No Answer   作:報酬全額前払い

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04 Silent Area③

 

 墨汁を流し込んだような真っ黒な夜に蠢く二つの影。

 

 それらは音を極力立てないようにしながら、しかし駆け足でE.L.I.Dたちの寝床の間を抜けていった。

 闇を引き裂くように突き進み、一陣の風のように駆け抜け、先へ、先へ。

 

 言うまでもなく、これはレン達の事だ。

 

「……今何時だ」

 

「八時。帰宅ラッシュに引っかからないと良いけど」

 

 完全に日は落ちきっているから、今いる路地裏に明かりと呼べるようなものは無い。E.L.I.Dと遭遇しないよう、夜目を頼りに気をつけながら進んでいく。

 

 ロケットランチャーを抱えた彼女は非常に動きづらそうで、バックパックを背負ったレンもまた、背中の重さに嫌そうな顔をしていた。

 そんな様子に彼女は一言呟く。

 

「……置いていくべきだったんじゃないの、これ」

 

「言うな。言うな……」

 

 選択ミスの四文字が二人の頭に浮かんだ。

 

 そんな後悔をしながらも、見つからないよう慎重に動いていく。大通りには仕事帰りらしいE.L.I.Dが多く歩いているので、もし見つかりなんてしたら数の暴力で殺されてしまうだろう。

 なので戦闘なんて以ての外。機動力をこそ求められる場面だというのに、本当に何でロケットランチャーなんて取り回しの悪い火力を持ってきてしまったのか。

 深夜テンションという奴で思考がイカれていたのだろうか?

 

「…………待って」

 

 十字に広がる路地裏で、彼女は動きを止めた。そのまま指で右手に隠れる事を指示され、言われるがままに移動する。

 

「……なにが見えた?」

 

「自律人形のお出ましよ。四脚のスナイパーライフル持ち、ビルの上に陣取ってる。まだ気付かれてはいないみたいだけど」

 

「狙撃型か。厄介な相手だな」

 

 四脚は狙撃の安定感を高める効果があるという事は広く知られているが、見栄えの問題で採用される事は少ない脚部だった。

 しかし、こういった人目につかないような場所や、見栄えなんて気にしないというようなPMCには使われている。その精度は高く、レンの言うように非常に厄介な相手だ。

 

 それが進行方向に立ち塞がっている。このまま無策で進めば狙撃の雨に晒され、更に音を聞きつけたE.L.I.Dも集まって大惨事になってしまうだろう。

 

 どうするか、とレンは考え、そしてロケットランチャーに目をつけた。

 

「そいつでビルを崩して人形を落とせないか?そうすれば派手な音で気も引けるし、人形だって転落させて処理できる。一石二鳥だと思うんだけど」

 

「……そうね、やってみるわ。でもここで撃つと大通りのE.L.I.Dに気付かれそうだから、私だけで少し移動して撃つ事になるけど。いい?」

 

「ああ。上手く隠れとくから、行ってきてくれ」

 

 そう言われた彼女は頷きながら、ロケットランチャーを抱えて闇の中へと消えていった。

 

 あの狙撃人形がどこまで見ているのかは分からないが、不用意に屋上に上がってしまえば発見されてしまう可能性が高い。そして見つかってしまうと、人形の増援を呼ばれる可能性も非常に高い。

 だから屋上は使えない。そして建物の中には未だに残業をしているつもりのE.L.I.Dが残っている事があるから、建物の中に飛び込むのもリスクがある。

 

 だから彼女は、建物の外壁に必ず付けられている排水パイプに足を掛けてロケットランチャーを構えた。

 窓の無い壁を垂直に、地面目掛けて降りている排水パイプは、それを固定するために一定間隔で足を掛けられるくらい大きな金具で固定されているのだ。

 

 片手でパイプを掴み、片手でロケットランチャーを構えて狙いを定める。

 狙撃人形からはギリギリ捕捉されないくらい低く、道行くE.L.I.Dからも見上げられなければ見つからない高さから、ロケットが放たれた。

 

 ゆっくりと辺りを見渡していた狙撃人形は、自身に向かってくるロケットの推進音を最初に聞き、次に着弾寸前の弾頭を見た。

 

