No Answer   作:報酬全額前払い

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あけましておめでとうございました。今年もよろしくお願いします。
ちなみにサブタイは変わりましたが内容は続いてます。


拠点奇襲

依頼主:SG社


何をするにも大義名分は必要でしょう?

というわけで、悪党とはいえ自領の住民を殺戮することに正当性を持たせるために、私から依頼という体を取らせてもらいます。

それでも、やる事は変わりません。負け犬共を拠点もろとも始末する、それだけです。

あとでデータを送りますが一応私からも説明させてもらうと、その複数ある拠点は全て町外れの廃棄された下水路にあるようです。あそこは迷路のように入り組み、奇襲や待ち伏せなどがやりやすいそうですよ。守りやすく逃げやすいといえますね。
実に負け犬らしい逃げ腰思考ではありますが、下水路に張り巡らされたトラップとの連携は地味に面倒です。潜り込ませたスパイからの話によると、どうやら時間を稼いでリーダー格を逃がす作戦のようですよ。

それもこれも全て、レン指揮官の副官さんなら容易に突破できる程度のものでしょうがね。

ちなみに例のジャマーですが、どうやら最深部に全て保管してあるそうですよ。使う時だけ持ち出して、それ以外の時はそこに置いてあるんだとか。ジャマーは大きくスペースが必要なので、相応に広い空間なのでしょう。

ふむ、説明はこんなところですかね。

今回、具体的なミッションプランや動員する人員などは全てそちらにお任せします。言うまでもないことですが、どんな手を使ってでも障害を排除してください。

ああもちろん、報酬としてお支払いする資材は好きにお使いください。この程度の仕事に払う報酬としては過分でしょうが、今後のための投資と思えば安いものですから。

では、健闘を祈ります。


P.S 今回お渡しする配給食は新作なんです。できれば感想などを送ってくださると助かります。


報酬:配給10000(前払い)



殺意の対価①

 

 無くてはならないものが、この世界には溢れている。

 

 たとえば権力、たとえば資金力、たとえば暴力。

 

 あったところで生きやすくなる訳ではない。しかし無ければ一方的に泣きを見るような、そんなもの。

 この世界で生きるには、それら"無ければ困るもの"を手にしなければならない。手に出来なければ死ぬだけだ。

 

 その中でも一際分かりやすく目につくのは、やはり資金力と暴力だろう。この2つは素人目でもすぐに理解できるほど有無が分かりやすく、故にそれは"強さ"の指標して使われやすい。

 

 だから金持ちは人の上に立つ。資金力という強力な矛と盾を併せ持つ金持ちは、この世界では一握りしか居ない、特権を行使する人間でもあった。

 

 そして暴力が強いものの周りには取り巻きが多くなり、それはいつか大集団を結成する。そして大集団同士が激突し、敗者は勝者に取り込まれ、勝者はその規模を膨らませる。

 近所のゴロツキの集まりに過ぎなかったはずの一団が幾度となく行われた抗争の末に街の荒くれ者の大半を吸収し、いつしか街の権力者と癒着できるまでに成長するのだ。

 

 赤髪の男は、そんな方法で成長した一団の最初期からいるメンバーだった。

 親の顔も知らず、スラム街で喧嘩にばかり明け暮れていた彼に、出会った時から右目に傷があった男が手を差し伸べたのだ。

 

 連れられるままにその日から鉄砲玉として最前線に立ち、ただ殺して、殺して、殺して、殺した。

 彼には学が無い。だが、こと戦闘に関しては、彼は天才だった。一を聞いて十を知り、時にはゼロから一を作り出すような、天才の中でも優秀な存在だ。

 

 そんな才能に、幾度となくくぐった修羅場が経験を与えた時、彼の前に敵は居なくなった。

 誰と戦っても勝ってしまう。暗殺は自慢の直感で回避して返り討ちにする。

 

 がむしゃらに暴れた末に気付けば立っていたテッペンは、男が思っていたよりずっと低い場所だった。

 

「……」

 

 事実上の最強だった男は接待を受けることも多かった。

 だからこの時代基準で豪華な食事を食べたことなんてしょっちゅうだったし、普通なら触れることも叶わないような美人と寝たこともある。

 

