No Answer 作:報酬全額前払い
ナガンばあちゃんにはキャンディポケット、57さんには恋愛脳、Vectorにはナイーブ……エフェクト付けるのたーのしー!
正直なところ、疑う箇所は幾らでもあった。
最近なぜか自分と2人きりで同じ空間に居たがらないとか、受け答えが以前と比べて雑になっているとか、基地の業務に自分を関わらせないようにしているとか。
でもそれを疑わなかったのは、自分の指揮官を信じていたからだ。見て見ぬふりをして、信頼という言葉で不信感に蓋をしたから。
恋は盲目とはよく言ったもので、実際この時の彼女は最初から疑うという行為をしなかった。"指揮官はそんな事しない"と都合の良い思い込みをしていたとも言う。
だからこそ、輸送用ヘリコプターから突き落とされた時、なんの比喩でもなく頭が真っ白になって、ただ呆然と自分の背中に風を感じたのだ。
伸ばした手は届かず、身体は重力に従って無情にも落ちていく。
遠ざかっていくヘリコプターから、自分が落ちたかどうか確認のために覗いていたであろう人形──あれは確かMP5だったか──と目が合って、その直後に背中に木の枝らしき物が激突する衝撃。
そこで意識が一旦途切れ、それが再浮上した時には、既に日が暮れていた。もちろんヘリコプターなど影も形もなく、それどころか付近に人間が居たような痕跡も無い。
これが偶然とか、手が滑った事故だとは流石に思わなかった。自分が暗殺されそうになって、それでもまだ信じるほど彼女は馬鹿ではない。ほぼ間違いなく、基地のサーバーにあった自分のバックアップも消されているだろう。
でも分からなかった。どうして自分が、指揮官の役に立とうと懸命に働いた自分が、こうして見捨てられているのか。
「はっ、は……」
落下の衝撃でボディの各所に無視できないダメージが入ったものの、木の枝と落ち葉がダメージを軽減してくれていたからか辛うじて動く事は出来る。戦闘は無理だから、もし鉄血や強盗団に会ったら死ぬしかないが……。
少し動かすだけで反応する痛覚モジュールに顔を顰めながら、ノロノロとカタツムリの如き速度で歩を進める。
やがて月が天高く昇っても、それほどの距離は移動できていなかった。
人間に似せた
どれだけヒトに似せたところで、自分達は替えのきく機械でしかないのだということを突きつけられたような気がした。
都合の良いように使われて、いざ不都合になったらこうしてゴミ同然に棄てられる……人のために尽くして、その結果がこのザマだ。
自分は何のために生きていたのだろう。そんな取り留めのない考えが走馬灯のように通り過ぎる。
それから少しすると、どうしてか身体が寒くなってきた。そして視界も狭まってきて、身体も思うように動かない。
残された僅かな部分で自分が
が、その足が地面に着く前に彼女の目からは光が消え、バランスを崩した身体はうつ伏せに倒れたのだった。
人間が近寄らない森の中で倒れた彼女の遺体は、下手をすれば年単位で見つけられない可能性すらあった。
だがなんの奇跡か、幸運という言葉で言い表せないくらいの運の良さによって遺体はその夜の内に発見され、回収されることになる。
「うわー……これはちょっとマズくない?全身バッキバキっぽいよ」
「酷い状態……荷台の肉便器どもの方がマシね。どうする?捨て置く?」
「せんぱーい?」
「なぜ俺に聞く」
「だって今の責任者は先輩だし」
この時の彼女は知る由もないが、それが公式には存在しない部隊だったというのも、また幸運だった。
◆◆
「それにしてもグリフィンも動きが早い。本当ならもう少し稼げるはずだったんだが」
"成果"を見せつけ、更なる支援を約束した後。低層区画のとある場所にある隠れ家に戻った男は呟いた。
彼の予定であれば、もう少し資金を稼げたはずだった。だが向こうにもやり手が居たようで、その目論見は阻止されてしまっている。
切り捨て前提の末端が消息を絶ったという報告と、その前にグリフィンの警備部隊が動いたという報告を合わせれば、それは誰にでも分かることだ。
はした金で動かしたあの男は、今ごろバラバラにされて野良犬の餌にでもされているだろう。
「まあ、想定自体はしていたんだが」
惜しくはあるが執着まではいかない。今は僅かな利益より、相手に自分たちの存在を悟らせない方に注力すべきだと分かっていたからだ。
むしろ僅かな利益を手放しただけで相手の情報が得られたことを喜ぶべきだろう。市井に溢れている情報屋もどきはグリフィンの事に関しては頑なに口を噤んでいて一切話そうとしないのだから、こういう微妙な情報にも千金の価値がある。
「まだまだ情報は不足している……せめて建物の構造だけでも分かれば良いんだが、流石に無理か」
