No Answer 作:報酬全額前払い
今の内に笑っときなよ。すぐに笑えなくなるから
西暦2061年
古くは1905年から発見されていたコーラップスと呼ばれる謎の物質や、10年前まで繰り広げられていた第三次世界大戦によって、地球の大部分に深刻な汚染が発生して久しい現在。
かつては75億人も居たとされる人類は今や大きくその数を減らし、核物質やコーラップスの汚染が比較的少ない"生存可能地域"と呼ばれる場所に、寄り集まるようにして辛うじて生きていた。
「こっちだ、急げ!連中を制圧しろ!」
戦争によって建造物の大半は焼き払われ、物資を生産する工場も多くが失われた。大部分の大地が汚染された事で得られる食料に限りが生じ、人々の大半は、大戦以前とは比べ物にならないくらい細々とした生活を営んでいる。
一日に一食が普通で、二食食べられれば御の字というような、そんな世界だ。
しかし、この荒れ果てた劣悪な環境でも人間の醜いサガは覆る事はなく、その数少ない生存可能地域や少ない食料などを巡っての争いは絶えることが無かった。
今日も何処かで争いの銃声が鳴り響いており、この廃工場でもまた、その銃声が断続的に響いている。
「クソッ、人間モドキのクセに!」
…………が、此処で繰り広げられている争いは、食料などを巡る小競り合いというような雰囲気ではなかった。
用いられている銃火器の数も、鳴り響く銃声も、小競り合いと比べて非常に多い。しかも鳴り始めてから一時間が経過しているというのに、収まるどころか、むしろ大きくなってさえいた。
そんな銃声を作り出す一端を担っている男達は、必死に銃を握る力を強くして攻撃を続けていた。その表情には、皆一様に大なり小なり怯えが浮かんでいる。
「何をしている!相手はたかが人形一体だぞ!!」
彼らの視線の先に居たのは──およそ戦場に似つかわしくない成人女性。その手に無骨な銃を持ってさえいなければ歓楽街に居ても違和感の無いファッションで、そこにいた。
姿だけを見れば男達が怯える要素は何処にもない筈だが、彼女が何なのかを知っている男達からすれば、彼女は死神のような存在だった。
そんな彼女は物陰に隠れて放たれる銃弾をやり過ごしながら手持ちの銃のリロードを行い、そして、うんざりしたようにボヤく。
「狩っても狩っても湧いてくる。まったく、何処にこれだけ隠れていたのかしら」
「くそっ、ボリスはどうした!あいつ、まさか別の場所を警備してて見逃したのか?!」
銃声の合間から、そんな愚痴にも似た言葉が聞こえてくる。漏れ聞こえたその言葉に彼女は何を思ったか、二丁持っていた銃のうちの一丁を男達の方に向けて放り投げた。
ちょうど彼らの足元で止まるように加減されて投げられた銃は、彼女がやって来た方角を担当していた、ボリスが持っていた物だった。
「貴様ぁぁぁぁ!!」
彼とボリスは旧知の仲だっただけに、ボリスが殺されたという事実に酷く激昂した。
その怒りの声は大気を震わせ、隠れている物に凄まじい弾幕が叩きつけられる程であったが、その怒気を向けられている彼女は余裕のある表情を崩さない。この程度の怒気と殺意なら受けなれている。
だが、このまま物陰に拘束され続けるのは宜しくなかった。作戦の進行に遅れが出てしまうからだ。
(やりすぎたかしら)
もう少しマイルドにやるべきだったか。と思ったが、それは後の祭り。流石にこの弾幕の中では動くこともままならない。
本当は頼りたくなかったが、仕方ないか。と彼女は通信回線を起動させた。
「あーあー。聞こえる?」
《はい。Super SASS、聞こえてます!》
回線を繋げたのは、恐らくこの場所を見晴らせる位置に陣取っているであろう狙撃手のSASSだ。
「SASS。手が空いていたら、ちょっと狙ってくれるかしら?」
《あ、はい大丈夫ですよ。今ちょうど手が空いたところなんです。それで目標は、なんか凄い怒ってるレジスタンスの人達……ですよね?》
「そうなんだけど……SASS、物事は正確に表現するべきね」
《はい?》
回線の向こうで激昂している彼に照準を定めたSASSは、その姿勢のまま疑問符を浮かべた。ブリーフィングの情報では、彼らはレジスタンスと名乗っている筈だが……。
「あれはレジスタンスなどではないわ。ただのテロリストよ」
《テロリスト……》
「そう、テロリスト。我々が築き上げた秩序を破壊しようとする、れっきとしたテロリストよ」
そう言った彼女のすぐ横を銃弾が貫通した。隠れていた障害物に限界が来たようだ。
