この小さな世界で愛を語ろう   作:3号機

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作者はFGOでマスターやっています。

2019年の水着イベントが始まりました。

水着おっきー狙いで、4周年のときに貯めた石を投入し80連したところ、殺おっきーが来てくれました(一人目)。


……お前だけど、お前じゃない。


本話にはそんな私のやり場のない感情もほんの少しぐらい入ってしまったかもしれません。

少女たちの激情をご覧あれ。



Chapter9「激昂する銃」

 クラス代表戦当日――。

 

 IS学園、第三アリーナ。

 

 

 

 地上で《コメディアン》散弾銃を構える陽子と、その頭上はるか彼方より《スターライトmkⅢ》レーザー・ライフルの銃口を向けるセシリア。

 

 かたや身に纏うISは装甲の大部分が損傷し、推進装置にいたってはPIC以外大破の状態という、まさに満身創痍といった風体。

 

 他方、ブルー・ティアーズはといえば、BT兵器を二機喪失したものの、機体そのものはほとんど無傷。シールド・エネルギーの残量も、まだ八割以上残っている。

 

 両者の間には、ただでさえ機体性能に一世代分の格差がある。ダメージの蓄積によって、いまやその差はさらに広がってしまった。戦力差は、当事者たちは無論のこと、観客席に座る誰の目にも明らかだ。

 

「これ以上の戦いは無用です。降参してください」

 

 そんな絶望的な状況を相手に突きつけた上で、セシリアは酷薄なる口調で陽子に降伏を勧めた。

 

 もとより彼女は、極東の島国で出会ったこの小柄な少女に対し、同族意識から生じた親近感と好意を抱いていた。

 

 かつてとある事情から、自身の父親を憎むようになったセシリアにとって、父親のせいで懊悩を抱える羽目に陥った陽子の存在は、他人事とは思えなかった。自分に何かしてやれることはないか。そんな気持ちからお節介を焼こうとした。しかし、かえってそれが陽子の反感を買ってしまい、今日の試合で対決することになってしまった。

 

 織斑一夏とはともかく、陽子とも戦わなければならないこの決定を、セシリアは不満に思った。初心者の彼女と、代表候補生たる自分との実力差は歴然としている。こんな勝敗のわかりきった試合を、する意味があるのか。

 

 だが、セシリアにとって不本意なまま実施が決まってしまった試合は、蓋を開けてみれば、とても幸せな時間となった。

 

 いま、地上より自分を睨みつけているあの小さな少女は、初心者にも拘わらず、代表候補生たる自分を一時的にせよ追いつめ、虎の子のBT兵器を二機も撃墜してみせた。素晴らしい戦果ではないか。父親絡みの好感とは別に、セシリアはIS操縦者として、陽子に対し敬意を抱いた。そして、だからこそ彼女は、陽子に降伏を勧めたのである。

 

 陽子はよく頑張った。訓練機の打鉄で、代表候補生が駆る最新鋭機と互角に戦ってみせたのだ。その活躍ぶりを見て、IS学園の生徒で胸躍らない者はいないだろう。

 

 だが、その快進撃もここまでだ。かくも機体を損傷した状態では、もはや勝ちの目はない。これ以上戦っても、無様をさらすだけだ。強い彼女の、そんな姿は見たくない。

 

 相手の身を思えばこそ口にした降伏勧告を、しかし、陽子は、

 

「絶対に嫌!」

 

と、不敵に微笑み、語気も力強く蹴った。

 

 驚愕。なぜ、降伏勧告を蹴ったのか?

 

 困惑。まさか、この状況でまだ勝てると信じているのか!?

 

 怒り。それとも、捨て鉢になっているのではあるまいな。もしそうだとしたら、その態度は自分たちのこれまでの時間を侮辱するものだ。今度こそ自分は、あなたのことを軽蔑せねばならないが……。

 

 陽子の言葉を受けて、セシリアの美貌は一瞬のうちに、様々な感情で彩られ、変化した。

 

 そして最後に、彼女は歓喜の気持ちから破顔した。

 

 自分を睨む、陽子の眼差し。いまだ闘志を失わない、不屈の眼光。あの眼は、まだ、勝ちを諦めていない。鬼頭陽子はこの状況にあって、希望を捨てていない。

 

 状況判断を誤っているわけではない。その瞳からは冷静なる知性の輝きがうかがえる。

 

 自暴自棄になっているわけでもない。その瞳には強い意志の輝きが宿っている。

 

 まだ何か作戦があるのか? きっとそうなのだろう。その瞳は、自身の勝利を疑っていない。

 

 自身が圧倒的に不利な立場にあることを認めた上で、しかし、勝敗は結果を得るまでは分からない、と。最後の瞬間が訪れるまで、勝利を信じ、戦い抜く覚悟を決めている。

 

 なんと美しい姿なのか。なんと気高い志なのか!

 

 祖国を離れ、はるばる訪れたこの極東の地で、素晴らしい女性と出会うことが出来た。鬼頭陽子。強い意志を宿す瞳を持った女性。同じ女として惚れ惚れする。セシリアはますます陽子のことが好きになった。

 

「その誇り高いお姿……やっぱり、わたくしはあなたのことが好きでしてよ」

 

 かくも敢闘精神旺盛なる相手に対し、降伏勧告はむしろ侮辱だ。自分がやるべきは、次の一射に全身全霊で敬意を篭め、この試合を終わらせることだろう。

 

 セシリアは《スターライトmkⅢ》のトリガーに指をかけた。

 

 レーザー・ライフルの銃口から、光芒があふれ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上の戦いは無用です。降参してください」

 

 セシリアが降伏勧告を口にしている間、地上の陽子はこの窮地を打開しうる新たな武器を展開するべく、準備を進めていた。意識を集中し、いまはライオットガンを握る右手の中に、新たな武器の姿をイメージする。掌の中で、きらきら、と光の粒子が踊り、少しずつ質量を形成していった。

 

 量子格納状態にあるISの武装を展開する手段には、主に二通りある。一つは、この試合中に陽子が何度もやった、武装一覧ウィンドウを開いてコールする初心者向けのやり方だ。これは、機械に直接命令を入力するため、確実なレスポンスが期待出来る反面、ウィンドウを開いたり、そこから武器を選んだりと行程が多い分時間がかかり、即応性に欠けるという短所がある。

 

