異常航路   作:犬上高一

14 / 22
第14航路 内壁の銃痕

――――ゼー・グルフ格納庫内―――――

 

ゼー・グルフ内部の格納庫は、突入時に撃沈された貨物船の爆発によってズタズタにされていた。私は比較的マシだったアルタイトのそばで瓦礫の上に座りながら煙草を吸う。すると遠くから誰かが近づいてきた。

 

「今連絡がありました 。ブリッジ方面の敵を制圧したそうです。」

「そうか・・・。」

 

そう言って近づいて来たのはエドワードだった。 ギルバードを殺した後、他の場所で戦っていたレジスタンス達に投降を呼びかけたが、彼らはそれを拒否。結局最後の一人に至るまで実力をもって制圧するしか方法が無かった。お陰で余計な損害を被ってしまった。

 

「信念というか・・・あそこまで行くともはや狂気と呼ぶべきかも知れません。」

「そうかもしれないな・・・。」

 

確かに、最後の一人に至るまで徹底抗戦した彼等は正気では無かったのかも知れない。だが、自分達が生き残る為に同胞を殺す私達もまた狂っているのでは無いか。

 

私は自分の両手を見る。別に普段と変わらないただの自分の掌だ。だが、この手に纏わりつく見えない不快な感覚がどうしても離れる事が無い。

 

「艦長、具合でも悪いんですか?」

「・・・いや、何でもない。悪いが少し一人にしてくれ。」

「わ、分かりました。」

 

少し物怖じした感覚のエドワードがその場を後にする。煙草が無くなったので新しいものに火をつけようとした時、自分の手が赤黒い液体で濡れているのに気がつく。

 

「ーーーヒッ!?」

 

驚いて煙草を床に落とす。だが、次の瞬間には私の手はいつもの見慣れたものに戻っていた。

 

「幻覚・・・なのか?」

 

全身から嫌な汗が噴き出すのを感じると共に、自分が今日人を殺した事を自覚する。ヤッハバッハに襲撃された時も殺したが、あの時は自分が止めを刺した訳では無いし、隔壁や真空を挟んでの事だったので実感が湧かなかった。

だが今回は私自らこの手で人を殺めたのだ。ギルバードだけでなく他の何人かのレジスタンスもブラスターで撃ち抜いている。私は今更になって自分が人を殺した事に対して恐怖を感じていた。

 

確かにレジスタンスからは敵視されていたが、そうなる前は話した事がある人も何人かいた。彼等は皆、再び故郷を取り戻すと言っていたのを思い出す。そしてそれは永遠に叶わないものとなった。

 

「仕方無かった・・・。」

 

ぽつりと口からでた言葉は、自己弁護の言葉だった。でも事実先に攻撃を仕掛けてきたのはレジスタンスだし、応戦しなければ少なくとも私は処刑されこの世には居なかっただろう。その事が表現しようの無い何かで潰されそうになっている心を支えていた。

 

生き残る為に仕方なく人を殺したのだ。

 

「そう・・・仕方がなかった。」

 

 

 

ーーーーゼー・グルフ格納庫の端ーーーーー

 

「シーガレットの様子が変?」

「はい。ぼんやりと虚空を見つめながら、ずっと煙草を吸っているんです。」

 

レジスタンスを制圧して格納庫へと戻ってきた大佐は、エドワードからシーガレットの様子がおかしいと相談された。

 

大佐が物陰から見てみると、瓦礫に腰掛けながら煙草を吹かすシーガレットの様子が見えた。それ自体は別に普通だが足元には大量の吸殻が捨ててある。10本や20本どころでは無い。

 

「あぁ・・・多分あれだな。」

「あれと言うと?」

「新兵が稀に発症する一種の心理的症状だな。強いショックを受けたり長時間のストレスに晒されたりすると、精神に負荷が掛かって不安やアルコール依存、酷いものでは記憶障害や幻覚幻聴などを発症する。奴の場合は無意識の内に煙草求めているんだろう。」

