No Answer 作:報酬全額前払い
依頼主:16Lab(ペルシカリア)
やっほー……久しぶりね、ペルシカよ。
今回お願いしたいのは、最近活躍してる強盗団の撃破よ。
こいつらは前からグリフィンの補給車両を襲って物資を強奪してるの。もちろんグリフィンも動いたけど、リーダーがかなり凄いらしくて手を焼いてるみたい。
そこでS03に白羽の矢が立った。囮の輸送部隊で誘き出すから、そこで倒して。凄いのはリーダーだけだから、それを倒せば強盗団は呆気なく崩れ去るはず。
敵は殆どが普通の人間。そっちにはネゲヴも居るし、万一は無いでしょ?報酬は前払いで渡しておくから、それを試すための的にでもすればいいわ。
……え?なんでこんな些細な仕事を私が持ってくるか?
……それは秘密。後で教えてあげる。
あ、そうそう。相手は第一世代型の自律人形を奪って使用しているわ。どっちかっていうと、これの回収がメインミッション。
正直に言わせてもらうと、強盗団なんてどうでもいいの。人間を生かすも殺すも一任するけど、人形だけは出来る限り原型を残して持って帰ってきてね。
もし状態が良かったら追加の報酬も出してあげるわ。まあ最悪パーツだけでもいいけど、追加報酬が欲しいなら頑張って。
よろしくね。
敵戦力:I.O.P.社製 第一世代型自律人形
前払い報酬:16Lab赤外線レーザーサイト 16Lab高速弾 16Lab6-24X56
追加報酬:???
この世界で生きるためには、どんな物でも喰らわなければならない。
この世界で今日を生きるには、たとえ汚染された腐肉であっても腹に入れて飢えを誤魔化さなければならない。
この世界で明日まで生き残るためには、弱い者がかき集めた無けなしの食料を殺してでも奪わなければならない。
だから食べた。だから殺した。
苦しい今日を生きる。ただそれだけのために、殺した人間を喰らって、ヒトガタの獣は生き延びてきた。
倫理観を捨て、役に立たない尊厳をゴミごと胃液のような液体で溶かし、こみ上げてくる様々な感情を口から吐き出した。
明後日という遠い未来の事を考えられるほど、最底辺に余裕はない。明日ですら分からないのに、明後日など分かるはずもないから。
そんな、S03の低層区画がマシに見えるくらいの最底辺に落とされた彼女は、自らの運の無さに絶望した。
本当なら戦術人形として何処かのご主人様のところに配備される筈だったのに、たった一つの歯車が狂っただけでこうなるなんて、と。
I.O.P.社製の戦術人形を使って武力を売るPMC業務を行っているのはグリフィンだけではない。
今となっては多くのPMCが戦術人形を採用しており、その商品である彼女達もまた、各地に輸出されている。
そして、グリフィンのように地区を統治する会社だって存在するのだ。
今は無きその場所は、一部の富裕層のみが極端に肥え、その他大勢がやせ細り死んでいくという、格差の凄まじい場所だった。
毎日のように富裕層が出すゴミは貧民全員が出す物より遥かに多く、貧民はそのゴミで生き長らえるのが日常。そんな所だ。
その富裕層が出すゴミの中に彼女は居た。
そこに落とされた理由は大したものではない。彼女が稀に出てくるエラー個体だったというだけのこと。
たまに見つかる数万分の一の貧乏くじを彼女が引いた。ただそれだけの理由で、スクラップとして投げ捨てられた。意識があるまま、上からドン底へと放り投げられたのだ。
その日から彼女の苦難が始まった。
下手に味覚がある所為で腐肉の味に悶絶する羽目になり、腹を下し、口から嘔吐物を吐き出した回数など数知れず。
自分の服装が服装だし、それなりに見れる美少女だったのも手伝ってか、男達に襲われた事も数知れない。
プライドを捨ててまで生き残る意味は何なのだろう。
この世界では珍しく殆ど汚染されていない雨に打たれ、またある時はゴミの腐臭に鼻をひん曲げながら、彼女はそう考え続けた。
人間でさえも分からない答えを戦術人形の彼女の電脳が出せる筈も無い。
その答えを出すための思考は、言ってしまえば自分が
無機質な蛍光灯の明かりの下、打ちっぱなしのコンクリート床にぺたりと座り込んだGr G41は、身じろぎ一つしないで、その時を待っていた。
「待たせたな」
部屋の扉を開けた音と、聞きたかった声。
それをトリガーにして冷たかったボディに熱が灯る。止まりかけていた電脳が急速に活性化し、ふわっとしていた意識が覚醒した。
消費を極限まで抑えた
「ご主人様ぁ……!」
「悪い。本当に待たせた」
しゃがんで目線を合わせ、ちょっと不器用に頭を撫でてくれる指揮官に身を委ねながら、出された片手に自分の手を乗せて立ち上がる。
