レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
ロシアで最も偉大な将軍は誰であろうか。
それは間違いなく、『冬将軍』であろう。
かの名将はナポレオンの大陸軍を打ち破り、そしてヒトラーの第三帝国からモスクワを守りきった。
ドイツ人達はさぞ驚いたことだろう。
戦車のエンジンから機関銃のガンオイルに至るまで。
ロシアの冬将軍は文字通り、ありとあらゆる物を凍らせたのである。
1941年から始まった独ソ戦は間違いなくロシア人達にとっては過去最大級の苦難であった。
この間、ロシア…当時のソ連のトップを務めていたのが、ヨシフ・スターリンである。
実はスターリンという名前は、本来の彼の名前ではない。
彼の本当の名前はヨシフ・ディッサリオノヴィッチ・ジュガシヴィリであり、スターリンは「鋼鉄の人」を意味するペンネームに過ぎないのだ。
以前書いた通り、彼はスターリンとしての自分と、ジュガシヴィリとしての自分を使い分けていた。
ソビエト共産党の指導者としてのスターリンと、本来の自分であるジュガシヴィリとを。
そんなスターリンが崇拝し、参考にしていた人物がいる。
イヴァン4世……又の名を、イヴァン雷帝。
…………………………………
教会は教会でも、ローマ法王をその頂としない教会ってな〜んだ?
色々とある。
ロシア正教会もその一つであり、その第一人者は総主教なのだ。
カルデアには、そこに召喚されるサーヴァントや勤務する職員達の為にさまざまな宗教施設が完備されている。
煩悩の塊みたいなキアラさんが仏像を拝みに行く姿も見れるし、ハサパチ先生が他の教徒と共にメッカの方向へお辞儀するのも見れるし、白聖女やマルタさんが聖歌を歌うのだって見れるのだ。
もちろん、正教徒のための施設も用意されていて、俺は今そこで震える子豚と化していた。
隣に座る皇女殿下が、震える俺の双肩に手を添えてくれている。
「あ、安心してください、シマズさん。雷帝は…その…確かに気性の激しい方ではありますが………」
「大丈夫なんですよね!?殺されませんよね!?」
「だ、大丈夫、大丈夫ですよ!」
「だって俺ッ…モンゴル顔じゃないですか!?…イヴァン雷帝って、遊牧民の国滅ぼせなかったから大聖堂建てたんですよね!?」
「雷帝もシマズさんのお顔だけで殺したりはしません!もう少し落ち着いてください!」
「そもそも、本当にお会いしないとダメですか?」
「…シマズさん、あなたはこの度カルデア=ロマノフ家の将校に任ぜられます。これは大変名誉のある事なのですよ?ちゃんと品位を保っていれば、雷帝も不用意に殺したりしません。…私も付き添いますから、どうか落ち着いて。」
殿下がそう仰ってくださっても尚震えは止まらない。
そうするうちにズシンッ、ズシンッという重々しい足音が聞こえてきた。
何事かと音の方を振り返り、思わず口をアングリと開ける。
そこには5mはあろうかという巨大なナニカがいて、俺は言葉を失った。
「余だよ。」
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。このたびは我が臣下に御謁見いただく事、誠にありがとうございます…ほら、シマズさん、挨拶して。」
「お、おおおおおおお初にお目にかかります。ででででででんき技師のシマズという者です。おおおおおおおおお会いできて至極光栄にございます。」
「………ふむ。汝が、アナスタシアの言っていた電気技師か。…彼女から色々と聞いた。塞ぎ込んでいたのを、助けてもらったと。」
「………へ?」
「なればアナスタシア、汝の好きなようにするが良い。この男を士官にしたいと言うのであれば、そうせよ。…ただし、その職は名誉職的な物である事に留意せねばならん。」
