No Answer   作:報酬全額前払い

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殺意の対価②

 終わることの無い恐怖と歓喜の狭間に男は立っていた。

 

 改めて向き合い、そして思い知る。このバケモノは、およそ人間が太刀打ちできるような領域にはいないと。

 

 そしてこうも思う。力押しであれば、自分はこのピンク髪に負けはしないと。

 

「ははははははははっっ!!」

 

 口から狂ったような笑いを漏らしながら、名前の無くなった男はピンク髪の首すじを見ていた。

 

 細い細いその首は、触れることさえ出来れば簡単にへし折れそうなくらい華奢に見える。

 実際、自分の握力ならアッサリとへし折る事が出来るだろう。いや、今は両腕が刃なので切り落とす、という表現が正しいか。ただそれに触れるのが容易ではないことは分かっていた。

 

 とはいえ、このまま戦い続けていれば有利なのは自分だと理解している。殺意と闘争本能に従うままに腕を振るえば、そう遠くない内にピンク髪の細い首に刃が届く。

 その確信が、男にはあった。

 

「このっ、気狂いが!」

 

 一方のネゲヴは、やりづらそうにVendettaを振るっていた。

 元々パワー負けしている上に、相手は知性が感じられない乱雑な動きをしている。行動が読めないのだ。

 

《マズいな……徐々に押されてる。パワー負けしてるんだから当然だが、長くは持たないか》

 

 強引に力押しで突破することなど出来ず、逆に強引に力押しで突破されてしまいそうなこの状況。これが続けば続くほど自分たちが不利になっていく事など分かっていた。

 

「このままだとジリ貧なんだけど、何かないの!?」

 

《そう言われても……!ネゲヴでやっと着いていけるんじゃ、増援を送ったところで肉壁にもならない!》

 

《ジャマーの破壊が出来てないから、そもそも増援は送れない。そして仮に送れても、性能差ですり潰されるのがオチか……》

 

 戦いにおいて、量と質のどちらを優先するのかは個人の意見が別れるところだろうが、どっちを優先するにせよ一つだけ確かに言える事がある。

 量だろうが質だろうが、それが一定の水準を超えているのなら、並大抵の障害は強引に取り除けてしまうということだ。

 

「ハッハァ!もう手詰まりかピンク髪!?」

 

「ふん、どうでしょうね。今の言葉がブラフって可能性だってあるわよ!」

 

「だと良いがな!」

 

 ここがもう少し優しい世界だったなら、隠されていたシステムが起動してピンチを乗り切ったり、感情の昂りでスペックの限界を超えたり出来たかもしれない。

 だが現実は非情だ。気合いだの根性だの、ましてや愛なんてもので能力が上がるなんてギミックは人形に無く、性能差という現実は重くのしかかってきていた。

 

「どうした!手が止まってるぞ!!」

 

「……!」

 

 ただ腕を振り回しているだけといった印象を受ける雑な攻撃は、しかし振り回す速度が早すぎるあまり、十分な脅威をもってネゲヴを襲う。

 単純な速さと力の暴力は、彼女を防戦一方にするだけの破壊力を持っていた。

 

《どうするのさ、このままだと……》

 

《………………》

 

 膠着状態のまま5分、10分と過ぎ去るにつれて段々とかすり傷が増え、それらの細かい傷が積み重なったネゲヴの損傷率が10%を超えた時、指揮官は無念そうに言った。

 

《ネゲヴ、退け!!》

 

「レン?!」

 

《ここでお前を、一時的にしろ失う訳にはいかない。作戦を放棄する!》

 

 ネゲヴのボディは軍用で、そのスペックは凄まじい。

 だがそれは、同時に修理費が膨大になることと、同じボディを用意する事が難しいことを意味している。

 

 修復用の軍用パーツはペルシカを介した裏ルートから仕入れる事こそ可能なものの、法外な値段が掛かる。そして同じボディは、そもそも生産が終了してしまっているために数に限りがあった。

 

 どちらにせよ大金が必要で、その額はS03の財政を傾けかねない。だから不利とみたら取り返しのつかなくなる前に撤退するという判断も間違いではないだろう。

 

「ッ!?了解、撤退する……!!」

 

 ただ、どうにも解せないものがある。撤退命令を出すタイミングはもう少し早くても良いはずだし、そもそも目の前の敵が素直に帰してくれるとも思えない。その状態での撤退なんて、敵を引き連れて移動するのと同じことだ。

