No Answer 作:報酬全額前払い
やっほー……ペルシカよ。
早速で悪いけど、用件を伝えるわ。16Labまで来て。
え?…………そういえば、そっちに行くとか言ってたわね。
あれは嘘よ。
というのは冗談で、状況が変わったの。とにかく、こっちに来なさい。Vendettaを持ってきてね。
言うまでもないけど、手土産は忘れないこと。ケーキ買ってきて。ショートケーキね。
「…………」
強化ガラスを貼られ、中が見えるケースに手を置いた。
無機質なガラスの表面を撫でながら、ケースに入れられている物の輪郭をなぞっていく。
薄暗い体育館を改造したガレージに居るのは彼女のみ。もう夜も遅く、この時間に此処を訪れる者は滅多にいない。
「……はぁ」
なぞっていた指が止まり、思わず溜息が出た。何度やっても届かないのは分かっているが、指先から熱が伝わって、おもむろに強化ガラスが割れたりしないだろうかと淡くもない期待を抱いている。
「指先から熱線とかマシンガンとか出ないかしら……」
「何をどうしたら、そんな言葉が出てくるんだよ」
呟きに対して上の方から声がした。ネゲヴが顔を向けると、指揮官が階段を使って降りてくるところだった。
「やっぱりここにいたか」
「……ペルシカとの通信は終わったの?」
「ああ。明日から少し16Labに行く事になった」
「また唐突ねぇ……少しはこっちの都合ってものも考えて欲しいわ」
「それが出来たら、あいつは今ごろ真人間になってると思うぞ」
まあ、何だかんだ言って行くんだけども。このようにペルシカが直接呼び寄せるなんて滅多にない事であり、しかも全て重要案件だった。
ならば、今回も重要案件なのだろう。そんな信頼がある。
嫌な信頼だし出来るなら行きたくないが、行かなければ不利益を被る可能性があるとなれば、行かないという選択肢は選べなかった。
「荷物作らなきゃね」
「遠いからなぁ……16Lab」
一日で行って戻ってくる、という訳にはいかない遠さだ。なので何日か掛かる出張という事になってしまう。
遠出してまで仕事をすると考えると気が重くなるが、指揮官からしてみれば、珍しくS03から出られる機会だった。
仕事をしなければならない事を差し引いても、太陽の下を歩ける。それだけで悪い気はしないのだろう。少しだけ声に張りがある。
「部屋に戻りましょ。さっさと荷物作って、明日に備えて寝なきゃね」
「今夜は寝かせてくれるのか」
「……寝かせないって言ったらどうする?」
「抵抗するけど、人形の力で押し倒されたら抵抗なんて無意味なんだよなぁ……」
そういう設定でプレイをした時にガチで抵抗して分かった事だった。
やろうと思えば、三体に勝てるわけないでしょ!とか出来るのがダミーネットワークの利点の一つと言えなくもない。
ちなみに、全く無関係かつどうでもいい話だが、このダミーネットワークを悪用した風俗店は大体が高級店である。
「まあ、流石にやらないわよ。明日ペルシカに、どんな無茶ぶりされるか分からないっていうのに、あなたの体力を削るような真似はできない」
「ありがとさん……じゃあ59式、そういう事だから留守はよろしく」
「あいあーい。でも指揮官、ちょくちょく通信を入れて人形達に釘を刺してくれないと、暴走しそうなのが数体いるからね?」
「分かってる分かってる。出来る限り定期連絡は入れるし、最悪G41に噛み殺させるから」
階段を上って、モニタールームで特攻兵器わん太郎の設計図を引いている59式にそう言いながら、部屋を出た。
扉が閉まる寸前にネゲヴが見たモニターには、厳重に封印処理されたVendettaの姿が映っていた。
「……あれ、軍に返すのかしら」
「さてな。一応まだ軍の預かりみたいだし、戻るんじゃないか?まあ返したところで、また倉庫の肥やしになってる様子が目に見えるけどな」
誰も使えないから死蔵していて、それを持ち出されたのだから、返したところでまた仕舞われるのがオチだろう。
