです」
セシリアは語気猛々しい陽子の様子には少しの関心も示さず、前を向いたまま続けた。
「生身での射撃が下手では、ISを身に纏ったところで、高が知れていますもの」
ISには射撃を補助するための様々なシステムが搭載されている。しかし、そうした便利機能に頼ってばかりいる者に、代表候補生たる資格はない、とセシリアは考えていた。
「ですので、腕が鈍らないよう、そしてさらなる高みへと到達するために、こうやって定期的に、生身での練習をする必要があるのです」
「……射撃、上手いね」
「当然ですわ! ……と、言いたいところですが、ここは素直にお礼を言っておきましょう。ありがとうございます」
十四発を撃ち終えて、シュタイアーM9はスライド・ストップ。親指でマガジン・リリースボタンを押し込み、箱型弾倉を引き抜いた。弾箱から九ミリ弾を取り出し、次々と篭めていく。
「……あとは、そうですわね。この第三アリーナのそばの射撃場を選んだのは、陽子さんが入館するのを見かけたので」
「わたし?」
「ええ」
「……え? ストーカー?」
スマートフォンの中の桜坂が、びくり、と胴震いするのが見えた。桐野美久のストーカー行為に日々悩まされながらも、桐野社長との関係性から強く言えない彼だった。
「違います」
セシリアが、僅か怒気を孕んだ。むっとしているらしい。
「陽子さんとは一度、二人きりでお話ししたかったので。これはチャンスだな、と思ったのです」
陽子のM85もスライド・ストップ。マガジンを引き抜き、こちらも弾篭めを始めた。
「……誤解しないでほしいのですが、陽子さん、わたくしはべつに、あなたのことを嫌ってはいません。……勿論、クラス代表決定戦にあなたも出る、と口にされたときは、代表候補生を相手に何を言っているのか。まさか勝てるつもりでいるのか、この勘違い娘め! などと、憤りもしましたが。それを別とすれば、わたくしはあなたに対してむしろ、勝手ながら好意さえ抱いています」
「……わたし、そっちの趣味はないんだけど?」
二人で並んで射撃を開始してからはじめて、陽子はセシリアの顔を見た。同年代の他の娘よりも幼さを残す顔立ちが、忌避の感情に歪む。
「ですから、違いますってば!」
十四発をフル・ロードし、シュタイアーの銃口を再び標的へと向ける。トリガーを引き絞る。銃声。十点圏ど真ん中にヒット。精神の動揺も、彼女の指先を狂わすにはいたらない。
「とにかく、わたくしはあなたのことを嫌ってはいません」
「……わたしは嫌いだけどね、オルコットさんのこと」
「ええ、そうでしょうね」
M85の装填数はフル・ロードで八発。シュタイアーの半分ほどだが、陽子自身、まだ弾篭めという作業に慣れていないために、射撃を再開するまでの時間は、セシリアよりも長い。
「わたくしはあなたに対して、そう思われても仕方のないことをしましたもの。クラスのみなさんの目の前で、あなたのお父様に恥をかかせた。嫌われて当然だと思っています」
「それが分かっているのなら、あんなこと言わないでほしかったんだけど」
あんなこと、とは勿論、鬼頭を、情けない男、と評した発言についてだ。
「それとこれとは話が別です」
セシリアは毅然とした態度で、ぴしゃり、と言い放った。
「わたくしはあなたに対しては好感を抱いていますが、あの男……あなたのお父様のことは嫌っていますもの」
「……そういうことを言うから、わたしはオルコットさんのことが嫌いなんだけどなあ」
ベレッタを撃つ準備が整った。スライドを引き、最初の一発を機関部に装填。拳銃を構え、狙いをつける。
「ねえ……」
「はい」
「なんで、そんなに父さんのことを嫌うの? 例の週刊誌を読んだから?」
「……それもあります」
M85の銃口が火を噴いた。結果は、十点ゾーン。よっしゃ、と心の中でガッツポーズ。
「奥方に暴力をはたらき、一度は妻のものとなった親権を無理矢理奪った最低の男……たしかに、第一印象はそれでした」
「それは……」
「ええ。週刊誌の捏造だとおっしゃるのでしょう? わたくしもそう思います」
意外な返答に、陽子は射撃の手を止め、セシリアを見た。代表候補生の少女は、十メートル先の標的に向けて、銃を撃ち続けている。
「教室でのあなたたち親子のやりとりを見ていましたから。母親のもとから無理矢理引き離した加害者と被害者とは思えないほど、あなたたち親子の仲は良好と見えた。週刊誌の内容……少なくとも、DV云々や、親権を無理矢理奪い返した、といった部分に関しては嘘だと、すぐに分かりました。そして、だからこそ、あなたのお父様のことが許せなくなりました」
週刊誌に好き放題書かれて、傷ついたのは鬼頭ばかりではない。父親のことを悪く書かれ、それを世間のほとんどの人が信じてしまっている。そんな状況に心を痛めているのは、むしろ娘の方だ。
それなのに彼は、
あの男は――、
「週刊誌の記事は捏造。それを証明する手段が自分にはある。でも、その証拠を開示することは出来ない。……何を考えているのだ、この男は。陽子さんのことをどう思っているのだ、と軽蔑しました」
自分のためにも、娘のためにも、立ち上がらない。立ち向かおうとしない。
かくして、鬼頭智之に対するセシリアの心象は定まった。男としても、父親としても情けない男。自分がいちばん嫌いなタイプの男性だ。
「そう、それで……」
なるほどな、と思う。たしかに、自分たち家族の事情について詳しいことを知らぬ者の目には、父の態度は情けない、と映じても仕方ないだろう。
でも、
でも、それには、ちゃんとした理由が、
自分に対する、愛があるのに……!
