No Answer   作:報酬全額前払い

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突発性スランプから僅かな間だけ解放されたので初投稿です。



酒酔いと嫉妬

 

「……新たなボトルを1本、包んでくれぬか」

 

 夜のバーで独り飲んでいたM1895は、注文していたボトルを空にしてから、そう言った。

 カウンターにグラスを置く音が、雨の音をBGMにしたバーにやけに響く。

 

「もうお帰りですか?」

 

 珍しい、とばかりにバーテンダーが声を出す。普段の彼女は滅多に此処を訪れない代わりに、ひとたび訪れると朝まで飲み明かす事が多いのだ。

 それが、まだ夜が耽けきらぬほどの時間で帰ろうとしている。バーテンダーが珍しいと思うのも無理はなかった。

 

 そんなバーテンダーの問いに、しかしM1895は首を横に振って否定の意を示す。

 

「いや、場所を変えて飲み直す。適当に見繕ってくれ」

 

 なるほどそういう事かとバーテンダーは納得する。

 グラスの中で溶けかけた氷がカラカラと音を立てた。

 

「おひとりで、ですか?」

 

「いんや、指揮官のところにでも行こうかと考えとる」

 

 なんとなしに投げかけられた言葉の裏を、バーテンダーは正確に理解した。人形とはいえ女が、夜に酒を持って男の部屋に訪れる。それはつまり、そういうことなのだろう。

 

「そうですか。なら、あんまり安いのも考えものですかね」

 

「安酒で構わんじゃろ。あやつは味など分からん男じゃからの。後腐れなく酔えるかどうかが大事……そういう男じゃ」

 

 まあ、自分も"分かっている"とは言い難いがの。

 と内心で付け足しつつ、「ならそのように御用意しますね」と苦笑するバーテンダーに頷きを返し、くっと味の薄まった人工酒を呷った。

 

 氷水で薄まり、それでもなお強烈な喉を焼く感覚は、味というものを二の次にしてしまうほどのインパクトを持っていた。

 しかしそれでも消しきれない不味さに、自分から注文しておきながらM1895は思わずボヤく。

 

「しっかし、相変わらず不味いのう。これ」

 

「ナガンさんだけですよ。そんなエンジンオイルみたいな見た目と味の古臭い人工酒を嗜んでるの」

 

 そう言ってM1895を見る目には呆れと畏怖があった。よくもまあ、そんな物を飲めるなという呆れと、マトモな感性を持っていれば一口でギブアップするほど不味い物をぐびぐび飲んでいることに対する畏怖が。

 

「なんじゃ。最近の若いのは、第一に味だ見た目だと騒ぎおって。酒なぞ酔えれば良いじゃろう酔えれば」

 

「その考え、低層区画の人間ならまだしも、人形が持つには些か古臭いですよ」

 

 格安の値段を除けば全てが最低の廃液一歩手前なコレは、しかし意外なことに製造開始から1度も生産が止まったことが無いという。

 どう考えても止められて然るべきだろう。とバーテンダーは思うのだが、この人工酒の生産ラインが潰されていないのは、もしかしたら彼女のような愛飲家が買い支えているからかもしれない。

 

 ちなみにどうでもいい話だが、この人工酒は人形同士の贈り物として一定の人気を博している。

 そしてコレが人形から贈られた時には「お前が飲む酒なんざコレでいいだろ」という相手を見下した意味合いが込められているのだとか。

 つまるところ喧嘩を売るための手法として使われているのである。

 

 こんなものを飲んで動くのはロボット(オンボロ)だけという皮肉も込められていると言えよう。

 

「私は目の前のナガンさんしか知りませんけど、ナガンさん(M1895)って全員がこんななんですか?」

 

「こんなとはなんじゃ、こんなとは!!」

 

「実力無かったら誰も相手にしなさそうな面倒臭い奴って事です」

 

「ぬうっ?!」

 

 容赦ない言葉の槍がM1895の心を抉りにかかる。なまじ自覚があるだけに、反論も何も出来ない。

 

「とはいえ、私は尊敬してますけどね。副官さんみたいにインチキじみたスペックじゃなくて、ちゃんと技量で戦ってるところとか、好感が持てます」

 

「む、そうか……ふふん、分かっとるじゃないか。飴玉をくれてやろう」

 

