No Answer   作:報酬全額前払い

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水に限らないよ。どんな物だって、未開封品しか口に入れちゃダメだからね。何が入れられているのか分かったもんじゃないんだから。
……あれ?そこに置いといた下剤入りのお菓子は?


安全も未開封

 人間が生物である以上は、決して逃れられぬ欲求という物が存在する。

 食欲・睡眠欲・そして性欲の三大欲求は、例えどれほど悲惨な生活を送っていたとしても消える事はない。

 

 低層区画の住民が多く集う場所に闇市を挙げたが、そこ以外にも人が集まる場所は勿論ある。

 例えば、大体の地区にあり、当然ながらS03地区にも存在する売春窟は正にそれだ。

 

 売春窟というからには、主な商品は春である。ここでの春というのは……まあ、説明するまでもないだろう。

 S03地区の売春窟は性欲の発散に訪れる者達で連日賑わっていた。ここの客層は様々だが、誰もが無責任に欲を吐き出したいという事だけは共通している。

 そんな薄暗い欲望が渦を作り、ここの空気は他より一段と澱んでいた。ここの後に闇市に行けば、闇市の空気に清涼感すら感じられるくらいに。

 

 車がギリギリすれ違えるくらいの幅がある路地には多くの女性が座っていた。服装は殆どがみすぼらしく、ボロ布同然の服しか着ていない女性の方が多い。

 その辺から拾ってきたであろう歪んだトタン板を屋根代わりにして買ってくれる人を待つ者も居た。

 

「いつ来ても辛気臭い場所だな、ここは」

 

 その道の真ん中を、堂々とした歩みで進んでいく一団がいた。手入れされている事が一目で分かる銃火器と、レインコートに描かれた紋章から、その一団がS03地区の警備部隊である事が分かる。

 

「当然じゃない。むしろ、辛気臭くない売春窟があったら見てみたいわ」

 

 PPSh-41ことペーペーシャが、トンプソンの感想にツッコミを入れた。

 分かってはいるんだが、とトンプソンは返して、もう久しく外で脱いでいないレインコート越しに感じる雨粒の数を無駄に数えた。

 

 周囲を無自覚に威圧していきながら、トンプソンとペーペーシャは外に護衛を残して一つの店舗の中に入っていく。

 

「よう、調子はどうだ?」

 

「トンプソンさんじゃないか。いらっしゃい、ぼちぼちってとこだ」

 

 その店舗の主は、トンプソンとペーペーシャを見るや顔に薄ら笑いを貼り付けた。

 その様子をペーペーシャが不快そうに見つめるのを他所に、トンプソンは店主の前の椅子に座る。

 

「事前に連絡の一本でも入れてくれれば、酒の一本でも用意してたんだが」

 

「いらねぇよ。んな何入ってるか分からん酒が飲めるか」

 

 スキンヘッドにガッチリした体格という、まるで絵に描いたような屈強な男にトンプソンはニヤリと笑いかけた。

 

「おいおい。ここの酒はここらじゃ滅多と飲めねぇ高級酒だぜ?最近じゃあ、高層区画の裏にだって出回ってるんだ」

 

「安酒にヤク混ぜただけだろうが。しかもウチの流した奴」

 

「おっと、商売の種をバラしてくれるなよ。それは企業秘密なんだ」

 

 バーカウンターの向こうにチラリと見えるG&Kの刻印がされた木箱を見なかった事にしながら、トンプソンは懐のタバコを取り出した。

 嫌煙派のペーペーシャが露骨に嫌な顔をするが、トンプソンも店主も何処吹く風だ。

 

「火、あるか?」

 

「湿気たマッチでよければ」

 

「じゃあいらねぇ」

 

 ポケットからライターを取り出し、数秒としないうちにタバコに火が灯る。

 タバコから伸びた煙は上へ上へと伸びていき、天井へと吸い込まれて消えていく。

 

 ギシッギシッと軋む音がする天井に僅かに目を向けてから、トンプソンは再び店主に目線を戻した。

 

「金」

 

「あいよ」

 

