レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています   作:ペニーボイス

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25 〜レイシフト編〜 招かれざる客

 

 

 

 

 

 そのキューベルワーゲンは検問所に差し掛かると、荒々しいばかりのブレーキで停止する。

 まるで運転手の不機嫌さをそのまま現したかのような止まり方で、後部座席の機関銃手は危うく前転するところだった。

 だが助手席の将校はそんな運転手のブレーキ操作にはもう慣れてしまっている。

 だから運転手を一瞥しただけで、ひと昔前のようにアレコレ言うつもりもなかった。

 

 

 将校は助手席から降りると、検問所の憲兵に向かって手を挙げながら進み出る。

 所謂ナチス式敬礼で、MP40を抱える憲兵も同じ動作をした。

 お決まりの挨拶を終わらせると、将校は短刀直入に自己紹介と要件を伝える。

 

 

「親衛隊中佐のアルベルト・ミュラーだ。ここから先の場所での任務を付与された。検問を通してもらいたい。」

 

「陸軍野戦憲兵のフロイト大尉です。…残念ですが、この先は誰も通さないよう指示を受けております。」

 

「では、上官に伝えたまえ。我々は総統の御命令で動いている。私の言葉は総統の言葉だ。…私の部隊を通したまえ。もし抗命するなら党に報告する。」

 

「………」

 

「…安心しろ。我々の敵はユダヤ人やロマといった劣等人種、怠惰な共産主義者、脱走兵や軍規違反者といったアーリア人の面汚し共だ。君達のような勤勉な軍人に不利益はない、約束する。」

 

「上官と話させてください」

 

「いや、その必要はない…私が会って直接話そう。悪いが、急いでいるのでね。」

 

 

 これ以上抵抗すれば、憲兵大尉は勿論部下たちの立場も危ない。

 憲兵大尉はため息を吐きながら、背後に控える部下達に頷いた。

 検問が開かれ、親衛隊中佐のキューベルワーゲン、サイドカー付きのオートバイ、そして虚な目をした兵士を満載するオペル・ブリッツが2台通過する。

 その車列を見送った後、憲兵大尉は部下の曹長に向き直った。

 

 

「無線で大佐の野営地に連絡を取れ。親衛隊のクソったれがそちらに向かったと伝えるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオニード・セドネフは他の2人とは違って、バンカーの独房に移された。

 彼と共に捕らえられた2人が粗末な小屋に押し込められたのと比べると、かなりの好待遇と言えるだろう。

 何故そうなったかというと、皇女殿下がゲーレン大佐に、彼の助命と待遇の改善を懇願したからだ。

 だが、セドネフ当人はそれでも態度を変えていない。

 曰く、「皇女殿下は"ニセモノ"だ!本物はNKVDに殺された!」。

 殿下はあまり顔に感情を出そうとはしなかったが、落ち込んでいるのは側から見てもよく分かる。

 俺も邪ン姉さんも、そんな殿下の事が気がかりだった。

 

 

「ったく、あの兵士。誰のおかげで今の待遇があるのか分かってるのかしら。」

 

 

 邪ン姉さんが野営地の外柵に腰掛けながら悪態を吐く。

 俺はトミーガンを背負ったまま胸ポケットからタバコを取り出して、それを邪ン姉さんに渡す。

 その後自分も一本加えて、ライターで火をつけた。

 

 

「…まあ、当人からすれば正に亡霊でしょうね。皇女殿下は本当に亡くなっているハズですから。彼はイパチェフ館の生き残りです。当然…ふぅ…殿下がどうなるかも知っていた。」

 

「………」

 

「例えばの話です、邪ン姉さん。今ここにピエール・コーション司祭が現れたらどう思います?」

 

「え?…それなんてエネミー?」

 

「そうなるでしょう?…彼の反応は不思議でもなんでもない。彼自身はその目撃者でもあったんです。直接見てはないとはいえ…尚更信じがたい。」

 

「…なるほどね。じゃあ、日数が経てばあの男も信じるようになるかしら。」

 

「どちらとも言えません。ただ俺たちに出来ることといえば、可能な限り殿下をお守りする事でしょう。…カルデアのマスターが我々を見つけるまで。」

 

