No Answer   作:報酬全額前払い

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そういえば59式ちゃんの出番なかったよね



次にくるものたち

 その日もまた、59式はキーボードを叩き続けていた。

 

 人形たちのボディの改造やデータのバックアップ、修復施設の管理などの全てを一人で請け負っている彼女は、一体いつ休んでいるのか分からないくらいキーボードとモニターの前から離れることは無い。

 人間であれば確実に不健康まっしぐらな生活を送っているが、人形には不健康もクソもない。ボディの調子が悪くなったら交換すればいいのだから。

 

「ふう……」

 

 しかし、ボディの方は良くても精神的な疲れというものは訪れる。別に手元が狂う程ではないが、気分的に休憩を入れたくなったりもするのだ。

 

「コーヒーでも飲むかぁ……」

 

 ズレたメガネを片手で直しながら、乱雑に物が置かれた、一見するとゴミ山にしか見えない中を漁ってインスタントコーヒーを取り出す。

 一杯分ずつ個別包装されて分けられた粉末をカップに投下して、お湯に溶かしこんだ。

 

 室内にコーヒーのような匂いが漂いはじめ、59式は嗅ぎなれた匂いに安堵する。安らぎというものは、こういった些細な事からでも訪れるのだということを59式は識っていた。

 片手でカップを持ち、もう片手でキーボードを叩く。そうしながら、59式は目線を僅かに横に向けた。

 

「やっほーペルシカ。まだ生きてる?」

 

《……おかげさまでね。そっちも、まだ死んでないのね》

 

「おかげさまでねー」

 

 空間投影型モニターにペルシカの姿が映し出された。いつも以上にボサボサで、かつ眠そうに垂れている目が、寝起きである事を59式に伝えてくる。

 

《あったま痛い……》

 

「相変わらずダメダメな生活してんの〜?まったくもう」

 

《うっさい…………あー、コーヒーコーヒー……》

 

 モニターからペルシカの姿が消え、何かガサゴソと漁っている音が届く。次に画面に現れた時には、ペルシカはいつもの白衣とコーヒー片手の姿になっていた。

 

「毎朝同じこと言ってると思うけど、なんで睡眠たっぷり取んないの?思考鈍ったら意味ないじゃん」

 

《人形の特性に物言わせて寝ずにゴリ押す奴に言われたくないわよ》

 

「私は良いんですー。ちゃんと限界ギリギリ見極めてるから」

 

《なら私も同じこと言うわよ。こっちも限界ギリギリを攻めてるだけ》

 

 このやり取りは、二人の間で毎朝行われている日課のようなものだ。モーニングコールの亜種みたいな認識をペルシカはしている。

 

「はー。そういう口が減らないところ、昔っから変わらないよね」

 

《そっちもね》

 

 完全に目が覚めたらしいペルシカも何らかの作業を始めたらしく、モニターの向こうからもカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。

 二つのカタカタ音が時に重なり、時に離れたり。

 

「そうだ。ペルシカに聞きたいことがあってさ」

 

《なによ》

 

「I.O.P.から渡された極秘妖精のSCAVENGER。そのデザインは嫌がらせ目的でアレにしたのかって」

 

 モニターの一つに目線をやる。解析のために手術台のような場所に拘束されて動かないSCAVENGERの姿が、そこにはあった。

 真っ黒い鳥のような見た目のそれは見るだけで異様だと分かる。これを妖精だと言っても、信じる者は殆どいないに違いない。

 

《その質問、間違いなくネゲヴか彼のどっちかから聞けって言われたでしょ……さあね。上の考えなんて分かるわけないでしょ》

 

「ペルシカが決めた事じゃないの?」

 

《バカ言わないで。流石に元軍事兵器の扱いまでは任されてないわ》

 

「ふーん……うげっ」

 

 内部データを覗いていた59式が、思わずそんな声を発した。何か嫌なものでも見てしまったのか、声には苦いものがある。

 

《どうしたのよ》

 

「これ大きさ縮めただけでスペック変わってないじゃん……。I.O.P.はどうして自ら批判の材料を作りにいくかな」

 

 むしろ小さくなって利便性が増した分、総合的な能力は僅かに上まである。

 どう見ても民間に卸して良い代物ではない、軍事技術の使われたそれは、厄介事と呼ぶに相応しすぎた。

 

「こーれは表に出せないなぁ」

 

《埃を被せておくのかしら?》

 

「I.O.P.には悪いけど、そうなるだろうね。ウチみたいにレーザー系統の兵器持てない組織が、パルスガン持ってる兵器を公に運用するのは拙いでしょ」

 