そうボヤいていると、扉が規則正しい感覚でノックされた。机に乗せていた足を下ろしてから、男は扉に声をかける。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは男の右腕として働いている側近だ。右目に傷を負ったガタイのいい彼は、一礼をしながらその低い声で男に言った。
「ボス。グリフィンの奴ら、我々の存在にはまだ気付いていないみたいです」
「当然だ。こっちが勝ってるのはフットワークの軽さと隠密性だけなんだから、そうそうバレるわけにもいかない」
何か繋がるようなものが見つかってしまうと、そこから芋づる式にバレていってしまうだろう事は想像に難くない。
そうならないために彼は常に細心の注意を払って信用できる部下しか動かしていないし、表で動いているのは全てが末端。ここまで辿り着ける痕跡は残していない自信があった。
マフィアとして長年ここに根付いていたのだ。この都市に張り巡らされている地下水路から街の通りまで、知らない事の方が少ない。
その知識をもってすれば人形達の捜索の手から逃れ続ける事も不可能ではないし、ひっそりと抱えている人脈を駆使すれば、バレないように牙を研ぐ事も出来た。
「それより他の組織に根回しは済んだんだろうな?」
「ええ。昨日の奴らなんて、新しいオモチャを手に入れたガキみたいな喜びようでしたよ」
「実際そうだろ。知恵も金もない図体だけの奴なんて、ガキと何も変わらん」
それでグリフィンと事を構えようというのだからお笑いだ。満足な装備も無くPMCに立ち向かうなんて遠回りな自殺でしかないというのに、それすらも分からないのだろう。
「アルコールか薬で頭がやられてるとしか思えん。この肥溜めには相応しいが、同じ人間だなんて認めたくはないな」
「まったくです」
別に自分たちが上だと言いたいわけではない。だが、思慮の無さすぎる奴らと同列であると思ってはいない。
「そしてそれは、まだふんぞり返っている馬鹿どもにも言える事だ。いったい何時まで支配者を気取っているつもりなのか……」
「先程会った社長たちのことですか」
「それ以外に何が居る?」
こちらがワザと下手に出ている事にも気付いていない能無し共は、あの程度の"成果"でグリフィンを倒せるものだと信じてしまっている。
彼がそう信じるように仕向けたからだが、こうも思い通りに動くと逆に裏があるのではと勘ぐらずにはいられない。
「しかし、都合はいいですな。何も疑わずに金は用意してくれる」
「ああ。何に使うかも聞かないでな」
ニヤリと2人は笑みを濃くした。
「逃走用の資金は貯まってるか?」
「ええ。ここの金銭は役立たずでしょうから、すべて貴金属類で」
「よしよし。流石だ」
ボスと呼ばれた男とその側近は、初めからグリフィンを倒す気など無かった。それが不可能だと知っていたからだ。
「グリフィンを倒すのが不可能だって事くらい、1度でも戦ったことがあるなら分かるだろうに」
「戦力も資金も、雲泥の差ですからなぁ……」
人形を五体も仕留めたというと聞こえはいいが、その全てが大したことのない下っぱだということは、実際に仕留めた彼らが一番良く分かっている。
その下っぱ一体を仕留めるのですら、多大な被害を被ることを覚悟しなければならないことも。
「あんなクソ悪魔共に関わってたら、命が幾つあっても足りやしねぇ。早々にズラかるのが賢明だ」
下っぱですらそれなのだ。もし人形の中でも強い連中が出てこようものなら自分たちの命が危うい。そして、このままグリフィンと事を構えるのなら、それらは絶対に何処かで出くわす。
「計画は予定通り進めろ。それと並行して俺達も準備を進める」
「分かりました。ではそのように伝達しておきます」
既に逃走経路と車は確保してある。後はタイミングだ。その時が来るまで、彼らは闇の中に潜み続ける。
「どう思う」
「どうって?」
いつものように雨に濡れながら巡回している人形が見える執務室で、作業の手を止めた指揮官が、おもむろにそう言った。
ネゲヴが湯気の立つカップを渡しながら問えば、難しそうな──それでいてどこか面倒そうに表情を作る。
「さっきの話だよ。初めてここに来た時、歯向かってくる奴は軒並み潰したと思ったんだけどな」
この崩壊した世界において、力と権力は大体イコールで結ばれる。何をするにも金と力の2つは無くてはならないものだ。
この街の住民の殆どがグリフィンの統治に文句らしい文句を言わないのも、グリフィンが大きな力を持っているからであり、それを此れ見よがしに見せつけているからだった。
「そういうのは潰しても無くならないでしょ。目立ってる組織を倒して名を上げようなんて思う奴は、ごまんといるわ」