「皇女サマも大人しく着いて来てくれればいいけど。今の彼女、本気でロマノフ朝を再興する気よ?下手をすれば人理を変えてしまうかもね。」

 

「………ともかく、邪ン姉さんと殿下がサーヴァントである事は可能な限り伏せておくべきでしょう。これ以上目立つのはよろしくない。俺と邪ン姉さんは殿下の従者に徹するべきです。」

 

「ん、りょーかいっ。そうしましょう。サーヴァントの私がいれば、いくらこの時代の兵士でも結構戦えるでしょうし、アンタもアンタでこの時代の知識があるからある程度の予知ができる。うまく組み合わせれば…」

 

「イヴァン!大変だ!」

 

 

 邪ン姉さんと俺の会話に分け入るように、ホフマン軍曹がやってくる。

 何事かと思えば、彼は相当焦っているようで、そしてその理由はごく当然の物だった。

 

 

「何事ですか、軍曹?」

 

「親衛隊だ!!親衛隊の、それも特別行動部隊(アインザッツ・グルッペン)がまもなくこっちに来る!」

 

「なっ!?」

 

 

 驚く間もなく、遠目に一台のキューベルワーゲンが見えた。

 助手席には制帽を被る男が乗っている。

 黒地に白の襟章が嫌というほど目に止まる。

 抽象化された『SS』の2文字。

 間違いない、ホフマン軍曹の言う親衛隊はもう野営地に到着したのだ。

 

 

「イヴァン、お前は例の捕虜がいるバンカーに隠れてろ。アジア面は見つかれば銃殺される。皇室の従卒だろうと、奴らからすれば関係ない!」

 

「りょ、了解しました、軍曹!邪ン姉さんは…」

 

「私もアンタと行くわ、シマズ。もしアンタに危害を加えるようなら、私がこんがり焼いてやるから安心なさい。」

 

優ちぃ優ちぃよぉ

 

「うっさい!とっとと走る!…軍曹、皇女サマは?」

 

「殿下の事なら安心していい。大佐が同行している。」

 

「正直ちょっと不安だけど…今のところ大丈夫そうね。それじゃあ、頼んだわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伍長、あの天幕の前で止まれ」

 

 

 キューベルワーゲンの運転手は言われた通り、親衛隊中佐殿が指定した天幕の前で止まった。

 助手席の将校が降りると、後部座席の機銃手もMP40を手に取って後に続く。

 後続のオートバイやオペル・ブリッツもやがて到着し、武装親衛隊の兵士達を吐き出した。

 

 親衛隊の将校は天幕の前にいるこの野営地の責任者に向かって歩みを進める。

 サブマシンガンを持つ護衛がやや駆け足になるほどの早足でその人物の前へ進み出ると、親衛隊ではお決まりのやり方で敬礼した。

 

 

「ジーク・ハイル!」

 

「………ジーク・ハイル」

 

 

 野営地の責任者の反応は、親衛隊中佐のそれよりも熱意の感じられない物だった。

 まるで、"俺は国防軍であって、総統に忠誠を誓うために入隊したわけじゃない"とでも言いたげだ。

 だが、親衛隊中佐は構わず話を始める。

 野戦憲兵相手にやったように、短刀直入に。

 

 

「本部より命令が降りまして、此方にいる捕虜を確認せよとの事でした。失礼ですが、捕虜収容施設を()()させていただいてもよろしいですか?」

 

「たかが捕虜数人の為に一個小隊送ってよこすほど親衛隊は暇なのかね?」

 

「………ゲーレン大佐、お言葉ですがこれは総統閣下より承った任務です。我々にはアーリア人を劣等人種から守る使命があります。」

 

「総統閣下の御命令が何であれここは国防軍の管轄だ。私の陣地で勝手なマネは許さん。」

 

 

 親衛隊中佐は、この大佐の頭を銃で打ち抜いてやりたい気持ちになった。

 彼自身、好きでこんな部隊にいるわけではない。

 若き日のアルベルト・ミュラーはケルンの大学で化学を学ぶ知的な青年だったのだ。

 だが、国家保安部を率いるラインハルト・ハイドリヒはそういった知識人を軟弱と決めつけて、いわゆる"インテリ肌"を嫌っていた。

 "ヒムラーの頭脳(H H)即ちハイドリヒ(H h)"はそういったインテリ連中を特別行動部隊(アインザッツ・グルッペン)の指揮官にする事で戦争犯罪者に仕立て上げたのだ。