ならこっちに使わせろと言いたい。このまま眠らせているよりは、こっちで使った方が遥かに有意義に使えるだろうから。
「使いたいか」
「当たり前よ。そうじゃなきゃ、ここまで未練がましくしないわ」
恐らく軍は技術の流出を危惧しているのだろう。自分たちが使用しているオーバーテクノロジーが民間に流出する事を恐れているのだ。
だが、グリフィンの技術力では複製はおろかロクに解析すら出来ないし、仮に他のPMCに奪われたとしても同様だ。
しかも実体ブレードである。レーザーライフルとかならまだしも、もう時代遅れのブレードくらい許してくれないだろうか。
「……まあ、今はペルシカの手土産の事を考えようぜ。あの馬鹿、ショートケーキなんて要求してきやがった」
「あんっの馬鹿はまた……生クリームに見たてたハンドクリームたっぷりのケーキもどきでも食わせてやろうかしら」
クッキーならまだしも、ケーキなんて贅沢品を他人のために用意してやるだけの余裕など無い。むしろ寄越せと言いたいくらいだった。
「……コンビニの菓子パンでいいか」
「それにしましょ。I.O.P.社の本部にもコンビニはあるし、そこで買えばいいわ」
そんな事を言いながら指揮官とネゲヴは寝室へと帰っていく。夜勤の人形とすれ違い、敬礼されながら戻っていく姿は、長いこと連れ添った夫婦のそれだった。
16LabがI.O.P.のお抱え技術屋集団であるから当然なのだが、16LabはI.O.P.本社の内部にある。
なので16Labに向かうという事は、必然的にI.O.P.の本社に向かうということだ。
翌日、久しぶりに太陽光線を浴びて微妙にテンションが上がった指揮官は、見慣れた筈のI.O.P.本社の大きさと広さに感嘆の息を吐いた。
市場をほぼ独占しているI.O.P.社の本社だけあって、流石にセキュリティは万全だ。
警備に当たっている人形たちもエリート中のエリート達であり、異変がないか常に目を光らせながら動き回っている。
風の噂だが、これらの人形たちは製造社特権で能力を高くされていて、グリフィンが使うような民生用の人形よりも性能が高いらしい。
そんな本社はアポイントメントが無ければ手続きに凄まじく時間を取られ、有ったとしても手荷物の一つに至るまで隅々チェックを受けなければ中に入る事は許されない。
自爆テロ対策に何重にも用意された検問所やゲートを通過し、やっと丸腰で本社の自動ドアの前に立った時には、すでに日が傾いていた。
「んーっ、やっと着いたな。手荷物扱いされた気分はどうだ?」
「毎度の事だけど慣れないわ。ベルトコンベアの速度が遅すぎてイライラするし。あれもう少し早くてもいいじゃない」
向こうに見える人形用のゲートでチェックを受けているM14を横目に見ながら、ネゲヴはぶつくさと言った。昔の空港でも使われていたらしい探知機が気に食わないようだった。
ネゲヴの首にぶら下がった16Labのロゴが刻印されたパスケースに入っている身分証明書には、しっかり"区分:手荷物"と書かれている。
ちなみにスカートの内側に装備していた装弾数一発の使い捨てパイルバンカーは一時的に没収された。
なので僅かに太ももに違和感を感じながらも、一先ずはコンビニに寄ってペルシカ用の菓子パンを買うことにした。
本社にあるだけあって、やはり大きいコンビニに着いて真っ先にネゲヴの目に入ったのは、P7が言っていた人形用のタバコの広告である。
「うわっ、本当に人形用のタバコ広告が貼ってある」
「トンプソンがモデルか。これ以上ないくらいの適任だな」
両者ともに嫌煙家であるからタバコの良さなど微塵も分からないが、貼られた広告のトンプソンは純粋にカッコイイと思った。映画のワンシーンを切り取ったかのようだ。
ちなみにキャッチコピーは『
「よく見たらタバコを持ってる人形の数が多いわね」
「人形だってストレス溜まるんだろ。あるいは、金の使い道が無いから取り敢えず吸ってるだけかもな」
ストレス発散のツールとして、タバコは既に人形達の間では広く受け入れられていた。
