成り代わりリンクのGrandOrder   作:文月葉月

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勇気ある者

 

 仲間達から離れ、この砦に一人戻ってきてから、どれだけの時間が経ったことだろうか。

 組み直した焚き火は既に灰と化していて、僅かな燻りもいつ消えてもおかしくはない。

 静かに目を瞑り、眠っているようにも見えたリンクの無防備な背中へと、背後の暗闇から音も無く、刃物の如く鋭く伸びた赤く禍々しい爪が向けられる。

 心臓を狙ってまっすぐに放たれたそれを、リンクは振り返ることすらしないまま、鞘入りの剣で打ち払った。

 

 

「……っ!?」

 

「来たな」

 

 

 リンクがそれを『敵襲』だと判断したのは、集中し、意識を研ぎ澄ませていた中で不自然に近づいてきたものを咄嗟に払いのけた後、つまりは攻撃を防いだ後のことだった。

 振り返った視線の先、仮面の異形が瞬く間に消えていった闇へと向けて剣を構えるリンクの背へと、一撃目とは異なる得物が振り下ろされた。

 瞬時に反応し、飛びのいたリンクの視界に過ぎったのは、漆黒の甲冑に全身を覆った騎士の姿。

 声にならない雄叫びを上げながら、理性の感じられない振る舞いに見合わない繊細な技術で以って振るわれる刃から、リンクは砦の城壁へと飛び付くことで逃れた。

 激戦で受けた痛手を補修もされないまま放置されて至る所が崩れている、故に手がかりや足場に困ることの無い城壁を、瞬く間にと言ってもいいほどの速さと軽快さで登り切ったリンク。

 突然の強襲から逃げた筈のその場所で、眼前に広がっていたのは青空などではなかった。

 

 退路どころか、視界全てを埋めながら立ち塞がる影は、ワイバーンなど所詮下等種であったのだという事実を、その存在のみで突き付けてくる漆黒の巨竜。

 その背には、愚か者を嘲り、見下す瞳と表情でこちらを見る、竜の魔女の姿があった。

 進む先を塞がれたリンクの右に、覚えのある顔が、男性とも女性とも判断しかねる美貌の剣士が立ち塞がる。

 それを認識し、咄嗟に振り返った左側には、苦々しげに表情を顰めるヴラド三世が。

 背後では、自分達の強襲から逃れたリンクを追ってきた、仮面の青年と黒甲冑の騎士が退路を断つ。

 邪竜ファヴニールとサーヴァント達による包囲網の完成を見届けた黒いジャンヌは、恐怖と警戒が反転した歓喜と侮蔑が込み上げるのを感じていた。

 

 

「いいわ、何て素晴らしい光景。

 ご気分はいかがかしら、勇者サマ。

 強さにうぬぼれて、自分ならば大丈夫だと思い上がって、仲間から一人離れてしまったのは、全てあなたの自業自得。

 その末に嬲り殺しにされる無念を、屈辱を、高らかに謡ってはいただけませんこと?」

 

 

 この竜の魔女を恐れなかった者を、その時の自分を縊り殺したくなる程の屈辱を与えてくれた者を、それ以上の屈辱と絶望を与えながら叩き潰す。

 そんな高揚に浸りながら、絶体絶命の少年に更なる追い打ちをかけていた黒いジャンヌだったが、その悦びは決して長続きはしなかった。

 

 

「………何よ、その顔は。

 あんた正気なの、この状況わかってんの!?」

 

 

 巨大な邪竜とそれを手足の如く操る竜の魔女、更には複数のサーヴァントに、たった一人で囲まれて。

 只人ならばそれだけで全ての望みを失い、崩れ落ちていたとしても全くおかしくはない状況で、それでもリンクは笑っていた。

 堂々と背を伸ばしながら、目の前に広がる絶望の光景をも目を逸らすことなく真っ直ぐに見据える、正しく『英雄』のような有り様で。

 

 

「それやめなさいよ……諦めなさいよ、絶望しなさいよ!!

 何なのよこれ、どうして私の方が追い詰められた気分になってるの!!」

 

 

 上機嫌に水どころか氷を入れられ、一転した不快感の中で張り上げた黒いジャンヌの怒声が、炎を交えながらまき散らされる。

 思い通りにならないことに苛立ち、癇癪のままに喚き散らすその様は確かに、マリーが気付いて指摘したような幼い子供のそれだった。

 

 

「絶望しない理由、か。

 それは当然、思った通り、狙い通りに上手くいったからだろうな」

 

「……何を言っているの?」

 

「戦力強化を整えたお前が真っ先に潰しにかかるのは、俺の方だと思っていたよ。

 竜の魔女の誇りにヒビを入れた俺を排除し、自負を取り戻さなければ、お前は先に進めない。

 竜殺しを、ジークフリートを万全にさせてしまうことの脅威を正確に把握していたとしても、譲ることの出来ない優先事項だ。

 そしてお前は、現実にこうやって、俺一人のために戦力を集中させてきた。

 今から分散させたとしても、立香達が、ジークフリートの呪いを解ける聖人や、他の味方になってくれるサーヴァント達を見つけだすのには間に合わないだろう」

 

「あんたまさか、自分から囮になったってわけ!?」

 

 

 リンクの言葉と笑顔の意味を、現状を察した瞬間に、黒いジャンヌの怒りと苛立ちはかつてない規模で爆発した。

 自分の考えや行動が見抜かれていた、嵌められた、利用された。

 そんな、屈辱を晴らすどころか追い打ちにしかならないような事実に、打ちのめされたのは確かだけれど。

 黒いジャンヌの真の起爆剤は、そことは違うところにあった。

 

 

「献身? 自己犠牲? 仲間のためなら自分がどうなろうと構わない?

