No Answer 作:報酬全額前払い
ここでこういう事を言うのもアレなんですが、この作品って終わりを何も決めてないんですよ。
なのでネタ切れした時が終わりな感じです。俺達の戦いはこれからだ!って奴ですね。
平和だった日常が、突然崩れた。
全ての住民が唐突に、そして理不尽に戦場に放り投げられた。
突然聞こえた爆発音と地響きによって、ここが襲撃を受けたのだと気付いた住民達は混乱した。
鉄血には侵攻されない地域だったし、PMCの統治の上手さもあって一度も襲われた事がなかったのだ。
争いを身近に感じさせなかったその手腕は褒められるべきなのだろうが、ここでそれが悪い方に働いた。
もし激戦区であったり、日常的に過激な団体が襲ってくる場所であったなら、住民も自然と鍛えられて慌てずに逃げ出す事が出来たのだろうが……。
「こっちだ、急げ!」
そんな住民の中の、とある一家族もまた、慌てふためきながら逃げ出していた。
流石に時代が時代であるから、災害時の非常用袋というものは一般に普及しているので、それを持ち出して歩道を走っていく。
「車を使わなくてよかった……これじゃ何時になっても逃げられない」
車道は上りと下りで2本ずつの合計4本あるが、その全てが車で埋め尽くされていた。
上りも下りも関係なく、全ての車が同じ方向に進もうとして、つっかえている。
鳴り響き続けるクラクションと飛び交う怒号は、この世の終わりのようであった。
「母さん……僕たち、どうなるの?」
「それは分からないけど、でも大丈夫。どこでだってやっていけるよ。私も父さんも、第三次世界大戦を生き延びたんだから」
母親の後ろをついて行きながら、その少年は不安そうな目を母親に向けた。今まで体験した事の無い異常事態は、比較的平和な此処で育った彼の心に強い恐怖を与えていたのだ。
そんな少年の恐怖を和らげるように、そして内心の恐怖を悟られないようにしながら母親は強気に笑った。
「…………ダメだ。こっちは詰まってて出られそうにない」
この街から出るための大きな道は三つある。一つは北に、一つは南東に、そして最後は西に。それぞれ伸びていた。
今いるのは北側だが、前には大勢の人が詰まっているので、どうやらこっちは使えそうにない。どうするか……と考えたのも一瞬、引き返す事を決断した。
「よし、引き返そう」
「このままじゃ、何時まで経っても出られそうにないものね……」
車と車の間を縫うように進んで抜け駆けしようとした男が、後ろから来たバイクに轢かれてバイクの運転手共々見えなくなった。
そんな光景に背を向けて、来た道を引き返すように西の出口を目指して進もうとした時に、それは届いた。
運の悪い事に、北側の出口近くには、I.O.P.社が転売施設と認定している商業ビルがあったのだ。
夜の闇に紛れて飛んできたグレネード弾頭がビルそのものに着弾し、そして爆ぜた。
耳をつんざく轟音の直後に、母親に抱きしめられたと感じたところで、少年の意識は途切れた。
さて、Vendettaをハンガーに引っ掛け、NKZWを持って街の外れにやって来た彼女は、路地裏に入ると勢いよく跳び上がった。
単純な脚力だけで商業ビルの3階相当まで浮き上がった彼女は、さながら赤い帽子の配管工のようにビルの壁を蹴って更に上へと上がり、足蹴にした商業ビルに隣接する4階建ての商業ビルの屋上に着地。
そのまま屋上を跳び移りながら、ほぼ間違いなくもぬけの殻になっているであろうPMCの本部目掛けて進んでいく。
《逃げ惑ってるな》
《いきなりテロられたらこうなるわよ》
そうしながら下を見れば、至る所で混乱が生じているのが見て取れた。何が起こったのか分からず右往左往している市民たちの表情は、皆一様に怯えに満ちていた。
可哀想だとは思うが、特に悪いとは思わない。
《本部へは堂々と正面から入ろう。罠があっても、罠ごと噛み砕くまでだ》