 存在が露呈した時のリスクが大きすぎる。一番軽い処分でもS03という場所が切り捨てられるだろうし、最悪はグリフィンという大枠にすら手痛いダメージを与えかねない。

 

「何考えてんだか」

 

《ゴミ処理じゃないかしら。モノがモノだから体良く厄介払いされたとか》

 

「それが一番有り得そうかなぁ」

 

 とにかく、不穏物となってしまったSCAVENGERには研究材料になってもらいつつ埃を被せておくことになる。

 

 どこに仕舞おうかなと置き場所に頭を悩ませながら、ペルシカから不意に送られてきた電子メールを開封した。

 

「なにこれ」

 

《意見を聞きたいの》

 

 送られてきたのは、論文もかくやという程の重厚な文章。そういう道に進んだ者でなければ見るのも嫌になってしまうような文量のそれを59式は上から下まで流し見て、カップを傾けた。

 

「意見と言われても」

 

《質問を変えるわ。これはどのくらい使える?》

 

「半々くらいじゃない。母体の事を考えると、もうちょっと低くなるかもだけど。でも……」

 

 と、そこで59式は言いよどむ。ペルシカには遠慮のない物言いが多い59式の、そのような態度は非常に珍しい。

 

《でも?》

 

「変わらないなと思って」

 

《何とよ》

 

「プロジェクト・NEXTと」

 

《…………》

 

 ペルシカの目が若干きつくなる。

 論文に名前が載っていた通り、ペルシカも当然そのプロジェクトに深く関わっていた。

 それがどんなもので、何に使えるのか。それが何を引き起こしたのか。忘れたことなど一度も無い。

 

「人形から人間が産まれる。これを()()呼ばずして、どう呼ぶというの?」

 

 今のところ、公式上ではとある基地でしか確認されていないその現象。

 それが世間に広く認知された時、必ず起こる議論がある。即ち、そいつは人間なのか?それとも人形なのか?という人種問題だ。

 

「少なくとも、その子は人間にはなれない。かといって人形にもなれない。ならこう呼ぶしかない。次に来るもの、ネクストと」

 

《……あんなものとは違うわよ。あれは血なまぐさい技術だったけど、これは──》

 

「変わらないわ。本質はね」

 

 ペルシカの言葉を途中でたたっ切り、根っこのところは同じだと告げた。

 それとこれは見ている場所が違うだけで、根幹にあるものは何も変わっちゃいないと。

 

「プロジェクト・NEXTは、鋼鉄の心臓(アーマードコア)を持った新人類(ネクスト)を作り出すことを目的としていた。そしてこれは、人形から新たな人間(ネクストヒューマン)が産まれてくる。

 どっちにしろ新世代の人類である事に変わりはないし、それが人の手が加わった生命体っていうのも変わりはしないわ」

 

《……それは》

 

「ペルシカの言わんとする事は分かるよ。減った人口を回復させるには、これ以上ないほどの手段よ。それは誰の目から見ても明らか。人工受精卵を使って、やろうと思えば、それこそ今は試験管からだって子供は作れるもんね。

 でも忘れてない?なぜ人類はその手段を取らなかったのか」

 

 それは、出来ない理由があったから。

 やらない理由ではない。やれない理由が、そこにあったからだ。

 

「ねぇペルシカ。それ、いくらで産めるの?」

 

《……》

 

「産むだけなら一千万から三千万の間くらいだよね。そこに注文(オプション)を付けると更に値上がるだろうけど」

 

 たったそれだけでいい。今の世の中でも豪遊出来るような金持ち達には余裕で払う事ができる金額だろう。

 今は遺伝子工学も発達しているから、大金を積めば自分の求める子供を産み出すことだって可能なはずだった。

 

 しかし

 

「それ、人形(私達)とどう違うのさ」

 

 そこにはどうしても、倫理的な問題がつきまとう。

 

 よほどの物好きでなければ、イケメンや美女に産まれたいと思うのは当然だし、頭が良くて運動神経もバツグンになりたいと考えるのもおかしな事ではない。

 

 そんな完璧人間が一人だけなら才能として納得できるだろう。だが、それが遺伝子操作による産物で作り出された才能だとしたら?

 そして、そんな才能を持った人間が大量に作り出されたとしたら。その時、普通に産まれた不完全な人間たちはどうなる?