それこそ雨の後の筍の如く、にょきにょきと生えてくる。どこにいたんだお前らと言いたくなるほどに。もちろん、そういう輩は実力差を把握できないアホが殆どであるが。
「ま、深く考えるだけ無駄よ。歯向かうなら潰す。それだけでしょ?」
「……まあな」
とはいうものの、向こうは対人形の戦い方を心得ている。ジャマーなんて高価な物を用意して露骨にメタを張ってきたのが証拠だ。
このまま戦っていては埒が明かない。なんらかの対策は講じなければならないが……。
「さて、そのためにもジャマーの対策を考えなければいけない訳だが」
「対策っていったって、ジャマーは通信を強制切断して人形を一時的にフリーズさせるものなんだから、元から自律モードで動かせばいいじゃないの」
「安心して自律モードに出来る奴が殆ど居ないんだよ。放置しとくと何しでかすか分からん奴らばっかだろ?」
ここで言うところの自律モードとは、人形のAIに行動を一任するモードのことだ。このモードは主に制圧し終わった領地の見回りなどの、決まったルートを巡回する時などに
通常の状態と自律モードは似たり寄ったりな部分が多いので、指揮官になりたての人間などは普段からそうではないのか?という疑問を持つようだが、この二つは似ているように見えて全く違う。
通常の場合、指揮官やデータを一括管理している部隊専用の作戦AIから「○○を行え」「◇◇に向かえ」というような指示が常に送られてきていて、人形はそれに従って行動している。
分かりやすく言うなら、常に何かしらの制御下に置かれて行動しているのだ。常に行動をコントロールされ、見張られていると言ってもいい。
自律モードはこれらの指示を行わない。つまり、人形に搭載されたAIに移動から戦闘までの全てを任せるのだ。自律モードの人形は自分で考えて行動しなければならない上に、記憶データのバックアップを含めたあらゆるサポートを受けられないのである。
通常では行えるコアネットワークを利用した人形同士の通信行為まで封印されてしまうので、この自律モードを嫌う人形は多い。
「まあ……それは、そうね。じゃあ私が出れば」
「話は早く済むだろうけど、殺された人形から復讐させろって嘆願書が届いててな。安月給で働いてる人形たちのボーナスチャンスでもあるし、単騎で済ませると顰蹙買いそうなんだよ」
「…………そうね」
金に目をギラつかせている姿が容易に想像できてしまい、ネゲヴは素直に諦めた。小さな不満は溜めすぎると大爆発を引き起こす。それは人間も人形も変わらないのだ。
「じゃあM1895は?ほどほどに切り上げて帰ってきてくれるでしょうし、練度もあるわ。あとは
「お前ら、ほんとに仲悪いよな…………やっぱその辺になるかぁ。どの口が言うんだって感じだが、特定の人形に頼りすぎは良くないんだけど」
「人柄に加えて練度もってなると中々ね。コスパを考えるならM1895一択だと思うわよ」
「よし、じゃあM1895を囮にして敵を釣るか。早速呼んでくれ」
このS03において、M1895は凄まじく使い勝手の良い戦力として、そして作戦決行の起点として、二つの意味で重宝されている。S03では珍しく人柄と実力の双方が備わりすぎているから自然と頼りにしてしまうのだ。
あまりに便利すぎて戦略の幅が狭まるからと、最近は"脱・M1895"を目標にしているのだが、どうやら今回も達成出来そうになかった。
「はあ……今回もM1895頼りか」
「いいじゃない。指揮官に頼りにされて喜ぶタイプなんだし、存分に使い潰せ、ば……」
「……どうしたネゲヴ」
「呼びかけても反応が無い。それで行動ログを辿ってみたら、今日は非番だから外に出てたみたいで……」
言葉が途切れさせたネゲヴに、指揮官の声が自然と硬くなる。そしてネゲヴから告げられたのは、外に出たM1895と連絡が取れなくなっているという現状。
それが意味することは、つまり──
「まさか、もう襲われてるのか」
「………………かもね」
2人は顔を見合わせ、そして同時に執務室を飛び出した。
クソほどどうでもいいけど、宿3つの雑魚指揮官に需要あるのかしら……?
この先どんな感じで進めましょうかね?
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既存キャラの掘り下げ
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新キャラを出す
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世界観とかを詳しく描写する