レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
「せ、先輩っ!?ここは一体…!?」
「よく分からないけど、戦場だっていうことは確かだね。」
「でも今回のレイシフトはこんな近代的な戦場ではないはずです!」
人類最後のマスター、藤丸立香はマシュ・キリエライトの盾に隠れて、正面から迫ってくる三号戦車の機銃掃射と砲撃から身を守っている。
彼女達自身、本来行くハズの目的地ではなく、それも戦場のど真ん中に放り出された事に、未だに理解が追いつかない。
されど、これまでの経験が、彼女達をパニックに陥らせないだけの胆力を与えていた。
『……ザーッ……あっ!繋がった!藤丸君!マシュ!無事かい?』
「ドクター、ここは一体!?」
『レイシフト中にアクシデントがあって、君達は目的地とは全く異なる時代に飛ばされている!ええっと…1942年7月のブリャンスク!?激戦地じゃないか!!…それに特異点でもない』
「じゃあ強制離脱を…っ!」
『ダメだ、レイシフトに巻き込まれたスタッフがいる!場所は君達のいる戦場から北におおよそ30km!ソ連軍はその場所で反攻に出ている。今君達に攻撃をしているドイツ軍部隊を突出・孤立させて包囲する気だ。早くしないとそのスタッフが危ない!』
三号戦車が突然火を吹いて、そのハッチから火炎と共に火ダルマになった乗員達を吐き出す。
どうやらソ連のT34戦車がやってきて、その強力な主砲で三号戦車を仕留めたようだった。
その隙を見て、人類最後のマスターとマシュは離脱を開始する。
すぐにサブマシンガンの銃声が後を追ってきたが、幸いな事に9ミリ弾に捉えられる前に遮蔽物に辿り着いた。
「無茶言わないでよ、ドクター!」
『無茶振りしてるのはよく分かってる!でも、やってもらうしかない。彼は今のカルデアでは貴重な人材でもあるんだ。』
…………………………………
マスター達のいる戦場から、北に30kmの地点
邪ン姉さんは最初、持ち前の火炎を使っていたが、いつからかソ連製のDP28軽機関銃を分捕って、ドイツ兵ソ連兵問わずなぎ倒している…彼女曰く、「こっちの方が取り回しやすい」らしい。
俺といえば死体から拝借したMP40サブマシンガンを両手に、そんな邪ン姉さんの後ろをガクブルしながら続いていた。
我々は這々の体でクレーターから這いずり出て、どうにか塹壕にまで辿り着いたわけだが、まだ平穏とは程遠い。
俺は邪ン姉さんと一緒に、ドイツ軍のものかソ連軍のものか到底見当もつかない塹壕陣地に迷い込み、邪ン姉さんは俺の前を行きながら、とりあえず出会った兵士をなぎ倒しながら進んでいる。
こんな事してたらバタフライ効果によって未来が滅茶苦茶になりそうなモンだが、この場にいると大して影響がないように思えた。
それほど独ソ両軍の戦闘は凄まじく、生き残る者が誰一人いないのではないかと思わされたのだ。
「チィッ!弾切れ!…シマズ、銃をよこしなさい!」
「こ、これ以上殺すのは不味いんじゃ…」
「何よ、今更!こんな戦場にいたら、私に殺された人間は生きるのがあと数秒変わったか変わらなかったか、よ。そんな事より生き残る事を考えなさい!」
「んなぁ〜」
ナ●チみたいな声を挙げながら、俺はMP40を邪ン姉さんに渡す。
渡しながらも、周囲の状況を良く観察した。
ソ連軍は猛攻を続けていたが、やがてその勢いも弱まってきた。
歩兵支援の為にやってきたT26軽戦車がドイツの対戦車砲によって撃破され、ドイツ側が三号突撃砲F型を投入してくると、形勢は完全に逆転する。
もはやソ連軍を推し進められる要因はなく、ギムナスチョルカを着た歩兵が散り散りになりながら逃げ出していた…そして例によって督戦隊の銃撃を受けていた。
「………ふぅ…とりあえず一安心ってトコかしら。」
「あ、あのぉ…邪ン姉さん?」
「何よ?」
「安心するにはまだ早いかも」
「
鋭いドイツ語が頭上から降ってきた。
恐る恐る上を見ると、塹壕にいる俺と邪ン姉さんにボルトアクションライフルを向けて睨んでいる連中が10人ばかしはいる。
特徴的な略帽やシュタールヘルムからして、彼らがドイツ兵である事に間違いはない。
邪ン姉さんも、さすがにこの形勢では分が悪いと感じたのか両手をあげる。
