レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています   作:ペニーボイス

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サーヴァントのネタバレ注意です(何を今更
あと、キャラ崩壊注意です(何を今更


34 誰も知らないあなたの記憶

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼飯を食う前には、仕事はすっかりと片付いた。

 今日の整備は全く持って迅速に進んだし、何か新しい問題が起こったということもない。

 珍しい程全てが上手くいき、俺は意気揚々と自室に帰らんとしていた。

 

 

 何かが上手くいきすぎている時は、どこかに落とし穴があるものだ。

 

 

 俺の場合、それはスパナだった。

 廊下を歩いているときに、一本のスパナが工具箱から滑り落ちる。

 丁寧に清掃された廊下の上をスパナはスケート選手よろしく滑っていき、遂には少しだけ扉の開かれた暗室へと入っていきやがったのだ。

 

 俺は悪態をついて、ポケットからフラッシュライトを取り出した。

 スパナが滑り込んだ暗室は物置として使われている部屋で、普段は使われていない。

 レフ・ライノールがテロを起こす遥か前から物置だったこの部屋は、"爆心地"の近くでもある。

 電気系統は手のつけられないほどイカれているし、よって部屋に電灯もない。

 故に薄気味悪いのが難点だったが、ありがたいことにそれほど広いわけでもなく、オルガマリー前所長の幽霊が出るなんて噂もなかった。

 

 

 スパナは案外すぐに見つかった。

 物置のドアを開けて、それこそ目の前で俺を待っていた。

 俺はフラッシュライトでスパナを照らし、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、立ち止まった。

 

 

 しばらくそこから動く事も、考える事も出来なかった。

 あの忌々しいスパナの野郎は、暗い物置に転がり込む事で、決して開けてはならないパンドラの箱を開けたのだ。

 

 聞こえてくるのは悲鳴と呻き声。

 周囲に熱源はないのに熱を感じ、嗅覚は存在しない煙を吸い込んで、肺はそれを排除せんと活動する。

 俺がようやく動けたのは咳込み始めて、やがてはそれが酷くなった時だった。

 

 

「ゲホッ、ゲホッゲホッゲホッ」

 

 

 "あの時"も煙は吸わなかったはずだ。

 なのにどうにも生臭い、忌々しい煙の臭いが鼻をつく。

 俺はたまらなくなってその場にしゃがみ込む。

 咳は依然止まらないし、気分も悪い。

 変な汗が額から止めどなく溢れてくるし、目はおかしくなって幻覚を見せている。

 

 

 そう、"あの時"の幻覚だ。

 撒き散らされた肉片に臓物、崩れ落ちるコンクリート…それに身体を潰された、あの…

 

 

 

「シマズ?」

 

 

 ハッと我に返って、俺は額の汗を袖口で拭う。

 スパナを拾って工具箱に放り込むと、ようやく立ち上がって回れ右をした。

 先ほど最悪より下のレベルで悪かった気分は嘘のように晴れ渡っていたが、しかし目の前の相手を見て再び気分を害した。

 

 

 

「フランスツンデレ魔女かと思った?残念、アラフィフの紳士でしたー!」

 

 

 目の前にいたのは、かのモリアーティ教授(新宿のアーチャー)である。

 茶目っ気タップリではあるが、嫌な事を思い出したときに会いたい相手ではない。

 こういう人物とはあまり関わらない方が良いとも言える。

 犯罪界のナポレオンなどという渾名を頂戴している人物ならまさしくそうだろう。

 

 

 

「何か御用ですか?」

 

「つれないネェ、少しくらい合わせてくれても良いだろう?」

 

「…申し訳ありませんが、自室に戻らねばなりません。殿下とお約束がありまして。」

 

 

 俺はアラフィフ犯罪オジサンを横切って自室へと向かう。

 正直言ってモリアーティ教授とやり取りをしている場合ではない。

 閉じたはずの箱が開いてしまったのだ。

 閉じるのにはとても苦労したし、頑丈な南京錠までかけたのに、その箱と鍵はとても…あまりにも脆く崩れ去ってしまった。

 

 箱を元通りにするには?

