歯を浮かす秘薬   作:よみつき

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閲覧ありがとうございます。書くのは2本目です。
また拙いものですが、読んでいただけると嬉しいです。


歯を浮かす秘薬

その異変がアルベドを襲ったのは、ナザリック時間で昼を少し回った頃だった。

この日アルベドは、自身が抱えている様々な仕事の合間に一時の癒しを得る為、愛しい主人たるアインズの執務室を訪れていた。

だが部屋の前で控えるメイドの言によればアインズは、昼前に思い立ったかのように自室にアイテムを取りに行くといい、すぐに戻るから1人で構わんとメイドを残し退席してしまったらしい。

 

「チッ。ついてないわ…。せっかくアインズ様にお会いできる時間が出来たというのに…。」

 

アルベドは舌打ちしたが、少し待てばアインズに会えるようなので執務室で待たせてもらうことにした。

執務室に入ると、智謀の王たるアインズにしては珍しく、机の上には本が開かれたまま置かれており、メイドの言ったとおり、アインズは少し席を立っただけのようだった。

 

「この分ならすぐにでもアインズ様に会えそうね…。アインズ様…、一体どんな本をお読みになっているのかしら。」

 

共通の本を読めば共通の話題を持てるようになってゆくゆくは共通のベッドであれやこれや…、などと純粋な乙女心(?)からアルベドが机に近づいた時だ。

 

「ひっ、ひぇぇぇ……?! 」

 

すっとんきょうなメイドの悲鳴が聞こえ、どたっと倒れるような音がドアの向こうから聞こえてきた。

 

「なにっ!?」

 

すわ敵かと身を翻すと、執務室のドアが開かれ、ゆっくりとこの部屋の主の姿が入ってきた。

 

「あ、アインズ様……。あの、メイドの悲鳴が聞こえましたが何か至らぬ点がございましたでしょうか。」

 

アインズの姿を認め、アルベドは頭を守護者統括モードに切り替えてアインズに話しかけた。

 

「うむ。なんでもないぞ美しいアルベドよ。シクススが可愛かったのでこのように少し手を握ったら何故か立ったまま気絶してしまっただけだ。」

 

アインズは何でもないようにアルベドの手を握るとこれまた何でもないようにアルベドに告げた。何でもないように。

 

「 」

 

だがアルベドの頭は一気に混乱に陥った。

口をパクパクさせるが声が出ない。頭のなかにはアインズが自分を美しいと言った台詞が無限にリフレインし、手からは尊い御身の手が自分の手に指を絡ませてにぎにぎとしてくる感触がはっきりすぎるぐらい伝わってくる。

 

「どうした美しいアルベドよ。顔が真っ赤だぞ?」

 

「ひ、ぃぇ、なんでも、なんでも、こざいません……」

 

今度は自分の顔を覗きこむアインズ。アルベドは混乱する頭でなんとかそう告げるだけで精一杯だ。それは普段アインズに飛びかかって押し倒す姿からは想像も出来ない乙女のような反応だった。いつもは押せば引くようにアルベドにつれないアインズの態度からは考えられないこの状況に、アルベドの優秀な頭脳はキャパオーバーを迎えてしまったのだ。

だが今日の御身はとまらない。

 

「私の大事な美しいアルベドよ、こんなに顔を赤く染めてなにもないわけがあるか。…、ほら、こんなにも額が熱い。膝枕をしてやるから少し休むといい。」

 

アルベドの額に自身の額を当てるとそのままアルベドをお姫様抱っこでソファまで移動し、有無を言わさず膝枕の姿勢となったのだった。

 

「は………、え………?」

 

視界には愛しい御身の顎の骨と執務室の天井、その天井で混乱している八肢刀の暗殺蟲の姿が写りこむ。アルベドは未だ混乱する頭で何故か、あぁ、こりゃあメイドも気絶するわ。等と変な納得をしたのだった。

しかし納得してもこの状況が異常な事に変わりはない。自分の頭皮が告げているのだ。今アインズは自分の髪を指で梳いていると。自分の耳も告げているのだ。アインズがお前によく似合う美しい髪だと言っていると。首の辺りにはローブに包まれた硬いがあたたかみのある御身の腿の骨の感触がある。

………もしかしてこれパンドラズ・アクター?

アルベドはあまりに普段とかけ離れたアインズの態度に一瞬、化けることを専売特許とした役者の姿を思い出す。

しかし感じる気配は偉大なアインズ・ウール・ゴウンその人のものだった。

 

そんな風に目を白黒させていると、髪を指で梳いていたアインズが、覗きこむようにアルベドを見た。

 

「気分はどうだアルベドよ。」

 

気遣わしげに言いながら今度は優しく頭を撫でている。

なにこれ!? どういうことなの?!実は私まだ寝てるの!?でも夢なら覚めないで!アルベドの頭の中は混乱しすぎて口からはなにも言葉が出てこない。そもそもアルベドは、今なにかと忙しく、睡眠や食事の時間すらアイテムで切り詰めている状態なので眠気で夢を見る等と言うことはあり得ないのだが、彼女には今そんなことに思い至れる冷静さはなかった。

 

「ふふ。今日はどうした?おとなしいじゃないか。いつも情熱的に迫ってくるのに、今日は見た目通りのお淑やかな姫のようだぞ?」

 

だというのにこうして更なる混乱を簡単にもたらすのだこのオーバーロードは。

 

「あの、アインズ様…、今日はどうなされたのですか?」

 

「どう、とは?」

 

やっとのことで口にした疑問に直ぐにアインズは質問で返した。

 

「ふむ…。そうだな。アルベドよ私はなにも普段と変わりはないぞ。」

 

うそつけ!!!!

不敬にもそう叫びそうになったアルベドは、手で喉を押さえつけてなんとかそれをこらえた。

 

「どうしたのだアルベド、そんなに首を強く押さえたらお前のしなやかな肌に跡が残ってしまうぞ?」

 

もう、無理だった。無理寄りの無理だった。守護者の中でも防御力に関しては並ぶものはいないと思っていた。なんならアインズや、気に入らない至高の連中とだって、一対一ならばある程度耐えて見せると思っていた。しかし実際はどうだ。このザマだ。言葉だけで自分は無力になってしまった。

 

「も、モモンガしゃまぁ…」

 

最後にか細く愛しい御身の名を呟くと、アルベドは意識を手放した。

 

「アルベド…、やはり日頃の激務で疲れていたのだろうな。」

 

違います!と天井の八肢刀の暗殺蟲がツッコミをいれたい衝動に悶えているのだが、気づかないアインズはよっこらせとアルベドを抱え上げた。

 

「ふむ。思ったより軽いな…。」

 

意外と楽々、と言った感じで歩き出す。

 

「八肢刀の暗殺蟲よ、私はアルベドを部屋に寝かせてくる。すぐに戻るので供は不要だ。」

 

「畏まりました。」

 

八肢刀の暗殺蟲のリーダーは珍事に混乱しながら短く答えると、配置に付き直した。

 

「すまないシクスス、扉を開けてもらえるか。手が塞がっていてな。」

 

御身ショックからなんとか復活していたシクススは、扉を開けた先にアルベドをお姫様抱っこするアインズがいて、さらにまたいくつか甘い言葉を投げ掛けられるというセカンド御身ショックをうけ、無念にもまた撃沈した。

 

 

アルベドを部屋に寝かせ、執務室に戻ろうと部屋を出たときだった。

 

「あ!アインズさま!!」

 

快活な声と共にアウラが早足で近づいてきた。

 

「ちょうど良かったですアインズさま!6階層でピニスンから効能が外で育てたものより遥かに高い魔法の果実が出来たという報告があがっています!一度見に来ていただけますか?」

 

ハキハキと報告するアウラの目が自分の階層で起きた出来事を自慢するように輝いている。

 

「そうかそうか。アウラが言うなら期待できそうだな。よし、浮遊(レビテーション)。」

 

「ぅえっ!?」

 

