物資も食料も厳しいものがあっただろうに、それでも数日旅をするには十分なだけのものを持たせてくれて。
リンクに対しては、あの砦で最も質の良かった剣と弓を譲ってくれて。
何よりも、両腕から溢れて持ちきれないほどの笑顔と感謝で見送ってくれた。
……だというのに、立香とマシュの表情は暗い。
歩きながら溜め息までついてしまう二人に、砦から十分遠ざかったことを確認したリンクが少し呆れた様子で声をかける。
「立香、マシュ…二人とも、さっきから何をそんなに落ち込んでるんだ」
「何をって、お前…」
二人の脳裏に焼き付いて離れないのは、先ほど、目の前の少年その人に追い払われた女性の、哀しそうな表情とやけに小さく見えた後ろ姿。
特にマシュは、彼女に命を救われた当人であるだけに、気がかりで仕方がない様子だった。
「…先ほどの、ジャンヌ・ダルクさん。
あの方は本当に恐ろしい魔女だったのでしょうか、やはり私にはどうしても……」
「違うよマシュ、さっきの人と噂の魔女は別人だ。
少なくとも、俺はそう思ってる」
「俺『達』だよ立香、俺も一応確信してる。
何だ…さっきの態度から、マシュもわかってるとばかり思ってたんだけど」
「えっ……ええええっ!?」
「パッと見だけど、そんな印象は欠片も無かったし。
何より、自分が焼かれる苦痛に耐えてまでマシュを助けてくれたあの行いは、裏があって出来るようなことじゃない。
初めて会った時の二人と一緒だ、すれ違いや勘違い、もしくは何らかの事情持ちってところだろうな」
「そ、そんな……でしたらなぜ、それを砦の皆さんに話そうとせずに、あの人を追い払ったりしたのですか!?」
「俺もあの時点ではマシュと同意見で、落ち着いて考えてからリンクの意図を察したんだけど……」
分からない、納得できないという様子で声を上げるマシュに、どう言ったものかと後ろ頭を掻き混ぜながら唸り声を上げた立香の肩を、リンクの手がポンと叩く。
『任せろ』と言わんばかりの仕草と表情に、立香は汚れ役、嫌われ役を押しつけるかのような居心地の悪さを感じながら、それでも適任であることは確かだと納得して頷いた。
「生前のジャンヌ・ダルク、そして蘇った魔女を実際に見た人が、間違いなく同一人物だと証言しているんだ。
これを、何の準備も証拠も無しに覆すのは不可能に近い。
通りすがりの、現状を殆ど知らない旅人が、『見た感じ悪い人とは思えない』なんて何の根拠もない意見を述べたところで、まともに取り扱ってもらえる筈が無い」
「仮に、あの人と魔女が別人だという確かな証拠があったとして。
度重なる襲撃で心身ともに疲弊しきっていた兵士達に、恐怖や怒りを呑み込んで、それを受け入れる冷静さと心の余裕が残っていたとは思えない。
骸骨兵やワイバーンを退治し、砦を救ったという俺達の実績を押し出せば強引に認めさせることも出来たかもしれないけれど、その場合は折角築いた信頼と相殺だ。
助けてくれた人達が実は魔女に利する存在だったなんて、持ち上げて叩き落とす行為以外の何ものでもない。
物資や食料はもちろん、こんな武器なんて融通してくれる訳が無いし。
あんな笑顔で、『頑張って生きて乗り越えてみせます』なんて言葉で送ってくれるなんてありえない」
「そして何より……それだけの労力、損失を払ってあの人の潔白を証明し、砦の人達に認めてもらえたとして、あの時点でどんな成果に結びついた?
