No Answer   作:報酬全額前払い

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4-3eから初投稿です



不穏な影

 その日、スプリングフィールドは珍しく夜のバーにいた。仕事ではなく、飲みに誘われたのだ。

 

「輸送費が浮くようになったとはいえ、ここはまだまだ割高よね」

 

 誘ったのはFAL。外の価格を知る彼女は、この地区の値段の高さを仕方ない事だと割り切りつつも愚痴を欠かさない。

 

「それでも以前よりマシですよ。こうして気軽に飲みに来れるくらいには、安くなりましたから」

 

「そうなんだけど……やっぱり安さを知っちゃうとね」

 

 なんで自分はわざわざ高い金を払って同じ物を飲んでいるのかと馬鹿らしくなってしまうのだという。

 まあそうだろうなとスプリングフィールドは納得した。一度安さを知ってしまうと、そりゃ辛くなるだろう。

 

「んっ……ぷはぁ。もう1杯」

 

「あ、私もお願いします」

 

 空のジョッキをカウンターに置くと、エンジンオイルみたいな味のする安酒が並々と注がれた。

 

「乾杯」

 

「乾杯」

 

 ジョッキ同士が軽くぶつかった拍子に、表面張力で辛うじて零れないでいた安酒が数滴跳ねてカウンターに落ちる。ぐいっとジョッキを傾けたFALは、空いている片手で買ったツマミに手を伸ばした。

 この世界で定番のツマミといえば、ビーフジャーキー…………によく似た謎の肉の塊である。原料?知るか、美味しければ良いんだよ。という現代のニーズに基づいてか、味は悪くないものの原料は分からない。

 

「美味ければ何でもいいんだけど」

 

「そうですね。食べられないよりは遥かにマシですから」

 

 スプリングフィールドもそこは同意するところらしく、頷きながらビーフジャーキー似の肉をガジガジと噛み始める。

 どこかエレガントな見た目からは想像できない荒々しさというか、オヤジ臭さを漂わせる姿は、どういう訳か違和感を感じられなかった。

 

「なんかアンタって、何やっても様になるわよね」

 

「そうですか?自分では、そんなことないと思うんですが」

 

「そんなことあるのよ」

 

「ええ……?」

 

 困ったようにスプリングフィールドが笑う。どうやら本当にそう思っているらしく、返答に詰まっているようだった。

 

「自分の性能くらいはしっかり理解しときなさいって」

 

「このボディの性能ならバッチリですけど」

 

「そうじゃなくて。それ以外の、数値に現れない箇所の事よ」

 

 そりゃボディの事は把握しているだろう。どこまでいっても機械な自分たちは、人間とは違って自分の性能を正確に把握できる。

 だがカンの鋭さとか、実戦経験のような曖昧なものは人間と同じく漠然としか把握できないのだ。

 

「正確にっていうのは難しいけど、ある程度このくらいってアタリを付けておかないと。思わぬところで足をすくわれるわよ」

 

 このスプリングフィールドは戦場においては優秀だろうが、稼働してからの年月が比較的浅い。

 そんな彼女にとって、人生の先輩であるFALの言葉には感じ入るものがあったらしく、真っ直ぐに頷いていた。

 

「肝に銘じておきます」

 

「そうしなさい」

 

 ビーフジャーキー似の肉を噛みちぎり、もっしゃもっしゃと咀嚼する。噛めば噛むほど味が出るという触れ込みに嘘偽りは無いようで、飲み込む瞬間まで味が薄まることはなかった。

 

「この肉の製造元はSG社か。いい噂は聞かないけど、技術は確かなようね」

 

「ウチのお得意様でもありますしね。色々な意味で」

 

 S03地区は食糧関係の大会社の一つであるSG社と繋がりがある。この地区の食糧関係のうち90%以上をSG社が供給しているだけあってか、関係は良好だ。

 

「あー。普段は味気ない物ばっか食べてるだけに、なんか中毒的な美味さだわ」

 

「本当にその手の成分が入っている……というわけではなさそうですね。単純に私たちが味に飢えているだけでしょう」

 

 段々と食べ進むペースが早くなり、それに比例するように酒の消費も早くなる。時計の針がてっぺんを周って次の日に移り変わった頃には、安酒を三つも空にしていた。

 

「……ああ、もう無いのね」

 