アインズが普通の様子だったからアウラはまったく身構えていなかった。浮遊の魔法はその名の通り、物を浮かせる効果を持つ。

アウラは驚きの表情のまま浮かび上がるとそのままアインズの腕に抱かれた。

 

「あ…、アインズさま…??」

 

「第6階層に行くのだろう?」

 

「あ、はぃ…、そうですけど」

 

「ではせっかくだし歩いていこうか。」

 

当然といった顔でアウラを抱っこしたままアインズはずんずん歩き出す。気が気じゃないのは抱き抱えられたアウラだ。ここはアインズの私室もある第9階層。つまりどういうことか。

 

「みな、よく働いているな、私は嬉しいぞ。」

 

アインズがすれ違うメイドに声をかけている。

メイドはみな嬉しそうに黙礼するが、アインズが通りすぎた途端に振り返り、抱っこされたアウラに興味津々の視線を向ける。

 

「うぁぁ…」

 

ものすごく恥ずかしい。いや、当然嬉しい気持ちもある。でも恥ずかしい。アウラはアインズのローブに赤くなった顔を隠すようにしながらぎゅっとしがみついた。

 

しがみついて暫くして、アウラは頬に熱さを感じて顔を上げた。ここは第7階層か。どうやらアインズは本当に第6階層まで歩いていく気のようだ。

 

「私は大丈夫だが、ここは少し暑い。アウラよ、汗をかいたら言うのだぞ。直ぐに水を用意するからな。それとこれを首に巻いてやろう。」

 

虚空に手を突っ込んだアインズはタオルを取り出しアウラの首に巻いた。巻いたがアウラは抱っこされたままだ。

 

「あの、アインズ様、決して、決して嫌な訳じゃないというか、むしろちょっと嬉しいんですけど、あの、わたし、いつまで抱っこされたままなんでしょう…?」

 

「ん?そうだな。アウラは抱き心地がいいからな…。そうだな、今日私が寝るまでこうしていようかな。はっはっは。」

 

アンデッドって寝ませんよね!?

喉まで上がってきたツッコミを飲み込み、しかし、それって今日はアインズ様とずっと一緒ってこと!?と思い至り別の意味で体が熱くなるアウラ。第7階層でそこら中から聞こえる馬鹿な人間の嘆きの声や悲鳴など全く耳に入らない。

 

「アウラ、アウラには中々力を発揮させる仕事を与えてやれていないが、トブの大森林での建設工事や他の守護者達とのさりげない関係の調整など、見えにくい仕事で大変私の役にたっている。さすがは茶釜さんの作った…、いや、私の可愛いアウラだ。私は認めているぞ。」

 

なのにアインズの声はアウラの耳にするりと入り込む。至近距離からのお褒めの言葉にアウラはぎゅっとアインズにしがみつくと、ふるりと体を震わせた。

 

「アインズ様…、ありがとうございます…」

 

「うむ。私がどれだけお前を大事に思っているか、少しでも伝わればそれでよい。さぁ、第6階層に着いたぞ。ドライアードがいるのはどっちだったかな?」

 

「ここからですと、北北東に少し行ったところに作った外の者達用の集落ですね。」

 

「そうか。ならばナザリック謹製の魔法の果実とやらを確かめないとな。」

 

「はい。森妖精やドライアードが外から持ってきた弱い効能のある果実をナザリックの土壌とマーレの魔法、私の魔獣からできた堆肥などで育てたところ、普通に収穫された物よりも遥かに優れた効能、または全く違った効能を持つ果実となったそうです。わたしもまだ全て詳しく報告を受けたわけではないのですが、なにかアインズ様の御役に立つものがあればいいのですが。」

 

「なに、効果を調べてから使い道を考えてもけして遅くないさ。ガラクタが思わぬところでとても役に立つ事があるように、こういう知識は覚えていればどこかで何かの役に立つものだ。アウラも覚えておくといい、ユグドラシルで最高のアイテムであるワールドアイテムよりもある意味で価値があるもの。それは知識だとな。…お、あれだな。アウラ、集落が見えてきたぞ。」

 

結局アウラは第9階層から第6階層までアインズに抱っこされたまま、目的の集落まで来てしまった。首だけ振り返って前を見ると、既に収穫された様々な果実や葉が、森妖精によって机に並べられており、ピニスンがそれに触って何かを調べているようだ。

 

「皆、今回はよくやってくれたようだな。アウラから報告を受け、今後この作物が如何なる有用性を持ち得るか知るため、今回は私が直々に足を運ばせてもらった。……あぁ、堅苦しい挨拶は抜きにしてよい。そこのドライアード、ピニスンと言ったな。この作物が通常のものと比べてどうなのか、説明してもらえるかな?」

 

アインズが声を掛けると、この大墳墓の主の登場に慌てて跪こうとする一同を片手で制し、アインズは先ほど何か調べていたピニスンに説明を命じた。

 

「は、はいぃ!ではあの、ご説明させていただきます!あの!まずこちらのリンゴによく似た果実なんですが、これは魔力回復に効果のある果実で、通常であれば魔力の回復速度をほんの少し早くする効果しか持ちません、しかしここでとれたこの果実は、食べると即魔力が少量回復する上、回復速度も元々より上昇し、さらに暫く土を使用するタイプの魔法に若干の耐性を付与いたします。次に~…」

 

ピニスンが傍目にも緊張でガチガチな様子で効能の説明をしてくれる。

 

「なるほど。それはすばらしいな。ナザリックが持つ財は外の者たちからすれば値も付けられぬ程高価で高性能なものが多い。易々と持ち出すことはできない。だが、この程度の効能であれば少し加工して外に流通させれば良い外貨獲得の手段となるだろう。」

 

「下位のポーションすらこの世界にはありませんでしたものね。」

 

「そうだな。流石は可愛いアウラだ。よく覚えていたな。偉いぞ。」

 

よしよし、といとおしげにアウラの頭を撫でる怖い骸骨を見て、ピニスンや森精霊達がなんだか目のやり場に困ったような顔をしている。

しかし、本当に困ったのは時に上位者としてここにいる者達に振る舞わなければならないアウラの方だった。

 

(は、はぁぁ~!どうしちゃったのアインズ様!これにも何かお考えがあるのぉ~!?)

 

「アウラよ。収穫した作物に保存の魔法をかけ、宝物殿のパンドラズ・アクターのもとに運べ、いろいろ鑑定したのち、いくつかここの者と協力して、ナザリックの外で売り出すアイテムを作ってみよ。なに、私の大好きなアウラなら簡単にできる仕事だ。任せてもよいな?」

 

「ひゃ、はい!アインズ様!お任せください!!」

 

「よしよし。では名残惜しいがアウラを降ろさないとな。」

 

アインズはアウラをようやく地面に降ろし、しかしそのままかがむ。

 

「しっかりと励むのだぞ?」

 

そしてアウラをぎゅっと抱きしめる。

 

「あ、あわ、アインズ様!?」

 

「では、私はもう行くぞ。」

 

言うだけ言ってアインズは指輪を使って消えていった。

 

「アインズ様……大好きって……わたしを!?」

 

後には顔を真っ赤にしたアウラと、凄くいい笑顔の森精霊達が残された。この後アウラが彼女達に何があったか根掘り葉掘り聞かれるのは言うまでもなかった。

 

 

第6階層を後にしたアインズは、執務室に戻ってきた。シクススに直ぐに戻ると言ったのに大分時間をかけてしまったと、入口でなにか幸せそうに視線を宙にさ迷わせている彼女に丁寧に御機嫌を取り謝ってみたらまた気絶したので、そのままにも出来ずとりあえずシクススを執務室のソファーに横にして自分のローブを掛けてやっている。

 

「今日はみんな疲れているのかよく気絶する日だなぁ…。やはり休みの導入は必須か…?」

 

アインズは全く見当違いの感想を呟きつついつもの漆黒のローブ姿に着替え、執務机に戻る。

開いたままにしていた本を読み進めていると、執務室にノックの音が響く。

 

「誰か来たか…。シクススは目覚める様子はないな。」

 

