No Answer 作:報酬全額前払い
酒は百薬の長っていうし、今夜は飲み明かしましょ
心の病には一時的にしか効かないけどね
ぐいっと傾けられたグラスが、トン、と軽い音を立ててカウンターの上に置かれる。
出されてから僅か10秒。凄まじい飲みっぷりであった。
「初っ端からハイペースね。酔い潰れる気満々じゃない」
琥珀色の液体が入った自分のグラスを傾けながら、Five-sevenは横に座るFALに言った。
昼間はカフェをやっている場所は、夜になるとバーに様変わりする。昼間のカフェとは違い、昨今のアルコール飲料の高騰を受けて、それなりの給料を貰っている人形しか使えないような場所に必然的になっていた。
ちなみに店員は夜勤の誰かだ。スプリングフィールドは昼間のカフェしか担当していない。
カロウシという言葉は、人形にも適応されるのだ。
「うっさいわね……もう一杯」
「うわぁ、これ本当に酔い潰れる奴ね。嫌な事でもあったのかしら」
自分を潰すような飲み方にFive-sevenはそう呟きながら、ゆったりとグラスを傾けた。
「……それで、なんで飲みに誘ったのか、そろそろ話してくれないかしら?」
「飲むのに理由が必要?」
Five-sevenは誘われた側で、FALは誘った側だ。尤も「暇してるなら来なさい」という一言だけを誘うと言っていいのかは分からないが。
「言う気は無いってこと?」
「…………」
「まあいいわ。聞かないでおいてあげる」
聞かないでも何となく分かるくらい付き合いは長い。言葉で確認する一手間が取れなくなっても、その動きから察することは出来た。
「でも一言だけ言わせて。ここは禁煙よ」
「……分かってるわよ」
右ポケットから出そうとしたタバコの箱を、FALはそっと仕舞った。
Five-sevenから右ポケットは見えない筈なのに、そのちょっとした動きで見破られたのか。あるいは、テーブルの上に出したライターから察されたのか。
……恐らくは後者であろう。
「タバコなんて何がいいのかしら」
「手軽に吸える、ストレスを発散できる、あと安い。
逆に聞くけど、何か悪いところある?」
「煙が臭い、しかも臭いは服に染みつく、安いとはいっても毎日吸うと馬鹿にならない」
三本の指を立てて聞かれたので、三体の指を立ててそう答えた。
FALは肩をすくめると、何事も無かったかのようにぐいっと琥珀色の液体を呷った。
「……ふう」
雨は相も変わらず降り続いている。そろそろ雨雲だって、雨を降らせるという仕事を休んでもいい頃合だろうに。
「そういえば、昔は雨なんて全く見なかったわね」
「急にどうしたの?昔話をし始めるのは年老いた証っていうけど、自分が老いてるのをとうとう自覚したわけ?」
からかうようなFive-sevenの言い方をFALはガン無視して、半分ほどあったアルコールを二回で飲みきった。そしてFive-sevenに顔を向けて言う。
「うっさい中古品」
「言うに事欠いて中古品呼ばわりなんて、ビッチの言うことは違うわね」
「ビッチはそっちでしょ。今まで何人に股開いたのよ」
「聞きたい?」
「……いや、いい。アンタの経験人数なんて聞いても、なんの得にもなりはしないわ」
グラスに再び注がれるのを見ながら、FALは首を横に振った。何が悲しくて、同僚のビッチ自慢を聞かなければならないのだ。
「なら、得になる話をしましょ」
「詐欺とかはお断りよ」
「まだ何も言ってないし、なんで真っ先に詐欺が出るのよ」
「やってそうじゃない。結婚詐欺とか」
良くは分からないが、何やら凄い喧嘩の売り方だった。悪女と言いたいのだろうか。
これにはFive-sevenも度肝を抜かれる。
「一度、アンタの中のアタシについて話し合う必要がありそうね……って、そうじゃなくて。仕事よ、仕事」
「仕事ぉ?でも指揮官は居ないじゃない。それともアレ?また教会が薬の密輸するの手伝えって?」
「そっちじゃないわよ。通信を使って、指揮官から伝達されたの。中々高額の報酬も出るわ」
FALは目線だけで先を促す。
「今度、新しい補給路を開拓するでしょ?