俺も邪ン姉さんに続いて両手を挙げたが、そのついでにこっそり耳にダヴィンチちゃん特製翻訳機を当て嵌めて、スイッチを入れた。
「なんだこいつら、ソ連兵か?」
「どうだっていい。捕虜に食わす飯はないんだ。」
おやおや。
早速物騒極まりない文言が耳に届いてくる。
既に彼らの内の何人かはボルトアクションライフルの安全装置を外していて、片目を閉じてこちらを狙っていた。
俺は彼らに気づかれないよう、そっと邪ン姉さんに話しかける。
「ど、どうしよう、邪ン姉さん」
「ちょっと待ちなさい、今考えてるから。私はこいつらの攻撃なんか屁でもないけど…シマズ、アンタは…」
「や、やばたん…」
「待ちなさい!!」
どうやら絶体絶命なのは俺だけのようだったが、その絶体絶命の窮地は思わぬ声によって免れる。
それは凛とした女性の声で、聞き覚えのある声で、そして本当に安心できる声だった。
我らが皇女殿下、その人である。
「銃を下ろして!その者たちを撃ってはなりません!」
「し、しかし、皇女殿下…こいつら
「いいえ。その者たちは私の従者です。」
毅然とした立ち振る舞いの彼女は、ドイツ兵に命令を下す。
ドイツ兵達はしっくりとこないような顔をしながらも、とりあえず皇女殿下の命令通り銃を下ろした。
俺は何が何やらわからなかったし、それは邪ン姉さんも同じようで、俺と彼女は少しばかり顔を見合わせる。
"一体どうなってやがる"
答えはすぐにやってきた。
毅然とした態度でこちらへ進むロマノフ家皇女の隣に、黒縁メガネのロシア人と、完璧に軍服を着こなしたドイツ将校がいる。
俺はこの2人の顔と名前を知っていた。
アンドレイ・ウラソフとラインハルト・ゲーレン。
ウラソフは著名なドイツ協力者の1人である。
スターリンによる粛清から逃れ、ドイツで反共闘争を掲げる『ロシア解放軍』の総司令官となった人物である。
ラインハルト・ゲーレンに関しては…語るまでもないだろう。
対ソ連諜報のスペシャリストであり、東方外国軍課課長、戦後はアメリカに渡って活躍した…言わばスパイの親玉だ。
この2人が皇女殿下の背後に控えているのを見た時。
俺の背筋には寒気が走った。
何のことはない、何かとてつもなく嫌な予感がしたからだ。
「"イヴァン"、"アンナ"。お怪我はありませんか?」
ロマノフ家の皇女殿下が、かつての料理人とメイドの名前を使った時、俺は皇女殿下に何らかの目的があり、それがこの2人と関係しているのだと気がついた。
だが、今は詮索をする余裕も、選択肢もない。
俺は皇女殿下の"大変有難い"お気遣いを無駄にするつもりはなかった。
「ええ、ありがとうございます、殿下」
邪ン姉さんは未だにキョトンとして、「アンタ何してんの?」的な顔をしていたが、ともかく我々を包囲していたドイツ兵達は銃を下ろして俺に手を差し伸べる。
泥に塗れた手ではあったが、その握力は確固たるもので、難なく俺は引き上げられた。
続けて邪ン姉さんも塹壕から引き上げられると、俺は皇女殿下に敬礼した。
殿下のお気遣いの効果をより高められるように。
「この"イヴァン"、殿下には感謝してもしきれません」
「まぁ。料理人は敬礼なんてしないものよ?ともかく、あなた達が無事で私も嬉しいわ。…こんなところでは落ち着かないでしょうから、どこか落ち着ける場所に行きましょう。」
ドイツ軍陣地
野営地
ウラソフの幕舎
「では。改めて私から紹介するわ、"イヴァン"。この方はウラソフ中将。そしてこちらの方はラインハルト・ゲーレン大佐。」
「ぐすっ、初めまして」
「よろしく」
「お二人とも勇敢な軍人よ。あなた達の捜索にも協力して下さった。…そして、とても崇高な意思をお持ちだわ。」
皇女殿下に救われた俺と邪ン姉さんはどうやら賓客として扱われているようだった。
目の前には香りの良いサモワールティーが運ばれ、戦時には貴重品であろう角砂糖が瓶ごと置かれている。
そして、その更に奥には目に涙を浮かべるウラソフ、それに薄笑いを浮かべながら何か考え事をしているらしいラインハルト・ゲーレンが控えていた。
俺はその2人と握手をし、続いて邪ン姉さんが握手をする。
ウラソフはやがてメガネを外し、感動のあまり流したとでも言いたげな涙をハンカチで拭き取りながら、感嘆詞をたっぷりと使った言葉を口にした。
「おお!おお!何ということか!皇女殿下が!ロシアの正統なる統治者の末裔がまだご存命であったとは!なんと!なんと素晴らしい!」