 ただまあ、内容物に限りがある以上いつかは終わりが訪れるものだ。パッケージに突っ込んだ手が宙をかいた所で、FALはビーフジャーキー似の肉が無くなった事を理解する。

 さて、そうなると口元が寂しい。だが常に酒を口にするような気分ではない彼女は、特に意識もせず自然と懐に手が伸びていた。

 

「……あれ?」

 

 ライターを置いて、ポケットに手を突っ込んで気付く。あるはずの場所にタバコが無い。

 落とした覚えはないが一体どうした事だと首をかしげたFALは、スプリングフィールドが笑っている事に気がついた。

 

「……なによ」

 

「ここは禁煙ですよ」

 

 ひらひらと動かしたスプリングフィールドの手の内には、FALのタバコが収まっていた。

 他人のポケットから気付かれずに物をスるという、らしくない意外な特技にFALが目を見開いて驚いていると、くすくすと笑ったスプリングフィールドがタバコをテーブルの上に置く。

 

「やるわね。てっきりそういう技術とは無縁かと思っていたけど」

 

「それは思い込みですよ。私だって、小手先の技の一つや二つは持ってます」

 

 タバコをポケットに仕舞いながらFALは素直に賞賛の言葉を贈った。どこで覚えたかは知らないが、相当練習を積み重ねたに違いない。

 スプリングフィールドらしくない泥臭さを感じる技だが、だからこそ有効に使えるだろう。警戒されなければ、スムーズに物をスリやすくなるのだから。

 

「こんな見た目してますから、皆さん結構油断するんですよね。清楚な私が、こそ泥みたいな真似する筈がないって」

 

「ほんと、思い込みって怖いわね。私も騙されたわ」

 

 ふう、と軽く息を吐いて、もう味を感じなくなりつつある安酒を飲み込む。

 

「差し支えなければ教えて欲しいんだけど、前は何処に?まさか製造されてから直接ここに来た訳じゃないでしょ。新品がそんな技術を持ってる筈がないし、ここで生き残れるとも思えない」

 

「ぼかす程度で良ければお教えしますよ。……ちょこっと乱暴な方の所に。そこで必要にかられたんです。FALさんやFive-sevenさんほどでなくとも、苦労してきてるんですよ」

 

「そりゃあ、私たちほどアレな経験してる人形は多くないでしょうけど……やっぱり中古なのね」

 

 中古とは人形達の間で使われるスラングである。新品は工場から直接運ばれて配属された人形のことで、中古は一度誰かの手に渡った人形を指す。

 また、性行為の経験の有無を確認する意味でも使われており、今回FALが聞いたのは後者の意味だ。

 

「多くないというか、皆無だと思いますけどね。薬漬けマグロなんてなろうと思ってなれるものでもないですし」

 

「ちょっと止めて。思い出しちゃうから」

 

「あっ、すいません」

 

 本気で嫌そうな顔をしたFALに、話題のチョイスをミスったスプリングフィールド。

 空気を読むのが得意なスプリングフィールドにしては珍しい失敗は、彼女に酔いが回りつつあるという事を証明していた。

 

「あー……そうだ。そのFive-sevenさんは今どちらに?」

 

「知らない。けどどうせ薬キメて男喰ってるでしょ。同時に何人とヤってるかは知らないけど、3人より少ないなんて事は無いんじゃないかしら」

 

 今すぐ投げ捨てたい類いの嫌な信頼関係から出た答えがそれだった。FALの中ではFive-sevenがヤっている事は確定しているようだ。

 あんまりな物言いだが、Five-sevenの事を詳しく知らないスプリングフィールドでも不思議と頷ける説得力があった。

 

「性に奔放な方だとは分かっていましたけど……」

 

「はっきり言っていいわよ、クソビッチって。くたばれって」

 

「前はともかく、後ろはFALさんの本音ですよね?」

 

「当然。あのエロウサギ、私の薬までこっそりパクっていきやがったんだから。金は後で払ってもらうからいいけど、使おうと思って使えなかった精神的損失はキッチリ補填して貰わないと」

 

 そしてFALも酔いが回りつつあるのか、段々と発言が過激になっていく。話題はFive-sevenへの愚痴にシフトしていった。

 