 スッと出した手にアッサリと大金が乗る。タバコを咥えて札をパラパラしたトンプソンは、人形の能力をフル稼働させて、びた一文たりとも不足が無い事を確認してから懐にしまった。

 

「確かに」

 

「見るたび思うが、人形ってのはつくづく便利だな」

 

「そんな感想持ってんのは、お前くらいだろうな」

 

「まあな」

 

 仕事を追われていないからこそ出る感想であった。仕事を追われた者は、そんな感想より先に憎しみを抱くだろうから。

 

「ついでだ。なにか情報はあるか?」

 

 此処にトンプソンが自ら寄ったのは、なにも上納金を徴収するだけのためではない。その程度の雑務なら部下にやらせればいいし、現に此処以外の回収は部下が動いている。

 だがトンプソンは自ら赴いた。それは店主とのコネ繋ぎという意味もあるが、彼が貴重な情報源でもあるからだ。

 

 売春窟には人が多く集う。そして、人が多く集うという事は情報も集うということ。

 特に目の前の彼は、この売春窟を管理する社長のような存在。その仕事柄、多くの情報に触れる機会がある。その情報をトンプソンは求めているのだった。

 

「いくつか」

 

「全部買おう」

 

「……まだ何も言ってないんだが」

 

「ウチに卸す情報だ。それなり以上なんだろ?」

 

 さっき懐にしまった上納金から幾らかを取り出してバーカウンターに置く。

 納めた上納金の内の幾らかが返ってきた事に内心少し喜びながら、店主はその口を開いた。

 

「最近、どこもかしこも子供を扱う所が増えてるらしい。ここだけじゃねぇ、低層区画の殆どの売春窟でだ」

 

「子供ぉ?おいおいなんだ、お前ら何時からぺド好きになったんだよ」

 

「……一応言っとくが、ここは扱ってねーよ。んな得体の知れない奴を扱うのは、よっぽどオツムの弱いバカだけだ」

 

「賢明だ」

 

 軽口を叩きながら、トンプソンは二階へ上がる階段を見た。そのあからさまな目の動きに店主は苦い顔で言う。

 タバコをくゆらせるトンプソンの目は、次第に厳しくなっていった。

 

「得体の知れないって事は、出どころも不明か?」

 

「そうだ。聞いても答えねぇ、あるいは分からないの一点張り。ただ言えるのは、親の類いが居ないって事だ」

 

「殺されたか、それとも売られたか……」

 

 世紀末を迎えて久しい昨今、人身売買のような行為は盛んに行われている。

 それは単に口減らしのためだったり、少しでも金を得たかったり、理由は様々だ。そして流通に載った人間が一定数を下回る事は滅多にない。

 需要も、そして供給も、それなりにあるという事だった。

 

「まあ、それはこの際どうでもいいんだ。

 それで二つ目の情報だがな……何かを積んだトラックが、何台もこっちに向かってきてたらしい」

 

「なーるほど。しかしウチの警戒網を掻い潜れるとは思えないんだが……ああ、掻い潜る必要は無いのか」

 

「恐らくは。一度ルートに乗っちまえば、そっちもおいそれと手出し出来ないだろ?しかも特権となれば尚更な」

 

 ……金持ちの考える事は分からんな。とトンプソンはボヤき、そこでタバコを吸い終わった。

 無言で出された灰皿にぎゅっと押し付けながら、トンプソンは目線で続きを促す。

 

「だが不幸だったのは、そのタイミングで死神の鎌(デスサイズ)に襲われた事だ」

 

「また奴か。まったく巫山戯やがって」

 

 ──S03地区の周辺では、死神が鎌を持って犠牲者を待ち構えているらしい。

 

 そんな噂を、何時頃からか耳にするようになった。

 

 語られる死神の姿は様々だ。大男、痩せこけた老人、妖艶な美女、小さな子供……。

 あらゆる未確認情報が錯綜し、どれが本物なのか判断がつかないほどである。

 しかし、ひとたび出逢ってしまえば、抵抗虚しく命が刈り取られてしまうという事だけは共通していた。

 

