No Answer 作:報酬全額前払い
『人は罪深く、愚かな生き物です。常に何かを犠牲にしなければ生きていく事は出来ず、それ故に毎日多大な犠牲を払ってしまう』
『我々は数少ない席を多くの人々で共有し、辛うじてその命を繋ぎ止めているのが現状です。そして、この共有に至るまでの争いで犠牲になってしまった人々は、決して少なくありません』
「………………」
シャワーヘッドから勢い良く降ってくるお湯を全身に浴びながら、警備隊長のトンプソンは一日を始める。
時間は朝の六時。低層区画にある警備部隊の詰所の隊長部屋に、彼女は居た。
『でも我々は、その席に座ることを辞退し、人類のために犠牲となった人々に何もしてやれていない。今はお墓を建てる余裕などなく、野に屍が放置されてしまっていることを、皆さんもご存知のことでしょう』
「ふぅ。やっぱり朝のシャワーは最高だな」
この時間が、彼女にとって唯一訪れる安息の時だった。
二時間の睡眠の後、他の誰にも邪魔される事なく身を清めるこの時間。それは何物にも変え難く、トンプソンに今日も頑張って商売と仕事をする気力を与えてくれるのだ。
「さて、と」
狭いシャワールームに、キュッと蛇口を捻る音が響く。
トンプソンがシャワールームの扉を開け、バスタオルとバスローブ姿で昔のホテルの一室のような隊長部屋に戻る。
『しかし、全ての人にお墓を用意するのも現実的ではない。であるならば、せめて今生きている人達のために何かをする……そう考えるのが自然なことではないでしょうか』
なんとなく点けていたままだったテレビから流れてくる爽やかな青年の声をBGMに、トンプソンは缶ビールのプルタブを開けた。
そのまま椅子に座り、何の気なしにテレビを眺める。見た者の殆どに好感を抱かせるであろうニッコリ笑顔に、安心させるような語り口調は、それが本心から言われているように感じられた。
『持つ者は持たざる者のために援助をするべきなのです。それが力を持った者達の責務であると私は信じています。
そしてその理念の元、我々SG社は戦災によって身寄りを亡くした孤児の皆さんを支える活動を支援しています。様々な地区に建てられた孤児院を始め──』
「アホくせぇ」
しかし、それを見たトンプソンが感じたのは"胡散臭い"というもの。まさか言っている事が一から十まで本音である訳がないのは当然だが、それにしたって綺麗事すぎる。
そんな、見ているだけでむず痒くなるような綺麗すぎる主義主張を繰り返す録画放送を見ながら缶を傾けていると、扉を叩く音がした。
「開いてるぞペーペーシャ」
「おはようトンプソン。今日も朝から飲んでるのね」
「エンジンオイルを摂取してるだけさ。お前も一杯どうだ?」
扉を開けたのは、トンプソンの右腕とも呼べる副官のペーペーシャ。
部屋に入った彼女が真っ先に見たのは、トンプソンの手の中にあるビール缶。昨日、一昨日だけでなく、その前からもずっと飲み続けている安酒である。
「物は言いようね、まったく……私は飲まないわ。それより準備して、もうそろそろ始めるから」
「あいよ。少し待て、今着替えるからよ」
そう言うと一気に中身を飲み干し、一分としないうちに二体が隊長部屋から出て廊下を歩きだした。
「今日の仕事は何が来てる?」
「午後に荷物の受け渡しが入ってる以外は何も。要は見回りね。何の変哲もないわ」
「そうか」
トンプソンは表情を変えない。変化があって欲しいと思いながらも、しかしそれを口にする事は指揮官が辛うじて保っている平和を壊すことだと分かっているので口には出さなかった。
そういうと勘違いされそうだが、アウトローが服を着て歩いているようなトンプソンとて平和な世界に不満は無い。
……無いのだが、もう少し派手な事をしたいという気持ちはある。
それはトンプソンとしてこの世に作り出されたものの、サガと言ってもいいのかもしれなかった。
「よーし、集まってるな。予定では今日も昨日と変わらん、いつも通りの業務だ」