そうして出た部屋の外は、蛍光灯の明かりが廊下の隅までは照らさない程度の暗さであった。
「ねえ、ご主人様」
「うん?」
「次は誰を殺すの?」
まるで親子のように手を繋いで歩いていくG41は、無邪気な声色でそう聞いた。
「俺達の敵だよ。これからG41には、俺の代わりに敵を殺してもらうんだ」
「敵……うん、分かった。それがご主人様のお願いなら、喜んでやるよ」
「ありがとな」
ふっと微笑んだ彼とG41が向かった先は外にあるヘリポートだった。離陸の瞬間を今か今かと待っている輸送用のヘリコプターには、既にG41を除いたメンバーが揃っている。
「悪いなネゲヴ、またお前に頼る事になる」
「いいのよ、私とあなたの仲でしょ。それより久しぶりの指揮じゃない?まさか指揮の仕方を忘れたなんて言わないでしょうね」
「無いとは思うが……まあ万一の時はよろしくな」
「よろしくな、じゃないわよ。その万一が起こらないようにするのが指揮官の役目なのに、まったくもう……」
外という事もあり、人形も指揮官もレインコートを着ている。ネゲヴのトレードマーク的な制服やピンク髪はその内側に隠れて見えない。
しかし、レインコートの内側でネゲヴが呆れたような表情をしながら口元を笑わせているだろう事は、指揮官には不思議と分かっていた。
「戦場ってのは想定の範囲内で収まる事ばかりじゃないからな」
「分かってる分かってる。とにかく指揮は任せるわ。期待してるわよ」
「ああ、行ってこい」
こつんと握りこぶし同士が軽くぶつかり、ヘリコプターの扉が閉められた。指揮官が離れるとヘリが離陸を開始する。
それを見送ってから、指揮官は指揮を執るために作戦司令室へと向かうのだった。
さて、指揮官が指揮を執る方法であるが、主に二種類の方法が採られている。
まず一つ目は、野戦ドローンを戦場に飛ばしてその映像から指揮を執る方法。
これが最もスタンダードな方法で、殆どの場合は指揮をこれで行う。人形達が動いている様子を見て、リアルタイムで指示を出すのだ。
指揮官見習いが最初に指揮の執りかたを覚えるのもこの方法からである。
そのドローンを制御する装置や、出撃中の人形の躯体の稼働状況が常に更新され続けているモニター、そして情報を集積するサーバーなどが置かれた作戦司令室は、S03地区の心臓部とも言える重要な場所だ。
「59式、ネゲヴ達は作戦領域に着いたか?」
「そろそろ着くところ。繋ぐ?」
「頼む」
情報処理担当の59式がパソコンのキーボードをカタカタと叩いて回線を繋ぐ。程なくして『sound only』とモニターに表示され、音声だけが聞こえてきた。
「よう、さっきぶり」
《ええ、さっきぶり》
「調子はどうだ?武器の弾薬は?」
《全部問題なし。戦闘のスペシャリストたる私が、そんな初歩的なミスなんてしないわ》
ドローンのバッテリー節約のために今のところは音声しか送られてきていないから指揮官は確認できないが、ネゲヴのことだ。指揮官が確認するまでもなく、バッチリ終わらせているに違いない。
「ならいい。……G41?」
《はいご主人様。なんでしょう?》
「久しぶりの外だ。気分はどうだ?」
《……ごめんなさい、よく分からないです》
G41は、外に出たからといって何を感じるという事も無かった。ジメジメしたS03から少し離れるだけでも大抵の人形は気分が晴れやかになるらしいが、G41のメンタルに変化は無い。
「いや、謝ることはない。分からないなら分からないでいいさ」
《……分かりました》
《指揮官!Vectorの奴に何か言ってくれんかの?こやつ、わしの言う事をまるで聞かんのじゃ!》
G41にそう言って慰めていると、横から声が割り込んできた。その声は子供ような声だが、どこか爺口調というアンバランスさを感じさせる。
「……だそうだが?」
《ナガンに迷惑なんて掛けてないわよ。私はただ、独りでチマチマと楽しんでただけ》
何をとは言っていないが、付き合いが長い誰もがVectorが嗜んでいる物を知っている。そしてそれについて、ナガンことM1895が五月蝿いのも知っていた。
「あんまりやり過ぎるな、とだけ言っとく。仕事に支障が無ければいいさ」
《ほらね?だから言ったでしょ》
《なんでなんじゃ!?ええい、ここの連中はどいつもこいつも寛容すぎる!限度というものがあろうに……》
こうやってぶつくさと文句を垂れ流すのもまた、M1895とVectorを組ませた時は決まって起こる出来事だった。
《はいはい。作戦領域に到着したわ、おしゃべりはここまでよ》