仕方がないのでアインズは自分で部屋の扉を開いた。

 

「シクスス、アインズ様にお目通りを願ぃやぁアインズ様!?」

 

そこにはメイドに入室許可をとろうとしていたのに、目の前にアインズが現れたことに面食らった表情をしたシャルティアがいた。

 

「シャルティアか。どうした?そのように目を丸くして。」

 

「ア、アインズ様が御自ら扉をお開けになるなど!メイドはどうしたのでありんすか!?」

 

「シクススか?シクススなら中で寝ているぞ。」

 

「寝ている……?ま、まさかアインズ様、シクススに御寵愛を……!?」

 

驚愕にうち震えるシャルティアに、アインズはやれやれと肩を竦めると、シャルティアの手を取り、部屋に招き入れた。

 

「そのようなことはしていない。お前も含め、私の仲間達が作り上げた者は全て美しいし愛しているが、私は今のところそういった事ができる状況ではない。シクススはちょっと働きすぎて疲れてしまったのだ。あぁ、そんなに責めるような顔をするな。無理させた私がいけないのだ。それでペロロンチーノさんが作った愛らしいシャルティアよ。今日はどうしてここに来たのか教えてくれるか?」

 

「あ、愛らしい?!あ、その、アインズ様、もう一度言ってほしいでありんす!!」

 

「ふふ。愛らしいシャルティアの頼みなら何度でも言ってやるとも。」

 

「ふぁぁーーー!アインズ様にそんなこと言われると照れるでありんすー!」

 

「ははは。さすがシャルティアは照れる姿も可愛らしいぞ。」

 

アインズは頬を染め、くねくね体を揺らすシャルティアをさらに褒める。

 

「それでシャルティアよ、今日はどのような用向きかな?」

 

「…はっ!?これは失礼いたしんした!アインズ様、一緒に来ていただきたい場所がございんす。おいでいただけますか?」

 

小首をかしげてお願いするシャルティアに、勿論かまわないと言い、アインズはシャルティアと執務室を出た。

 

「シャルティアよ、最近どうだ?なにか困ったことや私にしてほしいことはないか?」

 

歩きながらアインズはシャルティアに問いかける。

 

「そうでありんすねぇ…、あの、少し小耳に挟んだのでありんすけれど、アインズ様がおチビを抱っこして歩いた等という根も葉もない話が伝わってきんした。それは本当の話でありんすか?」

 

「おチビ…。あぁ、アウラのことか?本当だとも。なんならシャルティアも抱っこしてやるぞ。」

 

事も無げに答えるアインズに、シャルティアは驚愕に震える。先ほど部屋を訪ねたときから様子が違っていたのは実感していたが、伝え聞いた話は流石に誇張だろうとたかをくくっていたのだ。だが誇張だろうとなんだろうと気になるものは気になる。シャルティアは一般メイドから話を聞いた吸血鬼の花嫁にこの話を教えられると一目散に第9階層まで来たのだ。当然アインズに一緒に来て欲しいところなどない。いや、ある。死蝋玄室の自分のベッドとか。

それにしても至高の御身に抱かれて自分の階層まで連れていってもらうなんて、なんて御褒美だろう。思うとシャルティアの身体は今度は興奮と嫉妬に震える。だが、アインズはいまそんなシャルティアに、望むなら自分にも同じ褒美をくれると言っている。

 

欲しいっ!私も御褒美がっ!だが逸る気持ちを抑えながらシャルティアは思った。アウラと同じ褒美でいいのか、と。どうせもらうなら一番良いものがいい。今日のアインズ相手なら押せば行くとこまで行けるかもしれない!

 

「あ、アインズ様?抱っこもいいでありんすけど、抱いて下さるならお姫様抱っこがいいでありんす!…駄目でありんしょうか?」

 

「はっはっは。では麗しのシャルティア姫様、失礼致しますよ。」

 

瞳を潤ませてた上目遣いで頼むと、アインズは笑いながら少し格好をつけ、すっとシャルティアを抱き上げた。

 

「ふぉぉぉぉ……!!」

 

要望通りお姫様抱っこされ、その腕の中からこちらを見下ろす赤く燃える瞳を見上げる。目と目が合う、それだけでシャルティアの動かない心臓は跳ね上がった。

 

「どうだシャルティア?私の骨の腕では硬くて居心地が悪くはないか?」

 

「そ、そんなことありんせん!今まで経験したなかで最高の居心地でありんす!!」

 

「ならよい。さてシャルティア、私はこれからどこへ向かえばいいのだ?」

 

「え?…あっ、そうでありんす!私の部屋、死蝋玄室まで行って欲しいでありんす。…あの、出来ればこのまま歩いて向かいんしょう?」

 

「ふふふ。今日のシャルティアは甘えん坊さんだな。まぁ、こんなに可愛い姫様のお願いを叶えないわけにも行くまい。では、参りましょうか我が姫君。」

 

アインズはやたらキザったらしく言うと、シャルティアを抱えたまま第2階層に向けて歩き始めた。

 

 

 

 

少し長めの漆黒のモモンとしての活動を終え、ナザリックに帰還したパンドラズ・アクターを出迎えたのは、いつもとはなんだか様子の違うメイド達だった。

彼女達は一様にいつも以上に身なりを整え、しかし少しキョロキョロしながら仕事をしていた。いつもなら彼が挨拶をすると「うわぁ~…」という彼にとって大変不本意なリアクションをされるのだが、今日に限っては自分の事など余り見えていないようだ。

 

「これは……。わたしの居ない間になにか大がかりなイベントでも計画されたのでしょうかね…。」

 

イベントが起こされるとすると、ナザリック内で何かしら財の消費が起こるかもしれない。ナザリックの財務管理者としては見過ごせない事だ。しかしパンドラは自身の管理する宝物殿のデータを見て予定以外の消費がないことを確認し、首をかしげた。

 

「うーん…。なにか起こっているとは思うのですが…。緊急性のないことなのですかねぇ…。父上に聞いてみましょうか…。」

 

「おぉ、パンドラズ・アクター様。ナザリックにお戻りでしたか。」

 

一人呟きながら廊下に立っていると、廊下の向こうから執事長のセバスが少し急ぎぎみでやって来た。

 

「ちょうど良いところにお戻りくださいました。少しお知恵をお借りしたいのですが。」

 

パンドラズ・アクターはセバスの様子までもがいつもと違うことから、やはりなにかあったと確信し、大袈裟に回転しながら決めポーズをとった。

 

「おお!同志セバス殿ッ!!わたしのこのっ!アインズ様に頂いたッ!力ッ!まさにナザリックの為にッ!存っ分に!」

 

「そういうのいいので早くこちらに来ていただけますか。」

 

「オォゥ、セバス殿いけず~。…いったい何があったのです?普段と違う一般メイドの様子と関係が?」

 

「さすが御明察です。ですが立ちながら話す話でも御座いませんから、お早く。」

 

セバスになかば引きずられるようにして連れていかれた先の部屋には、マーレとコキュートスがいた。

 

「おや、このメンバーでデミウルゴス殿が居ないというのは珍しいですね。」

 

「いえ、デミウルゴス様は今頃聖王国から必死に転移を繰り返してここに向かっているでしょう。」

 

「はぁ?なんでまたそんな非効率なことを…。シャルティア嬢に移転門を繋いでもらえばよいではないですか。」

 

「パンドラズ・アクターヨ、マサニソコガ今回ワレラガ集マッタ件ダ。」

 

「パンドラズ・アクターさん、あ、あの今ナザリックの女性は大変なことになっているんです!おねぇちゃんとか、シャルティアさんとか!」

 

「女性が…?詳しく教えてくださいますか?」

 

「えぇ、私がこの異変に気付いたのは、15時の小休憩にアインズ様に香りの良いお茶でも楽しんで頂こうと執務室を訪れた時でした。ノックをしたのですが誰も応えず、また、アインズ様が部屋から出ているという報告はなかったので、不躾ながら執務室に入ったのですが、なんとそこには今日アインズ様がお召しになっておられたローブを掛けられてソファーで幸せそうに眠るシクススの姿があるではありませんか!私は直ぐにシクススを起こしました。そこで私はシクススからアインズ様の様子がおかしい事を聞いたのです。」