精々が『命の恩人にお返しが出来た』という俺達の自己満足くらい、優先順位としては低すぎる。
大事な使命を負ってここに来たと、この国を救いに来たんだと言ってたな。
それを尊重して考え、動いたまで。
始まりが成り行きとはいえ、今は間違いなく仲間として、同じ目的をもって行動していると思っているから」
きちんと筋道と理論を立てて、自分が何を考え、何を思ってあんな行動を起こしたのかを、ひとつひとつ丁寧に言葉にしていくリンク。
納得出来ないところがあれば、幾らでも異議を申し立ててやろうと意気込んでいたマシュは、沸騰していた自身の思考が落ち着くを通り越して落ち込んでいくのを感じていた。
矢を放ち、彼女を追い払ったあの行動ひとつ、あの僅かな時間にリンクがどれだけ多くの、どれだけ先のことを考えて行動していたのか、それがよく理解できてしまったから。
自分の頭の中は、助けられたことによる無意識の贔屓が上乗せされた好印象と、そんな彼女に報いてあげられなかった罪悪感、あの後彼女はどうなったのかという心配ばかりで一杯になって。
自分達がやって来る、そのずっと前から魔女に苦しめられていた兵士達の気持ちや現状に対する心遣いなんて、忘れはしないまでも端っこの方に追いやられてしまっていたのだから。
「通りすがりざまに救い、良いことをした、やり切ったという満足感だけを胸にそのまま去っていく方は、ある意味で楽な仕事だ。
だけどその地の人達は、傷ついたもの、失われてしまったもの、変わらない現実と向き合いながら、どんなに辛く大変でもそこで生きていくしかないんだ。
助けに来てあげたんだから、そんな自分達の行動や考えは正しいんだから、黙って大人しく助けられておけばいい。
そんなのはただの押し付けに過ぎない、無自覚なら尚更な」
「……………はい、申し訳ありませんでした」
「ちょっ…リンク、リンク、いきなり飛ばし過ぎ。
前もちょっと言ったけど、マシュは外の世界というものを殆ど情報でしか知らなくて、色々と経験を積んでる真っ最中なんだからもっとお手柔らかに……」
「そんな子をいきなり最前線に出すなんて……お前達の所属してる組織ってのは、どんだけ人手不足なんだ?」
「…………(盛大に爆破されたなんて言えない)色々と事情があるんだよ」
「何にしても…経験不足だろうが、勉強中だろうが、それを押し出したとして敵は手加減なんかしてくれないし、失敗や失態は許されない。
任務を達成し、その上で生きて帰りたいのなら、厳しかろうが辛かろうが頑張るしかないんだ。
なあ、マシュ……お前は、その辺り全部覚悟した上でここに来たんだろ?」
リンクの問いかけに、マシュは無言で、それでも確かに頷いた。
マシュの大変な現状を嘆きながら、その上で彼女自身の意思を尊重し、目的を成し遂げることが出来るように、敢えて率直な物言いをしているリンクの思いやりを感じたから。
「リンクさん…ご指摘、ありがとうございました」
「……色々と言った後で何だけど。
あまり背負うなよ、マシュ一人の肩に乗ってる重みじゃないんだから。
立香は言うまでもなく…『ドクター』だっけ、ちゃんと他にも仲間はいるんだろ?」
「そうですね、その通りです」
「わかってるなら大丈夫そうだな。
それにしても……さっきのあの人、ジャンヌ・ダルクだっけ。
一体どこまで行ったんだろうなあ、そろそろ合流しても大丈夫そうなのに」
「へっ?」
「リンクさん、合流とは一体…」
「言ってただろ。俺、あの時。
『用があるなら出直して来い、俺が相手になってやる』って」
「あれはそういう意味だったのですか!?」
「「「え?」」」
突如やり取りに割り込んできた自分達以外の声に、三人揃って思わず振り返った先の木の陰から、今の今まで話題にしていたジャンヌ・ダルクその人がほんのりと赤く染まった顔を覗かせていた。
「………わかってなかったのに、よくまた接触してくる気になりましたね」
「私には、あなた方以外に頼りに出来そうな当てが無かったもので。
誠心誠意、心を込めてお話しして、何とかわかってもらおうと思ってお待ちしておりました」
「すんごい前向き思考」
「それに助けられたな。
まあ何にしても、無事に合流出来て良かった」
「ごめんなさい、鈍くて……折角気を回して頂いたのに、危うく無駄になるところでした」
「兵士達に本意を悟られないよう、敢えて誤解されやすい言い回しをしましたからね。
伝わらなかった事態は考慮していましたよ、その時は今度はこっちから探すつもりでした。
……先ほどは、説明も無しに強引な手段に出てしまって申し訳ありませんでした」
「いえいえ、むしろお礼を言わせてください。
兵士達の心の安寧を何よりも優先して下さったこと、本当に嬉しく思います。
改めて自己紹介を…私は、ジャンヌ・ダルク。
一応、ルーラーのサーヴァント…みたいです」
清楚で美しい顔立ちに、隠し切れない不安と悲壮を滲ませながら。
それでも、精一杯に微笑みながらの自己紹介を以って、ジャンヌ・ダルクが一同の旅路に加わった。
残念、脳筋聖女でした。