No Answer 作:報酬全額前払い
人間と人形の違い?心臓が有るか無いかじゃない?
行政区画に存在する司令部を内包した基地は、S03地区の大体の場所から見る事が出来る巨大な建造物である。
昔から此処に建てられていたものの、戦争によって半壊した建物のデザインをそのまま用いて再建されたという経緯があるこの基地内には、司令部の他にも食堂や浴場などの、ここで生活するための設備が充実していた。
どうやら以前は役所の類いだったらしく、指揮官が仕事に使っている執務室や、人形達で賑わう食堂は、他の地区の基地より比較的豪華だ。
そして、ほぼ毎日が雨という問題があるので、室内乾燥のための設備も充実している。
あまりにも太陽が恋しいからという理由で、とある一室に擬似太陽を作り出す基地は恐らくここだけだろう。
「お腹減ってると、あの味気なーい配給も美味しく感じる……気がするよね〜」
「気がするだけだけどね」
「缶詰食べたーい」
ざわざわと喧しい一団が食堂の方へと消えていく。その様子だけを見ていると、人形達がまるで極普通の女子集団のように見えた。
人間と共生できるように作られたから当然といえばそうなのだが、仮にこの集団が昔の繁華街に紛れ込んだとしても誰も違和感は持たないであろう。
「そういえばさ、FALさんのこと昨日から見てないんだけど」
「私それ知ってる!確か産業区画の方に消えてったって聞いたよ」
「産業区画……あー!アセンブルかなぁ。FALさん、フレームのカタログずっと見てたもん」
「いいなー。私もフレーム新調したーい」
とはいえ、中身はやはり戦うために生まれた戦術人形。食事の際に話題に昇る話は、必然的に軍事的な色を多分に含んだものになる。
それしか話題が無いとも言うのだが。
「フレームって、やっぱり替えると効果実感できるのかな?」
「世代を跨ぐと違うって、良く言うよねー。製造段階で最新型のフレーム使ってるSASSにはあんまり関係ない話だけど、私みたいに二つか三つくらい前のから替えると、羽が生えたみたいだって聞くよ」
「私はフレームよりアタッチメントの更新したいな。汎用品より、ちょっと良いもの使えば戦果も上げられそうだし」
「どうせ持ち腐れになる未来が見える見える」
「はぁ!?」
娯楽など殆どない毎日だが、その中にある僅かな楽しみといえば、このように仲間と食べる配給食だ。
味気ないだの何だのと言いながら笑い合うのが、雨だらけの日々の清涼剤となっているのである。
「……あ、あれ指揮官じゃない?」
「え?どこどこ?」
「ほらあそこ。産業区画側に向かう方の通路を歩いてる」
窓際に座っていた人形達が、通路が見える窓に殺到する。そこには確かに指揮官とネゲヴの姿があった。
「ほんとだー。どこ行くんだろ」
「どこって、そりゃ産業区画でしょ」
「あっちって射撃訓練場あるし、ネゲヴ教官が行くのは不思議じゃないけど指揮官は……付き添い?」
「子供じゃないんだし、付き添いはないって」
人形達は様々な憶測を勝手に話しながら、通路の奥に消えていく姿を見送っていた。
行政区画と隣接する産業区画には直通の通路があり、そこを通れば風雨に晒されることなく産業区画に向かう事が出来た。
防犯上の観点からセキュリティゲートこそあるものの、外から産業区画に向かう時のように雨に濡れながらゲートの開閉を待つ必要が無いのは大きな利点である。
「いっつも思うんだが、ゲートの開閉にそれぞれ一分くらい掛けるのは何でなんだ?」
「さあ?知りたいなら本部に聞けばいいじゃない」
背後でゲートが閉まる大きな音がして、そうしてから前方のゲートが開放され始めた。
セキュリティゲートは二つあり、片方が閉じきってから、もう片方を開放する仕組みが取られている。これも防犯上の理由からだった。
「いや、それほどじゃねーんだけど気になるっていうか……」
「じゃあセキュリティ維持のためで納得しときなさい。多分そうよ」
途中、すれ違う警備の人形から敬礼されながら、指揮官とネゲヴは産業区画側の通路を歩いて進んでいった。用があるのは、この先に存在する人形専用の開発施設だ。
産業区画には人形関連の施設が集約されていて、射撃訓練や武器の整備、自身のボディの改造やデータのバックアップ等の多岐に渡る業務を行うことが出来る。
時間が時間ならそれなりの賑わいを見せるのだが、今はお昼時。大多数の人形は行政区画側の食堂に集まっていた。
通路を真っ直ぐ進んでいくと、行政区画側に近い場所までは何も無かった通路に、次第にダンボールが積まれているのが見え始める。
無造作に置かれ、積まれたダンボールの側面には何か殴り書きされた紙が貼られていて、どのダンボールに何が入っているのかを示していた。
それによると、ここに積まれているのはほぼ全てが弾薬らしい。近くに射撃訓練場があるから、そこで使うものなのだろう。
「…………」
「気になるか?射撃訓練場が」