やがて見えたPMCの本部は、やはり人の気配が殆ど見られなかった。一階部分から本部内に侵入し、生き残りが居ないかを探す。
《どうだ?》
「……なにも」
どんな些細な物音を聞き逃さないと喧伝されていた、民生機の三倍以上の性能を誇る聴力を持ってしても呼吸音や心臓の鼓動が探知できないという事は、此処には居ないのだろうか。
念のために一階から最上階である四階までの各部屋をダッシュで通り過ぎながら確かめてみたが、何も見つからない。
しかし床に散らばった真新しい何かの書類や、横向きに倒れたダンボールから中の弾薬がポロポロこぼれ出ているのを見ると、どうやら生き残りが出ていってから時間は経過していないようだ。
《ふぅん、生き残りは集まって逃げ出したか。逃げ足が早いのね》
「後を追うわ」
《こういう施設は裏口に非常用口が用意されてる。そっちから逃げた可能性が高いから、裏口から出よう》
しかし、こういう一つしかない扉には大抵の場合、爆弾だったりクレイモアだったりといった罠が仕掛けてあるものだ。
なので、壁を切り開いて出ていくことにした。
適当な場所をVendettaで四角く切り取り、それを蹴り飛ばして道路の向こう側へと吹き飛ばしながら、扉とは全く違う出口を作って出る。
《……やっぱVendetta便利だな》
《いや待って。さらっとやってるけど、それブレードでやる事じゃないわよ。Vendettaを何だと思ってるの?》
「万能包丁」
《武器ですらないのね……》
核シェルターすら一本で解体出来る代物である。これ一つあれば
まあまあ大きいから専用のハンガーが無いと持ち運びが少し不便なのと、切れ味が良すぎて事故った時は大惨事になる点を除けば便利なアイテムである。
《さてさて……》
きょろきょろと周囲を見渡す彼女のセンサーに反応したのは一体のみ。その一体はバレていないとでも思っているのか、ゆっくりと彼女の頭に狙いを定めている。
《他には何もないか。よし、そいつだけ始末しろ》
レーザーライフルが向けられた事で、ようやく気付かれていた事に気づいたらしい。慌てたように引き金を引き、そこから弾丸が放たれた。
だが、遅い。
特徴的な発射音と共に右手のライフルからレーザーが発射され、放たれた実弾を打ち消しながら銃ごと腕を貫く。
そのままただのジャンプで窓枠に足を乗せ、するりと室内に入り込むと、そこには焦げ臭い臭いを放ち右腕が消し飛ばされたSV-98が倒れていた。
もう自分が獲物に成り下がった事を自覚しているだろうに、その目は絶望ではなく強い怒りの光を湛えている。
「ネゲヴ……お前なのね!この街を、みんなを滅茶苦茶にしたのは……!」
遠くに見える炎上した街を見て、SV-98の目には更に憎しみが篭る。しかし、並の人形や人間なら怯みそうなその目線を受け止めても、表情筋はピクリとも動かなかった。
「みんな、ただ平穏に暮らしたいだけなのに。なのに、どうしてこんな事をしたの!私達は何もしてないのに……」
「…………」
何もしていない訳がないだろう。この平穏が、どれほどの犠牲の上で成り立っていたと思っているのか。
彼女は何も答えず、左手のVendettaを振り下ろした。
ろくな抵抗もせずに切り裂かれて絶命したSV-98を彼は呆れ気味に見ながらも、ここに一体だけ取り残されていた理由を考えてみると、数秒と掛からずに考えが浮かび上がった。
《ダミーが一体も無いって事は囮なのか?》
《そうなんじゃない。現実を知らない感じだったし、出来たてホヤホヤだったのかもね》
……遠くから車のクラクションの大合唱が聞こえてくる。唐突に戦場になったこの街から、我先にと逃げ出そうとしているのだ。
しかし、行く宛も無いだろうに何処へ逃げるというのだろうか。
それを聞いていると、彼は不意に思いついたという感じで、ペルシカに話しかけた。