 そして、もう一つの手法が、いま陽子がやろうとしている、イメージ・インターフェースを駆使した中級者以上向けのやり方だ。すなわち、使いたい武装をイメージすることで実体化する、という方法で、こちらはイメージさえしっかりしていれば、武器を即座に展開出来る利点があった。もっとも、肝心のイメージがしっかり定まっていないと、初心者向けの手法よりもかえって時間がかかったり、思っていたのとはまったく違う武器を展開してしまうなどの危険もあるが。

 

 この水面下での工作に、セシリアはまったく気づいていない。

 

 ライオットガンで右手を隠しているから、というのも、勿論理由の一つだが、それ以上に、彼女はすっかり油断していた。陽子はこの試合中、武器を展開する際には必ず武装一覧ウィンドウをいちいち展開し、初心者向けの手法を相手に繰り返し見せつけ、印象づけた。そのためセシリアは、陽子はそのやり方でしか武装を展開出来ないのだ、と思い込んでしまった。

 

 実際のところ、それは間違いではない。操縦経験の浅い陽子は、いまはまだ、基本的には初心者向けの方法でしか武装を展開出来ない。

 

 しかし、“これ”だけは例外だ。この武器は、数あるIS用兵装の中でも、自分ただ一人のためにこしらえられた、特別な武器。その性能、そのフォルム、構成要素のすべてが、自分に合わせて作られた武器なのだ。ゆえに、初心者の彼女でも、精確なイメージが可能だった。

 

「絶対に嫌!」

 

 降伏勧告に対し、好戦的に笑って、言い放った。

 

 右手の中の光は、すでに確かな質量を得ていた。

 

「その誇り高いお姿……やっぱり、わたくしはあなたのことが好きでしてよ」

 

 陽子は、《コメディアン》を放り捨てた。

 

 突然の奇行に驚くセシリアの美貌が、次の瞬間、慄然と凍りつくのが見えた。

 

 ライオットガンを捨てたことで、陽子の右手の光は、上空のスナイパーの目にも露わとなった。

 

 自分の対戦相手は、初心者向けのやり方でしか武装を展開出来ない。そう、思い込んでいたセシリアは、その光景にほんの一瞬……コンマ三秒ほどの時間、茫然とし、《スターライトmkⅢ》のトリガーにかけた指の力を、緩めてしまった。

 

 その隙に、陽子は動いた。

 

「《トール!》」

 

 最後の仕上げとして、武装の名を呼んだ。

 

 打鉄の手の中で、光の粒子が形をなした。

 

 ISサイズの、ハンドガン。全体的なフォルムは、陽子が射撃場で絶賛した、コルト・ウッズマンによく似ている。その口径は……いいや、この銃に、口径などという概念はない。なぜならば、この銃は――、

 

 陽子はウッズマンの姿をしたハンドガン……レーザー・ピストル《トール》のトリガーを引き絞った。

 

 銃口から放たれたガラス・レーザーが、狙いたがわず、セシリアの持つ《スターライトmkⅢ》の銃口へと吸い込まれていった。機関室に、強烈な熱量。プラズマ・チャンバーが暴走し、ブルー・ティアーズの火器管制システムが、警告音を鳴らす。爆発の前兆を感知。

 

「っ!」

 

 セシリアは即座に《スターライトmkⅢ》を投棄した。機関室に致命的な損傷を叩き込まれたレーザー・ライフルが、数瞬の後、爆発する。至近距離での爆風に揉まれ、シールド・エネルギーに若干のダメージ。

 

「まだ、そんな武器を隠していたとは……!」

 

 地上の陽子を睨みつけるや、即座にブルー・ティアーズのISコアを、コア・ネットワークに能動接続。陽子の持つ武器について、情報を検索する――、

 

「……なんですの、それは?」

 

 茫然とした呟きが、セシリアの唇からこぼれた。

 

 レーザー・ピストル《トール》。全長四六〇ミリ、重量三・二キログラム。レーザービームの出力は二・六メガワット。ビームを照射し続けるストレート・モード、弾丸のようにパルス状に発射するバレット・モード、霧吹きのようにビームを広範囲に拡散させるスプレー・モードの、三つの射撃モードを備える。ストレート・モード時の連続発射可能時間は十六秒、バレット・モード時の発射可能数は十六発。

 

 ブルー・ティアーズが瞬時に調べ上げた情報を、セシリアは愕然と受け止める。

 

 ……知らない。こんな武器を、自分は知らない!?

 

 代表候補生の自分が知らない武器を、初心者の陽子が使ってくるなんて……!

 

「……オルコットさんが知らないのも、無理はないよ」

 

 《トール》レーザー・ピストルを構えながら、陽子は、ゆっくりと浮上した。ロケット・モーターが壊れているため、PICの作用のみで飛翔する。

 

「だってこの武器が完成したのは、昨晩の午後一一時のことだもの」

 

「……はい?」

 

「ISバトルの公式レギュレーションに違反していないかのチェックを終えたのが、今日の午前十時三十分。コア・ネットワークに武装データの登録をしたのが、午後二時のこと。今日、ISバトルで使えるようになったばかりの武器なんだ、これ。セシリアさんが知らなくても、おかしくない」

 

「陽子さん、あなたは……」

 

 そんな武器を、どうして彼女は知っているのか。そんな武器を、なぜ彼女は扱えているのか。

 

「これは、父さんが作った銃だ」

 

 セシリアのいる高度と、同じ高さに到達した。およそ六〇メートルの彼方で、少女の美貌が、驚愕に彩られていくのが見えた。ふと目線を向ければ、観客席も騒然としている。

 

「初心者のわたしでもイメージしやすいように、って、わたしがいちばん気に入った銃の姿にしてくれた。わたしの射撃の癖に合わせて、照準器の調整をしてくれた。世界にたった一つしかない、わたしのための拳銃……それが、この《トール》」

 

 拳銃の銃口を、セシリアに向けた。彼女は咄嗟に、残った二機のBT兵器……《ブルー・ティアーズ》を陽子へと差し向ける。陽子は落ち着いた様子で、トリガーを二度引き絞った。バレット・モードでの射撃。金色に輝く高温のパルス光弾が二発、それぞれ二枚のフィンを貫いた。一機は二枚ある姿勢制御翼のうち一枚を中程のところで溶断され、ガクッ、と運動性・機動性を落とした。もう一機は当たり所が悪かったのか、そのまま力なく墜落。BT兵器三機撃墜。残る一つを潰せば、相手は丸裸となる。

 

「……この銃は、父さんが作ってくれた銃」

 

 初心者の自分でも最高のパフォーマンスを発揮出来るようにと、難しい調整に挑んでくれた。

 

「……戦い方は、桜坂さんが教えてくれた」

 

 初手のスタン・グレネード作戦や、武器の選定なども、すべて彼が頭を悩ませてくれた。

 

「この戦いは、事実上の三対一。これで負けたら協力してくれた二人に申し訳ない。勝たせてもらうよ!」

 

 浮遊シールドを前面へと移動し、陽子はセシリアに向かって猛然と突撃した。

 

 セシリアはすかさず予備のレーザー・ライフルを展開。接近は許さぬ、と応射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インフィニット・ストラトス二次創作

 

「この小さな世界で愛を語ろう」

 

Chapter9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおお! 頑張れ、頑張れ、鬼頭さん!

