No Answer 作:報酬全額前払い
実は前話の投稿後から熱を出して死んでいたんですが、その際に見た夢のお陰で最終回が定まりました。悪夢の力って凄いですね
「平和ねぇ……」
「平和ね」
汚染区域や盗賊の群れが跋扈する地区と地区の間を抜けて到達した、グリフィンが管轄する何処かの地区。
その中心部にある、この地区の心臓部である基地からほど近い喫煙所に、FALとVectorは居た。
S03では見た事も無い、さんさんと降り注ぐ太陽の光の下でタバコを吸うと、少しばかり味が違うような気さえしてくる。
「Five-seven達が挨拶に行ってから、どれくらい経ったかしら」
「大体一時間。どれくらいで終わるかしらね」
他に誰も居ない喫煙所でFALはすぱすぱとタバコを吸い、Vectorはすぐ近くのベンチに座って何処かを見つめている。
昼間であるからか、街に人はあまり見ない。どうやら大半が仕事に出向き、建物の中で仕事をしているらしかった。
「…………」
「…………」
FALとVectorの間に会話は殆どなかった。FALもVectorも他人と殆ど関わらなくても問題のない性質をしているからだが、それ故に二人きりで取り残された時は、このように気まずい沈黙が生じるのである。
仕方ないので、FALも喫煙所という狭い場所から見渡せる世界を観察する事にした。
まず真っ先に気になるのは、空で輝く太陽。そしてヒョロヒョロとした白い雲が揺蕩っている青い空。
見上げてみれば、ビルによって切り取られた狭い空が窮屈そうにしている。
次に、一般家庭だろうか。マンションのベランダに干された洗濯物の数々。
誰が着けるかは知らないけど、原色バリバリの下着はキツいんじゃないかしらとFALが内心で呟きながら、見慣れた頭の黒リボンが路地裏に男を連れ込んでいくのを見た。
「……人間って、なんでこう、バカみたいに高いビルを建てたがるのかしら」
「昔から言われてるじゃない。バカと煙はって奴よ、多分ね」
バサバサと羽音を立てて飛び回る鳥達を見ながら思う。人間達が飽きもせずに作り直した街並みは、整然と整えられているように見えて、何処か歪だ。
どうやら人間達は、地区の内側に建てられた高層ビルの数で己の権力を示すようで、この近辺にはその思想が一際顕著に表れていた。
テロリストの的当てにしか使えないであろう無駄に高い高層ビルばかりが生えている此処は、まるで人工の竹林めいてひしめき合っている。
「私達は地下倉庫に押し込めるくせにね……そう考えると、人間って昔からマウント取りたがってるのかもしれないわね」
上に行けば行くほど偉くなるという考えがどうして古の東西に生じたのかは議論の余地があろうが、少なくとも上には天があり、天には昔から神々などの存在がある事は知られていた。
であるから、物理的にしろ地位的にしろ、そこに近付く事で自らの優位性を強調したかったのではないだろうか。
上等だの最高だのという褒め言葉を良く見れば高さに関する文字が当てはめられているように、評価の良さと物理的な高さが密接な関係にある事に疑いの余地はない。
逆に地下には黄泉の国だの地獄だのいう伝承が各地に伝わるように、イメージが非常に悪い。
それは恐らく死者を埋葬する場所が地面だからであり、死というネガティブな概念と古くから密接に関わっているのが土の下であったから……なのかもしれない。
そう考えると、戦術人形の地位というものは、自らが思っているよりも遥かに小さな物なのだろう。
少なくとも地下に放り込まれるのが当たり前な程度には、その地位は低い。
しょせん替えの効く下僕なのだから、当然と言えばそうなのだが。
「どうでもいいわ」
Vectorのように一刀両断するのが戦術人形の立場としては正しい。そういう事を気にするのは、人形に人権を与えようとする胡散臭い団体の仕事だ。