以前にも述べたが、人形が吸っても人間と違って悪影響を及ぼす箇所が殆どないし、それもボディの交換でチャラに出来るというデメリットの少なさが人気の理由の一つにあるだろう。
やりたい事は無いけど金の使い道も無いから取り敢えず吸う、が出来るのは人間に無い利点だ。
そしてもう一つは、単純な値段の安さだ。
血と涙の品種改良を重ねた結果、汚染地域の方がすくすく育つという意味不明な怪植物と化した植物のタバコから作られる紙巻きタバコは、様々な要因が重なって非常に安い。
具体的に値段で表すなら、かつては500円くらいした20本入りのタイプが200円で買える。買えてしまう。
ここまで安いとアルコールを飲むよりタバコを二箱吸った方が安いまである、喫煙者が感涙にむせぶレベルの天国である。
もちろん安いのには理由があり、一つは自律人形を採用した事による人件費のカット。二つ目は汚染地域という格安かつ広大な土地を使用した大規模栽培。そして、商品になるギリギリのところまで品質を落とした生産。
企業努力と呼ぶべきこれらの要因が重なり、このような状況が出来ているのだった。
「ストレスねぇ……確かにあるかも」
ネゲヴが目線を向けた喫煙スペースには、多くの種類の人形が詰めかけていた。それだけでも、人形達の間にタバコがどれほど浸透しているか分かることだろう。
アルコールを嗜む人形も多いが、水がそれなり以上に貴重な事も相まって昔ほど安くは売られていない。
アルコールを日常的に嗜めるほど給料を貰っていないが、しかしストレスは発散したい安月給の人形を中心にタバコは人気なのだった。
もちろん、その安さの恩恵は高月給の人形や人間も受けることが出来る。
「だけど、見た目が幼い人形が吸ってる光景は何やら凄い犯罪臭がするよな」
目つきが悪いベレッタM9が慣れた手つきでタバコをスパスパ吸ってるのをチラッと見て、指揮官は言った。
「P7なんか凄いわよ。見た目が修道女だから特に」
そんな事を言いながらネゲヴは自分用のパンを手に取り、続いて飲み物を選びに向かう。
「指揮官は何飲む?」
「水……はいいや。せっかく安いんだし、他のにするか」
輸送費その他諸々がS03と比べて桁違いに低いからだろう。飲料水一つとってみてもI.O.P.本社のコンビニの方が圧倒的に安い。
なので普段は手に取るのを躊躇う炭酸飲料やら、擬似果汁を使用したジュースやらを飲もうかと考え直す。
「お前は?」
「ソーダ。指揮官は?」
「俺は……コジマ・コーラかな」
……一応補足しておくが、コジマ・コーラとは会社の創業者がコジマという人物だった事から名付けられている。
昔は、とある薬物の名前を冠していたらしいが、大戦の際に一度失われてしまった味を懐かしんだコジマさんが人生を擲って復活させた事から、その功績を讃えて名が改められたのだとか。
会計を終えた後、今度こそ目的地へと向かう。
奥へ奥へと進むにつれて身分証明書の提示を求められる回数が多くなり、その度に16Labのロゴからペルシカの客である事に気付かれて敬礼され、手荷物という区分に疑問を持った目で見られながら進んだ最奥部。
16Labは、そこにあった。
「来たわよ」
「……普通、ノックくらいしない?」
ノックもなしに、いきなり開けたネゲヴに至極真っ当な正論をぶつけながらペルシカは手にしたカップを傾けた。
「まあいいわ。ケーキは?」
「はいパンケーキ」
コンビニの袋から投げられたのは、菓子パンコーナーに並んでいたパンケーキであった。
それを受け取ったペルシカは微妙な表情を見せながらも「まあ、これはこれでいいか」と言って袋を開ける。
「早速で悪いんだが、俺たちを呼んだ理由は何だ?あと部屋はいつもの場所でいいんだな?」
「部屋はいつものでいいわ。で、呼んだ理由はコレよ」
ペルシカがパンケーキ片手に提示したのは、極秘という赤い印が押された書類である。
荷物を一旦床において、それを受け取った指揮官が内容につらつらと目を通し、そして感情が消えた真顔を上げた。