ネゲヴがそう言ってから少しすると、ドローンが出した映像が作戦司令室のモニターに映し出される。
恐らくはネゲヴが小脇に抱えているであろうドローンは、ヘリコプターの内部を横向きに映していた。
「囮の輸送部隊の後方に投下後、ヘリは離脱する。忘れ物は無いな?」
《無いわ。……戦闘モード起動、行くわよ!》
ヘリコプターの扉を開け放ち、そこから地面に飛び降りたネゲヴに合わせてドローンが送る映像も揺れる。
数秒ほど乱れた映像の後で、一面に広がる荒野が広がった。空中に浮いたドローンから送られてくる映像では、先で戦闘しているらしい様子が伺えた。
「ペルシカが言うには、囮の輸送部隊には人形も複数体ついてるらしい。お前達はその後方に投下された後に、そっちに加勢するのが提示されたミッションプランだ」
《確認したわ。まあ抵抗しないと罠だってバレるものね》
《その割には押されてるみたいだけど?》
「時間を稼げればいいだけだからな。何も知らされてない低練度の人形が主なんだと。具体的には2Linkが最高練度らしい」
《つまり、ひよっこという事じゃな》
戦術人形達はダミーネットワークというシステムによって、最高で四機の自分そっくりなダミー人形を統率して運用する事が可能である。
しかしそれには戦闘を積み重ねて自己の電脳を進化させる事が不可欠であり、最高の5Linkともなれば百戦錬磨と呼ばれるくらいでないと到達できない。
2Linkをひよっこと評したM1895は5Linkであり、戦闘経験だけで言うなら、まさに百戦錬磨の老兵だ。
「まあ、そういう事だ。とにかく前進」
《人形達は助けるの?》
「どちらでも。生かしておいてもボーナスは無いが、見殺しても報酬は減らされない。弾を無駄にしたくないならスルーでいい」
《何を言うか!ひよっこが目の前で苦戦しているというのに、見殺しになど出来るわけがなかろう!》
指揮官の発言にM1895が真っ先に反対した。S03には珍しい良識派な彼女からすれば、見捨てるという行為は到底許せるものではないのだろう。
「……だそうだが?」
《私としては反対だけど……ここで待っててもナガンが単体で突撃しそうよね》
《無論よ!行かぬと言うのなら、お主たちはそこで見ておれ!》
放っておくとダミーを含めた五体だけでも真っ直ぐ突っ込んで行ってしまいそう……というか、本人が言い切っているし間違いなく行く。
正直、放っておいても良いのだが、後で拗ねたM1895のフォローをするのは面倒くさい。
《行かないとは言ってないでしょ。……ナガンのダミー代より弾代の方が安いし、仕方ないか》
「年寄りの言う事は聞かないとな。ダミーの方が高いし」
《ふふん、決まりじゃな!早速ゆくぞ!》
《ダミーの金額と天秤に掛けられてる事に気付きなさいよ……》
「Vector静かに。黙ってたらバレないから」
とにかく、一団は援護のために先へと進む事になった。率先して走るM1895が持つ、ハンドガン特有の高移動力に置いていかれないように先へ進むと、なにやら様子がおかしい。
《何よあれ、押されてるじゃない。しかも一体に》
《これは酷いわね。今まで何やって生きてきたんだか》
Vectorの言う通り、たった一体の人形相手に劣勢に陥っている人形部隊が見えたのだ。ペルシカの話を信じる限りでは、あれが第一世代型の自律人形なのだろう。
しかし、単純な行動しか出来ない自律人形に押されるなんて、分かってはいた事だが凄まじく低練度のようだった。
《トラックも横転してる》
《やはり駆けつけて正解じゃな。……生きていろよ》
両目が青いG41の言葉にM1895が頷いた。
G41の左眼は本来ならレティクルが表示されて赤く変色するのだが、彼女にはその変化が無い。エラー個体の彼女は、そこが上手く動作しないのだ。
「59式、ドローンを先行させて様子を伺えるか?」
「まっかせといてー。ドローンの操縦テクには自信あるから」
ドローンが先行し、司令室のモニターに戦場となったトラック周辺の映像が映し出された。
ちょうど最後の人形が抵抗虚しく頭を撃ち抜かれて機能を停止したところであり、その周囲には人形の残骸が転がっている。
「……ん?」
しかし指揮官が注目したのは、指揮官をやっていれば自然と見慣れる残骸ではなく、自律人形でもなく、その自律人形を従えているらしい男であった。
彼の手に握られた二振りの実体ブレードに見覚えがあったのだ。
「あれは……」
《指揮官、どうしたの?》
「強盗団のリーダーらしき奴を見つけた。自律人形と一緒に、そこに居る」
