レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
『訓練状況!武装集団が食堂を襲撃!敵の目標はマスターの殺害或いは拉致と考えられる!敵の勢力・装備共に不明!マスターは現在C区画を逃走中!』
本日は月に一度のカルデア警備訓練日。
カッターシャツとベレー帽を着用してP90サブマシンガンを手にしたカルデア保安部の要員達と、ケブラーヘルメットと防弾チョッキに身を包みSCARアサルトライフルを抱えるカルデア警護要員達が施設の中を駆け巡っていた。
マスターの逃走を手助けできるように誰も彼もが配置につき、小銃やサブマシンガンに弾丸を装填する。
この弾丸はカルデアと大手銃器メーカーによって共同開発された品で、相手が例えサーヴァントでも一時的に行動不能にすることが可能だ。
予め定められた通りの初期配置が完了した後、ダヴィンチちゃんが新しい情報を放送した。
『現在マスターを追跡中の敵は2名!マスターはC区画からD区画に逃走中!』
配置についた要員達の内、D区画にいた要員達の方にマスターが走ってきた。
彼女にとってはフィジカル的に辛すぎるものがあろう。
既に息は上がっているし、走る速度はみるみる落ちている。
彼女が無事に修羅場を抜けるためには誰かが時間を稼がねばならず、それを稼ぐのが要員達の使命だった。
「藤丸さん、こちらへ行ってください!」
女性の保安要員が区画の奥の部屋を指差しながらそう言った。
人類最後のマスター、藤丸立香は彼女が走ってくる方角に銃口を向けている要員達の間を通ってその部屋へと向かう。
しかし、彼女が部屋に入るか入らないかくらいのタイミングで要員の1人が叫んだ。
「
彼らから見て廊下の向こう側に僅かに白い着物の断片が見えた瞬間に、要員達の銃が火を吹いた。
夥しいばかりの銃弾が白い着物を襲ったが、着物の人物はまるで銃撃も意に介さずに向かってくる。
その背後から2発の銃声と閃光が見えたのはその時だった。
巨大なアサルトライフルを構える警護要員2名が眉間に非致死性のゴム弾を喰らって仰向けに倒れる。
着物の人物はその2人の間を縫って接近し、他の要員達に襲い掛かった。
ゴムナイフの先端が、要員達の首や胸をタップしていく。
圧倒的に要員達が優位な状況にも関わらず、着物の人物は次々に彼らを仕留めていった。
最後の1人を"倒した"後、着物の人物はマスターが入った部屋のドアの側に背中を当てて、自身の援護役を待つ。
援護役は素早く彼女に合流して、彼女と同じ体勢を取った。
「いやあ、速い速い!さすが始皇帝に迫った刺客だね!あんまり速いもんだから援護が追い付かないかと思ったよ!」
「要員達の練度が向上している…これでも、以前よりは時間がかかってしまったよ。さて、マスターはこの部屋に逃げ込んだ。さっさと終わらせるとしよう。」
着物の人物…荊軻と、援護役のビリー・ザ・キッドはドアを挟んでお互いにうなずいた。
部屋の表札をみると『電気室』と書いてある。
中々面白い場所を逃走場所に選んだが、"かくれんぼ"なら時間は稼げても暗殺者を退けることにはならない。
"マスターも案外、まだ未熟なのかもしれぬな"、そう思った荊軻がドアを蹴破ろうとした時、なにかを感じ取ったビリーが彼女を押し倒す。
「危ないッ!」
「俺の坊やに挨拶しなッ!!」
ドガァアンッ!!