《……なあ、逃げる一般市民の中に紛れてるとかって無いか?》
《無くはないわね。やる?》
《ああ。念には念を入れよう》
そう言った直後、再びグレネードが爆発した。ペルシカの直接操作で動かされた自律人形が砲撃を始めたのだ。
《せいぜい恨めよ……さて、次は転売施設の方だ。まあまあ離れてるけど、お前の足なら5分も掛からない》
「やる事は同じよね」
《そうだな。生きてる奴を殺して、更には人形も始末…………待て。
おいペルシカ、もし転売予定の人形を見つけた時って、どうするとか指定されてたか?》
《特には何も。なんで?》
ずずーっと何か液体を啜る音と共に、ペルシカは聞いた。屋根の上を跳び移りながら進む彼女が聞いた彼の声は、何か良い事を思いついた時の色を宿していた。
《大したことじゃない。良いものがあったら貰おうかなと、そんな感じだ》
《残ってたらいいわね》
残っていないだろう。と言外に告げながら、ペルシカは飲み干した筈のカップの底に残った溶けきらない粉末の塊を苦々しく見つめた。
ペルシカにしては珍しい表情である。どうやらインスタントのコーヒーを淹れるのは苦手なようだ。
《こういう時、どうしてるの?》
《素直にお湯足す》
《……それしか無いわよね、やっぱり》
先の爆撃によってビルは倒壊していた。転売所と思われる施設の前には十字の交差点があったものの、今となっては見る影もない。
彼女は、そんな交差点に向かう、爆発の余波で吹き飛ばされたらしく横転していたり、上下がひっくり返っていたりする車が点在する大通りを進んでいた。
まっすぐと、逃げも隠れもしない堂々たる行軍は、当然のように敵スナイパーの目にも入っている。
「やばっ……!?」
しかしそのスナイパーは、まっすぐ進む彼女と目が合ったと思った瞬間に、そこから逃げ出した。
ダミーを含めた三体が離脱した直後に、NKZWから放たれたレーザーがそこを正確に撃ち抜く。
「ごめん、失敗した」
「いえ、敵の認識範囲をリサーチできたと思えば上出来ですわよ」
彼女が進めていた足を止める。すると、彼女の行く先を塞ぐようにして人形達が次々と現れた。
「ふん、誰かと思えばイスラエルのか。タボール、貴女の同郷ね」
「わたくしの知っているネゲヴは、あんな野蛮な装備をしない筈なのですけれど……別人ではなくて?」
G36とTAR-21は、ダミーを含めた五つの銃口を向けた。
「でも、あれは確かにネゲヴですわ」
「どうでもいいわ。どの道、殺す事に変わりはないんだもの」
G36CとUziは四つの銃口を向けていて、右の建物内からはモシン・ナガンが三体、左からは二体のモシン・ナガンが、それぞれ狙ってきている。
正面から来る人形の数は合計で23体。
普通であれば数の暴力で打ちのめされてしまう圧倒的な差だが、その程度の数では彼女は止められない。
《どこから切り崩す?》
《正直どこでもいいけど、こういう時は数を減らすのがセオリーだよな》
つまりは、一番弱い奴から。Link数は戦闘経験の蓄積によって増えていく物だから、それが一番少ないSMGのどちらかから始末するのが良いだろう。
「Uzi」
「…………なによ」
声を掛けられたUziは、警戒感を露わにして言葉を返した。しかし彼女は、その警戒など意にも留めずに告げる。
「まずは、あんたからよ」
狙うと宣言したのはブラフか、それとも警戒されても始末できるという余裕の表れか。
どちらにせよ、挑発の類いである事を理解したUziは顔を真っ赤にした。
「舐めるな!」
怒りに任せて引き金を引く。それが契機となって、モシン・ナガンを除く18体の人形が一つの狙いを目掛けて発砲した。
彼女という点ではなく、その周辺にもばら撒く面を狙った射撃は、例え何処に動こうとそれなりの手傷を負わせられる筈の攻撃だった。
しかしその弾丸は、一発すら彼女に掠りもしない。