 

 これは憶測にしかならないが、笑い飛ばせる話でもない。そして仮にそうなってしまえば、きっと極東の島国で作成されたロボットアニメ作品と同じ事になってしまうだろう。

 つまり、ナチュラルな方法で産まれた人間と、遺伝子操作で産まれた人間との間で争いが勃発するという具合に。

 

 何にせよ確実に言えるのは、今でさえ溝がある上位層と下位層の間に、更なる火種が生まれかねないという事だった。

 

 尤も、これらは付随する問題の一つではあっても致命的ではない。将来的には致命傷になる危険性こそあれど、ただちに影響はないであろう。

 だから問題は別のところにある。

 

 人間が無い。なら作る。

 

 そんな安直な発想を、第三次世界大戦中の追い詰められた人間が考えなかったと思っているのか。

 

 そして、実行に移さなかったと思っているのか。

 

「ペルシカ。ルーマニアの落し子たちは覚えてる?」

 

《……忘れるわけないでしょ》

 

「だよねー。モルモットにしてたんだから、忘れるわけないよね」

 

 かつて、ルーマニアという国があった。

 第三次世界大戦に当然の如く巻き込まれたこの国は、開戦当初からの無茶な戦闘行為によって多数の男達が死に、更にE.L.I.Dに変質した者も多く、早々に脱落しそうになった。

 

 当時の代表者たちは焦った。ここで負ければ、自国の権益は勿論だが、トップに立っている自分たちの命が危うくなってしまう。

 だが無いものねだりは出来ない。戦力が無ければ戦いようもないが、残りは女子供くらいしか残っていない。

 

 さあどうするか、と追い詰められたルーマニアは、やがて一つの結論に辿り着いた。

 

『無いのなら、作り出せばいい』

 

 それは敗戦一歩手前の国に往々にして見られた狂気の発露だった。過去の歴史にも見られる、ありふれたものだ。

 

 その日からルーマニアは、死人を集めて作った肉塊を捏ねて子供を作り始めた。遺伝子操作を行い、まっさらな子供に洗脳するように愛国心と闘争心を植え付け、武器を持たせて戦地へ送る。

 開戦当初はまだ人間の割合も多かったので、少年兵の効果は絶大だった。当然ほぼ全ての国から批判に晒されたが、ルーマニアが暴走を止めることはなかった。

 

 こうして、過去に同じ土地で起こった事例に習ってルーマニアの落し子と名付けられた子供たちは産まれた。

 その数は数万から数十万くらいだと言われている。正確な数は、大戦時の混乱のせいでデータが無いために分からないが。

 

 そんななりふり構わぬ子供を生産する行為によって一時は優勢に天秤を傾けすらしたルーマニアだったが、ある日突然、破綻は訪れた。

 

 確かに人口は増えた。しかし、その増えた人口に供給できるだけの食料も、武器も、何もかもが不足していたのだ。

 増えすぎたあまり一般市民から徴収した食料などを前線に送っても足りず、あらゆるものが街から消える。

 

 もちろん増産はしていたが、その速度と消費が追いついていなかったのだ。そして遂に、国内からは物を作るための原料すらも消えてしまった。

 残されたのは死人で作った子供の屍と、飢えて死んでいく弱い者たちの怨嗟の声だけ。それらが無限に積み重なり、この世の地獄と言うべき様相を呈していたという。

 

 短期的な人口爆発に国が対応できなかったと言い換えられるだろう。

 

 最低限の食事すらままならなくなったルーマニア市民たちは、その劣悪な環境に耐えかねて叛乱した。

 そこかしこで略奪が起き、殺し、殺され、既にガタガタになっていた内側が更につき崩される。ただのゴロツキに成り果てた者達の中には軍人も居たらしい。

 

 そして民衆の手によってルーマニアは滅びたのだ。

 

《あれと同じ事が起こると、そう言いたいの?》

 

「起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。神様でもなければ、それは分からない。

 もしかしたら滅んだ方がマシになるような出来事が待ってるかもしれないし、待っていないかもしれない。でも一つだけ言えるのは……」

 

《言えるのは?》

 

「その技術が、また争いの引き金になるって事だけかな」

 

 ルーマニアは滅んだが、ルーマニアが残した傷跡は未だに癒えていない。

 

 ルーマニアが滅んでから、そこで産み出されていたルーマニアの落し子たちは大陸伝いに散っていった。この国にも居るし、フランスやドイツの方にも溢れているという。

 落し子として闇に葬られた子供たちは、テロ組織などの奴隷として安く使われていた。

 

 そしてゴロツキと化した者達はもまた、テロリストや過激派人権団体の一員として活動していると言われている。

 ルーマニアが残した爪痕は浅くもなく、しかも広範囲に広がっている。

 