採光のために取り付けられていたであろう窓は、その役目を果たす事なく雨に打たれ続けている。その音はやけにうるさく、しかしトンプソンの声を遮らない程度に存在感を主張していた。
つらつらと話すトンプソンに欠伸すら漏らす人形も居るが、トンプソンはそれを咎めない。咎める時間が惜しいし、咎めたところで直らない事は分かっているのだ。トンプソンは無駄を極力省く主義である。
「……こんなところか。他に連絡があるなら今のうちに言っとけよ。無いなら解散」
警備部隊などと銘打ってはいるものの、その内容はロクでなし共の集まりでしかない。
S03というゴミ箱の底の底に落とされた廃棄人形たちの経緯は様々だが、共通しているのはモラルなど殆ど無いということ。そして手に負えないが故に落とされたということ。
そんな問題児たちの手綱を握るつもりなど最初から無い。ある適度好きにやらせておけば、こっちの命令が通るからだ。
めいめいに散っていく人形達を見送ってから、トンプソンは柱に寄りかかっている人形に目を向けた。
「んで、またか?スコーピオン」
「そうそう。またよろしくー」
片手をヒラヒラを振って気軽な挨拶をしたスコーピオンは、懲罰として警備部隊の仕事に強制参加させられている。
指揮官を襲った罰としては軽すぎるくらいだが、指揮官がそれで良いと言っているのだから誰も異論は挟めない。
「これっきりにしとけよ。次も生きてられるかは分からねぇぞ」
「はいはーい」
「……本当に分かってんのかね」
こうなる度に言っているからか、スコーピオンの反応は軽いものだ。
毎度のことながら何を考えているのやら。とトンプソンは一瞬思考したものの、すぐに時間の無駄だと切って捨てる。狂人の思考など、どうせ考えても分かりはしないのだから。
「それで隊長殿、今日は何をしましょうか?」
「茶化すなよ。……仕事はヒラの奴らと変わらんさ、見回りだ」
プラスに考えれば一時的とはいえ人手が増えるのは喜ばしい事である。特にスコーピオンほどの実力があるのなら、仕事中に不慮の事故で行方不明になることも無いだろう。
「ほーい。いってきまーす」
「でもいいか?理由なく発砲はすんなよ、絶対に」
「分かってるって」
……まあ、スコーピオンは別の問題が浮上してきてしまうのだが、そこは仕方ないと割り切るしかない。蠍の手でも借りたいのが現状であるのだから。
警備部隊とは名ばかりのゴロツキ集団を纏めるトンプソンは、その立場の都合上、住民が何をしているのかにも目を配らなければならない。
日常的に発生するテロもどきは取り締まったところで無くならないのだからシカトするが、それよりもっと計画的な犯行が企まれていないかどうか目を光らせるのは重要な事だった。
昔から何かと特権階級は恨み嫉みを買う立場だし、特にこの御時世だ。グリフィンに所属しているというだけで命を狙われるのは珍しくない。
自分たちは替えのボディが用意できるから良いとしても、人形を指揮する人間は替えのきかない大事なものだ。だから指揮官を守るためにも、やはり住民の動向は察知しておかなければならないのである。
……まあ、あのネゲヴが隣にくっついている状況で暗殺されるのかという疑問符も浮かぶが。それでも万一を想定して損は無い。
というか、想定していなければ職務怠慢ということになってしまう。行政区画に不穏の種を入れないようにするのも警備部隊の立派な業務なのだから。
「とはいえ、テロ未満の小競り合いばっかで張り合いが無いのも事実だが」
「はあ……あなた、その悪癖は何とかならないの?」
「ならないな。これは無個性な人形をトンプソンたらしめるために与えられた、識別記号みたいなモンだからよ」
自分の個性のようなものを識別記号と呼んだトンプソンの顔は苦い。その苦い顔が、自分など所詮は一山いくらの人形でしかない。という事実に向けられていたのか、それとも単にクソ不味いコーヒーもどきに向けられていたのかは、ペーペーシャには分からなかったが。
とにかく、トンプソンにしては珍しい顔だと言えた。ほんの一秒にも満たないとはいえ、ペーペーシャの舌にこびりついたワザとらしい苦みを忘れられるほどに。