一回右に跳んだだけで、さも当然のように扇形に広げた攻撃範囲から抜け出されたのだ。
「なんてこと……!?」
戦術人形の予測は的確で、それが外れる事は滅多にない。機械なのだから演算に間違いがほぼ起こらないのは当然だが、だからこそ、予想外に対する対処は遅くなる。演算外の何かが起こると少しも疑わないのだ。
そんな想定外に出くわした時の対処の遅さは、人間の指示が無ければ解消できない戦術人形の欠陥と言えた。
「なっ!?あれ本当に戦術人形なの?!」
ワンアクションだけで攻撃を避けられたという予想もしなかった事実が、電脳に僅かなエラーを生じさせる。そのエラーに惑わされ、銃口を向け直すのが一瞬遅れた。
「レーザーが来る……!避けて!!」
NKZWが動いた事を見たモシン・ナガンが叫び、その発射を一秒でも遅らせようと弾を放つ。
だが、それが届く前にレーザーは発射された。
放たれたレーザーは、先ほどのSV-98の時のようにライフル弾をかき消し、Uziのダミーを一体貫いたたけでは消えず、その後ろのTAR-21のダミーも貫いていった。
上半身の九割が消え、腕が二本と首の一本だけが綺麗に残ったダミーを見て、Uziの背筋に冷たいものが走る。
「レーザーライフル……?!待って、なんでそんな物を持ってるのよ!光学兵器は軍しか持てない決まりになってる筈でしょ!?」
「それだけではありませんわ。わたくしたちのような民生機は、あんな高出力の光学兵器が扱えないように、ジェネレーターの出力も制限されているはず……!」
「ルールは破るもの。とは言うけれど……少なくとも、まともな相手ではなさそうね」
しかも、それを乱射してくる。見たところエネルギーカートリッジを付けていないようなので、どうやらネゲヴの見た目をした人形自身のジェネレーターからエネルギーを供給して発射しているようだ。
「私たちの攻撃も消されて通らない……!」
「このままじゃジリ貧ね。まあ指揮官を逃がすのが私たちの主目的だから、それで良いと言えば良いけど……」
目を伏せて、苦しそうな表情で「……頼む」と言い残した指揮官の姿が蘇る。
敬愛する彼を逃がすためにも、ここで何としても時間を稼がなければならない。
《あー、やっぱりコレも囮か》
その会話は、NKZWを乱射している彼女の耳に届いていた。その可能性はあると予想していたが、やはりそうだったらしい。
《隙を見て突撃。Vendettaの射程距離に入れば、後は流れ作業だ》
「簡単に言うわね」
《出来るだろ?お前なら》
無邪気なまでの信頼が、鉄血人形が複数やられた事で解放されつつある感情に火を灯す。
その瞬間。今まで棒読み、かつ無表情だった彼女の顔に普段の笑みが戻った。
「……当然よ。私を誰だと思ってるわけ?」
無機質な殺戮機械から、機械仕掛けの女へ。いつもの見慣れたネゲヴに戻ったのが分かった指揮官は、普段の声色で命令を下した。
《終わらせるぞ。行けネゲヴ》
「了解。帰ったら祝杯でもあげましょ、ペルシカの奢りでね」
《えっなんでよ》
ぐっと前へ跳び出すために膝を曲げて力を溜めるという、露骨すぎる予備動作を見たモシン・ナガンが警告する。
「何かしてくるわ、気を抜かないで!」
「無駄よ」
気をつけていようがいまいが、どうせ目で追う事は出来ないのだから。
溜めた力を解き放ち、前方に二歩。
ただそれだけなのに、Uzi本体の鳩尾にネゲヴの膝が突き刺さった。
「かはっ……!」
「Uzi!」
「人の心配してる余裕があるの?」
吹き飛ばされたUziに追撃のNKZWを撃ち込みながら、次に狙いを定めたのはG36C。
猛禽のような鋭い光を湛えた目に睨まれたG36Cは、見られた恐怖に駆られるまま引き金を引こうとした。
しかし、その引き金が引かれる事は無かった。
引き金を引くより前にダミーを袈裟斬りで斬られた。