 

 Aピットルーム。リアルタイムモニターで戦況を眺める一夏は、浮遊シールドで攻撃を凌ぎながら《トール》を撃つ陽子の勇姿に、腕を振り上げ、エールを送っていた。初心者の彼女が、代表候補生で、しかも専用気持ちのセシリアを倒す。そんなジャイアント・キリングが現実味を帯び、彼の精神は高揚していた。

 

 一夏のかたわらでは箒も、応援の言葉こそ口にしないが拳を握り、固唾を呑んで熾烈なる戦いを見守っている。陽子が被弾する度に辛そうに表情が歪み、反対にセシリアに一撃叩き込む都度、ようし、と頷いていることから、その心がどちらに寄せられているかは明らかだった。

 

 そんな若者二人の様子に苦笑しながら、真耶はやはりかたわらで食い入るようにモニターを見つめる鬼頭に話しかけた。

 

「まさか本当に完成させてしまうとは、思いませんでした」

 

「まったくだ」

 

 真耶の隣に立つ千冬も頷く。彼女もまた、六日前に鬼頭から整備室の利用申請書を提出された際、記載されていた内容を達成出来るかについて、懐疑的な表情を浮かべた一人だった。

 

「鬼頭さんから整備室の利用申請書を提出されたときは正直、この人は何を考えているのだ、と思ってしまいましたが」

 

「まさかたった五日で、本当にあんなレーザー兵器を開発してしまうなんて」

 

「納期は守るものですから」

 

 目線を画面から千冬たちへと向け、鬼頭は答えた。そんな彼の返答に、千冬の口元がほろ苦そうに歪む。

 

「……どこかの天才に聞かせてやりたい台詞です」

 

「はい?」

 

「いえ、なんでも」

 

「はあ……。それに、エネルギー・ブラスト・システム自体は、まだ名古屋で暮らしていた頃に、一度作った経験がありましたから」

 

 勿論、XI-02の右腕部に搭載したガラス・レーザーのことだ。レーザー・ピストル《トール》に組み込まれているレーザー発振器は、XI-02の物をベースに設計されていた。

 

「あとはそれを、ピストルサイズにまで小型化し、構造を見直すことで高出力化と、照射可能時間の延長を達成しただけです。大したことはしていませんよ」

 

「いえ鬼頭さん、それ、十分、大したことですからね」

 

 鬼頭の横顔を眺めながら、真耶は呆れた表情で言った。口ぶりから察するに、この男は自分が成し遂げた偉業について、真実、そう認識しているらしい。

 

 大人たちの会話を耳にし、一夏が彼らの方を振り返った。

 

「千冬ね……じゃなくて、織斑先生、智之さんの作ったレーザー銃って、そんなにすごい物なんですか?」

 

「……はっきり言って、革新的な兵装だ」

 

 千冬は空間投影ディスプレイを起ち上げ、そこに今日登録したばかりの《トール》の諸元を表示した。

 

「IS用のビーム兵器の開発は、日本も含めて世界各国で行われている。しかし、いまのところ実用化出来た国は少数だ。実用化を阻んでいる理由はいくつかあるが、特に大きなものは二つ」

 

 一つは、発振器のサイズと出力の問題だ。

 

 レーザーに限らず、ビームと呼ばれる物理事象の出力は、一般に発振器の大きさに比例する。たとえば、日本の大阪大学には最高出力二ペタワット(=二〇〇〇兆ワット)という世界最強のビーム発振器があるが、その全長は一〇〇メートルにも達する。反対に、子ども用の玩具などとして販売されている、掌サイズのレーザーポインターの出力は、〇・二ミリワット(=一万分の一ワット)も満たない。

 

 いかにISの防御性能が優れているとはいえ、二ペタワットものレーザーを浴びれば、シールド・エネルギーは一瞬で空になるだろう。しかし、直径が二〇〇メートルしかないISアリーナの中で、全長が一〇〇メートルもある武器を振り回すのは現実的ではない。かといって〇・二ミリワットの出力では、ISに搭載された最新の測定器をもってしても計測出来ぬほど微少なダメージしか、シールド・エネルギーに刻めないだろう。

 

 取り回しの良いサイズと、シールド・エネルギーにダメージを与えられるだけの出力の両立。出来れば全長は四メートル以下で、システムの総重量は二百キログラム以下、出力は最低でも、一メガワットは欲しい。

 

 命題は単純だが、実現は恐ろしく困難だ。現在、IS用ビーム兵器の実用化に成功しているのはアメリカやイギリスといった一部の国、一部の組織に限られていた。

 

 いま一つの理由は、稼働時間の問題だ。

 

「効率一〇〇パーセントのシステムなんてものはありえない。一〇〇ワットのレーザーを発射するためには、当然、一〇〇ワットよりも大きなエネルギーが必要だ。そのエネルギーをどうやって用意するか。これが、ビーム兵器の実用化を妨げる第二の要因だ」

 

 先の大阪大学所有のビーム発振器を例に考えてみよう。二ペタワットとは、全世界で一時間のうちに消費される電力の一千倍に相当するエネルギーだ。仮に一秒間撃とうと思ったら、全世界の人々が最短でも四二日以上節電を心がけ、蓄電に努める必要がある。大阪大学も当然、こんな出力の電源は用意出来ないから、発振器の稼働時間はかなり短かった。最高出力二ペタワットを照射していられる時間は、たった一兆分の一秒にすぎない。

 

 二ペタワットもの出力があれば、一秒間の照射でおよそ三〇〇〇トンもの鉄を溶かすことが可能だ。しかしそれだけの出力をもってしても、照射時間がたった一兆分の一秒しかないのでは、鉄塊の表面をほんのり温めるぐらいが関の山。これまた、実用的な武器とは言いがたい。