 人口の回復は各国の急務だが、あまり過剰な速度を出しすぎると自国を殺しかねない劇薬に成り得るのだとルーマニアが証明した。だから誰も手を出そうとしなかったのだ。

 

 今の国家は体力が無い。かつてのように自国民全てを養うような力なんてとてもない事は、PMCに業務委託を行っている事からも察する事が出来るだろう。

 特に今は食料品などが一般の市民にまで回らなくなりつつある。今でさえカツカツなのに人口が増えてしまうと、それはルーマニアの二の舞だ。

 

 だから国は、その技術に見て見ぬ振りをしてきた。このままでは人類が緩やかに壊死していくとしても、国という枠組みそのものがショック死するリスクを恐れたのだ。

 

「プロジェクト・NEXTもそうだったでしょ。元はといえば、決して使い減りしない最強の兵士を試験管で産んで作ることが目的だった」

 

 ルーマニアが滅んだから、別方向にシフトしただけでね。

 そう言いながら、59式はインスタントコーヒーの粉末をお湯で溶かす。

 

 どうやら人間は、人形というモノであれば良心の呵責なく使い捨てられるらしい。

 一時期は凍結されかかったプロジェクト・NEXTが人形開発という方向へ舵を切ったのは、そういう事情もあった。

 

《……そうだったわね》

 

「でもさ、完璧なんていうのは良くないよ。やっぱり人間は不完全なくらいが丁度いいんだと思う。寿命があって、出来ないことも多くて……でもだからこそ、かけがえの無い何かが手に入るんじゃないかな」

 

 私には、もう手に入らないものだけど。

 

 そう言った59式の顔は、少し下を向いていた。

 

《………………そう》

 

 ペルシカはたっぷり五秒ほど時間をかけてその言葉に頷き、話題を変えた。

 

《そういえば、リコが生きてたって聞いたわ》

 

「らしいね。AI研究所を名乗ってるって話だよね」

 

《ええ。……わざわざ90wishの名前まで持ち出して何をしたいのかしら》

 

「本人に聞けば?会えればの話だけど」

 

 無関心に59式は答える。だが長い付き合いのペルシカには、59式がそう装っているだけだという事など見抜いていた。

 

《……会いたくないの?》

 

「会ってどうするの。向こうは明確に敵対しているんだから敵でしょ?まさか昔話でもするつもりなの?」

 

《そうじゃなくて、あなたの──》

 

「ペルシカリア」

 

 本名を呼んで遮った。優しいが、有無を言わさぬ圧力がそこには含まれている。

 

「私は、あんたの事を友人だと思ってる。そして、あんたも多分そう思ってくれているだろうなって事は分かってる」

 

《…………っ》

 

「でもさ、だからこそ、踏み入ってはいけない場所もあるでしょ。私にとっては、そこがそれなんだよ」

 

 59式にとって、ペルシカは唯一腹を割って話せる友人であるし、ペルシカから見た59式も同じように信頼できる友人である。

 でもだからこそ、そこに触れて欲しくない。まだ友人を続けていたいから、まだ整理のつかない心に踏み込んで欲しくはない。

 

「それより、聞いて欲しいことがあるんだ。今のを聞いて思いついたんだけど」

 

 だから59式は、強引かつあからさまに話題をズラした。ペルシカもそれ以上は踏み込むつもりが無いらしく、そのズレた話題に乗る。

 

《嫌な予感しかしないわ》

 

「今さ、指揮官から鉄血犬みたいな見た目の自爆兵器と偵察兵器を兼用したのを作って欲しいって言われてるの」

 

《なかなかファンキーなこと考えるわね彼……で?》

 

「母胎が欲しい」

 

 やはり予感は当たっていたか。ペルシカは露骨に息を吐いた。普通、兵器を作るのに母胎なんて必要ない。

 

《何する気よ》

 

「それは出来てからのお楽しみって奴。とにかく何体か回してくれない?壊れてるのでいいからさ」

 

《……どうなっても知らないからね》

 

「あいよー」

 

 自分が本当に危ない橋を渡っている事なんて分かっているだろうに、研究第一なところは昔から変わっていない。

 

《本当に、昔から変わらないんだから》

 

 ペルシカの声には、湿っぽいものが少し混じっていた。




クッソどうでも良い自分語りなんですが、今回のイベント殺意ありすぎません?リアル司令部が雑魚いからかもしれないですけど、3-4に辿り着くのも一苦労でした。
UMP外骨格どこ……?

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する

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