そして、そんな益体もない事に思考を高速回転させる程度に、今のFALは暇を持て余していた。
あるいは、久しく忘れていた太陽の熱で電脳が温まったのかもしれないが。
バベルの塔の話を忘れたかのように、人間は再び建造物で天を衝かんとしている。バベルの塔の時は神が罰を与えたが、その神は既に死んだのだろうか。それが裁かれる事はもう無い。
いや、あるいは纏めて裁くつもりなのかもしれない。この世紀末で神が降臨するのは、きっと人間の最期を告げる評決の日の時だけなのだから。
二本三本とタバコを吸い終わったくらいのタイミングで黒リボンが路地裏から出てくるが、そこの辺りで漸くFALは初めて気付いた違和感に首を捻った。
「…………おかしい。どうして銃声が一回も聞こえないのかしら」
「普通、地区の内側でドンパチなぞ滅多に起こらん」
M1895のツッコミが聞こえる。喫煙所の外から、露骨に嫌そうな顔をしているM1895が手招きしていた。
灰皿にタバコをぎゅっと押し付けて火を消すと、FALは喫煙所から出る。
「終わった?」
「無事にな。成果は無さそうじゃったが」
分かっていた事だけに、M1895の顔に失望は無い。だがFive-sevenと一緒に基地への挨拶に同行していたM1895の表情から察するに、相手方の反応は相当芳しくなかったようである。
まあそれも仕方ない。根も葉もそれなりにある黒い噂も広まっているし、何よりS03の指揮官は政治的な利用価値も殆どない。にも関わらず指揮官という立場にまで出世している事も反感を買っている。
そんな指揮官と縁を結びたい者なんて、余程の物好きか、あるいは唯一表立って自慢できるネゲヴが欲しいかのどちらかであろうと思っていた。
故に、これは想定の範囲内。4つくらい回る予定の地区の一つがダメになった程度の話だ。
話が終わったのなら、こんな場所に留まる理由はない。とっとと離れたいFALは早足気味に進む。
「ふん、じゃあ此処に用は無いわね。さっさと出ましょ、こんな場所」
「なんじゃ、せっかちじゃのう。何か嫌な事でもあったか?」
「タバコが高い」
「薬が無い」
「………………」
FALとVectorは、示し合わせたわけでもないのに同時に不満を漏らした。
いや、それは良い事じゃろう。という言葉をM1895は飲み込んだ。どちらの目もガチだったからだ。
「……分かった分かった。ならさっさと次の場所へと向かうとしよう。わしも早くS03に帰りたい」
「意外ね。ナガンなら、こういう場所に留まりたいって言うと思ったのに」
「なんだかんだ言って、あそこが家じゃからの。ホームシック……とは違うが、いつの間にか、あそこが落ち着くようになってしまったのじゃ。悲しいことにな」
ポケットから棒付きキャンディを取り出し、その包み紙を剥きながらM1895は言った。悲しいことに、という辺り、相当不本意であるようだ。
ピンク色の丸い飴を口に入れながら、包み紙をひっくり返して裏側を見る。すると、そこには「はずれ」の三文字が。
「むう……全部外れか。運がないのう」
「全部って……まさかナガン、持ってきた飴玉もう全部舐め終えたの?あれ小さいダンボールいっぱいに詰まってた筈でしょ?」
「舐め終えたし、持ってきた菓子類は全て尽きた」
「えぇ……」
以前から甘い物は大好きじゃとM1895は公言しており、大体の時は飴玉を咥えていたり、グミを食べていたりする。
タバコや薬に金を使うより甘い物を楽しんだ方が健全だとM1895は言うが、ここまで来るとどちらが健康的なのか分からない。
Vectorにすら珍しくドン引きされている事など気にもせずに、M1895はコロコロと最後の飴玉を舐めまわしはじめた。
人工甘味料で全て作られたワザとらしい甘さは多くの人間はもちろん、人形にも不評であったが、M1895だけはいたく気に入っているようで、S03のコンビニの飴玉は専ら彼女専用だ。