 

 単に高出力というだけでは、ビーム兵器として失格だ。ある程度の連続照射可能時間、あるいは発射回数が必要だった。

 

「現在、実用化されているビーム兵器のほとんどは、IS本体から電力を送ることで、その問題を解決している。しかしこの方式は、欠点も多い」

 

「本体からエネルギーを供給する方式では、ビーム兵器の使用中は、他の機能のパフォーマンスが少なからず低下することになります。またこの方式では、射撃の度にシールド・エネルギーが少しずつ減ってしまうため、長期戦になるほど、不利を抱え込むことになってしまいます」

 

 攻防走のすべてを一つのエネルギー系で管理しているISならではの弱点だ。実際、この試合中にセシリアが負ったシールド・ダメージのほとんどは、自らの射撃が原因で生じた傷だった。

 

「それから、いちばんの短所は、扱える機体が限られてしまう、ということですね。IS本体から給電する場合、IS側に、エネルギー送信用の特殊バイパスが必要なんです。たとえば、オルコットさんのIS……ブルー・ティアーズは、このバイパスを持っています。反対に、陽子さんの乗っている打鉄には、バイパスがありません。バイパスがあるブルー・ティアーズは《スターライトmkⅢ》を扱うことが出来るけど、打鉄にそれは出来ないんです」

 

 千冬の説明を、真耶が引き継いだ。一夏は、なるほど、と頷き、同時に訝しげな表情を浮かべた。しかし、モニターに映じている陽子は、右手の光線銃を、バンバン、撃っているが。

 

「だから、《トール》はすごいんだ」

 

 一夏の疑問に、千冬は空間投影ディスプレイに表示されている《トール》の諸元のうち、全長と出力、そして稼働時間に関わる項目をピックアップして、拡大表示した。

 

「ハンドガン程度の大きさで二・六メガワットもの出力を達成している。これだけでもすごいことなのに、この銃は電源をIS本体からの給電に頼っていない。銃単体で完成されたシステムになっているのだ」

 

「ええ……。これは本当にすごいことです。この《トール》は、特殊バイパスを持たない機体……極端な話、五本指タイプのマニュピレータを装備しているISならどんな機体でも扱えます。驚くべき汎用性の高さですよ、これ」

 

 一夏は千冬たちのかたわらに立つ鬼頭へと目線を向けた。愛娘の戦いを心配そうに眺める彼は、面はゆそうに苦笑した。

 

「アローズ製作所には、遼子化技術という、ISの量子格納技術を研究する過程で発見した部材の小型化技術があるんだ。それをちょいと応用してね。性能を落とすことなく、発振器を小さくすることが出来たんだ。電源も、遼子化技術を使って小型化した大容量バッテリーを、火薬式の銃でいうマガジンのように搭載することで、本体からの給電に頼らないシステムとして完成させることが出来た。すべて、遼子化技術あってこそだ。私がすごいというより、アローズ製作所の技術力がすごいのさ」

 

「でも、その遼子化技術を発見したのは鬼頭さんだと聞いていますよ?」

 

 横から真耶の口出しを受け、鬼頭は閉口した。自分を見る一夏の眼差しに、尊敬の念が宿るのを見て取る。

 

「……しかし、」

 

 そのとき、姉弟のやりとりの様子を黙って眺めていた箒が口を開いた。

 

「それほどの武器ならば、なぜ始めから使わなかったのだ? こんな追いつめられてから引っ張り出すなんて……」

 

 たしかに、と一夏も頷いた。千冬たちの説明のおかげで、《トール》がすごい銃だということはよく分かった。それならばなぜ、始めから使わなかったのか。初手で《トール》を展開していれば、相手の知らない武器ということで意表をつき、その後の試合の主導性をこちらが握れたかもしれないのに。

 

 一夏の問いに、鬼頭はかぶりを振って答えた。

 

「代表候補生はそんなに甘い相手じゃないさ。想定外の武器が出てきたとしても、動揺はきっと一瞬。試合の展開を決定づけるほどの精神的衝撃は与えられないだろう。

 

 ……それに、織斑先生たちは絶賛してくれたが、究極、《トール》は開発期間たった五日の、急ごしらえの武器なんだ」

 

「ええと、つまり……?」

 

「予備バッテリーの製作が間に合わなかった。十六秒、あるいは十六発撃ったら、それで打ち止めだ」

 

 計算上では、《トール》のレーザー・バレット十六発を全弾叩き込むことが出来れば、ブルー・ティアーズのシールド・エネルギーはエンプティ状態となる。しかし、実際の戦闘では、百発百中などまずありえない。代表候補生のセシリアでさえ、初心者の陽子を相手に何発かはずしているのだ。

 

「たとえば相手のシールド・エネルギーが半分以下になったときとか、足回りに致命的な損傷を与えて百発百中も期待出来るようになったときとか、そういう状況か、もしくはどうしようもない窮地に陥る一歩手前ぐらいの状況で使うように、とね。我らが軍師に言われていたんだよ」

 

 軍師、という言葉に首を傾げる一夏たちから目線をはずし、鬼頭は愛娘たちが繰り広げる試合へと意識を向けた。

 

 リアルタイムモニターの両端に、両者の機体に関する情報が表示されている。

 

 陽子の打鉄は、ほぼ全身が損傷していた。各部のパフォーマンスは、試合開始時と比べて明らかに劣化している。特に顕著なのが機動性で、ロケット・モーターを失ったことにより、打鉄の推力は本来の三分の一以下にまで低下していた。シールド・エネルギーの残量も、残り少ない。

 

「試合開始と同時に展開しても、最初は驚いてくれるかもしれないが、すぐに射撃の癖を覚えられて凌がれ、あっという間に弾切れを起こしていただろう。

 

 BT兵器を射出したときもそうさ。私は《トール》の照準システムを、陽子に合わせて調整した。十六発、あるいは十六秒もあれば、BT兵器を四機撃墜することぐらいはわけない。けど、そこで終わりだ。残りの弾数で、オルコットさんを討ち取るのは難しいだろう……。

 

 いまをおいて他になかった、と、私はそう思うよ」

 

 いまこそが桜坂の口にした最悪の一歩手前だ、と鬼頭は現在の状況をそう認識した。

 

 こちらも満身創痍だが、相手もシールド・エネルギーの残量は八割以下、虎の子のBT兵器は四機のうち三機を喪失し、レーザー・ライフルも一挺失っている。精神的動揺は、それなりに大きいはずだ。その隙を、衝くことが出来れば……!

