成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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VS 翼竜

 

 また一体、空中で体勢を崩したワイバーンが、轟音と土煙を上げながら地に落ちた。

 これが人間や他の生き物だったら、この時点で死んでいたのだろうが。

 生憎ながら、強靭な鱗と生命力を持つワイバーンはこの程度の衝撃ならばもろともせず、自身を地に落とした相手を引き裂いてやらんと再度翼を広げた。

 その思惑は、苛立ちのあまりに視野と思考が狭まり、接近に気付けなかった少女による盾の一撃によって防がれる。

 大きく息を荒げ、自身が止めを刺した何体目かのワイバーンを見下ろし…未だ拭いきれない戦いへの恐怖を必死に呑み込みながら、マシュは頭上を仰ぎ見た。

 

 

「リンクさん…っ!!」

 

 

 既に崩れかけた城壁の縁に立ち、数を減らされて怒り心頭と化したワイバーン達を相手に、決して逸品とは言えない一兵士の槍と弓のみで対峙する。

 どこの英雄譚の一幕だと突っ込みたくなるような様を、たった今目の前で、恐ろしい竜の群れを相手に一歩も引くことなく繰り広げ続ける少年の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粗末な剣と引き換えにワイバーンを一体昏倒させるという快挙を成したリンクは、今度は槍を手にして、止めを刺さんとするマシュとすれ違う形で最前線へと飛び込んだ。

 骸骨兵相手に繰り広げた攻防から、てっきり彼は剣士だとばかり思っていたのだが。

 腰を落としながら、両手でもって長柄を構えるその様は、どう見ても確かな修練を積んだ達人のもの。

 実際、腹の奥から吐き出された一声と共に繰り出された突きは、ワイバーンの鱗を貫いてその下の肉を抉る見事なものだった。

 堅い鱗の存在と、たかが人間相手という驕りで油断しまくっていたところに与えられた痛手は、ワイバーンに盛大な悲鳴を上げさせた。

 骸骨兵の時と同じように、目の前の小柄な少年を十分な脅威と見なしたワイバーン達は、攻撃及び排除の対象を一点に集中させる。

 

 普通の人間なら…訓練を積んだ立派な兵士でさえ、引き裂かれ、噛み砕かれ、一瞬でひき肉になってしまいそうな竜の群れの猛攻をリンクは凌いだ。時折返り討ちにもしてしまうような成果すらも上げながら。

 リンクは攻撃が来る方向を限定し、少しでも効率的に戦うために、敢えて城壁をすぐ後ろにする位置を保っていた。

 明らかに戦い慣れた者の、多勢に無勢の危機的状況を生き抜くための大胆かつ適切な判断。

 しかしそれは、別の見方、別の言い方をするならば、逃げ場のない追いつめられた状況ということにもなる。

 爪も牙も決定打とならない事態に苛立ったワイバーンの一頭が、胸を逸らしながら大きく息を吸い、独特の構えを見せ始めた。

 

 

《ワイバーンの肺と思われる器官に熱源集中、間違いないブレスが来るぞ!!

 リンク君、避け……って避けられない、逃げられない!!

 どうしようどうしよう、助けてマギ・マリーーーっ!!》

 

 

 半透明な『ドクター』の悲鳴のような声を意識の端で聞きながら、リンクはグッと地を踏みしめる両足に力を込めた。

 次の瞬間、吐き出された灼熱のブレスが今の今までリンクが立っていた地点を焼き、更にその次の瞬間、炎を吹く竜の頭が頭上から降ってきた刃で串刺しにされた。

 その身が消し炭と化す直前、凄まじい脚力で己の身長近くまで跳んだリンクは、その足で更に背後の城壁を蹴り、自身を狙ったワイバーンの頭上まで跳び上がり。

 槍の穂先を真下、ワイバーンの脳天へと向け、重力に全体重を上乗せさせながら貫いたのだ。

 

 竜の頭を地面に縫い付けてようやく勢いを止めた槍は、散々酷使した末に止めの一撃を食らったことで折れてしまった。

 待ち針代わりの穂先を残したまま、強引にへし折れたことで先端を歪な棘状とさせた長柄を、群れの一頭が無残な姿と化したことで硬直してしまっていたワイバーンの、一番手近なところにいたものへと向けて振りかぶった。