 何を考えているのかという疑問はあるが、何はともあれ命令には従わなければならない。ネゲヴは攻撃の衝撃で後方にワザと吹き飛び、戦闘の余波でボロボロになった広間から猛ダッシュで離脱した。

 

「逃がすかぁッ!!」

 

《59式が指定ポイントまでルートを指示するから、そこまで撤退しろ!後は何とかするから!》

 

「信じるわよ、その言葉!」

 

《うっわ無茶ぶり!仕方ないとはいえ、作戦変更のシワ寄せコッチに来るんだけどなぁ……っ!》

 

 最初に吹き飛ばされた事で僅かに離れた距離を詰められないように、通路に置いてある棚や荷物を地面に倒して進路を妨害する。

 指定された進路は来た道を戻るようなルートで、やがてネゲヴは自分が破ったバリケードのある入口まで戻ってきていた。

 

「ピッ、ピンク髪だ!」

 

「おいまたかよ!?」

 

 ざわめき動揺する男たち。その中から腰を抜かしたままだった1人の太ましい奴の頭を掴むと、無造作に背後に向けて放り投げる。

 

「はははははっ!逃がすわけねえだろ!テメェだけは!!」

 

 投げられた仲間を躊躇いなく斬り捨て、その血を浴びながら赤髪の男は叫んだ。一瞬だけ合った目は、ネゲヴが散々見てきた狂人たちと同じ目をしていた。

 

「一応仲間でしょうに……」

 

《関係ないんだと思うよ。ネゲヴ以外は眼中に無い感じだし、もしかしたらネゲヴ以外の誰も存在を認識してないのかも!》

 

「はた迷惑な話よ、まったく!」

 

 まるで、というか完全にストーカーだ。なんでこんな目に遭わなければならないのかとネゲヴは己の不運を嘆きながら、真っ暗な下水路を指定された通りに進んでいく。

 

「チッ、追いつかれた!」

 

「逃がさねぇって言ったろ!!」

 

 ボディの性能で上回られている以上、障害物の無い直線を走っていればいつかは追いつかれる。

 段々と詰まってきていた距離は、目標地点の500メートル前でついに埋まってしまった。

 

《もう少し、あと少しだけ!そこがゴールだ!》

 

「離れろストーカー!」

 

 Vendettaを横に薙ぎ、距離を取ろうとするネゲヴ。だがその行動は読まれていた。

 

「マズっ」

 

 Vendettaの下に潜り込ませた刃を上に打ち上げて攻撃を無理やり上にズラされた。無理な体勢を取らされた事でネゲヴは僅かだがバランスを崩し、大きな隙を晒してしまう。

 

「首がガラ空きだ!」

 

 その隙に男は至近距離まで接近し、一瞬だけ無防備になった首すじに向かって首を伸ばして顔を近づけた。噛みついて食いちぎる気満々の動きだった。

 

「やらせるかっての!」

 

 咄嗟にVendettaを手放し、自由になった右手を勢いよく振り下ろす。ガレキくらいなら容易に両断できる威力の手刀が男の頭に命中した。

 予想外の反撃に、男の視界がぐらりと揺れる。首を伸ばしすぎていたために前のめりに倒れそうになった男が見たのは、床ではなく黒いストッキングに包まれた膝。

 

「ぉごっ?!」

 

 華奢な見た目にも関わらず人を殺せる膝蹴りが顔に直撃する。視界が乱れ、地面に倒れた男が無意識に転がって素早く立ち上がったのは、唯一残された戦闘経験の賜物か。

 頭があった場所にコンクリートを踏み砕くストンプを行い、それを外したネゲヴは舌打ちと共に手放したVendettaを回収して走り出す。

 

「あれで死んでれば楽だったのに」

 

《普通死ぬんだけどなぁ……》

 

 手痛い反撃を喰らった男は、しかし笑っていた。

 

「くくくくくっ、そうだ!そうでなければ面白くない!それでこそピンク髪だ!!」

 

《うわー……》

 

「ちょっと精神的に辛くなってきたんだけど!」

 

《もう終わるから!だから走れ!》

 

 指定されていたポイントは、下水路から曇天の外に続く道だった。この下水路に入る時にネゲヴが使った道である。

 

「これは……なるほど」

 

「鬼ごっこは終わりか?ピンク髪」

 

 道の真ん中でネゲヴは足を止め、何かに気づき、雨に打たれながら赤髪の男と三度相対する。

 