 死神の正体を暴くためにグリフィンが調査に乗り出しても進展は何も無く、それどころか送り出した人形部隊が一方的に虐殺される等の被害を出し続ける不可視の死。

 それの出没地点は殆どが補給路上であり、そこを通る者達は皆一様に恐怖に怯えた顔を隠せない。

 

 補給物資がコッソリ抜き取られている程度なら御の字。強襲されて物資を破壊されるのもまだマシ。最悪の場合、物資を奪われた挙句に輸送部隊が全滅する。

 目をつけられたら生きては帰れないと言われるナニカは、いつしか死神の鎌(デスサイズ)と呼ばれるようになったのだ。

 

「まだ分からないのか?奴のこと」

 

「分かってるんだったらとっくに手を打ってる。手が打てないから被害が出続けてる。それくらい分かるだろ」

 

「なるほど。だが出来る限り早く終わらせてくれよ。あの死神、俺のところの酒ばっかり持っていきやがるんだ」

 

「へぇ、初めて知ったな。死神も酒を飲むのか」

 

 くつくつと笑ったトンプソンは、更に追加で札を置いた。怪訝な顔をした店主の前の椅子からトンプソンは立ち上がる。

 

「今回はやけに具体的だったから、その分だ。だがどうしてそこまで?」

 

「うちの荷物も一緒に運んでてな。運び屋が一人、生き残った。奴に襲われたと分かった途端に必死こいて逃げ出して、辛うじてだが」

 

「運がいいな」

 

「本人にとってはどうだか。あいつ今も怯えてやがる。背後から足音が止まないんだとよ」

 

「それは……運が悪いな」

 

 出入口の扉を開けながら、トンプソンは僅かに肩をすくめた。

 

「死神……一体何者なのかしら」

 

「さてな。少なくとも、私達に友好的な存在ではないのは確かだし、私達が分かっていればいいのはそれだけだ。他の事柄は、ボスや副官殿のような一部だけが知ってればいい」

 

 引き金を引くのに迷いを作りそうな情報を知る必要など無い。あくまでもメイン業務は治安維持なのだ。

 

「行くぞ」

 

「ええ」

 

 警備部隊の一団は来た道を戻って、移動用の車が止めてある大通りに向かうのだった。

 

 

「…………」

 

 今日はソファの上ではなく、指揮官の寝室で、指揮官用に用意されたベッドの上で目覚めた。

 だからなのか、ソファーで起きるより幾分かマシになった頭痛に頭を抱えながら、ゆっくりと目を開けた。

 

 電気はベッド脇のランプだけにしていたからか、部屋の中は薄暗い。もう朝なのに、雨雲のせいで夕方以降の暗さだ。

 

 いつものように雨の降る音をBGMにしながら時計を見れば、普段起きている時間より僅かに遅い。

 そして寝っ転がったまま顔を横に向けると、ネゲヴが穏やかな寝息をたてている。毛布で肩から下は隠されているが、下着の一つも身につけていない事は分かっていた。

 伸ばした手が目を閉じているネゲヴの頬に触れる。柔らかく、それでいて僅かに温かみを感じる頬を触っていると、彼女が人形だという事実を忘れてしまいそうだ。

 

 実際、人間社会に違和感なく溶け込むために人間と見分けがつかない外見を与えられている人形が、一体だけ街に紛れていたとしても見破られないであろう。

 今だって街中のカフェだとか服屋だとか、様々な場所で働いているのだ。だから隣にいる人型が人間か人形かなんて、もう誰も気にしない。……一部の団体以外は、だが。

 

 人形に出来て人間に出来ない事は多いが、人間に出来て人形に出来ない事はごく僅かなものだ。そして出来る事の効率も人形の方が遥かに良い。

 工場での単純労働、戦場での争い、果ては性行為まで。その全てをハイレベルにこなしてみせる。

 

 仕草も、喋り方も、下手な人間よりも人間らしく見える人形達は、もしかすると新世代の人類と呼ぶべき存在なのではないか。そして今後、旧世代の人類である我々はどうなるのか。この関係が続くのか、それとも鉄血のように反旗を翻されるのか。

 ネゲヴの頬を触り続けながら、指揮官はそんなことを考えていた。

 