次の瞬間にはドア自体が吹っ飛び、続いてM16のフルオート射撃が彼女達を襲う。
素早く起き上がった荊軻は再びドアがあった場所の淵から部屋の中を覗こうとしたが、5.56ミリ弾が直近に弾着した為に顔を引っ込めざるを得なかった。
部屋の中にいる人物はグレネードランチャー付きのM16を持ち、怒鳴り散らしている。
「俺はT・モンタナ!!お前ら俺を裏切りやがったな!!」
帝政ロシア式の軍服に身を包んだ男は、そう言いつつも腰だめ射撃で入り口を撃ち続けている。
どこからか80年代フロリダなBGMまで聴こえてくるし、男の興奮具合からしてコカインでもやってそうだった。
「かかってきやがれ!このクソッタレ共!」
ビリーは盛大にため息を吐きながら、次の手を準備した。
本当は使いたくはなかったが。
しかし、あのキチガイをどうにかするにはこれが一番だ。
彼は訓練用手榴弾を持っていて、そのピンを引き抜くと3秒待ってからそれを部屋に投げ入れる。
「おうどうした!かかってきぶへあっ!?」
手榴弾が炸裂し、男が部屋のより奥へと吹っ飛ばされた。
荊軻とビリーは素早く部屋に入り、吹っ飛ばされてなお腰の拳銃を引き抜こうとしていた"T・モンタナ"にゴム弾を2発撃ち込む。
ギャングスタもどきが完全に沈黙したのを確認すると、2人はこの部屋に隠れたマスターを探し始めた。
しかし、しばらくして、荊軻がチッと舌打ちをする。
「どうしたんだい、荊軻?」
「してやられた。我々の負けだ。」
ビリーが荊軻の元へ行くと、そこには取り外された換気口のパネルがあって、マスターはそこから逃げたことを意味していた。
換気設備を通れば施設の外へさえ逃げれるし、それを虱潰しにする時間もない。
その時、再びカルデアの放送装置が作動する。
『状況終了!マスターは無事に保護された!』
部屋の外から要員達の歓声が聞こえてきて、荊軻とビリーは顔を見合わせる。
お互い同じ事を考えていたようで、微笑みながら肩を竦めたのだった。
…………………………………
「してやられたよ、ホフマン大尉!まさか通気口だなんて、思ってもなかった!」
「いや、今回の作戦ではダメだ。最低限の目標は達成したが、D区画の要員は全滅したし、不確定要素が多すぎる。全員が生きて帰れるような作戦じゃないと。」
ビリー・ザ・キッドと警備責任者のホフマン大尉がそんな事を話しながら歩いている。
大尉のチームは今回初めてサーヴァントからマスターを守り抜いたわけだが、大尉はそれで良しとする人物ではなかった。
ちなみに彼の祖父はドイツ国防軍の軍曹で、42年にはブリャンスクにいたらしい。
どおりで見覚えのある顔だった。
俺はそんな大尉とビリーの話を小耳に挟みながら、今回使ったM16の手入れをしていた。
こんなガタのきた旧式銃が役に立つのか疑問に思っていたのだが、幾分かの時間が稼げたのだから良しとしよう。
警護要員の1人が風邪で寝込んだせいで人数が足りず、協力を…それも準戦闘要員としての協力を依頼された時は驚いたが、いい経験になったし、何より花を持たせていただいたのは良い記憶になるだろう。
…………アレ、余計な事考えてたせいで分解手順忘れたじゃん。
M16の機関部を持ったまま固まる俺の前に、白い着物の暗殺者が現れた。
言うまでもなく、本日の敵役サーヴァント1号の荊軻さんである。
彼女は微笑みを浮かべながらこちらにやってきて、その素晴らしい笑みを俺に向けたまま押し黙っていた。
アレかな、お褒めのお言葉でもいただくのかな。
そんな事を考えていた俺が甘かった。
こちらが瞬き一つする間に、彼女は短刀を引き抜いて俺の首元に突きつけたのだ。
何が起きたか分からず、俺は最初笑顔でこう言ってしまった。
「こんにちは、荊軻さん」