俺は少しばかりウラソフから目を逸らして、邪ン姉さんの方を見る。
彼女も同種の感想を抱いたらしく、こちらに目を合わせた。
"胡散臭過ぎる"
だが、皇女殿下はにこやかに微笑んで、ウラソフの手を握る。
「…ええ、幸運にも一命を取り止めました。私が今ここにいるのは、きっと神の御意志でしょう。」
「御意志…ええ!まさしく!その通りに違いありません!あの血に飢えた、不信心者のスターリンに、神が鉄槌を下される時が来たのです!…どうか私にお任せください、殿下!このウラソフが、殿下のご戴冠をお約束致します!」
「ええ。今こそロシアの民を獣から救い出すのです。ロシアに栄光と、繁栄のあらん事を。」
「で、殿下!なんと貴いお志!…このウラソフ、感服致しましたッ!!」
皇女殿下の手を握り返しながらも、更に涙を浮かべるウラソフの傍らでは、ラインハルト・ゲーレンが顔を外の方へと背けている。
俺としてはウラソフの芝居がかった台詞よりも、この東方外国軍課課長の存在の方がよほど気にかかった。
先ほど偶然カレンダーを見たが、どうやら俺と邪ン姉さん、それに皇女殿下は1942年の7月にレイシフトしてしまったようだ。
この年、ウラソフはレニングラード救援の任に失敗して逆に包囲され、7月にはスターリンの粛清を恐れてドイツ軍に投降している。
しかし、今の時期といえば収容所でソ連兵に向けて宣伝用のビラを作っていた頃だろう。
まさかこんなに早くからラインハルト・ゲーレンと会っているとは思わなかった。
俺は邪ン姉さんに目配せをしてから、小用を理由にウラソフの茶会から席を立つ。
邪ン姉さんもしっかりと意図を理解してくれたようで、俺について来てくれた。
2人で幕舎から距離を置き、人通りの少なさそうな区画を探し、そこへ入り込む。
誰も来ないのを確認すると、まず邪ン姉さんの方から口を開いた。
「…で、シマズ。アンタの見解は?」
「こんなうま過ぎる話がありますか?…連中、皇女殿下を利用するつもりです。」
「その根拠は?」
「……アンドレイ・ウラソフはスターリンに猜疑心を持たれるまで、勇敢な赤軍の指揮官でした。彼は若い頃赤軍兵士として白軍と戦っています。そんな人間が王政復古など…彼の目標は
「ならどうすんの?皇女サマは乗り気みたいだし…それに、あの男。何だかあのメガネよりも厄介な気がするわ。」
「ラインハルト・ゲーレン…スパイの親玉です。何故こんなところにいるのかは分かりませんが、俺の知る限り、彼はウラソフを反共ロシア人の旗印にしました。」
「つまり……あの男たちは皇女サマを反共ロシア人の新しい旗印にしようとしているわけね。でも、王政復古を望んでいるわけじゃない。」
「理由は後からいくらでも湧いてくる…つまり、その…宣伝に利用した後に始末する理由は、です。このままでは、殿下が危ない。」
皇女殿下が何故あの2人と会うことになったのかは分からないが、あの話ぶりからして我々が来る前に2人と出会ったに違いない。
もっといえば、ウラソフとゲーレンの2人は殿下が来るかなり前に会っている。
2人でソ連軍から転向者を募集するビラを作ろうという時に、ロマノフ朝最後の生き残りを見つけた彼らは、彼女を利用する事を考えつく。
…筋書きとしては辻褄が会う。
皇女殿下が連中の意図に勘付いていれば良いのだが…
しかし先ほどの彼女の対応を見るに、恐らく王政復古の事で頭がいっぱいになっている。
このままでは連中の手に掛かってしまうかもしれない。
「俺の考え過ぎかもしれませんし、断言はできない。ただ…」
「…ええ、分かるわ。連中がもしアンタの言う通りの事を目論んでいたとしたら」
「殿下は…2度目の裏切りを味わう事になる。」
そして、それは彼女の心に大きく深い傷を残す事だろう。
俺は皇女殿下にその事を伝えたかったが、しかしイマイチ根拠に欠けている。
物理的な根拠を示せればいいのだが。
俺は殿下が危機に進みつつあるのに助言もできない自分自身に、大変イラついていた。
注
アンドレイ・ウラソフとラインハルト・ゲーレンが42年の7月以前に会っていたというのは創作です。
ウラソフが畜舎で発見されたの自体が7月ですから、時系列的に無理があると思われます。
ただ、ある人物に焦点を当てたかったので間に合うように設定してしまいました。
相変わらずのガバガバェェェ…