稼働限界を超えたダメージを一撃で与えられたボディが機能を停止し、更に逆手持ちで切り返したVendettaがもう一体斬る。
そしてトドメとばかりに本体の顔に突きつけられたNKZWの銃口に、G36Cは目を見開いた。
一瞬で二体のダミーを完全破壊された事実もそうだが、銃口を突きつけられるまでの動きが全く見えなかったのだ。
「消えろ」
「G36C!」
姉であるG36の悲痛な叫びは、この場ではあまりにも無力だった。
目の前で
本体が撃破された事でG36Cのダミーも機能を停止し、Uziも本体にNKZWが直撃して完全破壊されたためにダミーが動かない。
たった10秒程度で前衛が壊滅したという事実に薄ら寒いものを感じながら、G36とTAR-21は、目の前のネゲヴの外見をした化け物に恐れていた。
「……タボール、見えた?」
「……いいえ。何も」
これは戦ってはいけないレベルの危険物だ。どちらも言葉にしないが、そんな事を感じていた。
どれほど時間を稼げるかと二体は考えていたが、ネゲヴとしてはさっさと逃げ出した指揮官とやらを追撃したい。
時間稼ぎが目的の部隊を、まともに相手をする気も無いネゲヴは自分の指揮官に言った。
「指揮官、指定した座標に支援砲撃を」
《ん。ペルシカ頼んだ》
《はいはい。巻き込まれないでよ》
民間人への攻撃を終えて待機していた自律人形の持つグレネードランチャーが再び火を噴いた。
《すぐに離脱しろ。爆発に巻き込まれると、お前でもタダじゃ済まない》
「車を盾にしたら……防げないわよね。一時離脱するわ」
そろそろ銃身に篭った熱が大変な事になりそうなNKZWをハンガーに引っ掛け、両手にVendettaを持つ何時ものスタイルになりながら爆風の影響が少ない距離まで離脱する。
その後ろ姿に、G36とTAR-21は疑いの目を向けた。
「退いていく……?」
「どういう──っ!!空から何か降ってくるわ!」
ライフル人形の持つ目の良さで、何処かから飛来する何かを確認したモシン・ナガンが叫び、それを聞いた二体は咄嗟に廃車の陰に隠れる。
モシン・ナガンも建物の奥に逃げようとしたが、それより早くグレネードが着弾。一帯を破壊する爆発は、廃車の盾など何の意味もなさなかった。
《G36とTAR-21だったか。5Linkって事は相当な手練れだったんだろうが、流石にコレは経験してなかったか》
《経験してる民生機がいたら教えて欲しいくらいよ。……どう、生き残りは?》
「建物の中に一体だけ、動く奴がいる。生き残りはそいつだけね」
コードと一緒に飛び出た眼球パーツや、瓦礫が直撃して歪みきった胴体フレームなど。産業廃棄物と化した元人形には見向きもせず、中の鉄筋などが剥き出しになった建物の二階に跳び入った。
「…………ここまでね」
咄嗟にダミーを前に出して爆発ダメージを軽減した事が功を奏してか、まだ息がある。しかし両目が破壊され、もう戦闘は出来そうもなかった。
目は見えないものの、足音だけで敵だと分かったらしいモシン・ナガンは、諦めの息を吐く。
「いつか……こうなるとは分かっていたけど……」
怒りでもなく、悲しみでもなく、来るべき時が来た、という感じの諦めだった。
「指揮官…………どうか……」
そこに落ちていたからという理由で拾った銃の方のモシン・ナガンを向け、そのまま眉間に撃ち込んだ。
その残骸を放置して進み、ビルが倒壊し面影しか残らない交差点へと辿り着いたネゲヴは、目線を施設へと向ける。
《戦力とか、ここにいた人間とか、残ってると思うか?》
《残ってないんじゃない。私だったら戦力をかき集めて、すぐに逃げ出す》
また電気ポットからお湯を注いで粉末を溶かしながら、ペルシカは画面に目を向けた。人形部隊と交戦中の鉄血人形の三分の一が倒されたところだった。
「一応、念のために探してみるわ」
《そうしてくれ》