「でも、でもそれは……!」
「勿論、あなたのお父様にも、証拠を開示出来ない理由というものがあるのでしょう。ですがそれは、あなたを……陽子さんの苦しみを長引かせるに足る理由なのでしょうか!? そんな理由が、あっていいのでしょうか!?」
違う。
あの人は、
父さんは、わたしを苦しめたくないからこそ、証拠を開示しない。自分が我慢する、という道を選んだのに……!
『……セシリア・オルコットさん』
そのとき、いままで二人の射撃を眺めるばかりで、会話には参加しようとしなかった桜坂が、突如として口を開いた。スピーカー・モードだから、その声は隣のブースの彼女にも届く。
セシリアは射撃を中断し、テーブルの上のスマートフォンを睨んだ。
「あなたは……」
『鬼頭の上司で、アローズ製作所パワードスーツ開発室の室長を務めている、桜坂という者です』
「はあ……その桜坂さんが、いったい何のご用で?」
女尊男卑思想の信奉者たるセシリアは、桜坂に話しかけられたことに対する不快感を表情露わに訊ねた。
『いえね、いまの二人の話を聞いていて、ちょっと言っておこうかな、と思いまして』
小さな液晶画面の中の桜坂は微笑んだ。
『男の俺の口から、鬼頭はきみが思っているような人間ではない、と言っても、考えを改めてはくれないでしょう』
昨晩の作戦会議の席において、九ミリ口径の大型自動拳銃を易々と使いこなしているこの少女が、女尊男卑主義者だとは聞いている。
『だから、これだけ言わせてください。目を見開いて、素直な気持ちで、鬼頭智之という男の、ありのままを見てほしい』
「……どういう意味です?」
『言葉通りの意味ですよ』
桜坂は微笑した。
『週刊誌の記事や、世界にたった二人しかいない男性操縦者だということ、陽子ちゃんの父親であるということ、そういうフィルターを全部取っ払った上で、鬼頭智之という男、単体をしっかりと見てほしいのです。そして感じ取ってほしいのです。鬼頭智之がどういう男なのか、あなたの、素直な気持ちから生じたセンス・オブ・ワンダーで、感じてほしいのです』
「…………」
セシリアは無言でスマートフォンの画面を睨んだ。
応じる仁王様は、きつい眼差しを浴びせられても飄然としている。
先ほどまでとは異なり、今度は陽子がおろおろと両者の間に漂う雰囲気に狼狽えていた。
「……その言葉」
やがて、セシリアは形の整った唇を、静かに開いた。
「一応、胸にとどめておきましょう。下々の言葉に耳を傾けるのも、ノブレス・オブリージュ……高貴なる者の務めですから」
スマートフォンの中の桜坂が、おや、と怪訝な表情を浮かべた。
いまのセシリアの口ぶり……もしかすると、彼女は名家の生まれなのか。
来週の試合に役立つかもしれない。これは調べてみる必要があるな、と桜坂は胸の内でひっそりと呟いた。
「ところで、わたしに話したいことって、結局、何だったの?」
「いえ、なんであんな情けない男のことをそんなに慕っているのか、ちょっと訊ねてみたくて」
「……わたし、やっぱりオルコットさんのこと嫌いだあ」
インフィニット・ストラトス二次創作
「この小さな世界で愛を語ろう」
Chapter8
翌週の月曜日……クラス代表決定戦当日の放課後――、
第三アリーナのAピットに、鬼頭親子と一夏、千冬と真耶、そして篠ノ之箒の六人が集まっていた。言うまでもなく、セシリア・オルコットとの試合に臨む二人と、その見送りと応援のため駆けつけた者たちだ。千冬と真耶は教師としての立場から。鬼頭は父親として。そして箒は、なんでもこの一週間、一夏の根性を鍛え直していたとかで、指導役兼幼馴染みとして、この場にやって来たという。
さて、その六人は揃って困った表情を浮かべていた。
今日の試合では一対一の戦闘を計三回行い、合計勝利数が最も多い者がクラス代表になる、という決まりだ。
試合の順番は事前にくじ引きをし、第一試合は一夏とセシリア、第二試合が陽子とセシリア、最後に一夏と陽子が対戦することになった。
