レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
1918年、ドイツ人はどん底とまではいかないにしろ、その前兆を味わった。
世界大戦は4年間に渡ってドイツ人達に総力戦という過酷な日々を強いたにも関わらず、その結果は無残な物に終わる。
国民は勿論、兵士達の中にも日々戦局の悪化するこの戦争にウンザリしている者は多かったことだろう。
総力戦はまさに国家の生命を燃やすような戦争なのだ。
春季大攻勢が失敗したにも関わらず、ドイツ帝国海軍は講和会議に反対の立場だった。
1918年11月、当時のドイツ海軍司令官ヒッパー提督は最後の望みをかけるべく、まだ戦力を温存していた大洋艦隊に出撃命令を下す。
しかし、現場の水兵達はこの命令に反抗や脱走という形で応えたのだった。
ドイツ海軍から始まった反乱に、労働者達も合流した。
反乱はやがて革命となり、皇帝ヴィルヘルム2世はオランダに亡命せざるを得なくなる。
「古臭った帝政は滅び去った!」…シャイデマンという男がそう宣言した時、名実ともにドイツ帝国は滅亡した。
問題は、帝国が滅び去った後だ。
誰がこの国家の舵取りを行うにふさわしいか。
ロシア革命の影響を受けた共産主義者達は、ドイツでもソビエトを作り上げようとした。
前線から帰ってきた兵士たちの中には、講和を不条理なものと捉えて右傾化する者たちもいた。
結局のところ、左翼と右翼の衝突は到底避けることなどできなかったのだ。
これよりドイツは右派と左派の戦争時代に突入していく。
やがては経済が安定するまで右派も左派もお互いを罵り合い、憎み、殴って衝突したのだ。
その最初期の戦いは、大戦が終わって2ヶ月後にやってきた。
共産主義者達はロシア革命の再来を狙って武力蜂起を起こし、政府や右派の義勇軍と軍事衝突する事になる。
今やドイツは国境の外側ではなく、内側で戦争を始めていたのだった。
この蜂起は、それを起こした団体の名前を冠してこう呼ばれている。
『スパルタクス団蜂起』と………
…………………………………
設計図と向かい合うこと1時間、俺はようやくある事に思い当たって無線機を取る。
呼び掛けた相手は例によってエジソン博士で、彼は今日も今日とて俺の仕事を手伝ってくれていた。
絶望的に人手不足な我々カルデア電力部にとっては有難すぎるお話だし、博士には本当に感謝しても仕切れない。
ともかく、俺は無線機でその大恩人を呼び出した。
「博士、分かりました。…この前、第14ブロックの抵抗器を交換したのを覚えてますか?」
『ああ、シマズ君がレイシフトに巻き込まれた時だね。しかと覚えているが…先ほど点検した時は異常はなかった。』
「抵抗器自体が問題では無いと思います。恥ずかしい話ですが、ずっとこの事を忘れてまして…あの日交換した抵抗器なんですが、随分と劣化してるように見えました。」
『…ほう。』
「検査した時、あの抵抗器は基準値よりも抵抗が大きくなっていました。その状態である一定期間動作していたということは、抵抗値が大きくなった分の損失を補える電圧を送り込んでいたはずです。」
『おそらくは』
「しかし、そこで抵抗器を交換した…抵抗値は基準のソレに戻り、今度は回路に過電圧が流れる…確かあの辺にはヒューズボックスが」
『おおっ、シマズ君!上出来じゃ無いか!』
「さっそくヒューズボックスを見てきます」
『いや、14ブロックなら私の方が近い。ヒューズくらいなら私の方で変えておくよ…君はよくやった、少し休みたまえ』
本当いうと抵抗器変えた時点で電圧の方を見ておくべきだったんだろうが、あの時はレイシフトに巻き込まれてそれどころじゃなくなってしまった。
エジソン博士には申し訳ないし、とてもありがたいが、俺は1時間考え事をしてたおかげですっかりと疲れてしまっている。
正直誰でも思い当たりそうな事に時間をかけ過ぎなのだが、ここはお言葉に甘える事にした。
前途のように疲れたし、そして他に理由もある。
コンコンッ
「シマズさん?」
「シマズ〜?お茶の時間よ〜?」
電気室のドアがノックされ、皇女殿下と邪ン姉さんが入ってくる。
時計を見ると午後3時。
メンタルケア的なアレと相まって、殿下と姉さんはこの時間に俺とお茶をするという習慣を提案してくれた。