 開いてしまった記憶を再び閉じ込めて、より頑丈な鍵を掛けるにはどうしたら良いだろか?

 

 そんな事を考えながら歩いている時、後ろからアラフィフ犯罪オジサンが俺に話しかける。

 

 

 

「"箱"は簡単に閉じないヨ。君一人で何をやったとしても徒労に終わる。」

 

 

 

 思わずその場に立ち止まり、ゆっくりとアラフィフ紳士の方へ向き直る。

 今考えている事をピッタリと当てられることほど、気味の悪い事はないだろう。

 俺はせいぜい強がって見せようとしたが、言葉の端々から動揺が滲み出ているのが自分でもわかった。

 

 

「は、箱?何の話ですか?」

 

「記憶という箱だよ。…異常な発汗、息切れや咳込み、茫然自失な態度…何か嫌な事を思い出したね?」

 

「………」

 

「その沈黙は肯定と捉えよう。問題はその記憶が何か、だ。」

 

 

 

 モリアーティ教授は、シャーロック・ホームズに匹敵し得る頭脳を持つ数少ない人物の1人だった。

 自身は計画を立て、配下にそれを授けて実行させ、そして目的を果たして利益を得る。

 組織化された犯罪は、もし立件されたとしても教授本人には被害が及ばない事を意味する。

 この形式による犯罪と司法の戦いは、シャーロック・ホームズ以降さまざまな作品で模倣されてきた。

 モリアーティ教授とその犯罪組織は、そういう意味でまさにモデルケースとも言える。

 

 現代にも通じる犯罪組織を運用していたモリアーティ教授からすると、俺の考えを読むことなど造作もない事なのかもしれない。

 彼は何かの裏付けを取ったが如く、飄々と話し続けた。

 

 

 

「おお、そうか!"あの時"だね?君は"あの時"、偶然にも生き延びた。いやもしかすると必然だったのかもしれないな。…タバコを吸いに行ったんだ。君は"あの時"、自分の同僚や上司たちにウンザリしていたんだろう。そうでなければ、あのタイミングでタバコを吸いになんて行かないさ。」

 

「何が目的だ?」

 

「態度を荒げるのはよくない。相手に図星だと宣言するようなモノさ。…さて、そんな君は上司や同僚と違って生き延びる事ができたわけだが…問題はその後何をしたのか、だよ。君が必死に閉じようとしているのはその時の記憶だ。"忌々しい"、"済んだことだ"、"また蓋を閉じて忘れされば良い"…一度目は上手くやったようだね。でも二度目がやってきた。」

 

「………」

 

「嗚呼、これは困った!一度目のやり方では上手くいくまい!新しいやり方を探さないと!だがしかし!自己に犠牲をもたらさず、忌まわしいあの記憶を閉じる事が果たしてできようか!否、できるわけがない!」

 

「言わせておけばっ…!」

 

 

 怒り心頭になった俺はホルスターから42年ブリャンスクの"お土産"を引き抜いた。

 ナガン拳銃をアラフィフ紳士に向けると、見せつけるようにハンマーを起こす。

 照準を紳士の頭蓋に向けたが、紳士は狼狽えるどころかニヤリと笑ってこちらへ歩み寄ってきた。

 

 

「おほほほっ!これはこれは。窮すれば鈍するとは正しくこのための言葉だネ!…まあ、安心したまえ、その拳銃から弾は出ない。」

 

 

 アラフィフ紳士は余裕タップリの表情で、握った拳をわざとらしく掲げて見せる。

 拳がゆっくりと開かれると、そこからは7発の7.62ミリ弾がポロポロと落ちていく。

 驚きのあまりナガン拳銃のシリンダーを確認すると、そこに弾丸の姿はない。

 

 

「クソぉ!一体何が目的だ!だいたいっ…何で、どうして"あの時"の事を知ってるんだ!?」

 

「何のことはない。監視カメラの映像は誰でも見る事ができるからね。でも私が見れたのは途中までだった。だから教えてほしい…君は"あの時"どうしたんだい?」

 

「………」

 

「そうか!なるほど!()()()()()()()()()()?…ああ、これは何ということか!何と()()()()()なことか!」

 

