No Answer   作:報酬全額前払い

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教会の密会

 ナガンことM1895は、今日は珍しく夜に外に出ていた。

 

 夜の見回りというわけではない。今日は呼び出されたのだ。一緒に飲まないか、と。

 

「やれやれ……仕方ないとはいえ、こんな夜にか」

 

 窓から外を見ると、今日も雨は降り続いている。ただの一時すら止むことなく、憂鬱な気持ちにさせてくる曇天と雨。

 こんな夜に外に出向くのは気が進まないものの、友人の酒の誘いを拒むほど器量が狭くはない。しかもそれが、滅多に会えない者達となれば尚更だった。

 

「おっ、お疲れ様です!」

 

「うむ。そちらもご苦労。飴をやろう」

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

「頑張るんじゃぞ〜」

 

 昼間の出来事が尾を引いているのか、少し畏れているような目を向けながらの敬礼を受けつつ、M1895は守衛室を通って行政区画と低層区画を分ける大きな壁を越える。

 棒付きキャンディを受け取った人形が凄く何とも言えない微妙な顔をしていたのは、少し恐ろしく思っていたM1895の印象が今の気さくな行動でブレていたせいだろう。

 

 まさか、飴玉のダメな評判を知っていたから「こんなもん貰っても……」みたいな顔をしていた訳ではない、はずだ。

 

「……ふむ」

 

 そこから一歩進めば、広がるのは全てを飲み込む暗黒の街だ。

 

 ところどころの窓から僅かに漏れる明かりのある街を見据えながら、M1895は包み紙を取った飴玉を咥えて、その包み紙を広げた。

 包み紙の裏のくじは、相も変わらず"ハズレ"である。

 

「また当て損なったか」

 

 なかなかどうして、弾丸のように当たってはくれんものじゃのう。

 そんなことを呟きながらゆっくり歩くM1895は、一見するとただの子供にしか見えない。身長も小さいし、声も幼いからだ。

 

 昼間も物騒なのがS03の第一都市だが、夜になれば更に物騒になる。一見すると誰もいないように見える大通りには、多数の人間が息を潜めているのが目を凝らせば分かるだろう。

 

 油断をすれば一瞬で飲み込まれ、身ぐるみ剥がされた遺体一つのみが残る事になってしまう。

 最も賢明なのは夜に出歩かない事だが、どうしても出なければならない時、頼りになるのは点在する街灯と己の力のみ。

 

 力こそが全て。それがS03の不文律であり、同時にこの世界そのもののルールでもあるのだ。そしてそんな世界において、M1895のような見た目の子供は真っ先にカモにされる。

 しかし、そんな理由でカモられそうな見た目のM1895に誰も絡んできはしなかった。この街で生き延びているだけあって、ヤバイ奴を本能的に察しているのだろうか。

 

「やはり、きな臭いのう……」

 

 街全体が澱んでいる。何処も彼処も胡散臭いの塊のような場所だからなのか。あるいは、この都市そのものが火薬庫のような状況で綱渡りしているような安定感の街だからなのか。とにかく風通しが悪い。

 じろじろと見られている事を把握しながら、軽い足取りで先を急ぐ。こんなところに居たら気が滅入ってしまう。

 

 道路を通る車なんて警備部隊の保有するものくらいのもので、一般の車なんて滅多に見られないが、万一轢かれても嫌なので一応歩道を通りながら目的地へと向かう事にした。

 

「…………」

 

 近くの路地裏で息を潜めている男は、その後ろ姿を見送りながら冷や汗を拭った。近づかれるだけで冷や汗をかくような奴と出会うなんて初めての事だった。

 

 さて、人間からも畏怖の目を集めるM1895が飴玉を途中で噛み砕き、その一欠片までも溶けて無くなったくらいで立ち止まったのは、固く閉じられた教会の扉の前だった。

 

「来たぞ」

 

 扉を勢いよく叩けば、程なくして扉が開かれた。出迎えたのは、この教会の主であるP7である。

 

「来たね。もうお客さんは待ってるよ」

 

「そうじゃろうな」

 

 待たせたことに対する罪悪感などはない。どうせ向こうは自分を呼ぶ前から待機していただろうからだ。

 