「……もうそろそろ手を離してもいいんじゃない?」

 

 指揮官より早くに起きていたネゲヴは、最初こそ寝たフリをしながら機嫌よさそうに触らせていたが、いい加減に鬱陶しく感じたらしく手首を掴んで頬から手を離しながらそう言った。

 

「おはようネゲヴ」

 

「おはよう指揮官。そろそろ起きない?」

 

「頭痛が痛くてヤバい」

 

「冗談言えるんだったら大丈夫ね。さ、起きるわよ」

 

 片手で毛布を胸元に抱き寄せながら、指揮官に背を向け、すぐそこに畳んで置いておいた下着やら服やらを手早く着始めた。

 要望が通るとは思っていなかった指揮官も同様に仕事着を着込み、5分程度で指揮官とネゲヴが寝室から出てくる。

 

「今日の予定は?」

 

「昼間は書類仕事と16Labからの依頼が一件。そして夕方からは企業との顔繋ぎのためにパーティーへの出席」

 

「最後のヤツ、キャンセルできないか?」

 

「食糧関係の大手よ。出ないと食糧の供給に支障が出かねないわ」

 

「じゃあ仕方ないか」

 

 廊下に少しバラけた靴音が響く。パーティーが苦手な指揮官は嫌な顔をしながら溜息を一つつくと、階段を昇って上の階へ上がっていった。

 

 何とかと煙は高いところが好きだという言葉に間違いは殆どないようで、役所時代から変わらない場所にある執務室は最上階に近いところに用意されていた。

 なにを考えてこんな不便な高所に執務室なんぞを設置したのか指揮官には分からないが、デザイナーには何かしらの意図があったのだろう。……その意図が何なのかはもう聞き出せないから、想像で補うしかないが。

 

「階段がエスカレーターに変わんねーかな……」

 

「エレベーターあるから無理よ」

 

 あまりにも高いからなのか、ここには元からエレベーターが備え付けられていた。

 尤も、安全性に疑問が残るとかの理由で指揮官は使わせてもらえない。使用しているのは主に人形達である。

 

「それ、俺だけ使えないじゃん」

 

「しょうがないでしょ。ここの電源施設が爆破される可能性も無いとは言えないし、それで閉じ込められたりしたら大変なんだから」

 

「分かってはいるけどさぁ……」

 

 そうはいっても、やはり目の前にある文明の利器が使えないのは非常に歯がゆい物があった。命に変えられないとは分かっていても、やはり利便性を取りたくなるのは仕方のない事だろう。

 

「まあ、いい運動だと思いなさい。ずっと椅子に座ってたら身体も固まっちゃうわ」

 

「じゃあそう思っとく」

 

「素直でよろしい」

 

 執務室に入れば、昨日と変わらぬ景色が指揮官とネゲヴを出迎える。

 指揮官は当たり前のようにソファに座ると、テーブルの上に置いてあるボトルウォーターを覆う薄いフィルムに爪を立てた。

 

「あとどのくらい残ってる?」

 

「残念だけどそれで最後よ。その25本が無くなったら、次回の補給までインスタントコーヒーで誤魔化さないと飲めたもんじゃない不味さのお湯しか飲めないわ」

 

「ははっ、クソが」

 

 罵倒しながらボトルのキャップを捻ると、未開封だった事を示すカチッという音が鳴った。

 キャップを開けて中の水をガブガブ飲んだ指揮官が再びキャップを閉めた時には、ボトルの中身は半分も残っていなかった。

 

「あー……身体に染みる。ホント、未開封ってだけで安心できるよな」

 

「雨に放射能が含まれていなければ、こんな風に水の心配をしなくても済むんだけどね」

 

 放射能を含んだ雨が降り注ぐこの一帯は、当然のことながら雨を飲み水に使用する事は出来ない。大地に染み込んだ雨水によって地下水さえも汚染されてしまっている事が予想されているので、井戸を掘ることも出来やしなかった。

 だからこのS03地区は、水という重要なライフラインを他の地区からの輸入に頼っている。これはS03地区の大きな弱点だ。

 

「水で思い出した。04の無能からまた難癖つけられたって?」

 