 だけど、どんなに凄い接待を受けたところで男の心は渇いたままだった。自分が窮地に陥った時に感じていた滾りや充実感を感じることはなかった。

 昔は充実感を覚えていた殺し合いも、テッペンに立った時からは何も感じなくなっていた。勝つのが当たり前の流れ作業と化していたからである。

 

 

 そんな彼の心が大きく揺れ動いたのが、グリフィンがこの街にやってきた日。多くの男たちにとっては忌むべき一日のことだった。

 人形と呼ばれる存在は、当時まだ人間同士での争いが主流だったS03に大きな衝撃と恐怖を与えたのだ。

 

 赤髪の男は事実上の最強であったが、それはあくまで人間同士ケンカならという話だった。戦闘目的で産まれた存在には、やはり勝ち目が薄くなる。

 しかしそれは入念に準備をすれば届く程度の差だ。相当厳しいが、多くの犠牲を覚悟して戦略を練れば十二分に勝ち目がある。()()()()()()()()()()

 

 大多数には不幸なことに、しかし彼にとっては幸運なことに、彼らが相対したのは普通の枠組みに到底入りそうもない人形であった。そして彼らの誇りとプライドは、その一体の人形に跡形もなく粉砕されてしまう。

 

 それは刃向かったものを全て殺し、抵抗するものを叩き潰し、障害は両手の実体ブレードで斬り捨て、その場に居合わせた者たちに等しく死の恐怖を叩きつけた。

 

『あ……あぁ……』

 

 皆が等しく地べたに這いつくばりながら、己の心の折れる音を聞いた。

 この音を聞くことなくトマトジュースになった数十人は幸運だったと断言できるほど、それは惨い音だった。

 

 見上げることは許そう。

 

 だが手を出すことは許さない。

 

 立ち上がることも許さない。

 

 思い上がるな。ここは、この街は、お前たちのものじゃない。グリフィン(我々)のものだ。

 

 "アンタたちには下水路がお似合いよ"

 

 不遜すぎる物言いに、しかし誰も逆らえなかった。地べたに這いつくばされた時点でポッキリと自分を支えるナニカが亡くなってしまっていたからだ。

 

 もはや何を言い返す事も出来ず、その日から勝者だった男達は負け犬として地下に追いやられる事になる。

 

 当時のS03で傭兵もどきをやっていた男の9割の心を殺し、酒浸りの廃人にするレベルで恐れを刻み込まれた当時の事を知る者は、皆が口を揃えてこう言う。

 

 ──その日、絶対的な死がカタチをもってやってきた。と。

 

 ……だが──

 

「だから、俺はお前を()したい……っっ!」

 

 この男だけは、他の男たちとはまったく別の感情を抱いていた。

 

 目を奪われるとは、きっとあの事を言うのだろう。心を奪われるとは、きっとあの瞬間に感じたことを言うのだろう。

 

 はじめてだった。自分の感情に抑えが効かなくなるのは。そして自分で自分が分からなくなるほど、強く焦がれたのは。

 

 彼が抱いたこれは憎悪であり、

 

 初恋であり、

 

 悲哀であり、

 

 恐怖であり、

 

 尊敬である。

 

 刃向かったら確実に殺されるという恐怖に身を震わせながら、しかし心は歓喜で満ち溢れんばかりだった。そして、『あの女を抱いてみたい』『あの敵を自分の手で殺したい』という本来なら同時には発生しない筈の二つの欲求が同時に膨らみ始めていた。

 

 だが心の底から求める彼女には人間では決して追いつけないだろう。人間を辞めたところでスタートラインにすら立てないに違いない。

 

 しかし、だからといって諦めるという選択肢を赤髪の男は取らなかった。

 人間を捨て、未来を捨て、プライドや命すら含めたあらゆるものを捨て去り、使えるものを全て使った結果、彼はようやっと"力"を手にした。

 

 たった一度の完膚無き敗北で覚醒した天才は、もう一度ピンク髪と相対する瞬間のためだけに全てを擲つことを決意したのだ。

 

 男に後悔はない。

 

 その代償として過去を全て失い、機械のように同じ事しか考えられなくなっているとしても、もう自分には正と負が区別できないほど混ざりあったドロドロした感情しか遺っていないとしても

 

「早く来いっ、ピンク髪ぃ……!」

 

 今が一番、幸せなはずだから。

 

 

 

 ◆◆

 

 

「さて、集まったな」

 

