A.D.1431年 邪竜百年戦争オルレアン
救国の聖処女
「お帰り、マシュ、立香君!
お疲れさま!
初のグランドオーダーは、君達のおかげで無事遂行された!」
眩い光の渦を越える……そんな、そろそろ馴染んできたと言っても良いであろうレイシフトの感覚を経ながら、何とか無事に、カルデアへの帰還を遂げた二人と一匹。
彼らが立ち向かい、乗り越えてきた困難の全てを見守っていた者達に、拍手と歓声によって迎えられたことで、彼らはようやく『帰ってこられた』ことを認識した。
無機質な人工物ばかりで、土も緑もあまり無くて、建物の外は絶えることのない猛吹雪で、その向こうは何もかもが焼き尽くされてしまった後の世界で。
人員と設備の殆どを失いながらも、残された者達の力によって辛うじて稼働を続けているここは、文字通り人理の最後の砦で。
人が生きる環境としては、例え竜や怪物が闊歩していたとしても、フランスの方がずっと恵まれていたのだろうけれど。
それでもここが、壊滅寸前まで追い詰められた状況で懸命に抗う、仲間達が待ってくれているカルデアこそが帰る場所なのだと。
立香達は、胸に込み上げる熱いものと共に、改めて実感していた。
「ドクター、みんな、ありがとう。
マシュと、フォウも一緒に、ちゃんと帰ってきたよ」
「うん、本当によくやってくれた。
補給物資も乏しい、人員もいない。
そして実験段階のレイシフトという最悪の状況で、君達はこれ以上ない成果を出してくれた」
「……いいえ、ドクター・ロマン。
それは決して、『私達』だけで成し遂げたものではありません。
彼がいなければ……最初にあの人と出会い、その協力を得られたという望外の幸運が無ければ、今回のオーダーは果たしてどうなっていたことか」
「そうだねえ、そんな『もしも』を想像すらしたくないレベルで色々と助けられ………………」
「ドクター、どうかしましたか?」
「あ、いや………今更かもしれないんだけどさ。
リンク君って、名前だけじゃなくて本当に伝説の勇者様だったんだなあって思ったら、緊張というか興奮というか、何か色々と込み上げてきて」
「ほんっと今更だよ、今までずっと何だと思ってたわけ!?」
「頭ではちゃんとわかってたんだよ!!
ただずっと、計測とか存在証明とか、サポートするのに必死で、そのことについて落ち着いて考える余裕が無くて……ああどうしよう、本格的にドキドキしてきた!!
凄いなあ……僕たちは知らないうちに、『伝説』の続きを目の当たりにしていたんだ」
大きく息を吐きながら、感慨深げに呟かれたロマニの言葉は、居合わせていた全ての者の代弁だった。
彼の生き様や旅路はあらゆる冒険譚の原典であり、彼という存在はあらゆる英雄の祖である。
彼に憧れ、彼のようになりたいと、彼のように生きたいと志し、その果てに英雄となって世界や歴史を大きく動かした者が、果たしてどれだけいたことか。
「勇者リンクは……いや。
リンク君は、誰よりも強くて、どんな時も冷静で、頭の回転が速くて、敵と認識した相手には容赦なくて、怒らせると怖くて、すぐ単独行動に出る悪い癖があって。
勇者様ってこんな人なのかなって、想像していた通りにカッコよくて………想像していたよりも、ずっとずっと優しかった。
正しく『勇者』と呼ぶに相応しい人だったよ、これからの旅路も共にしてもらえたならどれだけ心強かったことか」
通信越しとはいえずっと見守り続けた旅路を、その中で共に笑っていた彼の姿を思い出したロマニの口元が、優しい笑みを形作る。
そんな彼へと、大変な任務を無事に成し遂げたばかりだというのに、何故か不安げな表情を浮かべたままだったマシュが恐る恐る声をかけた。