おかげで前みたいにひどく疲れるなんてことはなくなってきたし、この時間は格別の癒しを与えてくれる。
「おお、殿下、姉さん、ありがとうございます。」
「最近どう?根気を詰め過ぎてないかしら?」
「邪ン姉さん優し過ぎませんか?」
「やさっ…ちょっ…ア、アレよ。アンタが交流の爺さんみたくならないか、ちょっとばかし心配だっただけよ。」
「良い働きには良い休憩を。今日はシュークリームを持ってきました。」
「ありがたやありがたや。それじゃ、俺はお茶の準備を。」
いつも通りティーセットに向かって3人分の紅茶を用意する。
ブランド物の良い香りが部屋を満たす間にも、邪ン姉さんがテーブルとチェアをセッティングしてくれた。
俺はそのテーブルの上に紅茶を置いていき、殿下はシュークリームを配食する。
そうして、1日のなかでも格別な時間が始まるのだ。
「……うふふふっ♪…それでね、その時のお父様ったら」
コンコンッ
他愛もないお喋りをしながら殿下のシュークリームを楽しんでいた時、電気室のドアが再びノックされる。
言うまでもなく、俺と殿下、それに邪ン姉さんは顔を見合わせた。
「……ああ、エジソンが戻ってきたんじゃないの、シマズ?」
「いえ、彼ならノックの後すぐに入室するはずです。」
「この時間に訪問される方に、思い当たる方はいらっしゃいますか?」
「まったくもってありません。…やはりエジソン博士でしょうか。何か重い物を運んできたのかもしれない…殿下、立席をお許しください。」
「構わないわ、シマズさん。」
殿下の許可を得てから、俺は席を立ってドアへと向かう。
アレかな、やっぱりヒューズボックスが問題だったんじゃなくてより大きいナニカが壊れてたりしたのかな。
そんな不安と共にドアを開けた時、俺はとんでもない物に出会した。
「叛逆(こんにちは)」
「………」
ドアの向こうには2人のサーヴァントがいた。
1人はにこやかな笑みを画面に浮かべ、長髪のカツラを被ってスーツを着用、3年J組ハサパチ先生と化した呪腕のハサン。
もう1人は筋骨隆々の肉体をピッチピチのスーツに包み、朗らかな顔をこちらに向けている暑苦しい叛逆者・スパルタクスだ。
「何の用ですか?」
「初めてお目にかかりますな、電気技術師殿。私は呪腕のハサンと呼ばれている者です。このたびは突然の訪問をご容赦いただきたい。」
「この度我々は新しい組織を立ち上げた!どうか電気技術師殿にもご参加願いたい!」
俺は恐る恐る後方の皇女殿下のご様子を伺う。
頬をぷっくりと膨らませ、ご機嫌斜めなご様子を繰り広げていらっしゃるのは大変可愛らしいのだが。
しかしその理由を考えるとあまり萌えてもいられない。
殿下が不機嫌な理由は恐らく二つ。
一つ目はお茶会を邪魔されたから、これは単純。
もう一つも単純だが、こちらは少々厄介だ。
スパルタクスは筋金入りの叛逆者。
そんな人物が現れては、叛逆者にご家族を殺された殿下がご機嫌を損ねるのも無理はない。
そもそもスパルタクスが殿下を見て圧政者判定しないかというところから心配だ。
「おお…臆することはない、電気技術師殿。かの御婦人は叛逆者によって倒された。よって彼女は圧政者とは言えぬ。既に倒されておるゆえ。」
そんな事言う方がよっぽどアレだわ。
しかし、バーサーカーには珍しくもスパルタクスが耳元でこっそり話すという気の利かせ方をしたため、どうやら殿下は彼の発言は聞こえなかった様子。
そこで俺はわざと大きな声でこう言った。
「勿論!殿下が圧政者なわけはありません!頭脳明晰、才色兼備!殿下であればもしご即位なさっても圧倒者などとは程遠い存在だったでしょう!」
殿下のお顔がパァッと明るくなる。
今度はスパルタクスがニィッと笑いかけたので、俺は彼にこっそりこう言った。
「もっとも、ロマノフ家ではパーヴェル帝以降女性は皇帝に即位できませんが。」
スパルタクスも殿下も衝突する心配は無くなったので、俺はとりあえずスパルタクスとハサパチ先生をお部屋の中に招き入れる。
2人分のペーパーカップを用意し、お紅茶を淹れ、砂糖とマドラーを添えて差し出すと、2人ともソレをズズッとやってこう言った。
「結構なお手前で」
いや、それ違うやつだから。
それにしてもスパルタクスがここまで落ち着いているとは…普段のイメージだと「アッセイ↑」とか言って暴れてる感じがしたんだが。