 

「まだ、勝つチャンスはある」

 

 自分の作った銃が、その起死回生の一助となってくれればよいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーザー・ピストル《トール》を両手でしっかりと保持しながら、陽子は打鉄をセシリアに向けて突進させた。その足行きは、ロケット・モーターが健在だったときと比べれば、はるかに遅い。

 

 主推進装置を喪失したいま、打鉄の空中機動はすべてPICによってコントロールされていた。慣性力を自在に操る機能で、熟練者が扱えば超音速での複雑な空戦機動さえ可能だが、初心者の陽子の技量では、小型のレシプロ機程度の速さが精一杯。速度計は時速四〇〇キロメートルを叩き出しているが、ISのハイパーセンサーにとってこの程度のスピードは、軽めの駆け足程度にしか映じない。代表候補生の射撃技術をもってすれば、余裕で撃ち落とせる速度だ。

 

 《トール》の確実な着弾を期して接近を試みる陽子を、セシリアは後退しながらレーザー・ライフルで迎撃した。残り一機となった《ブルー・ティアーズ》は一旦機体に再接続し、エネルギーを補給する。安定翼を一枚欠いた状態だ。あまり無理はさせられない。

 

 レーザー・ライフルの猛襲を、陽子は二枚の浮遊シールドを駆使してなんとか凌ぎ続けた。シールドを自機の推進方向へ移動させ、縦に二枚、水平に傾けた状態で、正面からの攻撃を受け止めながら、少しずつ、じりじりと間合いをつめていく。頃合いよし、と見るや、盾の隙間からレーザー・ピストルの銃口を突き出し、スプレー・モードで発射した。

 

 威力は低いが、散弾のように放たれたレーザーを回避するのは困難だ。被弾したセシリアは、怒りで柳眉を逆立てる。

 

「見損ないましたわ!」

 

「何が!?」

 

 これ以上被弾してはたまらぬ、とブルー・ティアーズは横へ横へと逃げる。逃げながら、レーザー・ライフルを撃った。シールドに着弾。陽子の視界の片隅で、黄色信号が点灯した。浮遊シールドはすでに、各々十発以上のレーザーを受け止めている。耐久限界が近づいている、という警告だ。

 

「わたくしは、あなたの実力を認めていました! 代表候補生のわたくしと、こうまで戦って見せたあなたの技量と努力を、尊敬していました!」

 

「上から目線で気にくわないし、自慢にしか聞こえない!」

 

「わたくしは、そんなあなたと戦っているこの時間を、とても幸せに感じていましたのに……」

 

「また自慢!? こっちは必死に食らいついているのに、自分には心の余裕がありますよって自慢!?」

 

 浮遊シールドのうち一枚が、レッド・アラート。同時に、スプレー・モードを発射。こちらの射撃に慣れてきたのか、直撃はならず。されど、左足に被弾し、束の間、バランスを崩す。一気に畳みかけるべく、バレット・モードに変更し、三連射。二発命中。うち一発は、装甲の覆っていない左下腹部! 絶対防御が発動し、シールド・エネルギーが一気に、一割以上激減した!

 

「この時間は、わたくしとあなた、二人だけの時間のはずでしたのに!」

 

「だから、わたしにはそんな趣味はないって……!」

 

「よりにもよってあの男が作った武器を持ち出すなんて! あなたを傷つける、あの男の……!」

 

 怒れる瞳のセシリアは、不安定な姿勢のまま、レーザー・ライフルで反撃した。

 

 攻勢へと意識を傾けていたせいで、防御がおろそかになっていた。

 

 一条の閃光が浮遊シールドの合間を縫って左手のアーマーに着弾。シールド・エネルギーの残量は、残り十三! 直撃弾はもとより、かすっただけで致命傷となりかねない。

 

 しかし、陽子は自機の負ったダメージを歯牙にもかけなかった。

 

 あと一発。

 

 あと一発、攻撃を食らった時点で、自身の敗北が決定するというのに、彼女は構わず、前進し、《トール》を撃つ。トリガーにかけた指先に、燃えたぎる怒りの激情を篭めて、撃つ!

 

「前にも言ったけど……!」

 

 着弾。相手のシールド・エネルギーは、残り半分! しかし、快哉の雄叫びは上がらない。それどころか、唇からこぼれる呟きは、怒りで震えていた。

 

 言いたい放題。そして、言われたい放題。目の前の女からも。世間の連中からも。いい加減、頭にきた。

 

「何の事情も知らない人間が、父さんのことを悪く言うな!」

 

 地上へと逃げるセシリアを追って、こちらも地表へ。途中、先ほど投棄した《焔備》を拾い、残弾心許ない《トール》のバック・アップとして、左腕で片手撃ち。アクチュエータの機能低下が著しい左腕アームのマニュピレータの中で、五一口径の反動から、アサルト・ライフルが激しく震えた。セシリアは悠々避けるが、逃れた先で、《トール》の閃光に襲われた。身をひねり、直撃は回避。光線はほんの少しだけ機体を擦過し、シールド・エネルギーを僅かに削った。

 

「セシリア・オルコット! わたしは、あなたが嫌いだ! あなただけじゃない。世界中にいる、あなたみたいな女たちが嫌いだ!」

 

 女尊男卑。自分の大切なものを、ことごとく奪い、蹂躙し、壊した。この世界に蔓延する、最悪の思想。セシリアの、そしてこのアリーナにつめかけた女子生徒たちのほとんどの中に存在するであろう、その考えに、陽子は、怒りを叩きつけ、吼えた。

 

「あなたが、あなたたちみたいな考え方の女が……っ!」

 

「ッ!」

 

 《焔備》で牽制射撃を叩き込み、動きが遅速した瞬間を、《トール》で衝く。初心者らしからぬ戦法を、苦悶の表情のセシリアは曲線的な回避運動でなんとか凌ぐ。

 

「わたしから父さんを奪ったんだ! 智也兄さんを殺したんだ!!」

 

「……え?」

 

 智也。兄。殺した。

 

 それらの言葉を理解するまでに、コンマ五秒、たっぷり時間を要してしまった。

 

 悲鳴とともに放たれた、二・六メガワットの光弾が、茫然とし、束の間、動きを止めてしまったセシリアの右腕を射抜いた。

 

 衝撃を自覚し、はっ、と我を取り戻す。見れば、《スターライトmkⅢ》の銃口を向けたその先で、陽子の頬は涙で濡れていた。

 