「ドクター、ひとつだけ宜しいですか」
「構わないよ、どうしたんだい?」
「自分では、どうも判断をつけ辛くて……忌憚の無い、正直な見解を所望します。
……最後の瞬間、ドクターから見て私は、リンクさんの教えを生かすことが出来ていましたか?」
「………遠慮なく、正直に言わせてもらうのならば、答えはノーだね。
努力していたことは認めるけどさ」
自身の望み通りに、彼が目にした事実を正直に口にしてくれたロマニの言葉に、マシュは力なく肩を落として項垂れた。
『辛い別れの時こそ笑顔で』……それが、道中に様々な旅の心得や知識を教えてくれたリンクの最後の言葉であり、今のマシュの心残りだった。
自信を持って言い切ったリンクと、賛同して頷くジャンヌ、二人が別れ際に見せてくれた笑顔は本当に美しかった。
自分も彼らのように笑えたらと、笑いたいと思った、その気持ちは紛れもない本物だったのに。
それが叶わなかった理由にマシュは気付いていた、ちゃんと自覚していた。
今のマシュには彼の言葉の意味がわからなかった、どうしても共感出来なかったから。
別れとは悲しいもの、寂しいもの、避けられるならば避けるべきものの筈ではないかと思いながら、内心で首を傾げずにはいられなかったから。
「いちいち悲しんだり惜しんだりするなと……あれは、そういう意味だったのでしょうか」
「……マシュ、それは違うよ。
リンク君は別れを軽んじていた訳じゃない、むしろその逆。
彼が言いたかったのは、悲しくて、寂しくて堪らないからこそ、一生懸命に笑うんだってことだと思う。
だって、悲しいのは会えて嬉しかったから、寂しいのは一緒に過ごした時間が楽しかったからこそだろう?
彼はただ、それを最後の最後まで大切にしたかったんだよ」
ロマニの言葉に後頭部を殴られたかのような衝撃を受け、唖然と目と口を開けたマシュは、次の瞬間打ちのめされた。
自分も会えて嬉しかった、共に過ごすことが出来て本当に楽しかったのに。
そんな気持ちの表し方を折角教えてくれたのに気づくことが出来ず、曲解した挙句に伝え損ねてしまったことが、今になって残念で、悔しくて堪らない。
このまま膝から崩れてしまいそうな勢いで落ち込むマシュに、慌てたロマニがフォローする言葉を思いつくよりも、ひとまずの答えを得た彼女が顔を上げることの方が早かった。
「私、まだまだわからないことばかりです。
アマデウスさんが言っていた『何かを好きになる義務』も、『別れの時にこそ笑う』というリンクさんの教えも。
私よりも遥かに多くを見て、多くを知って、経験してきた彼らが辿り着いた答えなのだからきっと正しいのだと、頭では考えられるのに。
今までに得てきたほんの僅かな経験と偏った価値観では、今はまだ、それらの言葉を受けとめきれない。
……だけど私は、今はそれでいいんじゃないかなと思うのです。
生きるということは、自分だけの答えを見つけるということなのですから」
「多くのことを見て、知って、経験しながら、『あの言葉はこういうことだったんだ』って、自分なりの答え合わせを続けた先で。
『これが自分の人生だ』と言うことが出来たなら、それはきっと素晴らしいことなのです。
………例えそれが、周りから見てどんなに憐れで、痛々しいものだったとしても。
『自分で決めたんだ』と胸を張って笑える、そんな生き方をしていきたいと思うのです」
それは、ほんの少し前にマシュの心に刻まれたばかりの、最も色鮮やかな憧れだった。
そして今のロマニには、そう言って笑うマシュの姿こそが、何よりも美しく尊い輝きに思えていた。