 

「アインズ様の様子がおかしい…。それと女性陣の異変が関係しているのですね?」

 

「トイウヨリモ、アインズ様ノ様子ガオカシイノデ、女達ノ様子ガオカシイノダ。ワタシノ階層デモ雪女郎ガ見タコトガナイホド上機嫌ニナッテイタ。」

 

「ボ、ボクの方でもおねぇちゃんが顔を真っ赤にして部屋に入ったまま出てこなくなっちゃったんです。森精霊に聞いた話では、アインズ様が物凄い勢いでおねぇちゃんを甘やかして、それで、あの、抱きしめたり?とか?したみたいなんです。」

 

「シクススに確認したところ、今日のアインズ様はマジでヤバい。無理…。尊い…。などというなんとも意味のわからない事しか言えなくなっておりまして。アルベド様とシャルティア様には伝言が繋がらないのです。」

 

「全く意味がわかりませんね……。」

 

「各階層の者達に聞いたところ、どうやら今アインズ様はシャルティア様をお姫様抱っこしながら歩いて第2階層に向かっているようです。女性陣が浮わついた様子なのは、アインズ様が誰か女性に会う度に、過剰なまでに褒めてくださったり、労ったりしてくださるという情報がナザリック中に伝わったからでしょう。それに、伝言でアインズ様に連絡を試みているのですが、こちらもなぜか繋がらず…。」

 

「伝言が繋がらない…。あぁ、それでデミウルゴス殿は移転門を繋げてもらえなかったということですか。〈伝言〉。………確かに繋がりませんね。この感じは、何かに妨害されているような感覚ですね。」

 

「ナンダト!?ソレハ外部カラノ敵対行動トイウコトカ!?」

 

「えぇ!?い、いったいだれが!?」

 

気色ばむ守護者にパンドラズ・アクターは宥めるように手を動かす。

 

「いえ、外の世界にしろ未だ見ぬプレイヤーにしろ、ナザリック内に何のペナルティもなくこんなことを仕掛けられる者はいないはずです。防壁が発動した様子もないですから、これはナザリック内でなにか……、そうですね、完全なる狂騒のようなアイテムが発動したのではないですかね。」

 

「なるほど…。それで本来状態異常が無効化される筈のアインズ様に影響が出ていると言うことなのですね。」

 

「じ、じゃあそのアイテムがなにかわかるんですか、パンドラズ・アクターさん。」

 

「うーん、宝物殿にあるアイテムなら全て把握しているのですが、このような効果をもたらすアイテムは所蔵してなかったはずです。」

 

「それじゃあ、何が原因なのかはわからないってことですか?」

 

「いえ、そういうわけでもございません。パンドラズ・アクター様は宝物殿にあるアイテムが原因ではないとおっしゃいました。ならば他に色々なアイテムがある場所といえば、それは第9階層、至高の御方々の部屋に相違ないでしょう」

 

「そうですねぇ。至高の御方々のマイルームとなれば、様々なンンンンレッア!なアイテムが置いてあると伺っていますし!可能性は高いと思いますね!セバス殿、アインズ様が本日自室に戻ったということはありますか?」

 

「昼前ごろに一度そういった事があったと伺っております。」

 

「では皆さん、とりあえずアインズ様の部屋に移動しましょうか。」

 

 

 

「シカシ、主人ノ許可ナク部屋ニ立チ入ルナド、許サレルノダロウカ?」

 

アインズの部屋に向かって歩いていると、フシューっと白い息を吐きながらコキュートスが不安げに言う。マーレも横でそういえばそうだという顔でパンドラズ・アクターを見た。

 

「まぁ不敬か不敬でないかといえば不敬でしょうがね。」

 

しかしパンドラズ・アクターはそれが不敬だと判断した上で、しかし足を止める様子はない。

 

「不敬でしょうが、このままアインズ様を放っておけば、もっとマズい事になるでしょうね。」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「思い出してください。今アインズ様が誰と一緒にいらっしゃるか。」

 

その言葉に皆一様に深く頷く。

 

(やばい。シャルティアだ……。)

 

全員がその事に思い至り、自然とアインズの部屋に向かう速度が速くなった。このままではアインズの貞操の危険が危ない!

 

「今のアインズ様はどうやら女性に物凄っっく、甘い様子。シャルティア嬢に迫られたら断れないでしょう。しかし!それはアインズ様の御心に反する、と私は思います。それを防ぐ為ならば私はあとでアインズ様に咎められても構いません!さぁ、着きましたよ!!」

 

パンドラズ・アクターはアインズの部屋の扉を躊躇なく開き、部屋に入った。セバスと守護者達もその後に続く。

 

 

そこで見たのはあり得ない光景だった。

 

「あ、モモンガさん、見えてますか?」

 

「モモンガさん、こっちこっち!」

 

「ギルマス、ここの引き出しって何が入ってんの?開けていい?」

 

「むふふ俺ベッドの下にエロゲのデータ隠しとこー」

 

「このド愚弟が!ギルマスの部屋になにしてくれてんだ!!ごめんねモモンガお兄ちゃん!このバカは始末するから!」

 

「ギエピーーーー!!」

 

「まったく仲がよろしいことで……。」

 

アインズ・ウール・ゴウンの至高の41人が、入れ替わり立ち替わり部屋の様々な所に現れ、そして久しく聞かなくなったアインズの本当の名を呼び、話しかけてくる。

 

「これ…、は…。」

 

その光景に全員が息を飲む。

実際には、何かのアイテムに記録された映像が勝手に再生されているに過ぎない。それは理解していた。

 

だが、この光景は。アインズ・ウール・ゴウンの最盛期、とても華やかで賑やかだった、過ぎ去った過去の栄光。もう見ることも叶わないと思っていた自分達の創造主の姿に、守護者達はふらふらと近づいていく。彼らの姿は一定時間経つとまた最初から再生される。繰り返される言葉は守護者達に向けられたものではない。しかしセバスも、コキュートスも、マーレも、自らの創造主の前で跪いていた。

 

パンドラズ・アクターにだってその気持ちが分からないわけもない。しかし、この部屋の様子からして何かのアイテムが発動したことは間違いないとわかった。

 

「みなさん、落ち着いてください。御方の姿にそうなってしまうのはわかりますが、これは立体映像です。アインズ様の部屋にこうして異変が起きているということは、間違いなくここに元凶となったアイテムがあるのですよ!」

 

声を張りる。アクターと名が付くだけあってよく通るその声が守護者達を現実に呼び戻す。

 

「大きな声を出して申し訳ありません。ですが、今は映像の御方々に跪いている時ではないでしょう?」

 

「コチラコソスマナイ。パンドラズ・アクター、オマエノ言ウトオリダ。」

 

「ごめんなさい、ぶくぶく茶釜様の御姿を見て気が動転してしまって。」

 

「私も、家令としたことが面目次第も御座いません。」

 

「いえ、先程も言った通り気持ちはわかりますから。さぁ!アインズ様に異変をもたらしたアイテムを探しましょう!」

 

そうして、彼らはアインズの部屋を丁寧に捜索した。そんな中でマーレが部屋のある場所に立った時だった。

 

「モモンガさん、この引き出しの中にあるスイッチだけは、何があっても押してはいけませんよ。」

 

再生し続けるはずだった映像の御方々のなかで、白銀の騎士たっち・みーがそれまでとは違う台詞を言ったのだ。

それに続くように、他の御方も口々に絶対に近づいてはいけない、開けるな、やめておけ、と口々に言い始めた。

 

「え?え?あの、これは一体?」

 

戸惑うマーレだったが、御方々の視線を追うと、ある小さな引き出しが開け放たれているのが見えた。

 

「パ、パンドラズ・アクターさん、あれ!」

 

「えぇ、マーレ殿はそこにいてくださいますか?私が調べます。」

 

