レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
カルデア
邪ンヌちゃん私室
「ああっ!痛ェッ!クソッ!クソォッ!!」
「ちょっと!大丈夫なの、シマズ?」
「大丈夫なもんか!小指挟んじまった!なんたる事かッ!信じられないくらい痛えッ!!」
「ま、待ってなさい!あの看護婦呼んでくるわ!」
「血の匂い…」
「ヒェッ!アンタいつの間に!」
「治療が必要とされる場所には私がいるべきです。何事ですか?」
「シマズが配管の修理中に指を挟んじゃったみたいで…」
「そういう事なら仕方がありません。指を切除致しましょう。」
「何言ってんのよ!そんな事しなくても…」
「躊躇すれば手遅れになります!さあ!今すぐにでも!」
「痛え!痛えけど切除はイヤ!イヤ!イヤァァァァア!!!」
…………………………………
別に電気工から配管工に転職したわけではないが、なら何故邪ンヌちゃん私室なんていう"聖域"で怪我を負ったかといえば、全くもって知識なんかないのに無理を通そうとしたからである。
阿保の見本でしかないのは自分でも分かっているが、しかし、皆様にも分かってほしい部分もあるんです分かってください。
だってさあ、邪ンヌちゃんに「…その、自分の部屋に入れるんだから…信用できる人間が良いでしょう?」とか言われたらさあ。
やるしかないじゃん!?
例え専門の技術がなくてもできる限りの知恵と根性でなんとかしたいじゃん!?
したいんだよ文句あるかこの野郎!!
ツンデレデレデレ竜の魔女がちょっと顔赤らめて、ちょっと恥ずかしそうに俺の事を「信用できる人間」つったんだよ!?
やるしかねえじゃんアゼルバイジャン!!!!
「だとしても、自分の実力を認識してから手をつけるべきですね。この状態では貴方の本来の職務にほぼ間違いなく支障をもたらす事でしょう。」
「すいません婦長…」
「…切除はせずに済みました。コレに懲りたら二度と無謀な行いはしない事です。当分職務は果たせないでしょうから…あのキメラには私の方から頼んでおきます。」
「すいません…」
「まあ、そう責めないであげて…その…無理を言ったのは……私だし。」
「ゴファッ!!」
「吐血!?」
「ゼェハァ、ゼェハァ、大丈夫です、婦長。ちょっと尊過ぎただけで…」
「何が大丈夫なものですか!療養なさい!」
「いやでも」
「療養!!!」
「あ、はい。」
と、まぁ。
見事なまでに医務室での入院生活に入ってしまったわけではあるが。
いやぁ〜、どうすっかなぁ。
大人しく寝てろやっつーのはその通りなんだけどさ。
人間ってのは不便なモンで、普段寝ていない真昼間から寝ようとしても中々に寝付けない…少なくとも俺は。
とはいえ、煙草も取り上げられちゃったし、本格的にする事もない。
とにかく今日は…自業自得とはいえ踏んだり蹴ったりだなぁ…。
ガラガラガラ〜
「ゴファッ!!!」
「ゴファッ!!!」
どエロい衣装を着た美人さんが医務室に入ってきたのはその時で、彼女は部屋に入ってきた瞬間に吐血し、俺はそれに釣られる形で吐血した。
あのよぉ。
吐血を嘔吐感覚でさせないでもらえますか?
「…あら……どうも…」
「ど、どうも…」
美人さんも俺も、吐血により息絶え絶え。
だがその美人さんの凄いところは、そんな瀕死状態でさえ背負ってきた"鋼鉄の処女"をキッチリと医務室の中へ入れ、恐らくは割り当てられているベッドの脇まで運び、そして立て掛けたことだろう。
その後モップを手にしたところで、遅れて医務室に入ってきた婦長に止められた。
「患者がそのような事をしてはいけません!今すぐ療養なさい!」
「こ、このくらい自分で…」
「許しません!療養!!療養!!!」
婦長の凄まじい熱気に押し負け、美人さんは自分の病床へと向かわざるを得ない。
まあ…毒物でも飲んだんじゃないかと言うくらいには口から血をダラダラ出してるホラー映画と化しているから、婦長の対応も無理はなかろう。
美人さんはふらつく足取りでベッドへ向かい、そして横になる。
「…!?シマズさんも症状が悪化しているようですね。2人共、大人しく療養するように!!」
婦長は我々患者2名に言明すると、医務室の扉をピシャッと締めて何処かへ行く。
言い忘れていたが、美人さんに割り当てられたベッドは俺の左隣にあり、その奥では不気味な"鋼鉄の処女"が控えている。
ま じ か よ。
幸か不幸か、俺はこの美人さんの真名を知っている。
エリザベート・バートリー、又の名をカーミラ。
なんてこった、吸血鬼と同じ部屋で入院だと!?