「そうだけど、まだ言ってなかったわよね。誰から聞いたの?」

 

「Five-seven。難癖つけながら凄くエロい目でジロジロ見てきたから殺しそうだったって」

 

 厳密に言えば「手が滑りそうになった」だが、意味合いに変わりはない。

 

 ここまで生命線たる水を運んでくるのには、立地の都合で隣のS04地区を通らなければならない。

 しかし、輸送の度にそこの指揮官が露骨に邪魔をしにくるのだ。わざわざ人形部隊を展開してまで道を塞いで、通行税という名目で袖の下を求めてくるのである。

 

「あいつが居なけりゃ、もうちょっと財政が楽になるんだがな」

 

 輸入には多くの金が掛かる。まず単純な水代と、次に輸送費。トラックのガソリン代も必要だ。

 この3つだけで定価の倍近いコストが掛かっているというのに、法外な通行税まで求められると、掛かる費用は3から4倍にまで膨れ上がる。

 足下を見られているのは分かっているのだが、しかし、文字通り死活問題なだけにどうする事も出来ないという状態が続いていた。

 

 他の輸送路が無いという訳ではないのだが、多くの水を安定して運ぶための安全な道が整備されているのが、S04から伸びる道だけしかないというのが現状である。

 その他の道はロクに整備もされておらず、更に敵勢力のド真ん中を突っ切ったりする戦闘を伴うものしかないと、水を運ぶには少々不安定なものだった。

 

「本気で殺す?私は構わないけど」

 

「やりたいけど駄目だ。ただ殺すだけだと、こっちの身まで危なくなる」

 

 グリフィンも一枚岩ではない。それを殺したところで、すぐに同じ派閥の誰かがS04地区に着任するだろう。

 しかもそこに付け込まれて、覚えのない罪を着せられる可能性が大いにある。

 

「それに、わざわざリスクを犯して殺す必要もないさ。ちょうど今なら別の補給路を用意する口実もあるし、長期的に見ればそっちの方が良いに決まってる」

 

 テーブルの上に置いてある24本の未開封ボトルウォーターを見ながら、指揮官は悪どい笑みを浮かべた。

 別の補給路という言葉が何を意味しているのかを理解しているネゲヴもまた、少し悪っぽく笑った。

 

「鉄血のくず共に感謝する日が来るとはね。まさか補給路一つ増やすのに口実が必要になるとは思わなかったわ」

 

「共通の敵が目の前にいるのに手を取り合うどころか、その手で殴り合うのが人間だからな。愚かさが分かるよ、まったく」

 

 効率的な補給を行うためという名目で、補給路を新たに構築する際には申請と認可が必要という事になっていた。

 しかし、その認可を出すのはS04地区の指揮官が所属する派閥のトップ。当然のように派閥に甘く、他のは殆ど通らない。

 

 秘密裏に運ぼうにも量が量だ。何度かに分けて運ぼうにも、その量は膨大すぎた。回数を減らして量を増やしても、量を減らして回数を増やしても、確実に気付かれてしまう。

 実情は兎も角、表向きには不正を許さないというのが会社の方針だから、それを違反すれば待ってましたとばかりに指揮官の権限を剥奪されて殺される。

 実際にそれで殺された元指揮官を知っているから、それは断言できた。

 

「……おっと、もうこんな時間か。そろそろ仕事しなきゃな、やりたくないけど」

 

「申請通るかしら……まあ最悪トップに直談判するって手もあるけど。はい、今日の書類」

 

「通るさ。社長に睨まれたら終わりだって事くらい、向こうも理解しているだろうからな」

 

 地区の統治には物資の効率的かつ安定した補給が不可欠だ。それなのに危険な輸送路を使い続けていれば、必ずクルーガー社長の目に留まる。

 そしてS04地区は大規模な輸送に便利な場所にあるというだけであり、絶対にそこを通さなければならないという訳では、実はない。

 

 多少遠回りでも安全な道を作れるエリアというのは結構多いのだ。

 

「他の道を使うより近道で安上がり、かつ安全だったからS04は補給路として栄えられたんだ。あいつはそれを分かってない」

 