 普段は食堂として使われ、一息つくために多くの人形が集まる場所。いつもはS03にしては珍しく和気あいあいとした空気が流れることの多い此処だが、今は物々しい雰囲気で重く澱んでいた。

 

「もう概要は伝わっているだろうが念の為に確認させてくれ。

 短い間だが俺たちを悩ませていた連中の根城が、SG社のスパイからの報告で分かった。根城が分かった以上、放置しておく選択肢は無い。

 よってこれから奴らの根城を強襲、これを撃滅する」

 

 そう告げた途端、部屋に流れる重圧が倍に増えた。ある人形はおもむろに手元の銃を磨きはじめ、またある人形はナイフに自分の顔を映す。

 どいつもこいつも大悪党という言葉が似合うような悪い顔をしているのを見ながら、指揮官は心のどこかで何故か安心感を抱いていた。

 

「やっぱこうじゃないとな」

 

「なにがよ」

 

「この"私たち悪いことします"感あふれる鬼畜スマイルこそ、S03の人形を人形たらしめる要素だなって」

 

「………………分からなくもないのが悔しいわね」

 

 声無き歓声が止んだのを確認してから指揮官は続きを口にした。

 

「しかし、そこは腐ってても敵の本拠地だ。さんざん悩まされたジャマーも多数配備されているのは間違いない。このまま迂闊に進んでも、それなりの手傷を負わされることになるだろう」

 

 ジャマーに為す術なくやられた人形の顔が殺意で曇る。当人たちにとっては悔しいが、それは紛れもない事実であった。

 

「ではどうする?どうせジャマーのような妨害装置は奥に仕舞っておるじゃろう。それを引っ張り出す、あるいは破壊する策はあるのかの?」

 

「ある」

 

 この場の全員を代表して問いを投げかけたM1895に、指揮官はこう答えた。

 

「ネゲヴを突撃させる」

 

「…………なんと」

 

 ネゲヴが戦場に立つ。

 

 その意味を理解できない者は誰もおらず、だからこそその言葉が驚きをもって迎えられる。

 

「ジョーカーは持ってるだけじゃ意味が無い。使ってこそ効果を発揮する切り札が手元にあるんだから、ここで使わなきゃ何時使うんだって話だ」

 

「しかし、良いのか?」

 

「良いさ。ネゲヴはあくまでジャマーを破壊するだけ。その後の掃討戦はお前たちだけでやってもらう予定だからな。それならボーナスチャンスも無くならないだろ?」

 

 M1895が危惧していたのは、ネゲヴ単騎で全てを終わらせやしないかということだった。

 冗談でもなんでもなくそれが出来てしまうからこその危惧だったのだが、それは指揮官とて承知している。だからネゲヴの用途をジャマーの破壊のみに限定したのである。

 

「それにまあ……」

 

「まあ?」

 

「……いや、なんでもない。とにかく準備を進めて位置に着いておけよ。ネゲヴがジャマーを破壊した後は早い者勝ちになるんだからな」

 

 それだけ言うとネゲヴを斜め後ろに従えて食堂を出る。わいわいと戻ってきた喧騒を背中で感じながら、先ほど言いかけた言葉を胸の内で呟いた。

 

(俺の予想が当たってるなら、ジャマーなんてものを使ってきたのは、きっと俺とネゲヴのせいだからな)

 

 確証は無い。だが指揮官は不思議と、この騒動の発端が自分たちにあるような気がしていた。

 

 

 

『ネゲヴを単騎突撃させる』

 

 言葉にすれば単純にして明快だが、その単純なものに込められた破壊力は間違いなくS03で一番大きいものである。

 

「まったく。可能な限り誰も殺さずにジャマーを壊して撤収しろだなんて、人形使いが荒いんだから」

 

《その割りには嬉しそうじゃん》

 

 久しぶりに研究室から引きずり出された59式は、その声色に喜色が混じっていたのを耳ざとく聞いていた。

 

「まあね。だって最愛の人から頼りにされてるのよ?言葉でも、身体でも愛されているのは分かっているけど、やっぱりこういう風にも愛されたいのよ」

 

《そりゃ悪かった》

 

「気にしないで。あなたの立場を考えると、昔みたいになんでも私だけで片付けるって訳にもいかないものね」

 