あまり悠長にはしていられないからパッと見る程度だが、一応確認するために、I.O.P.が転売施設と認定していたビルの跡地に足を踏み入れる。
《これは……》
まるで布団のように、くの字に折れ曲がって瓦礫に引っ掛かる人間がいた。白い制服を己の血で紅く染め上げた女性がいた。
老若男女を問わない生命が、此処で消えていた。
「分かってはいた事だけど、人間って度し難いわね。利益のためなら何人死のうがお構い無しか」
注射器らしき物を踏んづけ、ネゲヴはそこに立つ。燃料として燃えている数多の紙には、一枚一枚個別の名前や症状が記録されていた。
名も知らぬ誰かの手が伸びている。助けを求めるように天に向けられた手は、誰にも掴まれる事はなかった。
《おっ、本命が警戒網に掛かった。南東から離脱しようとしてるわ》
《……だとさ。急げ、逃げられたら大目玉じゃ済まないぞ》
「南東ね。分かった、すぐ向かう」
ここには、もう用はない。普段通りなペルシカの声に導かれるまま、南東へと急いだ。
そうして移動している最中、ペルシカは聞いた。
《無差別破壊は嫌い?》
《嫌いではないさ。そんな綺麗事が戦争に通用するかよ》
《分かってるようで何より。そう、これは戦争よ。規模が小さいだけで、やってる事は何も変わらないわ。
負ければ何もかも失うの。あの人達も、私達もね》
だから殺す。勝者であり続けるために。そして、負けて全てを奪われないように。
《幸い本命の移動速度は遅い。足止めするから、その間にこっちに先回りして》
「そっちで殺しちゃってもいいのよ」
《相手の口から理由とか聞かないと、作戦報告書を書く時に困るでしょ》
ペルシカの言葉に、この後に待つやりたくない仕事を思い出して嫌そうにしながら転売施設から飛び出していった。
「…………大丈夫なのか?」
街の出口の路地裏に隠れている装甲車の中で、社長はそう呟いた。
まるで道を塞ぐようにして現れた鉄血のライフル部隊に対して、生き残った人形達が応戦している最中である。
指揮官も兼ねている社長も出来れば指示を出したいが、ドローンすら飛ばせない今は何も出来ない。
矢面に立つ事も考えたが、それは人形達に止められた。むざむざ死にに来ることは無いと。
「我々を追っているのなら、あの大通りを通る可能性が一番高いです。
それに、彼女達は社長が信頼する精鋭部隊じゃないですか。社長が信じなきゃ、誰も信じられませんよ」
助手席に座る技術者の一人はそう言った。社長が不安そうにしながらも頷くと、コンコンと装甲車の扉が控えめにノックされ、M14が顔を覗かせる。
「指揮官」
「問題が発生したか?」
「いえ、そうではないんですが……鉄血が撤退しはじめましたから、どうしようかと」
「撤退だと?」
聞けば、こちらと少し戦闘をした後に撤退していったという。
明らかに何か意図を持った行動だろうが、それが分からない。
「どうしますか?」
「…………警戒しながら前進しよう。まだ追手が来ないとも限らない」
だが此処で止まるという手は取れなかった。残してきた彼女達が仕損じているとは思いたくないが、万一が無いとは言えない。
そうして警戒しながら進んでいると、バックミラーに何かが写った。
最初は粒のようにしか見えなかったそれは、あっという間に近寄ってくる。
「あれは……追手か!?くそっ、加速しろ!急げ!!」
運転手が、ぐっとアクセルを踏んで加速する。しかし、その頃には既に追いつかれていた。
ガァン!と鈍い音がしたかと思うと、前方に勢い良くつんのめる形で装甲車がひっくり返った。
「くっ……」
幸い社長に大きな怪我は無かった。逆さまになった装甲車から這い出てきた社長が見たのは、一体の人形だった。
社長も資料で見た事はあるネゲヴだ。しかし、ネゲヴはマシンガンを持っていた筈だが……。
なぜブレードを持っているのかは分からないが、一つだけ確信している事がある。