 驚愕に背骨を撃ち抜かれたのは、セシリアばかりではない。

 

 観客席に座る生徒たちや、ピットルームの箒も、そういえば、と表情を凍りつかせていた。

 

 週刊ゲンダイの例の号には、元妻と離婚した際、鬼頭の二人の子どもたちの親権は、向こう側のものとなった、と確かに明記されていた。

 

 特集記事は、鬼頭がいかに悪辣な男であるのかをメイン・テーマに編集されており、子どもたちの詳細については紙幅をあまり割かれていなかった。

 

 鬼頭がISを動かせることが判明し、彼もまた娘と一緒にこのIS学園に通うことになった。では、もう一人の子は? 陽子の双子の兄……すなわち、自分たちと同年代のはずの彼は、いま、どこで何をやっている? いまも母親と一緒に、暮らしているのか? ……いや、暮らしていてくれ! 母親と二人、幸せに暮らしていると言ってくれ! 鬼頭智之のごときろくでなしから離れられたことで、幸福な毎日を送っている、と誰か言ってくれ!

 

 少女たちの願いは、しかし、叶わない。

 

 怒りと、悲しみから、顔をくしゃくしゃにしながら、陽子は《焔備》を、《トール》を撃った。

 

 戸惑うセシリアに向けて、撃った。

 

「父さんはわたしを助けてくれたんだ! 智也兄さんを殺したあの家から……、あの二人から!」

 

 晶子は、自分の身がいちばん大切、という女だった。

 

 あの女は、自分があの男に襲われたときでさえ、母親として、娘のこと守ろうとはしなかった。

 

 それどころか、自分から最大の庇護者を奪い、己の安寧を脅かす存在として、陽子を罵り、攻撃した。

 

 新たに父となったあの男も、自分を愛してはくれなかった。陽子をレイプしたのも、歪んだ愛情ゆえの行為ではなく、ただ、自身の性欲と攻撃欲を満たしたいだけだった。

 

「父さんだけだった! 智之父さんだけが、わたしを愛してくれた!」

 

 そんな父を、悪人と評した週刊誌。週刊誌の記事を鵜呑みにし、鬼頭に攻撃的な眼差しを向けるクラスメイトたち。そして、彼のことを……、陽子の、いちばん大切な人を、情けないと侮蔑し、あまつさえその理由に、自分を使った、目の前の女!

 

 今日この瞬間まで、陽子は鬼頭に心配をかけまいと、社会に対する不満をすべて自らの内に溜め込み、父たちの前ではそうした話題を決して口にしなかった。

 

 しかし、もう、我慢の限界だった。

 

 限界いっぱいまで水を溜め込んだダムが決壊するように、陽子は莫大な感情の奔流を舌に載せ、叫んだ。

 

「わたしはっ! お前たちが嫌いだ! お前たちを許さない!」

 

 セシリアを、正面に捉えた。

 

《焔備》を撃ち尽くす。放り捨て、《トール》を両手で構えた。

 

 陽子が引き金を引き絞るよりも先に、《スターライトmkⅢ》が火を噴いた。

 

 浮遊シールドでブロック。耐久限界をとうとう超過したスライド・レイヤー装甲が、レーザーの命中した部分から融解する。

 

 遅れて、陽子も《トール》を発射。と同時に、手の中の拳銃のエネルギーがエンプティ状態になったことを示すサインが、意識の中に直接送り込まれた。

 

 ――当たれ!

 

 最後の一発は、正面きってセシリアを襲撃した。狙いは装甲で被覆されていない腹部。シールド・エネルギーがまだ五割近くある相手を、一発で仕留めるには、絶対防御を発動させるしかなかった。

 

「その射線は……!」

 

 そんな目論見を、見抜けぬ代表候補生ではない。文字通り光の速さで発射された光弾を防御するのは困難だが、あらかじめ射線が分かっていて、備えることが出来たならば――、

 

「読んでいましてよ!」

 

 セシリアは《スターライトmkⅢ》を発射直後に放り投げていた。

 

 《トール》の銃口より放たれた光弾が、落下するスナイパー・ライフルの機関部を穿つ。レーザーの熱エネルギーはその大半をライフル銃を焼くために費やされ、貫通後、ブルー・ティアーズに命中するも、シールド・エネルギーへのダメージは微少にとどまった。

 

 陽子の顔が苦渋に歪み、セシリアの美貌が会心の笑みでほころんだ。

 

 ブルー・ティアーズの背後で、最後のBT兵器が射出される。片翼をもがれた《ブルー・ティアーズ》は弱々しく飛行した後、こちらに砲口を向けた。

 

 陽子は《トール》を放り捨て、残る一枚の浮遊シールドを右手で、むんず、と掴むや、引き寄せる。

 

「これで、終わりですわ!」

 

 《ブルー・ティアーズ》から、連続して光線が発射された。

 

 一発、二発とシールドを焼き、やがて耐用限界を迎えた装甲板が、力なく溶解していった。

 

 盾で隠れていた陽子の姿が、露わとなる。

 

 セシリアの笑みが凍りついた。

 

 反対に、陽子の口元には冷笑が浮かんでいた。

 

 陽子の左手の回りで、光の粒子が踊っていた。

 

「誰も、一挺しかない、なんて言ってないよ!」

 

 鬼頭がこの試合に間に合わせられなかったのは、予備のバッテリーのみ。

 

 シールドで手元を隠しながら展開した二挺目の《トール》の射撃モードを、ストレートに設定。

 

 左腕を前に突き出し、トリガーに指をかけた。

 

 やや遅れて、セシリアも《ブルー・ティアーズ》にさらなる射撃命令。

 

「そっちこそ、これで終わりだ!」

 

 そのとき、打鉄の左腕アームから、大粒の砂を噛むような嫌な音が軋み鳴った。

 

 ダメージの蓄積が許容量を超過した左腕のパワーアシスト機能が、急にダウンした。

 

 指先から、掌から、力が抜け、陽子は、レーザー・ピストルを取り落としてしまう。ストレート・モードで、トリガーを引き絞った後の拳銃を。

 

 《トール》はレーザーを発射しながら落下した。

 

 一条の光線が打鉄の右足をかすめ、シールド・エネルギーの残量が、ゼロに。

 

 試合終了のブザーが鳴った。

 

 『勝者、セシリア・オルコット』という自動音声によるアナウンスが場内に響き渡ったのは、遅れて放たれた《ブルー・ティアーズ》のビームが、陽子の胸を焼いた直後のことだった。

 

 陽子の口から悲鳴が上がった。

 

 即座に絶対防御が発動するも、この機能はとにかくエネルギーを喰う。激しい戦闘の直後でガス欠寸前の打鉄はあっという間にエネルギーを使い果たし、全機能が、停止した。鎧具足を着込んだまま、陽子の身体が落下する。

 

 今度はセシリアの口から悲鳴が迸った。

 

 ISには操縦者の身体を防護するための様々な機能が備わっているが、斯様にエネルギーを消耗している状態では、それもちゃんと発動してくれるかどうか……。もし、発動しなかった場合、陽子は数百キログラムもの重りを着込んだ状態で、地面に衝突することになってしまう!

