レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
『職場や学校、大凡公共の場におけるテロルに対抗し得るのは、同等の威力を持ったテロルのみである。』
(アドルフ・ヒトラー、『我が闘争』)
「うおおおッ!大統王ォォォオオ!」
褐色肌に白髪の人物が、手にするハンドガンを撃ちまくりながら大統王にして発明家のエジソンに飛びかかる。
彼はそのまま大統王を押し倒し、セダンの影に退避させた。
ハンドガンの銃弾は大統王に襲い掛からんとする襲撃者2人を捉え、大統王自身は間一髪で銃弾から守られたのだ。
「おおっ、危ないところだった!」
「お怪我はありませんか、大統王?」
「どうにか無事だよ。君のおかげだエミヤ君。」
「まだ安心するには早すぎます。」
彼の言う通り、セダンにはすでに多くの弾痕が開いている。
それだけの銃弾を撃ち込んでなお、襲撃者達のボスの目的は暗殺ではないようだ。
エミヤはエミヤでもアサシンのエミヤである彼は、セダンの影からどうにか目線だけをのぞかせて、襲撃者達の奥にいる少女を観察する。
「何をやっているのです、シマズさん!大統王を拉致すればサミットは中止、ロシア大統領の権威を失墜させればロマノフ家再興のスキができるのですよ!」
「申し訳ありません、殿下!」
「謝罪が聞きたいわけではないわ!今すぐに彼を連れてきなさい!」
「ハッ!仰せのままに!」
時代錯誤も甚だしい軍服を着た男達が、AK47を撃ちまくりながらエミヤと大統王に迫る。
エミヤはセダンの影に隠れたまま、装着したヘッドセットで後方支援要員と連絡を取った。
「クロエ!航空支援はまだか!このままでは回り込まれる!」
本部ではクロエと呼ばれた少女がディスプレイを睨みつけながらこれでもかという速さでキーボードを叩きつけていた。
ディスプレイに表示されているのは『akojwefiqrs412563…』といった文字列で、要するにこの少女が何一つさえ考えずにとにかく入力を手早く行っている事を意味している。
彼女はその適当極まりない作業の合間にも、被っているヘッドセットを使ってアサシンエミヤに指示を与えた。
「航空支援はまだ来ないわ!どうにか耐えて!」
「無理だ!これ以上は持たない!至急援護を遣してくれ!」
その時、AK47の連射がエミヤの近くに着弾し、彼は自然とセダンに身を隠す。
僅かな隙を突いて敵が3名接近すると、手早く大統王のスーツを掴んで向こう側へと拉致していった。
「クソッ!クロエ!大統王が拉致されたッ!」
エミヤはセダンの影で体制を立て直し、大統王を拉致した敵に向けて発砲する。
しかし別の方向から牽制射撃を受けた為に2発放つのが精一杯だ。
2発の弾丸は大統王を連れ去った3名の内2名を倒したが、残りの1人が大統王を連れ去っていく。
やがては1台のSUVが現れて、例の少女と副官、それに大統王を吸い込んで急発進した。
「クソ!最悪だ!大統王が行ってしまう!…チクショウッ!大統王!大統ォォォオオオ!!」
「カァァァットッ!!!」
アサシンエミヤの悲嘆の叫びが終わるあたりで、凛とした少女の声がこだました。
SUVは停止して乗員を吐き出し、敵兵はAK47を肩から外し、そしてアサシンエミヤは立ち上がって「ふぅ」とため息を吐く。
"カット"の号令を掛けた少女は満足げで、彼女の為に働いていた人々に労いの声をかけた。
「皆の者、実によくやってくれた!誠に良き働きであったぞ!…それでは、休憩を取る!次の撮影は30分後!皆の者よく休むが良い!」
そう。
我々は現在"ネロッティーノ・クラウディーノ"監督最新作の撮影中である。
最初は散々であった彼女の映画も(パクリ癖は全く治っていないが)今ではかなりの完成度を誇るようになっており、カルデア共済組合が配給を行う作品の中ではそれなりの人気を誇っていた。
俺はSUVから降りると、アサシンエミヤと同じように「ふぅ」と一息を吐いた。
皇女殿下のドアマンをして高貴なるお方に降りていただくと、肩に掛けるAK47を下ろしてタバコを取り出した。
