成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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 イベント関係のネタが溜まってきたので、本編の合間に書くことにしました。
 未来設定で、まだ本編に出ていない人もいるので、その辺りも楽しんでいただければと思います。


イベントの物語
デッドヒート・サマーレース プロローグ


 

 それは、とある夏の盛りのこと。

 微小特異点の発生をいち早く察知した女神イシュタルが、とある『前例』を参考に、いつもとは一味違った形でそれを解決する方法を思いつき、カルデア全体を巻き込んだ一大イベントを企画した。

 その名も、『デッドヒート・サマーレース』。

 コンビ、もしくはトリオを組んだ参加者達が自慢のマシンを繰り、その車輪の軌跡によって大地に陣を刻むことで大規模な術式を構築し、楽しく平和的に特異点を消滅させるという。

 選手として参加する者、運営に回る者、観客として楽しむ者。

 熱意や理由の差異こそあれど、カルデアの誰もが何らかの形で関わることとなったお祭り騒ぎに、立香とマシュは発起人であるイシュタルと共に、サポートスタッフの筆頭として加わっていた。

 

 

「えっと、あと必要なものは……」

 

「大きなイベントを運営するという経験は初めてですが、こんなにも大変なものなのですね」

 

「文化祭とは訳が違うな。

 リンクが手伝ってくれれば、もっと色々と楽だっただろうに」

 

「どこに行ってしまったんでしょうね、リンクさん……」

 

「俺が何だって?」

 

「えっ」

 

「リンク!?」

 

 

 思いがけず聞こえてきた声に驚き、咄嗟に振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、レースの開幕が大々的に伝えられて以降見かけなくなっていたリンクの姿だった。

 数日ぶりに相対した彼が身にまとっていたのは、肌を大胆に露出し、繊細な装飾をあちこちに施している、どこか暑い地方の民族衣装を思わせる服。

 戦闘中にならば見かけた覚えのある、見るからに涼しそうな恰好を、何故か今ここでしている。

 その事実からとある可能性を導き出した立香は、浮かんだ疑問をそのまま問いかけた。

 

 

「まさかお前、レースに出るの?」

 

「まあな、でも俺は誘われて引き受けただけのサポート役。

 やる気満々なのはあっちだよ」

 

 

 リンクが苦笑いを浮かべながら指差したその先から、大きく手を振って声を上げながら駆けてきた少女。

 立香とマシュがその名をすぐに呼べなかったどころか、それが『彼女』であることに、ほんの数秒とはいえ気付けなかったのも無理はなかった。

 当世風に表すならばアラブ風と例えられそうな衣装は、女性としての美しさではなく、丈夫さと動きやすさを優先した少年のそれにも見えるもので。

 それだけで深層の令嬢を連想させるような白く美しい肌は、健康的な小麦色に日焼けして。

 いつもならば華奢な背中を美しく彩っている、光を束ねて形作ったかのような長い髪は、頭の上でまとめられてくるりと可愛らしい円を作っている。

 輝くような笑顔と軽快なフットワークは、それ自体は本当に美しく魅力的だったのだけれど、責任のある立場と務めに相応しくあらんと常に自身を戒めていた、『姫』や『賢者』と呼ばれるに相応しい淑やかなイメージとはなかなか重ねられなくて。

 しかし、どれだけ違和感を募らせようとも、『美しい姫君』という概念の大部分を形作る美貌に変わりはなく、目の前にいる少女が『彼女』であることを疑いようもなく証明していて。

 考えを巡らせるどころか、殆ど真っ白になってしまって何も考えられない思考状態で過ごしてしまった数秒の後に、立香とマシュは重ねた声を響かせた。

 

 

「「ゼルダ姫(さん)!!?」」

 

「はい、ゼルダです。

 ……と、言いたいところなのですが。

 今この時、と言うよりこの姿の時の私は、どうか『テトラ』とお呼び下さい。

 リンクと違って、私の中に『彼女』がいる訳ではないのですが……同じ『ゼルダ』として、尊敬すべき先輩としてちょっと真似をさせて頂くくらいなら、許してくれると思いますので!!」

 

「ちょっとリンク、お姫様どうしたの!!