射撃訓練場に通じる扉の前を通りがかった時、ネゲヴがチラッとそちらを見たのを指揮官は見逃さなかった。
「まあね」
「寄るか?それくらいの時間はある筈だが」
「帰り際に寄るわ。今寄っちゃうと、ちょっと待たせちゃいそうだから」
ネゲヴという人形が元々教えたがりの教官基質である事は知られているが、このネゲヴは数多の人形を指導してきた鬼教官として、グリフィンの本部でも名高い。
その能力の高さから本部で本格的に教官として就任しないかと誘われたのは一度や二度ではないが、その尽くをネゲヴは断ってきていた。
身体の底からフツフツと湧く指導したいという欲求のようなものを抑えながら、ネゲヴは後ろ髪を引かれるようにして射撃訓練場の扉の前から遠ざかっていった。
更に奥に進んでいくに従って壁の向こうから聞こえてくる銃声は遠ざかり、それにつれて段々とチカチカ点滅する蛍光灯の数が多くなっていく。
天寿を全うしようとしている昔ながらの蛍光灯が照らす塗装の禿げたコンクリートの壁には、昔に貼られてから、そのまま放置されていた求人募集のポスターが剥がれかけのまま放置されていた。
「あいつ、また手入れをサボってやがるな」
「……どうやら、また指導が必要みたいね」
ところどころ蛍光灯の消えた薄暗い廊下を歩いた先にあるのは鉄製の扉だった。押戸であるそれを押して開けると、今度は無数のモニターが彼らを出迎える。
「59式」
埃っぽい部屋の空気に僅かに顔を顰めながら、指揮官がカタカタとキーボードを叩いていた小さな影にそう声をかけた。
「スイッチは……あったあった。電気点けるわよ」
後ろでネゲヴがカチッとスイッチを入れた音がして、その小さな影が椅子を回転させて振り向く。
眼鏡と白衣という典型的な研究者の姿をしている59式は、眼鏡の奥の眠そうな目を指揮官とネゲヴに向けた。
「あいー……ああ、指揮官とネゲヴかぁ」
「様子を見に来た。どうだ?進捗は」
「それは見ての通り。もう最終段階だよ」
指さしたモニターには、表面の人工皮膚が取り外され、人形を構築するパーツが剥き出しになった一体の人形があった。
身体の構造から女性体である事だけが辛うじて分かるこの人形は、内部パーツの新調を行っているFALだ。
「今回の変更点は、全身のフレームの新調と、ジェネレーターの交換、あと頭に小型のレーダーを搭載した事。レーダーが既存のシステムとの噛み合わせが悪かったから調整に苦労したけど、一応なんとかしたよ」
「レーダー?」
「そう、レーダー。これがあると、夜戦の時でも何処に敵がいるのかをハンドガンの偵察無しで見つけられるんだ〜」
「なにそれ。聞いたことないわよ」
「だろうね。最近になって16Labから出て来た新作だし。しかも、これまだ試作品だもん」
夜戦の時にハンドガンや夜戦装備が必要になるというのは常識として知られているが、実用化できればという枕詞こそ付くものの、この試作品はその常識の片方を覆す力を秘めていた。
「試作品って……なんでそんなもんがウチに回ってきてんだよ」
「交換したフレームが16Lab謹製の奴らしくてさー。データ取らせてくれたら安くするって言われたらしいよ」
「要は体のいい実験台ね」
グリフィンが戦力として使用している戦術人形達は、人形製造会社であるI.O.P.社製で統一されている。
I.O.P.社とは人形のシェアの大部分を占める大企業で、量的にも技術的にも他の追随を許さない。
特に技術力は凄まじく、戦術人形の相互通信プロトコルや、民生用の人形を即座に戦闘用に転用する事を可能にしたコア技術などは、他の会社には見られないものだ。
それらの技術が産まれたのが、I.O.P.社の内部に存在する技術開発部門16Lab。その主任研究員のペルシカが作り出す人形や装備は、性能と技術の両方の観点から見ても一級品だと知られていた。
そんな16Labが世に出す装備は、その全てにプレミアが付く。既存品より優秀である事に加えて、ペルシカが基本的に装備を世に出さないという理由も手伝って、偶に出て来た時は指揮官達の間で凄まじい争奪戦が繰り広げられるという。
そんな16Labの最新技術が盛り込まれた試作品なんて言えば、それは金塊の山よりも価値のあるものだった。
少なくとも、表向きはともかく事実上は窓際であるS03地区なんかに回ってくるものでは決して無い。
「つーか、そもそもの話16Labのフレームなんて良く買えたな。値段も高かっただろうし……そもそも購入権はどうしたんだ?」
「んーとね。確か欲しがってた人形を全員ハッ倒したらしいよ」
「は?」
「欲しいなら電脳空間のバトルロイヤルで決着をつけろって言われたから、やったんだって」
主任研究員ペルシカは変人で知られている。だからなのだろうか。装備が出てくる時は、必ず変な条件が付いているのは有名な話だ。
「で、勝ったと……本部の連中相手に良くやったなぁ」