 

 慌てて助けに向かおうとするセシリアは、しかし、地上へと目線を向けて、動きを止めた。

 

 陽子が墜ちていくその先ではすでに、打鉄を纏った鬼頭が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これで、終わりですわ!』

 

 試合に熱中するがあまり、自身の機体がいまどんな状態にあるのかすっかり忘れている陽子とは違い、ピットルームで状況を冷静に客観視していた鬼頭は、その瞬間がやってくるずっと以前に、不味い! と、表情を硬化させた。

 

 千冬たちが止める間もなくピットゲートへと駆け込むや、制服姿のまま打鉄を展開。事故防止のため降りている防護シャッターを、ISの腕力をもって無理矢理こじ開けた。

 

 第三アリーナ内に侵入した彼は陽子たちの姿を求めて目線をさすらわせ、愛娘の体を、《ブルー・ティアーズ》のレーザーが叩く瞬間を目撃した。

 

「陽子ぉ!」

 

 猛スピードで、落下が予測される地点へと打鉄を繰り出した。スカートアーマーに搭載されたロケット・モーターは最大噴射。その推進力を、PICの制御で一旦、機体に取り込み、圧縮し、噴射する。爆発的な加速を得た彼の体は、砲弾のように落下予測地点へと到着した。顔を上げる。娘の体は、まだ空にあった。

 

 ふわり、と宙へ飛び上がり、戦装束に身を包んだ愛娘の体をしっかりと抱きとめる。

 

 懐かしい感覚。

 

 彼女がまだ幼かった頃に、何度もしてやった。

 

 抱っこの姿勢で陽子を支える鬼頭は、だらり、と四肢を力なくぶらぶらさせている彼女の脇の下に右腕を通し、腰から支えた。

 

「……父さん?」

 

 耳元で囁かれた声は、疲弊していた。セシリア・オルコットとの試合は、それほどの消耗を彼女にしいていた。

 

「ああ、そうだよ。お父さんだ」

 

 なぜ、アリーナ内に鬼頭がいるのか。疑問に思う陽子に、鬼頭は優しく語りかけた。

 

 彼女は鬼頭の腕の中で辺りを見回し、自分がいまどういう状況にあるのか、試合はどうなったのかを悟って、悄然と呟く。

 

「……ごめん。負けちゃった」

 

「なんで謝る必要がある?」

 

「オルコットさんに、父さんのこと、ちゃんと謝らせるつもりだったのに……負けちゃったから」

 

「気にしないよ。それよりも、お前が父さんのために戦ってくれたこと、それ自体が嬉しいよ」

 

「あと、情けない姿も見せちゃったし……桜坂さんと二人で、あんなに協力してくれたのに」

 

「何を言うか。代表候補生を相手に、お前は正面から堂々と戦い、互角以上に渡り合ったんだ。立派だったぞ。この場に桜坂もいたなら、きっと、お前の健闘ぶりを褒めてくれるさ」

 

「……嬉しいな」

 

「うん?」

 

「父さんと桜坂さんは、ちゃんとわたしのことを見てくれる。わたしのことを見て、褒めてくれる。頑張ったね、偉いね、って、わたしのことを認めてくれる。それが、すごく、嬉しいの」

 

「……そうか」

 

 ゆっくりと降下しながら、優しく、優しく、何度も背中を撫でさすり、小さく叩いた。

 

 地上へと降り立った鬼頭は、彼女をそうっと下ろして、パワーアシスト機能を喪失した打鉄をその場に座らせた。

 

 改めて陽子の体をしげしげと眺め、バイタルに異常がないか検分する。何の異常サインも出ていないことを認めて、鬼頭はようやく安堵の溜め息をついた。と同時に、先ほどからやかましいピットルームからの通信の呼びかけに、応答する。

 

「……こちら鬼頭ですが」

 

『鬼頭さん! あなた、いきなり何をやっているんですか!?』

 

 通信マイクを握っていたのは、意外にも山田真耶だった。はて、千冬はどうしたのか。

 

「申し訳ありません。モニターを見ていたら、陽子の打鉄が異常な反応を示していることに気づきまして、その、陽子が危ない! と、思ったら、体がほとんど勝手に、動いていました」

 

『い、いくら娘さんのことが心配だからって、戦闘中のアリーナに強行突入するだなんて……流れ弾でも当たったら、どうするつもりだったんですか!?』

 

 通信機越しに耳膜を叩く真耶の声は震えていた。怒りと、悲しみと、そして安堵。自分のことを心配してくれたのか、と知って、鬼頭は、叱られている立場にも拘わらず、嬉しくなった。

 

「本当に申し訳ありませんでした。ピットゲートの修繕費については、後日、必ずお支払いしますので」

 

『鬼頭さん』

 

 今度こそ、千冬の声だった。こちらも声が震えているが、真耶ほどではない。震えの原因たる感情も、どんなものなのかうかがえない。

 

『お嬢様の様子は?』

 

「打鉄のハイパーセンサーで検めた限り、外傷などは認められません。試合直後なので、疲れてはいるようですが……」

 

『そうですか……。よかった』

 

「ええ。本当に。……一旦、通信を切ります。すぐ、陽子を連れて、そちらに向かいますので」

 

 通信を切った鬼頭は、上空を睨みあげた。宙に浮かぶ蒼騎士の少女が、びくり、と胴震いする。鬼頭の表情は怒りで禍々しく歪んでいた。細面の彼だが、怒りの形相は阿修羅のように恐ろしい。

 

「……ミス・オルコット、念のため、確認しておきたいのですが」

 

「な、なんです?」

 

 聞き返すセシリアの声は震えていた。鬼頭に対する嫌悪感を忘れてしまうほどに、地上に立つ男の発する怒気に怯えている。

 