「…………そうだね、僕もそう思う。
いい出会い、いい経験をしてきたね、マシュ」
「はいっ!」
「フォウッ!」
「あはははっ、フォウも頑張れってさ」
「ありがとうございますフォウさん、是非とも見守っていて下さいね」
そんなやり取りを続けていたマシュ達を、立香やダ・ヴィンチ、スタッフ一同の声が呼ぶ。
計測したデータの分析やら何やらと山積みの事後処理を取りあえず横に置いて、取って置きの保存食を解禁して、オーダー達成祝いに精一杯のご馳走を用意してくれているというエミヤの下に皆で向かおうとした……今はただ喜び合おうとした一同の耳に、浮かれ気分を一瞬で吹き飛ばす耳障りな警告音が鳴り響いた。
一瞬で仕事モードを取り戻し、手近なモニターに張り付いて状況確認をし始めた一同の目に、とある異常事態の発生を示す情報が飛び込んでくる。
「そんなまさか、召喚用のサークルが勝手に動き出してる!?」
「何かを呼ぼうとしている……いや、何かが来ようとしているのかな、これは」
カルデアの最重要施設の一角である、サーヴァントの召喚施設。
ここ数日、誰も触るどころか近づいてすらいない筈のその魔法陣が、独りでに稼働を始めたという異常事態に、多くの者が息を呑んだ。
重要施設に何らかの不具合が生じたか、未だ全容を掴み切れていない敵がそこを介して侵攻しようとしているのか。
様々な悪い予想を脳裏に巡らせ、対応策を必死に考える一同の中にただ一人、全く別の可能性に辿り着いた者がいた。
「…………まさか」
「あっ、センパイ!?」
「待って立香君、この状況でどこに行くんだ!!」
マシュやロマニの止める声が聞こえていない筈がないのに、その意味が理解できない訳でもない筈なのに。
それらを振り切って駆け出した立香に続いて、ある者は彼を止めようと、ある者は彼にそんな突飛な行動を取らせた『何か』を見届けようとその背を追う。
問題なく利用できる、もしくは復旧に成功した区画が未だ少なく、本来の全容とは比べられない程に細やかなものとなってしまっているカルデア施設内を確かな目的地を見据えて走った立香は、程なくその場所へと辿り着いた。
肩で息をする立香の目に映るのは、素人魔術師である自分ですら肌に来るものを感じ取れてしまうほどの、膨大な魔力を湛えながら輝く魔方陣。
『危ない』『近づいては駄目』などと彼の身を案じる声が、後ろから幾つも聞こえてきたのだけれど、立香は構うことなく手を伸ばした。
恐ろしくはなかった、不安もなかった、何故なら既に知っていたから。
邪竜の炎から人々を守り抜いた、その美しい黄金の輝きを。
「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公……」
少し恥ずかしく思うと同時に、それ以上に厨二心を擽られながらマスターの嗜みとして覚えた、それでも所々うろ覚えな召喚の呪文を必死に思い出しながら、一句一句慎重に唱えていった。
伸ばした手に刻まれた令呪の魔力と呼応し、詠唱が進むにつれて本格的に回り出した魔方陣の輝きは、既に直視が叶わないほどのものになっている。
それでも負けじと、懸命に詠唱を続けた立香の口が、ついに最後の一節までを紡ぎ切った。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
「ああ、やっと道が繋がった。
ありがとな立香、お前の方からも手を伸ばしてくれて助かったよ。
…………何だその顔は。
まさか本気で、俺との付き合いがあれっきりだなんて思ってたんじゃないだろうな」
「少し前にちゃんと言っただろ?
