That ID was Not Found【完結】 作:畑渚
「この傷……お嬢さんいったい何をしたんですか」
医者は私の腕の写真を掲げる。綺麗な切断面は現実感がなかった。
「とりあえず処置はしました。義手をつけるなら紹介状を書きましょう」
「よろしくお願いします」
そう言って私は頭を下げる。スラスラと紹介状を書いている青年を見つめると、こっちの視線に気がついたのか優しく微笑まれる。
清潔感があり、医者として相応しい学力と財力もある。きっとこういう人物を良物件と言うのだろうな。
まあ、彼の後ろに死体が転がってなければの話なのだが。
「はいできました。ここを出て左へ行ったところに人形屋があります。そこでこれを渡せば案内してもらえるはずです」
「ありがとうございます」
紹介状を受け取ると、その病院もどきの建物から出る。ドラム缶で火を焚き暖を取っている人たちからの目線が突き刺さる。
目立つのも仕方がない。少し派手な格好をしている上に隻腕である。周りは私の格好を見てぎょっとし、その後腕を見て二度見、そして再度格好を見るために三回も目を向ける。
……少し変装が派手だったかな?
G&Kのカリーナという人から譲り受けた服だが、タンクトップは腕が目立ちすぎだった。これ以外の着替えはないし、血まみれのYシャツも捨ててしまった。
「いらっしゃい……冷やかしなら帰んな」
迷わずに店は見つかった。ガラス戸を開くと、中からタバコの臭いが鼻をつく。
店にいたのはスラリと背の高い女性だった。素晴らしいスタイルをもっている。だが右足が義足だ。鉄臭さが全てを台無しにしている。
「これを」
紹介状を取り出すと、店員はタバコの火を消した。
「ほう、あいつの病院に行って生きて帰ってくる女がいたとはね」
店員は一度奥へと行くと、木製の腕の模型を手に戻ってきた。
「わかった。右腕で良いんだよな?それとも全身機械にするか?」
「冗談を。私はできる限り人間でいたいわ」
「そうか、残念だ。それはともかく、注文を聞こうか」
「できる限り人間に近くして欲しいのだけど」
私の言葉に店員は顔をしかめた。
「人形にでもなりたいのか?」
「……どういうこと?」
「わかってないのか。機械の腕ってのは不便だ。そしてそれは人間の形になるほどさらに不便になる。なにか目的にあったものをつけるのが一番良い。五本指で手首も動く腕なんて、コストも高く整備も大変なだけだぞ」
「それでも私は……」
「……わかった。幸い腕自体に在庫はあるから、一週間ってところだな」
「3日」
店員は机を叩きつける。
「無茶だ。ただ形をあわせるだけじゃ済まないんだぞ」
「……」
「はぁ、わかった。だがこのデスマーチ、付き合ってもらうぞ」
こうして、私と店員との謎の共同生活72時間が始まったのであった。
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「よし、動かしてみろ」
右腕を動かすイメージをする。しかしそれだけでは動かない。動かすイメージだけじゃだめだ。もう無くなった腕を動かすのではなく、新しく付いた腕を動かすことを考えるんだ。
「う、動いた」
まだおぼつかないが、正確にすべての指、手首、肘が動いた。
「まったく、手こずらせてくれたよ。金はそこに入れておけ。私は寝る」
「ええわかったわ。ありがとう」
札束を金庫へとねじ込み、ガラス戸を開ける。外はあいにくの曇り空だが、身を隠すには良い天気だ。
通信機の電源を入れ、周波数を調節する。
「……誰?」
通信機から聞こえる声に少し安心する。
「45姉、私だよ!」
「9!?無事なの?今どこに?」
いつもからは考えられない慌てようにクスリと笑う。
「落ち着いて45姉。3日以内には合流できるよ」
「そ、そう。わかったわ、セーフハウスで合流でいいのよね?」
「うん、待っててね45姉」
通信が途切れたことを確認して、私は別の通信端末を取り出す。足のつかないようにセーフハウスに戻るのは、本当に骨が折れる……
