レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
ある時、スターリンの息子が父の名を振りかざして大暴れした。
スターリンは激昂し、自身の執務室に息子を呼びつける。
彼は息子に、なぜ自身がここまで激怒しているのかよく言い聞かせた。
「お前はスターリンじゃない。私もまた、スターリンではない。新聞で読むスターリン、ラジオで語られるスターリン。それこそが、本物のスターリンなのだ。」と。
スターリンは身内にも冷酷であったと思われているが、異なる見方もある。
例えば第二次世界大戦中、自身の長男がドイツ軍に囚われたと聞いた時、彼は「あいつは(自分の頭に向けて)銃をまっすぐ撃つこともできなかったのか」と冷酷に言い放ったと言われているが、実際はその後1人で「あいつなら死を選ぶだろう」と悲嘆に暮れていたという説もある。
ドイツ軍の司令官に宛てたメッセージには、息子が他の捕虜と運命を共にするという旨も語られている。
自身の家族だけ特別な扱いをするという事ができなかった。
上記のエピソードから見えてくるのは、彼が施政者としての"スターリン"と、本来の自身である"ジュガシヴィリ"を使い分けていたということだろう。
或いは彼は自分を偽る必要があったのだ。
ロシアという広大な大地、立ち遅れた工業。
これらを社会主義的に解決する為には劇薬を用いる人間が必要だったのかもしれない。
ロシアの工業化と、第二次世界大戦。
2つの困難を克服する為にはどこまでも冷酷な指導者が求められた。
農民をコルホーズに放り込み、労働者に過酷なノルマを課して、兵士に前線で死ぬまで戦わせるために。
だからこそ"ジュガシヴィリ"は"スターリン"としての自分を作り上げたのかもしれない。
NKVDはそんな"スターリン"の手駒として働いた。
スターリンが冷酷な命令を発する立場なら、NKVDはそれを実行する立場だったのだ。
彼らは命令に対して忠実だった。
その冷酷さの対象が、自身の大切な友人や隣人、恋人や恩師、或いは親族であったとしても。
…………………………………
パァンッ!
外で拳銃の射撃音が鳴り、老若男女の怒声や罵声が後を追う。
俺と邪ン姉さんは顔を見合わせて、殿下は顔を硬らせる。
マリアとソフィアはそれぞれ自身の拳銃を俺達に渡すと、スコープ付きのSVT自動小銃を手に取った。
「アンタ達はこれで身を守んな。NKVDのクズどもが来たに違いない。」
実際、外ではNKVDとこの部隊による揉め事が巻き起こっているようだった。
どうやらセルゲイという大尉が射殺されたらしく、兵士達はそのことに激怒している。
よほどセルゲイ大尉は人格者だったのだろう。
部隊がNKVDに反旗を翻すことなど、ないわけではないが殆ど起こらない。
「大尉が殺された…?え?うそ?」
「嘘じゃないよ、ソフィア。あの豚どもはセルゲイ大尉を殺しやがった。この幕舎に踏み込んでくるのも時間の」
「入るぞ」
黒革コートのNKVD少佐がナガン拳銃片手に天幕に押し入ってきた。
両手に大きな自動小銃を抱える2人組と向かい合ってさえ、この少佐は全く恐れを抱いていない。
少佐は天幕のメンツを一通り見渡すと、すぐに皇女殿下に目線を据えた。
そして感情のない目を彼女に向けたまま、素早くナガン拳銃の銃口を向ける。
皇女殿下は凍りついた。
なってこった!
ここに来て彼女のトラウマが再現されてしまった。
ナガン拳銃にNKVD。
ロマノフ家の人間ならもう二度と目にしたくない組み合わせのはずだ。
だが皇女殿下にナガン拳銃を向けたNKVD少佐に、今度はマリアが自動小銃を向ける。
少佐は拳銃の銃口も目線も一切皇女殿下から微動だにさせずに彼女に問いかけた。
「気でも狂ったのか、上等兵?」
「そのようだね。だけど、アタシの気が狂っていようがいまいが、殿下に手を出させるわけにはいかないんだ。」
「よく考えることだ上等兵。そこのガキ1人でロマノフ朝の再興が叶うとでも思うのか?」
「
ズドンッ!
マリア・チュルキン上等兵は、驚いたことに愛用の自動小銃でNKVD少佐の頭を撃ち抜いた。
「ちょっ!?正気かい、マリア!?」
「ああ、正気だよ、ソフィア!大尉の仇を取ってやったのさ!!」
NKVD少佐"だったもの"が倒れるか倒れないかくらいの時に、天幕の外の彼方此方から銃声が響き渡ってきた。
拳銃、小銃、短機関銃。
こちらの天幕にも銃弾が飛んできて、燻んだオリーブドラブの布地に穴を穿つ。
どうやらブチ切れた部隊側とNKVD側で銃撃戦が始まってしまったらしく、外は想像するまでもなく大混乱だった。
「ハハッ!こりゃ良いね。覚悟しときなソフィア。コレが終わったらアタシ達全員、良くて懲罰部隊行きさね!」
「あ〜あ、もうまったく…そんじゃ、後悔のないように暴れときますか。アンタ達、NKVDの豚共でもこの混乱は制御できないはずよ。今のうちに脱出を!」
狙撃兵2人がそう言ってどこかへ走り去っていく。
俺は皇女殿下に、ここから脱出しよう的なサムシングを言おうとした。
だが、彼女の様子を見て言葉を失う。
ロシア帝国最後の皇帝の末娘は、ただその場に立ち尽くして身体を小刻みに振るわせていた。
間違いなく、過去の経験がフラッシュバックして動けないでいるのだ。
どうすれば良いだろう?
