レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
蕎麦なんていつぶりに食べた?
…まあ、一年ぶりかな。
でも去年食べた年越し蕎麦は、今年ほどに美味しくはなかった。
それはきっと蕎麦の質というより、蕎麦を食べる環境による。
「あら、アンタまだ起きてたの?…普段ならもう寝てる頃合いじゃない。」
「ええ。でも今日は一年の最後ですし、それに」
「一人で年を越すより、誰かと過ごした方が楽しめます。」
今年の年越し蕎麦は皇女殿下と一緒に食べることになった。
特に示し合わせたわけでもないのだが、俺が食堂にエミヤさんの蕎麦を食べに来たタイミングで、偶然殿下と居合わせたのだ。
食堂は中々の混み具合。
中でもカルデアの日本人スタッフ達はやはり蕎麦を食べたくなるらしい。
交流担当の爺さんは婦長の介護付きで蕎麦を啜っている。
羨ましいような哀れなような複雑な感情でそれを見つめていると、邪ン姉さんも食堂にやってきたのだ。
「そ。私もちょうど蕎麦を食べようと思ってたから、一緒にいいかしら?」
「ええ、勿論。貴女もカルデア=ロマノフ家の重要な構成員ですから。」
殿下、サラッと臣下増やしましたね。
「今年もようやく終わるわね。…シマズ、今年はアンタにとってどんな年だったのかしら?」
「………レイシフト編失敗だっなぁ」
「いきなりメタ発言!?」
「何か、こう、殿下とイチャイチャしたいという邪過ぎる欲望が具現化しすぎたなぁ…かなり間延びしたし。」
「ちょ、アンタねぇ、そういうのじゃなくて…」
「でも当カルデアに邪ン姉さんと皇女殿下がいらっしゃった時は本当に嬉しかった。書けば出るって本当なんだね。」
「あ、あの!作者の方がこの場に出てくるのはちょっと…」
「え?…ああ、そう?じゃ作者は帰りますね。………ッ!?俺今何してました?」
「あと少しで作者に取り込まれるとこだったわよ、アンタ」
「何ですかそのホラーは…で、何の話でしたっけ?」
「もういいわ、別の話にしましょう。」
邪ン姉さんはそう言って蕎麦を啜る。
俺はヴァイツェンを一口飲んで、殿下は海老天に齧り付いた。
3人とも食べたり飲んだりしたものを胃に収めると、邪ン姉さんが口を開く。
「……正直なところを話すと、私はアンタ達に出会えて良かったと思ってる。聖女サマやマスターちゃんとは違う…何というか、気を使わなくて済むメンツって、大切じゃないかしら?」
「そうですね。…私もシマズさんとは出会えて良かったと思っています。」
「我ら3人生まれた時は違えども、死す時は」
「シマズ?私と皇女サマは、厳密にはもう死んでるんだけど?」
「…マジレスはやめてください、姉さん。俺は、2人に出会えて良かったどころじゃありませんよ。ハッピーハッピーマジ卍。現にこうやって、寂しい独身男の年越しに付き合ってくれる別嬪さんが両脇にいるんですから。」
去年の年越し蕎麦は一人で食べていたっけな。
そう考えると今年の蕎麦は何ともハピネスフルなことだろう。
エミヤさんが作ったモノだとしても、1人で食べていたのでは、きっとここまで美味しくはなかったと思える。
「それにしても、日本人ってどうして年越しに蕎麦を食べるのかしら?」
「シマズさんなら何か知っているのではありませんか?」
「…実を言うとあまり詳しくないんですよ。蕎麦が細くて長いから、長寿を願ったとか。蕎麦が臓物の毒を抜くと信じられていたとか。色々と説はありますし、どれが正解というものはないでしょう。」
「蕎麦が脚気に有効だと信じられていたから、という説もありますね。」
うわビックリした。
誰かと思えばエール瓶を片手に持った婦長が俺と邪ン姉さんの間に押し入って来ていた。
彼女は例によってエールをクイッとやると、馬鹿でかいお胸で俺の顔面を挟みながら話を続ける。
「実際には白米と偏食によるビタミンB1の不足が原因なのですが、理解されるのは20世紀に入ってからです。…シマズさん、あなたの食事は栄養バランスが保たれていますか?」
「€°\〒○%」
「ナイチンゲールさん、シマズさんを離してください。窒息してしまいます。」
「仕方ありません…はい、解放」
「ぷっはあ!…死ぬかと思った。…あ、あの婦長?爺さんはどうしたんです?」
「ご老人なら酔い潰れて寝てしまいました。」
婦長が指差した先には、満足げな表情で机に突っ伏す爺さんがいる。
涎を垂らして寝ているが、婦長はそんな彼のために上衣を毛布がわりに掛けていた。
正にクリミアの天使だな、おい。
そんなこんなをしていると、時刻は来年まであと5、6分といったところ。
俺はヴァイツェンをグビッと飲んで、年越し蕎麦に付き合ってくれた方々に向き直る。
「皆さん、今年もお疲れ様でした!来年もご迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします。」
「ご安心くださいシマズさん。殺してでも救います。」
「ブレませんね、婦長。」
「まったく、仕方ないわね!もっと頼ってもいいのよ?」
「ドヤ邪ンヌかわええ…」
「来年もカルデア=ロマノフ家の臣下として精進してください♪」
「かしこまりました、殿下。」
時計の分針が『12』に近づきつつある。
今年も色々なサーヴァントに話を聞けた。
サーヴァントと共に、マスターよろしくレイシフトもした。
でもまだ会っていないサーヴァントもいるし、聞けたエピソードはきっと全てではない。
来年はどんなサーヴァントと出会い、どんなストーリーを聞けるのだろう。
まだ見ぬ出会いに期待を膨らませながらも、俺はヴァイツェンの残りを頭上に掲げる。
「それでは皆さん、ハッピーニューイヤー!」