レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています   作:ペニーボイス

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Ⅳ 花の宮殿とオーストリア人

 

 

 

 

俺はいつものように目を覚まし、いつものように髭を剃り、いつもの通り顔を洗うと、いつもと同じく食堂へ向かおうとした。

 

手元には『エミヤ券』なるものがあり、これがあれば食堂で最高の食事ができる。

孤立した環境となってしまったカルデアでは、もはや食事こそが唯一無二の楽しみになってしまっていると言っても過言ではないだろう。

そりゃ俺だってタバコをプッカプッカ吸ってたりもするが、潜水艦と同じで、食事の質というのは人間の士気を大きく左右するのだ。

 

 

ただ、残念なことに、流石にエミヤさんでもサーヴァント・職員ひっくるめた人数の食事を作れるわけではない。

厳密にはサーヴァントに食事は必要無いらしいが、昨日の昼に「ええ!?今日はカレー好きなだけ食べていいのか!?」とかいうモードレッドさんの声が俺の職場まで聞こえてきたように、例えサーヴァントにとっても良い食事は士気を高める材料となるのだろう。

 

つまるところ、需要に対する供給に絶対的な限界があるのだ。

そこで考案されたのがこの『エミヤ券』。

まあ、要するに「職員さん方、申し訳ありませんがエミヤさんの料理食べる回数に制限かけさせてもらってよろしいでしょうか?」って事。

毎度毎度エミヤさんの料理なら言う事無しなのだが、エミヤ券でない場合の食事にも一応の利点はある。

オートマチック化されたシステムにより調理されたそっけない味の料理とはいえ、こちらには幾ばくかの選択肢があるのだ。

 

 

エミヤ券は一週間分を一度に配られ、職員が素晴らしいご馳走にありつける日付と時間が決められている。

俺が持っていたエミヤ券は今朝を割り当てられているもので、そしてそれを握っていた。

 

大体、俺は朝食か夕食を割り当てられていた。

何故なら、俺は昼間中カルデアの膨大な消費電力に係るクッソ複雑極まりない配電盤と睨み合っていなければならないからだ。

 

 

昼食は冷えたサンドウィッチが精一杯。

最初の頃は自分で作っていて、バカみたいに分厚いトンカツを挟んでみたり、バカみたいに生クリームとジャムを挟んでたりして、それはそれで楽しんでいた。

ところが婦長が召喚されてからは、それすら許されなくなってしまったのだ。

 

 

「シマズさん、貴方は明らかに糖分・塩分・脂肪分を過剰摂取しています。禁煙の兆候さえ見られない以上は、せめて食生活を変えていただきます。」

 

「いや、あの、ナイチンゲールさん、それいくらなんでもあんまり」

 

「何が"あんまり"なのですかっ!?このままでは心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病など多々の理由で死んでしまいます!ダメ!許しません!これから昼食は私が用意します!」

 

 

 

と、言うわけで俺の昼飯はスーパー高カロリーサンドウィッチからハイパーヘルシーサンドウィッチに変わってしまった。

 

羨ましいと思う方もいるかもしれないが、婦長のサンドウィッチがどんなのか分かって欲しい。

たしかにヘルシーで、実際にも美味しくて、家庭的なサンドウィッチなんだけど。

なんだけども、包装に使われているラップからすんげえ刺激臭がして、それが全てを台無しにしているのだ。

 

ラップってさあ、元々食べ物を細菌雑菌から保護するためのものなんじゃ無いの?

改めて消毒する必要ある?

もうしょうがない。

諦めよう。

あの大英帝国の"威光"で挟んで作ったサンドウィッチぐふふと思う事ぐらいしか、俺にできるこたぁない。

 

 

 

 

さて話はかなり脱線したが、俺はドアへ向かい、部屋から外へ出る為にもそれを開いた。

 

 

「うふふふふふふふ♪」

 

「あははははははは☆」

 

 

よし、籠城戦だ、立て籠もるぞ皆んな!

外の世界は俺たちが思ってたよりもずっと過酷なんだ!