「いらないですよあんなゴミ」

 

「表出ろお主ぃ!!」

 

 褒めたと思ったら返す刀で即座にdisる。S03に適応できただけあって、一見無害そうに見えるバーテンダーはイイ性格をしていた。

 

「ボトルにリボンでも結びますか?」

 

「いらん!それより待たぬか!この飴玉をゴミ呼ばわりじゃと!?」

 

「いやゴミでは?もはや味覚汚染物質でしょうそれ」

 

 しばらくワザとらしいほどの甘みが口に残り、何を口にしても甘味を与え続ける物を汚染物質と呼ばずして何と呼ぶのか。

 M1895の手前では誰も口にはしてこなかったが、恐らく誰もが思っている事だった。

 

 それを堂々と口にできる辺り、このバーテンダーのメンタルは並ではない。

 

「それはお主らが、この飴玉の本当の美味さを知らんから言えるのじゃ!」

 

「あーはいはい。用意できましたよ」

 

「人の話を聞かぬか!ふん、もうよい!」

 

「お気をつけて」

 

 ぷりぷりと怒りながら代金を置いて立ち上がったM1895は、エコバッグに用意されたボトルを手にバーを後にした。

 いけしゃあしゃあと丁寧に頭を下げるバーテンダーに見送られ、M1895は廊下の角を曲がる。

 

「まったく。最近の若いのは年寄りを労わろうという気持ちが無い」

 

 M1895は半ば無意識にそう言って、ふと動きを止めて窓を見た。そこには年端も行かぬ少女の姿だけが映っている。

 言葉で想像されるような年寄りなど、どこにもいない。

 

「……年寄り、か。こんな見た目で?」

 

 なんて馬鹿らしいのか、とアルコールで少し浮かれた思考で思わず嘲笑を浮かべてしまう。こんな見た目で年寄り気取りとは、周囲からすればあまりにも滑稽に見えるだろう。

 先ほど言われた、実力が無ければ誰も相手にしないというのも頷ける。どう考えたって背伸びした子供の強がりやごっこ遊びにしか見えない。

 

「しょうがないこと、なのじゃろうがのう」

 

 自分がM1895である限り、この見た目や物言いから逃れる事は出来ない。だからこの口調や物言いがお寒いものだと理解していても続けるしかないのは自覚していた。

 そしてこの考えが、純正品のM1895(自分)では恐らく思いつきもしない物であろうことも──

 

 と、そこまで考えたところで自分の思考に鍵が掛けられた感覚がした。無理やり電源を落として考えていた事を忘れさせるような強烈な思考洗浄が掛かる。

 

(……人形はあくまで人形らしく、与えられた役割を演じていれば良いと、そういうことか)

 

 I.O.P.が施したセーフティの影響か、M1895の思考回路のほぼ全てが洗われていく。

 そんな自分を、洗われない思考回路で客観的に眺めながら足を動かした。

 

 一歩を踏み出した足が地面に着かない内に思考洗浄が完了し、次いでシステムチェックも終わる。結果は数箇所を除いてオールグリーン。つまりはいつも通りの健康体だ。

 

「はぁ……」

 

 その数箇所からエラーメッセージが表示され、チリチリと脳内で小さな火花が散るイメージが浮かぶ。

 

 ──不明なデバイスが接続されています

 

 ──システムに深刻な障害が発生する恐れがあります。直ちに使用を中止し、当該デバイスを除去してください。

 

「うるさい」

 

 脳内アラートを一声で黙らせ、M1895はゆっくりと進み出した。

 

 慣れた手つきでポケットの飴玉を取り出し、片手で包み紙を解いて口に放り込み、"ハズレ"と書かれた包み紙を無言でポケットに戻しながら、指揮官の居るであろう執務室に足を向けた。

 

「指揮官〜。居るかー?」

 

「いるぞ。どうかしたか?」

 

 ノックをして開けた扉の先には、指揮官と副官のネゲヴが、いつも通り居た。

 

「仕事仕事で息が詰まっておるのではないかと思っての、息抜きに酒を持ってきた。無論わしの奢りじゃ」

 

「奢りか。そりゃいい」

 

「ネゲヴはどうする?一緒に飲むか?」

 

「遠慮しておくわ。2人で楽しみなさい」

 