 次の瞬間、狙撃人形が陣取っていたビルに大きな衝撃が走る。

 長らく人に整備もされずに放置された結果、倒壊寸前にまで老朽化していた小さな商業ビルが、ロケットランチャーの着弾の衝撃に耐えられるはずもなかった。

 

 瞬く間に崩れ出すビル。想定外の事態に行動に移るのが遅れた狙撃人形が逃げ出そうとするも、既に遅い。あっという間に瓦礫の山と土埃の中に消えていってしまった。

 

 そして、その大規模な倒壊は近くのE.L.I.D及び警戒していた自律人形たちの目を釘付けにした。

 まるで野次馬のように集まっていくE.L.I.D達を見ながら、まだ三発残っているロケットランチャーを投げ捨てる。

 今でこそこんな風に活用できたが、こんなものを隠密行動で活かすというのは非常に難しい。多分この先に出番もないだろうし、ここで置いていくことにした。

 

「お待たせ。行くわよ」

 

「あれ、ロケランは?」

 

「捨てたわよ。あんな持ち運びに不便な武器なんて持っていけないじゃない」

 

 そう小声で言いながら、レン達は目的地へと歩を進めていく。放置されたままのガス管に引火したのか、凄まじい爆発音が静寂を切り裂き、遥か彼方にまで響いていた。

 

 

 ──さて、それから六時間ほど経過したくらいで、ようやくお目当ての"90wish AI研究所"の跡地に到着した。

 

「……ここか」

 

「ここね。行きましょう」

 

 壁に穴が開き、玄関の自動ドアは何かによって内側から壊されてドアの原型を保っていない。

 入口だけでもこの荒れ具合だ。中だってこれくらい酷く荒れているに違いない。そう思いながら、壁に大きく開けられた穴から内部に侵入する。

 

 ここからは閉所でE.L.I.Dとの戦闘になる可能性が高くなるだろう。それを覚悟しているので、彼女はVendettaを両手に持ちながら油断なく左右に目を走らせ、レンは汗ばんだ手でアサルトライフルを握りしめた。

 

「いざとなったら私を見捨てて一目散に逃げる。いいわね?」

 

「分かってる。ただ、少しは資料を回収しておかないと。帰っても役立たず扱いで殺されかねない」

 

「そうね。さっさと回収出来る事を祈るわ」

 

 床や壁が血や土ぼこりで汚された受付らしき場所を通り過ぎると、これまた血や土ぼこりで汚された長い廊下が現れた。

 

「どこにあるかな……」

 

「虱潰ししかないでしょうね。目についたところを片っ端から調べれば、いつかは出てくるはずよ」

 

 手近な扉に手を掛け、ゆっくりと開けて中の様子を伺う。見たところE.L.I.Dの姿はないようだが、デスクの陰など見えない箇所もあるために油断は出来ない。

 

 先に入った彼女の後ろを慎重に着いていきながら、レンは散乱したデスクの上にある物に目をやった。

 破壊されたコンピューター、割れたマグカップ、写真立てに入れられたまま放置された家族写真……。

 

 どれもこれも、かつて此処に人が生きていた事を証明するような物や残骸ばかり。だが、肝心の研究成果は全く見当たらなかった。

 

「無いか」

 

 やはりと言うべきなのだろうか。一国の最重要書類がすぐ目に付くような場所に置いてあるはずも無く、部屋を次々と探して二時間が経過してもまだ書類の一枚すら見つからない。

 

「もっと奥の方なのかもな……ただ向こうから、どう考えてもヤバい臭いしかしないのが気になるんだが」

 

「それ、物理的な意味で?それとも勘?」

 

「両方」

 

 さっきから気になっていた、腐臭が漂ってくる方向に向かうと、そこには頭が潰され、腕は270度近く折れ曲がって中の骨が飛び出し、内臓をボロボロと零しているE.L.I.D()()()()()が転がっていた。

 それは辺り一帯に鼻がひん曲がるほどの悪臭を放っていて、レンの顔が自然と顰められていく。

 

「下水道とどっこいどっこいだ、酷すぎる」

 

「今この時ほど嗅覚モジュールをカットできることに感謝した事ないかも」

 

 原型を留めず、もはやグロい肉塊だったものと呼んだ方が相応しいほどの死骸。

 それを見て、グロいという感想より先に来るのは、誰がこんな事をやったのか?という疑問だ。

 