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合図を確認してセーフハウスの扉を開けると、9が立っていた。
「9!」
「えへへ。ただいま、45姉」
笑いながら頬をかく9に思わず抱きつきそうになる。
目の前の9が本物であることを確かめるようにじっと見つめる。9は視線に耐えきれなくなったのか頬をかいた。
「……9、右腕が」
「えっ?あっうん……完全修復には時間がかかるからね」
「そう。ちゃんと動くの?」
鉄の腕をペタペタと触ってみる。
「うん、ここにくるまでにしっかり慣らしてきたから任務に問題はないよ」
「それは何よりね。でもしばらく任務は無いわ」
G&Kはしばらく大きな作戦をしないらしく、私たちへの仕事も少ない。これを機に9の復帰まで休みをとることにしたのだ。
「わかった。それじゃあ416とG11にも会ってくるね」
私の横を通り抜けて9がセーフハウスに入っていく。若干の汗の匂いとともに、9の匂いを鼻が感じ取った。
「ねえ待って9、少し二人で話をしない?」
扉を閉めて後ろ手で鍵を締める。
「……うん、いいよ。なに?」
「ここじゃあなんだし、部屋にいきましょう?」
9の笑顔が一瞬歪んだ気がした。
まさか……ね?
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まずい。非常にまずい。45が出迎えてくれるところまでは想定内だった。勢い余って抱きついてくるのではと警戒したが、右腕を触る程度だった。それで済んだから油断していた。
「ここじゃあなんだし、部屋にいきましょう?」
45の表情は笑顔のままだ。しかし、なにか闇を抱えている気がしてならない。少なくとも、彼女は私について疑惑を持っている。それを突き詰めようとしているに違いなかった。
45の部屋はとてもシンプルで、机の上に書類がある程度でほかはきれいに清掃されていた。
「それで話って?」
「まあ落ち着きなさいよ。ほら座って」
45に言われるがままにベッドに座る。45は私の右側へと腰を下ろした。かすかに香る45の香りが鼻をくすぐる。距離が少し近い。
「ねえ9、9にとって私たちはどういう存在なの?」
45は私の右腕を手に取りそう言った。
「家族だよ。みんな私の大事な家族。416もG11も、もちろん45姉も」
冷や汗が背筋を伝う。45はいったいどこまで情報を持っているのか、それをまずは見極めたい。
「45姉は……私のことをどう思っているの?」
「9は私の妹よ。大事な大事な、唯一の妹」
45の手に力が入っているのか、鉄の右腕を伝って45が震えているのを感じる。
「不甲斐ない姉でごめんなさいね。私がもっとちゃんとしていればこんなことには」
「そんなことないよ。この腕は私のミス。45姉が気にすることはないよ」
「いいえ、もっと戦況を見極めていれば9が一人で接敵することを避けられたわ」
「45姉は十分すごいよ。私以外はほぼ無傷だし」
「あなだだからよ!」
45が突然声を荒らげる。
「45姉?」
「あなたは……取り返しがつかないから……」
45は私の右腕を持ち上げる。動かす意図のないときはただの鉄の塊であるそれは、何の反応も示さなかった。
45姉はうつむく。
「触覚センサー、動いてないじゃない」
私は思い出した。人形に埋め込まれた触覚センサーは人に似せてあるため、触られた際には反射的に手が動くのだと。そのセンサーのせいで、止めることを意識しない限り人間のように動き続けることを。
そして、そのセンサーは人形用の義手にも付いており、人間用の義手には付いていないことを。
「45姉、この腕は訳があって」
「それ以上言わないで。ねえ最後に聞かせて?9は……」
私はゴクリとつばを飲み込む。
「9は私のこと……好き?」
「うん、もちろんだよ」
笑顔を貼り付けて私は即答した。
「嘘をつかないで、本当の気持ちを話して」
45は私の顔を覗き込む。その瞳は、ただの視覚デバイスのはずなのに狂気を宿しているように見えた。