 指揮官はネゲヴに書類を渡して椅子の背もたれに寄りかかり、背伸びをしながら仕事が終わった開放感を味わった。

 その傍らでネゲヴが机を使って書類の束を整え、それを持って扉の方へと歩きだした。

 

「じゃあ私は席を外すわね。でも指揮官?言うまでもないとは思うけど、ほどほどにしなさいよ」

 

「分かってるよ。明日に差し支えない程度にするって」

 

「なら良いけど。明日は私だからね」

 

 それだけ言うと、心なしか僅かに態度が素っ気ない気がするネゲヴは執務室の外に出ていった。カツカツと靴音が遠ざかっていくのを聞きながら、指揮官はグラスを2つテーブルに置く。

 指揮官がソファに座り直すと、隣に座ったM1895から揶揄うような目線を向けられていた。

 

「嫉妬されたかのう。これは明日が楽しみじゃな?よっ、色男」

 

「茶化すな。まったく……」

 

「まあ、たまには良かろう?歳上の酌に付き合うのも、若者の役目じゃよ」

 

「…………それは構わないんだけど。後が怖いっていうか、なあ?」

 

「それも仕方のない事じゃ。諦めよ」

 

 M1895が酒をなみなみとグラスに注ぐ。それを片手で持ち、横で同じように持っているM1895のグラスと触れ合わせた。

 

「今日を生き延びた幸運に」

 

「幸運に」

 

 触れ合った拍子に酒が少し溢れて手を濡らす。だが指揮官とM1895はそれに気を配らず、くいっと酒を呷った。

 

 指揮官は4分の1くらい中身を減らしたところでグラスから口を離して、口の端から顎へと滴る酒の一雫を手の甲で拭い、グラスを置く。

 ふう、と息を吐いて横を見れば、M1895がニヤリと笑った。

 

「いい飲みっぷりじゃな」

 

「お前に言われても、なんか嬉しくないな。俺より飲んでる」

 

 一方のM1895は一度グラスに口をつけただけで半分近い酒を消費していた。

 

「味わってないだろ。もっとこう……酒の旨味みたいなものを感じた方がいいんじゃないか」

 

「お主がそれを言うのか?酒なんて酔えれば構わないと宣っておったお主が?」

 

 鋭い返しに指揮官が言葉を詰まらせ、M1895は勝ち誇ったようにクックッと笑う。そして二口めで残りを全て飲み干したかと思うと、素早くボトルを手に持って新しく補充した。

 

「うむ。やはり美味いのう」

 

「お前だって、酒の美味さとか正直分からんし、そもそも酔えれば良いとか言ってたクセに。美味いとか分かるのかよ」

 

「気分の問題じゃよ。独りで飲むよりかは、他人と飲んだ方が美味く感じる。その相手がお主なら尚更じゃな」

 

 さっきの仕返しか、M1895に素早く入れたツッコミは、予め用意された台本を読むかのように出てきた反論に潰された。

 完全にやり込められた指揮官は面白くなさそうにグラスを勢い良く傾け、それが更にM1895の笑いを誘う。

 

「年季には勝てないか」

 

「そうそう。大人しくわしを敬うが良いぞ」

 

「ボディはチビッ子のくせに」

 

「それ言ったら戦争じゃぞ。よいか、戦争じゃからな」

 

 指揮官がグラスを空にして置けば、すぐにM1895がボトルの中身を注いだ。もちろん彼女自身のグラスも空になるなり補充する、を繰り返している。

 そんな調子でハイペースに飲み進めれば、1本しか無いボトルを空にするのに、そう時間は必要なかった。

 

「……むっ、もう空か」

 

 いくら逆さまにして振ってみても、もう一滴たりともグラスに注げない。そういう状態になって、ようやく突発的に始まった酒飲みは終わった。

 

「そりゃ、あんだけ馬鹿みたいに飲んでればな。7割くらい飲んだだろ」

 

 ハイペースだったとはいえ、それほど飲んでいないし酒の度数も強くはなかった事から指揮官もまだ素面に近い。

 そしてM1895もまた、素面同然といった感じでボトルを置く。

 

「ふう。なんだかくらくらしてきたのー」

 

 そして、とてもそうは思っていないのが明らかに分かる棒読み口調でM1895は指揮官に寄りかかった。

 そのまま帽子を外し、マントのように羽織っていた上着をテーブルに投げ、しゅるしゅると衣擦れの音と共に服を脱ぐ。

 