「P7、調子はどうじゃ?」

 

「今日は少し良いよ。お客さんが結構お金を落としてくれているからね」

 

「ぼってるんじゃなかろうな」

 

「まさか。お得意様には安くしてるよ…………はい。この部屋の奥」

 

 中から顔を覗かせた教会の主と挨拶を交わしながら奥に案内される。礼拝堂の奥にある扉を開けてその中に案内されると、M1895を呼んだ友人は既に酒盛りを始めていた。

 

「ナガンおっそーい。もうお酒開けちゃったよ」

 

「これでも急いだんじゃよ」

 

 さっき呼んでおいてなんて言い草だと苦笑いを浮かべながら座っている人形に近寄っていく。

 そしてその人形の真横の席に座った時、いつの間にかカウンターに立っていたP7が良い笑顔でジョッキをM1895の前に置いた。

 

「ささっ、どうぞどうぞ。駆けつけ一杯」

 

「おおすまんの。では失礼して……」

 

 やけに芝居がかった口調に合わせて酒の入ったジョッキをグイッと傾けて、一息で半分ほど消費したところでカウンターの上に置いた。

 そうしてから横を見て、座っていた人形に笑いかける。

 

「久しいな45。見たところ壮健なようで何よりじゃ」

 

 このS03地区には存在しないはずのUMP45が、そこに座っていた。

 

 まるでバーのような作りになっている一室には、UMP45以外にも複数の人形がいる。UMP9、HK416、G11の三体だ。

 G11は寝ていて、416は水を片手に離れたテーブル席に座っている。近くに銃を立てかけている辺り、警戒は怠っていないようだった。

 そしてUMP9は45から一席分だけ空けたカウンター席に座っていた。普段と変わらぬニコニコ顔で、こちらを見ている。

 

「まあ何とかね。そっちも元気そうじゃない」

 

「まあの。こっちは404ほど過酷な仕事はあまり来んからのう」

 

 腕章を見ながらそんな事を言う。このUMP45は404 not foundと呼ばれる、グリフィンでも特にアンタッチャブルな非正規部隊のリーダー的な存在である。

 人形達の出自と部隊の事情からグリフィン内でも存在を殆ど秘匿されている部隊なのだが、それの存在を知っていて、親しく話せるほどの距離感なのは何故か。更に言うなら、何故S03なんて辺境に居るのか。

 

 それは指揮官のせいだ。

 M1895は詳しく知らないが、なにやら昔に色々あったらしい。その縁で今もこうして関係が続いているという。

 

 かつて繋いだ縁。というと聞こえは良いが、要は都合の悪い時に体良く使われているに過ぎない。ある時は隠れ蓑として、またある時は補給所として。

 それだけだと何だかアレな感じだが、向こうも使った分だけ対価を出してくれるから、そういう意味ではwin-winの関係であった。

 

「せっかくじゃ。再会祝いに、何か土産話でも聞かせてくれんかの」

 

 例えば、失ったダミーの補充を行う対価に、404でしか知り得ないような情報を持ってきてくれる、とかが具体例だろう。

 

「なんでもいいの?」

 

「なんでも良いぞ。心躍るような冒険譚があるなら、それでよい」

 

「私達が、そんな輝かしいお話とは無縁だって分かってるクセにー」

 

 UMP45は普通のグラスを両手で持ってクイッと軽く傾けた。対するM1895は、ジョッキを豪快に傾けて残りを喉に流し込む。

 その見た目からは到底想像もつかないほどの飲みっぷりに、しかし誰も動じる事は無い。

 

「で、何かないのか?」

 

「そうねぇ。私的には、416のバストサイズが大き──」

 

 弾丸が一発、UMP45の頭を掠めて飛んでいく。背後からの殺気は、きっと件の人物のものだろう。

 口をつぐみ、肩をすくめたUMP45はグラスに追加の酒を注いで、それを呷った。

 

「……それ以外には?」

 

「歴史的な快挙を成し遂げた基地が出てきたわ。D08って知ってるわよね」

 

「ほう、あそこか。あそこが何をした?」

 