「貴様達はI.O.P.の連中だな」
「…………」
「ふん、なるほど。我々がI.O.P.の支配から抜け出そうとしたから、始末しに来たという訳か」
「…………」
ネゲヴは何も答えない。しかし、その沈黙こそが答え。
「そんなに平和が嫌いか……!貴様達は!」
それは、紛れもない悲哀の言葉だった。魂から絞り出すような声だった。
しかし、それを聞いたペルシカは心底軽蔑したかのように吐き捨てる。
《……戦争屋風情が偉そうに。選んで生かすのが、そんなに上等かしらね》
「俺は貴様達を許しはしない。勝手な都合で殺された市民のためにも、お前の首を取って必ず生き延びる!」
もしこれが勧善懲悪ものの物語であったなら、ここで彼女は覚醒した社長達の人形部隊によって打ち倒されるのだろう。
しかし、ここは現実だ。ここに生きる者達にとって、目の前に広がる光景は紛れもない真実。
だからこそ分かっていた。想いの力など、この場では何の役にも立たない。単純な数字の大きさが勝負を決めるのだと。
更には、向こうは大量のJaegerを後方に配置している。仮に彼女を倒せたとしても、その後の一斉射撃には耐えられそうになかった。
だが、許す事はできない。掴み取った束の間の平和を壊した侵略者達は、絶対に。
「……遺言は、それでいいわね?」
それが合図となったネゲヴやJaegerに襲われ、5分と掛からずに全滅することになる。
《虚しいものね。力無き者の、夢の跡なんて》
全てが終わった後、ペルシカは物憂げに言った。言っていた事は気に入らなくても、儚く散っていく様を見るとセンチメンタルな気持ちを抱くらしい。
《終わったか。外周部の人形部隊はどうなってる?》
《まだ残ってる。増援に向かう?》
「私は構わないわ。待ってるのも退屈だし、全滅させなきゃ帰れないでしょ」
《じゃあ頼んだ。さっさと終わらせよう》
裏で頑張っていた鉄血人形は、その数を半分にまで減らしている。使い捨てる事が前提だから構わないが、次の出撃に使い回す為にもこれ以上の被害は出したくない。
ネゲヴに最短ルートを伝えながら、指揮官は疲れたような目をモニターに向けていた。
──全ての部隊が撤退し、動くものが殆ど居なくなった街だった場所。
少年は、そこで目を覚ました。
「………………とう、さん?かあさん?」
声をかけても返事はない。
息苦しくなった少年が母親の下から抜け出すと、そこで漸く少年は、自分が血に塗れている事に気がついた。
考えるより先に身体が動いたのだろう。母親は飛んできた瓦礫を、少年の代わりに一身に受けて絶命していた。
その横で父親が死んでいる。その顔は苦悶に満ちていた。
「父さん……!母さん……!」
彼だけが生き残ったのは、果たして幸運だったのか。それとも不幸だったのか。
その答えは、誰にも分からない。
茫然自失に見上げた空。満月は素知らぬ顔で、破壊された街の跡地を照らしていた。
新着メールが届いています。
FROM:I.O.P.社
TITLE:お疲れ様でした
実働部隊のお仕事、お疲れ様でした。今回も鮮やかな御手並みですね。
この騒動のお陰か、我が社への戦術人形の注文数は僅かながら上昇しました。そのお礼という訳ではないですが、我が社の新作商品を提供させて頂きます。
今回の商品は、近日中に16Labから発表される新兵器"戦術妖精システム"です。
こちらの新兵器は優秀な戦績を修める皆さんに優先して供給する事になっておりますが、あなたには極秘に開発された試作妖精を秘密裏にお渡しします。
開発コードはSCAVENGER。最初期に作られた人型の妖精を搭載していないタイプです。
他の妖精とは異なり人の言葉を話せないのでコミュニケーションは難しいですが、戦闘能力に重きを置いているので、使いこなせれば心強い味方になってくれるでしょう。