なんたって、廊下をマリー・アントワネットとモーツァルトがお手手繋いでスキッピングして、こっちに向かってくんだぜ!?

関わりたくねえよなぁ、皆んな!!!

 

 

「あらぁ〜、ご機嫌よう〜シマズさん♪」

 

「あれれ?ひょっとして僕ら避けられてる?」

 

 

筋力Dっての嘘だろオイ。

とびきり笑顔の王妃様が、俺の抵抗なぞ知った事ではないと言わんばかりにドアをこじ開けようとする。

その華奢な腕にかなわない俺の筋力が絶滅危惧種なのか、それともサーヴァントからすれば所詮人間なのか。

たぶん両方だと思うなぁ。

 

 

「な、何しに来たダァ!?オラの部屋に、何しに来たダァ!!」

 

「まあ!なんてステキな発音!」

 

「それはそうとして、いい加減お部屋に入れてくれないかなぁ?じゃないとこの場で●●コ●らして●●●と●●●して、●●●しちゃうよ?」

 

 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが、従姉妹に向けて書いた余りにも下品な手紙の事なら知っている。

●●コがやたらと連発されていて、とても宮廷人が書いたとは思えない。

ただし、この当時の欧州貴族がこの手の下品な表現を好んでいたという説を…あ〜、なんかどっかで聞いた気もする。

どちらでもいいが、爽快な笑顔でそんな事言われる身にもなってくれ。

 

俺があまりに下品な発音に辟易した瞬間に、ついに王妃様がドアをこじ開ける。

 

 

「お邪魔するわね♪」

 

「…ハァ、ハァ、マジで…何しに来たんですか?」

 

「おいおい!せっかくマリアが来てくれたのに、『何しに来た』はないだろう!」

 

「まあまあ、アマデウス、落ち着いて。こんな朝早くにごめんなさいね。実は、ちょうどお紅茶が切れてしまったの。」

 

「食堂でエミヤさんあたりからいただいた方がよろしいのでは?」

 

「ええっとね…実はもう1人のジャンヌから、貴方の紅茶がとても美味しいと聞いて…」

 

 

やりやがったなあの魔女めェッ!!!

とんだ情報漏えいしやがったよ、アイツッ!!!

しかもなんて相手にお漏らししやがった!!!

ハプスブルク家出身のフランス王妃にティーバッグの紅茶なぞ出せるわけねえだろうがよ!!!

しかも変態作曲家がついてくるアンハッピーセットだぞこのやろおおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

結局お出ししました。

だって仕方ないじゃん。

ハプスブルク家のくせに「ティーバッグでも構わないわ」とか言って一歩も譲らねえんだもん。

せめて、何かこだわってくださいよ王妃様。

こんな庶民が飲むようなモン飲めませんわぐらい、言ったっていいじゃない。

 

 

「うん♪とても美味しいわね、アマデウス」

 

「そうかなぁ?僕としては…まあ、マリアは優しいからね。」

 

 

締め出すぞゴラ。

 

 

「あっ!そうだわ!彼女から聞いたのだけれど、お礼に何か昔のお話をして差し上げましょう!」

 

「え?」

 

「シマズさん、貴方彼女のお話を聞いて喜んでたそうじゃない?」

 

 

え、何そのシステム。

それじゃなんか昔話すれば紅茶かタバコかコーヒーが吸い飲み放題みたいじゃん。

俺の部屋はいつからド●ールか何かになったんだ?

