レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています 作:ペニーボイス
"鬼才"ネロッティーノ・クラウディーノ(一応言っておくとネロ・クラウディアス)は、少なくともカルデアのなかでは最早有名な映画監督と成り果てていた。
当人からは俺のアドバイスで目が覚めただのと言われたが…才能は元々彼女自身の内側で眠っていたのだろう。
たしかに奇天烈な作品の方が多い気もするが…。
しかし、素晴らしい作品は本当に素晴らしい。
古代ローマの解放奴隷を描いた作品では、全カルデアが泣いた。
亡き夫の為に復讐を果たす女サムライを描いた作品は、手に汗握る物だった。
あるヘッセン人を主人公に、アメリカ独立戦争を英国側から描いた作品は、本当の本当に斬新で面白かった。
だけど…ね。
ネーミングがね。
ちょっと壊滅的だよね。
解放奴隷の映画は『ジャンボ! 繋がれざるもの』。
女サムライは『キル・トモ』。
ヘッセン人は『ユア・ウェイ 〜7800kmの真実〜』。
………とりあえず、ネーミングセンスどうにかしようか?
なんで毎回著作権スレッスレ狙っくるのよ。
俺は今日も仕事を終え、自室のテレビで『ユア・ウェイ(以下略)』をよりにもよってヘシアン氏と共に見ている。
首から上が無いにも関わらず、どうやら泣いているようで、奇妙な嗚咽と共に服の首元が湿っていた。
となりに座っている者としては…この光景はホラー以外の何ものでもない。
まあ、ヘシアン氏がここまで感動するのも無理はないか…。
独立戦争モノの映画って大抵ドイツ人傭兵の事はスルーされてるし、スリーピーホローのドラマとかだとすっげえワルモノ扱いされててUZIサブマシンガン乱射してたりとかする。
もう、ロクな扱い受けてません。
ところがネロッティーノ・クラウディーノ監督は、祖国の君主の為に働く誇り高いドイツ人騎士を描きあげたわけだ。
君主から駒として扱われても、忠義に生き、使命を果たさんと奔走する騎士を。
イギリス兵から「傭兵」だと不審の目で見られ、アメリカ人達から憎悪の対象にされてなお。
誇り高き騎士は自らの意思を貫いた…。
ヘシアン氏大号泣も納得である。
どのくらい大号泣かというと…アヴェンジャーからルーラーにクラスチェンジしそうなくらい。
あの趣味の良い狩人風の服が多量の水分のせいで色を変えていた。
おおよそ200年振りに理不尽から解放された、みたいな泣き方だよ、本当に。
そんな大号泣ヘシアン氏とテレビ映画を見ていた時に、1組の男女が俺の部屋へと入ってきた。
何のことはない。
我が部屋の"常連客"、エドモン・ダンテス氏と邪ンヌちゃんである。
「ちょっと灰皿借りにきたわ…って、なんでソイツがここで泣いてるわけ?」
「話せば長くなりまする」
『Ich wurde frei!!!(筆談)』
「読めないわよ」
「ふん…"自由になれた"、か。」
「え?エドモンパイセン読めんすか!?」
「神父から習った…あの監獄でな」
エドモンパイセンはそう言って、極々ナチュラルにタバコを咥えた。
昔々、転生する前の世界線で小学生だった頃。
国語の先生から往々にして読みなさいと言われる『〜少年文庫』というシリーズで巌窟王を読んだことがある。
母親がまとめて買ってきてくれた本の数々の中に、それがあったのだ。
少なくとも、俺の知る巌窟王はとてつもない紳士だった。
同時期に『レ・ミゼラブル』を読んでいたから記憶が混同してるフシがあるけど、それでもモンテ・クリスト伯爵が絵に描いたような紳士だったのを覚えている。
「申し訳ありません、気の遠くなるような遠路でしたので…約束の時間に2,3秒遅れてしまったようです。」「まあ、なんて立派な方なのかしら。」「"伯爵"と呼ぶに相応しい紳士ですな!」
ところが今目の前にいるのは人の許可も得ずに人の部屋でタバコをふかさんとする腐れ外道。
年季の入ったライターの火がつかず舌打ちをし、放っておけば痰を吐きそうな…吐きやがったなこの野郎!