安全保障上の危機じゃねえかよ!?
俺の安全は一体どこへ行っちまったんだよ、これじゃグールかゾンビになっちまう!!
「…心配しなくても、あなたの血を吸うような事はしないわ。」
「へ?」
「………過剰な糖分、塩分、油分、コレステロール…」
余計なお世話だ。
たしかに吸血鬼に血を吸われるのも嫌だが、吸血鬼から吸血を躊躇われるのも傷つくものがある。
俺の左隣のベッドにいるマダムは、あろうことか俺に一目くれただけで品定めまでしていたのだ。
おかげで俺は●郎系ラーメンみたいな扱いを受けたわけだが…喜ぶべきか悲しむべきか。
それからしばらくは、医務室内は静寂に包まれた。
寝るに寝れず、かと言って何かする事があるわけでもなく。
ベッドに横になり、しばらくぼへぇーっとしてると、左側から話しかけられた。
「………そこのあなた、起きてる?」
「ふぇ?あ、まぁ、はい。」
「少し、話でもどうかしら?」
どうやら眠れないのは左側のマダムも同じようで、彼女は上半身を起こし仮面を外した…まるで眼鏡でも外すかのように。
俺も俺で一向に寝れないので上半身を起こすと、…とりあえずマダムに自己紹介する事にした。
「どうも…電気技師のシマズです。」
「エリザベート・バートリ。カーミラと呼んで頂戴。」
「ハンガリーの貴族の方ですね?」
「………えぇ。一応、そういう事になるわね。」
「生前は優れた統治者だったとか…あ、いえ、皮肉じゃありませんよ。」
「私が領民に何をしたかは知ってるんでしょう?正気と言えるかしら?」
カーミラ夫人はどうやら相当参っているらしい。
このマダムは…少なくとも普段遠目に見てる限りでは皮肉と狂気を振りまく悪女的なサムシングが感じられた。
ところが今俺の目の前にいるは疲れ切ったマダムである。
マスターと行動する内に随分と角が取れたんだろうか?
「正気だろうが…そうでなかろうが…バートリ家が名門貴族であった事は変わりません。バートリ家はハンガリー副王や枢機卿を輩出してる家系ですし、あなたの夫の家系はオーストリア・ハプスブルク家のフェルディナント1世が"聖イシュトヴァーンの王冠"を手に入れる上で重要な役話を果たしていましたが、あなたの地位はその夫よりもさらに上で結婚後もバートリを名乗った。」
「………」
「そもそも…全てが嘘とは言えないかもしれませんが…脚色された評価もある事でしょう。」
「どういう意味?」
「バートリ家はハンガリー貴族の中でも存在感の強い一族でした。あなた方ハンガリー貴族は、しばしば団結してハプスブルクの支配の強化に抵抗した。…あなたを無罪と考える人はいませんが…しかし、あなたがやった事以上にハプスブルクの思惑が働いたと見る見方もある。」
ハプスブルク家の帝国自体が、寄せ合いどころのようなモノだった。
確かにハプスブルク家は『幸いなるオーストリア、汝は結婚せよ』の家訓通り政略結婚で勢力を拡大していたが、それ以上に、他の貴族がハプスブルク家を頼ったという面も大きい。
多くの貴族がハプスブルク家を頼るようになった理由、それが『オスマンの脅威』である。
強力なオスマン帝国に対抗する為、彼らはハプスブルク家の"双頭の鷲の旗の下に"集る事にしたのだ。
そもそも、ハプスブルク家が"
ハンガリー王ラヨシュ二世がオスマン帝国との戦闘で戦死したのだ。
フェルディナント1世の妻はラヨシュ二世の姉であり、彼には継承権があった。
そしてオスマン帝国に服従するトランシルヴァニア公はハンガリー貴族から不人気だった。