 

俗に戦闘疲労症や戦闘後ストレスなどと呼ばれるこの症状は、環境や状況など様々なストレスから精神が摩耗し様々な症状を発するものである。かつて人類発祥の地で名付けられたこの症状は、長い時間が過ぎ真空と装甲を挟んだ現代の戦闘でも発症する。

特に損傷した艦艇の乗員や、白兵戦を行った兵士の発症が目立つ傾向にある。

 

「アイツは軍人では無いからな。基本的に人殺しの訓練は受けていないしその経験も無いだろう。初めて自分の手で人を殺せばそれくらいのショックを受けても当然だな。」

「ど、どうすればいいんでしょう?」

「こういうのは専門家のドクターに任せるに限る。」

「ドクターって、精神科医もしているんですか?」

「あぁ、医学面に関しては間違いなくトップクラスの実力の持ち主だ。もしヤッハバッハの侵略が無ければ、今頃医学界の要職についていたかも知れないっていう話だ。」

「・・・そんな人が何でこんな所にいるんです?」

「・・・分からん。」

 

 

 

 

ーーーーーーゼー・グルフ艦内医務室ーーーーーーーーーー

 

「それでは艦長。これからいくつかの質問を行いますのであまり深く考えずに思ったままに答えてください。」

 

エドワードに格納庫から連れ出されたと思えば、医務室でドクターと話をしていた。

 

「体に何か異常がありますか?」

「・・・いや、特にない。」

「喉が痛いとか、体がだるいといった事はありませんか?」

「・・・そう言われてみれば、そんな気もする・・・。」

 

そのような質問がいくつも出された。私は最初ドクターから言われた通り、質問に対して素直に答えていった。

 

「では次の質問です。最近幻覚を見たり幻聴を聞いたりしましたか?」

「げん・・・かく・・・。」

 

ふと自分の手の平を見る。その手の平は見慣れた自分の手の平だった。そして瞬きをした一瞬あの情景がーーー真っ赤な血で染まった自分の手の平の光景が脳裏に浮かんだ。

 

「ひっ!?」

「艦長?」

「か、艦長!?」

 

小さな悲鳴を上げ、反射的に手から離れようとする。当然自分の体の一部である為そんな事は出来ない。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

「あ・・・あぁ・・・。」

「何があったのか、正直に話してください。」

「て、手が真っ赤に染まって・・・。」

 

私は今まで見た幻覚の事を話す。エドワードは黙って、ドクターはメモを取りながら時折質問をしてくる。私は震える声でその質問に答えながら話を続けていった。

 

「ふむ・・・おそらく、戦闘による精神的ショックがストレスとなって心に負担をかけ続けているのでしょう。過去にはこれが原因で自殺した者もいます。」

「ど、どうすればいいんですか。」

「落ち着いて下さい、手はあります。少しお待ちください。」

 

そういうとドクターは診察室を一度出ていった。

 

「艦長、その・・・大丈夫ですか?」

「いや・・・大丈夫じゃ・・・ない。」

 

艦内温度は調節されているはずなのに寒気を感じる。誰も血を流していないはずなのに血の匂いがする。体が震えだし両腕で自分の体を抱きしめる。

 

「あ、あの時私は・・・人を・・・殺して・・・。」

 

あの時はこうするしかないと思っていたが、後になってみれば他にも方法はいくらでもあったはずだ。同じ国の人間を、祖国を取り戻すことを目指した彼らを私は殺してしまった。私はーーー。

 

「艦長。」

 

ふと暖かい何かが体を包み込む。見れば背後からエドワードが私の事を抱きしめていた。

 