 地区の内部を鉄血に好き勝手荒らされてる今、補給をするのに人形部隊を以前より多く付けなければならなくなっていた。

 しかも物資を略奪される事も多くなってきており、多くの指揮官がS04を通る事に旨味を感じなくなってきている。

 

「とにかく、この流れが変わらない内に俺達も新たな補給路を開拓する。今回の依頼ついでに下見も済ませておこう」

 

「伝えておくわ。人選はどうするの?」

 

「後で決める。けど、そろそろG41を暴れさせないといけないから、41は確定な」

 

 人形達に用意された宿舎の奥の奥で、今も待ち続けているであろうその姿を思い浮かべる。

 下手すればスコーピオン以上に扱いが難しい彼女だが、かといって使わないのは勿体ない。G41は最高クラスの練度を誇る強力な人形なのだ。

 

「不安ね……」

 

「まあ首輪もあるんだ。何とかするさ」

 

 書類に目を通しながら、指揮官はそう言った。

 




アーカイブス01:G&K

2053年に設立されたPMCの一社。正式名称は「GRIFFIN&KRYUGER」だが、通称であるグリフィンの方が通りが良い。

早期から戦術人形の将来性に目を付けていたベレゾヴィッチ・クルーガー社長の意向により、当時としては先進的かつ異端だった『人間1人が多数の人形を率いる』というシステムを取り入れ、現在多く存在するPMC業務の雛形を作った。
その経緯からI.O.P.社とは深く繋がっており、戦術人形の製造や修復、装備の提供などの各種サービスを比較的優先して提供されている。

人員と人形の規模は共にトップクラスであり、他のPMCより頭一つ抜けた存在。


アーカイブス02:I.O.P.社

戦前に自律人形を研究していた欧州系企業2社が共同出資し2043年に設立された自律人形の製造会社。

グリフィンのみならず、ほぼ全てのPMCが扱っている戦術人形は当会社の製品であり、それゆえに圧倒的なシェア率を誇る。

大口顧客であるグリフィンとの関係は良好で、グリフィンがI.O.P.社からの依頼を優先して受け、I.O.P.社はグリフィンに他社より早く新製品を供給するというサイクルが実現している。

しかし、その業務と規模の都合上、恨みを買う事が非常に多く、度々工場に爆破予告を出されたり本社に自爆テロを敢行されたりしているようだ。


アーカイブス03:S03地区

昔は地方都市だった場所の一つ。現在はグリフィンの管轄下に置かれている。

他の地区と比べても非常に貧しいのが特徴であり、貧富の差が最も激しい地区の一つとして名前が挙がる程である。
治安は大いに悪く、住民の大多数が暮らしている低層区画では日夜銃声が絶えることはない。僅かな食料を巡っての争いという、原始的だが大きな理由によって引き金が引かれ続けている。

この地区は、ほぼ毎日放射能を含んだ雨が降り注いでいる地域にあるため街は常に薄暗い。まるで昼が丸ごと抜け落ちたかのように錯覚するだろう。
また、周辺地域ごと放射能で恒常的に汚染され続けているせいで、人間が飲める水は非常に貴重であるようだ。大量のボトルウォーターを積んだトラックが、多くの人形に護衛されながら輸送している様子が度々確認されている。


アーカイブス04:S04地区

昔も今も交通の要衝として栄えている地区であり、隣接しているS03地区とは対照的に非常に豊か。
貧富の差が最も少ない地区と名高く、この汚染された世界において大戦以前の平和な空気を感じる事の出来る数少ない場所。

交通の要衝であるから人も物も多く集まり、グリフィンの補給物資は大抵が此処を通って各地区に輸送される。
しかし最近はS04地区周辺の鉄血勢力の勢いが凄まじく、その安全性が疑問視され始めている。
S04地区の人形部隊が練度不足かつ敗戦続きである事も不安材料であり、各地区はS04を介さない補給路を構築し始めているようだ。

また、当地区の指揮官が裏でテロ組織と繋がっているという真偽不明の噂も持ち上がっている。


※ キャラプロフィールが読みづらかったので次の話に移動させました。ご了承下さい。


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