「あらゆる手段を使ってギリギリだったらしいけどね」
「でも勝てたんでしょ?なら良いじゃない、私も鼻が高いわ」
教官らしい事を言うネゲヴの前で、モニターは淡々と作業を行っている機械の様子を映し出している。
それを見つめる指揮官は、今から頭が痛くなってきた。来なければよかったかなと後悔するくらい、この情報は衝撃的な物だったからだ。
「FALは、ただでさえハイコストな人形だっていうのに……これ大破したら財政が吹っ飛びそうだな」
「その分、戦果は期待できると思うけどね……さて、そろそろ終わるよ」
ギイッと軋んだ音を出しながら椅子を回転させてキーボードと向き合った59式は、再びカタカタとキーボードを叩き始めた。
「……よしっ、アセンブル終了!いま人工皮膚つけちゃうから待っててね」
ベルトコンベアで人工皮膚が取り外されたFALが、普段は傷ついた人形のボディを修復するために使われる機械の中に入れられる。
「オペレーティングシステム起動準備。バックアップサーバーからメンタルモデルのインストールをしてっと……」
高速タイピングで指揮官には良く分からないプログラムを打ち込むこと数分。プシューと蒸気が抜けて、機械の扉が開いた。
「メインシステム、通常モードを起動。作戦行動を再開……おはようFAL、調子はどう?」
《……良好よ》
マイクに声をかけると、人工皮膚が装着されて誰もが見慣れた外見に戻ったFALが目を開けた。
「おっけー。なら一旦上がってきてよ、指揮官も来てるしさ」
《指揮官が?分かったわ、すぐ行く》
この施設は元は体育館だった場所を改造して作られている。59式達がいるモニタールームは、体育館の二階に相当する高さに設置されていた。
そして、体育館だった頃は多くの人間がスポーツを楽しんでいたであろう一階部分は、今では油の臭いがして、パーツのアセンブルや人形の修復を行う機械が立ち並び、そのためのパーツが大量に置かれた場所に変貌していた。
一階から二階に上がるための階段を使ってFALがモニタールームに入ってくる。
「あら指揮官。新しくなった私を、わざわざ出迎えに来てくれたのかしら?」
「ああ、まあそんなとこだ」
「ばっちり見せてもらったわ。新しいフレームも、隅々までね」
「ちょっ!?そんなとこから見てたの?!」
ネゲヴから告げられた事実に、FALは顔を赤くして狼狽えた。
骨格剥き出しの様子を見られるのを嫌がるというのは、FALに限った話ではない。それは骨格を見られるというのが、人間と共生するという人形本来の目的から遠ざかってしまう可能性がある行為だからなのかもしれなかった。
「ネゲヴ。あんまりからかってやるなよ」
「分かってるわよ。それよりFAL、この後は身体を慣らすんでしょ?」
「そうだけど……もしかして、S03が誇る教官サマから直接指導を受けられるのかしら」
「あなたが望むならね。どうせこの後、射撃訓練場にも立ち寄るところだったし。ついでに横の運動施設によるのも悪くないわ」
にやりと似たような笑みを浮かべる二体。どうやら、これ以上の言葉は不要なようだ。
「指揮官。申し訳ないけど、戻るのはちょっと遅れそうよ」
「今日は大した仕事ないし構わんよ。存分にやってくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ。……それと59式、あんたには片付けの件で山ほど説教があるから、後で執務室に来なさい」
「ゔえ"っ!?」
59式にとっては唐突な、しかし指揮官達にとっては当然の説教が確定して、寝ようとしていた59式は素っ頓狂な声と共にベッドから落下した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!なんで急にそんな!」
「外の廊下、全く掃除されてないじゃない。前に同じこと言った時、次はちゃんと掃除するって答えたの、まさか忘れたとは言わせないわよ」
「あ、あー……それは、そう、だったかな?あははー…………」
露骨に言葉を詰まらせながら目を逸らす。完全に忘れていた反応だった。
「……気が変わったわ。59式、ちょっと来なさい。もう二度と言葉を忘れないように、私が徹底的に指導してあげるから」
「ま、待って!次こそは、次こそはしっかり掃除するから!だから今回までは許して!」
「ダメよ。さ、来なさい」
白衣の首部分を引っ掴まれて連れていかれている59式は足をバタバタさせて抵抗しているが、悲しい事にネゲヴより力が弱い彼女では逃げる事は出来なかった。
「いやーーっ!助けて指揮官さ──」
助けを求めたその手は、無情にも閉じられた鉄扉に阻まれ届かない。
まるで出荷される小牛を見るような目でそれを見ていたFALは、同じく横で見ていた指揮官と一緒にネゲヴと59式の後を追って部屋から出ていった。
……その後、運動施設という名の演習場から、一体の人形の悲鳴が聞こえてきたそうだ。