「それは知ってるわよ。やっと認可されたって、みんな喜んでたもの。これでアルコールも少しは安くなるわね」
「真っ先に気にするのがそれなのね……私たちに任されたのは、それに乗じた新しい繋がりの開拓。言ってしまえばコネ作りね」
S03は他との繋がりが極端に薄い。といっても、他との繋がりが薄いのは此処だけではない。
元より指揮官なんてのは自分以外の地区の連中が全員競争相手のようなものだから、派閥に所属していなければ他との関わりは殆どないのが普通であるからだ。
まあS03の場合は、放射能を含んだ雨が降り注ぐ上に、辺鄙な窓際の地区である。権力闘争において何の役にも立たない指揮官とコネを作りたい物好きなんて誰もいないというのが大きな理由だろう。
聞けば、S03地区が作られてから着任した指揮官は全て、どこの派閥にも所属
こういう者は、軒並みグリフィンで幅を利かせている大きな派閥に圧力をかけられ、屈しなければ立地の都合で輸入に頼っている水というライフラインを絞められ殺されていた。
今の彼は16Lab及びI.O.P.社との直接的な繋がりがある事と、クルーガー社長への直通回線を何故か保有している事から、そういった露骨な圧力とは無縁で居られているが、だからといって胡座をかいている訳にはいかない。
そろそろ外の世界へと羽ばたかなければならない時が来たのだ。
それが実るかは別として、種を撒く努力はしておかなければ何も生み出せない。
たとえ雑草しか生えてこなかったとしても、成果は成果なのだから。
「それ、ネゲヴみたいな有名人形がやる仕事だと思うんだけど。要は売り込みでしょ」
「はぁー……これだからオツムの弱い奴は。
いい?売り込みにも手順ってものがあるの。いきなり大将が出ていっても、向こうだって困惑するだけよ。こういうのは下から上に上げるのが基本。
大体、それは安全かどうか分からない相手のテリトリーに指揮官を向かわせるって事よ。なんで初手から、そんな危ない橋を渡らなきゃいけないのよ」
以前、指揮官が統治する地区というのは実質的に一つの小国であるという話をしたが、それはこういう地区と地区の交流にも言うことが出来る。
事前に人間の事務員同士だったり、あるいは副官どうしだったりでスケジュールの調整などを行い、こういう感じで動こうというのを決めて初めて実現するのだ。
指揮官同士が顔を合わせるだけでも、その裏では多くの労力が使われているのである。
先ほどのFALの言葉を言い換えれば、一国の大統領夫妻が国交の無い上に安全も保証されていない他の国にいきなりアポ無しで出向く、というものになる。
行くわけがないだろう。
「今回は軽い挨拶回り。取り敢えず色々と回って、感触の良さそうな所は後日改めてって感じ」
「ふーん」
そういった事にFALは疎いから、その辺の話は十中八九Five-sevenの担当になるだろう。
今のFALが気にしているのは、行く先々に喫煙所があるのか。そして缶のアルコール飲料やタバコは此処より安いのか。というような事だけだ。
地区ごとに輸送費用や掛けられる税率の差があるので、同じ物でも値段が変わるというのは当然の事だった。
「あ、あと。視察ついでに観光してきていいって」
「仕事受けた理由、絶対にそれでしょ。……メンバーは?まさか二人旅なんて事はないでしょうね」
「そこまで指揮官は愚かじゃないわよ。アタシと、アンタと、Vectorと、ナガンの四体」
「まさにS03って感じの人選ね。ナガン以外の全員ロクでなしじゃない」
これでも比較的問題の少ないメンバーを集めたつもりである。が、四体中三体を見ると何かヤバい要素がすぐ浮き出てくる辺りが、S03の世紀末感を表していた。
ここにナガンではなくスコーピオンを入れればS03の闇が大体揃うと言えば、そのヤバさが伝わるだろうか。
「出発は?」
「明日か、明後日か。整い次第って感じだけど」
「そう。じゃあ今のうちに、やれる事はやっておかないとね」
グラスの中で氷が溶けだし、からんと軽い音を立てる。酒の表面に映ったFALの目は、暗く濁っていた。
その目のままポケットに手を突っ込み、タバコの箱を取り出した。
禁煙よ。というFive-sevenに分かってると返しながら、表裏をマジマジと見つめる。
「薬切らしてたんだった……。明日どこかで仕入れようかしら」
「勝手にしたら。道を歩けば、そこら中に売人なんて転がってるでしょ」
「あいつら質悪いのよ。……チッ。仕方ない、教会で買うか」
そう呟いてから、ふと思いついたようにFALはFive-sevenの方を向いた。
「そういえば、アンタが薬やってるところ見てないわね。もう抜けたの?」
「まさか。今でも偶に欲しくなるけど、でも薬より身体の交わりの方がイイもの。薬は短期的なものだけど、あれは長く楽しめるじゃない」
ぺろっと舌を軽く出した姿は、同性のFALですらゾクッとするような色気があった。