 そう頭では分かっているが、やはり昔のように何でも自分だけで片付けたいという思いはある。それは指揮官の愛はもちろん、与えられる指示や命令などの言葉に至るまで独り占めしたいという独占欲からくる思いだった。

 

「でもたまには、こんな風に頼ってくれても良いのよ?」

 

《そうだな。お前から離れたくないって思いを少しでも上回ったら考えとく》

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。いまキュンキュン来たわよ」

 

 ネゲヴの声には普段の凛々しさは無い。今の彼女の声は考えられないほど甘ったるかった。それは完全に、想い人にデレデレしている女のそれであった。

 その甘さの度合いは、オペレーターという役割の都合上、常に話を聞かなければならない59式が無言でコーヒーの入ったカップを口につけるほどである。

 

《2人とも?通信越しにイチャつくのは良いんだけどさ、聞かされるこっちの身にもなってくれないかな》

 

「あら、悪かったわね。つい」

 

《ついじゃないよ、もう》

 

「そんな事より、よく研究室から出てきたわね。あんたが本気で研究してる時は意地でも出てこないけど、もう終わってたの?」

 

《いやー、ちょっと詰まっちゃってね。気分転換って感じかな》

 

 スキャンモードで下水路の至る所にセットされているトラップを見つけ、通行の邪魔になるものだけを解除しながら進んで行く。

 このまま進めば、あと5分もしないうちに拠点の入口前に辿り着ける筈だ。

 

「いったい何を研究して──いや、やっぱりいいわ。聞かない」

 

《苗床が出産するところまでは行けたんだけど、そこからどうも上手くいかなくてね。言うこと聞かないですぐ自爆しちゃうの。遺伝子の弄り方が悪かったのかなぁ?》

 

「ちょっと」

 

《ほら、前に話してた自爆兵器の事だよ。あれは良い考えだけど、ベースが鉄血の犬なのは頂けないなって思って。ウチでは貴重なパーツを投げ捨てるマネは出来ないし。

 でもその点、生物兵器って凄いんだよ。最後までコスパたっぷりだもん》

 

「レン。ちょっと59式からヘッドセット取り上げて」

 

《あいよ》

 

《あっ、ちょ──》

 

 ナチュラルに生命倫理を無視した実験を行っていると暴露した59式(しかも悪びれる様子もない)に頭が痛くなりそうだったネゲヴは、一先ず59式のヘッドセットを取り上げさせることで精神を安定させる。

 数十秒後、落ち着いたらしい59式の声が再び聞こえると、ネゲヴは恐る恐るといった風に聞いた。

 

「……そんなものを作って喜んでるの?」

 

《……?ちょっと質問の意味が分からない。逆になんで喜ばないの?》

 

「変態」

 

《最高の褒め言葉をありがとう!》

 

「いや褒めてないんだけど…………もういいわ」

 

 とにかく、最近やけに動きが無いと思っていたらロクでもないものを作っていたらしい。しかもほぼ間違いなく面妖なナマモノだろう。

 これ以上話を続けると聞きたくもないことを聞かされると察したネゲヴは早々に会話を打ち切り、前を見据えた。

 

 提供されたデータが正しいのなら、この先に入口がある。

 

「さて、やるわ」

 

 ただ一言、それが意識を切り替える合図だった。

 

「ピンク髪だ!ピンク髪が来たぞ!!」

 

「とっ、とうとうか!!」

 

 地下水路にネゲヴの姿が見えた途端に怒号が響き、続いて何十にも重なった銃声が鳴り続ける。

 

「撃て!撃ちまくれ!!」

 

「同じ人型なんだ、頭に当てれば殺せるはずだ!」

 

 切れ目の無い弾幕は、男たちの殺意の高さというものを如実に表していた。この日のために溜め込んだ武器を全て放出し、心の奥底に根付いた"悪夢"を殺そうと襲いかかる。

 

「…………」

 

 だが通じない。アサルトライフルもサブマシンガンもハンドガンもライフルもRPGのような爆発武器だって、すべて、男達の攻撃を無駄な努力だと嘲笑うかのように無視して突き進んでくる。

 

 この下水路に追いやられた日を知るベテランの男には、それがかつての焼き増しのように見えていた。

 このままでは、また、あの日のように──

 

「ちくしょう!手が、手が震えてやがる!」

 

「なんでだ、なんで身体が動かねぇ?!」

 