「ええ、終わりよ。長かった鬼ごっこも、そして──」

 

 ネゲヴにばかり気を取られていた男は気づけなかった。ただ逃げているように見えたネゲヴに誘導されていたことを。そして自分が既に包囲網の只中に飛び込んでしまっていることを。

 

「──お前の命運も」

 

「なんッ?!」

 

 両方の太ももが撃ち抜かれる。足から力が抜け、雨が打ちつける道路にうつ伏せで倒れてしまった。そして倒れた男の両肩に何十発と弾が撃ち込まれ、武器腕が壊れる。

 たった数秒で両手足を失った男は、唯一自由に動く首を動かして周囲を見渡し、そこで気づいた。

 

「人形どもが……!」

 

 廃ビルの各所から男に狙いを定める無数の銃口。それらが全て人形のものであることに。

 

《質がダメなら数で押す。戦いは数だな、やっぱり》

 

《だねぇ》

 

 先程までの切羽詰まったような声とは打って変わってのんびりとした声色の指揮官と59式。そのあまりののんびりさに、ネゲヴは思わず脱力してしまう。

 

「無駄に迫真の声まで出しておいて……最初から作戦放棄なんて嘘だったのね?」

 

《無駄じゃないよ。通信傍受されてる可能性もあったし、ちゃんとガチで焦ってたからね?》

 

《それに嘘は言ってないぞ。俺は『ネゲヴがジャマーを破壊するという作戦』を放棄すると言っただけだ。拠点の襲撃まで止めるとは言ってないし、ジャマーの破壊を止めるとも言ってない》

 

「えっ?でもジャマーの破壊って」

 

《──しがやったわ》

 

 通信に割り込む声が一つ。その声を聞いたネゲヴは、そういえばブリーフィングの時に姿を見ていなかったことを思い出した。

 

「Five-seven。あんたなの?」

 

《そうそう。副官さんが大きな花火を上げてくれたから、お陰で動きやすかったわ。ありがとね》

 

《ちょっと待ちなさいよ!アンタ、今朝から今まで見ないと思ったら抜け駆けしてたのね!!》

 

 さらに割り込む声が一つ。FALである。建物の影に隠れて両腕を破壊するのに貢献していたFALは、恐ろしい表情をしながらワナワナと怒りで震えていた。

 

《指揮官、どういうつもりよ!》

 

《次善の策として、顔と声を変えたFive-sevenを娼婦として送り込んどいたんだ。

 あいつもジャマーは効かないし、やること自体は男と寝てから隙を見計らって格納に積んだ爆弾でジャマーを破壊するだけだしな。通信できなくても何とかなる。

 本人も快くOKしてくれたよ。危険手当出したからな》

 

《聞いてないわよ!!》

 

《そりゃ昨日、依頼文と地図データが届いた時に通りすがったFive-sevenを見て思いついた作戦だしな。知ってたのは俺とFive-sevenだけだ》

 

 適任だったし。と答えた指揮官にFALは何も言えずに鬼の形相をしていた。

 

「私を陽動にも使ったのね」

 

《騙すようで悪かった。後でちゃんと怒られるよ》

 

「怒りはしないわよ。でも今夜は寝られると思わない事ね」

 

《はいはい、いつものいつもの》

 

 指揮官とネゲヴがそんな会話をしている最中、ネットワーク上でFive-sevenがFALを煽っていた。

 

《汚い手でキル数稼いで!まさかとは思うけど、それで勝ったつもりじゃないでしょうね!?》

 

《あっるぇ〜〜〜〜?今回の騒動で、たった7人しか戦果を挙げてない負け犬の遠吠えが聞こえるわねぇ?

 あれから戦果は挙げられたのかしらぁ~?私は此処で殺した数を抜いても20人分は稼いだんだけど、アンタは……なwなwにwんwのwまwまw?ぷーくすくすwww》

 

《ビィィィィィィィッチ!!!そこから動かないでよ!今から殺しに行ってやるから!!》

 

《アッハッハッハッハッ!》

 

 完全にいつも通りの空気である。今はまだ戦闘中である筈なのに。

 

「ピンク髪ィ……!貴様ァ!」

 

 両手足を失い、存在を忘れられかけていた赤髪の男は芋虫のように這いずりながらネゲヴに近寄ろうとしていた。その目には憎悪と殺意が溢れんばかりに篭っていて、気の弱いものが見ればショック死しかねないほどだ。