「博士、ご一緒に一服どうです?…人質役は疲れるでしょう?」
「ああ、まったくだ、シマズ君。映画に出演するのは楽しいが、いかんせんくたびれるな。」
皇女殿下に一言申し上げると、殿下は快く許可を下さったので、俺はエジソン博士と共に
喫煙所に向かう。
俺はペットボトルのカフェラテを持っていたし、博士はタンブラーにエスプレッソを入れて持っている。
2人とも、飲み物とは別の手にタバコを持っていたが、喫煙所にいた先客はそのどちらも持っていなかった。
「…………ッ…」
「…どうぞ、もしよろしければ」
喫煙所にいた先客、それは新作映画の主人公『ジャック・エミヤー』を演じるエミヤ(アサシン)さんだ。
彼が持っていたのは空っぽのタバコ箱。
故に一本差し出したのだが、彼は咄嗟に警戒をしたような仕草を見せる。
だがそれも束の間で、こちらから差し出された一本を受け取った。
「……どうも、すまない…礼を言う。」
「お気になさらず。…アサシンのエミヤさんですね?」
「ああ、そうだ。…あんたは?」
「電気技師の島津です。彼は大統王エジソン…と言っても、彼とは初対面ではないでしょうが。」
「素晴らしい演技だったな、エミヤ君!」
「ふっ、あんたも良い演技だった。…まるで本物の警護対象そのものだったよ。」
「褒め言葉として受け取っておこう。」
我々はそれぞれのタバコに火をつける。
最初の一口を吸い込んで、ぷかぁ。
いつも通りの通過儀礼を済ませると、喫煙所でサーヴァントの方と一緒にいる時はいつもそうするように、俺は彼に話しかけた。
「…エミヤさんは…その…」
「以前もこういう仕事をしていたか?」
「!?…ええ、はい」
「そう驚いた顔をしないでくれ、あんたの顔に質問が書いてあったのさ。結論から言うと、生前の僕はこういった…警護を"破る"方専門だった。」
「つまるところ…読んで字の如く"アサシン"だったわけですな?」
「……ああ。何も誇れるところはないよ。僕は何かを切り捨てることでしか使命を果たせなかった。」
「………」
お、重い。
軽いおしゃべりの時間にしたかったのに何故かとてつもなく重い話になってしまった。
黙々とタバコをふかす彼の目は沼の底のようにドンヨリとしていて、俺は何か悪い地雷を踏んでしまったのではと後悔する。
親睦を深めたかっただけなんです、信じてください。
場の空気がとんでもなく重い物になっていたから、エジソン博士が重々しい語り口で話し始めた時はそんなに驚かなかった。
「そう悲観的になるな。…暗殺というのは、歴史をも変えてしまう。暗殺者が放った銃弾、振り下ろした刃、盛った毒で一つの国の歴史が…下手をすれば世界が変わるのだ。」
エジソンはそう言いながら2本目のタバコに火をつける。
そういえば、彼の霊基には歴代アメリカ合衆国大統領の霊基が合成されているが、その中には暗殺された4人の大統領もいるはずだ。
その事もあってか、彼はいつもとは違う語り口をしている。
「我が国では…少なくとも4回は暗殺者によって歴史が書き換えられた。」
「最後のは
「………まあ、彼の件の真相は2039年まで待たねばならんな。そのためにも人理を取り戻さねば。」
エジソンは喫煙者ながら、自身の喫煙癖について心配しているかのような言葉を口にする事がたまにあった。
だからこそ、その彼が3本目のタバコに火をつけた時は驚いた。
エジソンはいつもなら3本もチェーンスモーキングなんてしない。
「ふぅ………エミヤくん、君は先ほどこう言った。"何かを切り捨てる事でしか使命を果たせなかった"と。」
「…ああ。」
「君は…切り捨てた事によって、
「…………?」
「先も言っただろう。暗殺という行為は歴史を塗り替える行為だ。君が果たした"使命"は大なり小なり影響を及ぼしたはずなのだ。」
暗殺という行為によって塗り替えられた歴史は多い。
カエサルに織田信長、フランツ・フェルディナント大公。
その時に繰り出された刃が、火矢が、銃弾が歴史を大きく変えた。