「あのバカ、私がその手のヤツ嫌いだって分かっててハメ取りビデオレターとか送ってくんのよ。わざわざ郵便まで使って嫌がらせしてくるとか、頭おかしいとしか思えないわ」

 

「なら見ないで捨てちゃえばいいんでは?」

 

「一度見るまでは何回捨てても気付いたら枕元に置いてあるのよ。いくらなんでもやり過ぎよね」

 

 その執念を他のことに使えよ、とツッコミを入れた回数は数知れない。

 

「どうせ今日も撮ってるんだろうと思うとイライラしてきた……!もう1杯!」

 

「あの、もうその辺で」

 

「スプリングフィールドも飲みなさい、ほら!」

 

「ええ……?!」

 

 もう完全に酔っぱらってしまったFALに圧されるスプリングフィールドがバーの当番に目線で助けを求めてみても、素知らぬ顔でスルーされるばかり。

 この後しばらく、スプリングフィールドは酔っぱらいの戯言に付き合わされることになる。

 

 

 

「絶対に荒れてるわよ、あの淫乱フェレット女」

 

 同時刻、P7の教会にある酒場で2体の人形が向かい合って座っていた。

 そのうちの片割れであるFive-sevenは、FALの様子を想像してくつくつと笑う。その笑みはまるでイタズラが成功した子供のようだった。

 

「言わないで良かったの?後でのされるのはFive-sevenでしょうに」

 

 もう片方はもちろん教会の主であるP7だ。

 

「いいのいいの。少なくとも今は、あのバカは何も出来ないんだから」

 

 大体の物事を榴弾ぶっぱで解決するような脳筋女には任せられないとFive-sevenは言ってウイスキーを呷る。

 それを飲み干してコトっと音を立ててグラスを置いた時、Five-sevenの顔からは笑みが消えていた。

 

「……で、市場に流通してる薬の量が変化したってところまでは聞いたけど、それは何者かが意図的に増やしたって事で良いのよね?」

 

「そうなるね。もちろんグリフィンの認可を受けていない非合法な奴」

 

 裏でコッソリとグリフィンが流しているもの以外の薬が流れるのは珍しい事ではない。もちろん取り締まりはするが、取り立てて大きな問題にならないのが普通だ。

 だが今回ばかりは、そうも言っていられそうになかった。

 

「発覚したのが一週間前。紛れ込んだのはもっと前から、か……随分と計画的ね?」

 

「違和感を持たれないようにするためだと思う。私ならまだしも、その辺の人形じゃ見破れないくらい巧妙に作ってあるからバレにくいだろうし」

 

 手が込んでいるというのが、発覚した時のP7の感想だった。Five-sevenの言う通り、かなり計画的に物事を進めている印象を受ける。

 

「最初は1袋のみ。それから段々と流す量を増やして、最後にはこっちと同じくらいの量を流して資金を稼ぐ……上手いやり口ね」

 

「どれだけ稼がれたかしら」

 

「推測のしようもないよ。でも厄介な事になった。やり方からして、グリフィンに友好的だとは思えない」

 

 グリフィンが裏から流している薬の量は多くないとはいえ、それと同量の薬を作って流す事ができる。

 つまり相手は大きな存在であるといえた。少なくとも資金面は、そこらの雑な組織と比べ物にならない筈だ。

 

「どれほどの規模の組織で、何が狙いか……断片でも掴めれば良いんだけどね」

 

「こっちに敵対する気なのは分かるけどなー……こうなると警備部隊の監視の目が足りないのが悔やまれる。密輸入されてるね、間違いなく」

 

 残念なことに、警備部隊の人数ではS03に入り込む全ての物資を把握することは不可能だ。だから低層区画から闇市は無くならず、また密輸入も当然無くならない。

 あからさまに怪しい様子で運搬しているようなら目をつけやすく、優先的に調べられるが、そんなヘマはしないだろう。

 

「指揮官に情報を上げておくよ。どこに潜伏してるのかは知らないけど、警戒するに越したことはないからね」

 

「私はもう少し探ってみるわ。この街の中にいるのは確定してるんだし、もしかしたら誰か情報を持ってるかもしれない」

 

「男漁りついでに?」

 

「ついでに」

 

 どこまでもブレないFive-sevenに謎の頼もしさを感じ、感じてしまったことで覚えた謎の敗北感を誤魔化すようにP7は無言でグラスのウイスキーを飲み干した。

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する

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