改めて驚きの表情を浮かべると、彼女はフッと笑ってすぐに短刀を収めた。
「…大尉の言っていることは謙遜でも何でもない。今日のやり方では不十分だ。」
「は、はあ。」
「君はあの時、自分を犠牲にしてマスターを助けた。でも、きっとそれはこれが訓練に過ぎなかったからだ。だろう?」
「………」
「私が君の喉元に刃を突きつけた時、死を覚悟できたか?」
「…いいえ」
「では尚更だ。もしも今日のような襲撃が現実に起きた場合、大尉の作戦は成功しない。」
荊軻さんはそう言いながら、俺がM16の部品をおっ広げているテーブルに腰を下ろして瓢箪を取り出した。
そしてそのままフタをポンッと開けて、中身をグイッと飲み干す。
プハァッ!とやってから再び私に向き直ると、瓢箪をこちらに差し出した。
まだ午後の2時だぜ、荊軻さん。
俺は丁重に彼女のご好意を断った。
「君や大尉のチームの全てが悪いと言ってるわけじゃない。警護要員達の練度は間違いなく向上しているし、君のあの発想には驚かされた。…でも、誤解だけはしないでもらいたかったんだ。君達が"実戦"においても、同じ行動を取れるとは限らない。」
その発言は、きっと彼女自身の経験に基づいたものだろうと俺は思った。
秦の始皇帝暗殺に、あと一歩のところまで迫った刺客。
彼女は友の頼みで始皇帝の暗殺などという大それた事を始めたわけだが、生きて帰れるとは思っていなかった事だろう。
相手はあの始皇帝である。
いや流石に俺だって最初に麒麟みたいなクリーチャ…こほん、独特なサーヴァントを見つけたときにはそれが始皇帝だとは思わなかったが。
彼は中華世界に覇を唱えた最初の人物であり、その独裁体制は他が揺るがす事を許さなかった。
中華世界はその長い歴史の中で内乱と統合を繰り返してきた。
項羽と劉邦、三国志。
チンギス・ハンに国共内戦。
彼らの歴史は正に戦争の歴史であるといっても過言ではないかもしれない。
そんな歴史の中で、天下の統一を志す者にとっては、始皇帝とその帝国は正にバイブルであった事だろう。
荊軻の暗殺計画はその歴史さえ覆す可能性があったのだ。
彼女は周到に準備を進めたが、大きな誤算があった。
暗殺の助手として連れて行く人物には故郷の友人を計画していたのだが、依頼者が彼女を急かした為に別の人物を連れて行くことになる。
その人物は腕の立つ仕事人とされていたのだが、肝心の始皇帝の前へ至った時、彼は震えて何も出来なかったのだ。
「死を覚悟していると言うのは簡単だ。問題はそれを貫き通せるか否か。そして貫き通せる人物はそうそういない。」
「………」
「…と君に言ったところで仕方あるまい。君は協力を要請されてそれに応えただけだ。作戦の損害の責任は大尉にある。」
「うん、まあ。まあまあ。」
「気分を害したなら悪かった。飲んだくれはここらでおいとまするとしよう。」
4000年を誇る中国史を書き換えかねなかった人物はそう言って俺の目の前から去った。
荊軻さんは経験によって、大言壮語を口にする人物が信用ならない事を学んだ。
きっと彼女はその失敗を繰り返してほしくないのだろう。
例えそれが自分自身に対する物であっても。
つまるところ、自分を過剰に信じ過ぎるなというところだろうか。
まさしく、俺はいざ"本番"という時にスカーフェイスの真似事なんてできそうにない。
本当に必要なのは"本番"を見据えた行動であって、派手なスタンドプレーではないのだから。
………そうは言ってもさぁ、俺を選んだのはミスチョイスじゃない?
他にもスタッフいるんだからさ、なんで俺?
戦闘しろって言われてもM16渡されたらスカーフェイスぐらいしか頭に浮かばなかったんだよ!
ちょっと、ホフマン大尉?
…M16の分解もう一度教えてもらってもいいですか?