No Answer 作:報酬全額前払い
♪コマンドー式、壊物のテーマ
その街は、現在は廃墟と呼ぶに相応しい荒れ模様だった。
窓ガラスは割れ、コンクリートの壁は砕かれ、ひしゃげた鉄筋がコンクリートから飛び出した、そんな建物ばかりが立ち並ぶ。
道路には何十台もの車があり、それは路上駐車されたまま動かなくなっていたり、横転していたり、様々な様子を見せる。
そして、街の景観を良くするために植えられていた街路樹は殆どが根元から折られ、歩道や道路に倒れていた。
当然ながら人の気配など無く、生きている動物すら見かけない。大体の場所に生息しているカラスですら、ここでは見られない程だ。
天を見上げれば、真っ黒い夜空に丸い満月が大きく存在感を示す。
今も昔も生物の営みを見守り続け、冷たく、だが確かに包み込んでくれる女神のような美しさの月だった。
しかし、冥府の底に沈んだ亡者たちには、一欠片の慈悲さえ届かないのか。
真っ黒い雲が齎す漆黒の闇が街を完全に包み込み、空から注がれた月光を吸い込んで消してしまっている。
辛うじて一筋射し込んだ光が照らす元アパート、現廃墟にはE.L.I.Dが三体、寄り添うようにして集まっていた。
──夜になると、ロストフィールドのE.L.I.Dは活動範囲を大幅に狭める。多くのE.L.I.D達は、まるで家に帰るかのように廃墟に引っ込んで動かなくなってしまうのだ。
逆に昼間は非常に活発になり、歩道や店舗だった建物の跡地には多くのE.L.I.Dがたむろするようになる。
普通のE.L.I.Dならば昼夜関係なく動き回っているのだが、どうやらここだけは例外なようだった。
人間だった頃の記憶が、まだ朧気に残っているのだろうか?
「やっと一息ってとこか」
「取り敢えず休憩ね。明日からは夕方以降に動きましょ」
「ああ」
そんな、E.L.I.Dすら寝静まるほどの深夜帯。
ゴーストタウンと化して久しい街の中にある、大型ショッピングモールの中で彼らは休んでいる。
「それにしても……このセーフハウスもどきを、また使うことになるとは思わなかったな」
「徘徊ルートから外れてるのかE.L.I.Dにも荒らされてないみたいだし、そこは良かったわね。
出来れば二度と使いたくなかったけど」
この四階建てのショッピングモールの、三階部分には従業員しか入る事を許されない通路があり、それを進んだ奥に小さな部屋がある。
彼らは以前ここを訪れた時に、E.L.I.Dの目につきにくいこの部屋で何日か暮らしていた事があった。
その際に寝袋や缶詰などを売り場から持ってきてセーフハウスのように整えたのだが、まさか4年の歳月を経て再び使う事になるとは……。
沈んだ記憶を引き揚げながら残していた物資を確認し、そのついでに埃を払う。
降り積もった埃の厚さが、最初に訪れてからどれほどの年月が経過したのかを無言で、しかし雄弁に語っていた。
「けほっ……埃は溜まってるけど、それ以外は何も変わってない。水も食糧も置きっぱなしで……うわっ」
舞い上がった埃に噎せながらの作業。持っていたハンカチをマスク代わりに口元に当てたレンが、くぐもった声をあげる。
「どうしたの?」
「これ飲みかけだ……勿体ないことしてるな、昔の俺」
中身が半分くらい残ったボトルウォーターを片手に持って揺らした。もちろん飲めない。
それを見て、彼女は肩を竦めた。
「どのみち消費期限切れで飲めないんじゃないの。私ならともかく」
「これは15年保存効く奴だから問題ない。一年前に期限が切れてるっちゃ切れてるけど、それくらいなら誤差だよ誤差」
「15年?嘘でしょ」
嘘なもんか。とレンが見せたペットボトルには、確かにラベルに15年保存可能だという旨が記されていた。