しかし、ここで問題が生じた。
肝心の一夏の専用機が、まだ到着していないのだ。
「ええと、今日までには間に合わせる、という話だったと記憶しているのですが……」
鬼頭の問いに、千冬は重苦しい溜め息をこぼし、頭を抱えた。
「ええ、そのはずでした。……ですが開発者本人から、『あの人に見せる機体なんだから手抜きなんてできない! 装甲の磨き具合とか、ブレードの鍔の形とかが納得いかないから、もうちょっとだけ待っていて!』と、連絡が来まして」
「……ええと、私の理解力不足でしょうか? その方が何を言っているのか、よく、分からないのですが」
「大丈夫、あなた一人だけではありません」
平素、常に毅然とした態度が頼もしく、また学園の女子生徒たちから絶大な信頼を集めている千冬にしては珍しい、くたびれた様子で呟いた。
対する鬼頭の表情もまた険しい。納期を守れないのは仕方がないにしても、その理由にまったく納得がいかなかった。
自分とて製造業に携わる身の上だ。製品のクオリティ・アップのため、出荷を先延ばしにしたいその気持ちはよく分かる。しかし、“あの人”なんて、そんなどこの誰だか分からない存在を持ち出されても、困惑するばかりだ。こちらを納得させる気などさらさらない、と解釈せざるをえない。
「えっと、千冬姉、俺は結局、どうすればいいんだ?」
疲れた表情の千冬に、一夏が話しかけた。鬼頭に与えられた物と同様、腹を出したデザインのツーピース・タイプのISスーツを着ている。
何度指摘してもいまだ改められない、公的な場での姉の呼び名。
千冬は出席簿を振りかぶり、しかし、すぐに下ろした。自分を睨む鬼頭の視線に気づいたためだ。
「……何度も言っているだろう。織斑先生と呼べ、馬鹿者」
言葉遣いこそ乱暴だが、それでも、手をあげるよりはずっと穏当な叱り方だ。
以前、口にした指摘について千冬が覚えていてくれたこと、そして自分の意見を聞き入れ実践してくれたことが嬉しくて、鬼頭は完爾と微笑んだ。
険しい眼差しから一転、にこにこと優しい笑顔の面差しに気恥ずかしさを覚えたか、千冬は、ぷい、と彼のほうから顔を背けた。
一方、一夏は予想していた衝撃が来なかったことに驚き、茫然とした表情を浮かべていた。なまじ顔の造作が整っているだけに、間抜け面がいっそう滑稽に見えてしまう。鬼頭の後ろで、陽子がひっそりと吹き出した。
千冬は咳払いを一つして、一夏の問いに答えた。
「アリーナの使用時間は限られている。織斑の機体の到着がこれ以上遅れるようなら、鬼頭対オルコットの試合を先に行うべきだろう」
千冬は鬼頭の後ろに立つ陽子を見た。こちらは、ワンピースタイプの水着のようなデザインのISスーツを着用している。
「鬼頭、行けるか?」
「バッチ来い! ……です!」
陽子は自らを奮い立たせるように大きな声で応じた。
「本当に代表候補生と戦うんだな、って思うと、正直、恐くて震えが止まりませんが……」
陽子はかたわらに立つ父親の顔を見上げた。世界最高の頭脳の持ち主は、彼女の顔を見て、粛、と頷いた。無言のやりとりが、立ち向かう勇気をくれた。
「女は度胸! なんでもやってみるものです!」
言い放つや、千冬の背後で真耶が、ぶふぅ、と噴出した。いったい何事か、と一同揃ってそちらを振り向き、目を丸くする。ただ一人、陽子だけが、何かを察したように、ニヤニヤと笑い始めた。適度に緊張がほぐれたのを自覚し、彼女は胸の内でひっそりと真耶に感謝の言葉を贈った。
AピットのISハンガーに、無人のISが鎮座していた。打鉄。今日の試合で陽子が搭乗する機体だ。
クラス代表決定戦当日、IS学園側が陽子の搭乗機として提案したのは、鬼頭らの予想通り、フランス製のラファール・リヴァイブと、国産機の打鉄だった。陽子たちは両者の性能や特性の違いをよく吟味し、最終的に打鉄を選択した。
打鉄とラファールはどちらも汎用性の高さと扱いやすさが魅力的な機体だ。