「あまり自分を責めないでください。あの状況では仕方がなかったんです。」

「・・・だが・・・。」

「貴女だけが悪いのではありません。僕や大佐達も一緒に戦って彼らを殺しました。ですが先に仕掛けてきたのは彼らですし、応戦しなければ今頃僕らが死んでいたんです。」

「う・・・うぅ・・・。」

「つらいのは分かります。苦しくなったらいつでも相談に乗りますから・・・。」

 

エドワードが力を強める。少し苦しいが、その分だけ彼の体温を感じられるのが今の私にはとっても心地よい。

 

私はもっと彼に触れていたくて、その手をつかむ。あったかくて、少し大きく感じるその手を握っていると安心する。

 

「エドワード・・・。」

「艦長・・・。」

「何やってるんですか?」

「うわあああああああああああああぁぁあぁっつ!?」

 

後ろから声を掛けられて頭が一気にクリアになり、慌ててエドワードから離れようとしてバランスを崩し床へ倒れる。その所為でエドワードが私の上に覆いかぶさる形となった。

 

「・・・あ、」

「えっと・・・。」

「・・・本当に何やってるんですか・・・?」

 

呆れるドクターと気まずそうにするエドワード。私は顔を赤くしながらエドワードをどけて立ち上がる。

 

「精神を安定させる為の薬を持ってきたんですが・・・なくても大丈夫みたいですね。」

「い、いや。そんな事は無い。」

 

そう言ってドクターから薬の入ったケースを受け取る。中を見ると白い錠剤が大量に入っていた。

 

「精神安定剤です。不安に駆られた時や精神が安定しない時に2,3粒噛まずに飲み込んでください。」

「あぁ、ありがとう。」

「他に何かあったら相談に来てください。最も、どうやら相談しやすい相手が他にいるようですが。」

「っ!」

 

顔が一気に赤くなるのが分かった私は、エドワードの手をつかむとそのまま足早に医務室を後にした。

 

 

 

医務室から離れた場所までエドワードを引っ張る。この区画はあまり人が通らない区画だ。そこでエドワードの首元をつかみ壁に押し付ける。

 

「あ、あの~艦長?一体?」

「―――――れろ。」

「え?」

「さっきの事は忘れろ。」

「え?」

「さっさと忘れないと宇宙に放り出すぞ。」

「アッハイスグニワスレマス。」

 

低くなった私の声に、奴は大人しく従う。自分でもなんであんな恥ずかしい真似をしたのか分からないが、絶対に何としても他の連中に知られる訳にはいかない。ドクターにも後で口止めしなければ・・・。

 

「よし、忘れたのなら艦内の復旧作業にかかれ。」

「は!了解しました!」

 

エドワードは返事をすると廊下を走りだしていく。だが、少し進んだところで何か思い出したのかふと立ち止まってこちらを振り向いた。

 

「艦長。」

「なんだ?」

「僕でよければいつでも甘えていいですよ。」

「・・・――――ッツ!!」

 

ダッシュでエドワードの元へ走り叫びながらその腹に拳を叩き込む。

 

「忘れろって言っただろうがあああぁあぁあ!!」

 

―――医務室―――

 

「一体何をやったんですか?」

「いやぁ・・・まぁちょっと。」

 

医務室では先程出ていったばかりのはずのエドワードが医療用ベッドに体を横たえていた。

 

「どうせ艦長に余計な事でも行ったんじゃないんですか?」

「いや、偶には甘えてもいいんですよと伝えただけですよ。」

「それでその怪我ですか。」

 

呆れるドクターにエドワードは苦笑いをすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――ゼー・グルフ倉庫内――――

 

現在、我々は総出で復旧作業に当たっているが人手が圧倒的に足りず、作業は遅々として進んでいない。それでも負傷者の手当と遺体の収容は何とか済ませることができた。

 

約900名のうち生存者は約300名。レジスタンスに至ってはわずか数名しか生き残りがおらず、凄惨な戦いとなった。残存艦も突入時の砲撃で武装貨物船1隻が大破、突入時の衝撃で駆逐艦1隻が小破、更に格納庫内の爆発により庫内にあった武装貨物船1隻と魚雷艇3隻が中破し残った魚雷艇と数少ない艦載機がほぼすべて大破した。