考える前に身体が動いた。
今までカノジョなんて物一度もできたことないくせに、この行動を取れたのは驚きに値する。
俺は自然と殿下のお手を握っていたのだ。
「………!?」
殿下がビクッと反応して、美しい空色の瞳をこちらに向ける。
俺は殿下のお顔から目を離さずにこう言った。
「殿下、私めはここにおります!殿下のお側におります!ロマノフ家に仕えるものとして、決して離れたりは致しません!」
「………シマズ…さん?」
「はい、そうです!殿下の忠実なる配下のシマズでございます!…殿下、残念ながら急いでこの場から離脱せねばなりません。ここから脱出して、我々が帰るべき場所に帰るのです。よろしいですね?」
「…ええ…ええ!そう!帰りましょう、帰らなければ…シマズさん、先導をお願いします!」
良かった、いつもの殿下が戻ってきた。
俺は殿下のお手を握ったまま、天幕の出口へと向かう。
そのまま外へ出ようとしたが、今度は邪ン姉さんに遮られた。
彼女は俺の耳元でボソッと
「上出来よ、シマズ」
と言いながら、俺と殿下より先んじて天幕の外に出る。
「私が先導するわ、シマズ!下着みたいにしっかりと付いてきなさい!」
例えがアレ過ぎるのだが、今の邪ン姉さんは本当に頼もしい。
天幕の外では本当にNKVDと一般部隊が撃ち合っていて、ソ連軍の陣地は戦場と化している。
銃弾が飛び交う中邪ン姉さんが先導してくれるおかげで、俺は殿下のお手を引っ張りながらどうにか前進することができた。
「あっ!いたっ!やっと見つけた!邪ンヌちゃん!」
「先輩ッ!1人で前に出ないで下さいッ!」
しばらく進むと、聞き覚えのある声が聞こえて来る。
その方向を見ると、我々カルデアのスタッフの間ではしょっちゅう備品を壊しまくることで有名なマスターと、ナスビと言われたら最後ナスビにしか見えなくなるマシュ・キリエライトがこちらに向かってくるのが分かった。
「邪ンヌちゃん無事で良かった…アナスタシアちゃんも用務員のおじさんも!」
「誰が用務員や!」
「マスターちゃん、ドクターに連絡して強制帰還を!」
「りょーかいっ!ちょっと待ってて!」
我々は無事にマスターと合流する。
あ、言い直そう。
無事にマスター達と合流する直前、俺の左脚に激痛が走った。
「うわあああああッ!?クソッ!?やられた、やられたあああ!?」
「シマズさん!?」
俺はその場に転がって左脚を押さえる。
ヌルっとした液体が手のひらに伝わる感触がして、それを見ると真っ赤な血の色で染まっているのが確認できた。
相変わらず痛みは鋭いし、左脚の感覚がない。
「シマズ、どうしたの!?」
「ひ、左脚ガッ!…クソッ!手榴弾でやられた!左脚がなくなった!」
「………どう見てもかすり傷よ、それ!ほら、肩貸してあげるから立ちなさい!シャンとする!」
邪ン姉さんが肩を貸してくれたおかげで俺はどうにか立ち上がりマスターの方向へ向かう。
どうやら俺の傷は流れ弾がかすっただけのようだった。
かするだけでもこんなに痛いのね。
しかしまたしてもマスターに合流する直前に問題が起こる。
NKVDの歩兵2人が短機関銃を持って俺と邪ン姉さん、それに殿下の前に滑り込んできたのだ。
恐らく俺が当たった流れ弾はこの2人のうちのどちらかが放ったものだろう。
2人はこちらに銃口を向けながらも、すぐにその顔を殿下の方に向けた。
恐らく優先命令として殿下が指定されていたのだ。
彼らは素早く銃口を皇女殿下に向けなおして引き金に指を掛ける。
俺はこんなザマだし、邪ン姉さんも俺のせいで初動が遅れる。
マスターとマシュはまだ少し距離があるし、殿下は再び凍りついてしまった。
実際サーヴァントに銃弾が効果的とは思えないが…
その時、2発の銃声が飛んできて、同時に2人のNKVDが地面に倒れ込む。
銃声の方からは1人の兵卒がやってきた。
それはTT33自動拳銃を持ったセドネフで、彼は素早く皇女殿下の元へ向かうと、俺がやったのよりよほど効果的に彼女をエスコートする。
「セドネフ…!」
「殿下、早く行ってください!他のNKVDもこちらに向かっています!」
邪ン姉さんの肩を借りながらも、俺は再びギムナスチョルカ姿の殿下のお手を引っ張りながらマスターの元へ向かう。
マスターはすでに強制帰還の準備を終えていて、後は我々を待っている状態だった。
「ドクター!用務員のおじさんも回収したよ!強制帰還を!」
「だから誰が用務員や!」
『ああ、良かった…って良くない!怪我してるじゃないか!?』
「ただのかすり傷よ。でも出血はしてるから早く処置した方がいいわ。」
『ジャンヌ・オルタにアナスタシアも確認…よし、それじゃあ強制帰還だ!
どういう仕組みかはすっかりわからないが、我々の身体は淡い光に包まれていく。
目の前の光景が霞んでいくころ、それまで押し黙っていた殿下が、こちらに背を向けているセドネフに声を掛けた。
「セドネフ!教えてください!…何故あなた達はここまで…!」
セドネフはため息を一つ吐いて、肩越しに振り返る。
その顔は、なにかを達成して安堵したかのような表情を浮かべていた。
「"希望"です、殿下。あなたは我々の希望なんです。」
そう言った彼の顔が、どこからか飛んできた銃弾によって血に染まる。
彼の死を目撃した殿下の悲鳴がこだまして、彼の亡骸がドサッと崩れ落ちた時、我々は1942年の東部前線から姿を消した。