 彼女に近寄られるにつれて、まるで首を締め付けられるような圧迫感を、あの日にボコられた男達は感じはじめていた。

 年月と共に怒りを超え、憎悪を超え、やがて絶対的な死のイメージとして刻まれた彼女の姿は、トラウマとして今も脳裏に焼きついている。

 

「けっ、なに日和ってやがんだよ。どんな軍勢が来るかと思ったら人形一体だけじゃねえか」

 

「逃げ回るのだけは上手いみてぇだが、それだけだ。あんなの一匹で幹部にのし上がれるんならチョロいもんだぜ」

 

 だが、グリフィンがS03地区を治めはじめてから此処に来た大多数の男は、まだ彼女の恐ろしさを知らない。

 彼女のことを動きが早い的だと思っているルーキー達は、意気揚々とベテランの男たちを押し退ける。

 

「下がってなセンパイたち!殺る気の無ぇ足手まといは邪魔だからよ!」

 

「あっ、おい待て!」

 

 腰の引けたベテランに代わって恐れ知らずのルーキーが攻撃を始めた。

 中にはバリケードを乗り越え、フレンドリーファイアの可能性も考えずに白兵戦で彼女の首を取ろうとする者もいる。

 

 多くの場合において無知は罪と言われる事が多いが、この時はその無知が彼女への無謀な攻撃を可能にしていた。

 

「ここの住民は馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど……」

 

 彼女としては、この街に初めて訪れた際に徹底的に叩きのめしたつもりだった。それで誰も歯向かいはしないだろうと思っていたのだ。

 

「いや、仕方ないのかも。人間って、そういう生き物だし」

 

 だが、それから年月が過ぎ去り、世代が変われば自分が与えた恐怖も薄まる。それを失念していた。

 つまり何が言いたいのかというと、人間は人形とは違い死ねばそれまでで、更にはサーバーを介して全体で記録を共有することも出来ないという当たり前を考えていなかったということだ。

 

 人形は個体に大損害を与えれば、その記憶が記録として次の個体に連続して受け継がれる。そして次の個体からは、前に経験した"大損害"を避けようとする。それはその人形が"大損害"を痛みや苦しみごとデータとして保存して覚えているからだ。

 

 誰だって自分から痛い目に会おうとは思わない。それが自分が死ぬようなものならば尚更だろう。

 人形はその痛い目を記録として残し、次の個体に記憶として引き継がせる。そうすることで過去の過ちを繰り返さないようにしているのだ。

 

 だが人間は、その記憶を口で伝えるしかない。しかしそれは痛みや恐怖といった言葉で言い表せないものを伝えることは出来ず、だからこそ先人の言葉は蔑まれてきた。

 実感の伴わない言葉ほど薄っぺらいと感じるものは無いからだ。そして当の本人ですら、喉元を過ぎれば経験があるにも関わらず同じ事を繰り返すことだってある。

 

 そういうところに人間の愚かさを感じずにはいられなかった。

 

「勇気と無謀は別物よ。冥土の土産に覚えておきなさい」

 

 錆びたナイフで首を掻き切ろうとしてくるハゲ頭の腕を手刀で切り落とし、傷口に手榴弾をねじ込んで蹴っ飛ばす。

 蹴っ飛ばしの時点で絶命していたハゲ頭の遺体が手榴弾で挽肉になるのを見もしないで、今度は腰のホルダーからPPKを二丁引き抜き、両脇から迫る自殺志願者に1発ずつ。

 3人が秒殺されたことで勢いが弱まった一瞬を見逃さず、PPKで更に殺到するルーキーたちの手足を撃ち抜いた。

 

「な、なんだコイツ!化け物か!?」

 

「とにかく撃て!手を止めたら死ぬぞ!!」

 

 流石はベテランというべきか、ルーキー達が動揺したのをすぐに統率して弾幕を張る。

 強引に突破できなくもないが、僅かでも被弾したくない彼女は、近くで痛みに呻く男たちに目をやった。

 

「ちょうどいいわね」

 

 体格差があるはずの大の大人を易々と持ち上げる。そして盾のように構えて、突撃。しっかり首を掴まれた哀れな肉壁は逃げることも叶わず、痛みに泣き叫びながら味方の弾で息の根を止めた。

 

「いっ痛え!いて──」

 