 

これで現在の戦力は小破した駆逐艦1隻、中破した貨物船と巡洋艦が各1隻ずつと魚雷艇3隻ずつ、大破した駆逐艦、貨物船、魚雷艇3隻とスクラップ同然の艦載機隊に、格納庫内や多数の武装が損傷した超巨大戦艦、そしてフリーボヤージュの持つ貨物船である。

 

大破した艦船はスクラップ同然で、残った艦船も運用できる人数がおらずほぼ放置されている。おまけに補修部品の大半が格納庫にあり、突入時の爆発でほとんどが使用不能になった為、損傷の修復はほぼ行われていない。

 

「酷い惨状だな。いったい誰だ、格納庫の輸送船を吹っ飛ばして補修部品や貴重な艦艇を吹き飛ばしたバカは。」

「知らんな。」

 

大佐の非難に適当に返事をしながら私は、倉庫に運び込まれた物資の目録をつけていた。人数も残り少ないので各艦に散らばっていた食料や水などの物資を一カ所に集める事にしたのだ。

 

「そういえば、調子はもういいのか?」

「あぁ、いつまでも塞ぎ込んでいる訳にはいかないからな。」

 

そういうと大佐は満足そうにうなずく。

 

「調子が戻って何よりだ。誰かさんが潰した分も働いてもらわなければ困るからな。」

「やかましい。」

 

大佐の元を後にして各コンテナを整理しリストを作る。

 

「意外とあるように見えるな。」

 

積み上げられた食料コンテナの山は私二人分以上の高さがある。一見すれば大量の食糧があるよう

に見えるが、300名が1日3食食べる量と補給がおぼつかない事を考えるとこれでも安心できない。

 

「司厨部用の嗜好品の量は・・・こんなものか。」

 

臨時の司厨部に任命された者達は、一日でも長く生き残れるように食事を用意しているが、あまりに酷い食事だと苦情が入る為味や量の方にも気を配らなければならず、彼らの心労は計り知れない。その為司厨部には専用の嗜好品として酒や煙草などを用意している。それが許されるくらい司厨部の仕事はキツイのだ。

 

「大佐。少しよろしいですか?相談があるんですが・・・。」

 

なんて事を考えていたら、倉庫の入り口から誰かが声を掛けてきた。そこにいたのはエプロンとコック帽をかぶった司厨長が立っていた。

 

「どうした?」

「実は野菜などの一部の食料品が不足しているんです。どうにかして至急補給貰いたいのですが。」

「至急?そう言われても簡単に輸送船を出すことはできないぞ。」

 

どうやら何か切迫した事態らしい。

 

「どうしたんだ?」

「あぁ艦長。実は食料が足りなくて、至急どこかから調達してきてほしいんです。」

「食料ならここに大量にあるじゃないか。」

「いえ、穀物類では無くビタミン系の野菜が足りていないのです。」

「野菜?」

 

司厨長曰く、食料自体の備蓄はあってもその備蓄食料の栄養が著しく偏っているらしい。野菜などのビタミン系や、塩などの一部調味料が足りないそうだ。このままだと脚気など栄養が不足することで起きる病気になる危険があるらしい。

 

「今のところ医薬品のビタミン剤をスープに溶かして対処しているんですが、それも長くは持ちません。」

「え、そんなことしてたのか?」

「えぇ、まさかビタミン剤そのまま出したら味気が無いですし、可能な限り美味しそうに見せれば少しは士気が上がります。」

 

まぁ確かに錠剤渡されるよりはマシだ。

 

「分かった、何とかしよう。と言う訳で艦長。」

「は?」

「何とかしてくれ。」

「は?」

 