ともかく、バーサーカー筋肉ダルマが落ち着いている内は話を聞いても損は無いと思う。
いざとなれば我らがカァチャン邪ン姉さんがいるし。
「それで…その…組織というのは、どういった物ですか?いきなり参加しろと言われても」
「もっともである!他人の意思も考えずに強制参加なぞ圧倒者の所業!」
前言撤回、全然落ち着いてねえや。
「我々がこの度立ち上げたのは、全カルデアの民のための組合だ!名付けて『カルデア職員共済組合』ッ!!」
…なんだかなぁ。
スパルタクスに共済組合って言われても反乱軍っぽくて仕方ないんだよなぁ。
そもそも打倒圧倒者しか頭になさそうなスパルタクスさんが組合作ったとして到底マトモとは思えない。
偏見9割で申し訳ないんだけど…まぁいいや。
偏見だけで物を語るのはよろしくなかろう。
話だけでも聞くとしますか。
30分後
「以上が、我々『カルデア職員共済組合』の概要である!」
参加してええええええええ。
思った以上っつーか、想像を遥かに超えてマトモだったわ。
え、何この組合。
めっさCOOLじゃん。
簡単に言うと、スパルタクスプレゼンツのこの組合は「皆が少しずつ力を出して組合員を助ける」ための純粋な共済組合だ。
例えば、我が電力部である部品が足りなくなったとする。
電力部として補充申請を挙げても、そういった物事を掌握しているダヴィンチちゃんやDr.ロマニは普段から忙しくて対応が遅れる事がままあった。
ましてや外部からの納品がなく、調達方法がレイシフトしかないとなると、在庫切れは死活問題だ。
そこで、俺がこの話を組合に持っていくとする。
組合はまず、組合員達に同種の部品に余剰がないか確認してくれるのだ。
組合の参加者は他の部署にも大勢いるらしく、即ち横方向への情報共有が速やかに成される。
よってダヴィンチちゃんに申請を挙げるよりも早く調達できる可能性があるのだ。
更には、この組合にはサーヴァントの参加者もいる。
組合員のサーヴァントがレイシフトに向かう際、組合は他の組合員達の希望を取り纏めてそのサーヴァントに調達を依頼するのだ。
それまでダヴィンチちゃんによって退けられた要望でも、組合に依頼すれば、よほど馬鹿げたモノでない限りは調達できるようになる。
必要な調達資金をダヴィンチちゃんに申請する事はできないが、それは組合が集金する会費によって賄われるのだ。
これが意味するところは、元来必需品に絞って行われていたレイシフト調達において、娯楽品や嗜好品を調達できるようになるチャンスが生まれるということ。
勿論、組合は組合なりの審査を行なって調達の可否を決めるが、娯楽品・嗜好品の基準は甘く設定されているのだ。
ゲーム機のように多少値の張る代物でも組合員全員で金を出し合えばそんなに高額にはならないし、タバコやアルコールもまたしかり。
調達品は組合の管理品とはなるのだが、組合に加入していれば誰だって使う事ができるのだ。
魅力的。
実に魅力的。
圧政者打倒筋肉ダルマバーサーカーが考えたとは到底思えないほど魅力的。
9割方参加を決めていた俺に、邪ン姉さんと殿下が後押しをしてくれた。
「いい組合じゃない、シマズ。参加しなさいよ。私も参加するわ。」
「私も参加します。この組合の考えは、高貴なる者の務めのそれと類似しますから。」
「…姉さん…殿下……ハサパチ先生、俺も参加します!」
「呪腕のハサン、ですぞ技術師殿。では、こちらの参加希望書にご署名を。」
我々3名が署名すると、スパルタクスはガタッと立ち上がり、両腕を広げた。
そしてそのまま俺を抱擁する。
「我が同志よ!同胞よ!これより民の為に共に邁進せんんんんッ!!!」
「ぐへえええ潰れる潰れる潰れる」
「おおっ、これは失礼!」
どうにかハンバーグにはならずに済んだ。
スパルタクスが今比較的"マトモ"なのは恐らくこの組合の設立と運営に熱中しているからだろう。
何せ発案したのはスパルタクスであり、ハサパチ先生に支援を依頼し、ここまで順調に進んでいる。
叛逆の英雄として有名な彼だが、その叛逆の根本はあくまで"民の為"という善性なのだろう。
しかしながら不思議な点が一つある。
立案から設計、運営までその中心的な立ち位置にいるのはスパルタクスなのだが、彼は組合の代表に自らを据えなかった。
組合の代表はハサパチ先生が務めているのだ。
ハサパチ先生の言うには、スパルタクスの方から頼まれて代表を務める事にしたらしい。