パンドラズ・アクターは引き出しに近付くと、慎重に中を覗き込んだ。

引き出しは二重底になっていて、アインズが開けたのか、蓋板がずれていた。

 

「この下になにかあるんでしょうね…。」

 

パンドラズ・アクターはさらに慎重に板を取り外した。中には赤いスイッチが一つ設置してあった。それをパンドラズ・アクターが確認した瞬間、部屋の各所に映し出されていた至高の御方々がパンドラズ・アクターを取り囲むように移動し、今度は口々に押すなよ、絶対に押すな!と合唱を始めた。

 

「………ここまでくると、原因は十中八九このボタンだと思いますが、こんなに押すなと言われているのにアインズ様はこれを押してしまったのでしょうか…。」

 

こんなに言われたら普通押さないと思うんですけどね。そう思いながら引出しからスイッチを取り出す。スイッチは既に押されているのかボタンが引っ込んでいる。

そしてそのボタンの天面には『いいや!限界だ!!』と書かれている。

 

「完璧に押してますねぇ…。」

 

アイタタター、と天を仰ぐ。

 

「おや…?」

 

天を仰いだその視線の先、天井に小さな四角い穴を見つけたのだ。その中にはなにかガラス瓶のようなものが口を開けているのが見えた。

 

「何ですかねあれは…。コキュートス殿、少しよろしいですか?」

 

「ドウシタ?」

 

「あそこの穴の中にある瓶らしきものを取っていただけますか?」

 

「マカセロ。……コレハナンダ?」

 

「さぁ…?鑑定してみましょう。道具上位鑑定!」

 

「これが今回の事件の原因なのでしょうか。」

 

「ど、どうでしょう。可能性は、あると思います、けど。」

 

「……はぁぁ~。至高の御方々もイタズラが過ぎますね……。みなさん、わかりました。これが元凶です。」

 

そう言ってパンドラズ・アクターは皆の前でひらひらと空瓶を振った。

 

「ソレハドノヨウナアイテムダッタノダ?」

 

「ご説明します。このアイテムの名前は『浮わついた唇』これの中身を飲むか、又は浴びるかすると効果を発揮します。効果時間は1日、発揮される効果は好意を持つ異性に対して、使用者の耐性を無視して強制的に歯の浮くような台詞やキザったらしい行動を取らせる状態異常を付与する、というものです。」

 

「なぜそのようなアイテムがこんなところに仕掛けられていたのでしょう?」

 

「何故もなにもこの御方々の映像を見るに、まだアインズ・ウール・ゴウンに御方々がいた頃に仕掛けられて、長い時を経て今日発動してしまったということでしょう。」

 

パンドラズ・アクターは自分も見たことがなかったレアアイテムがイタズラに使われていた事にちょっとしたショックを受けたのか、大袈裟な身振りをやめて普通に説明した。

 

「じ、じゃあアインズ様は明日の昼頃まであのままということなんですか?」

 

「ええ、まぁそういうことですね。……ということは。」

 

「アインズ様トシャルティアヲ一刻モ早ク引キ離サナケレバ!」

 

コキュートスの声にマーレとパンドラズ・アクターは指輪で、他の者は全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

少し時間は遡って、アインズはシャルティアをお姫様抱っこしたまま第2階層まで来ていた。道中、湖で二人でピクニックみたいなことをしたり、雪原で雪女郎達と雪合戦やかまくらを作ったりして遊んでいたら思ったよりも時間を取られてしまったのだ。

 

「シャルティア、あと少しで死蝋玄室に着くが、私に何を見せてくれるのかな?」

 

腕の中のシャルティアに話しかけると、シャルティアは恍惚の表情でアインズに答える。

 

「私の、とても大事にしているものでありんすえ。アインズ様に見ていただければきっとお気に召すはずでありんす!」

 

「そうか。シャルティアの大事なものか。なんだろうな、とても楽しみだぞ。」

 

 

 

「大変失礼ながらアインズ様、それをご覧になることは諦めていただけますでしょうか。」

 

 

凛と響く声。死蝋玄室のドアの前に、頭を下げて立つ煉獄の悪魔の姿があった。

 

「デミウルゴスっ!?おんしはまだ聖王国にいるはずっ!なんでここに!」

 

「セバスからナザリックの異変を聞いて、貴女に移転門を繋いでもらおうと何度も伝言をしたのに、故意なのか何かの妨害なのかまったく伝言が繋がらない。それどころか転移を妨害する細工までしてありましてね。疲れましたよ、荷物を持って何度も転移を繰り返してここまで来るのは。」

 

「そ、それはすまないことをしんした。なにか妨害が働いて伝言が繋がらなかったんでありんすねぇ……。こまったことでありんすねぇ……。」

 

「ハァ?」

 

「わ、わたしが故意に妨害しました……」

 

シャルティアが目を泳がせるが、デミウルゴスの第5階層より低い温度の声と張り付けたような笑顔にあっけなく自白した。

 

「こらこらデミウルゴス、あまりシャルティアを苛めてやるな。シャルティア、どうしてそんなことをしたのか教えてくれるか?」

 

「あァ、アインズ様ぁ。わたしは誰にも邪魔されずにアインズ様と二人でいたかっただけなんでありんす~!」

 

シャルティアは器用にアインズの腕の中でしなを作ると、甘えるような声で訴えた。デミウルゴスは内心でそれを小馬鹿にしていた。アインズがそんな理由で己の職務を放棄したシャルティアを許すはずがないからだ。

 

「そうか、ならば仕方がないな。私も可愛いシャルティアと一緒にいられるのは嬉しいぞ。」

 

だがデミウルゴスの予想に反してシャルティアはあっさりと許されてしまった。報連相が出来なかったルプスレギナをチビるぐらい怒鳴り付けたという至高の御方とは誰の事だったのか…。

 

「あぁアインズ様、なんて御優しい…!わたしは嬉しいでありんす!!」

 

そしてこのシャルティアの甘えた声のなんとイライラすることか。しかもシャルティアはデミウルゴスをチラ見して余裕の笑みまで浮かべるではないか。

ナザリックに到着してからここに駆けつける道中、パンドラズ・アクターに事情を聞いていなかったらこの怒りを堪えられなかったかもしれない。

デミウルゴスは非常に不愉快だった。偶発的な事とはいえ、御身が明らかにいつもと様子が違うというのに、心配するでもなくそれを利用するなど僕としてあるまじき態度ではないか。

 

「シャル「シャアアアアアルティアァァァァァァァァァァ!!!!!」…は?」

 

「うぎゃんっ!?」

 

デミウルゴスがシャルティアに僕としての心得を説教しようと口を開いた瞬間、白い旋風が正確に御身の腕の中からシャルティアだけを吹き飛ばした。

シャルティアを吹き飛ばした旋風が地面に激突し、もうもうと立ち込めた土煙が晴れる。

 

「シャルティア…、貴女覚悟はできてるんでしょうねぇぇ…!」

 

そこには般若の形相をしたアルベドが立っていた。

 

「な…っ、なにをするでありんす!せっかくアインズ様の腕の中で至福の時間を味わっていたといわすのに!!」

 

「アインズ様の異変を利用して抱いて貰おうなんて恥を知りなさいこのビッチ!!」

 

「な、なんのことだかわかりんせん!!それにアインズ様のご寵愛を誰が賜るかはアインズ様が決めること!アルベドにどうこう言われることではありんせんわ!」

 

「ン、ン、ン~、その言い訳は通用しませんね、シャルティア嬢。」

 

守護者二人がぎゃいぎゃいとケンカする様を困ったようにアインズが見つめていると、デミウルゴスの背後、死蝋玄室の扉が内側から開き、中からパンドラズ・アクターとマーレが姿を見せた。

 

「パンドラズ・アクター…、なぜおんしらが私の部屋から出てくるでありんすか!?」

 

「シャルティア嬢、貴女が今、アインズ様と一緒にいると聞いて不安になりましてね。恋は盲目…。ンン~、甘美な語句ではありますが……、相手がアインズ様ではそれを許すわけにはいかないんですよねぇ~。ほら、やっぱりベッドとかヤる気マンマンな感じでしたし?」