 キャラが違うレベルでテンション上がってるんだけど大丈夫!?」

 

「大丈夫大丈夫、心配しないで。

 このお祭り騒ぎに浮かれて、羽目が外れて、普段頑張って抑えている分が爆発しているだけだから」

 

「まさか、リンクさんを誘ったのは……ゼルダさん、レースに出られるのですか!?」

 

「勿論です、出ないなんて選択肢はありません!!

 荷を運ぶのではなくただひたすらに速さを追求した乗り物で、大勢で競い合うなんてことは、ハイラルではありませんでした!!

 すっごく楽しみです、頑張るので応援してくださいね!!」

 

「……マシンは?」

 

「俺のマスターバイクを貸すことになったよ。

 ダ・ヴィンチちゃんが、前に作ったサイドカーを改めて調整してくれたから、俺はそっちに乗ってサポートする」

 

「操縦は出来るの?」

 

「ライダークラスの霊基と同時に『騎乗』スキルを得ているから、その辺りは問題ないと思う。

 ……そもそもの話、同じ『ゼルダ姫』だとしても決して同一存在というわけではない海賊王女の概念を、『レースに出たい』の一心で会得してみせた時点でもうゼルダは止められないって。

 ゼルダはな、普段はきちんと立場を自覚して自重している分、いざ思い切った時の行動力が凄まじいんだ。

 こうなったらもう、観念して付き合った方がいい」

 

「……お前、慣れてるなあ」

 

「まあね」

 

 

 肩を竦めながらそう言ったリンクの笑顔は、呆れたような口調とは裏腹に、立場と責任を優先して我慢することが多いゼルダが全力で楽しんでいることを心から喜ぶ、優しさと思いやりを感じられるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古今東西の名だたる英霊達が名乗りを上げ、錚錚たる顔ぶれが集ったサマーレースは、発起人であるイシュタルでさえ驚きを隠せない程の大盛況の中で始まった。

 何でも、リンクとゼルダが参加することを聞きつけた某王様が、設備や物資の不足といった類いの不具合であの二人の活躍が曇るような事態は万に一つも起こしてはならないと、銭ゲバ女神が変なところでケチらずに十分な運営資金を投入するかと言われれば信用出来ないと、急遽スポンサーとして名乗りを上げたとのことで。

 レースそのものにまでは流石に口を出さなかったものの、屋台の出店を取り仕切ったり、見やすさや待遇の違いで観客席を詳細にランク分けした上でチケットを売り切ったり、高品質の録画環境を整えたりと、投資した分を取り戻すどころかどれだけ黒字を重ねられるかというランク違いの概念で戦っているギルガメッシュに、イシュタルはレース開始前から早々に奥歯を噛み鳴らしていた。

 

 

「……落ち着け、落ち着くのよイシュタル、女神たるもの常に優雅たれ。

 あんな小金を稼いで満足しているような金ぴかなんかに、私は負けはしないわ。

 最後に勝つのはこの私よ、今までの負け分を帳消しどころか何倍にもして取り戻してあげる」

 

 

 秘密の野望を、己が内にのみ抱えるイシュタル……その真の目的を誰一人として知らぬまま、スタートの瞬間は着実に近づいてきている。

 各チーム自慢のマシンが並ぶコース上では、立香とマシュが律儀にも、出場チームのひとつひとつ、選手の一人一人に最後の声掛けと激励を行なっていた。

 そんな彼らが最後に赴いたのは、その存在だけで観客どころか選手達からの注目をも集めている、開始前に行なわれた人気投票第一位のチーム。

 勝敗でも利益でもなく、スピードと競い合いを純粋に楽しむ気満々ではしゃいでいるゼルダと、そんな彼女を何が起ころうと手助けするべく入念に準備を整えるリンクの下だった。

 

 

「よっ……ようっ、リッカにマシュじゃないか!