「識別記号、ね。言い得て妙かも」
「私達はどこまでいっても量産品だからな。"私"の部分なんざ、せいぜいトンプソンという土台の上にある僅かなもんだ」
「でもその僅かが、ここで生きてるあなたを形作ってる。違う?」
「違いない」
ぐっと一気にコーヒーもどきを飲み干したトンプソンは、カップを置いて書類を手に取った。
「まあ、"私"の話はどうでもいいんだ。それよりコレ」
「受け取っておくわ」
ペーペーシャに渡されたのは、壁で囲まれた行政区画で処理する書類。
それをペーペーシャが配達に行き、戻ってきたくらいで丁度お昼になるはずだった。
午後になると、トンプソンとペーペーシャもレインコートを着て外へ出る。そして行政区画と低層区画を隔てる大きなゲートの前で、積荷を積んだトラックが来るのを待っていた。
「しかし、やれやれだな。今日はちょいと雨脚が強い」
「そうね。それがどうかした?」
「あんまり長居はしたくねぇって事だよ」
と言ったところで、2体がどれほど早く引っ込めるかは先方の到着時間次第である。
モノがモノだけに確認に立ち会わなければならないが、もしそれでなければ外になんか出なかっただろう。
「──来たわ」
外に立ちつくすこと10分と13秒。雨で煙たくなっている道路を走ってくる一台のトラックが現れた。
それがゲートの前に止まると、ペーペーシャは運転手に荷物搬入を許可するカードを確認に向かい、その間にトンプソンが荷台に積まれた積荷を確認する作業に移る。
「どれどれ……」
覗き込んで目についたのは、床いっぱいに敷き詰められたヒトガタのなにか。それらから呼吸音が微かに聞こえてくる事から生きているというのだけは伝わってくる。しかしそれも弱々しく、本当に生きているだけといった感じだ。
顔を見なくとも分かる。この積荷は、もう死んでしまっているも同然だろう。
「トンプソン、こっちは大丈夫よ。そっちは?」
「こっちも平気だ」
「じゃあ通すわね」
流通の過程で壊れてしまった人間というものも当然ながら存在する。
例えば当人に耐えられないような壮絶な責め苦を味わったとか、目の前で愛しい者が殺されたとか、間違えて壊してしまったとか、理由は様々だ。
一つ言えるのは、そういうものは総じて不良在庫となり、そしていつの間にか何処かに
真偽は不明だが、主な混入先は一般市民に配られる配給食らしい。
「しっかし、珍しいものを仕入れたもんだ。表立っては扱われてないし、こんなところでは役に立ちそうもないのに」
「アレの主な用途って肉袋よね。サンドバッグとか、あるいは性処理用の抱き枕とか。前者はさておき、後者の線はありえないだろうけど」
トラックがゲートの向こう側に消えていくのを見送りながら積荷について話す。
取り敢えず言えるのは、不良在庫であるが故に壊れた全ての者の価値が著しく下がるということ。だから格安で入手できるということ。
「でもアレで何をするのかしら?詮索する気はないけど、ちょっと気になるわ」
「なんでもいいだろ。まさか犬のエサにするために買ったわけじゃないだろうけど、分かるのはそれだけだ。なにせ注文したのは技術主任サマだぜ?」
「彼女の考えることなんて知ろうとするだけ無駄、か」
「そういうこと。それよりとっとと戻ろうぜ。用事は済んだんだからよ」
どうせロクでもない事だ。と結論──しかも或る意味で正しい──付けたトンプソンは、ペーペーシャを引き連れて警備部隊の隊舎へと戻っていった。
この先どんな感じで進めましょうかね?
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既存キャラの掘り下げ
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新キャラを出す
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世界観とかを詳しく描写する