目立つところに置いてあったから。という理由でセーフハウスもどきに持ってきたから以前は気にもしてなかったが、そんなに長かったのかと驚く。
「そんなものもあるのね」
「消費期限から逆算すると、これが作られたのは大戦始まってすぐみたいだし、いつ終わるか分からない大戦への備えとして売られてたんだろ」
尤も、大戦の備えとして使われる事なくE.L.I.Dに制圧されてしまったようだが。
未開封のペットボトルを早速開けて口をつけながら、レンはテーブルの上に置きっぱなしで埃を被っていた地図に近寄った。
そして片手で雑に埃を払うと、そこに指を置く。
「目的地は、街の北東方面だったよな」
「ええ。私達は南西から入って来たから、最短で行くなら街中を真っ直ぐ突っ切るルートね」
この地図というのは、この地域一帯の有事の際、どこが避難場所になるのかを示したものだ。
市販されている物であるという都合上、研究施設などの軍事施設の位置情報は載っていないが、出発前に頭に入れておいた地図と照らし合わせれば場所を確かめる事が出来る。
「でも、最短ルートは厳しいかも。広い幹線道路もあるし、それ以外にも見晴らしが良い場所を通らなきゃならないわ」
「なら少し遠回りだな。まだ多くのE.L.I.Dがうろついてるだろうし、見晴らしの良い場所で見つかった時の危険を考えると、そう無茶は出来ない」
この街の中心を通る大きな幹線道路は、戦車などの軍事兵器を通すために大きく作られている。
それゆえに隠れる場所は無く、反対側に渡るのにも時間がかかってしまうのだ。
単体なら兎も角、レンという明確な弱点を抱える今の彼女は戦闘行為を出来る限り避けたかった。
「他の場所は遠回りできるけど、幹線道路はどうするの?東西を隔てるように通ってるじゃない」
「下水道しかないだろ。使いたくないけど、贅沢は言ってられない」
スッと横一線に指を動かし、レンは言う。
「まあ、そうなるわよね。でも大丈夫かしら。前に通った時ですら、ところどころ崩落してたじゃない」
「大通りの下が潰れてない事を祈ろう」
祈りと聞くと運任せに思えるが、E.L.I.Dに見つからない事を祈りながら大通りを突っ切るよりは堅実な方法だ。
どちらにしてもハイリスクな事に変わりはないが、そのリスクを少しでも減らしたいと考えるのは何らおかしい事ではない。
「それともう一つ。気になる事といえば……」
「AI研究所ね。ここまでは自律人形に出くわさなかったけど、何時かち合うか分からないわ」
それらが、どこで何をしているのか分からない。街中では不気味なほど、その姿を見かけなかったのだ。
まさか今更迷子なんて訳もないだろうし、一体なにを企んでいるのやら。
薄気味悪いものを感じながらも、しかしレン達のやるべき事は変わらない。
資料を回収し生きて帰る。それだけだ。
「勘弁して欲しいぜ全く……ただでさえE.L.I.Dに見つからないように動くのは骨が折れる作業だってのに、その上AI研究所の連中からも見つかるななんて」
「でもやらなきゃ。ここでE.L.I.Dと三つ巴になるのが最悪のシナリオよ」
「分かってるさ、そんなこと」
いかに彼女が強くとも、流石に単体では出来ない事の方が多い。
E.L.I.Dを相手取るにも、自律人間の群れを相手取るにも、こちらの頭数は不足している。
その辺の鉄血やら民生機であれば、ちぎっては投げちぎっては投げの無双で双方を殲滅する事も不可能ではないが、E.L.I.Dとなると流石に厳しい。数が多ければ尚更だ。
そして、それと張り合える自律人形の群れなど、単騎では対処できるはずが無かった。
「あー……頭痛くなってきた」
「もう休む?ずっと気を張りっぱなしだったし、疲れてるでしょ」
「そうしたいけど、まだやる事あるだろ。この貴重な夜を無駄には出来ない」