「近くにいた、あんたが悪い」

 

「クソ悪魔が!」

 

 ベテランの男たちの目に映る彼女は、いつか見た時と全く同じだった。

 時代遅れな実体ブレード"Vendetta"も、単なるゴミ掃除としか認識していない目つきも、圧倒的な強さも、何一つ変わらない。

 

「クソが!盾にされてる奴にばっかり当たってやがる!」

 

「このままだとバリケードに寄られるぞ!」

 

 以前から人形との争いを想定していたのか、バリケードは即席ではなくちゃんとした作りをしている。人形の榴弾であっても穴が開かない素材を使ったバリケードは、本来かなり攻略に苦労するもののはずだ。

 

「…………」

 

 弾丸の嵐の中、彼女は右手の使いものにならなくなった肉を投げ捨てると、懐から一つの金属球体を取り出した。

 何の変哲もない鉄球であるそれは、彼女の投擲という動作で急加速し、レールガンの如き勢いと破壊力をもってバリケードを破壊する。

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

「バッ、バリケードが!」

 

 人形が相手でも相当持つはずのバリケードが積み木を崩すような軽さで打ち砕かれ、その余波だけで5人が肉塊になるという非現実的な光景に唖然とした一瞬、

 

「よしっ」

 

 その一瞬で彼女は最初の防衛ラインを跳び越えた。そして瞬きの間に建物の中に入り込んだ彼女を追える者などいるわけもなく、ただ呆然と見送るしかなかった。

 

「と、突破された!」

 

「本部に連絡しろ!急げ!」

 

 そう言いながらも、この場に居た男たちには安堵の表情が浮かんでいる。

 

「い、生きてるのか……俺……?」

 

 腰の抜けた男は、嵐のように過ぎ去った暴力が残したバリケードな残骸を見て、手を出してはいけないものに手を出した恐怖を感じ、そして己の幸運に感謝しながら失禁した。

 その幸運とは、あのピンクの悪魔が自分たちをターゲットにしていないという最上級の幸運のことだった。

 

「さて。ああいうのは妨害電波の強い場所にあるって相場が決まってるけど」

 

《発信元の周辺が一番濃いのは当然だからね》

 

 一方ネゲヴは途中にあった、通路を塞ぐようなバリケードやゴロツキをガン無視しながら奥へ奥へと進んで行く。

 

《いやしかし、ネゲヴが民生機じゃなくて良かったよ。もし民生機だったら、こっちからモニタリングすることも、こうして通信することも出来なかったからさ》

 

《曲がりなりにも軍用機だし、俺は心配してなかったけどな。ペルシカの受け売りだけど、お前ってそこらの最新機よりよっぽど盗聴も電波妨害もされにくいんだろ?》

 

「まあね。試作機の中でも私だけは元々電波妨害が酷い場所での使用が想定されていたから、この程度の妨害電波ならものともしないわ」

 

 未だに軍の技術は大半が秘匿されている。そしてその技術レベルは、軍以外の場所とは10年ほど格差が生じていると言われるほどだ。

 そんな軍が当時の最新技術を集めて造った試作機は、今の軍内では世代遅れだとしても、外では最高性能機に余裕で勝る。その事実だけで軍と民間の格差が分かるだろう。

 

 そのまま奥へ奥へと進み、やがて到達した最深部には、5つものジャマーが並んでいた。そこに一歩足を踏み入れると、まるで測ったかのように照明が灯る。

 

「ずいぶんな歓迎ね。そんなに私に会いたかったのかしら」

 

「………………ああ。やっとだ」

 

 挑発のつもりで投げかけた言葉に思いもよらない返答が帰ってくる。

 彼女が認識したのは、機械であることを示す識別信号が一つ。そこに人間が持つ特有の生体反応は無く、

 

「ずっと、ずっと待っていた。こうしてまた巡り会える日を」

 

 故にそれは、彼が既に"人間"を捨てているのだという事実を、端的に表していた。

 

《出待ちされてたか。そりゃそうだよな、俺でもやるわ》

 

「あんた、何なの?」

 

「俺を覚えていないのか。……まあ無理もない。お前にとって俺は、きっと有象無象の一つだっただろうからな」

 

「違う。そうじゃない」

 