「とにかく、撃って」
《了解。撃ちます!》
その言葉が終わらない内に、激昂していた彼の頭が撃ち抜かれた事を鋭い聴覚が伝えてきた。
彼らは唐突な狙撃に動揺したが、それも一瞬。即座に狙撃手の方向を割り出して、狙撃されないように物陰に隠れながら、しかし隠れている彼女に向けて威嚇射撃を繰り返して拠点にしている廃工場の内部に撤退しようとした。
それなりに場数を踏んできたのだろう。その動きは見事なものだが、一瞬があれば行動を起こすのは容易い事だ。
動揺して攻撃が止まった一瞬、彼女はそのまま表情を変えずに殺傷榴弾をセット。身を乗り出して一番効率的に被害を与えられる場所に向け、迷う事なくそれを撃ち込んだ。
自分に破片などが当たらないように再び物陰に隠れた直後に榴弾が弾け、数秒もしないうちに声が途切れる。
警戒しながら身を軽く出せば、そこには人だったものが一面に広がっていた。
「ありがと。助かったわ」
《いえいえ。それでFALさん?実は私、手持ちの飴玉を切らしてしまっているんですよ》
「……はいはい、分かったわよ。いつものイチゴ味で良いわよね?」
《やった!話が分かる上司を持てて、私は幸せ者ですね!》
「良く言うわよ、まったく……」
遠慮のないSASSのタカりに、FALは苦い顔をした。本当は頼りたくなかったというのは、こうして小さい物を援護の対価として要求してくるからだ。
もちろん、作戦の範囲内であれば何も要求されないのだが。こうして軽い不手際を対処する手伝いをさせると、当然のように対価を要求してくるのである。
《それでFALさん。もう一発どうです?》
「要らないわよ、今度はなに要求されるか分かったもんじゃないし。自分の仕事に戻りなさい」
《了解です。では、お気をつけて》
「はいはい。さて……」
通信を終えたFALは、廃工場の二階から自分を狙っている存在に気付いていた。
気配を隠すように努力はしているが、あまりにもお粗末過ぎる。
「それで隠れたつもりなんでしょうけど」
持ってきていたククリナイフを抜き放つと、それをそのまま二階の狙撃手に向けて思いっきりぶん投げた。
「バレバレよ、可哀想なくらい」
投擲、命中。
その華奢な見た目からは想像できない豪速で放たれたククリナイフは、彼女が思い描いた通りに狙撃手の頭に血の華を咲かせた。
ククリナイフが突き刺さり、絶命した狙撃手が割れた窓の奥に消えていく。それを見届けてから、未だ銃声が止まぬ廃工場の内部に入っていった。
廃工場の内部には夥しい量の血と弾丸の空薬莢が床に散らばり、血肉に混じった脳髄が壁を彩る。
気の弱い者が見れば、それだけで嘔吐が止まらなくなりそうな凄惨な光景を前にしても、FALはまるでショッピングに来たかのような軽い足取りで進んで行った。
「こっちは終わったわ。そっちは?」
再び通信回線を開くと、今度はSASSではない別の人形が応答した。
《作戦進行は順調です。こちらも予定通りに終えられるかと思います》
「その割には大変そうだけれど。援護は必要かしら?」
《いえ、結構です。この程度であれば大変のうちには入りませんから》
銃声と怒号が通信の向こうから聞こえる。別方向から攻め込んだ部隊の一体であるM38は、進行は順調だと答えた。音だけを聞いていると問題ありそうだが、現場が平気と言うならそうなのだろう。
「そう。まあ油断はしないようにね」
《分かっていますよ。FALさんのように、物で不手際を片付けれるとは限りませんからね》
「言うようになったわね。昔はもう少し可愛げがあったのに」
《そうでしょうか?私はずっと、このままですが》
「じゃあ私の思い違いね。……切るわよ」
生き残りを探して歩きながら通信を終えたくらいのタイミングで、彼女の鼻に何か有機物が燃えるような不愉快な臭いがつく。
それだけで先で何が起こっているのかを理解して、彼女はゲンナリしたように肩を落とした。
少し進めば、予想通り何かが燃える様を見下ろして嗤っている仲間の姿がある。
その燃えている何かは、炎から逃れようとするかのように悶え、動いていた。
「テーマパークに来たみたいだよ。テンション上がるねぇ〜」
「人が燃える様を見た感想がそれだなんてね。分かっていた事だけれど、あなた相当悪趣味よ。スコーピオン」
「ん?おー、FALじゃん。そっちはもう終わったの?」
呆れを隠さずにそう告げると、スコーピオンはFALに向けて軽く手を振った。その笑顔は先程まで見えた嗤いではなく、極々普通の少女の笑いだった。