 尖っただけの木片で傷つけられるほど、竜の鱗は柔くない。

 そんなことリンクは百も承知、ならば『これ』でも十分痛手を与えられる箇所を的確に狙うのみ。

 自分の体の頑丈さを恨めと言わんばかりの一撃は、衝撃のあまり見開かれていた目を容赦なく貫いた。

 

 痛みと苦しみによるおぞましい絶叫が辺りに響く、しかしこの程度では所詮死ぬほど痛いだけで倒すことは出来ない。

 それも勿論リンクは承知済み、今欲しいのはあくまで『隙』だった。

 仲間が連続で、それも凄まじい痛手を食らう様を目の当たりにしたワイバーン達が堪らず硬直した隙に、リンクは彼らへと背を向けて目の前に聳える城壁へと跳び付いた。

 

 はね返される、もしくは滑り落ちると思われたその身は、足場とも手がかりとも言い難い城壁のヒビや僅かな出っ張りを巧みに掴みながら、一掴み、一蹴りごとにその身を大きく跳ね上げさせていく。

 ほんの数秒でリンクは、砦の護りの要である筈の城壁をその身ひとつで攻略し、縁から身を乗り出させ、息を呑みながら眼下の戦闘に魅入っていた兵士達の目の前へと躍り出た。

 衝撃のあまりに、のけ反るを通り越して腰を抜かしてしまった兵士達。

 その原因は、普通ならば登れるようなものではない筈の城壁を越えて突如人が現れたから、だけではない。

 激戦の最中にフードが脱げ、それを直す余裕も無いまま壁を登ってきた少年の顔があまりにも美しく。

 その顔を土埃に汚し、宝石のような青い瞳を滾らせながら、凛と前を見据えるその姿が正しく。

 生涯の内に、一度は誰もが多かれ少なかれ憧れる、皆が想像の中で思い描いていた伝説の勇者そのものと言える雄姿だったのだから。

 

 

「何か武器を、あと出来れば弓と矢も!!」

 

「はっ…はい!!」

 

「お使い下さい!!」

 

 

 何故か必要以上に畏まる兵士達から、新たな槍と弓矢を受け取ったリンク…その背後、城壁の縁の向こうの虚空に、大きく口を開けたワイバーンが翼を広げて飛び出した。

 咆哮、もしくはいきなりの炎でも吐こうとしたのか。

 大きく息を吸ったその動作は、目的が何であれ果たされることは無かった。

 受け取った流れでそのまま構え、振り返りながら引き絞り、対象を捉えたと同時に放たれた矢が、一瞬の照準とはとても思えない必中の狙いでワイバーンの口へと飛び込み、喉から生命維持に関わる脳幹にかけてを見事に貫通させたのだから。

 

 

「何てことだ、彼は弓まで使うのか!!」

 

「とんでもねえなあ、三騎士の役割を一人で果たしていやがる」

 

 

 モニター越しに繰り広げられる光景に、流石に本来の弓兵としての自分を思い出さざるを得なかったエミヤと、自分があの場にいない悔しさと新たな勇士の存在を目にした歓喜が入り混じって、ランサーの時の彼を思わせる壮絶な笑みを浮かべるクー・フーリン。

 英霊を二人も驚かせるという偉業を知らないところで成しながら、リンクは一歩も引かず、気後れすることもなく、ワイバーンの群れと戦い続けた。

 城壁に立つ彼を狙うために飛び上がったワイバーンを、リンクは強烈な槍の一突き、正確な弓の一射にて遥か下の地面へと叩き落とす。

 しかしそれは、受けた痛みと衝撃に思わず力が抜けてしまったことによる一時的なものであり、気を取り直して再度羽ばたけば戦線に復帰することは容易だった。

 叩き落としたところに止めを刺すという、役割分担さえ存在していなければ。

 

 目の前で繰り広げられる、紛れもない英雄譚に魅せられながら…彼一人に戦闘による負担の殆どを負わせ、自分はただお膳立てされた状況で最後の一撃を食らわせるばかりという現状に、何とも言えない申し訳なさと情けなさを感じずにはいられずにいる。

 戦闘の真っ最中だというのに、そんな乱れまくりの心境で居たせいだろうか。

 頭上からリンクが、背後から立香が叫んだ声に。

 最後の一頭となったワイバーンが、何を思ったのか急に攻撃対象を切り換えたことに、マシュは一瞬気付くことが出来なかった。

 

 

「マシュ…マシュ、危ない!!」

 

「そっちに行ったぞ!!」

 

「え…っ?」

 

 

