成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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音楽家の慧眼

 

 考察に区切りをつけ、そろそろ立香達の所に戻ろうとしたジャンヌとマリーを、少しだけやり残していたことがあると言って、リンクは一足先に送り出した。

 去り際に手を振った彼女達の姿が建物の陰に消えた後、念のため少しだけ待ってから。

 彼女達が去っていった方向とは反対側の、別の物陰へと、確信を以って声をかけた。

 

 

「ジャンヌもマリーももう行った。

 話があるなら聞くよ、アマデウス」

 

「おやおや、ばれてたか。

 一応念のために、音楽とは人に聞かせてこそという持論を一時曲げてまで、隠蔽効果のある曲を奏でていたんだけどね」

 

「効果が発揮され過ぎていたのが問題だったなあ。

 風が通る気配に、土や草の匂い……あって当然のものまでもが無い、そこだけ切り取ったかのような異様な空白は、十分過ぎるほどの違和感だった。

 最初は敵襲かとも思ったけれど、絶好の機会を何度も見逃していたし。

 仲間内の誰かだとしたら、そういったことが出来そうなのはお前くらいだろう」

 

「………成る程、そういうことに気付くかい。

 流石は『君』だね」

 

 

 その言葉に、笑顔に謎の含みを感じて軽く目を見張ったリンクの様子に、アマデウスは益々笑みを深める。

 彼の脳裏に鮮明に焼きついたのは、今現在ありありと蘇っているのは、今日の撤退戦の一幕。

 当たり前だった筈の命と毎日を理不尽に奪われたことへの嘆きと未練から、生前の装いを纏ったまま、彼らの生前を鮮明に想像させる生々しさで『生ける屍』へと転じてしまった、かつての町民達に取り囲まれて。

 強引に突破することを誰もが躊躇い、想定外の危機に陥ってしまった時の事だった。

 

 普段はクズだの人でなしだのと散々な言われようをされ、自分でも自覚して納得してはいるけれど。

 大切な彼女を含めた女性陣に、こういうことを背負わせるのを躊躇う程度の男気くらいは、生憎と持ち合わせていて。

 色々な覚悟を決めて指揮棒を取ったアマデウスの想定外は、咄嗟に動いた自分に、思いもよらず追随した者がいたことだった。

 

 いきなり動きを止め、一人、また一人と崩れ落ちていった屍達を。

 一部の者には、彼らの魂がこの世への未練から解き放たれて、無事に天へと昇ったことすら察せられた光景を。

 一同はアマデウスが奏でた曲が導いたものと判断し、流石は稀代の音楽魔術師と、いざという時頼りになる人でなしだと、褒めているんだかけなしているんだか分からない文句で称え、アマデウスもあの場では素直にそれを受け入れたのだけれど。

 

 アマデウスは……アマデウスだからこそ気付いていた。

 本当の力を持つ曲は、自身が渾身の指揮で以て奏でたそれではなく。

 死してなお囚われたままの者達を前に、痛ましげに目を伏せた少年が、僅かに開けた口から祈るように紡いだ。

 迷える魂を癒す優しさに満ちながら、その者の生が終わりを迎えてしまったことを哀しみ、悼んでもいるかのような切なさと僅かな恐ろしさをも感じさせる、ささやかな旋律の方であったことを。

 

 気付かれていたとは思っていなかったらしく、珍しく本気で顔を引きつらせている様子のリンクに、アマデウスはフンっと軽く鼻を鳴らした。

 アマデウスが奏でた曲も鎮魂と昇天を促すものであり、効果もそれなりにきちんとあるものだったので、紛れさせてしまえば分からないと思ったのかもしれないけれど。

 

 

「生憎だったね……僕は英霊としてはあまり上等ではないし、自分でもそれは自覚しているけれど。

 それと同時に、『音楽』という一分野に関しては、例え相手が偉大なる大英雄であろうとも決して引けを取らないという自負がある。

 その僕が断言しよう。

 あれは、数多の魔術師達が生涯をかけて追い求めてきた原初の音楽魔術、その一節だ。

 それを知り、使いこなすことが出来るのは、たった一人だけの筈のものだ。

 だよねえ、リンク………伝説の勇者様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 判断には自信があった、答えは確信していた。

 それでもアマデウスは、してやったりの笑みが呆けた間抜け面へと変わるのを、多くの人々を感動させてきた自分の心が柄にもなく本気で揺り動かされてしまうのを、堪えることは出来なかった。

 立香達はなぜ気付かないのかと、自分はなぜ気付けなかったのかと。

 何らかの隠蔽効果が働いていたことを察した上で、それでも心から疑問に思った。

 だって、目の前にいる彼はこんなにもあからさまに、分かりやすすぎる程に『彼』ではないか。

 