もちろん、食べ続ければ虫歯になる。まあ人形には関係のない話であるが。
そんなM1895達は、喫煙所からグリフィンで採用する事を推奨している、汚染地域を抜けるために用意された専用車を止めてある駐車場に戻った。Five-sevenは、どこかツヤツヤした感じで既に運転席に座っている。
「おかえりー。あら不満そうじゃない」
「そういうアンタは元気そうね。大して仕事しないで昼間っから男漁りするのは楽しい?」
「もちろん!」
わざと嫌味ったらしく言ってやったというのに、満面の笑みで返された。どうやら何を言っても無駄なようだと察したFALは、助手席に座りながら、太ももの上にフェレットを置いて指でチョイチョイとつつき始める。
M1895がFALの後ろの席に、VectorがFive-sevenの後ろの席に座った車は、ゆっくりと次の目的地へと向かい始めた。
ビジネスマンが乗る車に混じって道路を通り、大通りを真っ直ぐ進んで次の目的地へ。
窓から見える、忙しなく動くスーツ姿のサラリーマン達を見ていると、FALの胸の内から、なにやらムカムカとした物が湧いてきた。
「こういう場所見てると、なんか虫唾が走るわね」
「薬……」
「お主ら、本当に根っからの悪党じゃな……」
挨拶回りという名の観光旅行に出てからというもの、Vectorは殆ど寝てるか薬をキメてるかの二択だし、FALは窓を開けてタバコを吸い続けて止めようとしない。
Vectorは兎も角、流石にFALは今吸うのは自重しているようだが、代わりに物騒な言葉を垂れ流していた。
「みんな、お腹減ってるわよね?さっき良さげな場所聞いたから、せっかくだし寄ってきましょうよ」
「良いじゃない。その腹立つ営業スマイルも、たまには役に立つのね」
「しかし、車はどうする?治安はS03と比べるべくもないくらいじゃが、それでも万一がある。誰かは残らんといかんじゃろう」
「FALは一言余計、そしてナガンの心配は必要ないわ。車内で食べられる手軽さと美味しさがウリらしいから」
交差点でハンドルを左に切って、そのまま直進。ビジネス街の喧騒から離れていく車は、やがて中規模な駐車場で止まった。
少し待ってて。と言って店内に入り、すぐ戻って来たFive-sevenが袋から出したのはパンであった。
「パンか。悪くないわね」
「色んなペーストとか粉末を練り込んで、昔にあった食べ物の味を再現しているらしいわ。好きなの取って、私はコレ」
「味は?」
たとえばFive-sevenがかぶりついたパンは、今では滅多に作られなくなったホットドッグの味が再現されている。
そして袋に残されたパンは三つ。Five-sevenはそれを一つずつ指さした。
「カニ、マグロ、タマゴ」
「なんで魚類ばっかなのよ」
「だって貴重じゃない。海の魚なんて、この御時世じゃ口にすら出来ないんだから。こういう物で味あわないと」
陸が汚染されているのだから、当然海だって汚染されている。悠長に魚を捕る余裕などない現代人にとって、魚というのは川魚一択であった。
「マグ……タマゴにしようかのう」
「…………じゃあカニで」
「ならマグロ」
五分ほど無言で一同はパンにかぶりつき、咀嚼する。反応から見るにM1895は当たり、FALは当たりでもなく外れでもなく、Vectorは……表情が動かないために分からない。
「…………なんか騒がしいわね」
食事を終えて車を再び走らせていると、前方がにわかに騒がしい。その騒動の元に近付いていくと、どうやら銀行強盗が立て篭もっているようだった。
何人かのグループでの犯行らしく、銃を人質に突きつけながら一人が要求を突きつけている。
その様子を見たFALは、どこか安心したように言った。
「なんだ。やっぱりあるじゃない、ああいうの」
「まあ、偶には見るでしょ。その偶に当たったのは運がいいのか悪いのか……Vector、ナガンを取り押さえて」