寝袋の誘惑に抗いながらレンはペットボトルを置いた。
E.L.I.Dが寝静まる夜は、何か準備をするのにもってこいの時間なのだ。それを寝て消費など出来るはずがない。
「だけど、あなたが倒れたら元も子もないじゃない」
「心配ありがと。でも一徹で倒れるほどヤワくねーよ」
本気で心配しているような声色の言葉にレンは頷きながらそう返して、扉の方に向かって歩き始めた。
「行くぞ」
「何しによ」
「決まってんだろ。ここはショッピングモールだぞ?ならやる事は一つだけ」
そう言いながら扉に手をかけ、疲れを滲ませながらレンは笑う。
「買物だ」
昔、大勢の人間で賑わっていたであろうこのショッピングモールの跡地には、今も当時の商品が手つかずのまま残されている。
年月が経過してしまっているので品質劣化が起こっていたり、E.L.I.Dに壊されたりしている物もあるが、それでも多くの物が未だに使用可能だ。
言ってしまえば、大きな物資箱のような場所であった。
「まあ買物って言っても、金は払わないけど」
「そもそもお金なんて持ってきてないでしょ…………というか、なんで買物なんて言うのよ。素直に物資調達って言いなさいよ」
「それじゃ味気ないだろ」
転がっている骨のようなものを踏んづけて音を立てないように気をつけながら、三階から一階へと降りていく。
目的のアイテムがある売り場は一階にあり、三階から降りるには二通りのルートがある。
遠回りだが目立たない階段か、近道なものの目立つ位置にある、電力供給が途絶えてハイテクな見た目の階段に成り下がってしまっているエスカレーターのどちらかだ。
当然、二人は遠回りの階段を選択。
今のところE.L.I.Dの姿は見当たらないが、だからといって油断はできないだろう。
「今夜の内に運べるだけ色んな物を運んで、昼に休む。それで明日の夜になったら、また動く」
「いいけど、物を運ぶ順番は決めておきましょ。何から運ぶ?」
「まずはお前用の武器調達だ。民間向けの銃火器を扱ってる店、ここに入ってたよな」
今の彼女は身軽さを重視した結果、ハンガーラックのVendettaと携帯用パイルバンカーのみという近接特化の装備をしていた。
しかし、Vendettaは刀身が長いために室内戦闘には不向きだし、パイルは一発限りの使い捨て。そして何より近接武器のみというのはバランスが悪すぎる。
民間向けの火力抑え目なアサルトライフルやサブマシンガンでは力不足は否めないものの、無いよりはマシという判断だった。
「腰に巻くタイプのポーチと、防弾チョッキ。お前用のアサルトライフルとお前用のサブマシンガンと、お前用のハンドガンにお前用の……」
「いくら撃ち捨て前提っていっても、武器多すぎない?扱えるけど、多すぎても重りになるだけ。幾つか置いた方がいいと思うわよ」
「……そうだな、流石にアサルトライフル四丁はやりすぎた」
隣に軒を連ねていたアウトドア用品売り場から大容量のリュックを持ってきて、そこに詰められる物は詰めていく。
悩んだ末に二丁は置き、続いて弾薬を無造作に掴んでリュックに詰め込んでいった。
「でも何か、火力不足感がすごいな……」
「仕方ないんじゃない。自衛用に持つような武器を売ってるんだか、ら…………?」
「どうした」
油断なく周囲を観察している彼女の目が何かを捉えた。
急に言葉を止めた彼女の方をレンが向く。レンの言葉に彼女は、とある一箇所を指さした。
「向こうに怪しい鉄製の扉があるわ。開けてみる?」
「頼んだ」
如何にも頑丈そうで、何かを守るように奥に聳える大きな鉄製の扉。
それを見たレンは迷わず開けるように指示を出した。
その指示に頷きを返した彼女が歩を進めると、瓦礫の上をカサカサと黒光りする虫が通り過ぎる。
更に進めば、足に何かが触れた気がした。彼女は気にも留めなかったが、それは蜘蛛の巣であった。