 

「よ、よくわからなかったんですけど、す、すごくすごかったです!!」

 

二人に自分の思惑を暴露されてシャルティアはたじろいだ。一方でアルベドの方は額に青筋を浮かべて攻め立てる。

 

「シャルティア、もう一度だけ聞くわ。貴女は今のアインズ様に抱かれて本当に満足できるの?今のアインズ様は確かに私達にとても御優しいし、甘い言葉も聞かせてくださるわ。けれどそれはアイテムの効果によって不自然なまでに増幅された言葉よ。私も最初はあてられたわ。けれどセバスとコキュートスから話を聞いた今、私は今のアインズ様に抱かれたいとは思わないわ。」

 

「わっ、わたしはっ…、わたしは今日アインズ様が凄く御優しい日だと聞いただけでありんす…!わたしだってアインズ様がアイテムで状態異常になっていると知っていれば、こんなことはしなかったでありんす!!」

 

「本当に?」

 

「本当よ!!」

 

「そうね。腐っても貴女も守護者。そんなことはしないわよね…。」

 

「そうよ!わたしはもっとアインズ様のお役に立って、そいで貴女よりもわたしを選ばせてみせるでありんす!!」

 

「はっ!アインズ様が御選びになるのは、唯一御身を愛せと命ぜられた私です!」

 

「なんじゃとぉ!」

 

「なによ!!」

 

「御二人とも、今はアインズ様の緊急事態だと理解出来ていますか?見苦しい小競り合いはやめて事態の終息に協力していただきたい。」

 

二人の争いを見かねてデミウルゴスがようやく仲裁に入った。いつもならばアインズが「児戯は止めよ」と止めるのだが、今回アインズは姉妹喧嘩を眺める父親のようにおろおろと眺めるだけだった。

 

「そ、そうね。ごめんなさいデミウルゴス。今は争っている場合ではなかったわ。」

 

「すまんでありんす。そいで、わたしたちはアインズ様の為に何をすればいいんでありんすぇ?」

 

「そうですね…。まずはアインズ様がどの程度今の状態を把握なさっているか確認しましょう。今セバスとコキュートスにペストーニャを呼びに行かせているので、解呪ができないかの確認をしなければなりません。」

 

「わかったわ…。もしペストーニャが解呪できなければ、アインズ様にはナザリックからお出にならないようにしてもらわなくてはならないわね…。」

 

 

 

 

結論から言うと、アイテムによる効果をペストーニャが解呪することは不可能だった。

パンドラズ・アクターの話では、そもそもこのアイテムの効果は呪いや状態異常に分類されていないらしい。こんなに異常なのに。

だがこの件で守護者が一番困ったのは、アインズに自覚症状がないということだ。

 

そんなわけで明日の昼までの間、自室に待機することになったアインズだったのだが…。

 

「アルベド、シャルティア、貴女達これで何度目ですか、ここにくるのは…」

 

ドアの前で呆れ顔をしているのはデミウルゴスだ。

 

「違うのよデミウルゴス、至急アインズ様に確認頂きたい書類ができたの!本当よ!」

 

「そうでありんす!」

 

「はぁ…、わかりました。では書類を預かりますのでここでお引き取り願えますか?」

 

「いいえ!この書類の内容は私が直接ご説明しなければならないわ!」

 

「そうでありんす!」

 

「今はアインズ様に女性を近づけない。これは守護者全員で取り決めた筈です。内容は私が確認して説明しますから、それをこちらに渡してくださいませんか?」

 

「いえ、これは守護者統括として私が!アインズ様の正妃たる私が直接報告しないといけないのよ!」

 

「そうでありんす!……え?」

 

「そう言って先程は夜間警備のシフト表を持ってきたではないですか。その前は清掃用具の補充願いでした。これらより後に持ってきたその書類の、どこに緊急性があるというのですか。」

 

「うぐ…、だ、大丈夫!今回はそれらとは違うわ!」

 

「そ、そうでありんす!違うでありんす!」

 

「なら私にその書類のタイトルだけでも見せて頂けませんかねぇ。」

 

「ぐ、ぐぬぬ…。」

 

「アルベド!早くデミウルゴスを納得させるでありんす!」

 

「わかってるわよ!あんたもなんか手伝いなさい!」

 

こんな調子でアルベドとシャルティアが何度となく訪ねてくる。

二人とも先程、今のアインズが状態異常に陥っていると認識してはいた。だがシャルティアは我慢弱さから、アルベドは普段何度アピールしても満たされない欲に負け、仮初めでも優しくされたいという思いに動かされて、どうしてもここまで足を運んでしまう。

しかし、部屋の扉を守るのは鉄壁の理論武装を誇るデミウルゴス。衝動に突き動かされている二人に、これを突破するのは不可能だった。

ちなみに今回アルベドが持ってきた書類のタイトルは【料理長が食堂で出すカレーの味付けを辛めにするか甘めにするか悩んでいる件についての相談】であった。

 

 

 

室内では、アインズがパンドラズ・アクターに見られながら少し落ち着かない様子で本を読んでいた。

 

「なぁパンドラズ・アクター、そんなに心配しなくても、私はここから出たりしないぞ?」

 

「いいえ!父上におかれましては現在の異常を認識されておられないご様子。何卒明日の昼、御身の回復を確認するまではそばに控えるのをご許可下さいませ。」

 

「そうか…?自分では本当にいつもと変わっていないつもりなのだが、そんなに変か?」

 

「ええ!変でございます!明日、アインズ様が復調なさいましたら事の顛末を報告致しますので、どうかそれまではご辛抱頂きたくっ!」

 

そこまではっきり言われてはアインズもそうなのかと無理矢理に納得するしかなく、おとなしく椅子に座ってかつての仲間が残していった少女漫画を読み耽るのだった。

 

「風早くん本当イケメンだな…。」

 

 

 

 

 

そして時計は進み、翌日の昼過ぎ。

 

「あっ。ぁあ…っ。あぁぁぁぁぁぁ!!!?もうだめだぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!殺せぇぇぇぇぇぇ!俺を殺せぇぇぇぇぇぇ!」

 

沈静化の光に包まれながら執務室の床を転げ回る哀れな骨の姿が、そこにはあった。

 

「おお父上!アイテムの効果が消えたのですね!」

 

のたうち回るアインズの横でばんざーい!と喜ぶドッペルゲンガー。

あんまりの恐慌状態で、アインズはこの場に控えているのがパンドラズ・アクターだけだったことのありがたみに気づくことなく、それからたっぷり10分は叫びながら転げ回った。

 

「はぁーはぁー…。るし☆ふぁーめ。今回ばかりは致命傷だったぞあの野郎…。」

 

種族的に息が切れるなどということはないが、息を切らしながら今はいない事件の犯人を思って虚空を睨み付ける。

 

「アインズ様、失礼ながら確認したいのですが、アインズ様はアイテムの効果中の記憶をどの程度お持ちでございますか?」

 

「あぁ。残念ながら全て覚えている。というのも、あのアイテムは元々、同ギルド内の異性キャラクターに対してランダムで勝手に甘い言葉を言ってしまうというジョークアイテムだったのだ。こちらに転移してからは効果が変質してしまったようだが…。おまえはあのアイテムを鑑定したのだろう?どの様に変質したのか確認したい。教えてくれるか?」

 

アインズは執務室の机に突っ伏しながらパンドラズ・アクターに説明を求めた。アイテム効果中は自分でも恐ろしいくらい自然に異常な振る舞いをしていた。ゲームであったときは、合成された自分の声が女性ギルメンに勝手に甘い台詞を話しているのを笑いながら聞いていたのだが…。

 

「はい。まず私が鑑定した結果、あのアイテム、浮わついた唇は、種族耐性を無視して効果を発揮し、その効果は『好意を持つ異性』に対してあっまーーーーーっい、態度を取らせるというものでございました!アインズ様のっ!慈悲深さがっ!ナザリックの!女性に対してっ!あのようなうらやましいっ!態度となって!あぁ!うらやましい!私もあのように優しくされてみたいっ!」