こんな雑な振りをされたのは初めてだ。

 

「なんで私が―――」

「善良な0Gドッグなら何とか出来るだろう。今お前以外に物資調達ルートを知っている奴はいなかったはずだ。」

「ちょっと待て、船はどうするんだ?私の船は動かせないぞ。」

「確か無傷の輸送船が1隻だけあったはずだ。それを使えばいい。」

「元の持ち主はどうした?」

 

その質問に対し、大佐は首を振る。

 

「戦闘でその船の士官クラスは壊滅している。調達先を知っていた者もな。」

「・・・。」

「私以下アーミーズの面々はそうした調達先を知らない。海賊だってそうだ。こればかりはお前さんが頼りだ。」

「分かった。何とかしてみよう。人選はこちらに任せてもらっていいんだな。」

「あぁ、頼む。」

「よろしくお願いします。」

 

司厨長も頭を下げてくる。上手くいった時は司厨長に豪華な食事でも作ってもらおう。

 

 

 

 

 

―――貨物船アンリカ号―――

 

「で、その栄えあるお使い部隊に俺達が選ばれた訳か。敵の支配する星から食料を調達するなんて中々にスリルのある作戦だな

。」

「だったら船の中で片付けでもするか?」

「はッ!冗談、こっちの方が俺にはあってるぜ。」

 

中型貨物船アンリカ号――そのブリッジ内でポプランとコーネフが軽口を叩き合っている。

 

「艦長、コースの入力終わりました。」

「ありがとう。しかし艦長は君の方が。」

「いえ、自分にはまだ艦長なんてとても。」

 

そういう少年はアンリカ号の操舵手として乗り込んでいて壊滅したアンリカ号の船員の唯一の生き残りである。年はあのオッゴの少年パイロットのエヴィンとエーミールの二人と同じくらいだろうか。

 

このアンリカ号の乗組員は一度捕虜としてレジスタンスに捕まっていたのだが、私達に解放された後は恨みからか進んで戦闘に参加。苛烈な戦闘の末にそのほとんどを失っていた。

 

今は私が一時的に船長となり、彼は航海長としてアンリカ号の操船を任せている。

 

「艦長、エンジンとレーダー周りの調整終わらせておきました。気休め程度ですが探知されにくくなるはずです。」

「あ、あぁあ。ありがとう。」

 

そして、エドワード。私の所為で医務室送りになっていたが、そこは人類の科学力の結晶リジェネ―ション処置によってあっという間に回復した。

 

ただ、まぁ。あんな事があってから何となく顔が合わせづらい。怪我をさせたのもあるが、あいつを見かける度に医務室での痴態が頭をよぎって落ち着かないのだ。

 

「見てくださいよコーネフさん。うちの艦長は怪我をさせたクルーを無理やり治療して引っ張ってきたらしいですよ。」

「そのようですねポプランさん。人使いの荒いことで。」

「そこ!やかましい!」

「「お~、怖い怖い。」」

 

面白いものを見つけたとばかりに煽る二人を睨み付ける。まったく、なんて連中だ。

 

「私は少し休む。航海長、少し任せた。」

「了解しました!」

 

これ以上変な追撃を受ける前に自分の部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

―――惑星フラベク沖―――

 

ボイドゲートを抜けゼアマ宙域に浮く惑星フラベク沖を慣性航行していた。

 

「さて、どうするかな・・・。」

「宇宙港に入港するのではないんですか?」

「いや、あれだけ派手にやったんだ。宇宙港の警戒レベルも上がっているとみて間違い無いだろう。下手に臨検でもされたらすぐバレる。」

 

宇宙港への入港自体は空間通商管理局の管轄なので問題無く行える。しかし、宇宙港のロビーやハンガーにはその国の当局が治安維持の為に入る事ができ、この場合はヤッハバッハ軍がそれにあたる。ヤッハバッハの住民への管理は厳しくこれを誤魔化すのはかなり難しい。