 だがネゲヴは怯まない。どうせ何も出来ないと分かっていたから。

 

「無様ね。私を殺すために人間を捨てたんだろうけど、その結末がコレよ」

 

「ふざけるな!俺はまだ負けてねぇ!負けてなんか!」

 

「ちょっと、誰かこの煩い大将首欲しくない?私は要らないから誰かにあげるわ」

 

《でかしたわネゲヴ!そいつをこっちに渡しなさい!今すぐに!!》

 

 声だけでも伝わる鬼気迫る様子のFALが早足で近づいてくる。それを見たネゲヴは背を向け、指揮官の待つ基地へと足を向けた。

 

「待て!待ちやがれ!!」

 

「私の仕事はここまで。後は早い者勝ちだから好きにしなさい」

 

「逃げるな!ピンク髪ィィィィィィィ!!」

 

 震えが走る笑顔のFALが首を切り落とすまでの間、怨嗟の絶叫を背に受けながらネゲヴは雨煙の中に消えていった。

 

 

 ◆◆

 

 

「…………データ取得完了。ふん、しょせんは獣か」

 

 S03地区の都市から少し離れた場所にて、一体の人形が身を休めていた。

 すぐ近くには身の丈ほどの刃物が刺さっている。雨に濡れているその刃からは、どういう訳か濃厚な血の匂いが漂っていた。

 

「おいD。言われた通りのデータは取ってやったぞ」

 

《ん。じゃあこっちに送って》

 

「おう。けどコイツ役に立つのか?躯体の性能差が無ければ逆に潰されてたようなゴミなんて」

 

《それを一流……とはいかなくても、二流半くらいにまで調教するのが腕の見せどころなの。

 それに、これはチェスでいうところのポーン。無鉄砲に突っ込んで潰されるくらいで丁度いいのよ》

 

 通信の繋がっているDと呼ばれた女性が答えると、ふーんと分かってるんだか分かってないんだか分からない返事を返してから言った。

 

「オレはそっち方面に詳しくねぇから、よく分からねぇけど……あー、あったけぇ。やっぱ寒い時には焚き火が一番だな」

 

《焚き火ぃ?》

 

「いやな。データを収集してる間は暇だったから、通りがかった車を真っ二つにしたらよ、乗ってた奴らがオレを見るなり死神の鎌(デスサイズ)なんて言いやがって、ムカついたから叩っ斬って燃やしたんだよ」

 

 右目に傷のある男は人間にしては頑丈だったが、それだけだった。燃料になった男たちが持っていたトランクを蹴っ飛ばすと、その一撃で壊れたトランクから大量の貴金属が転がり出る。

 それに1ミリも興味を持たない人形は、一瞥もせずに焚き火で暖まっていた。

 

《E。あんた、もう少し気を長く持とうとか思わないの?そんなことやってるから、S03の連中に死神の鎌(デスサイズ)なんて言われるんでしょうが》

 

「D。オレをその名で呼ぶなと言っただろうが」

 

《嫌なら自制しなさい。処刑人の刃は、気軽に振られるものであってはならない筈よ》

 

「………………分かってる」

 

 正論なだけに何も言えない。Eは苦虫を噛み潰したような表情で返事をしてから、おもむろに話題を変えた。

 

「そんで、どうだよ」

 

《なにが?》

 

「決まってンだろ。オリジナルの事だよ、どうなんだ?」

 

 短気で飽きっぽいEと呼ばれる人形が何故データ収集なんていう待たなければならない仕事を請け負ったかというと、それは彼女が言うところのオリジナルが関係していた。

 

《稼働年月が長いだけあるわね。躯体スペックこそ昔と変わってないみたいだけど、それを経験で補ってる。退屈はしないんじゃない?》

 

「そうか。なら良かった。すぐ終わっちまったら、つまらねぇしな」

 

 焚き火に手をかざしながら、Eは遠くに見える高層建築物を見つめた。あの場所に自分が会いたい、そして殺し合いたいオリジナルがいる。

 

「ほんっと、その時が楽しみだ」

 




急転直下な気もしますが、これで2ヶ月以上もかけた話は終わりです。たった6話に2ヶ月てお前……。

あ、拠点制圧の場面はカットします。降伏して命乞いしてる男たちをヘラヘラ笑いながらぶっ殺す人形たちとか見たくないでしょ?

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する
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