 中の血液のようなものが垂れ流されているのを見る限り、このE.L.I.Dはさっきまで活動していたことが分かる。

 まさか潰されてから移動した訳もないだろうから、考えられるのは、ここにいたE.L.I.Dを先に訪れた誰かが潰したということ。

 

「先客がいるか」

 

「ここで先客というなら、十中八九AI研究所よね……嫌な感じ」

 

 恐らく、この先にいる。

 

 それを感じた二人は、顔を見合わせて頷きながら廊下を進んでいった。

 

 

 進んだ先にあったのは、何かが等間隔に立ち並ぶ広い空間だった。

 真っ暗なので良く分からないが、その"何か"は物を入れておける容器のようであるらしい。

 

「見るからに怪しい場所だ……」

 

「でも何も見えないわね……ライト点けて」

 

「相手に見つからないか?」

 

「どうせバレてるだろうし、明かりが無かったら戦えないから」

 

 それもそうかと頷いたレンはポケットからハンドサイズの懐中電灯を取り出すと、それで近くにあった何かを照らした。

 

「シリンダー……よね、これ」

 

「でも空っぽだ」

 

 それは大きなシリンダーだった。人間サイズのものであればスッポリと中に入ってしまうほどの大きさであるそれだが、中には何も無い。

 

「……見ろ。何か貼ってある」

 

 そのシリンダーには中身を示しているらしいタグが貼られていた。それにライトを当てて指でなぞる。

 

『35歳 女性 個体名:■9■』

 

「…………さっぱり分からん」

 

「横の奴も見てみましょうよ、今度は中身もあるわよ」

 

 言われるがまま横のシリンダーのタグがある場所にライトを当てる。

『17歳 男性 個体名:9■-■1』と記載されていた。何箇所かは損傷のために読み取れないが、この数字の羅列は何を示しているのだろうか?

 

 それに疑問符を浮かべたまま、ライトを上の物体に当てた。

 すると、シリンダー内部に残されている男性の上半身が光に照らされた。

 その下半身は無い。

 

「なんか、碌でもない事やってるっていうのだけは分かるな」

 

 人体実験でもしていたのだろう。その成れの果てが、目の前の彼であるに違いなかった。

 

「で、その横が……わーお」

 

「FMG-9……でも見て、右腕が丸々銃になってる」

 

『21歳 女性 個体名:■■■-9』というプレートが付いているシリンダー内の個体は、肩の付け根から既に無機質な鉄色が存在感を主張していた。

 

 その様子は表現が難しいが、右腕を切り落とし、そこに銃の方のFMG-9をそのまま貼り付けると、こうなるのかもしれない。

 

 これ以外にも、目を覆いたくなるような肉と機械が融合した塊の数々が、シリンダー内で今も浮いていた。

 

『54歳 男性 個体名:■EK-■99』

 

『3■歳 ■性 個体名:■99』

 

『■歳 女性 ■体名:■950■』

 

『■■歳 男性 個体名:9■式』

 

 ほんの一部だが、その一部からでも分かる狂気の数々。大戦中というのは、このような異常がまかり通っていたというのだろうか。

 

「……出来の悪いアクションホラーとかだと、ここでコイツらが一斉に目覚めて襲ってくるんだよな」

 

「怖いこと言わないでくれる?」

 

「悪い悪い…………っと、あれは?」

 

 壁にライトを当てると、壁際の鉄製のラックに何かファイルが大量に保管されているのが分かった。

 

 それに近寄り、タイトルの書かれた背表紙を一つずつ照らして読み上げてみる。

 

「『崩壊液研究①』『崩壊液研究②』『崩壊液弾頭実験報告』『E.L.I.D兵器転用の可能性と理論』…………研究資料は一纏めにされてたのか。道理で見つからない訳だ」

 

「いざとなったら此処を破壊して機密を守るつもりだったのかもね」

 

 ライトを口に咥え、ファイルを一つ手に取る。その内容は学があるとはいえないレンには全く分からないが、パラパラと捲ってみた限りだと、これが回収するように言われていた資料のようだ。

 

「よし、この辺の奴を詰め込めるだけ詰めこむ。お前は周辺の警戒を頼んだ」

 

「はいはい。ちょっとそのアサルトライフル貸りるわよ」

 

 アサルトライフルを渡して、空いた両手でバックパックにファイルを四苦八苦しながら詰め込む。

 