機動性と運動性ではラファールが勝り、防御性能では打鉄のほうが秀でている。扱える武器の種類はどちらも大差ないが、後付け兵装の搭載量で勝る分、総合火力はラファールの方がやや上回る、といったところか。
今回の対戦するティアーズ型は第三世代のISだ。運動性や機動性の勝負では、どちらを選んでも優位生は得られない。となれば、防御力を取るか、火力を取るかが判断の基準となる。
陽子はいまだISの累計操縦時間が五時間に満たない初心者だ。大量の火器を積んだところで、扱いきれる腕はない。むしろ、第二世代最高の防御性能をもって持久し、反撃のチャンスが到来するまでじっと堪える、といった戦術もとりやすい打鉄の方が、使い勝手はまだよいように思われた。
陽子は背中を預けるように打鉄に搭乗した。操縦者の存在を認識したISが、セミ・アクティブ状態へと速やかに移行する。ISコアからあふれ出るパワーが、ジェネレーターを仲介して機械鎧の隅々まで行き渡った。小柄な陽子の体型に合わせて、装甲が微細に変形し、彼女の身体へと密着していく。スカート・アーマーに電磁ボルトで固定されていた浮遊シールドがはずれ、源平武者の肩鎧のように、陽子の両側へと移動した。
打鉄を身に纏った陽子は、機体の動作具合を確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。人間の五指をかたどったマニピュレータを何度か開閉。グー・パー、グー・パーを繰り返し、問題がないことを確認した。
「気分はどうだ?」
「大丈夫、問題ないよ」
鬼頭の問いに、陽子は可憐に微笑み応じた。
空間投影ディスプレイを起ち上げ、機体の情報を呼び出す。まずは機体の状態をチェック。……うむ。エラー項目は一つもない。続いて搭載兵装をチェック。……こちらも大丈夫だ。今日の試合に向けて、事前に申請しておいた後付け兵装は一つも欠けることなく積まれている。
「打鉄の方も問題ないみたい」
「そうか」
鬼頭はゆっくり頷いた。それから彼は、少し困ったように表情を歪めて、
「陽子、手を」
陽子は右手を鬼頭のほうへと差し伸べた。超高分子特殊ポリエチレンでできた関節部をカーボンファイバー配合のチタン合金で覆ったマニピュレータは、指の一本々々が、ニンジンかナスのように太い。鬼頭はそのうちの一本……人差し指を両手でそっと握ると、自らの頬にすり寄せた。
「……勝ってこい、とは言わない。ただ、無茶だけはしないでくれ」
慈愛の念に満ち満ちた口調。
陽子は優しく微笑んで、うん、と頷いた。
ピット・ゲートへと顔を傾け、床を小さく蹴るイメージ。大鎧を着込んだその身が、ふわり、と宙に浮いた。慣性力制御装置……PICの作用によって、ISは反作用や揚力といった力に頼らず飛行が可能なのだ。
「それじゃ、行ってきます」
鬼頭らに手を振り、彼女は闘技場へと向かっていった。
◇
アリーナの中央ではすでにセシリアが待機していた。
身に纏っているISは、近世はバラ戦争の時代の、イングランドの騎士を想起させるデザインの甲冑だ。通称、イングランド・ゴシック。左右に浮かぶ浮遊ユニットには、それぞれ二枚ずつ、優美なシルエットのフィン・アーマーが取り付けられており、それを背後に従えたそのいでたちからは、なにやら気品のような雰囲気が感じられた。機体色は、鮮やかな青色。
ゲートをくぐって闘技場へと、文字通り飛び出した陽子は、空中で、ぴたり、と静止するセシリアを見て、口を開いた。
「それが、オルコットさんの専用機……」
「ええ。わがイギリスが誇る第三世代機、ティアーズ型の一番機、ブルー・ティアーズですわ」
セシリアは誇らしげに自らの愛機の素性を明かした。
打鉄がISコア同士を結ぶ通信網……コア・ネットワークから情報を呼び出し、陽子の意識に直接情報を送り込んだ。
ISネーム、ブルー・ティアーズ。登録されている操縦者名セシリア・オルコット。戦闘タイプは中距離射撃型。特殊装備有り。