 自分が呆けてしまっていたことに気付き、ようやく顔を上げたマシュの瞳に映ったのは、自分へと向けて炎が燻る喉を大きく開いたワイバーンの姿だった。

 命の危機であることはわかっているのに、その認識がどこか遠い…盾を構えるべき手が、それが叶わないのならばせめて逃げるべき足が動かない。

 ここではない、どこか遠い世界の出来事を俯瞰しているかのような心地のマシュの視界に、ワイバーンの炎を遮りながら一本の軍旗がはためいた。

 

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 

 真名開放と共にその真価を発揮した旗が、神々しい輝きを放ちながら灼熱の炎の一切を防ぎきる。

 それを認識しながらワイバーンは、強引に押し切らんとより一層の力を自身の吐く息に込めた。

 より強くなった炎が、継続使用の影響か若干弱くなってしまった旗の光を越えてその先の主を炙る。

 未だ新しい死因の記憶に連なる苦痛に、表情を歪ませた彼女の崖っぷちでの奮闘は、遥か頭上から降ってきた槍の穂先がワイバーンの心臓を堅い鱗を物ともせずに貫き、潰し。

 更にはその体を、城壁を数秒で登り切る脚力に加えて、落下の重力によって嵩増しされた体重による勢いを、余すことなく上乗せさせた両足でもって踏み潰した止めの一撃でもって終了した。

 

 

「彼は確か、今の今まで城壁に…」

 

 

 思わず振り仰いだ彼女の視界に入ったのは、少年がたった今まで、ワイバーンとの激闘を繰り広げていた城壁の縁から身を乗り出しながら、口々に彼の身を案じる声を上げる兵士達の姿。

 あの強靭なワイバーンの体を、大地に咲く真っ赤な大花と変える勢いで降ってきた光景と併せて、女性の脳裏にとんでもない事実が思い浮かんだ。

 

 

「………まさか、飛び降りたのですか? あそこから?」

 

 

 自身の体の頑丈さと、衝撃の全てをワイバーンという名のクッションで和らげる技術に自信があったとしても、ちょっとやそっとの度胸で出来るようなことではない。

 見つけた…彼ならば、この人達ならば必ずや。

 心の底から込み上げる確信、そして安堵と共に、旗を持った女性は口を開き…その最初の一声は、兵士達が上げた悲鳴とも言えるような叫びによって遮られた。

 

 

「あ、貴女は……いや、お前は!!」

 

「ジャンヌ・ダルク!!」

 

「魔女だ、魔女が現れたぞ!!」

 

 

 背を向けて逃げる者、逃げることすら出来ない者、震える手足で必死に武器を構える者。

 ワイバーンが一掃された安堵と高揚が一瞬で、意図に反して霧散してしまった状況で女性は、ジャンヌ・ダルクは、戸惑いと悲哀が入り混じった表情で立ち尽くしていた。

 

 

「うわあっ!!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ひいいっ、来るなあっ!!」

 

 

 必死で逃げた足がもつれ、派手に転んでしまったその身を案じて伸ばされた手が、今の彼にはこの身を引き裂かんとする魔女の鉤爪にしか見えない。

 恐怖のあまり震える唇で、必死に助けを求める声なき声に、ジャンヌ・ダルクの足下に撃ち込まれてその動きを妨げた矢が応えた。

 

 

「きゃあっ…!!」

 

「ちょっ…リンク、何してんの!?

 あの人は、マシュを助けてくれたのに!!」

 

「リンクさん…私にも、あの方が悪い人だとはとても」

 

「二人とも、今は黙って……ジャンヌ・ダルク!!

 この場所は、ここの人達はあんたを求めていない!!

 あんたに出来ることは何も無い、早々に立ち去れ!!

 用があるというなら出直して来い、俺が相手になってやる!!」

 

 

 弓を限界まで引き絞り、鏃を容赦なく突き付けてくるリンクに、ジャンヌは悲壮な表情を浮かべながら踵を返す。

 成す術もなく走り去っていく後ろ姿に、リンクは強張っていた全身の力を抜きながら弓を下ろし、兵士達は歓喜の雄叫びを轟かせ…立香とマシュは、どうにも納得しきれないという表情で口を噤んだ。

 気を緩める間もなく、二転三転と大揺れが続いた砦の攻防戦は、これにてようやくの終結を迎えたのだった。




フォウ君の存在が消えてしまっていますが、立香の肩辺りにいると思って読んで下さい。


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