少しばかり私の持っていたイメージを返していただけませんかね?
煌びやかな19世紀欧州の輝かしい上流階級社交界を沸かした貴族紳士なイメージを返していただけませんかね?
「呼んだ?」
呼んでないよ、モーツァルト。
人の頭に脳内訪問してんじゃねえよ。
貴方様は黙って粉まみれのカツラでも選んでてください、頼むから。
第一、紳士でもなんでもないじゃん?
ただの変態紳士じゃん?
この部屋の惨状見てごらんなさいよ。
変な嗚咽で泣いてる首なし人間、半グレ優ヤンキー娘に、厨二病みたいな服装した痰吐き野郎。
ここに変態紳士がぶっ混める余裕はないから。
諦めて帰って?
それと今度来る時は爆乳王妃様とワンセットで来て?
それでようやっと丁度ええんよ、あなた方は。
「何やってんの。ほら、デュヘイン。」
「…助かる」
いつまでたってもライターの火がつかない巌窟王を見かね、邪ンヌちゃんが彼のタバコに火をつけた。
邪ンヌちゃんならええんよ、寧ろ嬉しいんよ。
可愛いプラチナブロンド巨乳美少女が貴方の部屋にご訪問って、おっちゃんそれだけで明日も一日頑張れそうなんよ。
ただし、エドモン、テメーはダメだ。
前々から思ってたけど、婦長の禁煙キャンペーンはとうの昔に終わっとんねん。
公共の喫煙スペース使えや、なあ。
ココ、ワタシノプライベートクウカンデス、ワカリマスカァ?
「…クハッ、クハハハハハハッ!しかし、驚かされたな…あの看護婦、禁煙キャンペーンが終わらせたのはああいうワケか。」
「本ッ当にはた迷惑!」
「…?ん?婦長がどうかした?」
「!?ああ、シマズ。」
何その「え?いたの?」的な反応は。
ココ、ワタシノプライベートクウカンデス、ワカリマスカァ?
大事なことなので二度言いましたよ?
「あの婦長、禁煙キャンペーン終了と共に喫煙所も撤去したのよ。…だから、その…しばらく世話になるわ。」
うっそおおおおおおおおん!?
やりやがったな、あの婦長!!
まあ、邪ンヌはええよ!?
寧ろ嬉しいよ!?
でも喫煙者サーヴァント全員で俺の部屋に押しかけられるのは嬉しくとも何ともねえよ!
やめろよ、俺の部屋本格的に喫煙所になってきてんじゃん!!
「すまんが、俺もしばらく世話になる。」
「そういえば。あんた、シマズに何か話した?面白そうな話。」
「ん…ああ、そうだ。…何か聞きたいことはあるか?」
だから〜。
なんでそんな過去の話すればタダでタバコ吸い放題コーヒー紅茶飲み放題みたなシステムになってんの?
そういうのはド●ールコーヒーでやってもらっていいすか?