「毎度思うんだが、誘い方ちょっと雑すぎるだろ。年季はどうした」

 

「うっ、うるさい!お主のように場馴れしておらんだけじゃ!」

 

 人工物とは到底思えない柔肌が艶めかしく明かりに照らされた。まるで本物の人間のように肌は紅潮し、表面の温度も上昇していく。

 

 もう両手足の指で数えきれないほどしているというのに、まだ初々しさが抜けないM1895にネゲヴの時とは違う新鮮さを感じながら、指揮官は物欲しそうに目を向けるM1895を押し倒した。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 結婚(誓約)しているというと妙な誤解を与えがちだが、指揮官は貞操観念が緩い。最早ガバガバと言ってもいいだろう。

 まあそもそも彼は元野良男娼だし、金を積まれれば男だろうが構わず抱くし抱かれる。という生活をしていたから、そういうものを求めること自体が間違っているのかもしれない。

 

 それはともかく、ここで重要なのは彼の夜を金で買えるという点である。

 

「………………」

 

「あの……ネゲヴ、さん?」

 

 執務室で正座する指揮官と、その前で仁王立ちするネゲヴ。彼女が放つ無言のプレッシャーに打ち据えられて、指揮官の体はドンドン縮こまっていった。

 

「指揮官には、手持ちの人形たちの面倒を見る義務がある。メンタル面も含めてね。それは分かるのよ」

 

 でもね、と言ってからカレンダーに書かれた予定を見る。

 

「明日はFive-seven、明後日はマカロフ、その次はFAL……ちょーっと多すぎないかしら?」

 

「はい……」

 

 正座する指揮官の太ももに、靴を脱いだネゲヴの足が乗る。問い詰めるような口調に反して、壊れ物を扱うかのような丁寧さで太ももをツーっとなぞった。

 

「今更かもしれないけど、もう少し自分を大切にしなさい。もう身体を売らないでも食べていけるんだから」

 

「……善処するよ」

 

「そこで止める、とは言わないのね」

 

「完全に止めたら困る奴が何人か居る。だから止められない。でも、お前の言ってることも分かるつもりだ」

 

 ネゲヴは肩をすくめて足を離した。

 

「今はその答えで満足してあげる。でも忘れないで、あなたの一番は何時までも私よ」

 

「もちろん」

 

「分かっていればよろしい。じゃあ、レン」

 

「…………おい?」

 

 仕事中の"指揮官"呼びではなく、プライベートな際に彼女が呼ぶ彼の本名で呼ばれた事に対して、嫌な予感を彼は感じた。

 

「今からベッド行きましょ」

 

「は?」

 

 そしてその予想通り、とんでもない発言が彼女の口から飛び出したのだ。

 じりじりとにじり寄ってくるネゲヴ。そんな彼女から逃れようと正座を解いた彼は、ネゲヴのボディが違う事に気付く。

 

「ちょっと待て。良く見たら今のお前のボディ、戦闘用じゃなくて寝室用の奴じゃねーか!」

 

「今さら気付いたの?」

 

 凄みと妖艶さを両立させた女の顔でネゲヴは逃げ出そうとした指揮官に近寄ると、手馴れた動きで指揮官を俗にお姫様抱っこと呼ばれる抱え方で抱えた。

 そういう行為用の寝室用ボディは普段使いの戦闘用と比べれば格段に性能が落ちるものの、男1人を逃がさないように抱えるくらいであれば造作もない。

 

「おいおいおいおい!?自分を大切にしろって言って直ぐにこれかよ!」

 

「夫婦の営みは別よ」

 

「おま……ナガンに嫉妬したのは分かるけど、こんな朝っぱらからじゃなくても」

 

「さ、いくわよ」

 

「話が通じねぇ!?って事は、もうキメてやがるな!」

 

 よくよく目を見たら、ハイライトが仕事をしていないような…………いや、それはデフォルトだったか。

 とにかく、いつもより淫靡で熱っぽい彼女は、お昼を過ぎるまで指揮官をベッドの上から解放しなかったのだった。

 

この先どんな感じで進めましょうかね?

  • 既存キャラの掘り下げ
  • 新キャラを出す
  • 世界観とかを詳しく描写する

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