 形を取った光のような髪も、極上の宝石を思わせる瞳も、うら若き乙女達までもが憧れたという顔立ちも……女神の庇護を受けた民の証であるという、尖った大きな耳も。

 最大の特徴たる緑衣を纏っていないし、愛用の聖剣も携えていなかったものの、それでも十分過ぎるくらいに。

 彼を形作る全てが、伝説に語られ、後の世の多くの者達が思い描いてきた、勇者像のそのもので。

 夢見心地で呆けてしまっていたアマデウスは、大きなため息をつきながら肩を落としたリンクの様子に、内心では慌てて、表向きは懸命に平常を保ちながら、急いで気を取り直した。

 

 

「参ったなあ、まさかそんなきっかけでバレるとは……ああいや、アマデウスを見くびった俺が悪いか。

 別に、悪気があって隠していた訳じゃないんだ。

 立香達には、頃合いを見計らってちゃんと話すから、もうしばらく黙っていてくれないか?」

 

「それは、構わないけれど……でもどうして、隠したりなんかしたんだい?

 確かに、基本的にサーヴァントは真名を秘匿するものだ。

 手の内を秘めたり、弱点を悟られないようにする為のことだけど、大勢のサーヴァントが入り乱れて現界している状況では、あまり意味が無くなっているし。

 むしろ君の場合は、積極的にその名と存在を押し出した方が、色々と上手く働きそうな気もするんだけど」

 

「ああ、実は……」

 

 

 そうして、少し途方に暮れた様子のリンクが話し出したのは、アマデウスが想像すら出来なかった現状だった。

 召喚時に何かしらの不備があった場合、記憶や能力に欠損や弱体化が見受けられる場合があることは、ジャンヌの実例から既に周知されていた事実だったけれど。

 記憶の欠損どころか、本人にサーヴァントとしての自覚がまるで無く、自分がそうだということを認識したのも、立香達とのやり取りの中で自分自身を客観的に判断した上でのことで。

 能力の弱体化どころか、サーヴァントとしての力の使い方を一切把握出来ていなくて、宝具もスキルも使用どころか概要すら掴めていないという状況は、リンクでなければとっくに潰れてしまっていたとしてもおかしくない程に過酷なものだった。

 

 

「退魔の聖剣は?」

 

「何度か探したけどどこにも無いし、試してみたけど出てこなかった」

 

「……例のオカリナは?」

 

「それも同じく。

 便利な道具とか、能力とかは他にも色々とあって、サーヴァントとなったからには宝具やらスキルやらで何かしら使える筈なんだけど、今のところはさっぱり。

 音楽は何とか使えたみたいだけれど、あれもきちんと発動する確信があった訳じゃなくて、むしろ駄目元だったからなあ……」

 

「うわあ、それは流石に…………って、ちょっと待って。

 サーヴァントとしての能力が一切使えないという割には、骸骨兵や飛竜、更には敵対サーヴァントやタラスクなんてとんでもない奴相手にまで、その辺で拾ったような武器だけでやりあっていたあれは何?」

 

「あれくらいなら、サーヴァント云々以前に元から出来ていたけど」

 

「…………あ、そう。

 うんわかった。君は魔術師や英雄どころか、サーヴァントとしての一般常識ですらも、まともに当て嵌めて考えてはいけない奴だ」

 

「その言葉に込められたものが、いい意味であることを期待するよ」

 

「その辺りはもちろん。

 ……だけど真面目な話、これから一体どうするつもりだい?

 いくら君が勇者で、半端なく優れた戦士だったとしても。

 愛用の武器や便利な能力が使えない現状で、少し本気を出せばたちまち使い物にならなくなるような武器だけを何とかやりくりしながら戦っていくのは、相当な無茶だと思うんだけど」

 

「確かに、そろそろ限界だとは感じてた。

 多分、問題は俺が力の出し方や使い方を把握出来ていないことで、その辺りを掴めさえすれば、もっと色々と出来るようになるんだと思う。

 ……俺の現状に近いのは、召喚時に不備がありつつも自覚はちゃんとあるジャンヌよりも、むしろ後付けで力を得ることになったマシュの方だ。

 実際マシュも、最初は力の使い方がよく分からなくて戸惑っていたらしいから、その時の対処法が参考になるかもしれない。

 明日、雑談中にそっちの話題に持って行って、何とか聞き出してみることにする」

 

「ちょっと待って。

 その役目、良ければ僕に任せては貰えないかい?」

 

「アマデウスに?」

 

「ただの女の子だったマシュが、急にサーヴァントの力を身につけて、そのまま戦場に放り出された時の話だろ?