 

しかしまあ、せっかくのご厚意。

みすみす逃すわけにはいかまい。

 

 

「何なら、僕が18世紀欧州の排泄事情について」

 

てめえは黙ってろ

 

「やめて、アマデウス。」

 

 

嬉しいことに、王妃様と意見が合致しているようだ。

うーん、どうすっかなぁ。

モーツァルトの体験を一人称で聞いてみたい気もするし。

でもマリー・アントワネット視点の18世紀フランスも聞いてみたいし。

いや、でももっと聞いてみたいのは…。

 

 

「ハプスブルク家…貴女のご実家についてお聴きしても?」

 

「え?…オーストリアの…?」

 

 

王妃様の顔が、本当に僅かだが曇る。

うわ、失敗だったな。

確か、革命時にマリー・アントワネットへ向けられた蔑称として「オーストリア女」というものがあった。

彼女からすれば、トラウマに触れられたとも思うかもしれない。

 

だが、フランス王妃は俺の不躾な要求にも笑顔で応えてくれた。

 

 

「……ええ、何でも聞いて?」

 

「すいません、やっぱり不愉快な思いをさせてしまいましたか?」

 

「いいえ、ちょっと嫌な事を思い出しただけ。私の実家について聞きたいなら、なんなりと聞いてちょうだい?」

 

 

天使かッ!

もうここまで来たら彼女のご厚意に甘えまくろう。

 

俺は去年まであるゲームをやってて、恥ずかしながらそれが原因でオーストリア=ハンガリー帝国とハプスブルク家に興味を惹かれていた。

えっとね、バ●ルフィールド1ってゲームでね。

アレに出てくるオーストリア=ハンガリー看護兵の装備と外見がかっこよすぎて泣いた。

え?何?殆どドイツ帝国軍と同じ?

またまたぁ、ご冗談を………すんません、具体的な違い挙げ辛いですねたしかに。

でもなんとくオーストリアの方が好きなんです、分かってください。

 

 

ハプスブルク家についてちょっと調べたら、

 

「当時のオーストリア=ハンガリーを治めていたハプスブルク家ってなんじゃい?」から始まり、

 

「開戦当時の皇帝はフランツ=ヨーゼフ1世って人だったのか」からの、

 

「なんで複合名?」からの、

 

「ウィーンで暴徒化してた革命勢力なだめるために、ヨーゼフ2世って人から取ってんのね」からの、

 

「マリー・アントワネットのお兄さんかいっ!」となった経緯がある。

 

なので、是非とも王妃様視点のハプスブルク家もお聴きしたい。

なんたってリアル・ハプスブルクの一員なのだから、内情は本当によくご存知のはず。

 

 

 

「えーと…それじゃあ、まず私の家族の話でもしましょうか。」

 

「おなしゃす」

 

「お母様の事…ご存知かしら?」

 

 

マリア・テレジアを知ってるかって?

知らないわけないだろうが!

なんでサーヴァント化されて実装されてないのか不思議なレベルだわ!

 

カール6世の死後、彼の勅命は無視され、フランスが帝国分割、バイエルンが帝位、そしてプロイセンのフリードリヒ大王がシュレジエンを狙っていたあの時代。

神聖ローマ帝国を守る為に立ち上がったあの女帝は、幼きヨーゼフ2世を腕にハンガリー議会へSay hello。

見事に聖イシュトバンの王国・ハンガリーを味方につけた彼女は、「カール7世」を自称していたカール・アルブレヒトのバイエルンを打ち倒して王冠を奪還。

その後はフリードリヒ大王のプロイセンに対抗する為に国内の近代化を

 

 

「はい、はい、よくご存知のようで嬉しいわ。なら…兄さんの事はご存知かしら?」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

「『一歩目より先…』」

 

「あ、それ禁句よ?」

 

「スイマセン」

 

「じゃあ、兄さんの話をしましょう。」

 

 

 

ヨーゼフ2世の評価は、少なくとも俺の知る限りではあまり良い評価ではなかった。

プロイセンのフリードリヒ大王ご本人から「一歩目より先に二歩目を踏み出す」と皮肉られているぐらいである。

 

 

「確かに、兄さんはお母様と仲が悪かったわ。さっき貴方が言おうとした禁句でも示されてる通り、急速な改革を求めすぎて失敗してた。」

 

「既得権益を手放したくない貴族からの反発が強かった、とか。」

 

「ええ、その通り。でも…きっと兄さんはフリードリヒ大王より、お母様を目指したかったのじゃないかしら?」

 

「それは…つまり…?」

 