「ありがとうございます、陛下。」
あれ。
案外普通の君主じゃないか、イヴァン雷帝って。
雷帝って言うからにはもっと苛烈な人物像を想像してたんだけどなぁ。
「汝相手に下手をするようなら、余に話せ。そっ首斬らねばならん。」
はい、前言撤回。
薩人マシーン顔負けの首斬り宣言いただきました。
ただし首斬り宣言は真っ当な理由によるものなので致し方なしな気もする。
この場合は"下手"というのが殿下のお手を取るところから始まるのか、それとも本格的なゴータッチに至る事を言うのかという方が問題となるであろう。
つまるところ…肩の緊張を抜くわけにはいくまい。
「……ともかく、アナスタシア、汝の願いはしかと聞き入れた。余は自身の要件に入ってもよいか?」
「勿論です、陛下」
皇帝は殿下の要望を受け入れると、自らイコンの方へと進み、彼専用に用意されたと思わしき巨大な椅子に腰をかける。
そしてそのまま、まるで司祭がいないのが残念だと言い出しそうな雰囲気で祈り始めた。
両の手を眼前で組み…最もどこが眼なのかは分からないが…頭を垂れている。
その様は敬虔な信者のそれのようにも見えたし、過去の行いの赦しを請うようにも見えた。
イヴァン雷帝と宗教は切っても切り離せない関係にある。
彼は幼少期より塔から小動物を突き落とし、ノヴゴロドを虐殺し、そして息子をも手にかける冷酷な人物であった。
特に彼とオプリーチキニがノヴゴロドを焼き払い、田畑を荒らして、その繁栄に終止符を打った事件は有名だ。
いわゆる『ノヴゴロド虐殺』は彼のパラノイアと残虐性の象徴とさえ見られている。
しかしながらその事件の最中でさえ、ノヴゴロド大主教を罵りながらも宗教行事には参加しているのだ。
また、同じような事がプスコフという場所で起きたが、この時彼はそこに佯狂者と呼ばれる一種の聖人が住んでいることに配慮して虐殺の規模を縮小している。
スターリンはイヴァン雷帝の統治に影響を受けたと言われるが、雷帝からすれば不信心の共産主義者など即刻処刑モノかもしれない。
雷帝はやがて祈りを終えてため息を吐き、ゆっくりと頭を上げる。
俺はその様子を見ながら隣にいる殿下にそっと聞いてみた。
「陛下は何を祈られたのですか?」
「いいえ、シマズさん。陛下は祈ったのではなく、痛悔機密を行われたのかと思います。」
「痛悔…機密?」
「カトリックで言う告解です。罪を告白して、神様の赦しを請う。通常は神父様を通して行いますが…残念ながらカルデアに神父様はいらっしゃいませんから…」
「あっ、こんにちは麻婆神父。どうかお帰りください。呼んでませんし、あなたの出る幕じゃ無いと思います。…それで、陛下は一体何の赦しを請われていたんでしょう?」
「さぁ、それは私にも…」
「………昨夜夢を見た。遠い昔の、忌まわしい出来事の夢だ。…我が息子、イヴァンを…余は………」
いつのまにか雷帝がこちらに向き直ってそう言ったが、少しばかり嫌な予感がする。
ボールの上にプレートを乗せて、上に2つのグラスを置いていたとして。
今の陛下の状態は、例えるならプレートが左右に揺れ動いている状態に見える。
その右手には錫杖が握られているし、錫杖は震えているようだった。
5mの巨体からあんな錫杖が振り下ろされたら、俺は踏み潰されたパンケーキみたいなるだろう…ぺっちゃんこに。
「へ、陛下、僭越ながら…陛下には家長権がありました。よりにもよって、ツァーリの家長権が。」
「言うまでもない。余には皇室の家長権のみならず、ロシアそのものの家長権があった!」
家長権とは、呼んで字の如く家長が有する権利のことである。
古代ローマでは家長が家族の殺生権さえ握っていたらしい。