武装はすでに展開済みだ。全長が二メートルを超す長大な銃器を握っている。即座にコア・ネットワークから情報を検索。六七口径特殊レーザー・ライフル
対戦相手はすでに武器まで準備を終えている。こちらも、試合開始の合図が鳴る前に武装を呼び出さねば、先手を取られてしまう。
量子格納状態にある武装を実体化させることを、展開、と呼ぶ。
陽子は右手に意識を向けた。搭載兵装の一覧からアサルト・ライフルを選択し、コール。手の中で光の粒子が繚乱し、やがて形をなした。
ショルダー・ストックと機関部とが独立した造りの、オーソドックスなデザインのアサルト・ライフルが実体化した。五一口径アサルト・ライフル、《焔備》。重機関銃用の強力な銃弾を、一分間に一〇〇〇発という発射速度で相手に叩き込める、IS専用の突撃銃だ。全長は約一・五メートル、重量は一五・四キログラムで、標準仕様の箱型弾倉一個あたり四五発を装填出来る。
陽子の召喚した《焔備》は、オプション兵装としてさらに、銃身下部にグレネード発射器を装備していた。砲口が横に二個並んだ連装式のグレネード・ランチャー《大文字》。牽制のライフル射撃を叩き込みつつ、四十ミリ・グレネードを二発連続で発射できる優れ物だ。
両者はおよそ二十メートルの距離を隔てて向かい合った。セシリアも陽子も、銃の安全装置は解除ずみだ。狙いをつけるや、即座に撃ち放てる状態にある。
『二人とも準備はいいか?』
Aピットにいる千冬の声が二人の耳膜を叩いた。セシリアは、「ええ」と、頷く。一方の陽子は「もうちょっとだけ待ってください」と、呟いて瞑目。深呼吸を二三度繰り返した後、瞠目し言い放った。
「もう大丈夫です。お願いします」
うむ、と頷いた千冬は、手元に空間投影式のキーボードを展開。パネルを操作するや、アリーナ内に、試合開始を告げる鐘が鳴り響いた。
『試合開始!』
開幕を告げるゴングが鳴り響くや、二人はまったく同時に、まったく同じ行動をとった。
セシリアは《スターライトmkⅢ》を、陽子は《焔備》を抱き寄せて照準。両者の脳幹を、甲高いロック・オン・アラートの警告音が激しく殴打する。
トリガーを引き絞る動作は、セシリアの方が速かった。狙撃銃の機関室内の温度が急激に高まり、銃口より一条の光線が撃ち放たれる。
光の矢は狙いたがわず打鉄の左足を射抜いた。シールド・エネルギーに大きなダメージ。レーザービームそのものに質量はないが、エネルギー・バリアを突破された際の衝撃に揺さぶられ、陽子は思わずバランスを崩した。そのときになって、彼女はようやくトリガーを引き絞ることに成功した。ポンッ、と小気味の良い音を引き連れて、四十ミリ・グレネード弾が発射される。
――やはり素人ですわね……。
セシリアは内心陽子を嘲笑った。
グレネード弾は強力な武器だが、弾速が遅い。超音速域での空戦機動を軽々とこなすISに命中させるのは、至難の業だ。普通は、ライフルなどで牽制射撃を叩き込み、相手の足が鈍ったところで投下するのがセオリーとされる。それを開幕初手で発射するなんて……っ!
セシリアは悠々回避運動をとろうとし、しかしすぐに、その美貌を凍りつかせた。
ブルー・ティアーズのISコアが、発射されたグレネード弾の種類を即座に特定。スタン・グレネード。音と光で相手の行動力を奪う非致死性兵器。不味い、と思ったときにはもう、グレネード弾は炸裂していた。
一八〇デシベルの爆発音と一〇〇万カンデラの超閃光が解き放たれ、セシリアの視聴覚を奪った。といっても、スタン・グレネードが直接もたらした被害ではない。咄嗟にハイパーセンサーをカットしたおかげで、彼女の感覚野は健常なままだ。
問題は、センサーの機能をいきなり絶ってしまったことによる視覚と聴覚の一時的な喪失だった。センサーの復旧までにかかる時間はコンマ・〇八秒。その間、セシリアはほとんど無防備な状態になる――!