 

「おまえは何を言ってるんだ…。」

 

自分の前でくるくるまわりながら叫ぶパンドラズ・アクターの姿に、アインズは机に顔がめり込むんじゃないかと思うぐらいの脱力感に教われた。

 

「とにかく、あの失態で俺に愛想が尽きてないかが問題だぁー…。普段威厳ある支配者が女性相手にデレデレしてたら男性守護者は幻滅するだろうし…。アルベドなんか気絶したからなー…、俺の失態に耐えられなかったんだろうなー。」

 

「はぁ。その辺りは問題ないと思いますが…。」

 

「そんなわけないだろー…。思い返すのも恥ずかしいセクハラの数々だぞ。一般メイドにまで誰彼構わず…。終わりだぁぁぁ…ああ、あ、沈静化した。」

 

「しかしながらアインズ様!このアイテムの効果は親愛度の高さに依存するものでございます!」

 

「それが…?」

 

「つまりはそれだけアインズ様が私達を愛してくださっていることの証左!この事は統括殿から僕全員に通達されておりますので、なんらご心配ございません!」

 

アインズは通達されているのもそれはそれで嫌だなと思いながらパンドラズ・アクターを見る。彼は相変わらずいろんなポーズをビシバシ決めながら続ける。

 

「男性の僕の中には、確かに羨ましかった!ワタシもあのように抱かれたいなどの意見がなかったわけではございませんが概ね「待て待て待て。誰だ抱かれたいって言った奴は……」はぁ、ワタクシですが」

 

お前かよっ!!アインズが思わずツッコミをいれようとした時、部屋にノックの音が響いた。

 

「アインズ様、統括殿がいらしたようです。」

 

「うん?よくわかったな。」

 

「先程アインズ様御快復のメッセージを飛ばしたところすぐに伺うとのことでしたので。通して構いませんか?」

 

「あぁ、そうだな…」

 

正直、あんな醜態を晒した後で会いたくはないが、これから皆に説明せねばならない。

アインズは憂鬱な気分でアルベドを招き入れた。

 

「モ…、アインズ様!回復なされたと聞き飛んで参りましたっ!」

 

どうやっているのか足音を響かせずに、かつ、物凄い速度で近づいてくる。腰の翼が微妙に羽ばたいているが、まさかホバークラフト的なアレか?

 

「あ、あぁ…。迷惑をかけたなアルベド…。お前達にはみっともないところを見せてしまった。」

 

「みっともないなどと!とんでもございません!パンドラズ・アクターからアイテムの子細は聞いております!昨日のアインズ様の態度は我等に対する親愛の証!私に掛けていただいた御言葉は普段お見せにならないアインズ様の本心であると!このアルベドは感動しております!!ああアインズ様!私の愛しい御方!私のこのあ、あ、あ、ああ愛を!お受け取りくださいませー!!」

 

ガバッ!!

 

アルベドはその翼を大きく広げ、アインズに飛び掛かった。

 

「そこまでですよ統括殿。いきなりテンションあがりすぎではないですか?」

 

しかしアルベドの手はアインズに届くことなくパンドラズ・アクターに押し留められた。

 

「んもぅ…、わかっているわよ!ちょっとアインズ様に会えない時間が長くて取り乱しただけじゃない。」

 

「二人とも、その辺にしておけ。これから皆に昨日の事を説明する時間を設ける。皆に玉座の間に集合するように伝えて欲しい。時間は、そうだな…、2時間後ぐらいにしようか。」

 

 

そしてきっかり2時間後、玉座の間にはアインズ・ウール・ゴウンの主なる僕たちが一堂に会していた。

しかし、いつもなら守護者を先頭に並ぶ彼らなのに今回は様子が違う。

シャルティア、アウラは先頭にいるが、それに続くように整列しているのはプレアデス、一般メイド。さらにその後には雪女郎、森妖精などだ。要するに女性陣を先頭に、男性陣はその後ろという配列だったのだ。

 

(なんでこんな配置なんだ…。ていうか今日はいつもより圧が強くないか…。)

 

玉座から見下ろす僕たちはみな頭を垂れているのでその表情を伺うことはできない。

だがアインズは彼らの、特に前列に並ぶ女性陣から言い知れぬ圧力を感じていた。

 

「皆の者、アインズ様からお話があります。よく聞くように。」

 

(それになんでデミウルゴスが横にいるんだ?)

 

そう、一番の違和感はこれだ。いつもアルベドがいるべき場所に立つのはデミウルゴス。そしてそのアルベドは女性陣筆頭にて頭を下げている。

 

「聞く準備が整ったようだね。ではアインズ様、皆にその至高なるご決断をお伝え頂けますか?」

 

「うむ…(至高なるご決断ってなんだ?)皆、面を上げてほしい。」

 

アインズの言葉に僕たちがサッと頭を上げる。

アインズは僕たちのその表情に思わずヒィッと声を上げそうになった。

アルベドとシャルティアを始め、女性陣のアインズに向けられる眼力の強さが物理的な圧力となって体に叩きつけられたようだった。

 

「こ、今回は私の軽率な行動により、皆に、特に女性達には多大なる迷惑を掛けたことをここに謝罪させてもらう。」

 

「謝罪などっ!」

 

アインズが頭を下げると、すかさずアルベドが声を上げる。しかしアインズは手を上げてそれを制す。

 

「いいのだアルベドよ。私の部屋にるし☆ふぁーが…、いや私の仲間達が仕掛けたイタズラが懐かしくてな。ろくなことにならないとわかってはいたのだが、ついスイッチを押してしまったのだ。完全に私の私情が発端だからな。謝罪を受け入れてほしい。」

 

重ねて頭を下げる。そこまでされれば僕たちは引き下がるしかなかった。

 

「しかしながらアインズ様はそんな御方々の戯れさえも逆手に取られた。」

 

黙った僕たちを確認すると、控えていたデミウルゴスが話を続ける。

 

「全くアインズ様の知力とそれを臨機応変に活かす対応力には驚かされます。」

 

「う、うむ…?(うむ…?)」

 

そのデミウルゴスの話に深く頷く僕たちを見てアインズは頭上に見えないハテナマークをいくつも浮かべる。これは多分ろくでもない話が始まったんじゃないかという予感だけが、伽藍堂の胸に広がっていった。

 

「さぁ、アインズ様。」

 

しかしそんなアインズの胸中を知らないデミウルゴスはニコニコと話の続きを促してくる。

 

「ふふ。流石はデミウルゴス。私の考えを読むことにかけて、お前の右に出る者はいないだろうな。この配列もその為のものなのだろう?」

 

しかし話の続きなどあろうはずもない。皆にごめんなさいしてこの話は終わりのはずだ。僕の配列に意味があるであろうことしかわからない。女性陣が先頭なのは迷惑をかけたのが女性陣だったから謝りやすいようにってことか?いや、だとすると彼女達から発せられる圧力はなんだ?あのトラップを逆手にとったアインズ様の知力ってなに?

 

「…………(あ。)」

 

何から言い訳しようかと僕を見渡しているとこちらを見るパンドラズ・アクターと目があった。

 

(おい、これはなんだ?)

 

早速メッセージでパンドラズ・アクターに話しかける。

 

(おや、アインズ様、すべてご存知なのでは?)

 

(ご存知ねーよ!説明して謝って終わりの場面だろ!?違うのか!?)

 

(はぁ。デミウルゴス様からはもっと深遠なるアインズ様の叡智を示唆されましたが。)

 

(えー…。ちなみにどんな?)

 

(それはデミウルゴス様から聞かれるのがよろしいのでは?)

 

(聞けないからお前に聞いてるんだろ!)