ことロシアにおいて家長権は絶対の権利とみなされていた。
彼は幼少期の教育でこのように言い聞かせられていたのだから尚更であろう。
「家長権を行使するように、ツァーリはロシア全体に家長権行使する」
「陛下、陛下は家長です。家庭のみならず国家全体の。であれば、陛下のご決断に間違いはございません。」
「………」
「このシマズめは、陛下のご決断をいつでも信頼致します。」
事の発端は息子の妻であった。
妊娠中の彼女が、正教徒の戒律に従っていなかった事が雷帝の逆鱗に触れてしまった。
彼女は雷帝自身が家長権に基づいて息子に選んだ妻だったが、次第に気に入らなくなり暴力を振るう事が多々あったようだ。
息子も家長権を尊重していたが、しかし、今回ばかりは黙っていられない。
息子はついに雷帝の手を押さえようとしてしまった。
敬虔な雷帝は戒律が蔑ろにされた上に家長権まで侵害されたと感じて、その怒りは頂点に達する。
我を忘れた彼は錫杖を振り回し、気づいた時には………
だが、今回その錫杖は震えを治めた。
ボールの上のプレートは安定感を取り戻したのだ。
俺はホッとすると共に、これがいわゆる"嵐の前の静けさ"でない事を祈る。
幸いなことに杞憂だったようだ。
「…………シマズといったな。改めて、余とアナスタシアに仕えることを許そう。」
「有難き幸せにあります、陛下」
精一杯姿勢を正して跪いたつもりだったが、隣の皇女殿下にあれこれ姿勢を正されるあたり酷く不格好だったに違いない。
雷帝は今度は少し笑い声を漏らし、続けてこう言った。
「さて、早速だが汝に任を与えよう。」
「はっ!」
「余が拡大に手を貸した図書館の整理が進んでおらんようだ。アナスタシアと共に赴き、整理を進めよ。」
「はっ!喜んで!光栄にあります!」
「…ツァーリは間違えを犯さぬ。くれぐれも、余の期待を裏切ってはならん。」
最後の一文に、背筋も凍るような冷徹さが含まれていた。
俺は若干の身震いを覚えながらも、何度も首を縦に振る。
正直この皇帝の精神状態には不安定なモノをビンビン感じ取れるが、それを直言できるような肝っ玉なんて、このカルデア中を探してもいないに違いない。
「では、陛下。これにて私とシマズさんは図書館に向かいます。此度の謁見、誠にありがとうございました。」
「構わん、
俺と殿下は回れ右をして歩き出す。
正直身体がずっと震えていたし今も震えていたが、雷帝と謁見できた事で、殿下と一緒にいただけで撲殺されるなんて事にはならずに済みそうだ。
何より、雑用とはいえあの雷帝から仕事を任されたことも少し嬉しく思えた…まぁ、しばらくしたら後悔するかもしれないが。
「シマズさん、言った通りでしたよね?」
「ええ、殿下。しかし…なんというか…心配は残ります。」
「それは分かりますが…シマズさん、あなたが忠誠心を向け続ける限り、陛下は応えてくださいます。」
「だといいんですが…俺の心配は彼の」
「しっ!…シマズさん、それは胸の内に秘めておいてください。さもなければ…」
そこまで会話した時、背後から婦長の声がやってきた。
「イヴァン雷帝!あなたの精神状態には問題があります!今すぐカウンセリングを!」
続いて咆哮、戦闘音、婦長と雷帝の二人の雄叫び。
俺は殿下と共に足早に教会内を去る。
いた、いやがった。
あの雷帝相手に真正面から"異常"だなんて言える肝っ玉の座った女丈夫が1人いるのを、すっかり忘れてた!!
機密の類の話はにわかのまま描いてしまったところがあるので、なんしゃそりゃと思われた方がいたらすいません。
本当はもう少しちゃんと調べたかったんですが、正教会関係調べてたら頭がこんがらがってショートしちゃったんです許してください。