 わざわざ激励に来てくれたってのかい、ありがたいことだねえ!」

 

「え゛っ」

 

「ゼ、ゼルダさん……?」

 

「…………すみません、今のは忘れて下さい。

 姿と能力の一端だけとはいえ、せっかく『テトラ』になれたのだから、もっと彼女になり切ってみようと思ったのですが。

 霊基を変えて浮かれ気分になっている今の私でも、この言葉遣いと振る舞いは流石に恥ずかしいです」

 

「そりゃそうだ。

 血筋こそ王家の直系でも、生まれと育ちは紛れもない海賊であるテトラと、何の支障もなくお城で姫として育ったゼルダとじゃあ、生きてきた環境と受けてきた教育が違うんだから」

 

「彼女の在り様を格好いいと思って憧れているのは、確かなことなんですけどね……」

 

「そりゃあ、まあ……テトラって多分、王族としての堅苦しい教育を受けなかったのと、『国』という重すぎる責任を負わなかったことで、一番()()()()()()()()()()『ゼルダ』だったんだろうし」

 

「リンク、何か言いましたか?」

 

「いや何も、ゼルダはそのままでいいってだけ。

 ……立香、マシュ、お前達はそろそろ戻った方が良さそうだ。

 運営側のお前達に贔屓をしろとは言わないから、せめて心の中だけででも応援してくれよ」

 

「ああ、それは勿論。

 ……ごめん、行く前にちょっと耳貸して」

 

 

 マシュと話すゼルダが気を取られている隙を見計らった立香の言葉に、リンクは素直に従って耳を傾け、小声で伝えられたイシュタルからの伝言にほんの僅か眉を顰めた。

 

 

「特異点の支配者から妨害が入る可能性ね。

 確かに、このレースが特異点を消滅させるための儀式の一環である以上は、実際に起こり得ることとして考えておくべきだろうな」

 

「俺達はスタッフとしてレースに追随して、何か問題が起こったら出来る限り早く駆けつけるつもりではいるけれど」

 

「現場にいる者とは比べ物にならない、か。

 分かった、何か起こったら俺が先だって対応するよ」

 

「悪いな、参加者なのに余計な負担をかけて……」

 

「気にするなって、俺が出場したのはゼルダが心置きなくレースを楽しめるようにサポートするためなんだから。

 レースの進行を邪魔する要素に対処するのは、十分にその一環に入るだろ」

 

 

 そんなやり取りが繰り広げられた後、イシュタルから儀式を遂行するためのマシンパーツが各チームに配布され、レース全体の概要の最後の説明とチーム紹介が行なわれた。

 

 

《このチームが参加するって聞いた時の、金ぴかの喜びようがうざったらしくて仕方がなかったわ。

 まあでも、あいつがリスペクトするのも分かるくらいの、大変な偉業を為してきた子達よね。

 チーム名は『ウィズダム・アンド・ブレイヴ』、マシンは『マスターバイク零式(サイドカー付属ヴァージョン)』。

 ドライバーはライダーの霊基を得てやる気満々のゼルダ姫、勇者リンクは何とサポートに徹するそうよ。

 何でもゼルダは、リンクが操縦するマシンにタンデムしたことはあっても、自分でハンドルを握るのは今回が初めてなんですって。

 『騎乗』スキルを得た上に、勇者リンクのサポートがあるとはいえ、お姫様がどれだけやれることか。

 注目ポイントのひとつね、楽しませてもらうとするわ》

 

 

 そうして、全ての出場チームの紹介と、各マシンの準備が終わり。

 イシュタルが振ったスタートフラッグと、立香が押したスタートランプ点灯の合図と同時に、真夏の特異点横断レースが大歓声の中で始まったのであった。

 




【出典】ゼルダの伝説

【CLASS】ライダー

【真名】テトラ(ゼルダ)

【属性】混沌・善


 誇り高く淑やかな、正に『理想のお姫様』と称するに相応しいゼルダ姫でさえ、夏の陽気には抗えなかった!?
 実はスピードを感じるのが大好きだという、思いがけないアクティブな一面を絶好の機会に露わにした彼女が求めるのは勿論、勝利の証たる優勝カップと、それを手に入れるまでに得られる全て。

「勝っても負けても、最後に『楽しかった』と笑い合える。
 そんな最高の思い出を、皆さんと一緒に作りたいと思っています!」

 そう言いながら、夏の爽やかな青空を思わせるような輝かしい笑顔を、いつもの彼女とは違う意味で最高に魅力的な表情を見せてくれたゼルダ姫。
 そんな彼女の後ろで苦笑いを浮かべていたリンクが、「一応俺は、自分の発想や行動が大概だって自覚してるけど、ゼルダは完全に素だからな……ストッパーになっていた務めや責任から解放されたこの状況で、果たしてどれだけはっちゃけることか」と零していた発言の真意を、この時はまだ誰も分からなかった。


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