 そうする事で彼らはナチ党と運命を共にするしかなくなり、余計な企てを試みる気を失くさせようとしたのである。

 

 アルベルト・ミュラー中佐は早いところ元の部署に戻りたかった。

 その為にはこの気の進まない仕事を、しかし淡々とこなしていかなければならない。

 著しい業績を挙げれば、その可能性はあることだろう。

 だからこの国防軍の石頭大佐を、総統閣下から与えられた親衛隊員の制服の力でどうにかできないかと考えていた。

 

 

 その時、彼の目に1人の可憐な少女が映る。

 白い華麗な衣装に身を包み、ぬいぐるみか何かを抱いているその少女は、大佐の背後にある天幕から飛び出してきたのだ。

 この泥臭い野営地には不釣り合いなほど高貴な様子の少女は、かなり場違いな存在に見えた。

 

 

「…大佐、彼女は?」

 

「何でもない、我々の協力者だ。」

 

「殿下!殿下!お待ちください!」

 

 

 どうやら、今日はアルベルト・ミュラーにとっては運の良い日のようだ。

 不思議極まりない可憐な少女の背後から、黒縁メガネの男が後を追うように飛び出してくる。

 どう考えてもドイツ軍人の服装ではないし、それはまさしく赤軍の軍服だった。

 

 

「大佐!捕虜を収容していないとは何事ですか!」

 

「彼も我々の協力者だ、貴様には関係ない!」

 

「関係ない?いいえ、大アリです。大佐には随分とスラヴ人の"協力者"が多いようですね。これは"事実確認"をしなければならない。」

 

「ふざけるな!先ほども言ったはずだ!私の陣地で勝手なマネは」

 

「秩序の取れていない野営地は陣地とは言えません!本部もそれを承知で我々をここに寄越したのでしょう!…もし止めると言うのなら、党へ報告します。」

 

「おい、待て」

 

 

 大佐の制止など気にも留めず、アルベルト・ミュラー親衛隊中佐は部下に向かって指示を飛ばし始めた。

 この野営地中を巡って、所謂"劣等人種"を探し出し、そして殺すつもりなのだ。

 親衛隊中佐はゲーレン大佐とその配下の情報機関が総統に煙たがられている事を知っている。

 だからこそここで存分に粗探しをして大佐の不備を見つけ出せば、この不快な任務から解放される日もグッと近づく事だろう。

 その利点は、国防軍大佐を敵に回すことよりもずっと上回って見えた。

 

 

 

「殿下!何故天幕の外に出たのですか!」

 

「シマ…イヴァン達が危ないと聞きました!私には従者である彼らを守る義務があります!」

 

「ご安心ください、彼らは今安全なところに…」

 

「今あなたと話をしていた男達の事は()()()()()()()()お聞きしました。イヴァン達が危ないということも充分に分かります。せめて、私が近くにいるべきです。」

 

 

 大佐の釈明も聞かず、天幕から飛び出した皇女殿下は走り出す。

 ゲーレンはウラソフを睨んだが、ウラソフはまるで気にも留めていない…ややもすると"計算通り"といった顔さえしている。

 彼自身からするとウラソフが先走って余計な事を言ったとしか思えなかったし、事実その公算は高いことだろう。

 

 こうなっては仕方ない。

 皇女殿下には生きていて貰わねばないという考えは、ゲーレン大佐にとって最優先事項だった。

 

 

「ホフマン!」

 

「何でしょう、大佐」

 

 

 ゲーレンは直属の部下を呼んで、耳元でこっそり話しかける。

 あくまでもウラソフの耳には入らないよう、気を使いながら。

 

 

「いいか、お前に特別な任務を与える」

 

「はぁ」

 

「秘密裏に殿下とその従者達をこの野営地から脱出させろ…あの捕虜も一緒にな。」

 

 

 

 

 

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