レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
半年前
「…今日は48名のマスター候補がここで試験を受ける。あくまでも安全を最優先し、候補者達に万全の態勢で試験に……シマズ!聞いてるのか!?」
「すいません、主任。その…えっと…あの…」
「ハァァァ…タバコか?少しはあの爺さんを見習え!日本人は皆勤勉だと聞いていたが、それはお前を除いた話らしいな!もういい!失せろ!」
イタリア人の電力部技術主任からすると俺は日本人っぽくないらしいが、主任は誠にイタリア人らしかった。
すぐ頭に血が上り易いし、ピザをピッツァと言わなければ気が済まない程度にプライドを持ったピザ職人みたいな気質を持ち合わせている。
俺にとっちゃどっちも無縁な話だし、これからそんなふうになろうとも思わない。
48人のマスター候補が何だって?
知ったこっちゃないさ。
俺の口座にちゃんと金が入る内はやる事はやる。
それだけの話だ。
変に力んだり、努力する必要もない。
俺達ゃ組織の歯車であって、求められているのはマクド●ルドのハンバーガーなのに、あの主任は完璧なコンソメを出そうとしてやがるのだ。
毎日澄んだ琥珀色のスープを出せればそれ以上の事はないが、その品質は日々疲労によって劣化する。
いつの日にかうたた寝をしながらスープを作るようになり、やがてはとんでもない失態をやらかす事だろう。
異物を混入させたスープなんて出そうのもなら…
そう思うものの、俺自身には何のイニシアチブもない。
あの主任の言うようにやる他ないが、息抜きぐらいはさせてもらう事にしよう。
あの下りの話はもう14回目だ。
耳にタコができて、そいつでマリネを拵えれるほどには何度も聞いた。
そんな事を考えながら、俺は喫煙室に入ってタバコを取り出す。
この日は中々タバコに火がつかず、それが余計に苛立ったのを覚えている。
ようやっとタバコに火がついて、一口目を吸ったその時だった。
最初に来たのは衝撃だ。
ズゥゥゥンという低い大きな音がして、次に施設全体が揺れた。
非常ベルがけたたましく鳴って、煙がやってくる。
しばらく動くことが出来なかった。
迫りくる煙を見ながらも、タオルで口元を押さえただけでも及第点として欲しい。
状況を把握しようと動き出したのは随分後の事で、俺は喫煙室から出て、煙がやってきた方へと歩き出す。
何でこった、グチャグチャだ。
その時電気室で見た光景を、俺はきっと忘れることが出来ないだろう。
コンクリートの断片や重い機材が倒れ、天井には大穴が開いて、可哀想な犠牲者の肉片がそこから垂れ下がっている。
思わず床に吐瀉物をぶちまけるほどには、凄惨な光景だった。
朝食べたクロワッサンを床にぶちまけた時、俺は確かに誰かの呻き声を聞いた。
少女の、あまりにも痛々しい声色の、呻き声を。
俺は腰に差すG30拳銃を引き抜いて、取り付けられているタクティカルライトで声の方向を照らす。
「…………けて…助けて」
その方向にあった物を見て、俺は残りのクロワッサンも床にぶちまけてしまった。
そこにいたのはまだ年若い少女で、残念なことに、身体の大半をコンクリートの瓦礫で潰されている。
おそらくは上階の部屋から瓦礫と共に落ちてきたのだろう。
眼帯を装着している彼女は、片眼の瞳をしっかりとこちらに向けて助けを求めていた。
「…助けて…お願い……」
「………」
「ねえ……お願いだから…」
俺は静かに首を振る。
「無理だ…助からない…その傷じゃ」
「なら……なら………殺して」
眼帯の少女は要求をより悍しいものに変えた。
その理由は理解できる。
タクティカルライトの閃光は彼女の華奢な身体が重々しいコンクリートの下敷きになり、臓物を身体の外側へ押し出している事を意味した。
つまるところ、彼女は今、例えようのない激痛に襲われている。
「いっそ、殺して…楽にして…」
「な、何を言ってるんだ」
「殺して…….殺して!お願い!」
少女のか細い声が狂気にも取れる叫びに変わる。
俺の腕は震えだし、自然と拳銃を少女に向け始めていた。