「くぅっ!」
ロック・オン・アラート。次いで、衝撃。陽子の《焔備》が火を噴き、《スターライトmkⅢ》を保持する右腕を大柄な五十一口径弾が襲った。はじめから初手はスタン・グレネードと決めていた彼女は、ハイパーセンサーのモードを最初から偏光状態にしていたのだ。打鉄のFCSの支えもあって、銃弾は次々と吸い込まれるように命中していった。着弾の度に、装甲から火花が迸り、シールド・エネルギーにダメージ。
視界の復活したセシリアは、敵の攻撃が右腕に集中しているのを認めるや、相手の狙いは武器を潰すことだと判断。身を翻し、左へ、左へと、火線の猛威から逃げようとした。
対する陽子は追撃の手を休めない。相手は代表候補生だ。いまは奇策スタン・グレネードの影響下で自分が優位な立場にあるが、態勢を整えることを許せば、猛烈な反撃に翻弄されるのは必至。セシリアの背中を追いかけながら、ショルダー・ストックを肩に添えた飛行射撃姿勢で、《焔備》を撃つ、撃つ、撃つ。
逃げるセシリアと、追いかける陽子。試合開始早々に展開された思わぬ試合運びに、観客席の一年一組の生徒たち、さらには、今日の試合の噂を耳にし駆けつけた他クラス、他学年の生徒たちの多くがどよめいた。
彼女たちの中には、陽子がIS学園に合格できたのは父・鬼頭智之の存在があったから、と思い込んでいる者も少なくなかった。陽子は本来、IS学園に入学できるような成績ではなかった。しかし、鬼頭がISを動かしたことで、彼の家族を守らねばならない、とIS学園への入学を許可されたのだ、という噂だ。
しかし、目の前で繰り広げられるこの光景を見せられては、陽子の実力は本物だった認めざるをえない。
鬼頭に対する不満から、娘の陽子に対しても色眼鏡をかけて見ていた生徒たちは、等しく悔しげな表情を浮かべていた。
そんなギャラリーからの熱い眼差しを自覚しながら、しかし、陽子は焦燥を感じていた。セシリアを追いかける側に回ってからというもの、銃撃が、一発も命中しない。そればかりか、射撃のタイミングさえつかめない。
セシリアは相手からのロック・オンを避けるため、上下左右への不規則なフェイント機動を加えながら逃走をはかった。打鉄のFCSが相手を補足するためには、不可視の照準ビームの範囲内に一定時間、相手の姿を捉え続ける必要がある。陽子の打鉄は先ほどからこれに失敗していた。それでも、牽制ぐらいにはなるはず、と浅慮からノー・ロックで放った銃撃は、そのことごとくが回避されてしまった。
――これが、代表候補生!
陽子は口の中でその言葉の意味を噛みしめた。やはり、操縦技術の一つ一つ、試合運びのセンスは、圧倒的に向こうが上だ。
――このままじゃ……。
陽子は、逃げるセシリアの狙いに、すでに見当がついていた。
やがて、そのときが訪れる。
《焔備》のマガジンが空になった。
セシリアにとって、待望の瞬間だった。
マガジンを交換するにせよ、新たな武器を展開するにせよ、銃撃の一切ない時間が到来する。
陽子は苦し紛れに《大文字》からグレネードを一発投射。今度もスタン・グレネード弾だ。再びグレネード弾に気をとられている間に、マガジンを交換する作戦。
しかし、同じ手が二度も通用するほど、代表候補生は甘くない。
突如として身をひねり、振り返ったセシリアは《スターライトmkⅢ》を発射。音響閃光弾が爆発する前に、空中で撃墜する。
「さあ、反撃開始でしてよ!」
セシリアの手の中で、《スターライトmkⅢ》が火を噴いた。
一発の威力と有効射程を優先した高出力スナイパー・モードから、バトル・ライフル仕様へと射撃モードを選択。連続で、光線を発射する。
陽子は咄嗟に浮遊シールドを二枚とも前面へと移動。正面からの攻撃をブロックするが、その隙にセシリアは彼女の頭上へとさらに移動、上空から銃撃を浴びせかける。
「ぐっ、こんっ、のぉお……!」
ロック・オン・アラートは先ほどから鳴っていない。先ほどの陽子同様、セシリアも、空戦機動中はノー・ロック射撃に頼らざるをえない。しかし、その命中精度は段違いだ。左足に二発、右上腕部に一発をもらってしまう。
特に、右上腕部へのダメージは痛かった。ISには《絶対防御》という安全装置が搭載されており、これは一定レベルのダメージを超える攻撃とISが判断した場合に作動する。通常仕様の打鉄の場合、上腕部は装甲で覆われていないため、この部分への攻撃に対しては大抵の場合、《絶対防御》が発動してしまう。《絶対防御》はシールド・エネルギーを極端に消耗する機能でもあるため、ISバトルの最中にこれが作動してしまうと、一気に不利な立場に立たされてしまうのだ。
たまらず、陽子は正対のまま後ろへと退く。距離を稼ぎながら、《焔備》のマガジンを交換。グレネードを撃ち尽くし、いまやデッド・ウェイトでしかない《大文字》を切り離す。勿論、その間にもセシリアの銃撃は続いた。左右へのジグザグ機動も、代表候補生の鷹の目の前には、むなしい抵抗でしかなかった。
《焔備》を構え、反撃のノー・ロック射撃。セシリアは余裕の表情でこれを回避。仕方ないこととはいえ、距離が開いてしまった。自分の腕では、この間合いで当てることは難しい。なんとか接近しなければ。
陽子はPICの全リソースを前進運動へと傾けた。スカート・アーマーに取り付けられた単発式のマイクロ・ロケット・ブースターをも併用。推力を一方向に集中させた猛加速をもって、上空のセシリアへと挑みかかる。
そのとき、ブルー・ティアーズの背後で、何かが射出された。二基の浮遊ユニットに取り付けられていた、四枚のフィン・アーマーだ。羽根の一枚々々に、PICの制御装置が積んであるらしく、めいめい、直線的な機動だが機敏に姿勢を変えつつ、陽子のもとへ殺到する。
「まさかあれが!?」
噂のBT兵器か。
その問いに答えるように、けたたましいロック・オン・アラートの音が、陽子の脳を袋だたきにした。
右から。左から。後ろから。頭上から。まったく同時に、ロック・オンされている!