『本格的に仲間入りさせてもらう、意地でもついていく』って。
そのつもりでいたのが本当に俺だけだったとしたら、流石に酷いと思うんだけど。
……でもまあ、こうしてちゃんと合流出来たんだから、それに関してはもういいか。
折角だし、きちんと名乗りを上げさせてもらおう」
「俺はリンク、ハイラルの勇者リンクだ。
本当なら、俺の力が必要になるような事態なんて……世界の危機なんて、起こらないのが一番良かったんだけど。
現実としてこんなことになって、それでも諦められなかった人達の願いが届き、応えた以上は見過ごせるものか。
例えハイラルが遠い過去の遺物となっていようとも、俺の為すべきことは変わらない。
今一度、世界を救ってみせよう」
「立香、マシュ、これからもよろしくな」
スクリーン越しではなく、すぐ目の前に勇者リンクが存在しているという事実を処理しきれず、呆然と立ち尽くすカルデア一同。
そんな彼らの目に、渾身のタックルという形で表れた立香とマシュの感激を、不意打ちもあって受けとめきれずに頭から盛大に転倒して、伝説の勇者が召喚早々に目を回すという色々な意味で衝撃的な展開と映像が飛び込むことになるのは、もう間もなくのこと。
多少締まらなくはあったけれど、それでもこれが紛れもなく。
人類最後のマスターと、最強の矛と盾として彼を助けたサーヴァント達の……世界の命運を負った三人の少年少女達の、本格的な人理修復の旅路の始まりだった。
キャンペーン期間中の育成にも力を入れたい中で、それでも夏イベ開始前に区切りをつけたいという気持ちから、何とか仕上げました。
第一特異点修復完了です、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
夏イベ期間中はそちらに集中させていただいて、途中カルデアにおける日常の小話を幾つか書いて、その後で第二特異点に突入するつもりです。
先はまだまだ果て無いですが、何とか頑張って続けていきます。
これからも、彼らの旅路を応援して下さい。
連載の初期からとある点について気をつけていて、コメントでもその旨を心配されたことがあります。
サーヴァントを始めとする本編の登場キャラをリンク(オリ主)の踏み台にするのではないか、リンクを相対的に格好よく見せるために敢えて扱いを悪くするのではないか、『さすがは伝説の勇者だ俺達には逆立ちしても敵わねえぜ!』みたいなスタンスにさせやしないか、ということです。
私自身が、オリ主の為に原作キャラが踏み台になる展開が凄く駄目なので、展開の都合上『扱いが悪い』と思われることはあったとしても、あくまで彼らの魅力と活躍を、偉大な英雄達なのだということを描けるように、心を配ってきました。
そういうつもりで書いているのだということは、今までの展開で示すことが出来ていたと思います。
これから出会うことになる多くの英雄達の活躍を書けるのが、今から楽しみです。
前もって綿密にプロットを立てるのではなく、執筆と同時進行で展開を考える、ぶっちゃけ行き当たりばったりなノリで物語を構成しているので、いざ書いてみれば自分でも驚きの展開になっていることが多くて面白いです。
例えば終盤の流れに関してなのですが、シャドウ・サーヴァントを回転斬りで一掃した辺りでは、ジャンヌ・オルタを助ける流れは一切考えていませんでした。
そこから終わりまでの展開を思いついたのも、その回の投稿を終えた後の話です。
『終わり方どうしようかな、オルタとジルの始末をどんな形でつけようかな』……と思いながら、玉座の間の扉をぶち破らせてました。
流れのまま、思いつくまま、リンク達が動くままに文章を綴った結果、自分でも本当に驚くほどいい結末を紡ぐことが出来て、やはり執筆は面白いと改めて実感したものです。
今後の展開に関してもこんな感じになると思うので、今後どんな感じで物語が進んでいくのかは、現時点では全く何も言えません。
使ってみたいネタは所々とあるのですが、物語の流れに乗った結果、上手く嵌らなくなってお蔵入りになる可能性は大いにありますし。
こんな行き当たりばったりな作品ではありますが、趣味に合うようでしたら、これからも楽しんでいただければと思います。
ちなみにこの世界におけるサブカルチャーに関しては、Fate関連のシリーズ以外は普通にあるんじゃないかな、と思っていただけていいと思います。
任天堂が社の総力を挙げて作り上げた、『ゼルダの伝説』のシリーズなんかも存在しているかも?
少し前に『活動報告』で書いたインド兄弟のネタ、結構好評で良かったので、本格的に『この世界観における彼ら』ということで採用したいと思います。
加筆修正した上で、後日マテリアルの一環としてきちんと投稿したいです。
アンケートに投票して下さった方、目を通して下さった方、コメントを下さった方、本当にありがとうございました。
ゼル伝の影響を受けたサーヴァント達のネタは、他にも少しずつですが考えています。
きちんと詰めた上で、いつか本編に反映させてみたいですね。
……ちょっとだけ考えているのは、『弱い自分』『悪い自分』を受け入れて共生することこそが真の『勇気』であり、人間の在るべき姿なのではないかと考えて、自分の中にそういう要素が見当たらない=自分は人間として歪かつ異様なのではないかと悩んだ挙句に悪性を具現化させる薬に手を出し、自身の悪を司る人格との歩み寄りを向こう側にドン引きされながらもめげずに志す密かな狂人ジキルとか。