そのうちに、上階の爆発現場で起こった火災が電気室にまで手を広げ始める。
迫りくる火炎の存在を彼女も認知したようで、願いは懇願へと変わった。
「そう!殺して!一思いに!お願い!」
「だ、ダメだ、ダメだダメだ!」
そうは言いつつも拳銃の照準器は彼女の頭を捉えている。
指はいつのまにかトリガーに掛かっていて、あとはそれを引くだけの状態だ。
俺はそのまま拳銃を向けて………
現在
「………さん!シマズさん!」
ハッと我に帰ると、目の前には英国陸軍の制服を着た婦長がいる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、いえ、はい。ちょっとした事を思い出していただけです。問題ありません。」
「……そうですか。検査結果が出ましたが、あなたのメンタルヘルスには異常は見受けられませんでした。」
「それなら、俺はここで失礼します」
「待ってください、シマズさん。」
「………はい?」
「…何か……私に隠し事をしていませんか?」
瞳孔が開いてしまったのが、自分でも分かる。
婦長は検査結果のペーパーを手に持ったまま俺の顔を見つめていた。
いつも治療治療とけたたましい限りの彼女が、物静かにそう尋ねてくる理由は幾つもあるものではない。
今回の場合その理由とは、彼女が格別に真剣だからだ。
「シマズさん、言ってください。あなたは何か隠していますね?」
「な、何を隠すというんです?」
「…大きな事を…そう、とても大きな事を隠している。私にはそう見えます。」
「なら何故今になって気づくんです?婦長なら、ずっと前に気づいていてもおかしくは」
「なるほど、
しまった。
墓穴を掘ってしまった…それも特大級にデカい墓穴を。
アラフィフ紳士に"あの時"の事を見透かされ、婦長のカウンセリングを受ける事にした時の決心はどこへやら。
いざ婦長を目の前にすると、その勇気は空気を抜いた風船のように萎んでいってしまった。
話せば楽になる、話した方が良いとは分かっていても、何かこう…実際にそのときになると後向きになってしまう。
躊躇しているうちに悪魔が湧いてきて、耳元でこう囁くのだ。
"本当に話していいのか?"
"失望されるのではないのか?"
"また日を跨げばいいんじゃないのか?"
「……シマズさん、隠し事があるのなら…後回しにしてはいけません。特にあなたの隠し事は、放っておけば重症になるような兆候が見られます。」
「………」
「話してください」
「………」
「話してください」
「………」
「話しなさいっ!(ダァンッ)」
婦長が口を割らないヤクザを問い詰める刑事が如く机を叩いて立ち上がる。
俺は心底怯えて、弱々しくこう口にした。
「今は…その…また日を改めて」
「ダメです!なりません!今すぐに話しなさい!…と、一方的に問い詰めても埒があかないことは承知しています。」
立ち上がった婦長は、そのまま俺の胸倉を掴むのではないかという剣幕を抑えて静かにそう言って、今度は制服の上着を脱ぎ始めた。
レッドコートを椅子の背もたれに掛けると、回れ右をして別のテーブルに向かう。
何やらガチャガチャやった後、彼女は再びこちらのテーブルにやってきて、俺の目の前にマグカップを置いた。
おお、どうしたどうした。
次は純情派刑事でもやるのだろうか。
俺の対面に座る彼女もマグカップを持って、それを両手で包んでいる。
「飲みなさい、ハーブティーです。きっと心を穏やかにしてくれます。」
婦長が一口飲んで、俺も一口飲んだ。
温かくて、柔らかな香りを含んだ紅茶を飲むと、彼女の言う通り少しばかり落ち着きを取り戻す。
それは婦長も同じようで、静かに目を閉じて語り始めた。
「………クリミアは激しい戦いでした。少なくとも、19世紀に欧州の英軍が経験した中で最も過酷な戦場だったとも言えるでしょう。」
「………」
「あなたはよくご存知だと思いますが、陸戦において主導権を握るのは砲兵です。無論、現代では技術の進歩によって、その割合は侵食されているのかもしれませんが。しかし、それでも砲兵の重要性は変わらないはずです。歩兵や騎兵の戦闘領域から遥か遠くで放たれる"確実な死"…砲兵は、時に戦争の"鍵"さえ握っていた。」