「………少し、不思議ですね。どうせなら代表になられても良かったのでは?」
席に座って紅茶を啜るスパルタクスに、雑談がてらそう尋ねる。
彼は微笑みを浮かべながら口を開いた。
「
とはいえ、スパルタクスは古代ローマにおいて奴隷の反乱軍を取り纏めた張本人である。
三度起きた奴隷戦争の内、最も大規模な叛逆の首謀者がスパルタクスであり、彼は反乱軍を指揮してローマの軍勢を何度も返り討ちにした。
それもローマの指揮官が怒りのあまり彼の死体を晒すレベルで、である。
「それとこれとは別じゃないの?…アンタ、反乱を指揮してたんでしょ?なら組合の代表を勤めても問題ないと思うけど。」
「叛逆と治世は勝手が異なるのだ。私は叛逆者としては"一流"だったかもしれぬ。だが…時折少し悩む事がある。もし反乱軍が一定の領域支配の継続に成功していれば…スパルタクスの治世はどのようなモノであっただろうか、と。」
ほうほう、これは確かに興味深い。
スパルタクスの反乱軍は規律が行き届いており、彼は反乱軍に無用な略奪を禁じ、食糧や金品を平等に分配、その独占を禁じたとされている。
しかし、反乱軍はあくまで街を統治したわけではなく略奪したのだ。
いくら平等に分配されたとはいえ、それは略奪したものであり、自らで生産したものではない。
生産された物を奪うのと、物を生産するのとでは確かに別次元のものである。
「…民は自由であるべきであり、人としての尊厳は決して貶されて良い物ではない。しかし…その両立は果たして可能であろうか。誰しも平等というのは理想だが…私は叛逆の果てに、はたしてそれを為し得たであろうか。」
思い悩むスパルタクスを見て、俺はある集団を思い出した。
第一次大戦後にスパルタクス団を名乗った連中のことである。
かの蜂起を起こしたドイツの共産主義者達はロシアのソビエト政府を理想として戦った。
しかし、そのソビエト政府の実態はどうであったか。
結局のところ、決して平等とはいえないのではなかろうか。
プロレタリアートの為に始まった革命は、やがてプロレタリアート独裁と呼ばれる独裁政治を招いた。
多くの人々が尊厳を奪われて、平等の名の下に自由を抑圧されたのだ。
他方、共産党の党幹部達は贅沢な暮らしを送っていたのである。
スターリンは独ソ戦の最中でもキャビアを取り寄せていたし、ブレジネフは自らの制服を勲章で彩り、ホーネッカーは西側の高級車を買い漁っていた。
誰しも平等とは口で唱えながらも、自分だけは特別と言わんばかり。
ムッソリーニは共産主義革命を、民衆のための運動というよりは"エリート層の交代"と認識していたようだが、そちらの方がよほど的を得ているように思える。
良き指揮官が良き政治家となるとは限らない。
スパルタクスは叛逆者として倒れたが、はたして彼は良き政治家となり得たであろうか?
彼はその事に悩んでいるのだろう。
「…実を言うと、この組織を立ち上げたのは私自身のためでもあるのだ。我が身や我が同胞が流した血の果てに、いつか民の笑顔を見る事を夢見ていた…そう、
お気持ちは分からんでもない気はするけどさ。
どうしたのスパルタクスさん。
ガラじゃないよ。
いつも通り叛逆叛逆言ってよ。
何か悪いモノでも食べたの?
「ゆえに、私はこの組合の運営を通じて身につけておきたいのだ。民の笑顔を絶やさぬためには、自由を与えるためには、尊厳を保持するためには…叛逆だけでは足りぬ。叛逆の果てまで見つめなくてはならぬ。だからこそ、叛逆の果ての治世を身につけるのだ。」
バーサーカー、スパルタクスは再び意を決したかのように立ち上がり、ドアに向かって歩み出す。
俺はハサパチ先生の側にいき、あの叛逆バーサーカーに何があったのか尋ねた。
「いつからあんな調子なんですか?」
「ナイチンゲール殿のプディングを食べてからです。」
「あー…あの消毒液臭の塊をよくもまぁ…」
「…まぁ、私には彼がそこまで変わったようには思えませぬよ。」
「本当ですか?あんな…何か悟った感じなのに?」
「ええ。第一、この組合も立派な"叛逆"のひと形態ではありませんかな?現体制への叛逆…言葉を変えれば、"改革"と言う名の叛逆です。」
筋骨隆々な叛逆者の背中を見送りながらも、俺はその背中に敬意を表した。
この叛逆者はどこまで行っても、誇り高き叛逆者だった。