伸ばされた手が、M1895の腕をガッと掴む。動きを止められたM1895は、怒りの目をFive-sevenに向けた。
「何故じゃ!こういう時の為のわしらじゃろう!?」
「そうだけど、あれはこの地区の人形の仕事。私達が関わる事じゃないわ」
「しかし!」
「しかしも何もない。ここで私達が出ても、何も得られないのよ」
「…………くっ!」
もしこの地区の反応が良ければ、友好関係を形成する一助になり得たかもしれない。しかし、そうはなりそうにない事は先の反応から見えていた。どうせ、頼んでないとか言われるのがオチである。
目に見える結果に骨を折るほどFive-sevenはバカにはなれないし、それはM1895も分かっていた。
だからだろう。あっさりと抵抗を諦め、座席から動こうとしなくなる。
「気持ちだけにしておきなさい。ここは二度来るかも怪しい場所よ」
「…………分かっておる、分かっておるよ。……次へ行こう」
必死に目を逸らすM1895に、Five-sevenは頷きを返してアクセルを踏んだ。
騒ぎが段々と遠くなっていき、やがて街すらも遠ざかっていく。舗装された道からデコボコの大地に移り変わって、そのまま進んでいった。
「ところで、次ってどこよ」
「近いのはD地区。だからそっちを経由して、S09を通って帰る感じかしらね」
「伝手とかあるの?」
「いえ、まったく」
でも何とかなるでしょ。なんて楽観的な言葉が、話の締めを飾った。
「……そうか、分かった。ナガンはよく慰めておいてくれ」
FALからの定時連絡を受けた指揮官は、まだI.O.P.社に居た。極秘妖精SCAVENGERの受領に時間が掛かっていたのだ。
それがつい先ほど終わり、ようやっと帰れそうな時に連絡が来たのである。
通話を終えた指揮官は端末をポケットに仕舞うと、腕に巻いた時計型端末に表示された時間を見た。……そろそろ戻らなければならない。
断りを入れて通路の奥に来ていた指揮官が来た道を引き返すと、その壁に誰か寄りかかっているのが見える。
「ちょっといいかしら」
「良くない」
横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。見た目こそ華奢だが、中身は大人を凌駕する力の持ち主である彼女に掴まれてしまうと、指揮官単体で振り払うことは不可能だ。
「つれないこと言わないでよ。同じ穴の仲でしょ?」
「お前が一方的に言い出したんだろうが。同じ穴に入ったつもりは無い」
周囲を見渡してもネゲヴしか見当たらないし、そのネゲヴは諦めたような顔をしていた。どうやら、逃がしてはくれないらしい。
チッと舌打ちをしなかった自分を褒めて欲しいくらいだ。
胡散臭い笑みの人形にはセメント対応をしなければ調子に乗られる。ましてや相手が相手だ、何をされるか分かったもんじゃない。
「ひどーい。それが後輩に対する態度?」
「そっちが勝手に呼んでるだけだろ?俺は先輩になったつもりはないし、なる気もない」
勝手に先輩などと呼んで付いてくるコイツとの関係は、一体何時からだったか。
面白半分でそう呼んでいる事は分かっているから、自然と対応はセメント気味になる。
「こんな可愛い後輩になんて言い草。冷酷非道で血も涙もないって噂は本当だったのね」
「…………茶番はいいから、用件をさっさと言え」
彼女が一歩前に出れば、蛍光灯がその姿を晒す。
「──UMP45」
左腕の黄色い腕章は、知る人ぞ知る存在の証。
404 NOT FOUNDという非正規部隊のリーダーUMP45は、ニッコリと作り笑いを貼り付けて指揮官を見ていた。
ナガンばあちゃんは天使。はっきり分かんだね。
ところでそろそろ四月ですね。初日だけは四月バカという免罪符を掲げて何でも出来ますよ。
……学パロとかやってみようかな?