「クリミアでも、砲兵は"鍵"を握っていたんですね。」
「ええ。勿論、英軍も露軍も共に砲兵を活用しました。バラクラバに於ける"軽騎兵旅団の突撃"も、砲兵陣地を巡る戦いのものです。」
"軽騎兵旅団の突撃"とは、クリミア戦争における英軍の勇猛さを示すものとして逸話とされているものの一つである。
英軍補給路を断たんとするロシア軍砲兵の移動を阻止せよとの命令が下ったのだが、伝令が誤った命令を伝えた為に、英軍軽騎兵旅団がロシア軍砲兵陣地に正面から突撃するという事態となった。
結果として勿論、旅団は大損害を被ったわけだが、この戦いは「無謀なれど勇敢な行為」として評価されている。
「話を戻しましょう。砲兵の砲撃に晒されると、歩兵にはなす術がありません。長時間にわたり、
「歩兵はその場に伏せて、近くに砲弾が着弾しない事を祈るばかり。」
「そう…だから、砲撃に遭った歩兵の中には、当然ストレスに耐えられず精神状態を病む者も現れます。」
「………
「…カルデアには様々な書物があります。これは、その書物のうちの一つです。」
婦長はテーブルの上に一冊の書物を広げて見せた。
書かれていたのは英語の…それも筆記体だったが、幸いな事に、婦長はそれを見せながら内容を読んでくれる。
「これはある戦争における、戦闘ストレスの戦闘能力に対する影響を調査したものです。調査の結果、ストレスの影響は四期に渡ることが確認されました。まず、一期目。」
婦長がグラフの一つを指差し、俺は目でそれを追う。
「部隊が戦闘に慣れるまでの期間です。おおよそ10日程度。この時点ではさほど影響はありません。…次に第二期、この時期では部隊の戦闘力は最大に発揮されます。この状態が1ヶ月、その後に第三期にはいります。」
グラフは第二期で最大値を示し、以降は低下していく。
「第三期では兵士は疲弊していきます。彼らは過敏になり、戦闘に集中出来なくなる。そして第四期、こうなると兵士は戦闘どころではありません。無気力で、茫然自失な状態となる。」
「………」
「シマズさん、実を言うとあなただけ
「
「はい。他の方は、カルデアが爆破された後、何らかの形でストレス障害が露見していました。…交流担当のご老人の発狂は職務上のストレスかと思っていたのですが、実は自室に戻るたびにフラッシュバックを起こしていたことが分かっています。」
「………フラッシュバック?…そうか!爺さんはあのテロの時に忘れ物を取りに行って、自室にいたから」
「他の部署の方にしろ、不眠やフラッシュバックなどの症状に関してご相談を受けています。…でも、シマズさん。
「俺…だけ?」
「そう、あなただけ。…私はこう考えています。あなたはきっと、アナスタシアに依存する事で何かを忘れ去ろうとしている。」
((理想化と呼ばれる、一種の防衛機制だ。君は皇女殿下と"あの娘"を重ね合わせている))
モリアーティ教授の台詞がフラッシュバックする。
アラフィフ教授からも同じ事を言われた。
婦長もそれを感じ取ったようで、書物を閉じて改めて俺に向き直る。
「話してください、シマズさん。あなたが忘れ去ろうとしていた物は、もう隠しようがないのです。今まで通り隠していたとして、もしかすると一次は仕事の能率も上がるかもしれません。でも、いつかは限界を迎えます。そうなってからでは遅いのです。」
彼女の真摯な表情は、俺に向かって訴えかけているかのようだった。
「クリミアでもあなたと同じように嫌な経験を隠そうとしている人達を見ました。当時は知られていませんでしたが、彼らも戦争神経症だったのでしょう。私はあの時、彼らを救えなかった……もう二度と、同じ事を繰り返したくありません。」
婦長の両手がマグカップを離れ、俺の両の手に添えられた。
俺ももう限界だ。
彼女が胸の内を話してくれたからか、話すのに抵抗を感じずに済んでいる。
話すなら、本当に今しかない。
俺はあの忌まわしい記憶について婦長に話した。
当時の電力部に嫌気が差していた事、サボってタバコを吸いに行った事、そして眼帯をしたあの娘の事。