 大して残念でもなさそうに男は赤髪を揺らして笑う。そうして「分かっていたさ」と呟くが、ネゲヴが気にしたのはそこではなかった。

 

「あんたの事は覚えてる。ここに初めて来た時に蹴散らした奴でしょ。

 私が聞きたいのは、その身体のことよ。身体に何をした」

 

「ああ、そっちか。別に大した事はしてない。ただ、力を手にしただけだ」

 

 世間話をするような軽さの言葉の端に言いようもない狂気を感じ取ったネゲヴは、無言で両肩のハンガーユニットにぶら下げていたVendettaを両手に持った。

 

「力ですって?それが、あんたから出てる識別信号と何の関係があるのよ」

 

「質問が多いな。その答えが知りたいのなら、使うのは言葉じゃない。違うか?」

 

 男の両手が実体ブレードに変形する。腕が武器に変わるそれは、いつか見たAI研究所製の武器腕に酷似していた。

 

「それはAI研究所の……!なるほど、奴らの差し金か!!」

 

《………………まさか》

 

《59式?》

 

「行くぞおおァァ!!」

 

 雄叫びをあげながら男が斬りかかってくる。それをVendettaで受け止めたネゲヴだが、しかし徐々にパワー負けしはじめた。

 

「圧されてる……!?まさか私の出力を上回るっていうの!?」

 

《一旦引けネゲヴ!!》

 

「言われなくても!」

 

 Vendettaの表面を滑らせるように受け流し、動き回るには狭すぎるジャマーの保管庫から飛び出して一目散に逃げ出す。背後の破壊音に振り向く暇も無く、ネゲヴは走り出した。

 

「どうなってんのよ!たかが一研究所が、私と張り合える躯体を作り上げるなんて!!」

 

《あそこの非常識さは分かってたつもりだったが……ネゲヴ、振り切れないか?》

 

「無理よ!だってあいつ……」

 

 目の前のドアを蹴破りながらネゲヴは余裕が生まれた一瞬で背後を確認した。するとそこには、とても正気とはいえない顔をした赤髪の男が居て、全力疾走でネゲヴを追いかけてきていた。

 

「ピンク髪ィィィィィィィ!!!」

 

「ぶっ壊れた人形みたいに私の事を全速力で追ってきてるから!!」

 

《おいおい……あいつ、何をされたらあんな狂い方をするんだ》

 

《……やっぱり、そういうことなんだろうね》

 

 ただならぬ様子を見た指揮官は戦慄し、59式は何かを確信した。そして進路をオペレートしながら語り出す。

 

《あの男はきっと、ネゲヴを殺すために全てを捨てた。記憶も、心も、もちろん"人間"も》

 

「どういう事よ?!」

 

《ただ殺すだけなら心は要らない。ただ殺すためなら記憶はいらない。純粋な殺し合いに"人間"ほど不要なものは無い。

 必要なのは絶対に殺すという執念と、それを殺せる力量だけ》

 

《…………知ってるんだな。あいつが何をされたのか》

 

 ここまで言われて気づけないほど鈍いものはここに居ない。指揮官が59式を見つめると、59式は無言で頷いた。

 

《プロジェクト・ファントム。…………それが、多分あの男が受けた措置の名前》

 

《それって、あのプロジェクト・NEXTの研究レポートで見た……!》

 

《プロジェクト・ファントムは、元々プロジェクト・NEXTの前身みたいなものでね。元々は優秀な兵士を無限に生産出来るようにって計画なの。でもあの男が受けた受けた措置は、きっと……》

 

 優秀な兵士を無限に生み出す。

 戦争中に考えられたであろうこの倫理観を彼方に投げ捨てた計画は、かつて起こったルーマニアの落し子の一件以降、そのリスクのせいで凍結されたはずだった。

 

「そういうのは後でいい!対処法は!?」

 

《基本的に小細工とかは通用しないはず。いちばん確実なのは実力で上回ることよ》

 

「なるほど──」

 

 正面に開けた広間が現れた。そこで速度を落としたネゲヴは再びVendettaを構え、追いかけてきた赤髪の男に斬りかかった。

 

「──分かりやすいわね!」

 

「ピンク髪ィィィィィィィ!!!」

 





(なぜ生態兵器を爆発させようと思ったのかという質問に対して)

(´伍`)ちょっと質問の意味が分からない。爆発させちゃ駄目なのかな?

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する
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