 さっきのおちゃらけとは異なり、真面目な話のようだ。

 M1895は腰に巻いてきたポーチの中から袋を取り出して机の上に起きながら先を促す。袋の口から僅かに漏れるダイヤの輝きにUMP45は気を良くしながら口を開いた。

 

「なんでも、人間と人形で子供が出来たとか」

 

「ほほう。それは厄介な」

 

 真っ先に考えたのは、目出度い。よりも先に面倒になった。ということ。

 パッと見ると祝福される事柄だが、そこに付随するあらゆる要素は不穏の一言に尽きる。輝かしい功績の裏には、必ずと言っていいほど薄暗いものが付いてくるからだ。

 それは既得権益を脅かされた人々の恨みの声だったり、純粋にその存在を許せない者だったり、果ては新たな争いの火種として利用しようとする者だったり。

 

 闇に蠢く悪意というものは、往々にして光輝く善意よりも大きくておぞましいものなのである。

 

「それは果たして人間か、それとも人形か。どちらでもない者となるのか……そんな議論が勃発しそうじゃのう」

 

「そんな事はどうでもいいのよ。それより、これを機に動き出す勢力が問題なの。お陰で私達は暇なし、もう嫌になっちゃう。この後は西へ東へ……はぁーっ」

 

「路銀は尊いものじゃろう。貧困に喘ぐよりはマシなんではないか?」

 

 本気で嫌なのか、カウンター席に突っ伏したUMP45に慰めの言葉をかけつつ酒を呷る。

 カウンターに置いてあった空いたボトルの代わりに、新たなボトルをP7が持ってきていた。

 

「限度ってものがあるでしょうよ。どうせ幾つかは、だまして悪いが死んでもらうってオチだろうし」

 

「お主ら、色んな場所から恨みを買っとるからのう」

 

「ナガンのところも同じでしょ。いつか私たちと同じ事されるわよ、だまして悪いがってね」

 

 45はホルスターに仕舞われているであろうリボルバーのあるレインコートの内側に目を向けた。その弾丸は、一体どれほどの命を奪い、恨みを買ったのだろうか。

 他人のことを言えたものではないが、ふとそれが気になった。

 

「まあなんじゃ。無関係では居られんな、これは」

 

「イレギュラー個体のHK417からイレギュラーな子供が産まれる……わお、言葉に起こしただけで分かるくらいの大問題ね」

 

「大問題じゃが……向こうもそれは分かっておろう。それに、問題ではあっても悪い話ではない」

 

「そうね。これは好機よ、私達みたいな真っ当じゃない連中にとってはね」

 

 これから仕事が増えるだろう事を二体の人形は予見していた。今回の出来事は既に広く知られているだろうから、今後様々な非人道的な行いが行われていくだろう。

 その闇が濃くなればなるほど彼女達の仕事が増える。

 

 つまり、大金を稼ぎやすくなるのだ。

 

「ああそうそう。そういえばなんだけど」

 

「なんじゃ」

 

「S04の方で、鉄血の侵攻が本格化してきたみたい」

 

「ほほう。とうとうか」

 

 前々から押されてはいたものの、本格的に不味くなってきたということか。

 補給路を別に構築し終えたS03には殆ど関係のない話になるが、まだ補給路をS04に頼ってしまっている基地や地区にとっては、S04が陥落してしまうと大きな痛手となるだろう。

 

「必死に抵抗をしておる頃かの」

 

「あそこが陥ちると物資が無くなって、相当な被害が出るのは明らかだし、確実に責任者の首も飛ぶから保身に必死らしいよ。

 なりふり構わず他の地区に救援要請とかも出してるみたいで、今は色んな地区の人形が集まってる」

 

「それはそれは。さぞ壮観なんじゃろうなあ」

 

 今こうしてM1895たちが酒を飲んでいる間にも、遠い空の下で銃弾は飛び交っているのだろう。鉄血に昼夜の区別などつかないのだ。

 住民は気の毒にと思う。連日連夜街の近くでドンパチやられていたら気が休まらないに違いない。しかも大量の人形が集結していれば尚更だろう。

 

「めぼしい話はそれくらいかな。後はS04に戦災孤児が溢れてるっていうのと、治安が悪くなってテロが横行し始めたってことくらいね」

 