陽子を取り囲むように配置された四機の独立機動兵器が、一斉にレーザービームを浴びせかけた。
右肩。左脚部の装甲。スカート・アーマー。浮遊シールド。ほとんど同時に着弾。前後左右より立て続けに襲いくる衝撃波に、陽子は姿勢を大きく崩した。その間にも、スカート・アーマーのロケット・ブースターは最大稼働で推進力を吐き出し続けているため、彼女はあらぬ方向へと吹き飛ばされる。その隙を、今度は《スターライトmkⅢ》が襲った。ノー・ロック状態で撃ち放たれた四発のうち、二発が命中! シールド・エネルギーの残量が、残り半分を切った。
「……っ!」
そこまでのダメージを許したところで、陽子は機体の制御をなんとか取り戻した。ロケット・ブースターへのエネルギー供給をカット。PICの機能を、通常モードへと戻し、安定した飛行姿勢へと復帰する。
そこに、四枚の恐るべき羽根がまた襲いかかった。今度は一斉発射ではなく、時間差で、連続してレーザーを発射する。鳴り響くアラート音に従って、回避とシールドでの防御に努めた。防戦一方。しかも、巧妙な位置取りから放たれるレーザーのすべてをブロックすることは、陽子の技量ではまだ難しい。一発、また一発と命中し、シールド・エネルギーが削られていく。
搭載されている発振器のサイズの問題からか、BT兵器のレーザーに、《スターライトmkⅢ》ほどの威力はない。そのため、一発々々のダメージは軽微なものだが、一発受けて動きが遅速すると、その後何発も殺到し、トータルのダメージは凄まじいことになる。
――まずはあの羽根をなんとかしなきゃ駄目だ!
陽子は《焔備》の銃口を自分を取り巻くフィンのうち一枚へと向けた。トリガーを引き絞るも、ひょい、と避けられてしまう。アサルト・ライフルでは命中は難しいか。それならば――、
陽子はアサルト・ライフルを放り捨てるや、武装一覧を表示、新たな武器を選択、コールする。その間にも、BT兵器のレーザーを二発もらうが、そんなもの、気にかける暇はない。
すかさず召喚したのは、ポンプ・アクション式の散弾銃だった。銃身下面のフォア・グリップを握り、これを前後に動かすことで、ボルトの開閉を行う仕組みのショットガンだ。ライオット・ショットガン《コメディアン》。一番径という、重さが一ポンドもある銃弾を十発装填可能な、IS専用のショットガンだ。
陽子は右方向より襲いくるフィンに《コメディアン》の狙いを定めた。腰だめで、撃つ。発射された銃弾はしばらくまとまった状態で飛んでいき、やがて散開、百発近いチルド弾が広がりながら、フィンを飲み込んだ。
散弾一発々々の威力は小さい。しかし、無数の弾に殴打されるうちにどこか飛行制御装置を破損したか、運動性が、目に見えて低下した。この隙を逃してはならぬ、と陽子はフォア・グリップを前後させながら接近。間合い八メートルの近距離で、ロック・オン射撃! まとまった数の散弾を浴びせられ、ついに沈黙、ゆるゆると墜落していった。ようやく一枚を撃墜――。
「ブルー・ティアーズはまだありましてよ!」
《ブルー・ティアーズ》。機体名と同じだが、それがこのBT兵器の名なのか。
残る三機の《ブルー・ティアーズ》が陽子に牙を剥く。レーザービームの嵐。陽子は地表すれすれまで高度を下げるや、回避し、防御しながら、ショットガンを撃つ、撃つ、撃つ。
ポンプ・アクション式の強みは、弾の装填と排莢が確実に行える信頼性の高さだ。反対に弱みは、一回々々フォア・グリップを前後させねばならないため、発射速度が遅いこと。一発はずしてしまうと、次の弾を装填している隙に、レーザービームで狙われてしまう。一弾一墜を期さなければ。
《ブルー・ティアーズ》の放ったレーザービームの一発が、スカート・アーマーに命中した。ロケット・ブースターを直撃。推進剤が引火し、轟然と爆発する。衝撃で地面を転がる陽子の身体。それでも、ショットガンは手放さない。転がりながら、フォア・グリップをスライドする。立ち上がると同時に発射。二機目の《ブルー・ティアーズ》を撃墜。観客席では、またどよめき!