「BT兵器による最後の一発は、試合終了のブザーが鳴った後に発射されました。打鉄のシールド・エネルギーが空っぽになったのは、左腕が突然停止するという、不意の事故が原因です。タイミング的に、射撃中止の命令が間に合わなかったのでしょう。あの一発は事故だった、と私も思います。

 

 しかし、です。もしも、ミス・オルコットがエネルギーを切らした相手に対しわざとそうしたのだとしたら、私は陽子の父親として、あなたを許すわけにはいかない」

 

 目の前で娘をさんざん痛めつけてくれたことに対する憤りは、当然ある。しかし、それも試合中の出来事であれば、渋々だが納得出来る。

 

 セシリアの攻撃は最後の一発を除いて、すべて公式レギュレーションが定めるルールの範囲内のものだった。ましてや、今回の試合は、平静さを欠いていたとはいえ陽子自ら望んだ対決だ。痛みや苦しい思いは覚悟のうち。これに対し文句を口にすれば、モンスター・ペアレントなどと呼ばれても仕方ない。

 

 しかし、試合終了後に放たれた攻撃については別だ。明らかなルール違反であり、自身と対戦相手のみならず、試合に関わった人間全員を侮辱する行為といえる。陽子の父親だから、というだけでなく、一般論として、卑劣な行動に走った相手を許せない。

 

 だが、今回は判定が難しい状況だ。《ブルー・ティアーズ》の銃口が火を噴いたタイミングを考えると、イメージ・インターフェースを介して発射命令が下されたのは、ブザーが鳴り始める前だったと考えられる。ブザーが鳴り始めたときにはもう、レーザーは発射された後で、止めたくても止められなかった、と推理するのが自然だろう。

 

 問題を複雑化しているのは、セシリアが鬼頭に対して悪感情を持っていることだ。憎い男の作った発明品に追いつめられた事実に腹が立ち、悪意をもって、射撃中止の命令を下さなかった。プライドの高いセシリアの性格を鑑みるに、その可能性は低いが、万が一、そうだとしたら――、

 

 ――絶対に許さない。俺のすべてを懸けて、この女を叩き潰す!

 

 ISに搭載されているイメージ・インターフェースは、操縦者の思考を読み取り、脳が生み出す信号の出力を増幅し、機体の動きに反映させる、という仕組みだ。

 

 セシリアに対する怒りを読み取った打鉄のイメージ・インターフェースは、その莫大な感情のエネルギーを、ハイパーセンサーの機能へと反映させた。鬼頭の目には、宙に浮かぶ少女の顔が、かつて誰よりも陽子を手酷く傷つけた女……晶子のそれと映じていた。

 

「どうなのです、ミス・オルコット!?」

 

「……いまから口にすることは、オルコットの家名に懸けて、嘘偽りない本当のことだと、誓いましょう。最後のレーザー攻撃は、止めなかったのではなく、止められませんでした。わたくしの技術が、未熟だったせいです。そのせいで陽子さんに、味わう必要のない痛みを与えてしまいました」

 

 観客席が、また騒然とするのが見えた。あのプライド高いセシリア・オルコットが、自らの未熟さを認め、不明を恥じた。その事実に、一同驚きを隠せない。

 

 鬼頭は眉一つ動かさない。硬い表情のまま、「そうですか」と、呟いた。

 

 セシリアは機体を降下させ、地上に降り立った。鬼頭のもとへ歩み寄ると、日本式に、深々と腰を折る。

 

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

 観客席の生徒たちは、重ねて襲いかかる衝撃に、とうとう発するべき言葉を見失ってしまう。

 

 セシリアは顔を上げ、鬼頭の顔を見つめた。

 

「……わたくしからも、確認させてください」

 

「なんでしょう?」

 

「鬼頭智之さん、あなたは、陽子さんのことを愛していますか?」

 

「当然です」

 

 愚問だったな、とセシリアは自省した。彼女のために、こんな顔が出来る男だ。愛していないはずがない。

 

「では……、ではなぜ! 週刊誌の記事は捏造だと、声高に訴えないのです!? 陽子さんを愛しているのなら、なぜ……!?」

 

 鬼頭は束の間、沈黙を挟み、ほんの少しだけ、頬の筋肉を緩めた。

 

「そんなの、決まっていますよ」

 

 微笑。

 

 その優しい笑顔に、観客席の女子生徒たち、ピットルームの千冬ら、そしてセシリアは、目を奪われた。

 

「陽子を、愛しているからです」

 

 アリーナ内の大型電光掲示板に、『セシリア・オルコットは試合後の射撃により失格。勝者 鬼頭陽子 に変更』のアナウンスが表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter9「激昂する銃」了

 

 

 

 

 




オリジナル兵装

鬼頭智之製作 レーザー・ピストル《トール》

出力  2.6MW
全長  460mm
重量  3,200g
動力  大容量バッテリー・マガジン方式
    連続照射可能時間はマガジン一個で最大16秒間
    発射弾数は16発

 鬼頭智之が娘・陽子のために製作したレーザー・ピストル。

 その形状は銃身が六インチ・モデルのコルト・ウッズマンをISサイズに拡大したような見た目で、火薬式拳銃でいう機関室と銃身部に、レーザー・ユニットを搭載している。

 レーザー・ユニットはXI-02に搭載されたエネルギー・ブラスト・システムを、戦闘目的用に洗練した物で、遼子化技術の採用と構造の見直しにより、高出力化と扱いやすさの向上を達成している。IS本体から電力を供給する方式ではないため、エネルギー送受信用の特殊バイパスを持たないISでも運用が可能。IS用ビーム兵器としては破格の汎用性を誇る。

 射撃モードは、レーザー光線を照射し続けるストレート、光線をパルス光弾として発射するバレット、霧吹き状に発射するスプレーの三つを備えている。

 銃自体にも簡易的なセンサーが搭載されており、ISのハイパーセンサーと連動させることで、初心者でも高精度の射撃を可能としている。なお、照準器の調整には陽子の射撃データが使われており、彼女が手にした際に最も性能が発揮される仕様となっている(見た目がウッズマンなのも、陽子が気に入った銃だから)。

 出力は二・六メガワット。照射面積は直径九・七ミリ。この出力をこの面積に集中させると、中心温度は五万度近くに達し、一秒間の照射で厚さ六メートルの鉄板を貫通する。実はわりととんでもない兵器だったりする。

 《トール》という名前はダイハツのトールから。


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