 話したり、思い出したりすることを嫌がられた場合、君は無理強い出来るかい?

 君は必要・最適と判断すれば、非道も躊躇わないらしいけど。

 それはあくまで他人や大局のためで、それが自分自身の個人的な都合のみに留まる話ならば、むしろ何とかして自分だけで片づけようとする……そんな面倒臭い性質の持ち主で。

 周りから散々に叱られ、窘められてきたと予想するけれど、如何かな」

 

 

 明確な返事は無く、それでも思わず泳いだ目と苦笑いだけで十分答えを察することが出来たアマデウスは、愉しげな笑みを零しながら話を続けた。

 

 

「その点、僕ならば問題ない。

 無粋だろうがプライベートだろうが、『興味がある』の一言でとことん突っこんで見せようじゃないか」

 

「……確かに、それが最適か。

 悪いなアマデウス、憎まれ役を引き受けさせることになるかもしれない」

 

「なあに、今更さ。

 人間のクズ扱いは慣れているし、自覚だってしているからね。

 君は僕達のやり取りに、少し離れた所から何気なく聞き耳を立てていればいい」

 

「ありがとう、助かる」

 

「どういたしまして。

 いやあ光栄だねえ、伝説の勇者リンクの旅路の手助けが出来るだなんて!」

 

「あまり揶揄わないでくれよ、そういうのは慣れていないんだ」

 

「揶揄うなんてとんでもない、紛れもない本心さ!

 …………ああ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、リンクさんが帰ってきました」

 

「アマデウスもよ、散歩中にどこかで鉢合わせでもしたのかしら。

 ……あら、アマデウスったら」

 

「マリーさん、アマデウスさんがどうかしましたか?」

 

「何か良いことでもあったのかしら、パーティ前日の子供のように浮かれているわ」

 

「……私には、いつものアマデウスさんのように見えるのですけど」

 

「私にはわかるの。

 あの笑顔は作り物ではない、心からの本物よ。

 ふふっ……今の彼が楽譜に向かったら、どんな名曲が紡がれるのかしら。

 今日はもう遅いし、また今度、おねだりして一曲奏でてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーサーク・ライダー……聖女マルタにはまんまと自害をさせてしまった上に、戦力強化に集中している間に、ジークフリートとの合流まで許してしまったわ。

 ヴラド三世はともかく、カーミラの方は露骨にやる気が無いし……ああもうっ、どいつもこいつも腹が立つ!!

 何もかもあのエセ勇者のせいだわ、あいつが現れるまでは順調だったのに!!」

 

「おお、何と痛ましい……ジャンヌよ、どうかお気を静めて下さいませ」

 

「黙れジル、アンタはあいつのヤバさを知らないからそんなことが言えるのよ!!」

 

「その通りでございます。

 私が存じ上げているのは、他の何にも勝るたったひとつの事実のみ。

 貴女の憎しみ、貴女の復讐は正しきものであり、それ故に、貴女が敗れることなどはあり得ません。

 狂化に抗い、いつ明確な反抗を示してもおかしくはなかった者が、身中の不穏分子が我らが手を下すまでもなく排除されたことを喜びはしても、惜しみ、悔やむことはありますまい。

 貴女が新たに召喚なされた者を含めた、あれとは違い素直に狂化を受け入れたサーヴァント達と……『竜の魔女』たる貴女に最も相応しきしもべ、かの邪竜の存在があれば、何を案じ、憂うことがありましょうか」

 

「……ええそうね、その通りです。

 ジル……あなたの言葉は、いつも私に道を示してくれる」

 

「私はただ、貴女の心を惑わす憂いを取り除いているだけ。

 全てを選び、決断しているのは、貴女自身の迷いなき心であります。

 貴女が成したいと思ったこと、それこそが正しいのです」

 

「……ファヴニールを出します。

 私をコケにしたあいつを、小手先の技や策なんて何の意味も成さない、圧倒的な力で叩き潰してやる。

 自慢の強さが通じない屈辱と、私に歯向かったことへの後悔の中で、滓も残さず燃やし尽くしてやる。

 余計なことをしたせいで、自分を守ったりしたせいで無残な最期を迎えさせてしまったと。

 大層な仲間を得て調子に乗っている聖女様を、絶望のどん底に叩き落してやるわ」

 

「どうぞ、ご随意に」

 




 スキル・宝具共に使用不可、通常攻撃のみ可能という密かな縛りプレイを強要されていたリンク君でした。
 ストックが切れてしまいましたので少し更新に間が開きそうです、ご容赦ください。


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