「し、仕方がないんだ!どうしようもなかった!あんな、あんな事になるなら、最初からくたばってくれてれば良かっ………」

 

 

 とんでもない事を口走り、思わず口をつぐむ。

 アラフィフ紳士は先ほどまでとは打って変わって、真剣な表情を浮かべていた。

 

 

「…今のを、フロイト的失言と呼ぶ。深層心理で思っていた事が、つい口を滑らせて出てしまう。…きっと君は言うだろう。"そんな事はない"と。だが、心のどこかではそう思っているんだよ。"くたばってくれてればよかった"、と。」

 

「……本当に、何が目的なんです?」

 

「うん…そうだね。……フランの動力は電気だ。彼女の活動を維持するためには良質な電気供給が必須となる。…つまりはねえ、君に死なれると困るのだよ。」

 

「…………はい?」

 

 

 

 話がとんでもない方向に飛んでいった気がする。

 そもそも、モリアーティ教授?

 なんか急に父親面になるのはやめてもらえませんか?

 人の心操るマン全開だったのに、急にしおらしくなられて…一体全体何があったと言うのです?

 

 いやいや、人の事心配してる場合じゃない。

 かのモリアーティ教授から、直々に『死ぬ』と言われたのだ。

『殺す』でも『死ぬかも』でもなく、『死ぬ』と言われた。

 言われたからには、その理由を知っておくべきだろう。

 

 

「俺が…死ぬ?…なんで?」

 

「最近、ロマノフ家の殿下に付きっきりじゃないかね?」

 

「………」

 

「理想化と呼ばれる、一種の防衛機制だ。君は皇女殿下と"あの娘"を重ね合わせている。」

 

「馬鹿な!」

 

「本当にそう思っているのかもしれないが、深層心理にはその想いがあるはずだ。でなければ、42年の激戦地にレイシフトした時に皇女殿下の精神状態など心配できないからね。…あのレイシフトの後、看護婦(ナイチンゲール)のカウンセリングには一度も顔を出していないんじゃないかな?」

 

「………」

 

「君の心配事は分からないでもない。"あの時"の事は記憶の箱にしまっておいた…ナイチンゲールなら、そんな箱を放って置くはずもないだろう。嫌な事を思い出すくらいなら墓場まで持っていった方が楽だ。だがね、君。そんな事では、いつか限界を迎える。深層心理の奥底にある箱は知らない間に君を蝕み、いつの日にかピストルの銃口を自分の頭に向けるようになるんだよ。」

 

 

 アラフィフ紳士はそう言って一枚の紙を俺に差し出す。

『カルデア医務室:カウンセリング予約』

 ご丁寧に今日の13時から予約が入ってるし、まるですべての業務が午前中に終わる事を見越したような………いや!もしかして!

 

 

「ま、まさか…今日、何もかも上手くいってたのは…」

 

「…計画犯罪というのは準備で8割が決まるものだ。私が何の打算もなく君に接触すると思うかね?」

 

 

 仕組まれてた!?

 今日の午前中に仕事が終わったことから、そこの物置にスパナを落とすところまで!?

 

 

「とにかく、カウンセリングを受けたまえ。ナイチンゲールなら上手くやってくれるはずだ。…箱の中身をどこまで話すか、或いは話さないのかは君の自由だが…君は一度心と頭をクリーニングする必要がある。」

 

「………」

 

「それでは…しがないアラフィフ紳士はここらで消え去るとしよう。くれぐれも、健全でいてくれたまえ。それがフランの為にもなる。」

 

 

 紙から顔を上げたときには、アラフィフ紳士の姿はそこにはなかった。

 狐に包まれたような気分になりながらも、俺はカウンセリングを受ける事にした…受けなければあのアラフィフ紳士に何を仕掛けられてもおかしくはないし、それに。

 "あの時"の事をぶち撒けるなら今しかないように思える。

 どうかそれだけの勇気が得られますように。

 そう思いながら、俺は自室へ急ぐ。

 昼飯を食べて、カウンセリングを受けるまで40分しかない。

 




モリアーティ教授のキャラ崩壊がやばたにえん……
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