婦長はじっと目を閉じて、すべてを聞き終えるまで手を離さずにいてくれた。
「………もし、答えたくなければ答えなくても構いません。あなたはその時どうしたのですか?彼女を………撃ちましたか?」
全てを話し終わった後、婦長にそう質問される。
その質問は核心をつく物であった。
記憶の底に沈めたパンドラの箱の、一番奥に埋めてあった真実。
それを掘り出させない為の方法は、もはや残されていなかった。
「………撃たなかった…撃てなかったんです!…俺は………俺はあの娘を見殺しにした!」
…………………………………
「そう!殺して!一思いに!お願い!」
ほぼ照準をつけ終わっていたのにも関わらず、俺は銃を持つ手とは反対の手で腕ごとそれを下に下ろした。
眼帯の少女は絶望の表情を浮かべながらじっとこちらを見ている。
「……だ、大丈夫だ、きっと助かる…」
「…いや。…待って、行かないで!私を置いて行かないで!」
火の手はあっという間に旧電気室を包み込みつつあった。
俺は踵を返して外へ向かう。
背後からやってきたのは、怨嗟に近いような少女の悲鳴だった。
…………………………………
「見殺しに!見殺しにしたんです!まだ撃った方がマシでした!…お、俺は、俺は自分を守る為にあの娘を見殺しにしたんです!」
「仕方ありません。人間、自分ではどうにも出来ない事は多々あるはずです!」
「…婦長…どうにかできたはずなんです。…少なくとも、俺が引き金を引いていれば、彼女は生きたまま焼かれることもなかったかもしれません。…クソ…クソ!なんで、なんで俺がこんな目に!いっその事こと、俺が来る前にくたばっていてくれれば、こんな思いせずに済んだのに!」
あまりに身勝手な暴言にも、婦長はじっと聞き耳を立ててくれる。
俺はもはや半泣きで、肩で息をしながら、震える両手でマグカップを抱えていた。
しばらくして俺が落ち着くの待ってから、婦長が静かに口を開く。
「シマズさん…アレはあなたのせいではありません。あなたに何も落ち度はなく、本来であればそのような決断を迫られる事自体、あってはならないのです。」
「………」
「……眼帯の少女と言いましたね?…こちらへ来てください。」
俺は婦長に連れられて医務室を出る。
そのまま廊下を歩き、階段を下って、とある部屋へと足を踏み入れた。
最初は暗くて分からなかったが、婦長が部屋の明かりをつけると、その部屋にいくつものコフィンが並べてあるのが確認できる。
婦長は俺の片手を握り、あるコフィンの前に連れて行く。
そのコフィンに納められている人物の顔を見て、俺は息を呑んだ。
「………彼女は…生きているのですか?」
「はい。重傷を負ってはいますが、このように生存しています。」
「な…そんな…あの状況でどうやって…」
「………あなたは自身の選択を誤ったと思っていた。彼女を見捨て、自身を守ったのだと。…しかし、結果は逆でした。彼女は生き延びてここにいる。あなたが拳銃の引き金を引いていれば、ここにはいません。」
「…………」
「…そのお顔を見るに、少しスッキリしたのでは?…あなたは何も誤っていなかった。もうこれで…記憶を隠して自分に嘘をつく必要はない。」
脚の力が抜けて、俺は両膝立ちになる。
これまでのクソみたいな苦労が徒労に終わったのがバカバカしくもあり、しかし、同時に事の結末を恐れていた事への安堵感もあり…泣いていいのか笑っていいのか分からない状態だ。
ふへっ、ふへっ、と奇妙な言葉か何かを呟きながら涙する俺を、婦長がそっと抱きかかえてくれる。
「…今まで辛かったでしょう。でも、もう安心です。…これからも辛い事があったら、いつでも私のところに来なさい。」
婦長のシャツから無香洗剤の匂いを感じ取りながらも、俺は大英帝国の"威光"に顔を埋めてオイオイと泣いた。
俺は本当の意味で、過去から解放されたのだった。
まあ、アレなんですけどね。
Aチームは結局アレなんですけどね(またガバらせやがったよ)
急にシリアス編投げて申し訳ありません
次話からまたギャグ話に戻ります。
お楽しみいただければ幸いです