「もちろん、殺人という行為は悪には違いない。だがね…いや、だからこそ、それを簡単に悲観して欲しくはないのだよ。」
「………」
「君の放った暴力は少なくとも歴史を創り出したはずだ。それまでには存在し得なかった歴史を。」
「だが、僕は正義を」
「正義?…正義とは何かね?主観に依らない正義などというものは、果たして存在するだろうか?」
エジソンがタバコをふかし、エミヤさんも同じようにタバコを咥える。
「私と霊基を合成した人物の中に、エイブラハム・リンカーンもいる。彼は黒人奴隷の解放を謳って南北戦争を始めた。」
「まさに"正義の味方"だな。」
「とんでもない!南部人から見れば、奴隷解放宣言はそれまでの経済構造を真っ向から否定されたに等しいものだった。南北戦争の本当の原因は、工業化を推し進める北部とプランテーション産業に依存する南部との経済構造の違いだったと言っても過言ではないだろう。リンカーンは善人だったかもしれないが、"正義の味方"とは呼べない。彼が尊敬を集めるのは…言い方は悪いが…戦争に勝ったからだ。」
「………」
「…そう思いつめる事はない。君のような人間の事だ、仕事も選んできたんだろう。少なくとも、でき得るかぎり自身の良心に従って来たはずだ。もちろん全てがその通りに運んだわけではないだろうが、しかし、君は善意に沿った変化をもたらして来たはずなのだ。…そうでなければここにはいまい。」
「………」
「人生とは不条理なものだ。テロルによってテロルを防がなければならない時もある。テロルにはテロルでしか対抗できないのだから。テロルによって救われる命もある事だろう。或いは歴史そのものが守られたかもしれない。」
「………なるほどな、アンタのおかげで少しだけ気が楽になった。」
「本当にほんの少し、だろうがね。…ああ、悪意はない。つまらない能書きを垂れてしまったが、どうか老婆心故の言動だと思ってくれ。」
「いや、本心だ。…生前自分がして来た事に、前々から悩まされていた。だが……まあ、見方を変えればある程度気が楽になるのかもしれないな。…おっと、次の撮影まであと5分だ。準備をした方が良さそうだな、"大統王"閣下。」
アサシンエミヤさんはそう言って喫煙所から立ち去っていく。
彼の背中を見送りながら、俺は"大統王"に話しかけた。
「……せっかくならご自身の名前をご披露いただければ…」
「おや?…
「そりゃあ気づきますよ。普段の博士なら、まずあんな事は言わない。」
「ふはは、そうか。…では、改めて。私は第16代アメリカ合衆国大統領、『エイブラハム・リンカーン』だ。」
「お会いできて光栄です、閣下。…しかしまあ、ご自身の事を
「何も、嘘を吐いたわけではない。"人格とは木のようなものであり、評判はその影のようなものである。"…人々が私をどう評価しようと、それは影に過ぎない。つまりは、誰がどこから見るかによって、影の形は変わってくるのだよ。」
「…なるほど」
「……さて、私もエジソン博士にこの身体を返そう。あの暗殺者を見ていると、どうも放って置けなかった。彼もまた心に深い傷を負っている。」
「閣下のおかげで少しは癒えたかもしれません。」
「いいや、彼が負っている傷は私では到底癒せまい。せめてもの発破をかけただけだ。だが…少しは関心をそこから逸らせたかもしれないな。」
「………」
「…それに引き換え、君の関心事は…あの暗殺者に比べると実に分かりやすいな。」
「はぁ」
「時間が許せば"彼"に変わりたいのだが…ああ、そうだ。"彼"から伝言を授かっていたな。」
「"彼"?」
「"彼"曰く、"真実を知りたいのなら、人理修復に全力を注ぐこと"」
先ほどから大統領のお話を聞いている間に、俺の頭はジョン・F・ケネディの暗殺事件の真相…というより、本人自身の意見を聞きたいという事に関心を抱いていた。
残念ながら、この下心は本人の霊基からしても筒抜けだったに違いない。
もうこうなっては俺の企図は破れたと見る他ないな。
黙って仕事をこなし、人理を取り戻そう。
その後は2039年まで待てばいい。