 

私も民族管理カードを発行されているが、行方をくらました0Gドッグのカードなんて一発でアウトだ。エドワードや航海長も同じだし、ポプランやコーネフに至ってはカード自体持っていない。

 

「で、どうするんですか艦長さん。」

「このまま慣性航行で宇宙港の死角へ入り、惑星に降下する。」

 

作戦としては宇宙港の死角から大気圏に降下し離脱する方法である。フラベクには宇宙港は一つしかないので惑星の反対側はどうしても監視できない。

問題は―――。

 

「大気圏降下ですか!?俺、やった事無いですよ!」

「今時大気圏降下なんてやったことある奴いるか?」

「宇宙港があるこの時代に?探検家でもない限りやりませんよ。」

「艦長はやった事あるんですか?」

「ヘルプGのシミュレーターで1回だけだ。」

 

誰も大気圏突入をやった事が無いという事だ。

 

 

 

 

 

「シールド展開よし、冷却システム大気圏突入モードに切り替え完了。」

「突入コースに乗せた。速度、侵入角よろし。」

「大気圏突入まであと3分。周囲に不審な影無し。」

 

アンリカ号のブリッジでは大気圏突入に備えていた。システムのチェックをエドワードに、航海長が操船を、私が周辺の警戒をしている。無論操船は船のコンピューターでサポートされているので経験の浅い彼でもコース設定は出来る。ちなみに残りの二人は後ろの座席でシートベルトをして座っている。

 

「艦長、無事に地面に降りられるんですか?」

 

唐突に航海長が聞いてきた。

 

「さぁな。システム上降りられるって言ってるんだからそうなんだろう。」

「もし失敗したらどうするんです?」

「流れ星になるだけさ。突入まであと2分。」

 

なんともないように答えながらカウントダウンを続ける。

 

「あと1分。」

 

軌道エレベーターが造られ、宇宙港が造られた現代において大気圏突入を行う事はほとんどない。その惑星の状況にもよるが、大気圏突入は船体やシステムに負荷をかけるし、今度は離脱の必要もある。輸送にいちいちそんな手間を掛けたくない為、テラフォーミング初期の惑星か、未知の惑星の探索以外にはほとんど使われることは無い。

 

「あと30秒。」

 

その為大半の0Gドッグは大気圏突入を経験せずに人生を終える事が多い。大気圏というのも案外厄介なもので、突入角が浅すぎれば大気に阻まれて宇宙に飛ばされ、逆に深すぎればスピードが付きすぎて減速しきれず激突する。さらに、断熱圧縮によって機体は高温に熱されもしシールドや冷却システムに異常があればたちまち船体が燃え尽きてしまう。

 

「あと10秒。」

 

少しずつ船体が揺れ始めた。慣れない振動が体を襲い額に汗が浮かぶ。ブリッジに居る全員が不安げな表情を浮かべていた。

 

「3,2,1――――突入!!」

 

ついに貨物船アンリカ号は大気圏内へ突入する。

 

「これは中々―――ッツ」

「スリルあるなーーー」

 

船体がガタガタと揺れる。一応重力制御はきいているはずなのだが船体の振動は収まらない。パネルを見ると船体外壁が燃えているように見える。断熱圧縮で表面が高温になっているためだ。

 

「これ本当に大丈夫なのか!?」

「シールド、冷却システムオンライン!正常値です!!」

 

ポプランが不安そうな声を上げるが、エドワードは冷静にシステムをチェックし続けている。

 

そのまま数分間振動と高温に晒されたのち、ついに突入に成功した。

 

「大気圏突入成功。」

「各システム異常なし。」

「了解。減速、航行モードを大気圏モードに切り替え。」

「大気圏内モードに切り替えます。」

 

どうやら無事に大気圏に突入できたらしい。船体も乗員も無事だ。

 

「よし、着陸地点を探そう。」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。