《探す手間が省けて良い……なんて、声を聞いてる限りだと言えないわね。何か問題でもあった?》
こういう作戦中は狼狽える様子を聞かせて不安にさせないよう、なるべく声色を変えないように気を使っているのだが、ネゲヴの耳は誤魔化せない。
ぴしゃりと内心の変化を言い当てられ、ネゲヴ相手に嘘はつけない事を再認識しながら言葉を放つ。
「まずは一つ目の悪い知らせだ。人形部隊は全滅した」
《くっ……間に合わんかったか》
M1895の声には、抑えきれない無念が滲んでいた。いくらバックアップから復活可能といっても、目の前で助けられたかもしれない物を見捨てるのは気分が悪いようだった。
「それで二つ目なんだが──」
……そこから先を口に出す事は出来なかった。映されていた男が、急に叫んだからだった。
………………最初は、食いっぱぐれの無い最高の仕事だと思ってた。
幼い頃から貧困に喘ぎ、日々痩せ細っていく村の人々を見てきた彼にとって、食いっぱぐれないという一点は凄まじく魅力的だったのだ。
彼は文字が読めない。そこまでの教育を受ける前に村が壊滅してしまい、一人で生きざるを得なかったからだ。
そんな彼に仕事など有るはずもなく、スラムで死なないために今日を生きるという生活を送っていた時、声をかけられた。
『私達は君のような人材を求めている。我々の元で働く気はないか』
怪しいとは思ったが、彼に仕事のアテなど無い。その提案に頷く以外の選択肢など、初めから存在しなかった。
『これが次の素体かね?』
『はい。資料によると、スラム街の人間だとか。しかし、相当衰弱しているようですよ。これじゃ死人と殆ど変わらない』
『スラム街の連中など、元より死んでいるも同然だ。……だがこの手術で生まれ変わるさ』
『生きていれば、ですが』
『まあそういう事だな。では始めようか』
何処かの研究所のような施設に連れてこられた彼が最初に受けたのは、気が狂いそうになる苦しみを与えられ続ける手術だった。
その手術が自らの身体能力を強化したのだと気づいたのは、痛みから解放された三日後の話である。
そこまでは天国のような生活だった。食べ物には困らず、シャワーだって浴びられた。訓練は少し厳しかったが、前までの死にかけていた頃に比べたら屁でもない。
当初抱いていた不信感なんてものは完全に消え去っていた。
その生活が終わりを告げたのは、その手に武器を持たされ最前線へ送られた時からだった。
しかし当初、深い事は考えなかった。ぼんやりと最近暴れている"テッケツ"とかいうのと戦うのかと考えたくらいだ。
だが彼の予想とは異なり、戦う相手は鉄血などではなかった。では人間なのかというと、そうでもない。
だったら何かというと……E.L.I.Dである。そう、彼は知らないうちに正規軍に入隊させられていたのだ。
コーラップスに被爆してしまった生命体が運悪く即死せず、怪物へと成り果ててしまった異形の化物たちは、最新のレーザー兵器などを持ち出し、扱う人間の肉体を改造して初めて戦えるようになる人類の負の遺産。
現在では世界各国が対処に追われるE.L.I.D達は、酷いものだと昔の怪獣映画に出るような巨体を持って人類の数少ない生活圏を壊しにやって来る。
普通の銃弾は通用せず、大きくなれば戦車砲すら弾き返すような化け物と日夜死闘を繰り広げた彼の精神は徐々に壊れていった。
そして自分の真横で戦っていた奴がE.L.I.Dに生きたまま腹を喰い破られる瞬間を見てしまった時に悟ったのだ。食いっぱぐれない飯よりも命こそが大事。あんな化け物どもと殺り合ってたら命が幾つあったって足りない。
「扱いづらい武器だって話だったが……」
だから軍から逃げ出した。同じ気持ちだった仲間と一緒に。
もちろん追われ、他の仲間は殺されたか連れていかれた。だが彼だけは逃げられた。
「軍の兵器が、民生用の型落ちに負けるわけねぇだろ!」
逃げる際に軍の倉庫から強奪した、凄まじい切れ味を誇る二本一対の実体ブレードと外骨格を使って強盗団を組織した彼は、軍に入る際に改造された身体と奪った武器を使ってあらゆる物を強奪してきた。
だが、その心に立ち込める暗雲が晴れることはなかった。E.L.I.Dとの戦いでこびり付いた恐怖は、彼の心に深い傷を残していたのである。
『敵機確認。A-1、オペレーションを開始します』
「行くぞぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあ!!」
壊れそうになる心から目を逸らすために、そして自らを奮い立たせるために、彼は叫んだ。
奪った物資の中に、我を忘れられる薬が混じっている事を祈りながら。