「S04に戦災孤児が?」

 

「らしいよ。かなり多くの孤児がSG社の経営する孤児院に引き取られたらしいけど、それでもまだ残ってるって」

 

 珍しい話ではない。鉄血侵攻の際に、自衛できるだけの力も無い村が襲われて孤児が発生するなんてことは、割とありふれた話だった。

 

「それと、鉄血に襲われた時が運悪く輸送中で、その荷物は届かなくなったっていうのも聞いた」

 

「それはまた運の無い……」

 

 そう言いながらM1895は何度空にしたか数えるのをやめたジョッキを起き、ポケットから飴玉を取り出した。

 

「食うか?」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 M1895から飴を受け取ったUMP45と、ほぼ同一タイミングで包み紙を剥がしながら飴を咥え、そのまま包み紙を裏返す。

 ここまでの動作は、UMP9が思わず感心してしまうくらい綺麗に揃っていた。

 

「ハズレか」

 

「こっちは当たり」

 

「…………なんでこう、他人に渡した飴に限って当たりが出るんじゃ」

 

 自分の不運を嘆きながらM1895はガックリと肩を落とした。

 このM1895は、くじのような運試し系が驚くほど当たらないのである。例えばハズレが一つしか無くとも、存在するならそれを引いてしまうくらい運が悪かった。

 お陰で基地内では、『M1895が当たりを引いたら世界が終わる』とまで言われる程である。

 

「ほんとに運悪いよね」

 

「どういう訳かのう。昔っからそうじゃ。貧乏くじやハズレばかりを掴まされる」

 

 コロコロと飴を舐めまわしながらの会話であるから、会話の所々にコロコロという音が鳴る。UMP9と416は気にしていないようだったが、唯一寝ているG11は寝ながら少し眉を顰めた。

 

「ナガン。今日は泊まってくの?」

 

「いや、帰る。流石にそこまで邪魔はできんし……」

 

 そこで言葉を切り、M1895からは45の奥に見える9を見た。変わらぬ笑顔で何故か拳を構えていた。

 

「ここで泊まったら、そのまま誘拐されかねん」

 

「ちょっと借りるだけだから大丈夫だよ。終わればちゃんと解放するから」

 

「ならん」

 

「ちぇっ。はぁーあ。ナガンが居てくれたら、これからの仕事も楽できるんだろうけどなー」

 

「そんな露骨にチラチラ見ても駄目じゃ。わしは行かんぞ」

 

 口調と目の色は冗談混じりだが、それが冗談ではない事をM1895は知っている。というのは何度も勧誘されたからだ。

 

「確かにお主らには命の借りがあるがの、それと同じくらい指揮官にも借りがある。悪いな」

 

「ふられたね45」

 

「分かってはいたけどさー。あ、もう一杯ちょうだい」

 

「まいどー」

 

 早速M1895がカウンターの上に置いておいた袋に手を突っ込み、そこから取り出したダイヤを置きながらP7に注文しているのを見ながら、M1895は席を立った。

 

「もう帰っちゃうの?」

 

「ああ。明日も仕事があるのでな」

 

「そう。じゃあ最後に聞いておきたいんだけど、あの二体は元気にしてる?」

 

 その言葉にM1895の足が止まった。

 

「今日も元気じゃったよ。両方共にな」

 

「そう。なら良かった」

 

 声はどこまでも通常通りで、本当に気になったから聞いた。程度のようであった。しかし45がそのようなことを聞くのは珍しい。

 

「珍しいのう。お主が気にかけるなんて」

 

「なんとなくよ。あの二体は忘れるのが難しいくらい印象に残ってるから」

 

「私は忘れたいけどね。デッキブラシはもう持ちたくないわ」

 

 思い出しているのか、416は嫌そうな顔と声色でそう言っていた。その横を通って扉に手をかけた時、45が再び声を投げてくる。

 

「そうだ、先輩に伝えといてよ。近いうちに仕事があるわ。また会いましょうって」

 

「あいわかった。伝えておこう」

 

 その言葉を最後に閉められた扉を45は一瞬だけ見て、しかしすぐにカウンターの先に目線を戻した。

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する

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