その姿から目線を上に逸らし、まるでウサギの耳のような、頭でゆらゆら揺れる黒リボンを見る。
「だから自ら、金持ちのペットに志願したってわけ?」
「上手くやればお小遣いも稼げて、更に危険手当ても出る。しかも楽しい。こんな良い仕事、他にある?」
Five-sevenは、その見た目を生かしてバニーガールとして働いている。そして、仕事先で目をつけた男に言い寄って家に連れ込まれ、愛人関係になった後に多くの情報を抜き取っていた。
P7とは領域が被らないように気をつけながら仕事しているから、かち合う事も少ない。
「交尾中毒か。そっちに転がったのね」
「薬と玩具で慰めてるより健全よ。哀しくならないの?」
「死ね」
中指を立てられたFive-sevenは、何が可笑しいのか上機嫌に笑いながらグラスの中身を少し減らした。さり気なく、まだ一杯目である。
「もし良ければ、アタシが相手してあげるわよ。格安でね」
「そっちの趣味は無いし、しかも金取るなら尚更却下」
「ええー。散々やった仲じゃない、今さら遠慮なんて……」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる!?あれだって好きでやってた訳じゃないし、大体アンタ……」
──ここから繰り広げられる会話は、二体の名誉のために割愛させて頂く。
ただ一つ伝えられるのは、店員役の人形の顔がみるみる引き攣っていき、最終的には「私は何も聞いていない」と自己暗示を掛けていたという事だけだ。
S03の人気の無いバーに二体の姦しい声が響き渡っている頃、I.O.P.本社のバーでも祝杯があげられていた。
「乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい……」
三つのグラスが触れ合い、それぞれ思い思いの角度でグラスを傾けた。
カウンター席に横一列に並んだ一同の会話は、ペルシカの溜息から始まった。
「はぁ……財布が……」
「とか言って、奢ってくれる辺り律儀よね。冗談のつもりだったんだけど」
「まあ、下心無く一緒にお酒を飲める相手は貴重だし。それ考えると良いかなって」
「16Labの主任さんも苦労してんだな」
ペルシカの類まれなる頭脳に取り入ろうとしてか、そういう下心有り有りのお誘いは後を絶たないという。
然もありなん。と指揮官は頷き、滅多と飲めない上等な酒を楽しむ事にした。美味い……気がする。
「ただ、限度はあるわよ」
「分かってるよ。自分で言うのも何だが俺は貧乏舌だから、あんまり高い酒を頼む気はない。飲んでも違いが分からんからな」
正直、今飲んでる奴だって安酒との違いは殆ど分かっていない。値段という先入観によって、味が変わっているように感じているだけだと自覚していた。
「私も同じく。味覚モジュールは後付けだし、そもそもアルコールなんて味が付いてれば飲めるじゃない」
「……あんた達に酒を奢ったのは私の一生の不覚だと理解したわ」
それを言ってくれれば、酒よりは安い昼間のカフェのメニューを奢っていたというのに。
次からはカフェで済まそうと決心したペルシカは、自分のグラスを傾けた。
「そういえば、追加報酬って何なんだ?」
それから少しの間は無言で飲み進め、全員のグラスから半分ほどが消えたところで、指揮官が口を開く。
その質問を受けたペルシカは、思い出したとでも言いたげに目を軽く見開いた。
「……ああ、あの自律人形のね。あの報酬はー……ウチの装備を追加で渡すって事で、どう?」
「ありがたく貰うけど、なんにも考えてなかったのね」
貰える物は貰うけど、とネゲヴは付け足してグラスの中を空にした。追加を注いでもらっているネゲヴを見ながら、指揮官はボソッと言った。
「全部売り払って財源の足しにするか」
「それを私の前で言うなんてイイ度胸してるわね」
普通の装備に16Labのロゴ入れて高額で売り払ってる奴には言われたくない。と指揮官とネゲヴの心は一致した。
ペルシカがやっている事に比べれば、貰った物をその場で売却する方がまだマシに思える。
「でも少し、アルコール以外のも飲みたくなってきたな」
「何か摘みたくもなってきたわね」
「それは自腹で買いなさいよ……?」
露骨にチラッチラッと見てくる指揮官と副官のコンビと目を合わせないようにして、ペルシカはグラスの中の氷を噛み砕いた。
思いつけば5000文字くらいはサッと書けるのに、思いつかないと一文字も進まないマン。
Five-seven:交尾(白濁液)中毒。ようはアレ。駆け引き担当。観光目的の他に男漁りも目的
FAL:
Vector:初登場時はボカしたけど、お察しの通りヤク中。薬が切れても表情は変わらないけど、薬が切れてると唐突に焼夷手榴弾を投げ始める。
M1895:ナガンばあちゃん。最後の良心。
文字にして改めて思う。クズしかいねぇ!助けてナガンばあちゃん!