 馬っっっ鹿じゃないの!?

 あの聖女サマの末路を、身を呈して尽くしても裏切られるだけだってことを知った上で、どうしてそんなことが出来るのよ!!」

 

「大切だからだよ、身を賭しても構わないと思えるほどに。

 お前の親は、お前に憎しみと復讐を刻み込んだ奴は、そういうものを教えてはくれなかったのか?」

 

「黙れ黙れ黙れ!!

 もういい、もうアンタの顔なんか見たくない、声も聞きたくない!!

 お望み通り、その下らない自己犠牲の献身とやらを、無様に成し遂げさせてやろうじゃない!!

 そいつをぶち殺しなさい、バーサーク・サーヴァントども!!」

 

 

 黒いジャンヌの言葉を受けて真っ先に飛び出したのは、顔の半分を仮面で覆い、ナイフよりも鋭い両の手の爪を振りかざす狂気のサーヴァント、ファントム・オブ・ジ・オペラだった。

 リンクがカーミラを相手に容赦なく繰り広げた、凄惨な光景の印象が脳裏に根強く焼きついていたセイバーとヴラド三世は、ほんの一瞬抱いた躊躇いが明確な出遅れとなった。

 ファントムと同じくリンクを知らず、同じ狂気を抱いていた筈の黒騎士……ランスロットまでもがその足を止めてしまったのは、狂っていたからこそ、かえって騎士としての本能が研ぎ澄まされていたのだろうか。

 

 人類史に名と存在を刻んだ怪物であり、多くの命を奪った殺人鬼でありながらも、歴戦を経た戦士ではなかったファントムは、目の前の少年の脅威を察することが出来ないまま、命じられるがままに単独で飛びかかり……その先に、一同は見た。

 繰り出された爪を剣の腹を用いて、力ではなく技でいなし、『がら空きになった』のではなく『がら空きにした』懐へと流れるように飛び込んだ歴戦の技を。

 同年代の者と比べても小柄で、華奢な方である筈の体に一瞬で漲り、筋肉と骨を軋ませ、踏み込んだ先の石煉瓦にヒビを走らせた力強さを。

 物語の登場人物という元から希薄な存在で、戦闘に優れた逸話があった訳ではなく、決して高位ではなかったけれど。

 それでも確かにサーヴァントであった者の、エーテル体の仮初めの命が、ほんの一瞬、ほんの一撃で砕かれた光景が。

 居合わせた者達の瞳と意識に、決して忘れられないであろう鮮明さで以って刻み込まれた。

 

 

「さっきの発言、ひとつだけ訂正させてもらう」

 

 

 既に半分ほど光と化して消滅してしまっていたファントムの体を、その核を貫いた剣を、まるで血でも払うかのように振るい、残っていたエーテルの残骸を散らして。

 振り返ったリンクの、熱いようにも冷たいようにも思える瞳に見据えられながら、得体の知れない恐怖と悪寒に竦み上がりながら。

 それでも必死に、懸命に、目だけは逸らすまいと努めていた黒いジャンヌに、リンクは情けも容赦も一切無しに宣言した。

 

 

「下らない献身だの、自己犠牲だのと、まるで俺が死を覚悟しているようなことを言っていたけれど。

 生憎ながら、俺にそんな気は一切無い」

 

 

 黒いジャンヌの敵意と警戒をその身に集めた時から、この展開を考慮していた。

 襲撃を警戒しながら、ようやく合流できたジークフリートが呪いに苛まれていて、新たな戦力を得る為にはもう一人サーヴァントを探さなければならないことが判明して。

 次の妨害は流石に免れないと思い、囮作戦の実行を決意した。

 昨夜の探索で、鞘付きのそこそこ良質な剣を見つけられていなくても。

 精魂尽きて、本能が剥き出しになるまで戦うことが、サーヴァントとしての力を目覚めさせるコツだと判明していなくても。

 自分は決行を躊躇っていなかっただろうし、生きてまた、立香やマシュ達に会うことをこれっぽっちも諦めてはいなかったと断言できる。

 

 自分の決意がどうであれ、剣は多少質が良いとはいってもサーヴァント相手の連戦に耐え抜くのは厳しいし、戦いの中で何かしらの力を得られなければ、そこで終わりとなることが現実なのも重々承知している。

 わかっていながらリンクは躊躇わない、何故ならば諦めていないから。

 この状況で、あのメンバーの中で、囮の役割を果たしながら生き延びてみせることが出来るとしたら、それは自分くらいだと思っていたからだ。

 ここで負ければ命が無いだなんて、世界が終わってしまうだなんて、そんなものは。

 

 

「いつものことだ。

 それに……勝手な真似をして心配かけたことを、立香達にちゃんと謝らないといけないからな」

 

 

 多くの人々を、時代を、世界を、幾度となく救ってきた矜持と自信を、密かに胸に抱きながら。

 剣を構えて凛と立つ少年剣士に、英雄達は狂った思考で、それでも否定できない程に鮮明に、『勇者』の姿を重ねていた。

 






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