そうして扉の前に立ち、ぐっと押してみる。当然のように扉はビクともしない。
「鍵が掛かってるみたい。でも鍵穴は無いから、きっと電子ロックね」
「なんにしても変わらないな。マスターキーを使うから」
「まあ、そうなんだけど」
ハンガーラックのVendettaを構え、刃を立てると、まるで豆腐に包丁を立てた時のようにスッと沈みこんでいった。
そうしてから人が通れるくらいの長方形に動かすと、厚さ何十センチもある分厚い鉄板の扉が、その通りに切断されたのだ。
「やっぱり、この手に限るな」
「……こういうのをきっと脳筋解決って言うんでしょうね」
「開けばいいんだよ開けば」
音を立てないように慎重にくり抜いた鉄の塊を押して、扉の奥へと進む。
「おお……」
「へぇー……」
そこには、表にも置いてあるアサルトライフルやサブマシンガンなどの銃以外はもちろん、スナイパーライフルやショットガンのような物もある。
何より目につくのは、明らかに自衛用ではない四発入りロケットランチャーだ。
「なんでこんなもんを置いてるんだ……?」
「クレイモアに、手榴弾。C4爆弾……小競り合いでも起こす気だったのかしら」
しかし、これ幸いとばかりにロケットランチャーを抱え、更に使えるかもとスナイパーライフルを一丁持っていく事にした。
それらを一旦セーフハウスもどきに持ち帰り、床に並べてから一言。
「結局重武装じゃない」
「…………」
あれもこれもと欲張った結果、凄まじい量になってしまっていた。
これだけあれば火力不足は解決できるだろうが、今度は機動力の問題が浮上してきてしまっている。
本末転倒という言葉が脳裏によぎった。
◇◇
──AM:8時。
遠く離れた平和な地区では、人々が仕事場に向かおうとしているであろう頃合い。
三階にある売り場の一角、その割れた窓から彼女は下を見下ろしていた。
「…………」
結局、アサルトライフル一丁とハンドガンを二丁。その弾薬をそれなりに持ち、ロケットランチャーを使い捨て前提に持っていく方向で話が纏まった。
欲を言うならスナイパーライフルも持っていきたかったが、レンにアサルトライフルと弾薬を持たせるだけでいっぱいいっぱいになり、泣く泣く諦めたという経緯がある。
「まっず……」
彼女は活動を再開したE.L.I.D達を厳しい目で見ながら、何かを咀嚼している。
手元にあるのはセーフハウスもどきから持ってきた缶詰だった。
エネルギー補給のため、20年ほど持つ代わりにクソ不味い合成肉の缶詰を無表情でかき込んでいる。
原料は何なのか、どうしてこんなに不味いのか、それは分からない。
もはや嫌がらせなんじゃなかろうかと思いたくなるほどの不味さであるそれを飲みこみ、食べ終わった缶を近くの瓦礫に隠した。
「……はぁ」
大通りを塊になって進むE.L.I.Dの集団から何体か外れ、消えかけの横断歩道を渡って別の道へ。どうやらこちらに向かってくるようだ。
それらのE.L.I.Dは元は女性のようで、ボロボロに汚れた服は明らかに女物だった。
「人間って、死んでも働くのね」
よく見れば、あの女E.L.I.Dが離れた集団はサラリーマンのようなスーツを着込んだE.L.I.Dの姿が大多数を占めているではないか。
となるとアレらは、E.L.I.Dに成り果ててもまだ出勤しようとしているという事だ。
あんな姿になってなお働こうとする人間に、少し哀れみを感じる。
「……戻ろ」
これからE.L.I.Dの活動が活発になっていく。このショッピングモール跡地にも、主婦だった者達や店員だった者達が集まってくるだろう。
それに見つからないように、寝ているレンの側へと戻っていった。
ちなみに15年保存水は実在します。少しばかり割高ですけどね。