「残り二つ!」
素早くフォア・グリップをスライドし、《コメディアン》を空へと向け、陽子は当惑した。
残る二機の《ブルー・ティアーズ》が、頭上ははるか彼方のセシリアのもとへと戻っていく。
エネルギー補給のためか。いや違う。浮遊ユニットには接続されない。彼女のかたわらで、いつでもレーザービームを撃てる態勢のまま、ふわふわ、とたたずんでいる。
「まさかここまで粘るとは……」
スターライトmkⅢを構えながら、セシリアが呟いた。陽子も《コメディアン》を油断なく構えながら、その言の葉に耳を傾ける。
「認識を改めなければいけませんわね。鬼頭陽子さん、あなたは代表候補生を相手取れるだけの実力を持った、素晴らしいお人ですわ」
一週間前のあの日、代表候補生の自分に対し、無謀にも挑戦状を叩きつけた彼女のことを、セシリアは内心、軽蔑していた。しかし、蓋を開けてみればどうだ。自分は初手のスタン・グレネードに翻弄され、《ブルー・ティアーズ》も二機喪失してしまった。相手は、ISの操縦経験も浅い初心者で、かつ搭乗しているのは第二世代機だというのに……。素晴らしい戦果ではないか!
「……ですが、その快進撃も、もうここまでです。気づいていますか? いま、あなたのISがどんな状態なのか」
「…………」
陽子は悔しげに歯がみした。
シールド・エネルギーの残量は、残り八十ちょっと。全身くまなくレーザーを浴びせられたせいで、機体のコンディションは中破相当という状態だ。特に機動性は、ロケット・ブースターを破壊されたため、著しく低下している。いまの状態でスピード勝負となったら、自分はセシリアに追いすがることさえ出来ないだろう。……そう、自分のISがこの体たらくなのに対し、セシリアのブルー・ティアーズは、シールド・エネルギーを多少削られたのと、右腕がほんの少し損傷したぐらいで、ほとんどダメージを受けていない。
「わたくしはただシールド・エネルギーを削るために、攻撃していたわけではありません。シールド・エネルギーと同時に、あなたのISからパワーを、そしてスピードを奪わせてもらいました。もはやあなたと、あなたの機体に勝ち目はありません」
ですから、と呟き、セシリアはそこで一瞬だけ瞑目した。ISバトルの最中に隙をさらす、危険極まりない愚挙。しかし、陽子は撃たない。《コメディアン》の射程と自分の技量、そして機体のいまの状態を鑑みるに、撃ったところで命中は期待出来ない。むしろ避けられ、反撃の一発を浴びる公算の方が高い。
……それならば、
それならば、ここは、
ここは、起死回生の一打を叩き込むための、別の準備を――、
「これ以上の戦いは無用です。降参してください」
セシリアは、酷薄なる口調で陽子に向けて言い放った。
対する陽子は、好戦的に微笑み、
「絶対に嫌!」
と、力強く応じた。
セシリアは束の間、驚いた表情を浮かべた後、破顔した。
「その誇り高いお姿……やっぱり、わたくしはあなたのことが好きでしてよ」
《スターライトmkⅢ》の銃口から、光芒があふれ出た。
Chapter8「少女たちの聖戦」了
オリジナル兵装
栄和工業 二〇式アッド・オン・グレネード・ランチャー《大文字》
口径 40mm×53
全長 500mm
重量 5,200g
装填数 2発
陸上自衛隊向けに主に銃火器を納品しているメーカー栄和工業が開発、製造を行っているグレネード・ランチャー・ユニット。自衛隊制式のIS用兵装、五一口径アサルト・ライフル《焔備》の銃身下部に装着できる。
砲口が水平に二つ並んだ連装式で、装填数は二発と少ないが、武器を持ち替える必要がない、ライフルで銃撃を加えながら発射可能といった利点がある。
NATOスタンダード・グレネードである、40mm×46ハイ・ロー・プレッシャー・グレネード弾、あるいは40mm×53ハイ・ベロシティ・グレネード弾を装填可能。
ハミルトン・モデル2500 ライオット・ショットガン
口径 1番径(=1ポンド弾を発射可能)
全長 1,420mm
重量 12,200g
装填数 10発
アメリカの老舗ショットガン・メーカー……ハミルトン社が、自社のベストセラーM500ライオット・ガンをIS用に再設計したコンバット・ショットガン。
その見た目は前から銃口、フォア・グリップ、機関部、トリガー、ショルダー・ストックと並んだオーソドックスなデザインで、勿論、装填メカニズムはポンプ・アクション方式。
一番径という、1ポンド(=約454グラム)もの銃弾を発射するため、フレームにはハイ・スチールが採用されている。