「ええ。後は向こうの方だけ」
「ふーん。じゃあ、もう少しここに居てもいい?もう私の出番なんて無いでしょ」
「構わないけれど……そんなに良いものなのかしら、これ」
「綺麗でしょ?私たちとは違って、一個しかない命が薪みたいに燃えていく様子って。
命の煌めきって、きっとこういう事を言うんだよ」
他のスコーピオンはどうだか知らないが、少なくともこのスコーピオンは戦場でも有名な人間虐待嗜好者である。
特に好きだと彼女が語るのは、武装を解除して命乞いをする人間に笑顔で焼夷手榴弾を投げる事、なんだとか。
あまりにぶっ飛んだ嗜好にFALは理解が追いつかないが、これでも基地では随一の実力者。真正面からの戦いであればFALを上回る猛者である。
「ねえ、どう思う?」
「よく分からないからノーコメント。火遊びの後始末だけはキッチリしなさいよ」
「はいはーい」
ここに居た人間は遅かれ早かれ始末されるのだから、その行為について異論は唱えない。
ただ少しだけ、スコーピオンに捕まった人間達は哀れだなとは思う。
人間キャンプファイヤーをアトラクションと称して楽しむスコーピオンに背を向けて廃工場の奥に向かいながら、
「指揮官、10から03地区までは制圧完了。しかし、ドブネズミの姿は見当たらないわ」
《じゃあ01かねぇ……》
今度聞こえたのは男性の声。FALから指揮官と呼ばれた彼は、面倒だという感情を声に乗せてそう答えた。
《手間を取らせやがって。弾薬だってロハじゃねーってのに》
「頭が痛い?」
《多少。……まさかとは思うが、実は何処かで一般兵に紛れて殺してるとか、そういうオチは無いか?》
「願望が滲み出てるわよ。ちなみに答えはNO。もし殺せてるなら、誰か得意げにしながら指揮官にMVP特権でボーナス申請してると思わない?」
《それもそうだ》
FALはターゲットを見つけたら真っ先に報告するし、他の誰かもそうするだろう。
それが無いという事は、つまりそういう事だった。
《なら仕方ないか。お前達は気にせず引き続きドンパチやってくれ。弾薬残量をコントロールするのは俺の仕事だしな》
「了解。マシンガン組にもそう伝えておくわね」
《あ、悪い。やっぱり少し自重して──》
「切るわ」
指揮官との通信を終わらせて、遠くから聞こえる銃声に耳をすませる。
マシンガン組に伝えるつもりは無い。さっきのは、いわば一種のジョークのようなものだ。
《02地区、制圧完了しました。ドブネズミの姿は見当たりません》
「そう、ありがと。
──各員に通達。ネズミは部屋の隅に逃げ込んだ。通常通り、一等賞を引き当てれば指揮官からボーナスも出るわ。しかも、今回は規模が規模だから大型よ。
私とスコーピオンは行かないから、欲しいのなら頑張りなさい」
おおー!と通信の向こうで盛り上がるメンバーに、現金な奴らね。と思わず笑いが漏れる。
「ただ、無用な被害は避けること。我々グリフィンは企業なのだから、対価に見合う成果でなければ意味は無いわ。
ケチな給料からボディの交換費用を天引きされたくないのなら、ある程度は慎重に動く事ね」
そう告げたのを合図に、遠くから聞こえる銃声が一層激しくなった。ここから先は、誰が一等賞を引き当てるかのタイムアタックだ。
「さて、どれくらいで終わるかしら」
次第に無くなりゆく自国の権益を守る為に2045年から勃発した第三次世界大戦は、6年もの歳月をかけて、参加した全ての国が等しく消耗しただけに終わった。
この大戦は序盤から各国が核兵器を大盤振る舞いし、その結果頻発したEMPによってコンピュータに依存する空軍・海軍が早々に無力化され、最終的には銃火器を用いた白兵戦へとシフトしていった。
そしてその大戦の中で、次第に人間に代わって白兵戦を行うモノ達が現れるようになる。
それが、人間が減っていくにつれて深刻になっていった労働力不足を補うために生み出された"自律人形"と呼ばれる、人間そっくりの外見を持ったロボットであった。
この自律人形の技術は、当初こそ人間の代わりの労働力として使われていたが、戦争が始まると当然のように軍事目的に転用され、やがて戦闘にのみ特化した"戦術人形"と呼ばれるサブカテゴリが生まれるに至る。
それは死ねば終わりの人間とは違い、例え壊れても代用が効いて、しかも均一で安定した戦力を約束した。
そんな魅力的な存在を軍が見逃すはずがなく、戦場の主役が人間から人形へと移り変わるのに、そう時間は必要なかった。