だが、トランシルヴァニア公が不人気だったからと言ってハプスブルク家が大人気だったわけではないだろう。
地元で支配権を固めるハンガリー貴族達からすれば、オーストリアからの支配が強化される事は決して望ましい事ではなかった。
実際にも、ハプスブルク家への不満を…"外国勢力"に国運を左右される事への不満を代表するかのような事件も起きている。
『ヴェシェレーニ陰謀』と呼ばれる事件がそれに当たり、これはハンガリー国内から外国勢力を一掃しようという計画だった。
この計画の発端はハプスブルク家のレオポルト1世がオスマン帝国と結んだ和約が原因で、ハンガリー貴族達が多大な犠牲を払って勝利を手にしたにも関わらず、スペイン・ハプスブルク朝の後継者問題に掛りきりだったレオポルト1世が和約を急ぎ、オスマン帝国に有利な条件で和約したからである。
いつの時代も変わらない。
不満があれば、そこには反乱の芽がある。
「例えそうだとしても…私のした事が消えて無くなる事はない…。」
カーミラ夫人はそう言って力無く項垂れる。
「運命と罪からは逃れられない…」
「………吐血の原因は…エリ」
「やめて。その名を口にしないで。普段は心を虚無にする事でなんとかしてるけど、もうそろそろ限界よ。」
「過去のご自身が嫌いなのは…
「ええ、そうね。」
「………その…無知というのは…
カーミラ夫人がこの医務室に来てから1時間は経つかという所。
品のあるマダムが、その1時間で初めて笑みを見せた。
「………あなた、なかなか面白いわね。」
「はは、恐縮です。」
「そうね、これだけは言っておきましょう。もし私が生前のあの頃に戻れるなら…
なるほど、カーミラはカーミラというわけか。
何か腹が減った気がして、時計を見るともう昼飯時だった。
そういや指を怪我したのは午前11時。
もうしばらくすれば婦長が入院食を持ってきてくださる事だろう…例によって消毒液塗れの食器に載せて。
ところが、この日の入院食は想像とは異なるものだった。
婦長がヘルシーサンドウィッチでも持ってくんのかなと思ってたら、小さな台車に2人分の食事を載せて、なんと王妃様と邪ンヌちゃんがいらっしゃるというVIP待遇である。
まず持ってこの王妃&竜の魔女の組み合わせからして尊すぎるだろうが殺す気かよ。
つーかそもそも王妃様の手料理自体が尊すぎるだろ殺す気かよ。
「Viva la F lance〜♪貴女の為に、元気が出るような物を作ってきたわ♪」
「そ、そう…」
「ほら、シマズ。アンタの分よ。」
「ふぁー!天に召されるー!」
メインディッシュは蓋つきの食器に入れられていて、どうやら煮込み料理のようだった。
美味しそうな匂いがしたので、勇んでフタを開ける。
中に入っていたのは真っ赤なスープ…これは……。
王妃様をよく見ると、左手の小指に大きなガーゼを巻いている。
えぇ………マ?
「あははは!!そうよ!!コレよ!!こういうのが欲しかったのよ!!分かってるじゃない、アナタ!!!」
カーミラ夫人はどうやら察したようで、勇んで赤いスープをスプーンで口に入れる。
その間俺はその様子を隣のベッドから見ていた。
夫人は最初の内こそ恍惚な表情をしていたが、すぐに吐き出してコントみたいな反応してた。
「ゴファッ!!これトマト!!」
グヤーシュはハンガリーの家庭的なトマトベースの煮込み料理で、風味や味付けは各家庭によって異なる。
ちなみに…クッソどうでもいいが、著者の大好きな料理の一つである。