「お母様も貴族と戦った。もちろん、戦場じゃなくて議会で、だけど。全国で統一された教育の実施、税制の改革、軍事組織の強化…どれも抵抗がなかったわけじゃないわ。教育なんて、それまでは聖職者の仕事だったのよ?」

 

「そりゃあ…まあ、なんというか…神学にすげえ重きを置いてそうですなぁ。」

 

「それでも改革を推し進めるお母様に、兄さんは多少なりとも影響されてたと思うの。フリードリヒ大王を尊敬していたっていうのも本当だけれど。」

 

 

ヨーゼフ2世は母親よりも徹底的な改革を目指していたのだが、彼のそれは経済・軍事のみならず宗教にまで及んでいる。

『宗教寛容令』なるものが発せられた時は殊更抵抗を受けた事だろう。

何せ、神聖ローマ帝国とは"カトリックの守護者"である事が求められていたのだから。

 

 

 

「兄さんの政策は…確かにあまり上手くいかなかった。でも、残したものも確かに大きいわ。ねえ、アマデウス?」

 

「そうそう。僕を雇ったところとか。」

 

「国語をドイツ語に定めようとしたり、ドイツ演劇の促進を促したり。」

 

「まあ、演劇といっても、いわゆる大衆演劇の事だよ。これを促進したのは、大衆にドイツ語の普及をさせたかった狙いもあるけどね。」

 

「兄さんのお墓には、『偉大なる志を持ちながら何も為せなかった人』とあるけれど、少なくともウィーンの文化はその後も発展し続けた。その事も忘れてはいけないでしょう?」

 

 

いやはや。

勉強になるなぁ。

 

 

確かに、どちらかと言えば、ハプスブルク家と聞いて軍事面を思い浮かべると、少なくとも近代では気が滅入るものがある。

 

アウステルリッツでナポレオンに挫折させられ、ケーニヒスグレーツでビスマルクの罠にはまり。

セルビアとの戦いでは小国相手に苦戦し、ブルシーロフ攻勢ではドイツの助けなしに戦えなくなった。

そしてヴィットリオ・ヴェネト。

イタリア前線の崩壊が、最終的にはハプスブルク朝自体の破滅を招いたのだ。

 

 

反対に、文化と言えば眼を見張る物が多い。

荘厳なウィーン国立歌劇場、名物デザートで有名なホテル・ザッハー。

最初に日本にスキーを伝えたのはオーストリア=ハンガリー帝国の駐在武官だったし、『ウィンナー(ウィーン風)』が頭文字に来る言葉も確かに有名だ。

 

その文化の系譜を辿れば、ヨーゼフ2世に辿りつくものも少なくないだろう。

少なくとも、フランツ=ヨーゼフ1世がウィーンに劇場を建てたのは、彼の時代から続いた文化の集大成の一つとも言えないだろうか。

 

 

「さて、そろそろ行かないと。本当にありがとう、シマズさん。今度お礼に…ヴェルサイユに招待して差し上げるわ♪」

 

 

マリー・アントワネットはそう言って、変態音楽家とともに出て行った。

残された2つのティーカップを見ながら、俺は少し考える

 

 

 

ヴェルサイユ、か。

彼女は知っているだろうか?

今ではヴェルサイユは…単に宮殿としてのみ認識されているのではないという事を。

 

1871年には鏡の間で、ナポレオン3世を破ったヴィルヘルム1世がドイツ皇帝として即位した。

1919年には第一次世界大戦後の処理が話し合われ、さらに翌年には彼女達の"母国"についての取り扱いが離宮・トリアノンで決められた。

 

神聖ローマ帝国時代から続いたオーストリアの君主としてのハプスブルク家は、そこで否定されたのだ。

 

 

更に言えば、この2つの条約が、ある男を怒らせる事になった。

怒れる男は…とても過激な思想を完成させ、それはドイツを中心に拡大し、最後には更なる戦争が始まったのだ。

 

 

 

余談ながら、その男もオーストリア人だった。

 

 

 

 

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