 大きさの都合で全てはとても入らないので、いかにも重要そうな事が書かれていそうな物だけを持って帰らなければならなかった。

 

 個人の独断と偏見で持ち帰る資料を厳選し、バックパックに詰め終わった頃、一つのファイルのタイトルが目についた。

 

「『プロジェクト・NEXT』……?」

 

 そう記されたファイルは、他のファイルの倍以上の大きさであった。崩壊液研究に関するものではないようだが、もしかするとこれも重要な物なのかもしれない。

 そう思ったレンは適当な箇所を開いて読みはじめた。

 

「『──であるから、人間の脳から出る電気信号をメンタルモデルに変換しAIとして搭載する事で、人類は脆弱な肉体という器を捨て去り、まさしく不老不死と言うべき存在に昇華する事が可能になるのである』」

 

 小難しい理論式の合間に記された言葉を読み、更にページをめくる。

 

「『ただし、変換したままのメンタルモデルを搭載すると情報量に耐えきれず発狂してしまう。

 当報告書を書く前までは解決方法も分からず、これまで多くの実験体を無駄にしてきたが、リコリスが進めていたプロジェクト・ファントムの研究成果を生かす事で問題がクリアできた。

 プロジェクト・ファントムの詳細は別冊子に纏めてあるので、そちらを閲覧されたし』

 

 ……ページをめくる。

 

『プロジェクト・ファントムによる人格データの改変と、人間だった頃の記憶を全て消去することにより、ネックであったメンタルモデルの容量を圧縮することに成功。どうにか発狂せずに稼働させる事が出来た。

 ただし、元になった人間を完全に再現するという本来の方向からは多少外れてしまっているため、今後の研究で本来の方向へと軌道修正を計りたい』

 

 …………ページをめくる。

 

『まだ課題点は残っているが、私、ルナ・セラール自身を実験体とした人形化の成功で、この技術は概ね完成したものとする。

 最後に、この技術の完成に多大な支援をしてくれたペルシカリアとリコリス。ならびに90wishの全ての研究者に多大な感謝を述べて、本プロジェクトの報告書を締めさせて頂きたい』

 

「90wishのペルシカリアって……あんの馬鹿野郎、何に加担してやがる」

 

 末尾に、恐らく直筆で書かれたルナ・セラールという人物のサインを見ながら、今も16Labに篭っているであろうペルシカに毒を吐いた。

 

 だが、これも重要そうだ。レンはこれも詰め込もうとバックパックのファスナーを開けようとして──

 

『やあ、おはよう』

 

 ──男の声が、室内に響いた。

 

「「ッ!?」」

 

 次の瞬間、廃墟なはずの施設に電気が点灯する。パッと明るくなった室内に二人の目が眩んだ一瞬。

 

 その一瞬で、黒い何かが動いた。

 

「ぐうっ!?」

 

「レン!」

 

 視界を閉じてしまったレンが感じたのは、何者かに首を掴まれ、壁に叩きつけられながら首を絞められる感覚だった。

 

「かはっ!?」

 

 黒いフード付きコートを目深く被った誰かがレンの首を絞めあげる。

 ヒトの形を取ってはいるものの、成人男性一人を片手で持ち上げるほどの力を持っているソレは、普通の人間ではない事だけは確かだった。

 

「くっ……!」

 

 ギリギリと万力のように締めあげてくる片手をどうにか引き剥がそうとしながら、狭まる視界で顔を見ようとした。

 しかし、どうやら素顔をマスクか何かで隠しているようで、フードの奥には無機質な赤い二つの目と黒い鉄の艷めきが僅かに確認できただけだった。

 

「こ……のっ、やろっ!」

 

 このまま首の骨を折られるかと覚悟したレンだが、謎のヒトガタは、その無機質な赤い目をレンに向けたまま硬直した。

 

 結果、レンと謎のヒトガタが見つめ合う構図になる。

 

 何故、一思いに殺さないのか。いたぶる趣味でもあるのか。ほんの少し残された思考の空白で、レンはそう考えた。

 

「レンから離れろ!」

 

 ヒトガタが動きを止めた一瞬、今度は彼女が動いた。

 刀身が長いVendettaでは不利と判断した彼女が、スカート内部のパイルバンカーを装着し、一撃で仕留めると言わんばかりに肉薄。

 