「……19世紀初頭のフランス事情とか…」
いかん、本心の方が先に出てしまった。
「つまり、俺が"モンテ・クリスト伯"を名乗っていた時代の事だな?よかろう。」
巌窟王はタバコを普段より長く吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
彼の復讐劇の舞台となったのはナポレオンがエルバ島へ流された頃のフランス。
フランスどころか欧州全体が激動の時代で、そもそも、彼がシャトー・ディフに入れられたそもそもの原因もナポレオンの側近が絡んでいる。
王政復古後のナポレオンは良い目で見られていなかったらしい。
「あの時代のフランスは気に入らないモノが多かったが、別格に素晴らしいモノはたしかに存在した。」
「それは?」
「食事だ。」
「食事…」
「ルイ16世が処刑された後、フランス革命が始まり、そしてその革命は多くの人々の人生を変えた。何せ激動の時代だった。」
「ロベスピエール、テルミドール9日…フランス第一帝政………」
「その通り。ルイ16世が処刑された後、宮廷に仕えていた者たちにとっては取り分けキツい時代だったろうな。」
「そりゃ今まで宮殿で働いてたんだから、当然よね。仕事がなくなるわけだから。」
「宮廷の料理人達は宮殿での仕事を失い、自身の料理店を持つようになった。…ブルボン朝の食文化が全国に解き放たれたわけだ。」
『会議は踊る、されど進まず』
状況を的確に揶揄したこの言葉が生まれたウィーン会議は、ナポレオン戦争後の欧州秩序の回復を目的として開催された。
つまり、君主制の維持である。
会議の目的からして、古き良き君主制を何も変えたくないオーラ全開だったのだが…何も変わらなかったわけではない。
少なくとも欧州秩序はいくらか入れ替わり、パワーバランスを配慮したウィーン体制は欧州に比較的長期の安定をもたらした。
しかし、何よりも大きな変化は各国の料理だったかもしれない。
フランスの外交官・タレーランの料理人が主催した晩餐会で、彼の料理は列強諸国の代表達の度肝を抜いた。
"シェフの帝王"アントナン・クレームにより調理された品々は、帝政ロシアの宮廷料理に影響を与えたり、名門ハプスブルク家の興味を引いただけでなく、フランス料理が欧州諸国の上流階級に広まるきっかけを作ったのだ。
同じような事が、パリの街角でも起こっていた。
革命後、職を失った宮廷料理人達が自身の料理店を開き始めたのだ。
とはいえ、当初は専ら上流階級にしか手の届かない食事だったのだろうが…モンテクリスト島の財宝を手に入れた巌窟王はその上流階級にカテゴライズされるハズである。
「フェルナンやダングラールへの復讐を計画する間も、その計画を修正する間も、実行に移す前も、そして実行した後も、あの料理とカフェは欠かせない存在だった。」
タレーランか。
「カフェ…それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で…」
だから、タレーランか。
「詰まるところ、何が言いたいわけ?」
「………そうだな。変革は悲劇を呼ぶが、喜劇も呼ぶ。一方に作用する力に必ず反作用の力が働くように、時代のうねりも人それぞれに作用する。"…待て、しかし希望せよ"。希望を捨てては、そのどちらも享受できはしない。まして幸福など…。シマズ、人生は波乱に満ちるものだが……………クハハッ!オレがこんな事を言うとはな!」
モンテ・クリスト伯爵、巌窟王、そしてエドモン・ダンテスはタバコの火を消して俺の部屋から立ち去った。
彼は最後まで言わなかったが、俺は彼の言いたかったことを察せられないほど鈍い人間ではない。
陰謀の末シャトー・ディフにブチ込まれた青年、エドモン・ダンテス。
しかし彼は復讐心と共に希望を持っていたのだろう。
暗闇の中の一条の光とも言える、微かな希望だったかもしれないが…暗闇の中の光は殊更に輝かしいものでもある。
"巌窟王"の最後はどんなのだったかな?
俺は遥か昔に読んだ本の、最後の1ページを思い返した。
確か…彼は復讐を果たし、異国の姫・エデと共に新しい人生を歩みだす。
例え復讐鬼となれど、人生に求める希望と幸福は我々と変わらないのだろう。
"アベンジャー"エドモン・ダンテスは"巌窟王"の主人公とは異なり復讐の塊のようなサーヴァントらしいが、根は良いに違いない。
「…シマズ、良いことを教えてあげましょうか?」
「え、なんすか?」
「アイツ、ああは言っても何よりも好きな料理はブイヤベースなの。」
青年エドモン・ダンテスはマルセイユ出身の船乗りだった。
故郷と母親の味は宮廷料理に勝るというわけか…。
「……今度アンタにも作ってあげましょうか?私だって、ブイヤベースくらいなら作れるわ。尤も、竜の魔女の手料理なんて食べて無事で済むかは分からないけど…うふふっ」
………えぇぇ。
結婚して?