「やれと?」
「じゃなきゃ来ないでしょ。やりなさい」
そう言われ、溜息と共に無言でネゲヴに書類を渡した。それを内容を読み進めるにつれて、彼女の顔からも表情が消えていく。
「I.O.P.社にまだ残ってるの?ライバル企業の人形でしょ?」
「一番の売れ筋だったからこそ残してるの方が正しいわね。あれを詳しく分析すれば、奪われたシェアを奪い返せると思って研究してたみたいだから。
ちなみに暴走の心配はないわ。私がプログラムを書き換えたから」
なーるほど。と納得したように声を出し、ソーダを一息で飲み干してから扉に向かって歩きだした。
「あれは運び込んであるのよね」
「ええ。追加装備と一緒に纏めてあるから、いつもの場所に行きなさい」
「分かった。じゃあレン、いつも通りオペレートはお願いね」
「最善を尽くすよ」
指揮官──本名レンが頷いたのと同時に、扉が閉められた。遠ざかる足音を聞きながら、コジマ・コーラを口に含む。
炭酸が持つシュワシュワを喉で感じながら、彼は暫く椅子から立ち上がろうとはしなかった。
──グリフィン本部にはI.O.P.社への提出用に年一回作られている、各地区の人形配備状況を示した正式な書類がある。
各地区の指揮官から、指揮官を統率する上司へ。その上司から更に上へと上がっていき、最終的には社長の手元に辿り着く書類の数は膨大だ。データに変換しても凄まじい。
全ての地区の人形の名前やLink数が載っているのだから当然だが、そのせいで書類を受け取るI.O.P.側は一読もしない。
杜撰な体制だと言われてしまいそうだが、誰も見ていないのであれば手を抜きたくなるのが人間の性である。
そんな有様だから、とある地区の書類が抜き取られていたり改竄されていたとしても、誰も気付かない。
そして、社長が自ら抜き取っているS03地区の書類には、実はネゲヴという名前は記載されていない。
記載忘れではない。改竄前の書類上では指揮官は副官を置いていない事になっているし、S03にネゲヴは配備されていない事になっている。
それではマズイからと社長自らの手で改竄されて書類にはネゲヴと記されているものの、やはり重要な書類にはネゲヴという名は出てこない。
それは明らかな異常だが、S03から提出される作戦報告書などは社長の手に直接届き、そして闇に葬られるようになっているから、誰もその異常には気付かないのだった。
であるので、グリフィンのデータベースからS03の事を詳しく漁ろうとしても実は見つからない。
当たり障りの無いパーソナルファイルやら地区の地域データなどは探せば出るが、それだって見つけるのに苦労するくらい下に埋まってしまっている。
本腰を入れて探そうと思ってもまるで見つからない、その徹底した情報の秘匿が彼の黒い噂に繋がっている。
社内報でも過去に何度か教官として取り上げられ、その存在が多くの指揮官や人形に知られている彼女は、公式記録上では存在していないのだという事実。それは限られた者しか知らないことだった。
主人公というのは、大なり小なりイレギュラーなものですよね。
例えば特殊な目を埋め込まれていたり、死にかけても誰かが助けに来てくれて一命を取り留める悪運を持っていたり、そもそも存在しない筈の特異個体だったり。
常人と違うから主人公になれるのか、それとも主人公だから常人と違うのか。
そんな鶏と卵のような問題は置いておくとして、この作品で主人公を張ってる彼と彼女も少しばかりイレギュラーな要素が入っています。
つまり何が言いたいかというと、設定開示という名の厨二病発露のお時間だオラァ!
どうせ次の話で分かることですが、今のところ言えるのは3点。『彼女は人間ではありません』『彼女はI.O.P.社製の人形です』『彼は真人間です』。
そんな次の話はテンバイヤーの悲劇です。I.O.P.社のガチギレと換言してもいい。
皆さんは好意で頂いた品を売り払うのは止めましょうね。後で話題に出されて凄く困る事になりますから。