 

(はぁ…。)

 

「あの、アインズ様…?」

 

ずっと黙っていたら横のデミウルゴスが心配そうに此方を見ていた。

 

「あぁ、すまないデミウルゴス。やはり色々考えてしまってな。」

 

「えぇ。わかりますとも。やはり妃を選ぶともなれば我らアインズ・ウール・ゴウンにとっても大事。たとえアインズ様だとしても慎重にならざるを得ないのは必定。」

 

「そうなのだ。私としても慎重になら、ざ、るを………え?なにって?」

 

妃を、選ぶ?なんでそうなるんだ?

だがデミウルゴスからでた妃という言葉に一斉に色めき立つ女性陣と、アルベドとシャルティアから発せられる殺気にも似た圧力がどうやら女性陣にはこの件が伝えられている事を物語っていた。

 

マジかよデミウルゴス。いつも頼りにしている頭脳と深読みが今はただただ恨めしいぞ。

 

「その…、デミウルゴス?」

 

「はい、アインズ様。」

 

「その、なんだ…。いや、なんでもない…、いや、ある…いや……」

 

突然目の前に現れた人生(?)最大の岐路にアインズは大いにテンパった。精神の沈静化が何度も起きる。その度に冷静に打開策を考えるが、事、ここに至ってそんなものは思い浮かばず、アインズはごにょごにょと誰にも聞こえない声にならない声で呻く。

 

(なんでこんなことになるんだ…。俺はただ懐かしかったんだ。俺の部屋にまだギルメン達の痕跡があったことが嬉しくて…。それがなんでこんな…。)

 

(いや、まだ挽回できるはずだ鈴木悟!頑張るんだ鈴木悟!例え僕達が全員乗り気っぽくてアルベドとシャルティアが殺気を垂れ流していようとも、すべてをうやむやにしてこの場を流す方法が!考えろ…!考えるんだ!)

 

「あー…、そのだな、今回の件で皆いつもとは違う面を私に見せてくれたと思う。その点に関しては、嬉しく思っている。」

 

「だが、今は魔導国も黎明期である故にこういうことには慎重にならざるをえん。支配者が建国早々色恋に現を抜かしているなどという話は避けねばならぬからだ。」

 

「……人間の国家に囲まれた魔導国の立地上、王たるものが妃を持たぬのが他国にどう見られるかという問題があるのも確かだ。最終的に全て我が手に落ちるものとはいえ、いらんいざこざは避けたいしな…。それで今回は私の仲間達の遺した悪戯に便乗する形で、この件に対して私から少し積極的に動こうかと思った次第だ。まぁ、デミウルゴスには見抜かれてしまったようだが。」

 

「しかし。しかしだな…、今回の件、終ってみて私は思った。結局、こういったことは状況や策略によって決めるものではないとな。あのような状態の私と接してもお前たちは私の僕として恥ずかしくない姿を見せようとしてくれし、純粋に好意を返そうとしてくれた。これは性別に関わらずだったが…。私はそれが嬉しかったのだ。私がお前たちを愛しているように、お前たちも私に好意を持ってくれていると確信した。」

 

「えーっと…、つまり何が言いたいかと言うとだな…。デミウルゴスを失望させてしまうかもしれんが…、私は支配者としての立場や状況ではなく、アイテムの影響でもなく、何にも縛られない心で、妃を決めようと思う。もちろんその際に相手が拒否するのならそれも受け入れるつもりだ。」

 

アインズは正直いま何を言ってるのか訳が分からなくなりつつあったが、なんとかここまで言い切ると、アルベド達を見回した。

アルベド達は皆、顔を上げ、なぜか顔を赤らめ潤んだ目でアインズに注目していた。

 

「よ、よって、すまないが今回我が妃を決めるという話はなかったこととする。それはもっとお前たちと時間を過ごした後にしたい。デミウルゴス、このような結果になってしまってすまないな。」

 

「はっ。いえ、アインズ様の御心の暖かさに僕一堂感激にうち震えております。智謀の支配者たるアインズ様を以て、我等僕の心をここまで重んじていただけることに感謝の言葉もございません!」

 

苦し紛れの言い訳の何がどうなってこの場の皆の心を打ったのかわからないが、どうやら自分の支配者としての評価を落とさないままこの場を納められたらしい。アインズは心の中で深いため息をついた。

 

「うむ、ではそういうことだ。私は執務室に戻る。」

 

アインズはこの好機を逃すまいと、話を切り上げ、指輪で執務室へと転移した。

 

 

 

「うひーー、疲れたぁーーー!」

 

誰もいない執務室に戻ると、アインズは盛大に声をあげ、机に倒れ込んだ。

 

「今回もなんとか切り抜けたぞー!テンパってなに言ってたか全然覚えてないけど!このテの話は俺には難題過ぎるんだよー!そうだ!それもこれも今回は全部るし☆ふぁーが悪い!あの人まさかあれ以上のトラップを部屋に仕掛けてないだろうなぁ…、なんか心配になってきた。部屋の点検をしっかりやっとくかぁ。メイドが不用意に引っ掛からないためにもな!」

 

 

 

 

アインズがそんな決意をしている時、玉座の間では僕達が未だ退出することなく整列していた。その中で、今回列の筆頭にいたアルベドが立ち上がって口を開く。

 

「先程のアインズ様のお話、聞き漏らした愚か者はいないわね?」

 

アルベドの言葉に僕達が一斉に頷く。特に前列にいた女性達は熱気を持った瞳だ。

 

「アインズ様は仰ったわ。ナザリック内恋愛上等!私を愛するものはその愛をもって私を口説き落としてみせろと!!」

 

おおーっ!と女性達が気炎を上げる。

その熱気に男性の守護者達は若干押されぎみだ。

 

「つまりわたしのアインズ様愛を我慢せずにぶつけてもいいってことでありんすね!!」

 

「…はぁー?あんたがいつ我慢してたっていうのよ。でもそっか、もっと素直にアインズ様に甘えたりしてもいいってことだよね!」

 

「私達もアインズ様当番の時に精一杯アピールすればもしかして!きゃー!」

 

「ナーちゃんはいいっすねー、うちらの中じゃアインズ様にアピール出来るチャンスが一番多いんじゃないっすか?」

 

「そんな…、わたしなんて…、なにをどうすればいいのか…。でも、そうね…。頑張るべきよね。」

 

騒ぐ彼女達の瞳に燃える炎は、煉獄の悪魔たるデミウルゴスをして声をかけるのを躊躇う程だ。

 

「そう!つまり御身を愛せと命じられたこの私に、遠慮するなもっと愛を示してこいと遠回りに仰ったということ!くふー!!」

 

「アルベドはもう少し控えめにした方がいいと思うけどなー…。」

 

玉座の間の各所で姦しい騒ぎが続くなか、ずっと静かにしていたあの男が口を開いた。

 

「お嬢様方!アインズ様の深い愛情に触れて騒ぎたくなるのも結構ですが、大事なことをお忘れではないですか?」

 

騒ぎの中にあってなお良く通るその声で、パンドラズ・アクターが全員の注目を集める。

 

「パンドラズ・アクター…、なにかしら?忘れていることって」

 

「もちろん御説明致しましょう!皆様の燃え盛るアインズ様への愛を!!伝えてもよい!いえ!!伝えるべき日の事を!至高の御方々がこの時期になると行っていた行事を!ンンンーーッッ!!それはっ!!ヴァレンッッ!タイン!!デイ!恋する乙女達のォォォ~、告白の日ぃぃ~!!チョコレートに包まれた~!甘ぁぁぁぁい!愛の日ぃぃ!!」

 

クルクル回って、胸元で長い指でハートマークを作って決めポーズする。

いつもなら皆白い目でそれを見るのだが、今日に限っては燃え盛る愛に油を注ぐ。

 

乙女達は一様に頷くと、天に向かって拳を振り上げた。

 

「「「「決戦は!バレンタイン!!!」」」」

 

 

 

その叫びが届いたのか定かではないが、瞬間、アインズの背中に得体の知れない寒気が駆け巡ったとか。

 




パンドラ「割と奥手な父上の事をおもって女性陣を焚き付けておきました!」

アインズ「お前は何故いつもそーゆーことを……」




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