 ビデオの一時停止ボタンを押されていたかのように止まっていたヒトガタが、その声に反応して振り向く。

 

 が、遅い。

 

「死ねッ……!!」

 

 片手でレンを絞めあげている腕を掴み、もう片手で胴体目掛けてパイルバンカーを叩き込む。

 解き放たれた杭が胴体を貫き、その勢いのまま遥か後方へと吹き飛ばした。

 

 掴んでいた腕もまた千切れ、そこから伸びた配線の数々が、謎のヒトガタが自律人形の類いであることを示している。

 

 それには目もくれず、やっと拘束から解き放たれて咳き込んでいるレンの手を引いた。

 

「出口まで走って!あのバックパックは私が投げるから!」

 

「げほっ、分かっ……た……っ!」

 

 まだふらふらしているものの、動かなければ死ぬ事は分かっている。

 レンが何とか走り出そうと一歩を踏み出した時、わざとらしい拍手の音がした。

 

『ふぅん、なかなかやるね。Jが動かなかったのは予想外だったが、その咄嗟の判断は見事だ。流石、軍の一派を敵に回して生き残っただけの事はある』

 

 さっき聞こえた男の声がする。室内に取り付けてあるスピーカーから響く賞賛の言葉に二人は気を良くするでもなく、厳しい目線を向けた。

 

「あんた、一体何者なの!?なんでそれを知ってる!」

 

「お前、まさか軍の関係者か……?!だが、なら何で俺達を殺そうとする!」

 

『はぁ……質問が多いね。僕が答えるとでも?』

 

 投げかけられた問いを一蹴した声は、小馬鹿にするような調子を保ったまま言った。

 

『でもまあ、ここまで来れた御褒美に、一つだけ答えてあげよう』

 

 そして告げた。彼の名前、その役職を。

 

『AI研究所代表のリコ。それが、僕の名前だ』

 

「AI研究所……!やっぱりか!」

 

 予想していた事だが、直接その事実を突きつけられた事で予想は確証に変化した。

 あからさまなほど敵意を向ける彼女など何処吹く風という感じで、リコは軽い調子を保っている。

 

『さあ、目的を果たしたなら帰りなよ。

 お帰りはあちらだ。僕個人としては、ここで殺してもいいんだけどね。帰るのなら追いはしない』

 

「……何をしたいんだ、お前」

 

『帰るのかい?帰らないのかい?』

 

 質問に答えず、二択を突きつけてくる。

 

 どうして生かして帰そうとするのか、その意図が読めない。

 一方的に言いたいことだけを言っていく態度は不気味で、しかもそれでいて、あからさまにレン達を見下しているようだった。

 

「……何を考えてるのかは知らないが、ここは退こう」

 

 警戒しながらバックパックを背負い、レンはゆっくりと後退しはじめた。

 まるで意味が分からないが、帰してくれるというなら帰らせてもらおう。ここで死ぬのはレンとしても本意ではなかった。

 

 

 そうして二人が撤退した後、施設の更に奥から同じ姿をした、無傷のヒトガタがもう一体現れた。

 

『J。追撃はいい、そこで待機してくれ』

 

『……いいのか?

 

 先ほど倒された残骸に目を向けながら、ボイスチェンジャーを使っているのか、幽鬼を連想させるような恐ろしい声でリコに聞く。

 ノイズが混じったその声の低さは男性特有のものだった。

 

『構わないよ。こちらも必要な結果は得られたし、あの二人に関しては今のところ契約外だ。余計な労力を使う事はないさ』

 

 別に、見られて困る物を置いていた訳ではないからね。

 崩壊液の技術を持っていかれたにも関わらず、リコは余裕を崩さない。

 

 リコとしては、そんな些事よりも気になったことがある。

 

『それよりJ。さっきはどうして動きを止めたんだい?そんなプログラムは仕込んでいなかった筈だけど』

 

 想定外の動作をする事は、この手の製品には良くある話だ。もしこれがバグなら、それを修正する必要がある。

 しかし、Jと呼ばれたヒトガタは、自己診断プログラムを走らせた末に一言。こう答えただけだった。

 

…………俺にも分からん





以上、露骨にフラグを立てまくった三話でした。こういう話を書こうとするとやる気が消える私の悪い癖があり、投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

次からはもう少し早く更新できると思います。この連休中に一気に進めたいなぁ……
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