人そっくりに作られているが決して人ではない彼女達は使い勝手の良さから量産され続け、今では世界総人口より人形の方が多いのではないかと囁かれるほどだ。
《──みーつけた!撃っちゃえ!》
《ステンずるーい!》
《え、嘘!どこどこ!?》
ステンMK-Ⅱの報告を受けて、通信回線が騒がしくなった。滅多にない大型ボーナスのチャンスだからか、探す人形たちも自然と捜索に熱が入っていたらしい。
《やった、仕留めた!》
《うわー!折角の大型ボーナスがぁぁーー!!》
《ステンー。明日なんか奢ってー》
《いや、まだよ。もしかしたらステンが見間違えてる可能性も……!》
《私たち戦術人形に見間違いなんて無いの分かってるでしょー》
ステンMK-Ⅱが見つけてから程なくして討ち取ったという報告が齎され、通信は阿鼻叫喚に包まれた。
「よくやったわステン。じゃあいつも通り、出来れば死体を丸ごと、無理なら首だけでも持って帰ってきて。一応照合するから。
他のみんなは不貞腐れないで掃討に移って。まだ幹部級の首が残ってるでしょ」
《そうだった!まだワンチャンある!》
《あ、さっき一人仕留めました》
《なんですって?!》
《おのれ狙撃手!》
一等賞はステンMK-Ⅱが引き当てた。しかし、まだ二等賞の景品は幾つか残っている。
FALの号令でそれに気付かされたボーナスを狙う面々は、素早くレジスタンス残党への追撃に移行した。
そして、それから10分と掛からずにレジスタンスは幹部級を含めた殆どが殺され、組織としての体は成さなくなったのだった。
彼らは、この近辺で勢力を拡大させているレジスタンスである。否、レジスタンスであった。
今なお量産され続ける人形によって職業を奪われた者達が集まり、人形と、その製造元であるI.O.P.社。そして人形を使って甘い汁を吸っているグリフィンを打倒するという目標を掲げていたのだが、結果はご覧の有様だ。
「指揮官、報告は聞いた?」
「ああ。今回はステンだってな」
夜の帳が降りきったS03地区の行政区画を執務室の窓から見下ろしながら、指揮官は執務室に入ってきた副官の質問に返事をした。
音もなく回転している赤色灯が街灯の代わりとなっている此処では、今この瞬間も多くの人形が夜間警備に勤しんでいる。
「これで他のレジスタンス達も諦めてくれると良いんだが……」
「そんなに物分かりが良かったら、私達に反逆なんてしないわよ」
「違いない」
持てる物資に限りがあるレジスタンスが、大企業であり大きな地区を幾つも有するグリフィンに刃向かっても勝算はない。使える弾薬も、持ち出せる戦力も、圧倒的な差があるのだから。
それを分かっているだろうに、それでもなお活動を止めないのだから、相当物分かりが悪いのか、あるいは遠まわしな自殺なのか。
どちらにせよ言えるのは、今回の鎮圧は他のレジスタンスの活動を一時的に抑制する事は出来ても、根本的な解決には至らないという事だ。
「だが今回の奴ら、規模がやけに大きかったらしいな」
「そうね。所属している人間の数も、銃火器も、ただのレジスタンスが揃えるのは難しい量だと聞いたわ。誰かが背後に付いていなければ、ほぼ不可能なくらいにね」
「ふむ……」
思い当たる可能性は……正直、いくらでもある。彼が指揮官として仕事をしている民間軍事会社G&K、通称グリフィンは様々な場所から恨みを買っているからだ。
「ネゲヴ」
「うん?」
「明日から暫く、パトロールの人員を増員して警戒に当たらせろ。もし不審な人影が見つかった場合には、現場の判断で射殺しても構わない」
「了解よ。人員の選定はどうする?」
「現場の判断に任せる。あいつなら上手くやるだろ」
副官として側に立つ、白を基調に青いラインの入った制服とピンク髪が特徴の人形、ネゲヴはその言葉に頷いた。
「伝えてくるわ。あいつ、まだ元気に動いてるみたいだから」
「そうしてくれ」
執務室の扉を開けて出て行こうとしたネゲヴは、しかし、そうだ。と言ってその足を止めた。
「レジスタンス掃討も終わったんだし、あなたは早く寝なさいよ。あなたが倒れたら私達はマトモに動けなくなるんだから」
「人間が居なけりゃロクに動けないっていうのは、戦術人形唯一にして最大の欠陥だよな……分かってる、もう寝るさ」
「よろしい。じゃあおやすみ」
「ああ、おやすみ」
今度こそ完全に閉められた扉の前から、足音が少しずつ遠ざかっていく。
それを聞きながら指揮官はソファに寝っ転がり、質の悪い泥のような睡眠を貪るために、その目を閉じた。
明日もまた、放射能を含んだ雨らしい。